ワタシはネトウヨなので、WGIPとか自虐史観とかを一応は知っています。
チャンネル桜なんかによると、日本が大東亜戦争に敗戦した後、日本を統治したGHQは日本国民に対して大東亜戦争について「日本は悪、連合国は正義」と言うプロパガンダを行いました。
戦前・戦時戦争推進のプロパガンダを続けていた言論人、団体、或いは朝日新聞やNHKなどの大手メディアは、敗戦直後からこの連合国側のWGIPのプロパガンダに協力する事で、戦犯として訴追を免れ、生き延びるようになりました。
それで戦後の日本人は、東京裁判を正義の裁きする東京裁判史観に呪縛されるようになったというのです。
ところがワタシが夕べ読み終えた「西洋の自死」によると、この東京裁判史観による自虐は、日本人だけの問題ではないようです。
但し「西洋の自死」はヨーロッパの移民問題を扱った本なので、ヨーロッパ人の話が主題ですから、正確には東京裁判史観ではなくニュルンベルグ裁判史観と言うべきでしょう。
つまり「ナチスドイツは絶対に悪、とにかく悪、ナチスドイツに関して他の歴史上の事象と、比較してもならないし、学問として客観的に検証する事も許さない」と言う史観です。
そして「西洋の自死」で著者ダグラス・マレーが描くとところを見ると、西欧エリートの多数がこの史観を信奉して、それが自国を否定する自虐史観につながり、その自虐史観が「自死」としか言えないような移民受け入れ政策を招く精神的原動力になっているのです。
しかもこれは敗戦国ドイツだけではなく、連合国側も同様なのです。
どういう事かと言うと、スェーデンやオランダなど、戦時中何とか中立を守った国、ドイツに占領された国などのエリート達が「自分達の国は、戦時中ユダヤ人を守らなかった悪い国だ。」として、その贖罪の為に無制限に「難民を受け入れよう!!」と言う話になっていくのです。
またニュルンベルグ裁判や東京裁判で「侵略」を悪と断罪しました。
しかしこれは当然ですが、日本やドイツの侵略が悪いなら、当然連合国側が過去に行った植民地の獲得と、その支配だって悪いと言う事になりますよね?
で、近年連合国側だった国々の中でも自国の過去の植民地支配を断罪し「我が国は悪い国」と叫ぶエリート達が増えているのです。
そしてこの自虐史観もまた「我々は植民地支配と言う罪を犯したのだから、その贖罪の為に植民地からの移民を受け入れるべきだ」と言う話になっていき、そして実際旧植民地から大量の移民が入り続けているのです。
なるほどね。
過去の罪を反省し、その贖罪をしようと言うのは立派な心掛けです。
しかしなんかおかしくないですか?
まず現実問題としてオランダやスェーデンのような弱小国が強大なドイツと戦ってユダヤ人を守る何てことはできるはずもなかったのです。 そんなことをしたら自分達も一緒に虐殺されてしまいます。
現実にできるはずもない事をやらなかった事で、自分達の父祖を責めるって、本当に良心的な人間のやる事ですか?
さらに言うとこれらの国々の人権思想や個人主義によれば、先祖の罪を子孫が相続したり、国家の罪を個人が償う必要はないはずです。
ところが彼等は大真面目にこれをやるのです。
例えば2015年、ヨーロッパにシリア難民の大群が押し寄せた時、デンマークの政治家アニカ・ホール・ニールセンは、第二次大戦中、ドイツの占領されていたデンマークで、レジスタンス活動家が8000人のユダヤ人を国外に逃がしたという故事に倣って、スウェーデン行きを希望する難民を自分のヨットでスウェーデンまで送りました。
自分達は第二次大戦中に、ユダヤ難民を十分に助けなかった、だからその贖罪として、何が何でも「難民」を受け入れなければならない。
これは現在、ヨーロッパの難民受け入れ派の理論を構築する根本定理なのです。
しかしこれオカシクないですか?
確かに第二次大戦中連合国の多くが、実はユダヤ人難民に非常に冷淡でした。
そもそも反ユダヤ主義はナチの専売特許でもなければ、ヒトラーの発明でもなく、中世中期からのヨーロッパの伝統なのです。
だからそれは反省するべきでしょう?
