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2019-08-25 12:49

スカーレット・オハラは移民二世 移民と愛国心

 「風と共に去りぬ」のヒロイン、スカーレット・オハラは、移民二世です。

 彼女の父親ジェラルド・オハラは20歳でアイルランドからアメリカに移民した移民一世なのです。
 
 「風と共に去りぬ」は多くの方が読まれていると思いますが、それでもこの小説の中で描かれたジェラルド・オハラの人生を紹介したいと思います。

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 「風と共に去りぬ」の描写から推定すると、ジェラルド・オハラが生まれたのは1800年前後です。
 しかし彼の祖国アイルランドは1801年、完全に国家主権を喪い大英帝国に併合されました。

 イングランドのアイルランド支配は1167年のノルマンコンクェストに始まります。 しかし始めはイングランドもアイルランドも同様に異民族であるノルマン人の支配を受けるというだけの話でした。

 けれどもイングランドではノルマン人とサクソン人が次第に融合していきました。
 ノルマン人とサクソン人が合体してアングロ・サクソンになり、二つ民族の言語が合体して英語が生まれました。
 それと同時進行で国家統一と近代化が進んだのです。

 そして近代化と国家統一と同時進行で、イングランドは国家としてアイルランドへの支配を強めて行きました。
 これに対してアイルランド人達は、激しく抵抗しましたが、その度に弾圧されて、より厳しい支配を受けるようになりました。

 致命的だったのは、清教徒革命です。
 アイルランドは革命の混乱を機にイングランドの支配から脱するべく、国王側についてイングランドと戦いましたが、結果は惨敗でした。
 そしてこれ以降、アイルランド対イングランドの対立は、それまでの民族対立にカソリック対プロテスタントと言う宗教対立が加わり、より過激ですくいのない物になってしまいました。

 因みにこの時生まれた、宗教対立は今もそのまま続いており、IRAのテロやブレグジッド混乱の原因となっています。

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 しかもこの頃からイングランドは近代資本主義に突入しました。
 その為、アイルランドに対して帝国主義的な植民地支配を始め、搾取を恣にするようになりました。
 アイルランド人は以降、農地を奪われ、再々大量餓死が起きるようになりました。

 一方資本主義を確立したイギリスは、さらなる植民地の獲得を続け、日の没する事のない大帝国となって行ったのです。
 しかしアルランド史を見ていると、イギリスは植民地の獲得と支配、そして搾取の方法を、まずはアイルランドで学び実践したのがわかります。
 
 イギリスの植民地獲得が続く中で、前記のように1801年、完全に併合されて、アイルランドと言う国家は消滅したのです。
 
 しかしアイルランド人はそれでもイングランドに屈服せずに、抵抗を続けました。
 ジェラルド・オハラの一家もまたイングランドに抵抗を続けました。

 その為、ジェラルドが物心つく頃には、彼の長兄と次兄は既にイングランド官憲に追われて、アメリカに移民していました。
 
 そしてジェラルドも20歳になった時に、アイルランドを侮辱したスコットランド人を射殺してしました。
 そこで彼もまた、兄達を頼ってアメリカに逃亡する事になったのです。

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 ジェラルドの兄達は、ニューオリンズで商人になっていました。 だからジェラルドも渡米直後は、兄達の仕事を手伝っていました。
 しかしジェラルドは暫くすると、南部では商人の社会的地位はそれほどない事を知りました。 南部で最も尊敬されるのは農園主でした。
 だから彼は農園主になりたいと願うようになりました。
 
 そしてジェラルドは持ち前の才気と度胸、さらに幸運にも恵まれて、渡米20年程でジョージア州オーガスタのクレイトン群に、自身の農園を手に入れました。
 彼はそれを「タラ」と命名し、その経営に成功したのです。

 因みに「タラ」は、アイルランドの伝説でアイルランド建国の始まりとされる丘の名前です。

 勿論、南部の農園は黒人奴隷を使う奴隷農園です。 だからジェラルドも百人を超える黒人奴隷を所有していました。
 しかし彼は奴隷制度を疑問に思いませんでした。

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 因みにジェラルドが「タラ」を手に入れたころ、彼の祖国アイルランドでは、ジャガイモ飢饉が起きていました。
 これはアイルランド人の主食だったジャガイモが伝染病で全滅した事により起きた飢饉で、これによりアイルランドの総人口の3分の1が餓死したとも言われます。

