なぜならウクライナはロシアの「まほろば」だからです。
勿論、ロシアにとってはウクライナは軍事的に経済的に重要な国ですが、しかしそれだけならクリミアやグルジアなど他の旧ソ連邦諸国も同様です。
けれどもウクライナはロシアにとって軍事て経済では済まない意味を持つ国なのです。
ロシアにとってウクライナは、日本にとっての大和地方と同様の意味があるのです。
日本の歴史が大和朝廷から始まるのと同様、ロシアの歴史はキエフ大公国から始まるのです。
キエフ大公国は9世紀半ばからキエフを首都して現在のベラルーシとウクライナを支配するようになりました。
そして988年キエフ大公国のウラジミール一世がキリスト教(正教)に改宗し、キエフ大公国がキリスト教化し、ロシアの歴史時代が始まるのです。
これは正に日本の歴史が大和朝廷から始まり、大和朝廷が仏教を受け入れた頃から、日本が歴史時代に入るのと同じです。
そして日本の神話や大和朝廷の黎明時代を描く古事記や日本書記が大和で生まれたのと同様、ロシアの神話や英雄伝説もウクライナで生まれたのです。
キエフ大公国は英雄を産みながら次第に東に広がり、やがて現在のロシアのモスクワ周辺にまで拡大しました。
しかしキエフ大公国は1240年、モンゴルの侵攻を受けて崩壊してしまいました。 その後現在のロシアとその周辺は以後400年間モンゴルの支配下には置かれました。
一方ウクライナは国家の体をなさなくなってしまいます。
このような状況でロシアやポーランドやスウェーデンなど周辺諸国から、無法者、逃亡した農奴などがウクライナに流れ込んで、武装集団を作り、周辺諸国を略奪して回ったりするようになりました。
これがコサックです。
一方ロシアはモンゴルの支配を脱してからは、強力な中央集権体制を作り、国力を強化していきました。
そして17世紀、今度はロシアがウクライナを支配下に置くようになったのです。
以降ソ連崩壊、ウクライナ独立まで、ウクライナはロシアと一体でした。
そして歴史的経緯を見れば、ロシア人にとってはウクライナは正に父祖の地、ロシアのまほろばなのです。
ロシア人は「イゴリー公戦記」始めキエフ大公国の英雄達を自分達の先祖の英雄としてあがめていました。
この英雄達やキエフ大公国の名君達の名前は、ロシア人の個人名として受け継がれたし、戦艦や潜水艦にも命名されています。
またこうした歴史だけでなく、コサックダンスや美しい刺繍の民族衣など現在世界中の多くの人がロシアの民族文化と思っているモノの多くが実はウクライナの文化です。
近世以降、ロシアの支配階級は完全に西欧化して、ロシアの民族文化とは無縁になってしまいました。 一方農民は農奴であまりに貧しく、華やかな民族文化を育てる事はできませんでした。
例外がコサックです。
ウクライナがロシアの支配下に入ってから、コサックは軍務と引き換えに数々の特権を得ていたので、貴族ではないにせよ農奴よりは遥かに豊かな生活を維持できました。
そこでコサック達はコサックダンスや美しい民族衣装、豊かな民話など数々の民族文化をはぐくむ事ができたのです。
そしてコサック騎兵の精強さと共に世界中にロシア=コサックのイメージが生まれ、コサックの文化がロシアを代表するようになりました。
ウクライナがロシア領であればそれで無問題でした。
しかしウクライナがロシアから独立し、更には西側に所属するようになれば、ロシアは民族舞踏や音楽、民族衣装と言ったフォークロアさへも喪う羽目になります。
だからソ連崩壊でウクライナがソ連から独立した事は、ロシア人にとっては大変なショックでした。
これは共産主義には関係がありません。
例えばソルジェニーツィンなども大変なショックだったようです。
ソルジェニーツィンと言う人は、ロシアの熱烈な愛国者でした。
この人は血筋から言うと完全にウクライナ人です。 母親はウクライナ人で父親はクバンコサックです。 前記のようにコサックはウクライナ起原ですから。
その父親はしかし第一次大戦でロシア軍に志願して、ソルジェニーツィンが生まれる前に戦死しました。
ロシアにはソルジェニーツィンと同様の血筋の「愛国者」は少なくないでしょう。
そしてこうした人々を見ていると、国家と言うのは元来極めて人為的に作られたモノで、それに翻弄されることの理不尽さを痛感せずにはいられません。
一方、ウクライナ人からすれば、ロシア人がどう思おうとも、二度とロシアの支配は受けたくないだろうし、受ける理由もありません。
だってロシアの支配を受けてから何一つ良い事がないのですから。 特に第一次大戦、ロシア革命時、第二次大戦の頃のウクライナはあまりと言えば余りに悲惨で、この時代を紹介する動画など見ていると気持ちが暗くなるほどです。
ロシアの西側と言う地理的位置から、二度の大戦で戦場になり、大きな犠牲が出たのは仕方がありません。 これは大陸国家の運命です。 ウクライナ人だってそれを恨んでいるわけではありません。
しかしスターリン時代にソ連共産党が意図的に飢餓を起こして、ウクライナ人の大半が餓死した事件などどう理解したらよいのでしょうか?
