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2021-06-17 11:50

カタパルトで戦う

 昨日も綺麗な快晴でした。
 それでお昼ご飯は外で食べました。 パンとサラミとチーズとワインを持って行って公園のベンチで食べたのです。

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 青い空、芝生一面に咲く赤いコウリンタンポポ。
 気持ちの良い日陰を吹き抜ける爽やかな風。
 お陰で少し古くなったパンも、紙パックの安物のワインも、この上もない御馳走に思えました。

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 ところが食べ始めて間もなく、カラスが飛んできて、隣のベンチの背もたれに止まりました。
 そしてこっちを見ます。
 ハシブトガラスではなくハシボソガラスなので、そんなに大きくはないのですが、やっぱり不気味です。

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 ワタシはカラスの何度か襲われた事があります。 ワタシは何もしていません。 でも知らずにカラスの巣の近くを通ったのだと思います。
 それでカラスが急降下してワタシの頭に体当たりをかませてきたのです。 
 帽子をかぶっていたからよいようなモノの、帽子がなければ頭に怪我をしたと思います。

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 そして一昨日は買い物の帰りに、女の人が三羽のカラスに襲われているのを見ました。
 若い綺麗な人でした。 勿論、この人も何もしていません。
 でもきっと近くに巣があったのです。

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 それに食べ物を持っていると要注意です。 近所のスーパーの駐輪場にはどこでも「カラス注意」の看板が出ています。
 自転車の前籠に食料が入っていると、カラスにやられます。
 ワタシも二度ほどやられました。

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 カラスが寄ってくると、凄く怖いです。
 でもワタシはこういう場合に備えて、いつも自転車の前籠にカタパルトを入れているのです。
 外で食事をしたとき、これでカラスを追い払う為に・・・・・。

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 カタパルトと言っても、自転車の前籠から戦闘機を発進させるわけではありません。
 ワタシが装備しているカタパルトは、元来のカタパルト、つまり投石機です。
 それも古代に使われた一番単純なモノです。

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 古代の投石機の原理で作ったのですが、構造は至って簡単で、玉ねぎの袋に玉ねぎ大の小石をいれただけです。
 で、カラスが近づくと、袋の紐を持ってブンブン回して威嚇するのです。

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 古代にはナイロン製の玉ねぎ袋なんてなかったので、皮ひもなどの先に石を入れる袋をつけたようです。
 石に紐をつけて振り回すと、投げたときの命中率は下がりますが、遠心力で飛距離は伸びるのでしょう。 

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 石って古代には結構、有効な武器だったようです。
 第二次ペルシャ戦役の陸上戦で、ギリシャの勝利を確定したプラタイアの戦いでは、スパルタ兵の投げた石が、ペルシャの最高指揮官マルビオスに命中して落馬、これでペルシャ軍は総崩れになりました。

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 しかしワタシはスパルタ兵ではないので、カラスの石を命中させる自信はありませんでした。
 だから石は投げずにただグルグル振り回しただけです。
 それでも相当の威嚇効果はあり、カラスは飛んでいきました。 でもあまり遠くには行かず、時々こっちへ来ます。
 だからワタシもカタパルトを傍に置いたまま、食事を続けました。
 これではまるで古代の兵士です。

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 けれどもこうやってカタパルトで戦いながら、パンを食べていると、思いは古代の戦場に飛びます。
 その後、カタパルトはドンドン進化して、太い木を組んだ巨大パチンコのようになり、巨石を投げるようになりました。

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 ファンタジー映画なんかにも出てくるけれど、こうやって巨石を投げるカタパルトは攻城戦に使われたようです。
 尤も石造りの城壁をカタパルトで壊す事はできないでしょう。 
 城壁をバンバン壊す事ができるようになったのは大砲ができてからです。 
 でも巨石が城壁を飛び越えて城壁内の民家を直撃したら、民家は大被害を受けますから、籠城している側には大変な恐怖だったのではないでしょうか?