 恐ろしいのはこの時期もアイルランドでは大麦やライムギなどの主要農産物は普通に収穫されていた事です。
 しかしこれらの農産物は殆どがイングランドに送られて馬の飼料になっていたのです。

 イギリスの支配下でアイルランドの農地の殆どはイギリス人の地主の物になりました。
 その小作料は収穫の9割ともいわれました。
 アイルランド人は小作人として小作人に貸し与えられる小屋に付属した菜園で取れるジャガイモで生き伸びていたのです。
 ところがそのジャガイモが伝染病で全滅したので、大飢饉に陥ったのです。

 しかしイギリス人の地主達は自分達の利益と、イングランドの馬の飼料を確保するために、アイルランド人の小作人を餓死させることを選んだのです。

 一方、ジェラルドも他の南部農園主達も、自分の黒人奴隷を飢えさせたりはしませんでした。 
 ジェラルドのような南部農園主達は、自分の奴隷には、プアーホワイトと呼ばれる貧しい白人達より豊かな生活を保障していました。
 
 イギリスはジェラルドの同胞であるアイルランド人を大量餓死に追い込んでも「紳士の国」として通るです。
 だったら黒人奴隷を食を保障している奴隷農園主達だって「紳士」を自負するのは当然でしょう?

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 こうして農園主となり、その経営が安定すると、ジェラルドは妻を欲するようになりました。
 農場経営にも、また近隣の農場主達との交際にも、妻が必要なのです。
 ところがジェラルドはこれにもまた素晴らしい幸運に恵まれ、ニューオリンズ有数の名門ロビヤール家の令嬢で15歳だったエレンと結婚する事ができたのです。

 そして翌年には長女スカーレットが誕生しました。 
 夫婦は更に二人の女の子に恵まれました。

 このようなジェラルドを近隣の農場主達は、自分達と同等の南部紳士として受け入れました。
 ジェラルド自身もまた自分を完全な南部紳士と認識していたのです。

 ジェラルドは生涯アイルランド訛りの英語しか話せなかったし、正確な読み書きと計算ができる以上の学歴はなかっし、そもそも「紳士」階級の出身でもなかったし、それどころか殺人犯だったのですが、それでも南部を愛し、南部農園主達を愛し、彼等の生活様式に完全に馴染んだジェラルドを、南部紳士達は完全に自分達の仲間と看做したのです。

 一方ジェラルドも完全に南部紳士の価値観を受け入れ、南部に対して近隣の南部紳士達と全く変わらない「愛国心」を持っていました。

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 ジェラルド・オハラが結婚する以前から、アメリカでは奴隷解放を巡って南部と北部の対立が深刻化していました。
 この時奴隷解放を唱えて北部を代表した政党が共和党であり、南部を代表して奴隷制度の維持を訴えたのが民主党です。

 そして奴隷解放に反対する南部諸州は、連合してアメリカ合衆国から独立するという方向に進みます。
 
 そしてオハラ夫婦の長女スカーレットが成長して、恋に目覚める頃には、南部全域で武力での独立が規定路線になり、独立戦争の為の軍隊の編成が本格化していたのです。
 
 南部の地主達はこれに呼応して、各地で騎兵隊を作り始めました。 こうした騎兵隊に参加するのは農園主の子弟達です。

 これらの騎兵隊は馬は勿論、従卒とその馬など、必要な物は全て騎兵自身が自分で用意する事が前提です。
 そして南部では従卒として騎兵に同伴するのは黒人奴隷でした。
 
 つまり二人分の馬(換え馬も必要なので二頭以上)と屈強な男性の奴隷一人と、その食料弾薬を全部騎兵が負担する事になるのです。
 だから富裕な農園主の子弟でもなければ、入隊できないのです。

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 少し脱線するけど、古代ローマの共和制時代に騎士階級と言われる階級がありました。
 これは高校世界史では、これはローマの富裕層だと教わったのですが、なぜ富裕層=騎士階級か意味がわかりませんでした。

 しかしこの「風と共に去りぬ」の南部の騎兵隊の話で、やっと意味がわかりました。
 古代ローマの兵役は兵士自身が自分の使う武器や食料が自弁なので、騎士つまり騎兵になるのは馬を調達できる富裕層と言う事になるのです。

