2017-07-17 21:55

旧日本郵船小樽支店

 6月30日、小樽へ行った時、旧日本郵船小樽支店を見学しました。

472
 
 この旧日本郵船小樽支店は、明治23年に造られた小樽を代表する洋風建築です。

479
 
 ワタシは小樽の街が好きで何度も行ったのですが、実は旧日本郵船小樽支店を見たのはこの時が初めてです。 ここは小樽運河の東の端で、観光の中心地からは少し離れているのです。

481

 しかしここは直ぐ前に小樽運河、後ろには嘗ての国鉄手宮線を控え日本郵船の業務には最高の場所でした。

485

 建物は木骨石造の重厚な造りで、内装には当時の職人達が技術の粋を尽くしました。

506

 内部の照明には今も当時のエジソン電球が使われていて、透明なガラスの中で煌めくフィラメントが幻想的です。

483

 写真ではわかりませんが、窓には防火用の鉄の鎧戸が取り付けられ、全館スチーム暖房でした。

495

 こうした機材は当時最新鋭で、日本では製造できず海外から取り寄せてました。
 当時としては最新、最高級の建築だったのです。

508

 その為、日露戦争後、日本とロシアで締結された千島樺太条約締結の為の日露交渉の会場になりました。

512

 ここのガイドさんは「ロシア人もハラショーと言っただろう」と我が物であるかのように胸を張りました。

544
 
 しかし気の毒だけれど、多分ロシア人は全然感動はしなかったでしょう。

545
 
 だって普通にロシア映画、旧ソ連映画を見ていればわかりますが、この程度の建物はロシアでは地方の役所や小地主の屋敷程度です。

549

 ワタシはこういう古い建築が好きなだし、こういう物を造った明治の人々や、またそれを大切に守り続けた人々は尊敬します。

543
 
 しかし明治の洋風建築は、少なくとも本場ヨーロッパの基準から言えば到底豪華とは言えないのです。

519

 実際、以前ヨーロッパ旅行をした時、観光客に公開されている建物の豪華さもさることながら、銀行や郵便局など観光用でもなんでもなく普通に使われている建物の豪華さに目を瞠った事が何度もありました。

521

 お金を降ろそうと入った銀行でふと天井を見上げると、金色に輝くバロック風の見事なスコッタで覆い尽くされていて、驚いて暫くぽかんと見上げていた事があります。

528
 
 あんな凄い建物、日本にあったら見物人が押し寄せて銀行業務どころではあるまいと思いました。

530

 個人の邸宅などは更に差が大きいです。
 以前、明治村で西郷従道邸を見た事があります。
 
 しかしあれはどう見ても欧米の標準なら、小金持ちの家で大臣の邸宅ではありません。

567

 ワタシはBBCの「名探偵ポアロ」や「シャーロック・ホームズ」などのドラマが好きなのですが、しかしあれを見る楽しみは推理以上に舞台となる邸宅です。

 であれを見ると、西郷従道邸では大富豪や大臣のレベルには到底届かないのです。

534

 勇名な鹿鳴館でも実は西洋建築としては超安普請でした。 鹿鳴館の舞踏会に出た日本人も貧乏くさくて、女子学生などドレスの下に新聞紙をまいてスカートを膨らませていたのです。

538

 本来ならフープかパニエを入れるべきなのですが、しかしドレスは写真など参考に作っても下着がどうなっているかはわからないの、スカートが上手く膨らまず、仕方なく新聞紙を入れたりしたのです。