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 因みに攻城戦って、城壁その物を壊すか、兵糧攻めにするかしか方法がなかったようです。
 この兵糧攻めも結構大変だったようです。
 というのは兵糧攻めをする側も食料が必要なのですが、軍隊が食料の補給を受けながら戦う事ができるようになったのは、何と鉄道ができてからだそうです。

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 普仏戦争の時にモルトケが鉄道の輸送力と無線を活用して、プロシャの勝利を勝ち取ったぐらいが最初みたいです。
 それまでは軍隊が遠征するときは、食料は略奪で調達するのが原則だったようです。
 なぜなら馬や人では大量の食糧は運べないのです。

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 それで軍隊が遠征した場合、近隣を略奪しながら進むしかないのです。 でもこれだと同じ場所に長くとどまる事ができません。
 同じ場所に暫く留まると近隣食料を奪い尽くしてしまって、食べ物がなくなるからです。
 ところが攻城戦というのは、籠城軍の何倍もの兵隊を城も周囲に配備し続けなければなりません。
 一方籠城する側は、籠城する前に近隣の食料を全部場内に持ち込んでしまいます。

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 こうなると城攻めをする側は、かなり遠くまで略奪に行かなければなりません。 しかも攻める側の方が人数がはるかに多いのですから、食料も籠城側より遥かに大量に必要なのです。
 だから一定期間を超えると、籠城側ではなく攻城側の食料が尽きて、包囲を解いて撤退せざるを得なくなるのです。

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 実はこの近代以前の戦争では、軍隊への食糧補給は不可能だったという話は、you tubeのミリオタさんの動画で知りました。 
 でもこれ歴史を理解する上ですごく重要な話ですよね?
 だってこれがわからないと、何で攻城戦で途中で攻撃をあきらめて徹底するのかが、今一わかりません。
 また何で「城」が有効なのかもわかりません。

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 だって食糧補給が可能なら攻城側は無限に城の包囲ができるのだから、途中であきらめて撤退する必要はないのです。
 でもそんな事ができるようになったのは、近代以降なのです。

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 カタパルトの威力で、何とか無事に食事を終えると、安ワインがすっかり頭に回ってしまいました。
 それで思いは古代から近代まで駆け巡り、まるで自分が大戦略家になったような気分です。

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 でも長い長い6月の日もやがて暮れてきました。
 だからもう家に帰り、一介のネトウヨに戻ります。

 お詫び
 ワタシが対カラス防衛に使った兵器は、カタパルトではなくストリングショットというのが正しいそうです。
 カタパルトというのは巨大パチンコのような投石器のことでした。 
 kazkさんに教えていただきました。
 ありがとうございます。

 お詫びのお詫び
 またkazkさんの間違いを指摘していただきました。
 ストリングショットというのは、パチンコのことだそうです。
 ワタシがカラス防衛に使った投石器は、「ロック・スリング」というモノでした。
 ちゃんと調べないで書くからこういう事になるんですね。 
 反省します。

 


  1. 札幌の四季
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コメント

>食糧補給

かりに前線に食糧補給をするにしても、その補給部隊の人馬自体が、その前線までの行程での糧秣を必要としますし、それは当然、前線に届けるはずの糧秣の中から消費することになりますからね。
その前線が近隣国の海浜で、海上輸送によるなら、少し事情は違ったかもしれませんが。
  1. 2021-06-17 12:37
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  3. 温泉猫 #-
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Re: タイトルなし

> >食糧補給
>
> かりに前線に食糧補給をするにしても、その補給部隊の人馬自体が、その前線までの行程での糧秣を必要としますし、それは当然、前線に届けるはずの糧秣の中から消費することになりますからね。
> その前線が近隣国の海浜で、海上輸送によるなら、少し事情は違ったかもしれませんが。