 もう一つ脱線するけれど、南部の奴隷農園主達は奴隷解放を唱える北部との戦争に、従卒として黒人奴隷を連れて行くことに何の不安も抱いていない事です。
 前線で反乱を起こされたり逃亡されたりしたら大変だと思うのですが、それを全く心配していないのです。

 つまり当時の黒人奴隷と主人には強い信頼関係があったという事でしょう。 
 実際南北戦争の混乱期にも、黒人奴隷の反乱のような事は起きていないのです。

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 ジェラルドの農園のあるクレイトン群でも、農園主達が騎兵隊の結成を決めました。
 そして郡内の農園主の子弟達は皆これに志願しました。

 しかしクレイトン群は開拓の歴史が浅く農園主は少ないので、農園主の子弟だけでは隊員が足りません。

 その為、小規模自作農始や猟師までもの参加を認めたのですが、彼等の馬やその他装備は、全て農園主達が負担する事にしたのです。
 
 ジェラルドも南部の奴隷農園主として、近隣の農園主同様、全面的に民主党を支持し、南部の独立を賛同していました。

 そこで彼はウィルックス家の当主等、近隣の農園主等数名と共にこの騎兵隊の編成の中心になり、馬その他の装備品の調達に奔走しました。
 こういう仕事を引き受けると、他の農園主以上に経済的な負担は大きいでしょうが、しかし彼には息子がいません。
 他の農園主達の息子は皆志願しているのですから、このぐらいは人並み以上にやらねばと言う感覚なのでしょうか?

 それにして凄いですね。
 現在の日本人の感覚では軍隊に志願するだけでも凄いのに、国の為に戦う為に、自費で軍隊を作るというのですから。
 
 因みに南部同盟って完全な民主主義国家なのですが、こういうのを見ると本来の民主主義ってこういう覚悟があって初めて守られる物だと思います。

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 そしてスカーレットが16歳になり、ウィルックス家の園遊会で、アッシュレー・ウィルックスの自分の想いを打ち明けたその日、遂に南北戦争が勃発したのです。

 南北戦争は最初は南軍優位でしたが、しかし南部は人口で半分以下、海軍はなく、工業力もゼロですから、開戦後数か月で苦境に陥ります。
 それでも4年余り頑張りますが、最後には南部同盟全土が北軍に制圧されて敗戦しました。
 
 ジェラルド・オハラはしかし最後まで南部同盟に尽くしました。
 所有する金融資産をすべて南部同盟の国債につぎ込み、南部同盟軍に送る兵站の為に農場の産物を提供し続けました。

 しかし遂に彼の農園「タラ」にも北軍が侵入します。 黒人奴隷達は逃亡し、屋敷は荒らされ、この混乱の中で最愛の妻エレンは病死してしまいました。
 彼はこのショックで、痴呆症になってしまいました。

 そして南部同盟も間もなく敗北し、国家主権を喪い北部の支配下に入りました。

 それでもジェラルドは南部同盟への忠誠を捨てませんでした。
 
 南部を支配下に置いたアメリカ合衆国政府は、南部人達に合衆国への忠誠を誓えば戦争で被った損害を賠償するとしました。
 その為、ジェラルド次女スエレンはジェラルドにこれを薦めましたが、ジェラルドは断固拒否しました。

 そして窮乏の中で死んだのです。

 南北戦争が始まった時、ジェラルドは既に60代で、しかも片足が不自由でした。
 だから出征できませんでした。
 しかし彼もまた南部同盟の為に戦い抜いき、南部同盟に殉じたのです。

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 こうしてみると彼の「愛国心」は本物です。
 しかし前記のように彼は移民一世であり、元来アイルランドの名誉を傷つけた人間を殺害するほど熱烈で過激なアイルランドの愛国者だったのです。

 彼の中で、アイルランド人である事の誇りと南部同盟への愛国心は完全に共存していました。
 
 元来アイルランド人ってアメリカでも差別されていたのです。
 アメリカ人の人種や民族による序列って、出身国の国際的な地位をそのまま反映しているような面があるのですが、アイルランドはインドやケニアと同様イギリスの植民地なのですから、白人の中では最低なのです。

 実際、イギリスでは第二次大戦後もなを「白いニグロ」と呼ばれる程の差別を受けていました。
 南北戦争後一世紀経ってジョン・F・ケネディがアイルランド系として初めてアメリカ大統領になった時は、オバマが黒人として初めて大統領になった時のような扱いで報道されていました。

