我が尊敬するご隠居さんが紹介されていますが、韓国がまた「文化財返すニダ」と騒いでいます。
今回の標的は小倉コレクションです。
ご隠居さんのところを見ればわかる通り、小倉コレクションは日本人実業家小倉武之助が、朝鮮半島の美術品を自費で買い集めた物です。
韓国側は盗掘品など不法に持ち出された物もあるなどと言っていますが、しかし不法に盗掘したのは地元の朝鮮人であって小倉武之助ではありません。
遺跡に埋蔵されていたものを近隣の住民が不法に盗掘して、外国人に売り渡すというのは、エジプトなど世界中で行われていました。
近年はどの国もこうした行為を厳しく取り締まり、また外国人が買った美術品を持ち帰る事を禁止したり厳しく制限したりするようになりました。
しかし当時はどんな国にもそういう法も、またそれを禁止しようという発想自体ありませんでした。
そもそも小倉コレクションについて言えば、小倉武之助自身には「買ってくれ」と持ってこられた美術品が盗品かどうか?など判別不能だったのです。
そしてどの国の法でも盗品をそれと知らずに買った人については、その所有権は守るというのが原則です。
実際、日本から盗まれた韓国の美術品が韓国の美術館や個人のコレクションに収まっている例がいくつかあるのですが、韓国側はこの原則を盾に返還には応じていません。(イヤ、どう考えても盗品とわかって買ったとしか思えないのですが)
しかしそこは韓国ですから、こうした法論理も自分達が実際にやっている事も平然と無視して、「小倉コレクション返すニダ」と言うのです。
因みにご隠居さんも仰っているように、日本も幕末から明治初年に多くの美術品が海外に流出しました。 また大東亜戦争敗戦直後にも多数の美術品が流出しました。 なぜなら旧華族が困窮して、家宝を手放したからです。
これは日本にとって大変不幸だったことは事実です。
しかし一方で日本美術が世界的な評価を受けるようになったのは、大量の美術品が海外に流出したからでもあるのです。
左 歌川広重「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」 右 ゴッホの「花咲く梅の木」
典型が浮世絵です。
浮世絵は元来、印刷物で現代で言えばポスターやブロマイド、ポルノや商品の広告チラシのような物でした。
当然、当時の日本人にとっては貴重品でも何でもなかったのです。
だから最初に浮世絵が海外に渡ったのは、輸出用陶磁器の包み紙としてだったのです。 こうしてゴミ全に大量の浮世絵が海外に渡りました。
そうなると当然ですが、海外でも最初は非常に安価に売られていました。
その為、貧乏画家だったゴッホやゴーギャンでも手に入れる事ができたのです。
しかしその貧乏画家たちは、近代美術を創造した天才だったのです。
天才達に新しい美術の方向を示したのが浮世絵だったのです。
このようゴミ同然に海外に渡ったからこそ、浮世絵が近代絵画誕生を促したのです。
そしてそれが浮世絵の評価を不動の物にしました。
こうして今では世界中の人々が北斎波を知っています。
そして北斎波は今も新しい芸術を生んでいるのです。
もし浮世絵が日本にとどまり続けたら、浮世絵がこのような世界的な評価を得る事はなかったでしょう。
なぜなら美術品が評価されるのは、価値を知る人々の目に触れ必要があるのです。
見た事のない作品を褒める事の出来る人間などいるわけはないのですから、より多くの人の目に触れると言うのは、美術品が評価されるためには絶対に必要な条件なのです。
幕末から明治にかけて、或いは戦後の混乱期、日本の美術品が海外の人の目に触れたのは、良い作品が大量に海外に流失したからなのです。 インターネットどころかカラー印刷技術さへ未熟だった時代、美術品の現物が海外に行くよりほかには、海外の人々がその美術の価値を知る事など不可能なのです。
そしてこうして海外に流出した作品が、その地で日本美術への高い評価を産む事になったのです。
以前、浮世絵のコレクターとして有名で、山口県立美術館の浦上記念館に浮世絵を寄付された浦上敏朗氏の著書でこんな事が書かれていました。
浦上氏は元々は実業家として美術品のコレクションをはじめ、その後画商になり画商の仕事の傍らで、海外に流出した浮世絵を買い戻し浦上コレクションを作りました。 そして後にこれを山口県立美術館に寄付されたのです。
この浦上氏が画商だった頃に、若くして無名で亡くなった画家の作品が画商の間で非常に注目されて天才との評価を受け始めた事があったそうです。
ところがその後間もなく遺族が一切の作品を手放さなくなってしまいました。 遺族としては天才の評価が出そうなら、今後持っていれば価値は上がるばかりと思ったのでしょう。
しかし以降、この画家はまた無名に戻ってしまいました。
買えない作品に画商たちが関心を喪ったのです。
それは画商たちにとって「商売にならない」と言う事もあります。 しかしそもそも遺族がしまい込んでしまい、誰の目に見る事のできなくなった作品を誰がどうやって評価できるのでしょうか?