 そうなんです。

 オスマントルコ軍のコンスタンチノポリス攻城戦やロードス島攻城戦は、長期にわたる包囲戦ですが、これはいずれも海岸なのでか可能だったのです。
 それにトルコ軍がコンスタンチノポリスを攻撃した時は、コンスタンチノポリスのすぐ近くまでがトルコ領になっていました。
 これだと食料補給も簡単なのです。
  1. 2021-06-17 12:44
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

よもさん、

石入れて振り回すやつはカタパルトじゃあありませんよ。
これはスリングと言います。日本語ではカタパルトは投石機、木などで作られ大型の石などを投げつける例のタイプです。スリングとは投石器、ロープなど作られ石を振り回し飛ばすあれですね。日本語では「とうせきき」ですがラカタパルトは女性が振り回せるものではありません、普通は。

なおスリングショットというものはゴムじかけでモノを飛ばすいわゆるパチンコです。お間違いなきように。

閑話休題

古代のローマ軍を除けば兵站というものを真面目に考えたのは、おそらく、はじめてはモンゴル軍でしょう。何しろステップを騎馬で行軍するのですから基本農業不敵地ですので、家畜を連れた移動となります。食料を連れて移動するはいえ、兵器類、攻城装備などは基本運ばねばいけません。そしてモンゴル軍には火薬という新兵器がありました。シナでは宋代にはできていたようですが、それを本格的に使い出すのはやはりモンゴルです。

お察しの通りカタパルトによって爆薬を投射し、破壊と火災を起こさせるのが目標です。モンゴル軍はその機動力により、籠城準備が進まぬうちに周辺地域を略奪し、敵を都市に追い込み絶望的な籠城戦をさせ投石機と破城槌でもって無理やり都市に侵入し、略奪と放火と破壊を思いのままにするわけです。これを派手にやることによって無血開城を周辺の敵に強いたのです。後は好きなことをやりまくり…以下は淑女のブログですからやめますがまあそういうことです。

これは兵站が絶対必要になります。まあ連中はそもそもゲルで寝てるわけですが、後方には基本、女子供が居ます。連中が兵站要員だったわけです。強いわけですよね。この兵站線をきちんと維持できたことが、モンゴルの侵略の側面です。おそらく連中がオゴタイが死ななければビスケー湾まで行ってたはずです。欧州の地図はどうなってたか興味深いものがあります。

閑話休題

日本では戦国時代に至るまで兵站は真面目に考えられていませんでした。律令制古代国家ならば各国府が租税として取りた立てた米がありますからそれを使ったでしょうが、鎌倉期以降は基本武士の自前です。もちろん幕府や各地の守護地頭も負担はしたはずですが、新恩給与がないとやってられるかというのが本音だったはずです。

各地で戦国大名が領域支配をするに至ると基本戦争は農閑期のものとなります。戦争に農民を動員できないからです。欧州ではここで何故か傭兵という存在が出てくるのですが、日本では一気に常備軍となります。戦争に強い弱いは別として動員していつでも戦えるというのは強みです。伝統的な武士団の国では戦争準備は大変なことになりますが、常備軍では気楽に戦争ができます。もちろんそれを行える財力が重要でしたが…

秀吉の中国大返しはどう見ても兵站拠点をきちんと整備していたと考える以外ありません。賤ヶ岳もそうです。彼らの強さは意外なほどの兵站の強さにあったのです。兵站が強く大兵力を集結させることができれば戦闘は9割方勝ちです。野戦の戦術展開では彼らの戦いは本当につまらないものです。
  1. 2021-06-17 17:42
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> よもさん、
>
> 石入れて振り回すやつはカタパルトじゃあありませんよ。
> これはスリングと言います。日本語ではカタパルトは投石機、木などで作られ大型の石などを投げつける例のタイプです。スリングとは投石器、ロープなど作られ石を振り回し飛ばすあれですね。日本語では「とうせきき」ですがラカタパルトは女性が振り回せるものではありません、普通は。
>
> なおスリングショットというものはゴムじかけでモノを飛ばすいわゆるパチンコです。お間違いなきように。

