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2020-10-27 13:08

多文化主義と寛容の行き着く果て パティさん国葬

 10月21日にパリで行われたサミュエル・パティさんの国葬は、実に盛大な物でした。
 彼の棺は儀仗兵によってソルボンヌ大学に運び込まれ、マクロン大統領は弔辞で彼を「静かな英雄」と称え、レジオンドヌールを授与しました。
   
 国葬というだけでもすごいのですが、フランス国民の故人への共感、世界的な影響も大変な物でした。

 しかしパティさんは例えば中曽根康弘のような大物政治家でもなければ、戦死者でもないのです。
 彼は高校の教師で、元来無名の人です。

 その彼が授業で生徒達に表現の自由を教える教材としてシャルル・エブドのムハンマドの風刺画を使ったところ、これに怒り狂ったイスラム教徒により殺害されて斬首されたのです。

 こんな事で殺されるなんてホントに酷い話で、パティさんとそのご遺族は大変気の毒だと思います。
 しかしそれで国葬になるというのは、日本人としては何とも違和感があります。

 日本でも狂信者に殺された人はいます。
 例えばオウム真理教の殺された坂本弁護士一家など典型です。

 坂本弁護士はまだオウムの問題が世間に注目されていなかったころから、信者の脱会などを助けていたので、オウムに目を点けられて一家全員(奥様とまだ一歳にもなっていなかった息子さんまで)が殺されたのです。

 狂信的なカルトと戦うという意味では、坂本弁護士の方がパティさんよりもっと積極的で、勇敢でした。
 
 しかし日本では坂本弁護士の死を悼みはしても、国葬にするとか、勲章を授与するなどと言う話は全く出ませんでした。

 同じく狂信者の犠牲者でありながらなぜパティさんは国葬になり、坂本弁護士はならなかったのか?
 なぜフランス政府はパティさんをレジオンドヌールを授与し、国葬にしたのか?
 
 それは結局、フランス共和国の危機感の故でしょう。
 パティさんの死は、フランス革命以降フランス共和国が守ってきた価値観、フランスの国体の危機を明確化したのです。

 フランスは元来カソリックの国で、カソリック教会の支配力の強い国でした。 
 しかしフランス革命により王権と共にこのカソリックの支配を打破しました。
 その為には粛清による大量殺人も膨大な文化破壊を行いました。
 フランス革命時、幾多の教会が破壊されて、フランスの守護聖人だった聖マルティンの教会もこの時完全に破壊されて道路になってしまいました。
 
 勿論こうした凄惨な革命で国内は混乱し、政権は不安定化して、フランスが安定した共和制になるまでには、苦しい試行錯誤と長い年月と多数の犠牲を要しました。

 しかしそういう犠牲を払ってフランスは宗教の支配を逃れて、理性の支配する自由な国となったのです。
 そして世界最高の先進国、文化国家として繁栄してきたのです。

 ところがパティさんの死で、そのフランスの国体が、危機的な状況にある事を明白になりました。

 だってパティさんは戦場に出たわけではないのです。
 元来とてもやさしい人柄で生徒にも人気のあった先生が、授業中にシャルル・エブドの風刺画を教材に使ったというだけで殺されてしまったのです。
 
 実はパティさんの生徒の一人の父親がイスラム教徒で、このことを憤り、この授業のことをネットで発信したのです。
 これがパティさん殺害に至った経緯は以下のリンク先で、飯山陽さんが詳しく解説しています。

 《パリ教師殺害》日本では報じられない事件の”真相”とフランス国民の本音

 これを超簡単に言うと、この父親の発信を見たイスラム法学者の一人が、パティさん殺害を示唆する「ファトワー」を出し、その「ファトワー」に従った犯人が、パティさんを殺したのです。

 因みに「ファトワー」というのは、イスラム法学者が出すイスラム教の教理からみての見解みたいなものです。
 するとイスラム教徒の中には、これに従って行動する人間が出てくるのです。

 尤も飯山さんも書いていますが、すべてのイスラム聖職者がパティさん殺害を示唆したわけではありません。 むしろ「イスラム教は殺人は認めない」としてこの殺人を非難している聖職者も多いのです。

 元来イスラム教にはカソリックにおける法王庁のような権威は存在しないので、イスラム法学者全部に統一した見解という物はないのです。
 だからイスラム法学者が出す「ファトワー」も、法学者それぞれによって全く違った物が出てくるのです。