576

 それだって当時の庶民から見れば豪華絢爛で、時の政府の評判を随分と落しました。
 
 一方外国人から見ると、何とも情けないミットモナイ舞踏会で、全然尊敬を得るどころではなかったようです。

556

 けれどもワタシはそれでも良かったと思います。
 
 なぜなら当時の明治政府はそれでも世界有数の陸海軍を作り日本の防衛義務を果たしました。
 そして日本を近代化に成功し世界の一流国にしたのです。

 ロシアはド田舎の地主屋敷でも、明治を代表する洋風建築よりは遥かに立派でしたが、殆どの国民は学校にも行かず、農民は文盲と言うのが常識でした。

559

 一方イギリスは同じ時代、日の没する事のない大帝国でした。 
 だからワタシはイギリス人は当時からさぞ豊に暮らしていただろうと思っていたのです。

 しかし実際にイギリスで女中として生きた女性の回想録などを読むと、娘を女中にするような貧農や女中の生活など、実に無残な物でした。

560

 この回想録を書いた女性は実はワタシの祖母とほぼ同じ年代でした。 
 そしてワタシの祖母も彼女と同様に、貧農の出て、これまた彼女と同様に尋常小学校を卒業すると直ぐに女中奉公に出たのです。

 それでワタシは祖母から女中奉公をしていた頃の話や、子供時代の話をいろいろ聞いていたのですが、どう見ても貧農としての生活レベルも、女中の待遇は日本の方が良いのです。

595

 そ、それじゃあの広大な植民地の富は何処へ行ったのだろうか?

 あれは皆あの豪華絢爛な中流以上の人々の家屋敷や生活に使われたのです。

431

 イギリス人の庶民がイギリスの富の恩恵にあずかるようになったのは、実は戦後、労働党政権が福祉政策を取るようになってからです。

 しかしその頃既に植民地は全て喪っていたのです。

443

 それを思うと、明治の洋風建築は実に健気と言うか、明治の人々が豪華な建物などよりも、国民教育の向上や国家の近代化にエネルギーを費やした事の証明なのです。

611

 だからワタシはそのことを誇りに思うのです。

  1. 札幌の四季
  2. TB(0)
  3. CM(8)

コメント

さすがは本物の階級社会ですね

>だって普通にロシア映画、旧ソ連映画を見ていればわかりますが、この程度の建物はロシアでは地方の役所や小地主の屋敷程度です。

……なるほど。
ロシアで革命が起きた理由が分かりました。
  1. 2017-07-18 08:03
  2. URL
  3. kurenai #-
  4. 編集

本当だ、ヨーロッパを見た後でこれを見るとそんなに豪華に見えませんね。そりゃそうよね、所詮マネッコなんだから。

でもレトロ建築には当時の日本人の夢や憧れや情熱がこもっていて、そこが魅力かもしれません。


建築を我がものとし始めた日本人の作品は素晴らしいです。

京都大山崎町にある「聴竹居」。



英国ドラマ、同じ理由で私も好んで見ています。

外国人であるポアロの英国社会での立ち位置も面白いですよね。

すでに確固たる地位にあるポアロに対しても平然と排外的な態度をとる英国人もいます。

これが外国に住むということなんでしょう。

アタリマエのことなんです。
  1. 2017-07-18 09:47
  2. URL
  3. 鳴子百合 #-
  4. 編集

Re: さすがは本物の階級社会ですね

> >だって普通にロシア映画、旧ソ連映画を見ていればわかりますが、この程度の建物はロシアでは地方の役所や小地主の屋敷程度です。
>
> ……なるほど。
> ロシアで革命が起きた理由が分かりました。

 そうですね。 そもそもロシアの近代化が遅れた理由もわかります。
  1. 2017-07-18 10:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 本当だ、ヨーロッパを見た後でこれを見るとそんなに豪華に見えませんね。そりゃそうよね、所詮マネッコなんだから。
>
> でもレトロ建築には当時の日本人の夢や憧れや情熱がこもっていて、そこが魅力かもしれません。

 明治の人々が見た夢が今も宿っているのでしょうね>
>
> 建築を我がものとし始めた日本人の作品は素晴らしいです。
>
> 京都大山崎町にある「聴竹居」。
>
 一度みたいです。 涼しい季節に行きたいです。
>
> 英国ドラマ、同じ理由で私も好んで見ています。
>
> 外国人であるポアロの英国社会での立ち位置も面白いですよね。
>
> すでに確固たる地位にあるポアロに対しても平然と排外的な態度をとる英国人もいます。
>
> これが外国に住むということなんでしょう。
>
> アタリマエのことなんです。