 しかし彼はそれでもアイルランド系である事を誇り続けたのです。
 そして南部を愛し続けたのです。

 このようなジェラルド・オハラの生き方は、アメリカ人の理想の姿ではないでしょうか?
 アメリカ人は元来皆移民なのです。

 アメリカに移民する人達は皆、アメリカに救いを求め、成功を求めてくるのですが、しかし出身国への愛国心を捨てたわけではないし、民族や人種に至ってはどんな努力しても変更は不可能なのです。

 しかしアメリカに移民した以上は、アメリカを愛しアメリカに忠誠を尽くすべきである。
 そうでなければ移民国は国家として存続できません。
 
 「風と共に去りぬ」の主人公はあくまでジェラルドの長女スカーレットです。
 だから父ジェラルドの人生は、小説の中ではあくまでスカーレットの生きざまを描く為の背景としてしか扱われていません。

 しかしジェラルド・オハラ始め、背景として描かれる南部人達もまた、アメリカ人の多くが心から共感できるからこそ、この小説はアメリカ最大のベストセラーになったのではないでしょうか?

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 因みにワタシは一昨年、アメリカでリー将軍像の破壊事件が頻発し、「風と共に去りぬ」の映画の上映が中止される騒動が起きたのを機会に、数十年ぶりにこの本を読み返しました。

 するとそれまで単なる背景でしかなかったスカーレットの父親ジェラルドの生き方に興味をそそられました。
 それはワタシがネトウヨになって、移民や移民の在り方に興味を持つようになっていたからです。

 移民の受け入れが国益になるか否かは、結局移民がいかに移民先の国に適応するかによって変わります。
 アメリカが国家として成功したのは、これまでアメリカに移民した多くの人々が、ジェラルド・オハラのような生き方を選んだからでしょう。

 しかし在日コリアンやアメリカのコリアンコミュニティーを見ていると、ジェラルドのように民族の誇りと新しい祖国への愛国心を共存させることができる民族ばかりではないのもわかります。

 アメリカが現在移民の受け入れに対して懐疑的になり始めたのも、民族や出身国に執着して、アメリカを利用するだけの移民が増えたからでしょう。
 
 今後、日本にも移民が入り込みます。
 日本人もこうした問題を考えざるを得なくなりました。 

  1. 古本
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コメント

風と共に去りぬ その後

久しぶりにお便りします。今年の厳しい夏にも耐えられたようで、まずはお疲れさま。

風と共に去りぬの後日談が書かれたのをご存知でしょうか。引っ越しで処分してしまい、手元にないので残念ですが、おそらく1970年代初め。邦訳はされていません。うろ覚えですが、大筋はスカーレットが苦しい覚醒を遂げ、父の故郷アイルランドを訪れる、レットバトラーとも再会するという話。なかなか説得力のある力作でした。

朝鮮とアイルランドの共通点、相違点はとても示唆に富む頭の体操ですね。岡本隆司氏の 袁世凱 を読むと、彼が清軍の長として朝鮮に駐屯したときのこと、彼にとっての日清戦争が描かれていて、複眼的な視点が得られました。ご参考までに。
  1. 2019-08-26 10:48
  2. URL
  3. 幌延の青いケシ #-
  4. 編集

Re: 風と共に去りぬ その後

> 久しぶりにお便りします。今年の厳しい夏にも耐えられたようで、まずはお疲れさま。

 ありがとうございます。
 今はもう肌寒くなってしまいました。
>
> 風と共に去りぬの後日談が書かれたのをご存知でしょうか。引っ越しで処分してしまい、手元にないので残念ですが、おそらく1970年代初め。邦訳はされていません。うろ覚えですが、大筋はスカーレットが苦しい覚醒を遂げ、父の故郷アイルランドを訪れる、レットバトラーとも再会するという話。なかなか説得力のある力作でした。
>
> 朝鮮とアイルランドの共通点、相違点はとても示唆に富む頭の体操ですね。岡本隆司氏の 袁世凱 を読むと、彼が清軍の長として朝鮮に駐屯したときのこと、彼にとっての日清戦争が描かれていて、複眼的な視点が得られました。ご参考までに。

 過酷な植民地支配ってマジにイギリスのアイルランド支配ですからね。
 しかし韓国人は自分達が一番過酷な支配を受けた事にしたいようです。

 袁世凱の話は是非読んでみたいですね。
 中国人から見た朝鮮とはどんなものだったのか? 是非知りたいです。 ご紹介、ありがとうございます。
  1. 2019-08-26 12:27
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re:風と共に去りぬ その後

横レスになりすみません。
「風と共に去りぬ」の後日談は「スカーレット」という題名で邦訳されました。
私も読んだ後で引っ越しの際に処分したのか、もう手元にないのですが。

  1. 2019-08-26 12:57
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  3. 葉月 #cdKyETCo
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移民・・・異民?