こうなると天才画家だったかもしれない人の作品でも、美術市場からは勿論、美術品としてもこの世から消えるよりないのです。
これはまさに浮世絵とは対極の話です。
浦上氏はゴミ同然に海外に流出した浮世絵を買い取って、日本に持ち帰る為に為に資産のほとんどを費やしました。 もし浮世絵がそのまま日本にとどまっていれば、日本人がそんな金を払う必要はなかったのです。
でも日本にとどまっていれば、そもそもそんな価値を持たなかったともいえるのです。
それを考えると物の価値って面白いですね。
因みに朝鮮の美術が一定の評価を得るようになったのは、日本に流出したためとしか言えません。
古くは飛鳥天平時代に朝鮮から伝わった仏画や仏像を、日本は大切に守り続けました。
そして秀吉の朝鮮出兵時には、朝鮮の陶磁器が茶人に珍重されるようになりました。
更に日韓併合時にはこの小倉武之助や浅川巧などが、朝鮮美術を評価してコレクションし日本に紹介しました。
朝鮮美術はこうした日本との関わりの中で、日本に評価される事で生き延びてきたのです。
だって当の朝鮮では殆どの仏画や仏像が、李氏朝鮮の仏教弾圧で破壊されました。 だから高麗仏画など世界に現存するのは約160点しかなく、そのうち130点は日本、欧米には17点あり、韓国には13点しかないというありさまです。
また朝鮮の陶磁器も森林破壊と共に崩壊し、復活したのは日韓併合後です。
朝鮮の陶磁器や民具などは、わびや寂の文化を愛する日本人だから評価をしたのであって、欧米でもまた中国でも全く関心を持たれていないのです。
こういう現実を見れば、日本にある朝鮮文化財を韓国に返せばどういう結果になるかはわかりきっているでしょう?
鑑賞する機会がなくなれば日本人は朝鮮美術に関する関心を喪うし、そうなると海外での評価はゼロになります。
そして何より朝鮮人は自国の文化を愛しているわけではないのです。
彼等が文化財返還を喚くのは、何よりそれが日本にあり、日本人に高く評価されているからなのです。
だから朝鮮に戻れば元通り無価値になるしかないのです。
ところでご隠居さんはギリシャが、イギリスに文化財返還を求めている事を紹介されていました。
しかし一応ギリシャの名誉の為に言っておきます。
イギリスのギリシャからの文化財強奪は実にえげつない物でした。
一番有名なエルギンマーブルなど、パルテノン神殿の破風や壁面の彫刻類を根こそぎ持ち去った物です。
当時ギリシャはトルコ領でした。
そしてそのトルコは対露防衛の為に、イギリスの支援を絶対的に必要としていました。
そこで駐トルコ英国大使だったエルギン伯爵は、トルコ政府にパルテノン神殿の調査と彫刻の破片の搬出の許可を要請したのです。
そしてトルコ政府がこれを許可すると、イギリス側は彫刻の破片どころか、破風や壁面の彫刻群を根こそぎ持ち去ったのです。
これが現在大英博物館の至宝とされるエルギン・マーブルズなのです。
でも現在大英博物館等、ヨーロッパの博物館を飾るアジア・アフリカの古代遺跡の壁画や彫刻など、皆この手のえげつなさで強奪したものです。
だって彫刻や絵画と言っても、神像を何体とか、絵画を何枚か買い集めるなんてレベルじゃないのです。 神殿の主要部全部を解体して持ち出すとか、巨大壁画を丸ごと全部はぎとるとかと言う事をやるんだから酷い話です。
勿論いくら帝国主義全盛時代でも、こんな事を個人ができるわけはありません。
国力を背景に相手国の政府に許可を出させて、国家事業として文化財を強奪したのです。
これじゃ文化財を奪われた国々が独立後に怒って「返せ!!」と言い出すのも当然でしょう?
しかし日本は朝鮮でそんなことは一度もやっていません。
日韓併合中に日本に渡った朝鮮の美術品は、小倉コレクションも浅川コレクションも、皆日本人が朝鮮人から買い取った物です。
これは幕末や明治に海外に渡った浮世絵と全く同じ事で、現在幾ら高値がついていようと、取り返したければ現在の持ち主から買い取るべきなのです。
尤もそれでも韓国に残る文化財の貧弱さを見ると、日本政府がイギリス式の文化財強奪をしなかったのは、日本人の良心からそうなったのではなく、そもそも朝鮮にはパルテノン神殿の彫刻群のような政府が強奪したいほどの文化財がなかったからだと言う説だって結構説得力はありますけどね。
しかしワタシもネットを初めて10年余韓国を見ていて思うのですが、この手の韓国からの要求はこうした歴史的な事実にも、また法や条約にも関係なく、これからも未来永劫続くでしょう。
現在の文在寅の基本政策は「積弊清算」だそうですが、これはしかし文在寅大統領就任以前から、韓国人が唱え続けた事です。
「積弊清算」をそのまま読めば、過去から積もった弊害を整理するという事ですから、日本人の感覚なら昔できた悪い法や制度を改正し、悪い因習はなくすように努力するのだと思ってしまいます。
でもこの「文化財返すニダ」その他の韓国で「積弊清算」として行われている事を見ていると全く違うのではないかと思います。
韓国人は現在の韓国社会の不幸は不正は、全て日韓併合と李承晩政権以降の親米政権が原因であり、それを正せば韓国社会の不幸も不正もすべてなくなると考えているのです。
だから現在の不幸や不正をなくすためには、過去を変えなければならにと考えているのです。
これが韓国人の「積弊清算」なのです。
でもタイムマシンでもない限り過去を変える事なんかできるわけはないでしょう?
だから普通の人間はどんなに不幸でも不正でも、過去の事は過去の事として、現在の現実と向き合って未来に進むのです。
しかし韓国人はどうもそうは考えいないようです。
過去が不正と言うなら、トコトンその不正を正そうとするのです。
そうする事が正義だと考えているのです。
だからどんな条約も合意も無視して、ひたすら自分達の正義を追求する気なのです。
そもそも彼等が興味を持っているのは、現在の現実でもなければ未来の可能性でもないのです。
過去の不正をただす事なのです。
韓国の日本に対する法も条約も、また歴史的事実を完全に無視した要求はこういう韓国人の正義から出ているのです。
これだと永遠に韓国人は過去に拘り続けるしかなく、未来に向かって進めないのですが、でもそれが彼等の正義なんだから仕方ないですよね?
だからもう相手にしても仕方がないとしか言えませんよね?