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2023-10-22 11:53

寒気と寒さ

 一昨日からエアコンの「暖房」を入れました。  
 一昨日から天気が悪く、お日様が照らないので、昼過ぎても部屋が暖かくならないのです。
 そして最高気温が10℃に届きません。
 だから遂にエアコンで暖房を始めたのです。

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 去年ならストーブを焚いたのですが、今年は8月の終わりに大家さんがエアコンを設置してくれたので、とりあえずエアコンでの暖房を試してみました。

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 しかし何だか釈然としません。
 一昨日から凍えているのですが、それでもエアコンを入れる前に室温を確認すると20℃になっているのです。
 20℃ならそんなに寒くないはずでしょう?

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 実は夜寝る時もなんか凄く寒くて、一昨日の夜は羽根布団の下に毛布を重ねても寒いので、電気行火をいれました。
 ところがなぜか電気行火が全然暖かくならないのです。
 こ、こんなに寒いのに電気行火が故障なんて・・・・・・、あんまりだ!!

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 泣きそうになってベッドを出ると、コンセントが抜けていました。
 そこでコンセントを入れると、電気行火は直ぐに暖かくなってきました。

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 しかしこれもやっぱり釈然としません。
 だって去年は真冬でも電気行火なんか使わなかったのです。 
 そして真冬の夜には外気温は再々マイナス10℃割れしたし、就寝中はストーブを止めていたので室温はいつも20℃以下でした。

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 何より夏の間も、最低気温は20℃前後にまで下がったのですが、それを「涼しくて良い気持ち」と思った事はあっても「寒い」なんて思った事はないのです。
 夏の間は窓を開けっぱなしにしていたので、室温=外気温だったのに。
 夏の間は20℃前後の部屋で、半袖短パンで、掛布団だけで、毛布なんか全部押し入れにしまい込んだままだったのに。

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 それでも全然寒いと思わなかったのです。
 それなのになぜか一昨日から、ワタシは室温20℃で凍えているのです。
 風邪をひいて熱があるとか、そういう事はないようです。 
 このところずうっと室内でも、冬用の長ズボンを履いて、フリースを着こんでいます。

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 そしてエアコンの暖房の温度は23℃に設定しました。
 で、暫くするとちゃんと室温は23℃になりました。
 しかし長ズボンもフリースも脱ぐ事はできません。
 夜にエアコンを切ると、毛布を重ねても寒いので電気行火を入れないと眠れないのです。

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 ??
 夏なら23℃なら半袖短パンで気持ちよく過ごせたはずなのに・・・・・。
 一体何が違うのでしょうか?
 一体どうなっているんでしょうか?

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 でも毎年の事ですが、ワタシは冬の始めにこうして凍えるのです。 
 これが寒さなのか寒気なのか分かりません。
 10月の下旬か11月の初め頃に、気温がどんと下がる事があるのですが、その時期にとにかく寒くて寒くて溜まらず、無暗にストーブを焚いたり、湯たんぽや電気毛布を入れるのです。

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 そして「今からこんなに凍えていて、冬になったらどうしよう・・・・。 羽根布団を買い足すべきだろうか?」と心配になるのですが、しかしいつの間にか凍えなくなって、布団も毛布も買い足す事もなく、更に電気行火もしまい込んでそのまま冬を乗り切るのです。

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 だからこれは「寒さ」ではなく「寒気」だと思います。
 今はまだ体が寒さに慣れていないのです。
 それで無暗に「寒気」がするのです。
 でもいずれ体も「寒さ」に慣れて、室温以上の寒さを感じなくなるのでしょうが、しかし今はまだ体が夏仕様のままだから、ひたすら凍えているのだと思います。

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 しかしそれはそれとして、外はホントに寒くなっています。
 今朝、居間の窓から藻岩山を見たら、山頂に雪が積もっていました 藻岩山の向こうにある山々は真っ白になっていました。

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 藻岩山の山肌は、緑から黄色に変わっています。
 黄葉の山肌と山頂の雪。
 冬はもう直ぐそこまで来ているのです。
 
 
 
 

 
 
 
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コメント

そうですよ!
よもぎねこさん、今年は体が「猛暑対応」になっちゃったからそんな急に順応できませんよ~~!

