なぜなら反差別ファシト、反差別原理主義者は、「あらゆる差別を許さない」としてどんなモノでも、彼等が「差別的」と断定した部分があればそれを全否定します。
ところで現代式の男女平等や人種差別反対の概念が生まれたのは近代以降です。
だからそれ以前に作られた宗教や哲学は、皆女性差別や人種差別、奴隷制などを容認しています。
元祖民主主義の古代ギリシャの哲学者ソクラテスやアリストテレスだって奴隷制は否定していないのです。
だから差別主義者を許さないと言う事を突き詰めると、キリストも釈迦もムハンマドも孔子もソクラテスもアリストテレスも、そして彼等に繋がる宗教・思想・哲学を全否定する事になります。
そして唯一残るのは、共産主義です。
共産主義は近代民主主義が掲げた理想の自由と平等のうちで、平等だけに特化したイデオロギーです。
だから平等=反差別だけを突き詰めれば、共産主義に行きつくのは当然なのです。
つまり反差別を絶対正義として煽り続ければ、自動的に共産主義以外の全ての思想・宗教・哲学を全否定して、共産主義に行きつかせる事ができるのです。
ソ連とその共産圏は、暴力で政権を取ったものの、早急に経済的平等を実現しようとしたので崩壊しました。
だからこの作戦は失敗でした。
しかし経済的平等は後回しにして他の平等から始めればどうでしょうか?
経済的な平等を実現する事については、多くの人に大変な抵抗があります。
けれども公民権運動とウーマンリブの成功で、人種差別反対と女性差別反対は確立しました。
それではこれを梃に、差別反対を絶対正義化していけば、共産主義以外の思想・宗教・哲学を全て禁止し、更に国家そのモノを崩壊させて共産主義社会を実現できるのではないか?
ソ連崩壊以降、共産主義者はこのような方向に舵を切ったのではないでしょうか?
実際現在の反差別ファシズムが、差別として糾弾している事は、民主主義国家の存続に危険な事ばかりです。
反差別ファシスト達は、不法移民や自称難民の入国制限を「人種差別」と言います。 そして犯罪者やテロリストでも強制送還は絶対に許さず無制限に入国させろ言っています。
こんな事を実行すれば、受入国の社会が滅茶苦茶になってしまいます。
そもそも違法行為を行う人間を、排除するのがなぜ「人種差別」なのか意味不明です。
そして何よりこれは出入国管理権や国境管理権と言う重要な国家主権その物を否定する話しです。
元来、民主主義国家とはその国の国民の人権を守る為に必要な物です。
その国家を守る為に必要な国家主権を、自国民でもない人間の人権を守る為と称して危うくするのは、本末転倒です。
しかし反差別が絶対正義となった国では、一旦「人種差別」と決まった事柄には、一切反論できなくなっています。
またアメリカで起きたリー将軍始め南軍将兵像やモニュメントの破壊は、反差別を梃にした国家の理念や歴史の破壊はどうでしょうか?
南軍将兵のモニュメントを破壊が終わったと思ったら、直ぐにコロンブス像の破壊が検討されるようになりました。
これではトランプ大統領が危惧した通り間もなくジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンの番になるでしょう。
こうしたイデオロギーによる正義を理由での文化財破壊は、共産主義者が最も好む行為でした。
ロシア革命時にウペシンスキー大聖堂が爆破されて、文化大革命で膨大な文化財が破壊されたのと同じです。
アメリカで人種差別が悪い事になったのは70年代以降ですから、これ以前の大統領は全員レイシストです。
そうなるともうアメリカの歴史は全て人種差別の歴史であり、アメリカはこの世に存在してはイケナイ悪の国と言う事になります。
つまりこのように反差別を上手く利用すると、国家存在価値を全否定できるのです。
これはアメリカだけの話ではありません。
近代以前から存続する国は全て近代以前の価値観で存在してきたのですから、現代式の反差別絶対の価値観から言えば全て悪の国と全否定できるのです。
しかしこの反差別ファシズムによる国家破壊の巧妙さは、これらの国家破壊行為は、一般国民には「ただちに危険ではない」事です。
特に富裕層や大企業には、国家が崩壊するまで直接害はないのです。
それどころか低賃金の労働者を無制限に得られるなどの、利益があるのです。
だからこうした企業をスポンサーとするメディアも、これには全く抵抗しません。
それどころか常に良心的であることをアピールしなければならな企業や政治家は、喜んでこれに同調するのです。
そこで気が付いたら言論の自由はドンドン喪われ、世界最強の軍事力を持つ国が、自国の国境を犯罪者が自由に出入りするのを止める事が出来ないと言う状況になっているのです。
そしてこの異常さに危機感を持った大統領が自国の国境を防衛しようとすると、知識人・エリートを自認する国民達が「レイシスト!」と非難する有様です。
これは国家破壊を目論む人間には理想的な状況ではありませんか?
暴力革命なんか起こさなくても、「人種別反対」「女性差別反対」「人権を守れ」と綺麗事を叫び続けて、善人を気取り続けるだけで、それに乗せられた愚かな人々が自分で自分の自由を放棄して、自分で自分の国を崩壊させてくれるのですから。
そして民主主義国家を崩壊させたい国がこれを応援しないわけはないでしょう?
自由と平等は民主主義国家の理想です。
しかし完全な自由と完全な平等は、元来両立不能なのです。
これは理性のある人間なら誰にでも理解できる事です。
そもそも理想とは理想であるが故に実現しないのです。
これは理想気体が存在せず、絶対零度到達できないのと同じ事です。
だから民主主義国家では、自由にも平等にも一定の制限をしてバランスを取る事で、健全な社会を守ってきました。
しかし現在、日本や欧米で猛威を振るう反差別ファシズムと言うのは、人種差別禁止を際限もなく拡大解釈させて、それに対する疑義を許さない事で、平等を極大化して、自由を奪おうと言うものです
民主主義国家と言うのは、自由と平等のバランスで成り立つのに、平等を極大化して自由を奪うと言うのは、共産主義そのモノではありあませんか?
或いは共産化する前に国家そのモノが崩壊するでしょう。
なるほど差別は悪い事です。
しかし自由を喪いたくなければ、絶対的な平等は諦めるしかありません。
民主主義を守りたいなら、常に自由と平等のバランスを考え続けなければならないのです。
これは過去の歴史で常に人類が行ってきた努力なのです。
だから今後もそれを続けるしかない事を思い出すべきです。
オマケ