しかしこの話は全く信頼できません。
なぜなら当の稲田朋美自身が、この問題について幾ら質問し続けても、今までずうっと誤魔化して回答を避け続けていたからです。
そしてLGBT理解増進法を推進している活動家よだかれんは、「トランスジェンダーの中には、既にお風呂やトイレを利用している」と明言しています。
この発言は多くの女性不安に陥れたし、そして既に性適合手術を受けて戸籍変更もしている性同一障碍者にとっては大変な脅威でした。
現実にはLGBT理解増進法などできる前から、女子トイレは勿論、女湯に入る自称トランス女性は多数いたのです。 そして彼等はそれを「権利」だと称していたのです。
もしこれでこの法律ができて「理解増進」が国民に強制されたら、小規模な銭湯などがトランス女性の入浴を拒否する事は不可能になります。
しかし海外ではこれで強姦犯が公判中に「自分を女性だ」と言い出して、女子刑務所に収監されるようになっています。
強姦犯であっても本人の性自認で性別を変える事が、権利として法で認められているからです。 そしてそれで性別を変えたら、何人のこの強姦犯を男性として扱う事はゆるされないのです。
この異常な事態が生まれた原因に2006年に起草されたジョクジャカルタ原則と言うのがあります。
このジョクジャカルタ原則で、手術は勿論、医師の診断書なども一切必要とせず、性別を変更する事が権利として認められたのです。
そして公共機関は勿論、個人もまた、その人間を変更した性別に従って扱うように定められています。
以下のリンク先に、このジョクジャカルタ原則の制定の経緯から、問題点が書かれています。
結構な長文ですが、しかし一読すると驚きます。
まずわかるのはジョクジャカルタ原則は弁護士・人権活動家・トランス活動家等に寄って起草され署名されたものだと言う事です。
公的な機関は関わっていません。
またこの制定には女性も関わっていません。
女性の権利も考慮されていません。
男性が肉体を一切変える事なく、自認だけで性別変更をして、女性とて扱われる事が権利となれば、男性性器そのままで女湯等に入り込む事が想定できます。
これは女性にとっては、非常な脅威だし、防犯上も大問題です。
女性として扱う事が権利になれば、必ず女性施設の使用権が不随するです。
一方女性施設と言うのは、防犯やセクハラなどを防止する為、男女で分けた事で生まれた施設なのです。
だからそこに男性性器を持つ人間を入れる場合は、女性の安全や権利を考慮するべきなのです。
しかしこのジョクジャカルタ原則を起草した人権活動家や弁護士やトランス活動家は、これを一切考慮しなかったと言うから驚きます。
実はこの会議には一応女性も参加していたのですが、しかしその女性は女性と言う言葉を使う事を拒否しました。
>この会議の女性共同議長であるブラジルの性的権利活動家ソニア・コレア(sexual rights activist Sonia Correa)は、人権に関する言説から男女間の不平等についての言及を排除したいと考えている。彼女がジョグジャカルタ原則を倣うべき模範としている理由は、「女性」という言葉に言及していないからだ。
>コレアは、「女性の権利」という言葉を使うことを拒否しているという。というのも、フェミニズムは女性の身体に関係するべきではなく、生物学的性別は19世紀の西洋の社会構造であると考えているからだ。
彼女の主張では、男女の生物学的差異が物質的に重要であるという見解は「原理主義者:fundamentalist」だ、ということなのだ。
先日ワタシは「ジェンダー」と言う言葉についてエントリーしたのですが、その時に一部のフェミニストが性別を抹殺しようとしていると言う話を紹介しました。
このフェミニスト達は男性と女性でジェンダーで分ける事で、身体の性別を抹殺しようと言うのです。
そして実際にこのジョクジャカルタ原則の起草に加わったのは、正にそのようなフェミニストだったのです。
一方、ジョクジャカルタ原則起草については、男性の体そのままの人間が、女性施設に入り込む事の問題について一切考えていなかったと言います。
参加者の一人がこのように証言しています。
>「トランスジェンダーの人たちが苦しんでおり、これこそ彼らが必要とすると示しているものだ…という感覚がありました。2006年当時、手術をしないことやセルフIDの意味合いは、私たちには理解できませんでした。なので、私の記憶では、手付かずの性器を持ったままの男性が女性の空間にアクセスするとは、誰も考えておりませんでした。」
これはまた非常に不思議な話です。
日本では昔から女装痴漢が、女子トイレや女湯に入り込むと言う事件が時々起きています。
欧米でも公衆トイレは防犯上非常に危険とされていて、防犯の為に日本以上の配慮がされています。
しかも強姦など凶悪な性犯罪の発生率は日本より遥かに高いのです。
そういう国々で「自分は女だ」と言えば女で通る事になれば、犯罪者達がこれを利用する事を想定できなかったと言うのは本当なのでしょうか?
