ネタは塩野七生さんの「ローマ人の物語」です。
昨日も書いた通り、塩野さんはクレオパトラを糞みそに描いています。
元々、西洋ではクレオパトラは絶世の美女で、カエサルは彼女の色香に迷い、歴史が変わったとさえ言われています。
そしてクレオパトラがカエサルを誘惑する為に用いた手管が、尤もらしく語られてきました。
クレオパトラのカエサル誘惑の手管がどこまで本当だったかはわかりません。
しかし塩野さんは「ローマ人の物語」で、そういう事に殆ど筆を割いていません。
そもそもカエサルは据え膳があれば、とりあえず食う男だったので、そんなに必死で誘惑する必要もなかったのです。
でも据え膳を食ったからって、それで自分の政治的判断を変えるような男ではなかったのです。
だからクレオパトラの据え膳は、カエサルの対エジプト政策には何の影響もなかったのです。
そしてカエサルの対エジプト政策の基本は、親ローマ安定政権を支援すると言う物です。
当時、プトレマイオス朝はクレオパトラと彼女の弟と妹が、帝位の相続争いをして不安定な状況でした。 カエサルとすればこの三人が骨肉の争いの中で、誰が一番有能でエジプトを安定的に統治できるか?そしてその統治者はローマとの友好関係をきちんと維持するか?を見極めて、その条件に合う人間を支援して、プトレマイオス朝の混乱を早期に収拾したいのです。
で、この三人の中ではクレオパトラが一番優秀で、クレオパトラ自身がローマの支援で帝位を安定させたいと思っているのだから、間違いなく親ローマです。 だから暮れクレオパトラを支援したのです。
でもこれならクレオパトラが有能であり親ローマである事を示すだけで十分で、美女でなくても、カエサルを誘惑しなくても全然構わないないでしょう?
なんならクレオパトラが男でも良い構わないのです。 因みにカエサルはゲイではありません。
エジプトに限らず、そしてカエサルに限らず、親ローマ安定政権を支持し支援すると言うのは、ローマの外交政策の基本です。
一旦ローマと戦って敗北した地域でも、属州となった国でも、必ずしもその地域の元の支配者を排除していません。 その支配者が親ローマで地域を安定的に統治する能力があれば、そのまま温存して統治を任せました。
だからローマ帝国内には多数の王国もあったし、ギリシャのように民主制を維持したい地域では古典的な民主制を維持させていました。
でもこの感覚は現代のアメリカや日本も同じですよね?
地政学的に重要な国が不安定だと、そこから戦争が起きて周辺国を巻き込んで行きます。
経済的に重要な国が不安定だと、世界経済に悪影響が出ます。
だから重要な国には、安定政権ができて、そしてその政権が自国と友好的であるのが理想なのです。
でもそれ以上は望みません。
そりゃ友好関係を絶対的なモノにするには、現地の政権を潰して直接支配すればよいのですが、これはこれで大変なコストがかかります。
これは例えば日韓併合や台湾統治を思い出せば明らかです。
朝鮮半島は日本の安全保障に死活的に重要なのに、李王朝はロシア、中国、日本の間で漁夫の利を漁るようなことを続けて全然信用できない。 そこで日韓併合で日本が直接統治したのですが、そうなると日本基準でインフラ整備など始める事になるので、途方もなく金がかかってしいました。
因みに日本の朝鮮統治や台湾統治って、実はローマ帝国の皇帝属州の統治と全く同じです。
これを思うとローマ帝国としては、属州と雖もできる限り、直接統治は避けたかったでしょう。
まして現代では直接統治など絶対不可能なのですから、重要国には安定的で友好的な政権が存続する事を望むしかないのです。
だから友好的で有能そうな政権なら支持や支援をするのです。
英雄ユリウス・カエサルも外交の基本はこの路線を守り続けました。
ところがクレオパトラはどうも勘違いしたようで、カエサルの個人的な愛情で自分の帝位が安定する、更にはローマをも支配できると思っていた節があります。
だから塩野さんに酷評されるんですよね。
だってこれはクレオパトラがカエサルのローマでの立場を全然理解してないと言う事ですから。
ユリウス・カエサルはこの時期まだローマの支配者ではありません。
そしてローマはまだ帝国ではなく共和制です。
この時期、これまでの共和制の政体でローマを統治する事は非常に難しくなり、カエサルとしては自分の独裁で統治すると言う政体への変更を考えていました。
しかしこれにはローマ国内では猛烈な反発がありました。
これはカエサル個人の問題ではありません。
カエサル時代までのローマ史でも、古代ギリシャでも独裁者は絶対悪とされて、共和制を守る事を国家目的と考えている人が多数いたのです。
そしてこの時期のローマでカエサルの独裁化に最も反発していたのは、元老院の議員達でした。
このような立場のカエサルに、外国の女王が愛人になり「自分と結婚してエジプトとローマを支配しよう」なんて事を公言し続けたらどうなるか?
カエサルからしたらホントに困った女だし、クレオパトラ自身にとっても大変危険な状況なのですが、しかし彼女は全然それを理解していなかった節があります。
クレオパトラと言う人はネットフェリックス捏造のアフリカ系黒人ではなくギリシャ系なので、プラトンやアリストテレスなどギリシャ哲学に深い教養があったと言われます。
だったら共和制国家における独裁者の立場については、知っていたはずでしょう?
でもクレオパトラの言動を見る限り、こうした知識や教養は全く生かされておらず、ローマの権力者の置かれた立場は最後まで理解できなかったようです。
だからローマの権力者をハニトラで取り込めば、そのままその国が自分の思い通りになると信じ切って行動し続けたのです。
仕方ないですね。
学問や知識を学んでも、結局それがアタマの中にため込まれるだけで、現実の理解に役立てる事の出来ない人って、多いですから。
クレオパトラもその一人だったわけです。
そしてこれは現実の危機を招きました。
ユリウス・カエサルは元老院の議場で、元老院議員達の手によって暗殺されたのです。
ユリウス・カエサルは共和制を廃して独裁者になろうとしている。
これが暗殺者達の言う暗殺理由です。
実際その後のローマ史を見れば、これは全くその通りです。
だってカエサルを暗殺しても、結局カエサルの養子オクタビアヌスがローマ皇帝になり、その後ローマ帝国は崩壊まで帝政のままでしたから。
一方エジプトは滅亡しました。
カエサルの死後、カエサルの側近アントニウスとカエサルの養子オクタビアヌスによる後継者争いになりました。
するとクレオパトラは今度はアントニウスを誘惑して、アントニウスと組むのですが、しかしこれでアントニウスはローマの信認を喪います。 一方、オクタビアヌスはこれでアッサリとローマのインペラトールつまり後に皇帝と訳される地位につき、ローマの元首としてアントニウスと戦い勝利するのです。
これでオクタビアヌス以降、ローマの帝政が確立します。
一方、アントニウスと共にローマと戦ったエジプトは、敗戦により国家主権を喪い、以降ローマ皇帝の直轄領になります。
エジプトは豊かな穀倉地帯で、ローマへの小麦の供給地だったので、ローマにすれば直轄領として維持する価値はあったのです。
このユリウス・カエサル暗殺の顛末と、その前後を考えると、ローマの皇帝と言う者の立場と言うか、何とも複雑な立ち位置がわかります。
そして民主主義国家を運営する事の難しさも痛感します。
しかしこのローマ帝国の存在は後の西欧世界に大きな影響を与えてました。
だから暇な方はこっちも見てください。