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2018-07-19 14:53

トゥキディデスの罠とペロポネソス戦争 その4(アテネの拡大政策)

 ペルシャ戦役(紀元前499~449年)でペルシャを退け軍事大国の地位を確保したアテネは、この軍事力を背景に更なる権益拡大に乗り出します。

 それでもアテネも最初はまずエーゲ海周辺からペルシャの勢力を追い払い、次には黒海へと勢力を伸ばすという政策でした。 エーゲ海とその沿岸一円は既にデロス同盟を作っていましたし、黒海沿岸は元々ギリシャ世界ではなく、またペルシャ帝国の勢力も及ばない未開の地でした。

 だから暫くは無事に済みました。

 しかしこれらの地域を完全に勢力下においたアテネは、今度はペルシャ帝国の支配下にあったエジプトやフェニキアにも侵攻しました。
 けれどもこれは当時のアテネ軍の指揮官であってペリクレスに軍事的才能がなくて失敗しました。

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 このペリクレスの時代にアテネは黄金時代を迎えます。 そして内政ではトゥキディデスが「「民主制と言いながら実は一人の男が支配した時代」と言われる時代になるのです。

 文字通り「ペリクレス一強」の時代を迎えるのです。

 しかしペリクレスは前記のように軍事的な才能はありませんでした。 この当時のギリシャでは国家の指導者は、戦争になれば自分自身が軍隊を指揮して戦わなくてはなりません。
 
 ペリクレスにはしかし軍隊指揮官としての才能はあまりなかったし、彼自身もそれを自覚していたせいか、エジプト遠征で失敗してからは、極力軍事的手段は使わないようにしました。

 その意味ではペリクレスは平和外交に徹する努力をしていたのです。 

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 そして紀元前450年、ペリクレスはペルシャ帝国と恒久的な平和条約を締結しました。 紀元前480年ペルシャ海軍がサラミスの海戦で壊滅してから30年後のことです。
 これで長く続いたペルシャ帝国との戦争が完全に終結しました。
 
 これでペルシャとギリシャ諸国との間は平和になりましたが、しかしこれはアテネにすると、当時ペルシャ帝国の支配下にあった地中海の東側への進出が不可能なったという事です。 
 
 ところがアテネはそれで権益拡大を諦めませんでした。
 そこで今度はその矛先を西地中海に向けたのです。

 しかしそこは元々、デーバイやコリントなどペロポネソス同盟諸国が権益を持つ地域でした。 元来古代ギリシャ世界の商業権益は、現在のギリシャ共和国を挟んで、東側はアテネ、西側はペロポネソス同盟諸国と言うすみわけが出来ていました。

 ところがペルシャ帝国との和平が成り立った事で、アテネはペロポネソス同盟諸国への権益に切り込むようになったのです。

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 ペリクレスはこれもできる限り平和的に、つまり直接武力に訴える事は出来るだけ避けてはいました。 
 けれどもそのやり方は実にえげつない物でした。

 その標的になったのがコリントです。 
 コリントは口が狭く細長い瓶のような形をしたコリント湾の一番奥にあります。 ところがペリクレスはこの瓶の口にあたるエウボイアを制圧します。 
  
 更に今度その対岸にあたる瓶の中ほどにあるナウパクソスも攻略するのです。

 これだとアテネはいつでもコリント湾を封鎖することができます。 
 これはもどう見てもアテネがコリントの商業圏を奪う心算だとしか思えません。
 
 コリントがこれに猛反発したのは当然でしょう?

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 それにしてもなんでもこんな事ができたのか? 

 ペリクレスには元々抜群の弁舌の才能があり、黒を白と言いくるめるのは朝飯前でした。 彼はこの弁舌の才でアテネの民意を思うままに操り、30年の長きにわたってアテネの政界でペリクレス一強を維持したほどの男なのです。

 そしてこうして長期政権を維持することで、ギリシャ世界全域とペルシャに広い人脈を持っていました。

 特ににスパルタ王アルキダモスとは長年の親友でした。 スパルタ王アルキダモスは毎年ペリクレスの別荘で一緒に過ごす間柄でした。

 ペリクレスはこうした人脈と弁舌を武器に、「平和外交」でペロポネソス同盟諸国の権益に切り込んでいったのです。

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 勿論スパルタ王もペリクレスとお友達だと言うだけで同盟国コリントを見捨てたわけではありません。 ペリクレスはスパルタにこれを認めさせる事で、スパルタ側に一定の利益が得られるようにしたからです。

 スパルタはこのころ奴隷階級であるへロットの反乱で苦労していました。 そしてこの反乱をしたヘイロット側との話し合いで、彼等がスパルタ領から立ち退く事を認める事でこの反乱を終わらせます。
 それではそのへロット達が立ち退いた先は?

