クルド人難民への扱いを問題にしている人達がいるようです。
ワタシがクルド人の問題を知ったのは、1982年にユズマル・ギュネイ監督のトルコ映画を「路」を見てからです。
この映画は民族問題でトルコ政府に投獄された男が、刑期を終えて故郷の村に帰る所から始まります。
故郷に帰った男が最初にしなければならないのは、妻を殺す事でした。
妻は男が投獄されている間に不貞を働きました。 そこで気づいた親族達が彼女を物置に監禁して、男が帰ったらすぐに殺せるように準備していたのです。
男もおそらく手紙でか、刑務所内にいるときから、この事情知っていて、帰宅したら直ぐに妻を殺す覚悟を決めていたのです。
そこで帰宅した翌日には、妻を連れて雪深い山に入りました。 長期間、縛られて監禁されていた妻は、足腰が弱り、逃げるどころか歩く事もできません。
それで彼は妻を背負って山に入り、そこで妻を殺したのです。
彼の故郷の村は山奥なので、この殺人が警察にバレる心配は、彼も彼の親族も全くしていないようでした。
尤も不貞を働いた妻、或いは父親の意思に反する恋愛をした女性を殺す「名誉殺人」は、クルド人だけでなく今も中東や北アフリカのイスラム圏では広く行われています。
そして中東や北アフリカのイスラム圏だけなく、欧州でもこうした地域からの移民が集中する地域では頻発しているようです。
しかし正確にはわかりません。
なぜならイスラム移民のコミュニティーでは、女性の不審死があっても、警察が敢えて介入しない場合が多いのです。
それで正確な被害者数はわからないのです。
北アフリカや中東諸国ならともかく、「女性の人権が~~!!」と喚くヨーロッパ諸国で、こんな事が許されるでしょうか?
しかし白人の少女達が数千人も組織的な強姦や売春強制の被害に遭ったイギリスのロザラムの事件でも、被害が出始めてから20年程も警察は放置したのです。
なぜならイスラム教徒の犯罪に介入したら、直ぐに「人種差別主義者」「イスラムフォビア」などのレッテルが貼られて非常に面倒になるからです。
それで「人権国家」の警察と雖も見て見ぬふりをするようになっているのです。
一方イスラム教徒の側には異教徒の女性への強姦には全く罪悪感がなく、反省する意思は皆無です。
ヨーロッパのこうした状況を見ていると、イスラム教徒の移民が来るというのは、女性にとっては恐ろしい事です。
一方、クルド人がトルコで迫害されている事は事実です。
1991年に出版された小島剛一氏の「トルコもう一つの貌」には、当時クルド人の成人男性の3分の1は入獄経験があるため、彼等の間では前科や入獄経験は全然履歴の傷にならなかったと書かれています。
実はトルコ政府はこのころ、自国領内のクルド民族やクルド語の存在を認めていませんでした。
第一次世界大戦後、オスマントルコ帝国が崩壊し、現在のトルコ共和国が建国されました。
この時、旧オスマン帝国領の住民で「自分はトルコ人」と自認する人々は、トルコ共和国領に移動し、逆にトルコ共和国領内の住民でも、「自分はトルコ人ではない」と自認する人々は、それぞれが「祖国」と思う国に移動しました。
因みに「自分はトルコ人」と自認する人々も、先祖がトルコ民族だったとしてもその時点ですでに数百年トルコ共和国領外で暮らしたので、トルコ語を話せたわけはありません。
オスマントルコ帝国は中東・北アフリカ・バルカン半島にまたがる広大な領土を持っていたので、これだけでもトルコ共和国には大変な種類の言語集団ができたのです。
トルコ共和国はこうした人々は、トルコ民族と認めて、一方彼等の話す言語の存在も認めました。
しかし元々トルコ共和国領に住んでいた少数民族と彼等の言語の存在は認めませんでした。
「トルコ共和国に住む民族は全てトルコ民族」と言うのが、トルコ共和国政府の建前でした。
なぜならトルコ共和国が建国時に目指したのは、フランス式の国民国家でした。
それでフランス式の世俗主義を取り入れてイスラムの宗教勢力も抑え込んだし、フランス式の民法を取り入れて女性の解放を進めたし、その為にそれまでのイスラム圏にはなった姓を、全ての国民が名乗るようにしたのです。
そしてフランスのように自由で民主的で、しかし国民が強い団結力を持つ近代国家を目指したのです。
しかしそうなると多民族・多言語国家である事は不味いんですよね。
なぜなら民主主義は皆が対等な立場で話あって物事を決める制度です。 でもそれってお互いに信頼関係系や連帯感がないと無理でしょう?
