2017-08-01 14:00

道徳の強制はファシズムである 反差別

 カカシさんがまた興味深い話しをエントリーしてました。

 トランスジェンダー押し付けも肥満奨励も同じ穴のむじな

 こういうの見ていると、今の絶対正義になっている反差別ファシズムの本質が良くわかります。

 反差別ファシズムって、つまり思いやりと道徳の強制なのです。

254

 このエントリーで取り上げられているトランスジェンダーの人のように、生理がありながら自分自身では自分を女性と認識できないと人は大変辛いと思います。

 何しろ自分が自分自身に感じている違和感ですから、何処に行っても逃れる術はないのです。

 ワタシだって自分の体が突然男性になったら、違和感に苦しみ続ける事になると思います。

 こういう苦悩を抱えているので、トランスジェンダーの人は自殺したり精神障害を抱え込む人が、異常に多くなるのでしょう

 これは同じ記事でカカシさんが取り上げている肥満も同様です。 健康上の問題は別としても、現在の美人の基準から言えば肥満は最悪なのです。

 だから皆何とか痩せて、スリムな美人になりたいのです。 しかしなかなか痩せられません。

 だから肥満した人は結構辛い思いをします。

256

 このように辛い思いをしている人々を、嘲ったり、或いは不躾な好奇の目だけで対応するのは不道徳です。

 人間であれば不幸な人々には、思いやりを持って対応するべきなのです。

 しかしこれはあくまで道徳規範なのです。

 道徳と言うのはあくまで個人が自分自身に課す規範であって、他人に強制するモノではありません。

 況や道徳を盾に、他人に思いやりを強要する、集団で他人を吊し上げるなんて論外です。

 まして生理があると言う厳然たる事実にも拘らず、「オレは自分を男だと思うから、オマイラもそう思え!」などと言うのはもう無茶苦茶でしょう。

 道徳規範を他人から強要されるだけでも不愉快なのに、「現実認識を自分に会わせろ!!」などと言われたら、もう幾ら不幸な人であっても同情するどころではありません。

 彼等は一体何の権利があって他人に自分の道徳規範や、現実認識までも強制するのでしょうか?

2017y08m01d_144657462

 しかし現在の社会では、こうした一部の弱者への思いやりと言う道徳規範が、完全に道徳規範本来の意味から逸脱し、「絶対正義としてこの正義に社会に合わせて現実を変えろ!!」「正義に合わない現実を認識してはならない!!」と言う方向に進んでいるのです。

 だからトランプ大統領がトランスジェンダーの軍隊への入隊を禁止しようとすると、大騒ぎになりました。 
 
 トランプ大統領「軍にトランスジェンダー認めぬ」

 イヤ、そんなに騒いでもさ、トランスジェンダーの人達はトイレ一つで大騒ぎしているんでしょう?

 軍隊は究極の集団生活なんだよ、それで軍隊に入れるの?

 そりゃ平時ならお金さへ掛ければ、兵舎にもトランスジェンダー用の個室やトイレを作り、軍の費用でホルモン治療をすることだって可能だよ。

 でも戦場でそれができるの?
 
 「男子トイレには入れないから、ホルモン治療ができなくなるから、戦地には行けない」なんて言う軍人は困るんだよね。

 そもそも軍隊ってこういう集団生活とか強制されるから、普通の人間にもそんなに人気のある商売じゃないんだよね。

 それなのにトイレ一つで悩むトランスジェンダーの人で、敢えて軍隊に入りたい人ってどのぐらいいるんだろうか?

264

 マジにこれってそんなに大騒ぎするような問題なのでしょうか?
 ホントにトランスジェンダーの人々を助けたいなら、こんな事で騒ぐ暇に精神的なケアをするシステム制度でも作るべきでは? 

 だってホントに自殺者が多いのですから。

 でも現実的には意味がなくても、理念を盾に大騒ぎするってパヨクの流儀で、特にLGBTではこれが徹底しているのです。

265

 ジャックさんが何度も取り上げいらっしゃいますが、日本ではパヨクが同性婚を認めろと騒いでいるのですが、しかし現実にはこの手の制度を作っても利用する人が殆どいないのです。
 
 なぜなら日本の場合は、生涯添い遂げようと言う同性愛カップルは殆ど養子縁組で、遺産相続などの法的な問題をクリアしてきたからです。

 それどころか同性婚を認めているフランスのような国の同性愛者の中にもこんな意見があるのです。

 私はホモだがゲイではない 同性婚に反対するフランスの同性愛者

 ここで紹介された人が言っている事が余りにマトモで常識的なので驚きます。 と言うか、反LGBT差別を喚く同性愛者がオカシイのばかりなので、同性愛者は皆オカシイのではないかと言う錯覚を持ってしまうのですが、実は反LGBT差別先進国フランスでさへ同性婚に反対する同性愛者が沢山いて、ホントに同性婚をする同性愛者など超少数派だと言うのです。

 あらら、これじゃ同性愛者への差別と偏見を煽っているのは、反LGBT差別を喚いている連中じゃん。

 しかしこうした超少数派を盾に、非現実的な要求を理念を元に振り回すと言うのが、洋の東西に限らないパヨクの原則なのです。

 こうしてみると彼等の反差別運動の本質は何なのでしょうか?

