漸く国会で旧宮家の皇籍復帰が取り上げられました。
しかし旧宮家が皇籍に復帰しても、男系男子だけで皇統をまもるには、側室なしでは不可能では?と言う意見もあります。
それでは旧宮家が復帰したとしても、側室なしで皇統の維持は可能なのでしょうか?
ワタシは宮家を一定数確保して置けば、側室などなくても十二分に可能だと思います。
これはヨーロッパの王家を見ればわかります。
ヨーロッパの王様には側室はいません。
ヨーロッパの王様だって好色な人は沢山いました。
フランスのアンリ4世やルイ14世のように、英雄好色を地で行く人もいれば、ルイ15世のようにただ好色だけの人もいました。
しかし英雄でも只の助平でも王様となれば、沢山の愛人がいました。
そしてその愛人たちの美貌や才気は今もヨーロッパの名画や文学を飾っています。
勿論、愛人達からも沢山の子供が生まれています。
しかしキリスト教は元来婚姻によらない性交渉は認めません。
キリスト教では婚姻によらない性交渉は悪魔によるものとされます。 だから婚外子は「悪魔の子」とされて厳しく差別されてきました。
だから非嫡出子は、王様の子に産まれても王位継承権はありません。
しかしこれは王位継承権には限りません。 貴族なら爵位の継承権もありません。
また中世都市の議会である参事会や元老院の議員は普通世襲ですが、非嫡出子はこの議席も継承できません。
そして世襲でない生業や公職でも、社会的地位の高い職業には就けませんでした。。
だから王侯貴族にはほど遠い家系でも、多少なりとも名家とか旧家とか家柄を誇りたいような家系が、家格を保ちながら家系を存続させるためには、何が何でも正妻に子を産んでもらうしかないのです。
ニコロ・マキャベリの戯曲「マンドラゴラ」はこういう社会を背景にして、どうしても正妻の子が欲しい法学士と、それに乗じてその妻を寝取ろうとする男を描いた喜劇です。
リアリストでキリスト教には極めて懐疑的なマキャベリでさへ、嫡出子絶対優位と言う現実は、肯定せざるを得ないのが西欧キリスト教社会なのです。
つまり社会の全てに非嫡出子の排除と、嫡出子の優位が徹底しているのです。
だから王様が幾ら愛人に子供を産ませても、その子供達は王位継承には何の意味もないのです。
王位継承権を持つのは、あくまで王妃の産んだ子供、傍系であろうとも嫡出の王族に限られます。
しかしこういう制限があっても、ヨーロッパの王朝だって結構長く続いています。
フランスのカペー朝は、987年から1328年まで300年余続き、カペー朝が断絶したのちに王位を継いだヴァロア朝もカペー朝の傍流です。
そしてヴァロア朝断絶の後に王位を継いだブルボン朝もカペー朝の傍流です。
ブルボン朝は1830年フランス7月革命で、フランス王位を追われました。 しかし現在のスペイン王家はフランスブルボン家の傍流ですから、家系は今も王族として残っているという事です。
イギリスもフランスも、その他のヨーロッパの王様も、皆近代以前は完全な権力者です。
ヨーロッパの階級は元来、戦う人・祈る人・耕す人、つまり戦士、聖職者、農民の区分なのですが、貴族は戦う人であり、王様はその貴族の頂点に立つ人です。
だから平時には国を統治し、戦争になれば軍を率いて戦う人なのです。
これは日本で言えば天皇と言うより、鎌倉・室町・江戸の将軍に相当する立場なのです。
しかも常に外国から侵略に対応しなければならない分、日本の将軍より遥かに厳しいのです。
そして女系相続を認める事から、政略結婚で外国に嫁がせた王女の産んだ子が、実家の王国を相続してしまうという事態も起きます。
その場合、子供は父方の姓を名乗りますから、王朝もそこで変わります。
ヨーロッパの王家は皆政略結婚で結ばれているし、しかも女系の相続も認めているので、王位継承権の主張は他国を侵略する格好の材料になるのです。
こうした問題を考えると、ヨーロッパの王室の生き残りは、日本の大名や将軍などよりは、遥かに厳しいのですが、しかしそれでも側室なしで数百年続く王家はざらにあるのです。
それでは日本の皇室や大名家などは、側室を持つ事で、確実に継承者を得る事が出来たのでしょうか?
そうでもないですよね?