しかしユダヤ人への贖罪の意思があるなら、まずは自国に在住するユダヤ人に配慮するべきでしょう?
それなのにユダヤ人の安全を脅かすような人達を大量に受け入れていいんですか?
戦後のイスラエルの建国、そしてその後何度も繰り返された中東戦争で、イスラム教徒の圧倒的多数が強烈な反ユダヤ主義であるのは、ヨーロッパの知識人なら皆知っているはずです。
そういう人達が大量に入り込んでは、国内のユダヤ人は安心して暮らせなくなるではありませんか?
実際、イスラム諸国から移民が増えてから、ヨーロッパ諸国ではユダヤ人墓地の破壊やユダヤ博物館への襲撃など、反ユダヤ主義による犯罪が激増しました。
それでシナゴーク(ユダヤ教の寺院)には武装警察官の警備が欠かせなくなりました。 しかし武装警察官が警備をしていても、多くのユダヤ人達はシナゴークへ行くのをためらうようになりました。
そりゃそうでしょうね。
だってシナゴークに出入りするところを見られたら、ユダヤ人だとわかってしまいます。
帰りに襲われたらどうしようもないでしょう?
それどころか家までつけてこられたら、家族全員が危険にさらされます。
しかしそういう現実があるにもかかわらず、「ユダヤ人難民を救済しなかった罪の贖罪の為の反ユダヤ主義イスラム難民の受け入れ」は全然止まる気配はないのです。
その一方で移民受け入れ派の人達は、移民の大量受け入れに疑問を呈する個人や団体を「ナチ!!」と呼び、彼等を「反ユダヤ主義である」と強弁しています。
反ユダヤ主義はニュルンベルグ史観では絶対悪なので、このレッテルを貼られると欧米では社会的生命を喪います。
だから彼等は自分達の気に入らない人間や団体に対して、何としても反ユダヤ主義者のレッテルを貼ろうとするのです。
それで彼等はトランプ大統領も反ユダヤ主義者だというのです。
自分の愛娘をユダヤ人に嫁がせて、ユダヤ教の改宗する事を認めているような人を反ユダヤ主義者と言うのはいくら何でも無理筋だと思います。
しかしそれでも彼等がそれを諦めないのは、悪人としてのナチスのブランド価値が強烈だからでしょう。
ところがこれまた実に奇妙なのは、それ程反ユダヤ主義を悪魔化しながら、イスラム移民の反ユダヤ主義は完全に野放しなのです。
だからイスラム教のウラマー(教導師)が、モスクでユダヤ人攻撃を呼び掛ける、それに煽動された若者達がドイツユダヤ博物館の前で、「ハイル・ヒトラー」と喚くなんて事が日常的になっているのです。
それどころかイスラム移民なら反ユダヤ主義をむき出しにしても、国会議員になれるのです。
例えばアメリカでは前回の連邦議会議員選挙民主党から立候補して当選した議員オマル議員は、反ユダヤ主義、その上反米をむき出しの言動が問題になっているそうです。
しかし彼女がこうした言動を始めたのは、議員になってからではなく、その前からずうっとやっていた事でしょう?
