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2023-09-03 13:03

羅刹海市 ファンタジーの限界

 今、中国では羅刹海市と言う歌が大流行しているようです。 

 「風刺」漂う新曲、爆発的ヒット 再生80億回突破―中国
 2023年8月9日 時事通信


 この歌の日本語字幕付き動画を見ると、何とも不思議な歌詞ですが、それはこの歌が元々清朝の短編小説集「聊斎志異」の中の「羅刹海市」からきているからです。

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 美男で歌や踊りの上手い若者が、仕事で航海に出たら、嵐に遭い見知らぬ国にたどり着いた。 
 しかしその国では人間の容姿の美醜の基準が、中国とは真逆で、人々は美男の主人公を見ると「化け物」だと言って恐れる。
 またこの国では容姿だけで人を判断するので、美貌でなければ高位高官にはなれない。 けれどもその美醜の基準が中国とは真逆なので、高位高官になっている人間は、皆恐ろしく醜い容姿をしていた。
 
 物語の後半はこの主人公がこの羅刹国から海の中の市場「海市」に行き、更にそこから海中の宮殿に行き、この宮殿の主である竜王に気に入られて、その娘である竜女と結婚すると言う話になります。(聊斎志異13 羅刹の海市

 今中国で流行している「羅刹海市」は、聊斎志異」の「羅刹海市」の前半部分、つまり美醜の判断基準が中国とはあべこべの国を歌っているのです。
 
 これが「風刺」と言われるのは、現代の中国社会で倫理道徳や善悪観念が混乱して、多くの人が「あべこべ」と感じているからでしょう。

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 ところで「聊斎志異」は我が家にもありました。 昭和42年に父が買った豪華版で、伊達圭次のエロチックな挿絵が沢山ついています。
 それでワタシも聊斎志異」は何度も読んだ事があります。
 
 聊斎志異」には「羅刹海市」の以外にも数百話の短編があるのですが、そのどれもが異界、妖怪、化け物などにまつわる話です。
 だから単なる小説集と言うより「奇譚集」とでも言うべきでしょうか?
 
 全て現実にはあり得ないのような荒唐無稽な話なのですが、しかしどれも主人公の名前、出身地、事件の起きた時期などがきっちりと書かれています。
 「昔々あるところにお爺さんとお婆さんがいました。」ではなく「羅刹海市」も物語は「馬俊は字を龍媒と言って商人の子だった。」と始まるのです。

 羅刹国や竜王の国など全くあり得ない世界を描きながら、主人公のキャラクターは極めてリアルに描いていくのです。
 だから物語は作者の創作ではなく、実際に在った話の伝聞であるかのように錯覚します。
 そういう奇妙なあり得ない話が、妙にリアルに描かれているのが聊斎志異」の魅力でしょう。

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 前記のように聊斎志異」には「羅刹国」や「竜王の国」だけでなく、青蛙神とその国とか、奇妙な国に行く話が沢山あります。
 しかしこれも奇妙なのですが、どの国も政治制度は全て中国と同じなのです。
 つまり中国歴代王朝と同様、皇帝がいて、皇帝を支える官僚がいると言う制度なのです。
 
 羅刹国の場合も、皇帝がいて官僚がいるのですが、その官僚の採用や昇進の基準が「科挙」のような学力ではなく容姿であり、その容姿の美醜の基準が中国とは真逆なのです。
 そこで現代中国で大ヒットの「羅刹海市」が中国社会の風刺になるのでしょう。

 しかし中国のファンタジーの中に出てくる国の政治制度が中国と同じと言うのは聊斎志異」に限りません。
 「西遊記」なんか典型です。
 「西遊記」には三蔵法師一行の行く先々に出てくる化け物や奇妙国々が描かれていますが、しかしどの国でも三蔵法師の一行を「帝王と百官が居並んで」迎えるのです。
 
 世界で中国式の専制君主制と官僚制を採用した国は、中国の他はベトナムと朝鮮ぐらいです。
 一方中国と言う国は、古代から周辺騎馬民族始め、多くの多民族や他国との交流がありました。
 ところがこうした中国人は他国や他民族の社会制度や国家の在り方には全く関心がなく、国家とはつまり「帝王がいて、帝王を支える百官がいるモノ」だったのでしょうか?