 そしてイスラム教徒も法学者に絶対服従というわけではないのです。
 例えばある問題についてイスラム法学者に相談して、それでその法学者の話に納得がいかなければ、別の法学者に話を聞き、そうやって色々イスラム法学者ショッピングをやって自分が納得した意見に従えばよいというようなモノなのです。

 そういう意味では極めて反権威的であり、個人的な宗教なのですが、しかしこうなるとパティさん殺害のような極めて危険で過激な「ファトワー」を出す法学者がいても、それをイスラム教全体として防止する方法はないのです。
 
 またそういう危険な「ファトワー」に従う信者を止める方法はないのです。

 イスラム教では神と信者はあくまで一対一の関係で、どのように信仰し、どのように行動するのが正しいかを決めるのは神だけなのです。
 だからこうした過激で危険な「ファトワー」を出す法学者も、それに従う信者も、イスラム教徒から排除することはできないのです。

 そして大変厄介な事に、イスラム法やコーランを厳密に解釈すれば、イスラム教を冒瀆する人間を殺すべきという事になるのです。
 
 イスラム教の教祖ムハンマドは、自ら聖戦を戦ってイスラムの支配する国を作りました。 
 そしてその聖戦と支配地の統治の為の法を作ったのです。
 だから異教徒と戦う事も、異教徒を軍事力で支配する事も、教理では完全に認められているのです。
 この教理がコーランやイスラム法に明記されているのです。

 コーランやイスラム法が成立したのは7世紀前半ですから、聖戦を戦った戦士は捕虜を奴隷にできるなど、現代感覚ではあり得ない条項もあります。
  
 普通の法であればこういう時代錯誤の条項は改正されるべきでしょう。
 でもイスラム教ではイスラム法もコーランも、ムハンマドが神の啓示により定めた物、つまり神が定めた物ですから、幾ら時代が変わっても人間が勝手に変える事はできないのです。 
 そして神の法ですから、人間がすべてそれに従わなくてはならないのです。
 
 しかし現代社会で、7世紀初頭に聖戦の中で作られた教理を厳格に解釈して従うって、大変でしょう?
 だから全てのイスラム教徒が、厳格に教理に従っているわけではないのです。

 けれども飯山さんがご著書「イスラム教の論理」で指摘していましたが、イスラム教徒全体の5%程度は、このような厳格な解釈に従うべきだと考えている言うのです。
 こうした厳格なイスラム教徒、つまりイスラム原理主義者の一部が、パティさん殺害のようなテロを行っているのです。

 イスラム原理主義者がイスラム教徒の中の5%で、その中でも本当に殺人などのテロに走る人間は、1%にも満たないでしょう。

 しかし2015年現在でイスラム教徒は650万人、フランスの総人口の10%を占めるようになりました。 
 と、言う事は650万人の5%、32万人程はイスラム原理主義を信奉している事になります。 そしてその中で本当にテロをも辞さない人間が1%だったとしても、テロリストになる可能性のある人間は常時3000人ぐらいいる事になるのです。

 これは本当に怖いです。
 
 これだとイスラム教に批判的、イスラム教の教理からみて冒瀆と思われる事をすれば、殺される可能性はすごく高いのです。

 このままでは第二、第三のパティさんが出るでしょう・
 しかしフランス人がそれに怯えて、イスラム教徒を刺激するような言動を「自粛」するような事をしたら、イスラム原理主義者は益々行動をエスカレートさせるでしょう。

 つまりシャルル・エブドのような風刺画の禁止だけでは済まず、禁酒など他のイスラム法に順守を非イスラムのフランス人にもドンドン強制するようになるかもしれないのです。
 
 何でイスラム教徒でもない人が、イスラム法を守らなければならないのかと言えば、イスラム教ではイスラムの教えこそが、この世で唯一正しい教えなので、人類は全てイスラム法に従う義務があるのです。

 しかしテロリストの暴力に怯えて、全てフランス人がイスラム法に従わされる社会って、もう近代国家ではありません。
 これってもうフランス革命のずうっと前、中世の暗黒社会へ逆戻りです。

 でもフランスは今その瀬戸際に追い込まれているのです。
 
 だからこそマクロン大統領としては、パティさんにレジオンドヌールを授与し、更に国葬にすることで、フランスはこうしたテロリストには屈しない、フランスは宗教の国ではなく理性の国であり続けると宣言したのです。
 フランスの理性の為に命を落とした人は、国家の英雄であると宣言したのです。

 同じく狂信と戦った人でも、坂本弁護士を日本政府が国葬にしなかったし、日本人全体もそのような事は考えもしなかったのは、オウム真理教により日本の国体が脅かされるという危機感など、日本人の誰も持っていないからでしょう?