でもアメリカ民主党はそれは全く問題にせず、彼女を民主党の候補者にしたのです。
同じアメリカ民主党の支持者達が、トランプ大統領を反ユダヤ主義者として攻撃しているのですから、もうダブルスタンダードなんてモノじゃないのです。
因みに北欧にはハマスの団員である国会議員など普通にいるのですから、アメリカはまだマシな方です。
それにこの手のイスラム移民とそれ以外の人々に対するダブルスタンダードは、反ユダヤ主義だけには限りませんしね。
今現在、西欧のポリティカルコレクトネスで絶対悪になっている女性やLGBTへの差別も、イスラム移民の場合は一切問題にしてはイケナイ事になっているようです。
つまり白人男性なら「女性は数学が苦手」と言っても解雇されるのですが、イスラム移民の場合は「不貞を働いた女は石打にして殺すべき」と言っても無問題と言う凄さなのです。
ヨーロッパ全体とアメリカでこれですから、ニュルンベルグ裁判の被告ドイツのやる事となるともっと強烈です。
ドイツは敗戦後、ニュルンベルグ裁判を全面的に受け入れました。
西ドイツはナチスを絶対悪として、学問の自由、表現の自由など、民主主義国家の基本理念を曲げてまでナチスの研究やナチスに関わる肯定的な評価を禁止する法律を作り、違反した国民を投獄してきました。
東ドイツはもっと徹底していて終戦の日に、ソ連代表に「Wir danken euch!」(我々は君達に感謝する)と叫んでいたのです。
何を感謝するかと言うと、自分達ドイツ人はナチに支配された被害者だったのを、ソ連が解放してくれた事を感謝するというのです。
なんかもうブラックジョークなんですが、しかしドイツ人ですからジョークではなく、これを大真面目にやっていたのです。
勿論メルケルだって毎年「Wir danken euch!」と叫んで育ったのです。
なんかもう凄くインチキ臭いのですが、とにかくドイツは「ナチは悪い!」「ナチを産んだドイツの罪は重い」と言う事にしていたのです。
そう言う負い目があるかでしょう。
2015年にメルケルがシリア難民の大量受け入れを決断した時、ドイツ人の殆どが「これでドイツは人道主義において最高の国家になった。」と喜んだのです。
しかし前記のようにユダヤ人虐殺の贖罪に、反ユダヤ主義で燃え上がるイスラム移民を大量に受け入れられたら、ドイツ国内のユダヤ人は堪ったものじゃないです。
けれどもドイツ人はそんな事は全然かまいませんでした。
そればかりかドイツに押し寄せる「難民」が増えすぎて、ドイツ人から不満の声が上がり、実際ドイツの国家予算を圧迫するようになると、今度はその「難民」の一部をポーランドなど東欧諸国に押し付けようとしました。
当然だけれど東欧諸国は、そんな事は拒否しました。
するとドイツはEUを通して猛烈な圧力をかけたのです。
オイオイ、ドイツの人道主義はどこへ行ったんだい?
ナチスドイツの罪に対する贖罪はやめたのかい?
ナチスドイツの罪はユダヤ人へのホロコーストだけではありません。
ナチスドイツはスラブ殲滅作戦の実行しており、東欧ではスラブ人の虐殺も行っています。
例えばポーランドは第二次大戦で人口の2割を喪いました。
第二次大戦までポーランドの総人口の10%はユダヤ人が占めていました。 そのユダヤ人が全部虐殺されたり、国外に脱出せざるを得なくなったのです。
尤もこのユダヤ人虐殺には実はポーランド人も関わっていて、何とドイツ敗戦後にもポーランド人によるユダヤ人虐殺が起きています。
因みにトランプ大統領の長女イヴァンカさんの夫クシュナーさん一家がポーランドを脱出したのは、この戦後のポーランド人によるユダヤ人虐殺を逃れる為でした。
勿論ポーランドの悲劇の責任はナチスだけにあるわけもなく、ヒトラーと密約を結んでポーランドに進攻したソ連の罪だって大きいのです。
とはいえワルシャワを包囲して、砲弾と爆撃であの美しい中世都市を完全に瓦礫の山にしてしまい、殆どのワルシャワ市民をその瓦礫の下敷きにした罪までが、免れられるわけもないのです。
ドイツが人道大国を目指し、ナチスドイツの罪の贖罪を望むなら、ポーランドなど第二次大戦の被害国である東欧諸国の意思は尊重するべきでしょう?
そもそも東欧諸国はナチスドイツの被害国であるばかりか、それ以前のポーランド三分割など西欧諸国の侵略に対しても被害国であり、その意味ではアジア・アフリカ諸国と同じ立場なのです。
そして歴史を学べば、第一大戦後のオスマントルコ帝国崩壊まで、イスラム教徒による侵略に晒されていたのです。
宗教が重要な価値を持っていた時代、異教徒に支配されるのはそれだけで恐ろしい事でした。
そしてオスマン帝国の支配と言うのは、実際に相当な恐怖支配だったのです。
だから東欧諸国には子供が言う事を聞かないと「トルコ人が来るよ」と言って脅す習慣があるのです。
そういう国々がイスラム教徒の受け入れに抵抗するのは当然でしょう?
