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2019-08-21 10:16

ムーミンパパは凄腕スパイ? 「バルト海のほとりにて」

  少し前ですが「バルト海のほとりにて」と言う本を読みました。
 著者は小野寺百合子は、ムーミンシリーズや「長靴下のピッピ」など北欧の児童文学の翻訳で有名な人です。

 彼女はこの他にも、夫と共にスウェーデンの女性運動家エレン・ケイの「恋愛と結婚」始め、スウェーデンの思想や哲学に関する本や論文を多数翻訳しています。

 「バルト海のほとりにて」には彼女がスウェーデンと更にバルト海を挟んで対岸にあるラトビアに暮らした頃の話が描かれています。

 こう書くと完全なお花畑パヨク本のようなイメージですよね?
 でもここで描かれているのは、第二次大戦前から戦中に至る日本軍の北欧での情報収集活動です。

 このころ世界中で活躍したスパイの中でも最も優秀と言われたのが、1935~1936年までラトビアの
、そして1940年から終戦までスウェーデンの駐在武官を務めていた小野寺信でした。

 その妻がムーミンの翻訳をした小野寺百合子なのです。
 彼女は妻の立場から、小野寺信の情報活動を描いたのです。

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 駐在武官が集めた情報をまとめて日本に送る報告書も、また日本から武官達に送られる指令の多くは秘密情報として暗号化されます、
 
 ドイツやアメリカなど複数の武官が駐在する国では、報告書の暗号化や指令書の暗号解読を専門に行う暗号要員も駐在します。

 しかし駐在武官が一人しかいない国では、妻がこの仕事を行うのです。
 
 その為、百合子は夫の報告書や日本から指令書を精読する事になり、夫の情報収集活動の全容を知る事になりました。
 それだけでなく百合子はまた信が情報源とした人々の多くとも、夫と共に交際していました。 その為彼等の人となりもまたよく知る事になりました。

 前記のように小野寺信は当時のスパイの中でも最優秀と言われる程優れた情報収集活動をしていたので、戦後彼に当時の事を書き残してほしいという依頼は多数ありました。
 しかしなぜか彼はなぜか自身がそれを書く事は好まず、結局妻の百合子がこれを書き残す事になったのです。
 それが「バルト海のほとりにて」なのです。

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 暗号処理と共に駐在武官の妻としての重要な仕事は、在留国の上流階級や他国の駐在武官や外交官との交際です。
 だから駐在武官や外交官は、ヨーロッパの上流階級の生活様式で暮らす事になります。
 そしてヨーロッパの上流階級の社交生活では、妻の役割が非常に重要なのです。

 その為、ラトビアでもスウェーデンでも百合子は、秘書、女中、料理人、子供の家庭教師など多数の家事使用人を使い、家事や育児からは完全に開放されていました。

 こうして百合子は、昼間は各国外交官や駐在武官の夫人達が集まるティーパーティーに、夜は夫同伴晩餐会や舞踏会に出席し、自身もまた再々晩餐会やティーパーティーを主催するという華やかな日々を送る事になりました。

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 実は小野寺信の情報の多くは、在留国の軍部や情報機関や各国駐在武官を通じて得た物でした。
 これには相手との強い信頼関係が必要ですが、しかしこうした信頼関係を築くには、まず多くの人々と幅広い交際をする事が不可欠なのです。

 例えば小野寺はラトビア勤務中にエストニア武官の信頼を得て彼を通じて、エストニアの情報機関からソ連情報を得られる体制を作りました。

 エストニアはソ連と国境を接している事から、多数の情報員を越境させてソ連に送り込んでいました。 
 彼等はソ連軍内部にまで入り込み、ソ連軍内部情報まで得ていたのです。
 