エアコンは繋ぎにいいですよね。
でもやっぱり人間火が無いと心もとないです。。
寒くなってストーブを出して、あの赤く燃える「灯芯」を見たときの気持ち。。

縄文の記憶がよみがえる

でも私はきっと弥生人の末裔だ。。。
  1. 2023-10-22 14:15
  2. URL
  3. カプチーノ #-
  4. 編集

失礼ながら

何か持病をお持ちと書いていらっしゃいましたので、その病の悪化ではないかと、心配しております。
私も生後三か月から喘息、膠原病で副腎皮質ホルモンを飲んだり、何年も前に真夏にトイレで倒れ心配した両親に発見され救急搬送されたり、様々な病があります。
ただ、障害認定は双極性障害いわゆる、躁うつ病だけで、障害年金で細々暮らしています、ただ闘病という言葉は嫌いで、病とは付き合うものと思っています、余談ですが12歳丸一年喘息専門病院兼養護学校に居ましたが、私は早生まれなので、途中で中学生になりましたしかし不運にも、担任が暴力教員で理不尽な事で殴る蹴る引きずり回す、耐えきれず僅か10人足らずでたしか女の子が二人、団結して教務主任と養護主任に訴えました、中学一年生が団体交渉なんて今でも、よくできたなと思います、それもクラスメイト皆んなが仲良しではない、でもこのままでは、いつか暴力教員に殺されて無かった事にされるという意識は皆んなあり、団体交渉しました、薄々知っていたようでしたが、教員は、異動させにくい言わば特権階級、教務主任が、しばらく考えさせてくれ、と言い後日の結論は一冊の大学ノート、ただ詳しく指示があり、いつどこで、誰がどんな暴力を振るわれたか書くように、皆んなの中で文章力があったのは私だけでしたから、私が引き受けました、筆跡も私だけ、殺されても私だけならいいと、皆んな連携して、暗号で時間を書く奴、暴力の詳細を書く奴などにわかれ、喘息専門病院に帰ってから、皆んなの暗号を私がまとめて、清書しました、誰が言ったか命のノート、一冊では終わらず、教務主任に何冊も大学ノートをもらいました、なぜそんな事をしたか最初わからなかったのですが、途中で証拠を残す事だと気づきました、私は先程書いたように早生まれなので、途中で病院を出なければなりません、心残りがあっても、後任にこう書くように言ってノートを、託しました、一応その喘息専門病院、電車に乗り、バスを2回乗り換える、行きにくいところでしたが、その病院を主治医のかかりつけ医と定め通いました、行けば養護学校にも顔をだし先生方にお会いする、私が中学二年生になり、学校に行くと暴力教員が居ない、教務主任に聞いたら、ノートを突きつけ、君は暴力を生徒に振るったねと、それが証拠になり暴力教員は居なくなりました、私の気持ちは後から入る人に被害が及ばす良かった、ですまたなぜ遠い病院を主治医に定めたか、何人か主治医はかわりましたが、必ず約束を求めました、一つは、処方薬でも説明書はあるからコピーをください、あと新薬が真っ先に使用されるので、使うが、異常を感じたら必ず伝えるから、主治医にはその異常を、必ず製薬メーカーに伝えてくださいと、ずいぶん生意気な患者ですね、要するに私はモルモットになるから、薬に異常があれば製薬メーカーに伝えてください、なんでそんな意識だったか、私にもわかりませんが、後にくる人に害を及ぼしてはいけないと、思ったのかな?ですからカルテ番号は636番、最後の方は、一万桁こえていました、最後の日最後の患者になりましたが、後悔はありません、私が入院していた時は親子遮断療法と鍛錬療法、精神論でした、喘息は甘えで起きる、ならば親子の仲を切り、鍛えれば治ると、ただ間違いとわかり、幸い親子として仲はいいです、スパルタ療法も無くなり、薬も良くなるいい事ですよ、モルモットになった甲斐があると思います。
  1. 2023-10-22 15:06
  2. URL
  3. 名主 #zdvXpt9s
  4. 編集

Re: タイトルなし

> そうですよ!
> よもぎねこさん、今年は体が「猛暑対応」になっちゃったからそんな急に順応できませんよ~~!
>
> エアコンは繋ぎにいいですよね。
> でもやっぱり人間火が無いと心もとないです。。
> 寒くなってストーブを出して、あの赤く燃える「灯芯」を見たときの気持ち。。
>
> 縄文の記憶がよみがえる
>
> でも私はきっと弥生人の末裔だ。。。