これではウクライナ人がロシアに愛想をつかすのは当然でしょう?
それ以前にウクライナにはロシアの支配を受ける根拠がありません。
ウクライナ人とロシア人が同じ民族かどうかと言うのは、議論があるのですが、例え同じ民族だったとしても、ロシア革命で民族国家としてのロシアは消滅したのです。
ロシア帝国を破壊して成立したソ連は、民族国家であることを否定しました。 ロシア皇帝一家を銃殺して遺体に硫酸をかけて廃坑に捨て、ロシア正教始めロシア民族統一のよりどころを完璧に破壊しました。
KGB出身のプーチンのロシアは、ウクライナ人からみれば、ソ連の後継国家です。
そういう国家が再度ウクライナへ野心を見せると言うのは、ウクライナ人からすればスターリン時代の悪夢がよみがえるとしか言えません。
ウクライナ人からすれば、NATOに加盟し、二度とロシアの支配を受けないようにしたいでしょう。
しかしこれはロシアにとっては大変な危機です。
ウクライナがNATOに加盟してロシアと敵対するとなったら、ロシア人は何を自分達の民族のよりどころにすればよいのでしょうか?
ロシア民族のまほろば、民族揺籃の地であるウクライナからすてられたら、ロシアにはもう民族のよりどころが亡くなってしまいます。
ソ連時代は共産主義で国家をまとめました。
帝政ロシアの時代は、皇帝の権威が国家をまとめました。
現在のロシアが国家をまとめるのは、民族主義ぐらいしかありません。
皇帝とかキリスト教とか、それまでロシアをまとめてきた伝統は、共産党によって完全に破壊されました。
だったら民主主義になれば?
でも民主主義と言うのは、全ての物事を話し合いと多数決で決める制度です。 これが上手くいくのは、話し合いに参加する人々が、お互いに信頼関係があり仲間意識を持つ場合だけです。
信頼関係も仲間意識もない人同士で話し合いをしても、もめるばかりです。
その信頼関係や仲間意識を産むのに非常に強力で重要なのが民族意識です。
今後ロシアが民主化するにしても、現状はロシア民族の民族意識を守るしかないのです。
ところがウクライナの独立、そしてNATO加盟はそのロシア民族のアイデンティそのものをぶち壊しかねないのです。
だからプーチンの危機感も半端ないのでしょう。
でもそのプーチンがウクライナをNATOに追いやっているのだからどうしようもありません。
今後、ウクライナ問題がどなるのかワタシには全くわかりません。
でもウクライナとロシアの歴史を見ていると、民族の伝統は絶対に壊しちゃいけないと思います。
民族の伝統を作るのには何百年もかかるので、一度壊すと元通りになるのにまた何百年もかかってしまうのです。
そうなるとそのあいだに民族とか国家そのものが亡くなってしまう事もあるのですから。