 そしてソ連がバルト三国に侵攻して、日本の外交官や駐在武官が撤退したのちも、エストニア人達は小野寺に重要情報を与え続けてくれました。

 このような体制を作るには、相手との強い信頼関係が必要ですが、しかしその信頼関係を築くには、まず多くの人々と幅広い交際をする事が不可欠なのです。

 スウェーデンでは勤務期間が長かった事もあって、スウェーデン王族や民間人までさらに広い人々と交際しました。
 
 彼はこれを通じてスウェーデン側から多くの便宜を図ってもらう事が出来ました。

 また最新式の暗号解読機の入手に成功し、これがアメリカ軍の暗号解読を可能にしました。

 そして最後にはスウェーデン王族から終戦工作を提案されます。
 スウェーデン国王が昭和天皇と連合国の間に入り、終戦に持ち込むという案でした。

 これが実現していれば原爆が落とされる事も、北方領土を喪う事もなかったでしょう。

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 このような小野寺信の交際を支えるのが百合子の仕事でした。

 因みに駐在武官や外交官の家事使用人には、必ずスパイが入り込むのと言うのが常識です。
 そこで舞踏会などで夫婦が長時間家を空けなければならない場合は、暗号解読書など重要書類は、半分は信が腹巻に入れて、残りの半分は百合子が帯芯に入れて持って行きました。

 その為、百合子は舞踏会もすべて和服で通しました。
 
 しかし夫婦揃って腹に暗号解読書を仕込んで出席する舞踏会とは・・・・・。 

 これは神経を使うでしょう? 
 サラリーマンの妻でも夫の上司夫人との交際なんか真っ平と言うのが普通なのに、国家機密に関わる情報収集に関わる交際に巻き込まれるなんて・・・・・。

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 そもそも小野寺信子は質実剛健な軍人家庭に育ち、夫と子供為に尽くすのが女性の役目と信じる古典的な良妻賢母でした。

 小野寺夫妻には4人の子供がいました。 
 信がスウェーデンに赴任した時は、信だけが先に出発し、百合子は家の始末をしてから出発する事になっていました。

 この時夫婦は学齢期の上の子3人を信の妹に預けて、末っ子だけを連れて行く事に決めていたのですが、百合子は子供達と別れるのが辛く、出発を一日伸ばしに伸ばし続けて、遂に信の友人から「奥さん、いつまでグズグズしているんですか!!」と叱咤されてしまいました。

 彼女はヨーロッパの上流階級夫人として社交界で華やかに暮らすより、糠味噌臭い女房として子供達と一緒に暮らす方が遥かに幸せな人だったのです。

 ともかくそれでも出発する事になった百合子は子供達に「お父さんだけでなく、私もお国為に奉公しなければならなくなったのだから仕方がない。」と言い残しました。
 そしてこの言葉は戦時下に両親と離れて暮らす子供達の心を支えたのです。

 もう、馬鹿フェミが見たら、怒り狂うような古典的な日本女性その者ですよね。

 しかしそれでも「お国の為に奉公する」と覚悟を決めた百合子は、スウェーデンでも暗号処理と社交生活に励みます。

 そして百合子はこれを通じて、多くのスウェーデン人と知り合い、彼等との親交を深めて行きました。 またこうしたスウェーデン人との親交を通じて、スウェーデンの文化の理解するようになりました。
 これにより百合子は後に、北欧児童文学や思想哲学の翻訳家となる事ができたのです。

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 小野寺夫妻がこうしてスウェーデン人達と築いた友情は、終生続きました。
 またスウェーデンへの愛着も終生続きました。

 夫妻は日本スウェーデン協会を設立し、スウェーデン文化の日本への紹介や、日本文化のスウェーデンへの紹介、日本スウェーデンの友好に尽くしたのです。

 小野寺夫妻はまた武官在任中に情報を提供してくれた人達とも、終生交際し続けました。

 その中の一人がポーランド人リビコフスキーです。
 彼は元々ポーランド軍参謀本部付情報将校でしたが、ドイツ軍のポーランド侵攻でポーランドが崩壊するとラトビアに逃れました。
 