>アメリカが現在移民の受け入れに対して懐疑的になり始めたのも・・・・

北欧といえば金髪碧眼のイメージですが、今や黒人や黄色人種のスエーデン人等が見られるようになりました。欧州各国は至る所に異人種が国民として定着しています。

私の住む町もアフリカ人が住み着く所となり、コンビニやスーパーの店員もアフリカ系が見られるようになりました。私は他人から見れば人種差別者です。何を嫌うかといえば日本の文化が変質してくることです。「共生」という美しい?言葉は英語で言えばparasitism(パラサイト)です。寄生国民。

日本人の特性は「和をもって貴しとなす」であり、敷衍すれば同質性、大和化をもって国民と見做すことです。

コリアン、チャイニーズ、アフリカン等、文化の異なる人種が日本に同化するのは容易くないですし、彼らが彼らのコミュニティを形成することはforeign country in Japanを形成するに等しいとさえ言えます。移民は大事故のもとになります。移民は歓迎できません。

欧州では人道的に移民を認めましたが、水は高き所から低き所に流れて、あるべきものが異質になりました。それを悔いている政治家が現れるようになりました。日本はそれでは困るのです。
  1. 2019-08-27 14:36
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  3. 相模 #-
  4. 編集

Re: Re:風と共に去りぬ その後

> 横レスになりすみません。
> 「風と共に去りぬ」の後日談は「スカーレット」という題名で邦訳されました。
> 私も読んだ後で引っ越しの際に処分したのか、もう手元にないのですが。

 この「スカーレット」は「風と共に去りぬ」の原作者マーガレット・ミッチェルとは完全に別人が、勝手に創作したのです。
 しかしこういう本が結構ヒットしたのですから、「風と共に去りぬ」が今も広く愛されているという事でしょうね。

 ワタシもあれはアメリカ文学の最高傑作だと思います。
  1. 2019-08-27 21:33
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 移民・・・異民?

> >アメリカが現在移民の受け入れに対して懐疑的になり始めたのも・・・・
>
> 北欧といえば金髪碧眼のイメージですが、今や黒人や黄色人種のスエーデン人等が見られるようになりました。欧州各国は至る所に異人種が国民として定着しています。
>
> 私の住む町もアフリカ人が住み着く所となり、コンビニやスーパーの店員もアフリカ系が見られるようになりました。私は他人から見れば人種差別者です。何を嫌うかといえば日本の文化が変質してくることです。「共生」という美しい?言葉は英語で言えばparasitism(パラサイト)です。寄生国民。
>
> 日本人の特性は「和をもって貴しとなす」であり、敷衍すれば同質性、大和化をもって国民と見做すことです。
>
> コリアン、チャイニーズ、アフリカン等、文化の異なる人種が日本に同化するのは容易くないですし、彼らが彼らのコミュニティを形成することはforeign country in Japanを形成するに等しいとさえ言えます。移民は大事故のもとになります。移民は歓迎できません。
>
> 欧州では人道的に移民を認めましたが、水は高き所から低き所に流れて、あるべきものが異質になりました。それを悔いている政治家が現れるようになりました。日本はそれでは困るのです。

 ウチの近所でも黒人の姿を見るようになりました。
 出身国はわかりませんが。

 ワタシは移民が絶対にダメとは思いません。
 母が神戸の生まれで、母の実家が神戸なのですが、祖父母や叔父が商売等で台湾人の世話になったり、悪いイメージばかりではないからです。

 しかし人間の適応力には限界があり、誰でも上手く外国に適応できるわけではないし、また受け入れ側もそれは同様です。
 だから受け入れ方や人数を慎重に考えて行かないと、お互いに不幸になるし、それどころか社会その物が崩壊すると思います。
  1. 2019-08-27 21:58
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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