1969年、小型ヨットサナトス号で太平洋を単独横断した人です。
ワタシはこの人の書いたエッセー集を読んだのですが、今も非常に気になっている話しがあります。
牛島氏はヨットで太平洋単独横断の冒険に出る前に、結構色々な職業を体験しました。 エッセイにはその話がいろいろ出ていました。
その中でワタシが今も気になっているのは、彼が遠洋漁船の船員だった時の話です。
ある時、牛島氏の乗り組んだ船が喜望峰沖でエンジントラブルを起こしました。
それでも船は何とか一番近い南アフリカ共和国の港にたどり着き、そこで修理をすることになりました。
しかし修理は長引き、漁船員達は暇を持て余して、港で釣りを始めました。
釣りとなると、そこは皆プロの漁師ですから、実に簡単な仕掛けで、アッと言う間にバケツに一杯魚を釣り上げます。
するとどこからか貧しげな黒人の子供達が、湧いてくるように現れて手振りで魚を欲しいとせがみます。
それで皆気楽に魚を与えていました。
ところが暫くすると港の監督官が現れて、「子供にタダで物を与えるな。」と言うのです。
そこで漁船員達は子供達に釣りの道具を与えて、釣りを教えようとしました。
飢えた人には魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えよ
を実践したのです。
ところが数日で困惑し始めました。
「カンが鈍いんかいのう・・・・。」
漁船員達は一生懸命教えるし、子供達も一生懸命学ぶのですが、しかし子供達はどうしても魚が釣れないのです。
そこで漁船員達は釣りを教える事は諦めて、船倉の掃除その他の雑用を作っては、子供達にやらせて小銭を与える事にしました。
そうなると今度は子供達は、その仕事欲しさに明け方から押しかけてきます。
「エライ事になってしもうた!!」
もう漁船員達は暇を持て余すどころではりません。 夜明け前から子供達の為に仕事を用意しなくてはならなくなったのです。
エンジンの修理が終わって、この港を出た時は、一同ホッとしたそうです。
飢えた人には魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えよ
しかし考えてみればこの子供達は皆、日本の漁船員と同様、海辺で生まれ育ったのです。
日本の遠洋漁船の船員の大多数は、海辺の漁師の家に生まれ育った人々です。 だから子供の時から釣りはしています。
でも同様に海辺で生まれ育った南アフリカの子供達は、釣りをした事がなかったのです。
釣りの道具は実に簡単で安価な物であったにもかかわらず、彼等は飢えて切実に魚が欲しいにもかかわらず、釣りをしなかったのは、つまりは彼等には釣りができなかったからではないのか?
「飢えた人には魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えよ」と言う話しは、必ずしも全ての人に適用できないのではないか?
ワタシがこの本を読んだのは70年代末だったと思います。
当時、南アフリカ共和国はまだアパルトヘイト政策を行っていました。
一方、日本は順調な経済成長に自信満々でした。
そして日本式で頑張ればどんな国だって経済成長できるはず信じて、せっせとアジア・アフリカ諸国に経済支援をしていました。
ワタシもそれを信じていました。
その時散々言われたのが「飢えた人には魚を与えるのではなく、釣りの仕方を教えよ」でした。
しかし牛島氏の体験は、文字通りこれを真っ向否定する話しでした。
だからこの話には大変な衝撃を受けました。 それで今でも覚えているのです。
因みにワタシは当時、梅棹忠夫等京都大学人類額研究室のアフリカでのフィールドワークに関する本が好きでよく読んでいました。
そこで梅棹研究室の研究員達が、アフリカのサバンナや密林で狩猟採集や遊牧や原始的な農業をしている人達の事を書いてました。
それを読んでいると結構楽しいのですが、どうもこれ等日本人の研究者達は、アフリカ諸国が近代化の為にやっている教育の普及などには、懐疑的なのです。
文化人類学の研究者なんて元々政治的な問題には関心の薄い人達だし、原始生活には限りないシンパシーを持つ人達だと言う事は考えておくべきなのでしょう。
しかし彼等は明らかに「アフリカ諸国も教育さへ進めば近代化して豊な社会になる」と言う、近代化論は全然信じていないようでした。
むしろ原始的な農業で暮らしてた村の子供が、小学校程度の教育を受けると、それでもう村の暮らしが馬鹿馬鹿しくなって都会へ出てしまう。 しかしその程度の教育で都会に出た所で、仕事はなくそのまま遊民化して、スラムを作るだけ。
などと書いていたのです。
哀しいけれど今のアフリカを見ていると、梅竿等の言う通りだと思わざるを得ません。
しかもそれがアフリカの人口爆発でスーパースケールになってしまい、農村に飽き足らなくなった若者達は、ヨーロッパに押し寄せているのです。
しかし釣りを学べない人々が、ヨーロッパでは職と社会規範なら学べるのでしょうか?
けれどもこの問題を根源的に見直す話しは一切出てきません。
それどころかマララさんはノーベル平和賞受賞し、ユニセフは毎日シツコクface bookに途上国の子供への教育支援の募金の広告を貼っています。
そうですね。
現実がどうあろうと、このまま頑張り続けるしかないのです。
黒人には「釣りは学べないかも?」何ぞと言おう物なら、レイシストとして国際社会から抹殺されちゃいますから。
因みにアフリカ人が全て釣りができないわけではありません。
それどころかヨーロッパ文明が入る以前から、漁労で生活してきた部族は沢山あります。
そもそもアフリカの黒人と言うのは、単一の人種とも言えません。
なぜなら肌の色も、部族によって薄い褐色から殆ど真っ黒までと色々違うし、体形も細身で華奢なモデル体型の部族もあれば、ずんぐりガッチリ型の部族もいます。
肉体的な特徴一つとってもパヨクの大好きな多様性に満ちているのです。
しかしこれはこれで部族対立を先鋭化する理由になっているようですが。