 それにしてもフランスは、何でこんな事になったのでしょうか?

 ワタシはこれは近年フランスなど欧米諸国が取り続けた多文化主義と寛容の結果だと思います。

 パティさんを殺した犯人はチェチェン出身の18歳の少年で、彼は難民としてフランスに来たのです。

 難民としてきたのですから、フランスに受け入れてもらっただけでなく、彼も彼の家族もこれまでフランスの国費から様々な福祉を受けていたのではありませんか? 
 そうやって世話になったのなら、フランスの習慣や伝統を尊重するのは当然だと思いますよね?

 でもそんな事はイスラム教徒には関係ないのです。
 イスラム教の場合はイスラム教だけが絶対に正しく他は間違ているというのが、ユークリッド幾何学での二項定理のような基本定理ですから、幾らフランスという国の世話になり、フランス人の払った税金で生きて居られても、そんな事に感謝してフランス人に遠慮するなんてありえないのです。

 どんな事があろうとも正しいのは自分だけ。
 他人は自分に従わなければならない。
 それで他人が反抗するなら殺すのが正義。

 これって多文化主義とか寛容とは、完璧な真逆な価値観です。
 多文化主義で寛容な社会というのは、色々違いがあっても、その違いを認めて相手の存在を容認することで成り立ちます。

 しかしそういう違いを認めず相手の存在を絶対に容認しない、暴力で抹殺するなどと言う人間が大量に入り込めば、寛容なんて言ってはいられないのです。

 けれどもこのような人間を大量に受け入れてしまったのも、つまりはフランスが多文化主義で寛容な社会だったからです。

 フランス国民の多くが「イスラム教徒も自分達が彼等の宗教を認めて、寛容に受け入れたら、彼等もフランスの価値観は尊重してくれる。」と信じてていたから、受け入れたのです。 

 しかしその善意は完全に裏切られました。

 でも多様性を認めるって、つまりは自分の存在を絶対認めない人間もいるという事を認める事でしょう?
 それなのに「自分達が善意で対応したのだから相手も自分達を理解して尊重してくれるはず」と考えていたのなら、結局それはそういう多様性は認めてなかったという事ではありませんか?

 日本も移民社会の入り口にいますから、パティさんの国葬は人事ではありません。
 ワタシは日本からパティさんを出したくないので、移民とイスラム教徒については慎重に考えていきたいと思っています。

  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(15)

コメント

相手は戦闘モード

>フランス共和国の危機感の故
マクロン大統領がその覚悟をしていればいいのですが。

そもそもこういう事態は、多様性とか言って、破壊分子に甘い態度をとってきたリベラルが招いたものだと思うのですが、それを言ってもネ。

私の危機感は、破壊分子が「戦闘モード」なのに、保守というか民主主義側は、話し合いムードだということです。
どんな戦いも、取り組み姿勢の甘い方が負けています。

戦後教育の弊害はよく言われますが、それはゲバ棒を振り回し今また反安倍でデモしている連中を生み出したことではなく、日本の中枢にいる幹部がサヨクに強く出ることをためらうことではないかと思います。

自民党の若手や、官僚や企業のトップなどを見ても、左翼の愚行に甘い姿勢があります。
どうしても強く出ると、権力を振り回すという「うしろめたさ」が出てくるような。

以前に紹介してもらった、アヤーンさんの「もう服従しない」という本に書いていました。
宗教の束縛から解放されるために、啓蒙思想家は神を風刺しバカにしてきた。
そういう葛藤の400年の年月を経て解放された。
イスラムはまだその入り口にも入っていない。

イスラムは要注意の宗教だと思います。
  1. 2020-10-27 20:35
  2. URL
  3. 道草人 #-
  4. 編集

Re: 相手は戦闘モード

> >フランス共和国の危機感の故
> マクロン大統領がその覚悟をしていればいいのですが。
>
> そもそもこういう事態は、多様性とか言って、破壊分子に甘い態度をとってきたリベラルが招いたものだと思うのですが、それを言ってもネ。
>
> 私の危機感は、破壊分子が「戦闘モード」なのに、保守というか民主主義側は、話し合いムードだということです。
> どんな戦いも、取り組み姿勢の甘い方が負けています。
>
> 戦後教育の弊害はよく言われますが、それはゲバ棒を振り回し今また反安倍でデモしている連中を生み出したことではなく、日本の中枢にいる幹部がサヨクに強く出ることをためらうことではないかと思います。
>
> 自民党の若手や、官僚や企業のトップなどを見ても、左翼の愚行に甘い姿勢があります。
> どうしても強く出ると、権力を振り回すという「うしろめたさ」が出てくるような。

