池上彰・ロシアの言い分。
① ウクライナ語はロシア語の方言。
ウクライナ語とロシア語は殆ど同じ言語で、関西弁と標準語ぐらいの違いしかない。
② ウクライナ東部二州ドンバスとルハンスクで、ウクライナ政府がウクライナ語を強制したことが、ロシア系住民の反発を招き、この二州での内戦の原因になった。
これに対してウクライナ駐日ウクライナ大使や、在日ウクライナ人は以下のように反論しています。
① ウクライナ語は独立した言語。
ウクライナ語とロシア語の単語の60%は違う。 これは英語とオランダ語ぐらいの差である。
ウクライナ語とロシア語では同じ単語を違って意味で使う場合も多く、ロシア語しか知らない場合は同じ言葉と誤解する人が多いが、全く違う言語。
② ウクライナ憲法ではウクライナ語を公用語にしているが、州によってはロシア語も公用語としておりウクライナ語を強制していない。
東部二州での内戦はロシアの工作によって起きたもので、ウクライナ政府の言語政策の問題ではない。
③ ロシア帝国とソ連の長い支配で、ウクライナ語は強制的にロシア語化させられてきた。 今ウクライナでは元の正しいウクライナ語を取り戻す努力が始まっている。
ワタシはウクライナ語もロシア語も両方できないので、ウクライナ語とロシア語の違いについてはどちらの言い分が正しいのか全くわかりません。
そもそも言語学では方言と独立した言語を区別する条件や定義などが定められているわけではないので、方言か独立した言語かを学問的に判断することは不可能なのです。
しかしロシアの側の言い分もウクライナ側の反論もなんかオカシクないですか?
まずロシア側の言い分通り、ウクライナ語がロシア語の方言で、標準語と関西弁ぐらいしか違わない、ウクライナ語はロシア語に非常に近いとすれば、ウクライナ政府がウクライナ語を強制する意味がありません。
また強制されてもロシア系住民が困る事もないし、「内戦」を起こす程反発するのもわかりません。
だって日本でも公用語は標準語です。 でも日本政府が関西地方に標準語を強制しなくても関西人も普通に標準語を理解しているし、標準語を公用語にすることへの反発など起きていません。
実はワタシも大阪生まれで、関西弁が母語ですが、標準語の習得に努力したとか苦労したと言う記憶はありません。
一方、関西のお笑い芸人は、昔からテレビの全国放送で活躍しています。 つまり日本人なら誰でも普通に関西弁は理解できるのです。
つまりウクライナ語とロシア語が関西弁と標準語の関係なら、ウクライナ政府がロシア系の住民にウクライナ語を強制する必要もないし、それでロシア系住民が困る事もないのです。
一方、ウクライナ大使の言い分が正しいとすると、ウクライナ語が公用語になるとロシア系の住民が困る事になります。
だってウクライナ駐日大使によればウクライナ語はロシア系住民には完全な外国語なのです。
それなのにウクライナ語が国家の公用語になると、ロシア系でロシア語しかできない人達は現実の生活に色々と不便になります。 一部の州だけロシア語が公用化されているだけでは困るのです。
まして③のようにウクライナ語をよりロシア語から切り離し、源ウクライナ語の復活などとなると、ロシア系住民だけでなく、ウクライナ民族以外の人達は皆自分達のアイデンティティを否定される事になります。
民族の言語を取り戻す、これはウクライナ民族主義から言えば当然の事ですが、しかしウクライナ民族以外の人達は民族の言語を奪われる事になります。
だってウクライナには、ロシア系の他にもウクライナ民族以外の人達が多数いるのですから。
ウクライナ政府がウクライナ民族主義を推進しているなら、ロシア系だけでなくウクライナ民族以外の人達は反発して当然です。
だから最初に紹介した話は、実はロシア側、ウクライナ側共に墓穴を掘っているのです。
因みに歴史的にはウクライナとはコサックヘーチマン国家があった現在のウクライナの中心部辺りだけがウクライナでした。
ドンバス、ルハンスクの東部二州とハリコフ、更にクリミア、オデッサなど黒海沿岸は、元来クリミア汗国領で、その後オスマントルコ帝国でした。
それを18世紀エカテリーナ大女帝の時代に、優れた軍人で女帝の愛人でもあったポチョムキン将軍が征服して、ロシア領に組み込んだのです。
それでこの地域はノボロシア(新しいロシア)と呼ばれていました。
