FC2ブログ

2018-01-11 13:38

感謝する人、恨む人 初詣の代わりに

 お正月にface bookを見ていたら、昆陽神社に初詣して神社の写真をアップしていた人がいました。

 昆陽神社は江戸時代の植物学者青木昆陽を祀った神社です。
 写真を見ると随分立派な神社でした。
 
 彼は江戸近辺、関東一円にサツマイモの普及に努めたので、人々は感謝して死後神として祀ったのです。

 それで随分昔読んだ本を思い出しました。

048

 余り古い話しなので、題名は覚えていません。 確かNHKの野菜の原産地を探訪すると言う番組を本にした物だったと思います。

 その中で著者(多分NHK職員)がしきりに「サツマイモには恨みがある」と書いていたのが、妙に印象的だったのです。

 それは彼の少年時代は、戦中戦後の食糧難時代だったので、毎日毎日サツマイモばかり食べさせられたので、それで今もサツマイモ「恨んでいる」と言うのです。

 彼は同行の植物学者にも同意を求めたのですが、その植物学者は「自分が住んでいた地域は、食糧難がもっと深刻で、サツマイモは御馳走だった。」と言われたのが、大変不服そうでした。

044

 サツマイモばかり食べさせられたからサツマイモを恨む?

 で、でもそれってサツマイモのお蔭で飢える事もなく、餓死する心配もなく、生き延びる事が出来たと言う事でしょう?

 それを恨む?

 でもこの感覚は、欧州に入り込んだ「難民」や、日本の在日コリアンを見ていれば良くわかります。

 彼等は祖国に居れば殺される、生きていけないと言う理由で、欧州や日本にやってきたのです。

 朝鮮からの密航者が押し寄せた朝鮮戦争の前後は、日本もまだ非常に貧しく、しかも朝鮮人は犯罪率の高さや暴力性から、日本にとっては実に迷惑な存在でした。

 また現在の欧州にしたところで、無限の福祉予算や職場があるわけもないのに、膨大な難民を受け入れています。
 
 しかし欧州にせよ、日本にせよ、送り返せば殺されると言う者を送り返すわけにもいかないので、抱え込んで面倒を見たのです。

049

 しかし彼等はそのようなホスト国を「恨んでいる」のです。

 彼等にとって欧州や日本での生活は、サツマイモばかりの食生活と同じだったのでしょう。

 少なくとも彼等の期待した程、リッチで優雅な生活はできなったのです。

 だから恨むのです。

 在日コリアンは、日本に居られるお蔭で、祖国の同朋より遥かに豊かで自由な生活をできるのです。
 しかし犯罪の多い不法入国者が歓迎されているわけもないから、不愉快な事はあってでしょう。

 だから恨むのです。

 中東や北アフリカから来た「難民」は、欧州で大邸宅とドイツ車と金髪美人を得られるはずが、案に相違して、月数万の小遣いを与えられて、いつまでも難民キャンプ暮らしです。

 だから恨むのです。

050

 人間の中には、惨めな思い、辛い思いをすると、その理由に関係なく、惨めな思い、辛い思いに関わる人やモノを恨むに奴がいるのです。

 ワタシはこの本を思い出して、今の欧州の難民問題や日本の在日コリアンの心理を妙に納得しました。

053

 因みに日本でサツマイモの普及に努めたのは、青木昆陽だけではありません。

 サツマイモは17世紀の沖縄に入り、その後、九州や四国、更に西日本に広がりました。
 それは各地にサツマイモの普及に努めた人がいたからです。

 青木昆陽が特に有名なのは、彼が江戸を中心に関東一円にサツマイモを普及させたからです。

 そしてこれらの人々も死後その地域で神と祀られました。
 またサツマイモ自体を神と祀る神社もできました。

055

 それにしても、江戸時代の貧農だってサツマイモばかりの食事は嫌だったでしょう。

 ワタシだって毎日毎日サツマイモばかり食べさせられるのはイヤです。

 でもサツマイモのお蔭で飢えずに済んだ。
 村から餓死者を出さずに済んだ。
 サツマイモのお蔭で、荒蕪地を畑にすることができるようになった。

 だから貧しかった江戸時代の農民は、だからサツマイモの普及に努めてくれた人達に感謝して、彼等を神と祀ったのです。

 更にサツマイモまでも神として祀っているのです。

 そしてこうした神社は今も、多くの人々から尊崇されいるのです。

 こうしてみると日本人にとって、神様とはどう言うモノなのかを考えさせられます。

056

 この世には命を助けられても、恨む人もいれば、その恩人に感謝して神と崇め続ける人もいるのです。 

 ワタシはこのお正月は、体調を崩して初詣にも行けなかったけれど、昆陽神社の写真を見られたのは、神様のお蔭だと感謝する事にしました。

 ワタシは全知全能の神とか、唯一絶対の神とか、そんな大層な神様は信仰できなくても良いから、元々は只の人であっても、隣人を飢餓から救うために、人としてできる限りのことをしてくれた人に感謝し、尊崇できる人間でいたいと思いました。