それ以前に「2006年当時、手術をしないことやセルフIDの意味合いは、私たちには理解できませんでした。」と言うも呆れます。
だったらこの人権活動家や弁護士達は、自分達には意味合いのわからない話をジョクジャカルタ宣言に書き込んでいたと言う事になります。
しかしアムネスティー・インターナショナルが、このジョクジャカルタ原則を全面的に支持しました。
そして世界中の国々にこの原則に従うように圧力をかけるようになったのです。
アムネスティー・インターナショナルは、女性の人権とトランスの人権の衝突の存在を認める事さえトランスフォビアだと言う見解を採用しています。
実は国連の女性の人権推しは気持ちの悪いレベルなのですが、しかし一方でこういう事をやっているのですから、ホントに気持ちが悪いです。
なぜアムネスティーがこのジョクジャカルタ原則を支持しているのかわかりません。
しかしアムネスティーがこれを支持し、国連加盟国に圧力をかけ続けた事が、このジョクジャカルタ原則が欧米先進国の多くに大きな影響力を与えた事は間違いないでしょう。
そして勢いづいたトランス活動家達は2017年、ジョクジャカルタ原則に更に踏み込んだ内容の10項目を加えました。
例えば「すべての国は出生証明から性別の登録を廃止しろ」と言うのです。
なるほどトランスの権利、トランスの人権だけを考えたら、ジョクジャカルタ原則は間違いではありません。
そしてトランスジェンダーの人達の中には苦しんでいる人がいるのも事実です。
しかし当然ですが、女性にも人権があるのです。
また権利を付与すればそれを濫用したり悪用したりする人間が出るのも事実です。
そもそもどんな場合でも人権を考える場合は、特定の人達の人権だけを極大化するのではなく、他の人達の人権とのバランスで考えていくしかないのです。
ましてそれを法制化する場合には、濫用や悪用される事を前提で、その防止策を込みで法案を作るのです。
ところがこのトランスジェンダーの問題については、こうした問題を全部吹き飛ばして、ひたすらトランスの権利の擁護だけが全てなのです。
これは実に異様な話です。
トランスは大変でしょう。 しかしトランスの苦しみは、結局内面の問題であり、自分でで気持ちの持ち方を変えたら済む話なのです。
そもそもジョクジャカルタ原則によれば、誰でもいつでも性別を変える権利があるのです。 そして国家も個人もその人間を望む性別の人間として扱う義務があります。
だから強姦犯が逮捕後、「性自認は女性」と言い出しせば、司法は強姦魔を女性として扱い、強姦魔を女子刑務所に収容しなければならないのです。
ジョクジャカルタ原則に従えば、強姦犯も、正真正銘のトランス女性です。
では「彼女」達はトランスである事でどう苦しんでいたのでしょうか?
ジョクジャカルタ原則を適用すれば、強姦魔もオートガイネフェリアと言われる女装趣味の変質者でも痴漢常習犯でも、痴漢常習者でも、女性になれるのです。
こうなるとトランスジェンダーを装った男性が、女子トイレや女湯に入り込んで性犯罪を犯すのではなく、こうした犯罪者は皆トランスジェンダーと言う事になります。
実はこのようなジョクジャカルタ原則に一番危機感を持っているのは、本当に性別の問題で苦しみ続けた人々、つまりGIDの性同一障害の人達です。
こんな状況になってしまえば社会の認識は、トランス女性=性犯罪者になります。
変質者や犯罪目的、女性への嫌がらせ目的での性別変更を行った男性達は、トランス女性の社会的評価が厳しくなれば、簡単に男性に戻るでしょう。
しかしGIDの人達には、どんなに辛くても苦しくても、男性として生きられないのです。 その為、性犯罪者が作ったトランス女性の悪評は、GIDの人達が背負う嵌めになります。
だからGIDの人達とすれば、性別変更の要件を厳密に定めて、性犯罪者の性別変更を阻止しないと自分達の立場がなくなります。
一方この世には、本当に苦しんでいる人が多数います。
トイレ一つとっても人工肛門や車いすに対応するトイレだてってまだ十分設置されているわけではありません。
厄介な慢性病を抱え込んだ場合、経済的な救済策は生活保護しかなく、資産や支援してくれる家族のない人はホントに悲惨な事になります。
しかし僅少な人が苦しむからと言って、社会全部をその人の為に変えるような事ができるわけはありません。
ところがトランスジェンダーについては、国連や一部先進国がホントに僅少な人の為に男女の性別と言う人類が人類なる以前から人間の社会に存在した大原則を破壊しようとしているのです。
ワタシはこれはもう狂気としか思えないし、またこういう狂気を生み出した弁護士や人権活動家の知性のお粗末には唖然としました。