 そうですね。
 官僚や政治家にも戦後教育の呪縛があって、反権力の正義に抵抗しきれなかったのでしょう。

 本来なら民主主義の手続きを経て権力を得た政府は、国民の為にもそれをためらいなく行使するべきだったのに・・・・。
>
> 以前に紹介してもらった、アヤーンさんの「もう服従しない」という本に書いていました。
> 宗教の束縛から解放されるために、啓蒙思想家は神を風刺しバカにしてきた。
> そういう葛藤の400年の年月を経て解放された。
> イスラムはまだその入り口にも入っていない。
>
> イスラムは要注意の宗教だと思います。

 ええ、これから欧州は大変な状況になっていくでしょう。
 パティさんを英雄として称えても、殆どの人は、レジオンドヌールがもらえてもイスラム教徒に殺されたくはないでしょうし、一方これでイスラム側は益々敵意に燃えだしたでしょうから。
  1. 2020-10-27 21:19
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  3. よもぎねこ #-
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想像を絶する道徳観の違い

① 「イスラム教はサツ人は認めない」 としてこのサツ人を非難している聖職者も多いのです。
② イスラム法やコーランを厳密に解釈すれば、イスラム教を冒瀆する人間をコロすべきという事になるのです。

①と②は矛盾します。我々は②のような事実を知っているので、①のような事を言うイスラム教徒がいたら 「嘘をついている」 と考えます。しかし、おそらくイスラム世界では、①のような事を言う人を 「嘘をついている」 と考えることも、①と②が矛盾していると考えることも、ほとんどないでしょう。だからテロ事件が起きた直後でも、聖職者が平然と 「イスラム教はサツ人を認めていない」 「イスラム教は平和の宗教です」 と言えてしまう。すると先進国の人間は面食らって 「聖職者がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。」 と思ってしまうんですよね。

韓国ウォッチを始めたばかりの頃の感覚を思い出します。もともと私は比較文化や文化人類学が好きな人文系の人間なので、韓国のニュースも 「韓国人の言動は、日本人から見ると矛盾だらけに見えるが、彼らの中では整合性が取れているはずだ。」 と思いながらウォッチしていました・・・

・・・実際に韓国人の言動も、イスラム教徒の言動も、彼らの中では全然矛盾してないんですよね。なぜなら彼らは 「言動が一貫していないこと」 を 「良くないこと」 とは考えないので。イスラム教の戒律が厳しいのは、誰も律儀には守らないことを前提にしているからで、律儀に戒律を守ろうとする人は、必然的に原理主義者になります。

それと、やはり民族性は無視できないですね。「中国系や韓国系は、移住先ですぐに政治運動を始めるが、日系は政治運動とは距離を置く人が多い。」 というのと同じように、イスラム教徒の中でも、テロを起こす民族というのは、だいたい決まっています。ロシアや中央アジアでイスラム教徒のテロが頻発した1990年代~2000年代には、海外ニュースで 「チェチェン人の犯行」 というセリフを本当によく聞きました。
  1. 2020-10-27 22:05
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

ヨーロッパのNo Go Zone

>つまりシャルル・エブドのような風刺画の禁止だけでは済まず、禁酒など他のイスラム法に順守を非イスラムのフランス人にもドンドン強制するようになるかもしれないのです。

youtubeで拾った動画では、イギリスのある地域は「シャリアパトロール」と称するイスラム教徒の自警団が勝手に見回りをしていて、ミニスカートの女性や酒を飲んでいる者を見つけていると注意するそうです。

ヨーロッパには移民街などに「No Go Zone」と呼ばれる地域がアチコチにできていて、警官も立ち入るのに躊躇するらしいです。
  1. 2020-10-28 09:27
  2. URL
  3. 久々です #-
  4. 編集