057

オマケ

 1月9日、在日米軍海兵隊のクランフォード中尉が、4人の日本人を救助した事で表彰されました。
 
ダイビングをしていた米海兵隊員、4人の沖縄県民らを人命救助

 リンク先で状況を読めばわかりますが、ホントに一歩間違えば自分が死んでしまうかも知れなかったのです。

 米兵が日本人の命を助けたと言う話しは、幾らでもあるのですが、日本のマスコミは一切報道しません。

 幾ら反米でも、これは余りと言えば余りに恥かしくないですか?

 感謝するべきことに感謝できないのは、人間として最低ではありませんか?
  1. 古本
  2. TB(1)
  3. CM(15)

コメント

「感謝する」・・・・日本人の美徳の一つだと思います。例えば食事の前の「いただきます」も、この一膳に関わりのある全ての人・事物に感謝の気持ちを表す言葉であり、初めは馴染めなかった(宗教上の理由からか?)欧米人にも躊躇無く受け入れられているようです。
「苦手」「嫌い」なら、まだ理解できますが「憎む」とは・・・・
昔はNHKに疑問を持つことなどなかったのですが、それほど前からこんな愚かな事をしていたとは・・・・

オマケについて
我国を代表する公共放送なら率先して放送すべきなのに、これでは、日本人は恩知らずと思われかねません。ご紹介ありがとうございました。
  1. 2018-01-11 19:16
  2. URL
  3. SNS初心者 #-
  4. 編集

申し訳ありません。「憎む」は「恨む」の誤りでした。
お詫びして訂正致します。
  1. 2018-01-11 20:10
  2. URL
  3. SNS初心者 #-
  4. 編集

こんにちは。
NHKの職員は現実を受け入れられずその責任や原因を何かに求めないと自分の心のキャパシティーを超えてしまうのでしょう、だから芋でも無機質な石でも何でも恨みの対象にしてしまう。
きわめて自己中な考え方で自分が不幸なのは自分は悪くない、自分が自分の思い描く幸せになれないのは他人や社会が悪いと、すべて他責とする人種なのでしょう。
まさに国家を擬人化して国家という悪人が自分たちを不幸にしている、その手先である安倍首相は許せないと叫んでいる人達と同類です。
  1. 2018-01-12 08:23
  2. URL
  3. kazusa #-
  4. 編集

昔の小学校の給食の「脱脂粉乳」を思い出しました。
「昔はあんな不味いものを毎日、飲まされた」と偉そうに
言う人は多いですが、自分は美味しく頂いてました。
余ったのまで頂いてましたわ。
  1. 2018-01-12 09:47
  2. URL
  3. 低能団塊 #bXAf4QWI
  4. 編集

かぼちゃ

養老孟司教授が戦時中はかぼちゃばかり食べて、今では見るのも嫌だ、食傷とはキズだと言っていました。

嫌なものは生理的に嫌なのだから仕方がない。今の恵まれた状況を感謝するしかありません。
それを言えばすべて良かったのに。
  1. 2018-01-12 17:03
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 「感謝する」・・・・日本人の美徳の一つだと思います。例えば食事の前の「いただきます」も、この一膳に関わりのある全ての人・事物に感謝の気持ちを表す言葉であり、初めは馴染めなかった(宗教上の理由からか?)欧米人にも躊躇無く受け入れられているようです。
> 「苦手」「嫌い」なら、まだ理解できますが「憎む」とは・・・・
> 昔はNHKに疑問を持つことなどなかったのですが、それほど前からこんな愚かな事をしていたとは・・・・
>
> オマケについて
> 我国を代表する公共放送なら率先して放送すべきなのに、これでは、日本人は恩知らずと思われかねません。ご紹介ありがとうございました。

 この本で著者が「サツマイモには恨みがある」と書いているだけで、そのように放送したかどうかはわかりません。
  1. 2018-01-12 20:01
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> こんにちは。
> NHKの職員は現実を受け入れられずその責任や原因を何かに求めないと自分の心のキャパシティーを超えてしまうのでしょう、だから芋でも無機質な石でも何でも恨みの対象にしてしまう。
> きわめて自己中な考え方で自分が不幸なのは自分は悪くない、自分が自分の思い描く幸せになれないのは他人や社会が悪いと、すべて他責とする人種なのでしょう。
> まさに国家を擬人化して国家という悪人が自分たちを不幸にしている、その手先である安倍首相は許せないと叫んでいる人達と同類です。