実はフランスだって昔々は多民族・多言語国家でした。 それで現在でもアルザス語とかプロヴァンス語とか、その名残が残っています。
でもフランスは絶対王政が確立する前後に、王権を背景に言語の統一をやってしまいました。
そしてその後の絶対王政の確立と、フランスの国力の増大、そしてフランス文化の発達で、フランス語はフランスだけでなく、ヨーロッパの上流階級、知識階級の共通語となったのです。
スペインからロシアまでヨーロッパ諸国では、生まれ育ちが良くて、知性と教養のある人間は全てフランス語で会話するのが当然と言う事になったのです。
これなら母語へのこだわりとか、言語と文化の中央集権化への不満とか色々あっても、フランス人がフランス語とフランス文化でまとまるのは、そう難しくないでしょう。
しかしトルコ共和国はそういう基盤がないまま、トルコをトルコ民族の国民国家としようとしたのです。
しかもクルド人始め「少数民族」は、そう少数じゃないんですよね。
トルコの総人口は7400万人ですが、トルコ領内のクルド人は1140万人と言われます。
勿論、クルド人以外にも様々な民族がいるのです。
これじゃ民族問題で揉めないわけがないのです。
だったらもうクルドの居住地域をトルコ共和国から切り離して独立を認めちゃったら?
でもそれも無理でしょう?
だってまずクルド民族の居住地域って、トルコ共和国領の3分の1ぐらいにはなります。
そして何より、クルド民族の居住地にはクルド人だけが纏まって住んでいるわけじゃないのです。
クルド以外の少数民族も沢山いるし、トルコ民族と自認する人達も多いのです。
そもそもクルド人自身が、共通言語を持っていません。
以前もエントリーしましたが、この「トルコもう一つの貌」の著者小島氏の調査によれば、トルコ領内のクルド人の言語だけで32種あるのです。 これは以前にエントリー(トルコ雑感 その2 国家と民族)したのですが、クルド語の本格的な調査を始め遣ったのが小島氏です。
この32種の言語は一応全部インドヨーロッパ語族に属するのですが、しかし男性名詞・女性名詞の区別のある言語や、名詞の性の区別のない言語などそれぞれ全く違っています。
だから同じクルド人同志でも山一つ越えると全く言葉が通じないというのです。
これで民族として纏まり、独立国を作って国家を運営できるでしょうか?
これでもしクルド国家として独立したら、現在のトルコ共和国以上に深刻で厄介な民族問題を抱え込むでしょう?
なぜなら現在のトルコ共和国の強権的な民族政策に問題がある事は明らかですが、しかしそれは逆に言えば最悪強権を振るって国家をまとめ、少数民族同士の衝突を阻止する力があるという事です。
これがないと民族対立が暴走した時、弱小民族は生命さへも危うくなります。
こうした状況を見ていると、クルド問題の厄介さがわかり、他人事ながら頭が痛くなります。
でもこれが多民族・多文化国家の現実で、トルコ共和国だけが特別ではありません。
シリアやレバノンなどは、民族問題がもっと厄介で、もっとこじれて延々と内戦状態が続いているのです。
最初に紹介した記事はあまりに長文なので全部は貼れませんが、これだけは同意します。
日本は難民条約に加入していないほうがいい。難民条約にサインしているだけで(実際は)何もやっていない」と訴えた。(体調不良訴えるも搬送拒否、入管収容中のクルド人男性「人間として認めて」訴え)
ええ、ワタシも日本は難民条約から早く脱退するべきだと思います。
上記の通りクルド人が迫害されているのはその通りです。
しかしこの人たちを受け入れると、日本にクルド問題を輸入する事になってしまいます。
難民・移民大歓迎の人達は、多文化主義、多用な価値観を認めるべき、多様性万歳と言います。
では彼等は夫が不貞を働いた妻を殺す事を「価値観の違い」として認めるのでしょうか?
ワタシは女性ですから、文化以前にこういう男性が日本の街中を徘徊する事を想像するだけで恐怖です。
トルコやイランやイラクなど、元々の彼等の居住地域で、彼等の文化を守り続ける事までには干渉する気はありませんし、そんなことをしてはいけないと思います。
しかし日本人には日本の文化を守り、何より日本人の生命と財産の安全を守る権利があります。
だからこういう人達を難民として受け入れる事には、慎重になるべきだと思わざるを得ないのです。