こうした国々に対して、西欧諸国のアジア・アフリカへの植民地支配の贖罪や、ナチスドイツの贖罪を手伝ってイスラム移民を受け入れろと言うのは、無茶苦茶ではありませんか?
メルケル始め西欧のエリート達は当然、こうした東欧の歴史は十分知っているはずではありませんか?
ところが「人道大国」を目指すドイツはそんなことはお構いなしに、東欧諸国にイスラム難民を押し付けようとしているのです。
こういう状況を見るとニュルンベルグ史観が、西欧人の倫理感覚を完全に狂わせているのではないかと思えてならないのです。
何でニュルンベルグ裁判が西欧人の倫理感覚を狂わせるか?
それは戦争と言う歴史の問題を、安直な善悪論にしてしまい、本来科学的になされるべき歴史の検証を封殺してしまったからでしょう?
そしてナチスドイツを単純に悪魔化したことで、現実社会への認識が、中世の異端審問官と同じレベルになってしまったのです。
悪魔が実在する事になれば、その悪魔と戦う異端審問官は自動的に神の側になるのです。
だから異端審問官には人間の常識による合理性など全く要求されなくなるのです。
ニュルンベルグ裁判はナチスドイツとヒトラーを悪魔にする事で、歴史認識を宗教にしてしまい、理性と近代合理主義で歴史を理解する事を、そしてさらには歴史だけではなく、現実の社会問題の理解にさへ理性と近代合理主義を持ち込む事を放棄させてしまったのです。
理性への信頼とそれに基づく近代合理主義こそが、西欧文明の最も優れた点であり、我々日本人が明治維新で西欧に学ぼうした事の根幹だったのに!!
勿論、現在の西欧社会が「自死」と言われる程、大量のイスラム移民の受け入れを続ける理由はニュルンベルグ史観の影響だけではないでしょう。
実際これまで書いてきた通り、真面目にニュルンベルグ史観に基づいて考えても、現在の西欧の大量のイスラム移民受け入れには、全く合理性がないのですから。
にも拘らず、ニュルンベルグ裁判史観は被告ドイツのみならず、エリートを自称する西欧人全てを巻き込んで「ヨーロッパにはホロコーストと人種差別の文化しかない」とまで言わしめているのです。
そしてヨーロッパ人全ての存在価値を否定させる精神的原動力になっているのです。
一体西欧人はどうしちゃったんでしょうか?
ワタシは「西欧の自死」を読んでこのエントリーを書いています。
この本は前記のように、現代ヨーロッパ諸国の移民の大量受け入れの問題を書いた本です。
そしてこの本に書かれている事は、実は殆どがもうすでにネットでも紹介されていて、ワタシもすでに知っている事でした。
しかし通して読むとやはり不可解です。
なぜなら現在の西欧諸国の移民政策は、労働力不足への対応や、難民の救済といった、経済的、人道的な理由だけでは説明不能なレベルだからです。
幾ら西欧に移民したい人間が多いからと言って、幾ら難民が多いからと言って、現在の西欧諸国が無限の雇用や無限の福祉予算を持っているわけではないのです。
だから短期間に余りに大量の移民を受け入れたら、国家が破綻するのです。
そうなれば難民の救済どころか、自分達が難民になってしまいます。
けれども現在の西欧の移民政策は、国家として当然慮るべきこうした問題を、何としても存在しない事にして、とにかく移民を受けいる事に邁進しているのです。
だから著者のダグラス・マレーはこれを「西欧の自死」と言っているのです。
実際、ワタシもこの本を読んでいる間中、強烈な自殺願望に憑りつかれた人の話を聞いているような不気味さを感じました。
一体彼等は何でこんな自殺願望に憑りつかれたのでしょうか?
西欧の自死
この動画は著者ダグラス・マレーによる「西欧の自殺」についての解説です。
日本語訳とそれに付随した解説は、以前短足おじさんが上手くまとめてエントリーしてくださいました。
しかしワタシもこの本については、他にもいろいろ書きたい事がありますから、これから何度かエントリーしていきたいと思います。