 パヨクの特徴なんですよね。
 
 自分の不幸は他人のせい、社会のせい、国家のせい。

 自分の成功は自分の才能と努力にお蔭、誰にも感謝する必要はない。

 これがパヨクの基本哲学なんですよね。
  1. 2018-01-12 20:21
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 昔の小学校の給食の「脱脂粉乳」を思い出しました。
> 「昔はあんな不味いものを毎日、飲まされた」と偉そうに
> 言う人は多いですが、自分は美味しく頂いてました。
> 余ったのまで頂いてましたわ。

 ワタシはあれ大嫌いだったんですよ。
 しかしやはりあれのお蔭でタンパク質不足にならずに済んだ子も沢山いるのです。 だからヤッパリ感謝しなくてはと思いました。
  1. 2018-01-12 20:22
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: かぼちゃ

> 養老孟司教授が戦時中はかぼちゃばかり食べて、今では見るのも嫌だ、食傷とはキズだと言っていました。
>
> 嫌なものは生理的に嫌なのだから仕方がない。今の恵まれた状況を感謝するしかありません。
> それを言えばすべて良かったのに。

 この本の著者は「自分はサツマイモに恨みがある」と書いているだけで、番組でこの主張をしたかどうかわかりません。

 元々人間にはイヤな記憶を想いださせる物は全部避ける気持ちがありますから、サツマイモへの恨みもそのような物だったのかもしれませんが。
  1. 2018-01-13 14:34
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

もしかしたら気をもませたのかも

言葉足らずですみません。勿論、著者の言葉はこの本の中でのものと理解しています。

いつも有意義な情報やお話、ありがとうございます。
  1. 2018-01-13 19:43
  2. URL
  3. SNS初心者 #-
  4. 編集

サツマイモねえ…

実は小生戦時中に作られていた茨城一号(通称イバイチ)を食ったことがあります。不味いなんてものじゃあない、よく食ったものだと感心しました。今のサツマイモなんて、あなたあ、御馳走ですよ。恨みになんか思っちゃあいけません。聞いたら戦前からの品種でアルコール醸造用の品種なんで最初から味は考慮してないものだそうです。何しろ試験場の人間があれを食わすのかと驚いたというシロモンですからね。今のサツマイモ食って恨みに思うなんてのは人として失格ですね。

実はこのデンプン製造から異性化糖を作る技術を日本が確立しました。この技術はアメリカに渡りコーンシロップを作るのに役立たされました。アメリカはこれによってキューバの砂糖の競争力を奪い経済制裁を掛けたのです。まこれは余談ですが…こんなことで恨みに思うなんて人は異性化糖の入ってる缶ジュースなんて飲んじゃいけません。バチが当たるというもんです。

多分出てくると思ってましたが脱脂粉乳というのもあれも不味かったですねえ。確か小4の時まで飲んだんだがみんな不平たらたらでしたねえ。あれも調べたら分かるんだけど、あれは牛乳から乳脂肪分を取った残り滓で米国で持て余していたものをユニセフを通じて援助されたものでした。しかも貨物船に積んで日本に持ってくる間に変質したというおまけ付きで米国では基本家畜飼料という扱いだったらしい。うまくないのは当然です。

小生実はガキの頃、動物性タンパクアレルギーという困った病気になりかなり多くの動物性蛋白質が食えないという状態に陥りました。今でもそうなんでしょうが、これは微妙なもので物によって出るものと出ないものがあるのです。小生の場合、牛乳ダメ、チーズダメ、肉は全てダメ、卵、ウィンナー、ハム等全てダメ、魚は青味が全てダメ、という状況でした。結局食えたのは鯨肉と、白身の魚肉、ヨーグルトくらい、成長期の子供としてはとんでもないことになったのですが、脱脂粉乳では何故かアレルギーになりませんでした。鯨肉と脱脂粉乳といえば給食の2大食品ですからこれのおかげで低学年の頃生き延びられたようなものです。まあ、だから感謝はしてます。

今脱脂粉乳に一番近い食品はスキムミルクらしい。それ初めて聞いたときは嘘だろうと思いましたね。あれはやっぱり人が食えないものだったんですよ。

やっぱり給食の関係者は知ってたようで色々工夫はしてくれました。ミルメークなんていうコーヒー味付けて飲めるようにしたものや、うちの方ではミネラルという名でカルピスに似た味付けにした強化脱脂粉乳を飲んだものでした。