 あらら、残念。
 カタパルトって巨大パチンコみたいなやつだけなのですね。
>
> 閑話休題
>
> 古代のローマ軍を除けば兵站というものを真面目に考えたのは、おそらく、はじめてはモンゴル軍でしょう。何しろステップを騎馬で行軍するのですから基本農業不敵地ですので、家畜を連れた移動となります。食料を連れて移動するはいえ、兵器類、攻城装備などは基本運ばねばいけません。そしてモンゴル軍には火薬という新兵器がありました。シナでは宋代にはできていたようですが、それを本格的に使い出すのはやはりモンゴルです。
>
> お察しの通りカタパルトによって爆薬を投射し、破壊と火災を起こさせるのが目標です。モンゴル軍はその機動力により、籠城準備が進まぬうちに周辺地域を略奪し、敵を都市に追い込み絶望的な籠城戦をさせ投石機と破城槌でもって無理やり都市に侵入し、略奪と放火と破壊を思いのままにするわけです。これを派手にやることによって無血開城を周辺の敵に強いたのです。後は好きなことをやりまくり…以下は淑女のブログですからやめますがまあそういうことです。
>
> これは兵站が絶対必要になります。まあ連中はそもそもゲルで寝てるわけですが、後方には基本、女子供が居ます。連中が兵站要員だったわけです。強いわけですよね。この兵站線をきちんと維持できたことが、モンゴルの侵略の側面です。おそらく連中がオゴタイが死ななければビスケー湾まで行ってたはずです。欧州の地図はどうなってたか興味深いものがあります。
>
> 閑話休題
>
> 日本では戦国時代に至るまで兵站は真面目に考えられていませんでした。律令制古代国家ならば各国府が租税として取りた立てた米がありますからそれを使ったでしょうが、鎌倉期以降は基本武士の自前です。もちろん幕府や各地の守護地頭も負担はしたはずですが、新恩給与がないとやってられるかというのが本音だったはずです。
>
> 各地で戦国大名が領域支配をするに至ると基本戦争は農閑期のものとなります。戦争に農民を動員できないからです。欧州ではここで何故か傭兵という存在が出てくるのですが、日本では一気に常備軍となります。戦争に強い弱いは別として動員していつでも戦えるというのは強みです。伝統的な武士団の国では戦争準備は大変なことになりますが、常備軍では気楽に戦争ができます。もちろんそれを行える財力が重要でしたが…
>
> 秀吉の中国大返しはどう見ても兵站拠点をきちんと整備していたと考える以外ありません。賤ヶ岳もそうです。彼らの強さは意外なほどの兵站の強さにあったのです。兵站が強く大兵力を集結させることができれば戦闘は9割方勝ちです。野戦の戦術展開では彼らの戦いは本当につまらないものです。

 やっぱりそうなんですね。
 そりゃキャンプや登山に行くときにもてる食料を考えたら、大量の食糧を運ぶという事がどれだけ難しいかはわかります。
 でもやっぱりそういわれないと、ついつい食料の補給のことなんかには思い至りません。

 しかしそれを思うとローマ軍はホントにすごいです。 連中は進軍するときは道路を作ります。 ダキア遠征ではドナウ川に橋を架けました。
 でも道路を作るから古代でも牛車など効率よく食料を運ぶ事が可能だったのでしょうね。
 
 しかし戦争をするのに道路を作り巨大な橋までかけるという周到さは、ホントにすごいです。 あれは一体どうこからきたのだろうか?と思います。

  1. 2021-06-17 18:50
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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早速どうも

kazk様:

> 何しろステップを騎馬で行軍するのですから基本農業不敵地ですので、家畜を連れた移動となります。

  蒙古の西征には、残らず使えて羊がとても有効だったというのを読んだ憶えがあります。細部は抜けてしまいましたが、岩村忍さんの随筆だったかもしれません。
  1. 2021-06-17 19:30
  2. URL
  3. アクトザク #-
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難しいことじゃあないと思いますよ。