268

 ワタシの記憶では反差別が絶対正義になったのは、70年代アメリカで公民権運動が起きて以降です。

 この運動が成功して人種差別禁止が確定して以降、人種差別だけでなく「差別」と名が着く物は全て絶対悪となりました。

 そしてマイノリティを自称する人達は、自分達に不都合な事は全て「差別!!」と言い、相手を「レイシスト!」「差別主義者!」と非難するようになりました。(蓮舫なんか典型ですね)

 またイスラム教への批判など人種と一切関係ない批判でもなぜか「人種差別」と言うようになりました。

 そして差別されるマイノリティの種類もドンドン増えて、そして遂にLGBTもその仲間に入りました。

 この過程で、反差別絶対悪は言論界のカルトと化して行き、反差別を理由にすれば、ヨーロッパなどでは政府による言論弾圧も普通に行えるようになりました。

 そして「自分は差別されている」とする自称マイノリティに対する批判は全て封殺されるようになってしまったのです。

276

 しかしこれはオカシイでしょう?

 なるほど弱い立場にある人、不幸な人を、嘲ったり、好奇の目で見たりするのは不道徳です。
 不幸な人、弱い人には思いやりを持って接するべきなのです。

 また一般道徳では人は全ての人をその属性や外見で判断せず、平等に対応するべきです。

 そしてワタシもこの道徳に従って生きています。

 しかし元来道徳と言うのは人が自分に課す規範であって、他人に強制するモノはありません。 なぜなら道徳は個人によって違うし、同じ道徳律を共有する人の間でも、個別の事象をどう判断するかは違うからです。

 だから民主主義国家では国家権力が道徳を強制しません。 イヤ民主主義国家が道徳を国民に強制する事など絶対に許されないのです。
 
 なぜなら民主主義国家は国民には、思想宗教信条の自由を保障しています。 そして思想宗教信条が違えば、道徳も違うのです。

 そして民主主義国家が国民に保障している平等は、自国民の法の下の平等だけです。

 これでは国家権力が個人に対して他の個人を平等に扱う事を強制する事はできないのです。

 つまり「人を平等に扱え、差別なするな!!」と言うのは、個人に関してはあくまで道徳規範以上でしかあり得ないのです。

 ところが現在の欧米や日本では、この道徳規範が法を超えた正義となり、マスコミが他人を吊し上げる、徹底的に攻撃する事を扇動しているのです。

278

 そこで最初の話に戻ります。

 なるほど性同一障碍を抱えて生まれて、生理があっても自分を女性と認識できない人、肥満して醜い姿になってしまった人は不幸です。

 だからそういう人を嘲ったり、無暗に好奇の目で見たりするのは不道徳です。

 しかしそれはあくまで道徳なのです。 他人がそういう不道徳な事をしているからと言って、集団リンチに掛けて良いわけはないのです。

 ところが現在、反差別絶対正義を信奉する人々は、こうした集団リンチを絶対正義の行動だと信じているのです。 そしてこれをマスコミや一部の政治家までもが扇動しています。

286

 これは民主主義国家としてオカシクはありませんか?

 いかに道徳的な事でも、法を超えてそれを他人に強要する社会と言うのは当に全体主義社会、ファシズム社会ではないのですか?

 なるほど差別は不道徳です。

 しかしあくまで道徳に過ぎないのだし、民主主義社会では他人に道徳を強制する事は許されない。

 民主主義を守りたい、言論の自由、表現の自由、そして思想主教の自由と言う基本的人権を守り続けたいなら、この基本原則をもう一度思い返すべきではありませんか?
  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(2)

コメント

こんにちは。
確かに道徳やモラルは強制する物でもなく公序良俗に反しない限り法律で規制するものではありませんね。
ただし道徳やモラルは何も教えなければ自然と身につくわけではなく親や周りの人たちから伝承され、それが民族性や地域性、小さくは家風というものになるのでしょう。
でも一歩間違うと道徳教育ハンターイ、教育勅語ハンターイと極端な主張をする人たちが出てくるわけですね。
教育と押し付けは全く違うものですけどね。
  1. 2017-08-02 08:52
  2. URL
  3. kazusa #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> こんにちは。
> 確かに道徳やモラルは強制する物でもなく公序良俗に反しない限り法律で規制するものではありませんね。
> ただし道徳やモラルは何も教えなければ自然と身につくわけではなく親や周りの人たちから伝承され、それが民族性や地域性、小さくは家風というものになるのでしょう。
> でも一歩間違うと道徳教育ハンターイ、教育勅語ハンターイと極端な主張をする人たちが出てくるわけですね。
> 教育と押し付けは全く違うものですけどね。

 道徳の強制はファシズムですが、しかしそれは成人への話でしょう?

 子供は親や教師から道徳を強制される事によって、ちゃんとした大人になるのです。

 パヨクの発想はその辺りが狂っていて、大人には自分達の道徳を強制するくせに、子供には基本道徳を教えなくて良いと言うのですから。
  1. 2017-08-02 12:34
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する