ちなみにカルピスは昔は脱脂粉乳から作ったそうです。脱脂粉乳のことを悪く言うやつは乳酸起因飲料を飲んじゃいけませんな。まあ人が食うもんじゃなかったんだから、まずかったというのはまあ許されると思います。
だからといって恨んじゃあいけないんです。いろんなことがついて回るんですから。
  1. 2018-01-13 23:10
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: もしかしたら気をもませたのかも

> 言葉足らずですみません。勿論、著者の言葉はこの本の中でのものと理解しています。
>
> いつも有意義な情報やお話、ありがとうございます。

 こちらこそ僭越な書き方で申し訳ありませんでした。
  1. 2018-01-15 11:42
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> サツマイモねえ…
>
> 実は小生戦時中に作られていた茨城一号(通称イバイチ)を食ったことがあります。不味いなんてものじゃあない、よく食ったものだと感心しました。今のサツマイモなんて、あなたあ、御馳走ですよ。恨みになんか思っちゃあいけません。聞いたら戦前からの品種でアルコール醸造用の品種なんで最初から味は考慮してないものだそうです。何しろ試験場の人間があれを食わすのかと驚いたというシロモンですからね。今のサツマイモ食って恨みに思うなんてのは人として失格ですね。
>
> 実はこのデンプン製造から異性化糖を作る技術を日本が確立しました。この技術はアメリカに渡りコーンシロップを作るのに役立たされました。アメリカはこれによってキューバの砂糖の競争力を奪い経済制裁を掛けたのです。まこれは余談ですが…こんなことで恨みに思うなんて人は異性化糖の入ってる缶ジュースなんて飲んじゃいけません。バチが当たるというもんです。

 なるほどね。

 そう言えば「デブの王国」と言うアメリカの肥満問題を扱った本で、トウモロコシからシロップを作る技術は日本人が作ったと書いてありました。

 それがアメリカの甘味食品の値段を下げて、アメリカの肥満を増やす原因になったとのことです。
 戦時の食糧難の敵討ちになったかも?
>
> 多分出てくると思ってましたが脱脂粉乳というのもあれも不味かったですねえ。確か小4の時まで飲んだんだがみんな不平たらたらでしたねえ。あれも調べたら分かるんだけど、あれは牛乳から乳脂肪分を取った残り滓で米国で持て余していたものをユニセフを通じて援助されたものでした。しかも貨物船に積んで日本に持ってくる間に変質したというおまけ付きで米国では基本家畜飼料という扱いだったらしい。うまくないのは当然です。
>
> 小生実はガキの頃、動物性タンパクアレルギーという困った病気になりかなり多くの動物性蛋白質が食えないという状態に陥りました。今でもそうなんでしょうが、これは微妙なもので物によって出るものと出ないものがあるのです。小生の場合、牛乳ダメ、チーズダメ、肉は全てダメ、卵、ウィンナー、ハム等全てダメ、魚は青味が全てダメ、という状況でした。結局食えたのは鯨肉と、白身の魚肉、ヨーグルトくらい、成長期の子供としてはとんでもないことになったのですが、脱脂粉乳では何故かアレルギーになりませんでした。鯨肉と脱脂粉乳といえば給食の2大食品ですからこれのおかげで低学年の頃生き延びられたようなものです。まあ、だから感謝はしてます。
>
> 今脱脂粉乳に一番近い食品はスキムミルクらしい。それ初めて聞いたときは嘘だろうと思いましたね。あれはやっぱり人が食えないものだったんですよ。
>
> やっぱり給食の関係者は知ってたようで色々工夫はしてくれました。ミルメークなんていうコーヒー味付けて飲めるようにしたものや、うちの方ではミネラルという名でカルピスに似た味付けにした強化脱脂粉乳を飲んだものでした。
>
> ちなみにカルピスは昔は脱脂粉乳から作ったそうです。脱脂粉乳のことを悪く言うやつは乳酸起因飲料を飲んじゃいけませんな。まあ人が食うもんじゃなかったんだから、まずかったというのはまあ許されると思います。
> だからといって恨んじゃあいけないんです。いろんなことがついて回るんですから。

 ワタシもあの脱脂乳は嫌いでした。 しかしあれは当時の日本人の子供の蛋白源として非常に重要だったようです。
 それを思えば感謝するべきなのでしょうね。

 因みにワタシはβガラクトース分解酵素のない体質で、普通の牛乳を飲むと必ず下痢をします。 だから牛乳はワタシにとって便秘薬なんですよね。
  1. 2018-01-15 11:50
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