基本的にローマの指導者はローマの都市民だからです。ローマ史読んでいて違和感を感じたことはありませんでしたか。有力氏族はさんざん出てくるのですが、それが特定の地方に根を張ってるという感覚じゃあないでしょう。属州出身の皇帝にしたって特定の地域を優遇するなどということがありません。

ユリウス・カエサルはガリアでおそらく多くの利権を得ていたと思うのですが、それで地方のローマ軍団をガイウス氏族が私兵として使ったということはありません。有力者は属州統治は命じられればやるし、おそらくは奴隷制を使って各地に大規模な農園を有してたんでしょうが、だからといって特定の地域に根を張るといった感覚がありません。

恐ろしいほどの近代のセンスがある人達なんです。いわば都市の大規模コングロマリットを有する経営者たちが政府を運営してるのかという感じです。おそらくは生粋の都市民、そういう生き方ができた人たちだったんです。

だから食料は地方から持ってくるもの、軍隊は安全保障のため辺境を防衛するものであり、ローマの辺境は基本農業不適地です。辺境の軍隊に兵站倉庫を設けるというのは当たり前の発想でしょう。あと安全保障と統治の便を考えるならば街道の整備も同じ目線で考えたでしょう。

おそらく彼らにとっては当然の嗜みだったんですよ。ローマ社会があまりに異質だから不思議に思うだけだと思います。

  1. 2021-06-17 22:40
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> 難しいことじゃあないと思いますよ。
>
> 基本的にローマの指導者はローマの都市民だからです。ローマ史読んでいて違和感を感じたことはありませんでしたか。有力氏族はさんざん出てくるのですが、それが特定の地方に根を張ってるという感覚じゃあないでしょう。属州出身の皇帝にしたって特定の地域を優遇するなどということがありません。
>
> ユリウス・カエサルはガリアでおそらく多くの利権を得ていたと思うのですが、それで地方のローマ軍団をガイウス氏族が私兵として使ったということはありません。有力者は属州統治は命じられればやるし、おそらくは奴隷制を使って各地に大規模な農園を有してたんでしょうが、だからといって特定の地域に根を張るといった感覚がありません。
>
> 恐ろしいほどの近代のセンスがある人達なんです。いわば都市の大規模コングロマリットを有する経営者たちが政府を運営してるのかという感じです。おそらくは生粋の都市民、そういう生き方ができた人たちだったんです。
>
> だから食料は地方から持ってくるもの、軍隊は安全保障のため辺境を防衛するものであり、ローマの辺境は基本農業不適地です。辺境の軍隊に兵站倉庫を設けるというのは当たり前の発想でしょう。あと安全保障と統治の便を考えるならば街道の整備も同じ目線で考えたでしょう。
>
> おそらく彼らにとっては当然の嗜みだったんですよ。ローマ社会があまりに異質だから不思議に思うだけだと思います。

 そうですね。
 ローマ人について読んでいるとホントに完璧な近代人、近代民主主義国家の人間とまったく同レベルの愛国心と尊法精神をもっていたとしか思えないのです。 
 物の考え方も完全に近代合理主義そのものの発想です。
 ローマ史を読んでいると、民主主義を達成できる民族は古代から達成しているし、達成できない民族は現代でもダメだとおもってしまいます。

 因みにユリウス・カエサルがガリアで多くの利権を得ていたのは事実のようです。
 何しろカエサルはガリアに行くまでローマ最大の借金王と言われた程の債務を抱えていたのですが、それをガリア勤務中に殆ど返済しています。

 こういう利権あさりはローマの政治家なら皆やったのです。
 ストア派哲学の始祖セネカだってやりました。
 でもローマ人のすごさはそれでも、自分の利権を国益に優先させない事だけは徹底していた事です。