徳川将軍家は300年・15代の間に、将軍に世継ぎが生まれず、また弟や甥など将軍の近親にも男子がいなかった為、傍系から入った人が3人もいます。
そもそも家康は、徳川幕府設立時から、こういう事態を見越して、紀州・水戸・尾張に徳川男系を継ぐ大名家を確保しました。
さらにその後、これに一橋家や松平家を作り、徳川男系を保持させています。
しかも二代将軍家光以降、将軍が戦場に出る事はなかったのです。
これをたとえばイギリスのプランタジネット朝と比べるとどうでしょうか?
プランタジネット朝は、ほぼ250年続きました。
しかも徳川将軍と違い、イギリスのプランタジネット朝の王様達は、殆ど皆戦場で奮戦しています。
フランスの豪族であったプランタジネット一族が、イギリスを征服して王位に就き、十字軍やフランス王との闘いで奮戦し、後半は傍系であるヨーク家とランカスター家による王位継承をめぐる抗争である血みどろの薔薇戦争が続くというありさまです。
王様達はこうした戦争の度に戦場に立ったのです。
そしてプランタジネットの男系を継ぐ最後の王ヨーク家のリチャード三世は、戦場で果てました。
リチャード三世を倒して王位に就いたのは、女系からランカスター家につながるヘンリー・チューダーでした。
ここでプランタジネット朝は終わり、チューダー朝になるのです。
徳川300年に比べると信じられ程の危険で過酷な日々です。
それでもプランタジネット朝は側室なしで250年続いたのです。
これじゃ徳川家が大奥に大勢の側室を抱えていた意味が、わかりません。
とはいえ現実に徳川将軍の中で、正室から生まれた人は家康、家光、そして傍系一橋家出身の慶喜の3人だけなのです。
これは結局、将軍家も同様他の大名家も、最初から側室を持つ事を前提に、正室には子供を産む事はそれほど期待しない体制ができていたからではないでしょうか?
将軍の正室は公家や大名の姫君です。
こういう姫君達は幼少期から、夫が側室を愛しても嫉妬しない事、ひたすら行儀よく大人しくすることだけを目的に厳しく躾けられるのです。
だから幕末に大名の姫君を見た外国人が、この姫君があまりに弱弱しく不健康なので、驚いたという話もあるぐらいです。
これでは子供は産めないでしょう。
また夫にすれば好きで結婚したわけでもなく、大人しいだけの正室なんかより、自分の好みの側室との子づくりに熱中してしまうのも当然ではありませんか?
こういう体制では、側室なしでは世継ぎはできないのです。
一方、ヨーロッパの姫君達は、嫁いだら何が何でも子供を産まなくてはならない人達でした。
だからとにかく子供の産める健康な女性になるように育てられます。
また夫にしても幾ら王妃が好みのタイプでなくても、王妃に子供を産ませないと王家が絶えるのですから、頑張るしかないのです。
こうやって夫婦だけで頑張っても、殆どの王家が数百年続いています。
しかも王家滅亡の理由が、子供がいないという事とは限らないのです。
因みに近代以前は、幼児死亡率がベラボウに高いです。
成人しても安心できません。
恋や狩りに駆け回っていた若く健康な王子様が、数日病みついてコロリと死ぬという話はいくらでもありました。
せっかく王位についても、子供を作る閑もなく若死にする人も結構いました。
近代までは、王家でも生まれた子供の半分ぐらいは死ぬ感覚です。
だからヨーロッパでは王妃様も頑張って、5人、6人と産むのが普通です。 しかし10人以上産んでも、全員死亡と言う無残な例もあったのです。
勿論、マトモな不妊治療などありません。
人工授精などマトモな不妊治療が可能になったのは、20世紀後半からです。
それでもヨーロッパの王室の殆どが数百年続いているのです。
だったら皇室も、一定数の宮家を確保すれば、側室なしでも十分安定して男系男子で皇統を守れるのではないでしょうか?
しかしこれに科学的な根拠を求めるなら方法はあります。
実はワタシがこのエントリーをしたのは、高橋洋一が、you tubeで側室なしで男系男子だけの皇統の維持に疑念を呈したからです。
それで思ったのですが、だったらヨーロッパの王室や、そのほか貴族などの家系の存続期間のデータを調べて、日本の天皇や将軍家、大名家のそれと比較すれば科学的に、側室の必要性の有無が証明できるでしょう。
因みにヨーロッパでは養子で家系をつなぐことはないし、女系で相続をしても生まれた子供はあくまで父方の姓を名乗るので、純粋に男系だけの家系をたどるのは、非常に楽です。
そして例えば、カペー朝などを例に、傍系相続を可能にした場合の、側室なしでいつまで存続できるのかの確立も算定できるでしょう。