 マジに猛暑の頃は最低気温が20℃だと「涼しくて気持ちが良い」と思いながら、短パン半袖で布団も被らずに寝ていたんですよ。

 あの時期、完全に体が猛暑対応になって、未だに寒さに納得てきていないんでしょうね。
 
 どんなに文明が進んでも人間の体は原始のままで、最後は頑張って気候の変化に人間の体を合わせるようにできているのでしょうが、しかしその切り替えは簡単じゃないんですね。

 因みにワタシも弥生系だと思うんですけどね。
  1. 2023-10-23 10:03
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 失礼ながら

> 何か持病をお持ちと書いていらっしゃいましたので、その病の悪化ではないかと、心配しております。
> 私も生後三か月から喘息、膠原病で副腎皮質ホルモンを飲んだり、何年も前に真夏にトイレで倒れ心配した両親に発見され救急搬送されたり、様々な病があります。
> ただ、障害認定は双極性障害いわゆる、躁うつ病だけで、障害年金で細々暮らしています、ただ闘病という言葉は嫌いで、病とは付き合うものと思っています、余談ですが12歳丸一年喘息専門病院兼養護学校に居ましたが、私は早生まれなので、途中で中学生になりましたしかし不運にも、担任が暴力教員で理不尽な事で殴る蹴る引きずり回す、耐えきれず僅か10人足らずでたしか女の子が二人、団結して教務主任と養護主任に訴えました、中学一年生が団体交渉なんて今でも、よくできたなと思います、それもクラスメイト皆んなが仲良しではない、でもこのままでは、いつか暴力教員に殺されて無かった事にされるという意識は皆んなあり、団体交渉しました、薄々知っていたようでしたが、教員は、異動させにくい言わば特権階級、教務主任が、しばらく考えさせてくれ、と言い後日の結論は一冊の大学ノート、ただ詳しく指示があり、いつどこで、誰がどんな暴力を振るわれたか書くように、皆んなの中で文章力があったのは私だけでしたから、私が引き受けました、筆跡も私だけ、殺されても私だけならいいと、皆んな連携して、暗号で時間を書く奴、暴力の詳細を書く奴などにわかれ、喘息専門病院に帰ってから、皆んなの暗号を私がまとめて、清書しました、誰が言ったか命のノート、一冊では終わらず、教務主任に何冊も大学ノートをもらいました、なぜそんな事をしたか最初わからなかったのですが、途中で証拠を残す事だと気づきました、私は先程書いたように早生まれなので、途中で病院を出なければなりません、心残りがあっても、後任にこう書くように言ってノートを、託しました、一応その喘息専門病院、電車に乗り、バスを2回乗り換える、行きにくいところでしたが、その病院を主治医のかかりつけ医と定め通いました、行けば養護学校にも顔をだし先生方にお会いする、私が中学二年生になり、学校に行くと暴力教員が居ない、教務主任に聞いたら、ノートを突きつけ、君は暴力を生徒に振るったねと、それが証拠になり暴力教員は居なくなりました、私の気持ちは後から入る人に被害が及ばす良かった、ですまたなぜ遠い病院を主治医に定めたか、何人か主治医はかわりましたが、必ず約束を求めました、一つは、処方薬でも説明書はあるからコピーをください、あと新薬が真っ先に使用されるので、使うが、異常を感じたら必ず伝えるから、主治医にはその異常を、必ず製薬メーカーに伝えてくださいと、ずいぶん生意気な患者ですね、要するに私はモルモットになるから、薬に異常があれば製薬メーカーに伝えてください、なんでそんな意識だったか、私にもわかりませんが、後にくる人に害を及ぼしてはいけないと、思ったのかな?ですからカルテ番号は636番、最後の方は、一万桁こえていました、最後の日最後の患者になりましたが、後悔はありません、私が入院していた時は親子遮断療法と鍛錬療法、精神論でした、喘息は甘えで起きる、ならば親子の仲を切り、鍛えれば治ると、ただ間違いとわかり、幸い親子として仲はいいです、スパルタ療法も無くなり、薬も良くなるいい事ですよ、モルモットになった甲斐があると思います。

 ありがとうございます。
 
 幸い持病の悪化ではなかったけれど、どうやら風邪を引いたようです。 このブログを書いた後、寝込みました。
 一人暮らしだと他の人に生活のペースを合わせないで済むので楽なのですが、しかしその分体調の変化に気づかなくなります。

 また今回のように「寒さ」か「寒気」かの区別もつきにくくなります。
 
 気を付けないとダメですね。
  1. 2023-10-23 10:06
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  3. よもぎねこ #-
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