 そこで小野寺の前任者だった日本の駐在武官に拾われて、武官事務員として勤務していました。
 しかし彼は元のポーランド情報部の持つネットワークから、ドイツ、ソ連について膨大な情報を得る事ができる男でした。

 このリビコフスキーを通じて、小野寺はドイツ軍のソ連侵攻の意図を知る事ができました。
 しかし当時の日本側はこれを信用しませんでした。
 
 当時日本の軍部は、ドイツがいつイギリスの上陸するかだけを知りたがっており、ソ連に侵攻する事など全く考えていなかったのです。
 
 なぜなら当時のドイツ駐在大使は、ヒトラーやリッペンドロップといつでも直接ヒトラーと話しができる程親密だったのです。
 そしてヒトラーが彼に「イギリスの上陸する」と明言していたので、日本側はそれを信じきっていたのです。

 なんのことはない駐独大使は、ヒトラーとリッペンドロップにまんまと騙されていたのです。

 一度騙されたら騙した相手を二度と信用してはいけないのに、日本はドイツのソ連侵攻後間もなくドイツの日独伊三国同盟を締結してしまいました。 

 リビコフスキー自身は亡命ポーランド軍人達がポーランド国外に作った自由ポーランド軍に所属していたのですが、日本が三国同盟に加盟し、ドイツと同盟関係になってからも続きました。

 しかしドイツの武官がリビコフスキーの存在に気づき、小野寺に彼の引き渡しを要求し始めました。 小野寺はしかし彼をイギリスに逃がしてやりました。

 リビコフスキーはイギリスに渡ってからも、別のポーランド人を通じて、小野寺に情報を送り続けてくれました。

 第二次大戦が終わりポーランドが共産圏に組み込まれると、多くのポーランド人が祖国を追われました。
 リビコフスキーも祖国に戻る事ができなくなり、カナダに移住しました。

 彼はカナダで貧しいポーランド移民を支援し、更にはカナダ政府を動かしてポーランド人のみならず貧し老人達の為のスウェーデン式の老人ホームを設立させることに成功したのでしたのです。

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 無残なのは、ラトビアの運命です。
 ソ連の侵攻で、ラトビアの指導層の殆どが殺害されました。
 またラトビアの総人口の20~30%が、ソ連に抑留されて過酷な生活を強いられた挙句、その殆どが衰弱死しました。
 そしてソ連崩壊までラトビアは完全に閉ざされてしまったのです。

 ラトビアだけでなくバルト三国は全て同様の運命をたどりました。
 こうしてみると共産主義国家に侵略されるとはどういう事かがわかり慄然とします。

 だから小野寺夫妻がラトビアで交際した人々の殆どは、ソ連に殺されたでしょう。 
 しかしそれでもソ連の手を逃れて亡命した人々は、祖国の解放を求めて活動を続けました。

 小野寺夫妻は彼等の活動も支援し続けました。

 このような小野寺夫妻の戦後を見ると、小野寺信の情報収集活動とは、当に彼の誠意その物であったと思えます。
 そして妻百合子も誠意に置いて、また知性に置いても夫に勝るとも劣らない人だったと言わざるをえないのです。

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 因みに小野寺百合子の翻訳の中で最も有名なのは、やはりムーミンシリーズですが、しかしムーミンの作者トウベ・ヤンソンはレズビアンでした。

 彼女はムーミン一家の居住地そっくりの孤島の、ムーミン屋敷とそっくりの家で、パートナーの女性と二人で暮らしながらこの作品を書いたのです。

 でもムーミン一家ってパヨクとLGBT活動家が、目の敵にする古典的な家族その物でしょう?
 小野寺百合子はムーミンを単なる児童書ではなく、深い哲学を含む本だと言います。 
 
 ムーミンママは夫を愛し、息子を愛し、そしてスナフキン始め、一家を取り巻く人々を愛し、彼等の喜びを自分の幸福とする専業主婦です。
 ムーミンシリーズの挿絵は全てヤンソン自身が描いているのですが、ムーミンママはいつもエプロン姿です。

 妻として母として生きた環境は全く違うけれど、百合子はムーミンママの生き方に深く共感したのかもしれません。

 それではムーミンパパは?
 ムーミンパパは若いころには大冒険をしたこともあるのですが、しかしママと結婚してからは職業不詳です。

 でもムーミンママが小野寺百合子の分身なら、ムーミンパパは百合子の夫のような凄腕スパイかも?