Re: 想像を絶する道徳観の違い

> ① 「イスラム教はサツ人は認めない」 としてこのサツ人を非難している聖職者も多いのです。
> ② イスラム法やコーランを厳密に解釈すれば、イスラム教を冒瀆する人間をコロすべきという事になるのです。
>
> ①と②は矛盾します。我々は②のような事実を知っているので、①のような事を言うイスラム教徒がいたら 「嘘をついている」 と考えます。しかし、おそらくイスラム世界では、①のような事を言う人を 「嘘をついている」 と考えることも、①と②が矛盾していると考えることも、ほとんどないでしょう。だからテロ事件が起きた直後でも、聖職者が平然と 「イスラム教はサツ人を認めていない」 「イスラム教は平和の宗教です」 と言えてしまう。すると先進国の人間は面食らって 「聖職者がそう言うんだから、きっとそうなんだろう。」 と思ってしまうんですよね。
>
> 韓国ウォッチを始めたばかりの頃の感覚を思い出します。もともと私は比較文化や文化人類学が好きな人文系の人間なので、韓国のニュースも 「韓国人の言動は、日本人から見ると矛盾だらけに見えるが、彼らの中では整合性が取れているはずだ。」 と思いながらウォッチしていました・・・
>
> ・・・実際に韓国人の言動も、イスラム教徒の言動も、彼らの中では全然矛盾してないんですよね。なぜなら彼らは 「言動が一貫していないこと」 を 「良くないこと」 とは考えないので。イスラム教の戒律が厳しいのは、誰も律儀には守らないことを前提にしているからで、律儀に戒律を守ろうとする人は、必然的に原理主義者になります。
>
> それと、やはり民族性は無視できないですね。「中国系や韓国系は、移住先ですぐに政治運動を始めるが、日系は政治運動とは距離を置く人が多い。」 というのと同じように、イスラム教徒の中でも、テロを起こす民族というのは、だいたい決まっています。ロシアや中央アジアでイスラム教徒のテロが頻発した1990年代~2000年代には、海外ニュースで 「チェチェン人の犯行」 というセリフを本当によく聞きました。

①と②の違いは②が嘘をついているからとは言えません。

 日本の自衛隊に関する憲法学者の説を見ればわかりますが、法解釈は法学者によって違うのです。

 イスラム法をムハンマドの時代に即して厳密に解釈したら「イスラムを冒瀆したパティさんは処刑すべき」という事になります。
 しかしイスラム教も殺人は禁じているわけで、「イスラム教を口実に勝手に殺人を行うのは許せない」という解釈もありなのです。

 そもそもイスラム法を厳密に解釈したら、イスラム社会はムハンマドの時代と同様のカリフの支配する国家を作らなければなりません。
 実際ムハンマドが聖戦でアラビア半島を征服してから、サラセン帝国が存続する間は、カリフ制だったのです。

 そして実際にISはこれを復活しようとしていたわけです。

 でもそんな物はサラセン帝国崩壊とともに崩壊し、サラセン帝国を侵略した遊牧民の支配する世界に変わったのですが、その時はイスラム法学者達は「スルタン」など言う物を考え出して、その支配をイスラム法から正当化しました。

 イスラム法学者も権力には妥協してきたのです。

 ところが近年、インターネットの発達で、ムハンマドの時代に先祖返りする極めて攻撃的で過激なイスラム法解釈が、一般のイスラム教徒の間に知られて、それを支持するイスラム教徒が増えたのです。

 コーランもイスラム法もアラビア語、それも7世紀のメッカ周辺のアラビア語で書かれているので、イスラム教徒でも殆どの人は読めないのです。

 しかし今はこれをグーグル翻訳で読む事もできるし、この解釈をするサイトがいくつもできて、殆どイスラム教徒が母語でこの内容や解釈を読む事ができるようになったのです。

 そうなると色々政治的に現実と妥協した解釈より、単純明快で原理主義的な解釈が「敬虔なイスラム」と理解されてしまうのです。

 それがイスラム過激派のテロの原因になっているのです。

 
 
  1. 2020-10-28 10:34
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: ヨーロッパのNo Go Zone

> >つまりシャルル・エブドのような風刺画の禁止だけでは済まず、禁酒など他のイスラム法に順守を非イスラムのフランス人にもドンドン強制するようになるかもしれないのです。
>
> youtubeで拾った動画では、イギリスのある地域は「シャリアパトロール」と称するイスラム教徒の自警団が勝手に見回りをしていて、ミニスカートの女性や酒を飲んでいる者を見つけていると注意するそうです。
>
> ヨーロッパには移民街などに「No Go Zone」と呼ばれる地域がアチコチにできていて、警官も立ち入るのに躊躇するらしいです。

 このような「No Go Zone」などがあるから、フランス政府もパティさんを国葬にせざる得ないのです。

 因みにイスラム教ではイスラム法というのは、神が定めた法で唯一正しい法なので、全て人類が守らなければならないのです。
 
 ユダヤ教の戒律のようにユダヤ教徒だけが守らなければならない物ではないのです。
 だからイスラム教が多数派になれば、当然イスラム法を異教徒にも強制するのです。
 イスラム教徒には異教徒にもイスラム法を強制する義務があるのです。