 ポアロは建物と共にファッションも素敵ですよね。 特にポアロの完璧なお洒落振り、容姿の欠点を超えてこれぞお洒落な紳士と言う服装です。

 ああいうの見るも海外ドラマの楽しみです。
  1. 2017-07-18 10:13
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

さすがは本物の階級社会ですね

皆さまはご存知でしょうけど。
NHKの日曜深夜英国ドラマ、「ダウントン・アビー華麗なる英国貴族の館」シリーズが時代背景、身分制度、貴族の生活を完璧に時代考証を行ったとのことで、素晴らしい歴史が勉強に成りました。
お勧めです。
  1. 2017-07-18 11:27
  2. URL
  3. トラウマ #RWLNmTs6
  4. 編集

Re: さすがは本物の階級社会ですね

> 皆さまはご存知でしょうけど。
> NHKの日曜深夜英国ドラマ、「ダウントン・アビー華麗なる英国貴族の館」シリーズが時代背景、身分制度、貴族の生活を完璧に時代考証を行ったとのことで、素晴らしい歴史が勉強に成りました。
> お勧めです。

 面白そうですね。 テレビがないので、何処かの無料動画に出たら見る事にします。
  1. 2017-07-19 11:35
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

東京の近代建築物は

関東大震災の前後で全く変わります。

大震災後に作られた公共建築物は堅牢かつ重厚、質実剛健にして簡素という物がほとんどになります。
中央官衙や、公共施設、病院、学校等はこれでもかよ言うほどの壁の厚みと柱の太さを競ってます。昭和初年の東京の新しい建物は皆これで、この手のものは戦災にも強く東京の古くからの小学校などは今もその頑健さを示しています。

フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルが殆ど被害がなかったことからこの手の強固な建物が増えたわけですが、逆に言えば明治期の建物がいかに安普請であったかを示しています。

戦前は色々言われる社会ですが小学校や公共施設に優先的な工事を行った東京市の姿勢は評価されるべきでしょう。
こちらを参照

https://ja.wikipedia.org/wiki/復興小学校

この多くは100年後の現役だと言われています。

よさん、それにしても更新が早すぎるわあ
ついていけんわ。
  1. 2017-07-23 12:54
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: 東京の近代建築物は

> 関東大震災の前後で全く変わります。
>
> 大震災後に作られた公共建築物は堅牢かつ重厚、質実剛健にして簡素という物がほとんどになります。
> 中央官衙や、公共施設、病院、学校等はこれでもかよ言うほどの壁の厚みと柱の太さを競ってます。昭和初年の東京の新しい建物は皆これで、この手のものは戦災にも強く東京の古くからの小学校などは今もその頑健さを示しています。
>
> フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルが殆ど被害がなかったことからこの手の強固な建物が増えたわけですが、逆に言えば明治期の建物がいかに安普請であったかを示しています。
>
> 戦前は色々言われる社会ですが小学校や公共施設に優先的な工事を行った東京市の姿勢は評価されるべきでしょう。
> こちらを参照
>
> https://ja.wikipedia.org/wiki/復興小学校
>
> この多くは100年後の現役だと言われています。

 なるほどね。
 ところでワタシはこの小樽にある木骨石造建築、地震でどうなるか凄く心配なのです。 

 小樽は明治以降大きな地震を経験していないのです。

 で、こういう木骨石造の倉庫など今は多くが、店舗になって観光客が沢山入っています。 もしあれが地震で崩壊したら?

 それを考えると凄く怖いんですけどね。
>
> よさん、それにしても更新が早すぎるわあ
> ついていけんわ。

 済みません。 一応毎日一回更新をめどにやっています。

 どうか無理はしないで、面白そうな所だけ読んでコメントを下さい。

 
  1. 2017-07-24 11:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する