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 尤もこれは欧米のファンタージーも同じです。
 欧米のファンタジー「指輪物語」や「スターウォーズ」などを見ていると、中世ヨーロッパと古代ローマが原型でそれ以外の体制を持つ国家は出てきません。

 欧米のファンタジーは近代以降生まれたモノです。 そしてこうしたファンタジーの作者達は随分とインテリで教養があったりするのですから、イスラム諸国のようなスルタンカリフ制、中国の官僚制なども知識としては知っていたでしょうに。

 つまりこれは中国だけの問題ではなく、ファンタンジーの限界を感じてしまいます。
 ファンタジーは現実にない夢の世界に憧れる所から生まれるのですが、しかしその夢の世界でも人間は実は現実の社会制度から出られないのです。

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 そういえば昔「スターウォーズ」の英語版を読んだ事があります。 当時ワタシは英検2級受験の為に読んでいたので、その英語版は英語の本文の他に面倒な単語や構文には日本語訳と解説がついていたのです。
 で、その中で主人公スカイウォーカー達が「revel」と書かれていました。 

「revel」って「反逆者」「反逆」と言う意味ですよね?
 そしてスターウォーズではスカイウォーカー達は銀河帝国の皇帝を倒し元老院制を復活する為に戦っていたのですから、反逆者で間違いないのです。
 ところがこの解説書では「revelは反逆者だけれど、それはオカシイので同盟軍と訳しておく」と書かれていたのです。
 
 これが余りに違和感があったので、今も覚えています。
 でもこれもつまり日本人のファンタジーの限界でしょう。
 アメリカは大英帝国皇帝に反逆して独立した国なのです。 だから専制君主への反逆は正義なのです。 
 スカイウォーカーはジョージ・ワシントンと同じく正義の士なのです。
 だから映画でも英語版の小説でもスカイウォーカー達は「revel」なのです。

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 でも日本人には「反逆者」を無条件には肯定できないのでしょう。 例えそれがファンタジーの世界であっても。
 そして英語に非常に堪能でアメリカ文化に精通しているはずの日本人でも、やはり「反逆者」を肯定できないのです。

 こうしてみると体制転換って難しいですよ?
 中国の大ヒット曲「羅刹海市」から、ファンタジーの世界を考えたら、中国の民主化がますます絶望的に思えてきました。
 
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コメント

遅ればせながらコメントを。

ファンタジー小説ではありませんですが、
イスラム教について。
某軍事評論家の著書で目にしたのですが、
その評論家氏は、ドイツのユダヤ人哲学者フランツ・ローゼンツヴァイクの分析として
「ユダヤ教は、民族(people)が会衆(congregation)となり、最後に宗教になった。キリスト教は、会衆から始まり、それが民族(新ユダヤ人)を形成し、最後に宗教になった。対してイスラム教は、ムハンマドという一個人の手によって、最初からユダヤ教とキリスト教のパロディーたる新宗教として作り出された」
という説を紹介し、そして
イスラム教の神(アッラー)は東洋の専制君主のイメージを借りたものである、というローゼンツヴァイクの説を紹介しています。
この説が正しいとして、ムハンマドがイメージを借りた「東洋専制君主」が、ペルシャ帝国のそれなのか、アッシリア帝国のそれなのか、はたまた新バビロニアのネブカドネザルなのかは知りませんが、欧米がいくら期待し、梃子入れしても、なるほどイスラム世界に「自由」や「民主主義」が定着しないわけです。
  1. 2023-09-05 19:45
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  3. 温泉猫 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 遅ればせながらコメントを。
>
> ファンタジー小説ではありませんですが、
> イスラム教について。
> 某軍事評論家の著書で目にしたのですが、
> その評論家氏は、ドイツのユダヤ人哲学者フランツ・ローゼンツヴァイクの分析として
> 「ユダヤ教は、民族(people)が会衆(congregation)となり、最後に宗教になった。キリスト教は、会衆から始まり、それが民族(新ユダヤ人)を形成し、最後に宗教になった。対してイスラム教は、ムハンマドという一個人の手によって、最初からユダヤ教とキリスト教のパロディーたる新宗教として作り出された」
> という説を紹介し、そして
> イスラム教の神(アッラー)は東洋の専制君主のイメージを借りたものである、というローゼンツヴァイクの説を紹介しています。
> この説が正しいとして、ムハンマドがイメージを借りた「東洋専制君主」が、ペルシャ帝国のそれなのか、アッシリア帝国のそれなのか、はたまた新バビロニアのネブカドネザルなのかは知りませんが、欧米がいくら期待し、梃子入れしても、なるほどイスラム世界に「自由」や「民主主義」が定着しないわけです。