 これだとイスラム教徒が増えて、しかも暴力的で過激になれば、フランスの国体である自由・平等・博愛から自由がなくなる事は間違いありません。

 だからマクロンも必死なのです。
  1. 2020-10-28 10:42
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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オーム真理教

>オウム真理教により日本の国体が脅かされるという危機感など、日本人の誰も持っていないからでしょう

真実は逆だった。

一般的な日本人のほとんどが破壊防止法が適用されると考えて
いたが、公安調査委員会の弁護士委員長が詭弁を弄して不適用に
導いたのだと思う。

非常に落胆し、また不可解な思いが残ったのを覚えている。

その当時読んでいた朝日でさえも賛成ではなかったように思う。
(記憶曖昧)
  1. 2020-10-28 11:00
  2. URL
  3. ちび・むぎ・みみ・はな #-
  4. 編集

Re: オーム真理教

> >オウム真理教により日本の国体が脅かされるという危機感など、日本人の誰も持っていないからでしょう
>
> 真実は逆だった。
>
> 一般的な日本人のほとんどが破壊防止法が適用されると考えて
> いたが、公安調査委員会の弁護士委員長が詭弁を弄して不適用に
> 導いたのだと思う。
>
> 非常に落胆し、また不可解な思いが残ったのを覚えている。
>
> その当時読んでいた朝日でさえも賛成ではなかったように思う。
> (記憶曖昧)

 オウム真理教に国民的な関心が高まったのは、地下鉄サリン事件の後、警察がオウムをその犯人としてからです。
 
 しかしそれ以降も、オウムのテロは警戒していますが、しかしオウムが本当に日本の社会を壊す程の脅威とまで考えている人は皆無です。
 
  1. 2020-10-28 15:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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移民

>ワタシはこれは近年フランスなど欧米諸国が取り続けた多文化主義と寛容の結果だと思います。

「人種差別は良くない」(それはそうです)と綺麗ごとばかりに流された結果がこの事件です。

動植物に棲み分けという概念があるように、それぞれの民族はそれぞれの場所で暮らすべきというのが私の(牢乎とした)偏見です。

100年前までは黒人が珍しかった欧州なのに、今ではフランスだろうがイギリスだろうが町には黒人の国民がゾロゾロ歩いている。中には暴動の先頭に立っている。これは本来の欧州でないでしょう?

欧州各国はユダヤ人差別を例として、非白人移民には不寛容な国柄だった所です。勿論黄色いアジア人に対しても。それでいいではないですか。非欧州人は欧州と棲み分けていたのですから。

私の住む町は黒人が多く、日本人とのハーフのアフリカ系日本人が少なくありません。付け加えると在日さんも日本人に紛れています。そういう町に住むと町の空気がヘンなのです。お茶漬けを食べる食卓でバーべキューを始めるような違和感です。

移民はいいことがありません。「棲み分け」を肯定する政治家はいないのでしょうか。
  1. 2020-10-28 18:59
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

特別扱いはもうしないで

こんばんは。

単純な例ですが
夜は家族で静かに暮らしたい人と友人を集めてドンチャカ騒ぎたい人では
後者は前者と近所で暮らせるけど、前者は後者とは暮らせません。
ぞれを前者を一方的にパーティー文化を理解できない差別主義者と言い出す人がいるんですよね。

日本人同士でもある問題ですが
公共のマナーや暗黙のルールを守れない人との生活は
守る人にはかなりの苦行です。
ましてこのように殺人のハードルが低いならば、とてつもない恐怖です。

欧米も認めざるを得ない民度の高い一般日本人が
一方的に我慢を強いられるような社会にはなって欲しくないです。

日本のイスラムの人は、最近土葬や子供の給食などで
日本に特別扱いを求めています。
一宗教だけに特権を与えて、それを既得権益にしてしまい
今までの他の団体のようにまた同じ過ちを繰り返さないよう願っています。
  1. 2020-10-28 21:05
  2. URL
  3. キラキラ #-
  4. 編集

