中学二年の時、我が家は父の転勤で、名古屋から札幌に引っ越しました。
始めて札幌に来た時は3月末で、まだ雪が沢山残っていました。
引っ越先の家から見える山々は真っ白で、そこに黒々とした枯れ木が生えていました。 それは毛深い人の肌と体毛のようでした。
年中緑に覆われた山しか知らなかったワタシには、それが実に異様に思われました。
4月末になってその山々がようやく緑になり、梅と桜が一緒に咲き終わっても、肌寒い日が続きました。
そして肌寒いまま5月も半ばすぎた頃、近所の家々にライラックが咲き始めました。
大通り公園では「ライラック祭」なるものをやっていました。
しかし行ってみると、一体何がどうお祭りなのかわからない祭でした。
それでもライラックの花は沢山咲いていました。
寒く暗い日で、大通り公園には人気もなかったけれど。
このように初めて見たライラックは、まさに北海道その物におもえました。
品種は様々あって、白から薄紫、濃紫、濃厚な赤紫などの花が咲きます。
しかし白か紫系の花だけなので、どちらかと地味な感じです。
しかし洗練された清楚な感じが、いかにも西欧風です。
実際この花はヨーロッパ原産で、明治以降北海道に持ち込まれたのです。
この花の日本名が紫丁香花(むらさきはしどい)だと言うのを知ったのは、今年の冬でした。
冬のある夜、寝る前にベッドの中で青空文庫でチェホフの短編を読んでいると、田舎地主の屋敷の庭に咲く花々が描かれていました。
その花々は皆、ワタシの馴染みの花々で、なるほど北海道とロシアは似た気候なのだと思いました。
しかし一つだけ、紫丁香花(むらさきはしどい)と言うのがわかりませんでした。
実はこの紫丁香花という名はロシア文学の他の作品でも何度か見た事がありました。
そして美しい語感が気になっていました。
ところがネットができる前は、それが実際にどんな花かを調べるのは、結構大変だったのです。
だからワタシもどんな花か気になりながらそのままになっていました。
しかしi-padでの読書中なら話は別です。
そこで「ムラサキハシドイ」を検索すると、それが他ならぬライラックだとわかったのです。
なるほど初夏のロシアの地主屋敷の庭に咲くわけです。
それで今年のライラックは、チェホフの世界を想わせてくれるようになりました。
今年の札幌は気温が低いので、ライラックの花は漸く開いたばかりです。
だからまだライラックはまだ十分香りません。
しかしもう少し待ては丁香花の名に相応しく香り始めるでしょう。