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 追記

 ワタシが「バルト海のほとりにて」を読んだのは、チャンネルクララでこの動画を見たからです。
 大変面白い動画だし、そう長くもないので、見ていない方はぜひご覧ください。


https://www.youtube.com/watch?v=1Y8kgTNijVI

 
https://www.youtube.com/watch?v=n2WjtHkli80

 
https://www.youtube.com/watch?v=hYC2OB4tGts

  1. 古本
  2. TB(0)
  3. CM(10)

コメント

このご夫妻のドキュメンタリー風ドラマみたいなのを拝見したことがるような気がします。NHKで。

ムーミンを日本に連れてきてくれた方だったのですね。。

(ムーミンママがいつもエプロンをしていることにフェミは文句つけないのかな?)

国家にとって重要な使命を果たしている夫の力になれるなんて
女性としては最高の幸福の一つだと思います。
危険な中にも高揚感のある年月だったのではないでしょうか。

戦後、無事に過ごされてしかもスウェーデンにとっての良き友人であり続けられたことにも感動しました。

良い話をご紹介くださってありがとうございます。

ちなみに私はスナフキンのファンだったのです!
  1. 2019-08-22 09:33
  2. URL
  3. 鳴子百合 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> このご夫妻のドキュメンタリー風ドラマみたいなのを拝見したことがるような気がします。NHKで。
>
> ムーミンを日本に連れてきてくれた方だったのですね。。
>
> (ムーミンママがいつもエプロンをしていることにフェミは文句つけないのかな?)
>
> 国家にとって重要な使命を果たしている夫の力になれるなんて
> 女性としては最高の幸福の一つだと思います。
> 危険な中にも高揚感のある年月だったのではないでしょうか。
>
> 戦後、無事に過ごされてしかもスウェーデンにとっての良き友人であり続けられたことにも感動しました。
>
> 良い話をご紹介くださってありがとうございます。
>
> ちなみに私はスナフキンのファンだったのです!

 ええ、NHKのドキュメンタリーがあったそうです。
 
 小野寺信の事を研究している歴史学者も結構いるようです。

 この本は小野寺信の情報活動に関する話も非常に興味深いのですが、百合子の生き方も女性として興味深いです。
 
 夫と国家に身を尽くす事を通して自身も成長し、成功するのですから。

 自分中心の現代のフェミニズムだけ知らない人間からすると、ガツンとやられたような衝撃を受けました。

 因みにワタシもスナフキンは大好きなのですが、しかし一番印象的だったのは、スナフキンが意地の悪い公園番のところから森の子供達を助けた話です。

 公園番が面倒を見ていた子供達を助けたのは良いのですが、その子たちを全部スナフキンが面倒を見る嵌めになったのです。
 そうすると食べる物の与えたり、その他全てがスナフキンの責任になってしまったのです。

 それでスナフキンはいつもの自由きまま生活が一変して、大変な思いをして、ムーミンママに助けて欲しいとか、それまで酷いヤツだと思っていた公園番に同情したりするのです。
 
 ムーミンってこうやって夢と現実が交わっていくんですよね。
  1. 2019-08-22 10:13
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