Re: 移民

> >ワタシはこれは近年フランスなど欧米諸国が取り続けた多文化主義と寛容の結果だと思います。
>
> 「人種差別は良くない」(それはそうです)と綺麗ごとばかりに流された結果がこの事件です。
>
> 動植物に棲み分けという概念があるように、それぞれの民族はそれぞれの場所で暮らすべきというのが私の(牢乎とした)偏見です。
>
> 100年前までは黒人が珍しかった欧州なのに、今ではフランスだろうがイギリスだろうが町には黒人の国民がゾロゾロ歩いている。中には暴動の先頭に立っている。これは本来の欧州でないでしょう?
>
> 欧州各国はユダヤ人差別を例として、非白人移民には不寛容な国柄だった所です。勿論黄色いアジア人に対しても。それでいいではないですか。非欧州人は欧州と棲み分けていたのですから。
>
> 私の住む町は黒人が多く、日本人とのハーフのアフリカ系日本人が少なくありません。付け加えると在日さんも日本人に紛れています。そういう町に住むと町の空気がヘンなのです。お茶漬けを食べる食卓でバーべキューを始めるような違和感です。
>
> 移民はいいことがありません。「棲み分け」を肯定する政治家はいないのでしょうか。

 色々な人がいると社会生活に共通のルールがなくなり無秩序になっていくのです。 
 ルールって一つでないとルールの意味がないのです。

 フランスも典型で、フランスのルール「ライテシ」を皆が守って初めて、自由で理性的なフランスでいられるのです。
 ところが多文化主義とか言ってイスラム教徒と大量に受け入れてしまいました。

 イスラム教は「ライテシ」なんて絶対に認めないのです。
 宗教で政治を行う社会にするべきというのがイスラムのルールなのです。
 
 フランス式の「ライテシ」とイスラムは両立しないのです。

 多文化主義ってこういう基本ルール、多文化主義社会そのものを拒否する文化も入り込む事を考えておくべきなのです。
 
 こういう問題は前々から指摘されていたのです。
 
 でもそれを「ヘイト」とか「人種差別」とか言って、封殺した結果、パティさんは殺されたのです。
  1. 2020-10-29 10:50
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 特別扱いはもうしないで

> こんばんは。
>
> 単純な例ですが
> 夜は家族で静かに暮らしたい人と友人を集めてドンチャカ騒ぎたい人では
> 後者は前者と近所で暮らせるけど、前者は後者とは暮らせません。
> ぞれを前者を一方的にパーティー文化を理解できない差別主義者と言い出す人がいるんですよね。
>
> 日本人同士でもある問題ですが
> 公共のマナーや暗黙のルールを守れない人との生活は
> 守る人にはかなりの苦行です。
> ましてこのように殺人のハードルが低いならば、とてつもない恐怖です。
>
> 欧米も認めざるを得ない民度の高い一般日本人が
> 一方的に我慢を強いられるような社会にはなって欲しくないです。

 そうなのです。 共存できない文化ってあるのです。
 そしてイスラム教徒の場合は、共存する気はないのです。
 異教徒はイスラムに従うべきだ思っているのです。
>
> 日本のイスラムの人は、最近土葬や子供の給食などで
> 日本に特別扱いを求めています。
> 一宗教だけに特権を与えて、それを既得権益にしてしまい
> 今までの他の団体のようにまた同じ過ちを繰り返さないよう願っています。

 最終目標は特別扱いじゃないから怖いです。

 イスラム教の教理では、イスラム教の教えは神が定めた物なので、全ての人類がイスラムの従う義務がある事になっているのです。

 だから最初から全然、日本社会のルールを守る意思なんてないのです。
  1. 2020-10-29 10:53
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

多文化主義や寛容政策は、必ず裏目に出ることは、30年くらい前から言われてきたことでした。何故かいまだに妄信している人達がいますが。
移民問題でずっと疑問に思っていたことは、「なぜ日系移民は、成功したのか?」ということでしたが、調べてみると日系移民は、移民先に徹底的に合わせたことが大きかったのです。
法律はもちろん、細かな生活習慣や使用する家具まで合わせ、戦前のアメリカの移民局では、「日系移民は犯罪をやらない」「現地人と区別できないほど同化している」と高く評価されていました。同時に「これは、他の移民グループには見られない特徴だった」と言います。つまり移民先に合わた日系移民は、例外中の例外だったわけです。
私は、移民が成功する唯一の方法は、移民が移民先に合わせるしかないと思っていますが、現実は多文化主義や多様性の名の下、入ってくる移民側が、自分達の価値観や論理を持ちこみ、受け入れる側が妥協や忍耐を強いられる構図になっています。
最近日本で語られる外国人問題に関しては、「日本人が、入ってくる外国人の文化や考え方を理解しなければならない」「日本社会が外国人合わせて変わらなければならない」「日本人の意識改革が必要」という話にばかりなっていますが、実際は逆で入ってくる外国人こそ、日本人のために気を使ったり、意識を変える必要があるのに、正反対の方向に議論が展開されていますが、日本が日本国民の国である以上は、主体は日本国民であり、単なる在留を許可されたに過ぎない外国人に合わせることはないはずです。
しかし、多文化共生や寛容性、多様性の名の下に、「日本社会や日本人が外国人のために変わる」「日本人が、外国人のために配慮する」ことが、何の疑問のなく進められている現状をみると、これは形を変えた侵略行為ではないかと懸念しているのです。
こうしたソフトな侵略に対して、反撃開始が静かに始まりつつあるのが欧州の現状のように思えるのです。
  1. 2020-10-29 14:14
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  3. 名無しの権兵衛 #x1WVhrfM
  4. 編集