 ナウパクソスです。

 スパルタとすればこれで漸く厄介払いができたし、アテネとすればナウパクソスへの入植者をゲットできました。
 スパルタとすればこれで十分なのです。
 
 スパルタはペロポネソス同盟の盟主ではありますが、自給自足の閉鎖経済の国家ですから、商業権益なんかどうでも良いのです。 
 
 まさにペリクレスならでは、魔法のような外交成果でした。

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 しかしコリントやデーバイなど他のペロポネソス同盟諸国は、アテネ同様の商業国家でした。 特にコリントはアテネ同様に海上交易で栄えた国です。
 
 コリントは元々三段櫂船40隻からなるギリシャ第二の海軍を持つ国でした。 そしてこれはアテネがペルシャ戦役に向けて200隻からなる巨大海軍を作る前は、ギリシャ最大最強の海軍だったのです。

 だからコリントはアテネが海軍を作ったころからアテネへの警戒心と嫉妬に燃えていました。 ところがそのアテネが自国に牙をむき始めたのです。

 それでもペロポネソス同盟の盟主スパルタがアテネと折り合った事で、一旦は引き下がりますが、しかしこれでコリントが納得するわけもないのです。

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 しかしペリクレスはこの後もこの手の「平和外交」による権益拡大を続けるのです。

 そしてついにギリシャ西岸の小都市エピダウロスの内紛をめぐって、アテネとコリントが衝突します。

 このエピダウロスの内紛は元々、貴族と言われる支配層と被支配層の確執でしたが、それが双方、アテネやコリントなど外国勢力を引き入れました。

 これはギリシャ人の悪弊ですが、ギリシャ人は同じポリス内でも激しい権力闘争をやり、しかもそうなると必ず外国に支援を求めるのです。 だからポリス内の権力闘争がそのまま外患誘致合戦になるのです。

 実はこれはローマ人は絶対にやらなかったのですが。

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 これで遂にアテネとコリントが衝突することになりました。 そしてこれがペロポネソス戦争の引き金になります。

 こうした辺境の小都市の内紛が、大戦争の引き金になるのは、サラエボが第一次大戦勃発の起点になったのと同様でしょう?

 新興国の台頭が周りとの軋轢や摩擦を生み、その摩擦熱が発火点にまで達していれば、思ぬ所から火が点くのです。

 だからこうした戦争の危険は、ペロポネソス戦争に倣って「トゥキディデスの罠」と呼ばれるのです。

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 ところで、当のエピダウロス内の内紛も際限もなくエスカレートします。 この経過をトゥキディデスは詳しく書いているのですが、読んでいるともう何が何だかわからないうちに、ドンドン殺し合いが酷くなって、女性や子供まで巻き込んで、最後には街が壊滅するような事態になってしまいます。

 当時のエピダウロスの人口はわかりません。 しかし超大国だったアテネでも10~15万と言うレベルです。 まして当時の小規模ポリスの人口なら1000人とか2000人とかいうレベルですから、エピダウロスだってそんな物でしょう?

 それが何でこんな無残な事になるのか?
 人口が数千人の小さな街なら、貴族だ平民だと言っても、殆どみんな知り合いで、先祖代々一緒に暮らしてきただろうに、何でこんな殺し合いになるのか?

 このエピダウロスの内紛は、ギリシャ人の性格に潜む暗黒面をそのまま見る思いです。

 ギリシャ神話を読んでいると、非常に明るく美しい話が沢山あって、だから今も世界中で愛されているのですが、でもあれよく読んでいると、実は非常に暗く陰惨な面が見えてきます。 

 ギリシャ神話には、精神病理学やギリシャ悲劇に描かれる暗黒世界が垣間見えるのです。

 このエピダウロスを巡る物語は正に、こうしたギリシャ人の暗黒面その物です。

 そしてこのエピダウロスを起点に、ギリシャ全土でギリシャ人の暗黒面を露呈するようになるのです。
 それがペロポネソス戦争です。
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コメント

謎解き少年少女世界の名作 (新潮新書)長山 靖生 (著)
本当は恐ろしいグリム童話 (WANIBUNKO) 文庫 – 2001/1/1
桐生 操 (著)
を思い出しました。人間て変わらないんでしょうけど

ギリシャは今ギリシャ正教なんですね、神話の時代の多神教から一神教に変わたのは勢力争いの結果でしょうか。どうでもいい話でしょうけど
  1. 2018-07-19 20:18
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  3. are #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 謎解き少年少女世界の名作 (新潮新書)長山 靖生 (著)
> 本当は恐ろしいグリム童話 (WANIBUNKO) 文庫 – 2001/1/1
> 桐生 操 (著)
> を思い出しました。人間て変わらないんでしょうけど

 そうでしょうね。 ギリシャ神話も本当は恐ろしいギリシャ神話です。
 そしてギリシャ神話にはギリシャ人の暗黒面が描かれているのです。
>
> ギリシャは今ギリシャ正教なんですね、神話の時代の多神教から一神教に変わたのは勢力争いの結果でしょうか。どうでもいい話でしょうけど

 ギリシャもローマも多神教からキリスト教化しました。 ギリシャ・ローマの宗教は、日本の神道と同様、古代から続く自然発生な宗教で、神殿の管理運営法なんかも日本の神社とよく似ています。

 しかしキリスト教やイスラム教はユダヤ教を元にした、人工宗教です。 何でこんな人工宗教が古来の宗教を駆逐してしまったのか?
 色々考えると興味深いのですが、しかしこれで良い事は何もなかったとしか言えません。
  1. 2018-07-20 11:59
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  3. よもぎねこ #-
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