 
  1. 2021-06-18 09:47
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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kazkさんの「嗜み」という言葉が物凄く腑に落ちました。





  1. 2021-06-18 11:37
  2. URL
  3. 鳴子百合 #-
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>第二次ペルシャ戦役の陸上戦で、ギリシャの勝利を確定したプラタイアの戦いでは、スパルタ兵の投げた石が、ペルシャの最高指揮官マルビオスに命中して落馬、これでペルシャ軍は総崩れになりました。

ひょっとしたら、この投石が五輪陸上競技の砲丸投げやハンマー投げの原型だったのかもしれませんね。五輪発祥の地・ギリシャの話でもありますし。

>因みに攻城戦って、城壁その物を壊すか、兵糧攻めにするかしか方法がなかったようです。
>この兵糧攻めも結構大変だったようです。
>というのは兵糧攻めをする側も食料が必要なのですが、軍隊が食料の補給を受けながら戦う事ができるようになったのは、何と鉄道ができてからだそうです。

日本の城とは違い、欧州の城って街自体を城郭で取り囲む形になっていますんで、ある程度城内で自給自足できてしまうんですよね。欧州の街とか城郭がはっきりと残っているところが結構ありますし。
  1. 2021-06-18 12:13
  2. URL
  3. #-
  4. 編集

よもさん

スリングショットはパチンコだぞ!
  1. 2021-06-18 16:00
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> kazkさんの「嗜み」という言葉が物凄く腑に落ちました。

 kazkさんはホントにすごいんです。 ワタシはkazkさんのコメントでホントに重要な話を色々教わりました。
  1. 2021-06-18 18:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> >第二次ペルシャ戦役の陸上戦で、ギリシャの勝利を確定したプラタイアの戦いでは、スパルタ兵の投げた石が、ペルシャの最高指揮官マルビオスに命中して落馬、これでペルシャ軍は総崩れになりました。
>
> ひょっとしたら、この投石が五輪陸上競技の砲丸投げやハンマー投げの原型だったのかもしれませんね。五輪発祥の地・ギリシャの話でもありますし。

 現在のオリンピック競技には古代ギリシャ起源のモノが多数あるようです。 やり投げなんかもそうでしょう。
>
> >因みに攻城戦って、城壁その物を壊すか、兵糧攻めにするかしか方法がなかったようです。
> >この兵糧攻めも結構大変だったようです。
> >というのは兵糧攻めをする側も食料が必要なのですが、軍隊が食料の補給を受けながら戦う事ができるようになったのは、何と鉄道ができてからだそうです。
>
> 日本の城とは違い、欧州の城って街自体を城郭で取り囲む形になっていますんで、ある程度城内で自給自足できてしまうんですよね。欧州の街とか城郭がはっきりと残っているところが結構ありますし。

 ヨーロッパの古い町の旧市街というのは、正にこの城壁内です。
 ネルトリンゲンとか完全に城壁が残っている街も少なくありません。 
 
 でも都市が城壁に囲まれているというのは、中東や中国も同様です。 「城」と漢字も元来「街」を意味します。
 例えば紫禁城の英語訳はForbidden Cityですからね。
 
 ワタシは日本が戦後、安易に9条なんて受け入れたのは、戦争になれば町ぐるみ防衛しなければならなかった歴史がないからだと思っています。
 だって保元物語なんか読んでると、京都の町で武士が戦争していても、町人は二階から見物していて、敵の首を沢山捕った武士が見物人に駄賃をわたして首の番を頼んだりしているのです。 
 町中の人間が運命をかけて戦うヨーロッパや中国の街の籠城戦の悲壮感なんか全然ありません。
  1. 2021-06-18 19:03
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

あらら!!

 調べたらヒモで小石を飛ばすタイプの投石機は「ロック・スリング」でした。
 
 訂正しておきます。 ありがとうございました。
  1. 2021-06-18 19:12
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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