独ソ開戦

昭和史家は口にしないが独ソ開戦が米国が日米開戦から
後戻りできなくなった直接の原因である。この後、
日本側から(近衛首相などの)開戦回避の呼びかけが
なされたが、ことごとく門前払いにあっている。近衛首相
に至っては米大統領直々の非難文書が届けられている。
可能性のあった唯一の和平交渉は野村・岩畔とハルの
間で合意した日米諒解案だけであろうが、近衛首相の
サボタージュと松岡外相の拒否にあって締結に至らず
独ソ開戦を迎えてしまった。外務省は一貫して非協力的
であって、現在は日米諒解案は「偽物」だという事に
なっている。日本大使と米国務長官が合意して首相に
まで上がった文書がどんな意味で偽物なのか説明を
聞いたことはない。独ソ開戦情報はヨーロッパの
数か所から政府に上がっていたという。

不況になると各所から注意が上がっているのに
消費税増を強行する現首相と近衛首相が重なって
見えるのは気のせいか。
政府に
  1. 2019-08-22 11:55
  2. URL
  3. ちび・むぎ・みみ・はな #-
  4. 編集

Re: 独ソ開戦

> 昭和史家は口にしないが独ソ開戦が米国が日米開戦から
> 後戻りできなくなった直接の原因である。この後、
> 日本側から(近衛首相などの)開戦回避の呼びかけが
> なされたが、ことごとく門前払いにあっている。近衛首相
> に至っては米大統領直々の非難文書が届けられている。
> 可能性のあった唯一の和平交渉は野村・岩畔とハルの
> 間で合意した日米諒解案だけであろうが、近衛首相の
> サボタージュと松岡外相の拒否にあって締結に至らず
> 独ソ開戦を迎えてしまった。外務省は一貫して非協力的
> であって、現在は日米諒解案は「偽物」だという事に
> なっている。日本大使と米国務長官が合意して首相に
> まで上がった文書がどんな意味で偽物なのか説明を
> 聞いたことはない。独ソ開戦情報はヨーロッパの
> 数か所から政府に上がっていたという。

 どの時点から日米開戦が不可避になったかは、簡単に言える話ではないでしょうね。
 そもそも戦争を回避するための条件が違いますから。
>
> 不況になると各所から注意が上がっているのに
> 消費税増を強行する現首相と近衛首相が重なって
> 見えるのは気のせいか。
> 政府に

 消費増税は問題ですが、これだけで政権の全てを否定するってあんまりナンセンスですよ。
  1. 2019-08-22 12:07
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

小野寺夫妻のこと

 いつも興味深い記事を楽しみにしております。小野寺夫妻につい

ては、何処かで聞いたことがあったなと思い、記憶を辿りました。

そうです。佐々木譲氏の”ストックホルムの密使”に登場する人物で

した。この小説は先の大戦末期を舞台とし、日本の終戦工作を軸に

ストーリーが展開されます。夫妻の人間性もよく書込まれておりな

かなかの傑作だと思います。文庫本で900ページ近い長編です。

ぜひ一度ご覧になってください。佐々木氏はこの他にも先の大戦に

関連した作品があります。”エトロフ発緊急電”とかベルリン飛行指

令”とかです。いずれも途中で止められない面白さです。あ、そう

そう、佐々木氏は札幌月寒高校のご出身です。
  1. 2019-08-22 21:45
  2. URL
  3. イチロウ #-
  4. 編集

Re: 小野寺夫妻のこと

>  いつも興味深い記事を楽しみにしております。小野寺夫妻につい
>
> ては、何処かで聞いたことがあったなと思い、記憶を辿りました。
>
> そうです。佐々木譲氏の”ストックホルムの密使”に登場する人物で
>
> した。この小説は先の大戦末期を舞台とし、日本の終戦工作を軸に
>
> ストーリーが展開されます。夫妻の人間性もよく書込まれておりな
>
> かなかの傑作だと思います。文庫本で900ページ近い長編です。
>
> ぜひ一度ご覧になってください。佐々木氏はこの他にも先の大戦に
>
> 関連した作品があります。”エトロフ発緊急電”とかベルリン飛行指
>
> 令”とかです。いずれも途中で止められない面白さです。あ、そう
>
> そう、佐々木氏は札幌月寒高校のご出身です。
 