 凄い話ですね。
 その某軍事評論家って誰ですか?
 凄く興味があります。

 イスラム教は一神教の完成形と言うか、一神教の理論を徹底しているので、全ては神と言う事になります。
 人間は全て神の奴隷なのです。
 で、神に寄らない権威を絶対認めないし、神の前に全ての人間が平等なのです。
 その意味では「民主的」と言えるのです。
 
 となると「神の奴隷」による民主主義が成り立つか否か?と言う話ではないでしょうか?
  1. 2023-09-06 09:55
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  3. よもぎねこ #-
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>その軍事評論家って誰ですか

太田述正氏という方で、元防衛官僚で、
小学生時代をエジプトのカイロで過ごしたそうです。
  1. 2023-09-06 10:34
  2. URL
  3. 温泉猫 #-
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Re: タイトルなし

> >その軍事評論家って誰ですか
>
> 太田述正氏という方で、元防衛官僚で、
> 小学生時代をエジプトのカイロで過ごしたそうです。

 小学生時代をカイロで過ごしたと言う事は、アラビア語とバイリンガルなのかも?
 これならイスラムにも詳しい方かもしれませんね。

 
  1. 2023-09-06 10:39
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  3. よもぎねこ #-
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閻魔さまも官僚

> 昭和42年に父が買った豪華版で、

  私はその数年後、角川文庫版を買いました。南画風とでも言えば好いのでしょうか、個性的で奇怪な挿絵が付いており、柴田天馬の訳でした。ブログ主のお読みになったのは、どなたの訳でしたか。

> どの国も政治制度は全て中国と同じなのです。

  私には冥界までもが官僚制で、科挙も採用されているという設定が最も興味深く思われました。閻魔さまも任命された官僚で、更迭まであるというのですから。
  1. 2023-09-09 16:34
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  3. アクトザク #-
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Re: 閻魔さまも官僚

> > 昭和42年に父が買った豪華版で、
>
>   私はその数年後、角川文庫版を買いました。南画風とでも言えば好いのでしょうか、個性的で奇怪な挿絵が付いており、柴田天馬の訳でした。ブログ主のお読みになったのは、どなたの訳でしたか。

 我が家のも柴田天馬訳です。
>
> > どの国も政治制度は全て中国と同じなのです。
>
>   私には冥界までもが官僚制で、科挙も採用されているという設定が最も興味深く思われました。閻魔さまも任命された官僚で、更迭まであるというのですから。

 ( ̄∇ ̄;)ハッハッハ、ワタシも以前「閻魔大王は元々仏教の生まれたインドでは巨大な宮殿に住む大魔王なのですが、中国に行くと唯の官僚になってしまった」と言う評論を読んだ事があります。
 こういうのを思うと、中国人にとって中国式の官僚制と帝政ってホントに絶対的なモノで、それ以外の政体は全然想像できないのかもしれません。

 レジナルド・ジョンストンの「紫禁城の黄昏」で、ジョンストンは「孫文は民主主義を理解できない。」と書いていました。
 孫文は三民主義なんてヘンなモノを言い出すんですが、何でそんなモノを作ったのか?
 これは結局民主主義が理解できなかったからでは?と、思ってしまいます。

 中国人にとっては、官僚制と帝政が絶対だったのでしょうね。
  1. 2023-09-10 11:19
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  3. よもぎねこ #-
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