相模さんの「棲み分け」論に、私も賛成です。
異人種異民族が混住していて、差別をなくせると考えること自体が間違っています。

ついこの間まで左翼は、経済的に平等な社会=共産主義社会は実現できるはずである、と信じていました。が、その理想は実現しませんでした。

<あらゆる差別はなくせるはずである>
これが、現在の左翼(リベラル)の信じる理想でしょう。けれども、社会・共産主義同様、この理想も多くの人たちを精神的・身体的に傷つけた挙句、実現しないことが明らかになる日が必ずや来るだろうと思います。

相模さん曰く、
>「棲み分け」を肯定する政治家はいないのでしょうか。
そんな発言をしたら、差別主義者のレッテルを貼られ、同じ政治家やマスメディアから総攻撃を受けるでしょう。なので、心の中でそう思っても、公言する政治家は、殆んどいないだろうと思います。
  1. 2020-10-29 18:20
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  3. いけまこ #-
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Re: タイトルなし

> 多文化主義や寛容政策は、必ず裏目に出ることは、30年くらい前から言われてきたことでした。何故かいまだに妄信している人達がいますが。
> 移民問題でずっと疑問に思っていたことは、「なぜ日系移民は、成功したのか?」ということでしたが、調べてみると日系移民は、移民先に徹底的に合わせたことが大きかったのです。
> 法律はもちろん、細かな生活習慣や使用する家具まで合わせ、戦前のアメリカの移民局では、「日系移民は犯罪をやらない」「現地人と区別できないほど同化している」と高く評価されていました。同時に「これは、他の移民グループには見られない特徴だった」と言います。つまり移民先に合わた日系移民は、例外中の例外だったわけです。
> 私は、移民が成功する唯一の方法は、移民が移民先に合わせるしかないと思っていますが、現実は多文化主義や多様性の名の下、入ってくる移民側が、自分達の価値観や論理を持ちこみ、受け入れる側が妥協や忍耐を強いられる構図になっています。
> 最近日本で語られる外国人問題に関しては、「日本人が、入ってくる外国人の文化や考え方を理解しなければならない」「日本社会が外国人合わせて変わらなければならない」「日本人の意識改革が必要」という話にばかりなっていますが、実際は逆で入ってくる外国人こそ、日本人のために気を使ったり、意識を変える必要があるのに、正反対の方向に議論が展開されていますが、日本が日本国民の国である以上は、主体は日本国民であり、単なる在留を許可されたに過ぎない外国人に合わせることはないはずです。
> しかし、多文化共生や寛容性、多様性の名の下に、「日本社会や日本人が外国人のために変わる」「日本人が、外国人のために配慮する」ことが、何の疑問のなく進められている現状をみると、これは形を変えた侵略行為ではないかと懸念しているのです。
> こうしたソフトな侵略に対して、反撃開始が静かに始まりつつあるのが欧州の現状のように思えるのです。

 遠来の人を思いやるのは一応は美徳なので、「外国人の立場を理解しよう」などと言われると、何となく納得しちゃう面があるのです。
 個人レベルの道徳心としてならそれはそれで結構な事です。

 しかし本来国家としてはオカシイのです。

 というか外国人に配慮して法や社会の規則を変えるという発想はオカシイのです。
 ましてフランスの「ライテシ」のような言ってみれば国体を変えるって。

 けれども大量に入り込んでくると、オカシクなってしまうのも事実なのです。

 だからこの事態は前々から警鐘が鳴らされていたのに、意図的に無視してきた結果がこれです。
 これは本当に厄介な事になってきました。
  1. 2020-10-30 12:36
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  3. よもぎねこ #-
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