脱脂粉乳

だいぶ遅れてRESします。給食の脱脂粉乳、嫌いな人が多かったんですね。私は、低能団塊さんと同様、とてもおいしくいただいていました。給食のおばさんが、ちょっぴり甘みをつけてくれていたせいだと思います。普通の牛乳より好きでした。

家では父が学校からもらってきた脱脂粉乳のドラム缶(紙製です)がいくつかあり、長い間、小麦の保管容器として使っていました。米国では家畜の餌だったかもしれませんが、中身も容器も有効活用していました。

小学校6年のときに担任となった先生が、学生運動上がりのおもしろい人でした。その先生が、ある日の給食のとき「ニクソンと佐藤(栄作)が共謀して日本の子供に豚の餌を飲ませているんだぞ」とアジりました。その日は脱脂粉乳が相当余りました。

でも翌日の給食のときです。先生が「きのう、あんなことを言ったが、やっぱり飲んでくれ。給食のおばさんに、『先生、変なことを言ったでしょ! 私たちが一所懸命作っているのに、なんてことをしてくれたんだ!』と叱られた」と言いました。「学生運動の活動家も給食のおばさんにはかなわないのか」と、クラスのみんなが思ったものです。

小学校の給食で、「まずい」と思ったものはひとつもなく、6年間、給食はすべて完食していました。好き嫌いがないことが最大の理由だと思うのですが、今になって思うと、給食のおばさんが優秀だったのかもしれません。栄養士の先生を含め、給食の担当者に感謝です。
  1. 2018-01-15 15:55
  2. URL
  3. Kamosuke #-
  4. 編集

Re: 脱脂粉乳

> だいぶ遅れてRESします。給食の脱脂粉乳、嫌いな人が多かったんですね。私は、低能団塊さんと同様、とてもおいしくいただいていました。給食のおばさんが、ちょっぴり甘みをつけてくれていたせいだと思います。普通の牛乳より好きでした。
>
> 家では父が学校からもらってきた脱脂粉乳のドラム缶(紙製です)がいくつかあり、長い間、小麦の保管容器として使っていました。米国では家畜の餌だったかもしれませんが、中身も容器も有効活用していました。
>
> 小学校6年のときに担任となった先生が、学生運動上がりのおもしろい人でした。その先生が、ある日の給食のとき「ニクソンと佐藤(栄作)が共謀して日本の子供に豚の餌を飲ませているんだぞ」とアジりました。その日は脱脂粉乳が相当余りました。
>
> でも翌日の給食のときです。先生が「きのう、あんなことを言ったが、やっぱり飲んでくれ。給食のおばさんに、『先生、変なことを言ったでしょ! 私たちが一所懸命作っているのに、なんてことをしてくれたんだ!』と叱られた」と言いました。「学生運動の活動家も給食のおばさんにはかなわないのか」と、クラスのみんなが思ったものです。
>
> 小学校の給食で、「まずい」と思ったものはひとつもなく、6年間、給食はすべて完食していました。好き嫌いがないことが最大の理由だと思うのですが、今になって思うと、給食のおばさんが優秀だったのかもしれません。栄養士の先生を含め、給食の担当者に感謝です。

 おお、それは立派です。

 ワタシは実は給食は嫌いでした。 特に脱脂粉乳が。

 そして日本の学校給食は、アメリカが余剰農産物を始末するために、始めた面があるのも事実です。

 しかしそれでもあのお蔭で食糧難の当時、飢えずに済んだ子供は多かったのです。 「にあんちゃん」など給食が始まる前の学校生活を描いた物では、弁当を持ってこられない子供が沢山いて、昼食時に辛い思いをするところが描かれています。

 だから感謝するべきだったと思っています。
  1. 2018-01-16 11:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

より広範囲かつ精緻な、スパイ防止法が法制化されるべきだ(対中共、北朝鮮等)

中国軍艦と潜水艦が沖縄県の尖閣諸島周辺の接続水域内に入ったとの報道を受けて、より広範囲かつより精緻な、スパイ防止法が法制化されるべきと判断するに至った。特定秘密保護法やテロ3法などでは不十分ではないことを、承知している方が少ないこと、特に、保守系言論人において、法規制条文レベルで提言できる方が極少数と判断、口火を切る意味で、スパイ防止法として法制化し、規制・処罰対象行為を以下に示す。━━━━...
  1. 2018-01-11 17:39
  2. 祖国創生