それでエカテリーナ時代にロシアから移住した人達が多数住んでおり、ロシア語地域でした。 クリミア汗国だった歴史からクリミアタタール人も多数住んでいたのですが、クリミアタタール人はスターリン時代に中央アジアへ強制移住させられて、半数が死亡したと言われます。
スターリン時代にはホロドモール(人口飢餓)でウクライナ全土で400~600万人が餓死し、更に独ソ戦、その後の粛清でウクライナの人口が激減したことから、戦後はロシア本土から大量のロシア人が新たに移住しました。
そしてロシア帝国、更にソ連の支配下では、ウクライナの公用語はロシアだったので、帝政時代にロシアから移住した人も、ソ連時代にロシアから移住した人も、そのままロシア語を使い続けていました。 一方元々のウクライナ民族の人達は、帝政ロシア支配以降、ロシア語を強制されていたので、ほぼ全部ロシア語を話せます。
こういう歴史を思うとウクライナは東部と黒海沿岸だけでも、民族も言語も複雑です。
だからウクライナ独立の正当化に民族主義を持ち込んだりしたら、それこそウクライナの分裂を招きます。
逆にロシアのようにロシアの民族主義を盾に、ウクライナ民族を無理矢理ロシア民族に取り込んでも、やはりロシア全体では分裂の招きます。 だって現在のロシアにはタタール人やカルムイク人など、言語も民族も人種も違う民族の「共和国」が多数あるのです。
ロシアがこうした非ロシアの「共和国」を放棄する気ならともかく、そうでなければ民族主義は絶対持ち込むべきではありません。
つまりどちらもオカシナ事を言っているのです。
それではウクライナの独立に正当性はないのでしょうか?
イヤ、ウクライナの独立は完全に正当だし、今ロシアが行っているのは完全な侵略戦争です。
だって現在のウクライナ領はウクライナが独立した時にロシア側も認めているし、国際社会も完全に認めたのです。
こういう独立国の領土に攻め込んで領土を奪おうと言うのは、侵略としか言えないのです。
そもそも国家の独立に言語や民族は関係ありません。
世界中にはアラブ諸国やスペイン語圏の南米諸国のように、同じ民族・同じ言語で幾つもの国を独立国になっている場合もあるし、逆にインドやインドネシアのように多数の言語・多数の民族が一つの国を作っている例も多いです。
日本や韓国のように単一民族・単一言語の国がむしろ例外的なのです。
言語が同じだから、民族が同じだから独立していけないと言うなら、アメリカ合衆国がイギリスから独立する事は認められませんでした。
勿論、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも独立できません。
ドイツとオーストリアとルクセンブルグも同じドイツ語・ドイツ民族の国家です。
でもそれぞれ長い歴史を持つ独立国です。
またスイスも国民の大多数はドイツ民族でドイツ語を使っていますが、フランス系やイタリア系などと一緒になって、ドイツやオーストリアやフランスなどの隣接する強国から独立を守り続けました。
スイスでは13世紀、近代国家の概念さえなかった時代に、ドイツ系の住民が神聖ローマ帝国から独立して共和制国家を作り、その後フランス語圏やイタリア語圏の地域が合流して現在に至るのです。
自分達が独立して国家を作ろうと言う意思があったので独立したのです。 そしてそれを現代にいたるまでその国家を守り続けているのです。
中世からこうした国家が存在したことを考えたら、ウクライナがロシア系やクリミアタタール人、ポーランド人などを抱えてロシアから独立することに何の問題もないのです。
そもそもウクライナは1991年にそれで完全に独立を認められていたのです。
それを現在ロシアが侵略しているので、ウクライナ人が一丸となって抵抗しているのです。
ソ連の支配下で起きた粛清や飢餓を思い出したら、元KGBのロシアに支配されることなんか絶対嫌だから、民族に関係なく全てのウクライナ人が徹底抗戦しているのです。
そしてソ連の支配を被った国々も、同様な思いで皆必死でウクライナを支援しているのです。
だからウクライナ語とロシア語がどうとか言う話は関係ありません。
ウクライナには自国の独立る為に侵略者を撃退する権利があるのです。
国家とは何か?
これを冷静に考えると、実はロシアのプロパガンダも駐日ウクライナ大使の反論もナンセンスです。 売り言葉に買い言葉の応酬の為に民族主義を持ち出してしまい、双方墓穴を掘っているのです。
ウクライナがロシアを撃退した後、国家として成功するか否かは、むしろ民族主義をいかに自制するかにかかっているのです。