 面白そうですね。
 
 「バルト海のほとりにて」には、スウェーデン国王が直接に小野寺信に、国王が昭和天皇とルーズベルトの仲介をして終戦に持ち込む事を提案されたという話が出てきます。

 小野寺はスウェーデン国王による和平こそ日本の救いだと思ったようですが、しかし一介の軍人の身でこのように重大でしかも政治的な問題に介入するべきかどうかを随分と悩んだようです。
 
 またこの和平案が成功するには、直接昭和天皇から決断していただくしかないと考えていたようです。

 けれども小野寺がこの和平案の為に、行動を始めて間もなく終戦になってしまいました。

 
  1. 2019-08-23 00:03
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

小野寺百合子さんねえ…

なんかムーミンシリーズの紹介者ということで有名になってしまいましが、あの本は1965年の初版で山室静氏の翻訳です。小生8歳のときに初版で読んでますが小野寺さんが翻訳に関わったのはもう少し後のはずです。確か全集が出てからだったでしょう。この本で読書を覚えたんですが典型的な男の子でしたから2年後には図書館にあった戦記物と理科系の図書類、原子力と電子科学の粗方を読み終わってました。その後ムーミンとは無縁でしたね。禅宗がでてる頃には中学生で寮に押し込められて本の他には柔道といかに腹を満たすかを考えるだけの日々だったなあ…だから全集が出てたことも知りませんでした。

確かNHKの番組は約し松ひろ子さん主演だったと思います。小野寺少佐は香川照之だったかな。

ところで彼女は日露戦争の旅順攻略線で活躍された一戸兵衛陸軍大将の養子の子にあたります。父は旧岩手藩主のご子息ですからある意味典型的な戦前のいい家庭の子供であり妻となった人です。彼女にとって武官婦人はとにかくやらねばならぬ務めだったわけです。

閑話休題

小野寺氏を出すならば彼の功績を語らねばなりません。彼ほど正しいことをしたのに報われなかった軍人も珍しいでしょう。支那事変中は支那との調停に裏方として動きましたが報われず駐在武官となってからは毒素海鮮をいち早く報じましたが中央はそrを信じない、彼の予報が正しかったにもかかわらずヤルタ会談のときの秘密協定についてソ連の参戦の事実を伝えますが、中央はそのソ連を仲介とする和平を考えるなどという馬鹿をやってます。

このあたりの歴史は詳しい方ですがここまでの不遇さは珍しいと思います。

ストックホルムの密使はたしかこの辺の事情を描いたものです。佐々木譲氏の3部作はたしか読みましたがどれも実現可能エイはあったのかなあと疑問を持つものばかりでしたか。もう30年以上も前でしょうか。

日本の終戦工作はこのスウェーデンルートの他にスイスルートが有りました。相手方は後年の大立者アレン・ダレスだから本物でしたがこちらも中央が信じずだめとなりました。

こんな例ばっかりです。

ちなみに、ちびさん出してる日米諒解案は時間稼ぎと独ソ開戦を知ってのアメリカの観測気球だったと思ってます。ここで出てきた後のハルノートでもそうですが、満州問題にノータッチです。これでは日本側は納得しないでしょう。ましてや松岡みたいな基地外が居たらどうしようもない。この辺はどうしようもありません。

もし日本の開戦決意が1942年までずれ込めばおそらく開戦はなかったはずです。日米線は独ソ戦のドイツ勝利が前提だったからです。このあたりは見通しの悪さと虫の良さがありすぎるのでなんとも言えません。日本は申すkpし困っていればよくそうすれば開戦の問題は避けれたはずです。

この戦争についてきちんとした絵を書けるやつはいなかったのですから右往左往していたほうがまだ良かったのです。残念なことに。



  1. 2019-08-25 18:36
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 小野寺百合子さんねえ…
>
> なんかムーミンシリーズの紹介者ということで有名になってしまいましが、あの本は1965年の初版で山室静氏の翻訳です。小生8歳のときに初版で読んでますが小野寺さんが翻訳に関わったのはもう少し後のはずです。確か全集が出てからだったでしょう。この本で読書を覚えたんですが典型的な男の子でしたから2年後には図書館にあった戦記物と理科系の図書類、原子力と電子科学の粗方を読み終わってました。その後ムーミンとは無縁でしたね。禅宗がでてる頃には中学生で寮に押し込められて本の他には柔道といかに腹を満たすかを考えるだけの日々だったなあ…だから全集が出てたことも知りませんでした。
>
> 確かNHKの番組は約し松ひろ子さん主演だったと思います。小野寺少佐は香川照之だったかな。
>
> ところで彼女は日露戦争の旅順攻略線で活躍された一戸兵衛陸軍大将の養子の子にあたります。父は旧岩手藩主のご子息ですからある意味典型的な戦前のいい家庭の子供であり妻となった人です。彼女にとって武官婦人はとにかくやらねばならぬ務めだったわけです。

 ワタシはムーミンは小野寺百合子訳で全編読みました。
 妹がムーミンが好きで全部持っていたのです。 
 トウベ・ヤンソン自身が書いた挿絵が綺麗で、大人でも楽しめる本でした。
>
> 閑話休題
>
> 小野寺氏を出すならば彼の功績を語らねばなりません。彼ほど正しいことをしたのに報われなかった軍人も珍しいでしょう。支那事変中は支那との調停に裏方として動きましたが報われず駐在武官となってからは毒素海鮮をいち早く報じましたが中央はそrを信じない、彼の予報が正しかったにもかかわらずヤルタ会談のときの秘密協定についてソ連の参戦の事実を伝えますが、中央はそのソ連を仲介とする和平を考えるなどという馬鹿をやってます。
>
> このあたりの歴史は詳しい方ですがここまでの不遇さは珍しいと思います。
>
> ストックホルムの密使はたしかこの辺の事情を描いたものです。佐々木譲氏の3部作はたしか読みましたがどれも実現可能エイはあったのかなあと疑問を持つものばかりでしたか。もう30年以上も前でしょうか。
>
> 日本の終戦工作はこのスウェーデンルートの他にスイスルートが有りました。相手方は後年の大立者アレン・ダレスだから本物でしたがこちらも中央が信じずだめとなりました。
>
> こんな例ばっかりです。
>
> ちなみに、ちびさん出してる日米諒解案は時間稼ぎと独ソ開戦を知ってのアメリカの観測気球だったと思ってます。ここで出てきた後のハルノートでもそうですが、満州問題にノータッチです。これでは日本側は納得しないでしょう。ましてや松岡みたいな基地外が居たらどうしようもない。この辺はどうしようもありません。
>
> もし日本の開戦決意が1942年までずれ込めばおそらく開戦はなかったはずです。日米線は独ソ戦のドイツ勝利が前提だったからです。このあたりは見通しの悪さと虫の良さがありすぎるのでなんとも言えません。日本は申すkpし困っていればよくそうすれば開戦の問題は避けれたはずです。
>
> この戦争についてきちんとした絵を書けるやつはいなかったのですから右往左往していたほうがまだ良かったのです。残念なことに。

 情報戦に関する話を読んでいると、正しい情報を得るのも難しいけれど、正しい情報を得てもそれが採用するというものまた難しいのですね。

 以前ピルズベリーの「チャイナ2049」を読んだ時も、アメリカ全体が親中ムードになっている間は、CIAも中国タカ派についての情報の翻訳を控えるなどしていたと書かれていました。

 カエサルは「人間は全ての物を見る事はできない。 だからみたい物だけを見る。」と言いましたが、全てを情報を得ても見たい情報だけを信じてしまうという事が普通に起きてしまうようです。

 普通に考えたら独ソ戦について一度ヒトラーに騙された奴の情報なんか二度と信用するべきじゃないし、騙したヒトラーは猶更信じちゃダメなのに、それでも両方を信じ続けて三国同盟を締結してしまうのですから。

 仰るようにどうせなら決断できなくてグズグズしていた方がマシだったのですが、こういう時に限って早々と決断してしまうのだから救いがありません。

 人間オカシナ事を思い込んだらオシマイなのですね。
  1. 2019-08-25 23:41
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

杉原千畝も独ソ国境まで足を運び、大量の戦車が配備されている事や燃料貯蔵庫が建設されている事を確認して、ドイツがソ連侵攻の準備をしていると、暗号で小野寺信にしらせているのです。
日本の情報収集能力は決して劣っておらず、アメリカの超国家機密で、政府や軍でも一部の人間しか知らされていなかった原爆開発の成功の情報も掴んでいました。
外務省の重要書類を運ぶ真鍋良一という人物は、小野寺に会って、色々話を聞き、帰国した際に外務省の職員に「ドイツは思ったほど強くない」と伝えた所、「本当の事は、いわない方がいい」と釘を刺されたそうです。
本当の事が言えない、本当の情報が重要視されない「空気」が存在したというのです。
独ソ戦でドイツが苦戦している情報が参謀本部に伝わっても、そうした「空気」に支配されていれば、情報の的確な選択や分析が行われず、情報を生かすことなど不可能になってしまうのは、当然の帰結だったのでしょう。
  1. 2019-08-26 01:19
  2. URL
  3. 名無しの権兵衛 #ZZ.DtIHY
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 杉原千畝も独ソ国境まで足を運び、大量の戦車が配備されている事や燃料貯蔵庫が建設されている事を確認して、ドイツがソ連侵攻の準備をしていると、暗号で小野寺信にしらせているのです。
> 日本の情報収集能力は決して劣っておらず、アメリカの超国家機密で、政府や軍でも一部の人間しか知らされていなかった原爆開発の成功の情報も掴んでいました。
> 外務省の重要書類を運ぶ真鍋良一という人物は、小野寺に会って、色々話を聞き、帰国した際に外務省の職員に「ドイツは思ったほど強くない」と伝えた所、「本当の事は、いわない方がいい」と釘を刺されたそうです。
> 本当の事が言えない、本当の情報が重要視されない「空気」が存在したというのです。
> 独ソ戦でドイツが苦戦している情報が参謀本部に伝わっても、そうした「空気」に支配されていれば、情報の的確な選択や分析が行われず、情報を生かすことなど不可能になってしまうのは、当然の帰結だったのでしょう。

 なるほどね。

 実はワタシは以前「ドイツ特電」と言う、共同通信のドイツ特派員の書いた本を読んだ時に、ドイツのポーランド侵攻を日本が全く予想していなかった話を呼んで驚きました。

 この本の著者がベルリンに赴任するために、パリから汽車でベルリンに向かうと、明らかに戦車と思える貨物を積んだ汽車がドンドン東へ向かっていく、駅には軍服姿の若者が隊を組んで乗車を待っている、突撃隊の制服の若者達が荷物の積み込み作業に励んでいる、どう見てもただ事ではないのです。

 ところが所要でロンドンに行くと、当時駐英大使だった重光葵から「ドイツに行くと戦争になるというデマに惑わされるから気をつけろ」と注意されてしまいました。
 当時のイギリスはドイツのポーランド侵攻を全く予想しておらず、日本もそれを信じていたのです。

 人間一旦信じ込んだ物と違う現実はなかなか受け入れないのでしょうね。

 しかしそれが国家の判断を動かすと悲劇です。
  1. 2019-08-26 12:24
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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