2017-07-03 16:00

ペリクレス一強 ギリシャ人の物語

 古代ギリシャ、アテネの黄金時代と言うのは、ペリクレスの時代です。
 彼こそはアテネの民主制を最高レベルにまで高めた人物であり、またアテネの経済・軍事力を最大限に拡張した人物でもあるのです。

 しかし一方でペリクレスを独裁者と言う評価もあります。
 ツゥキディテスは「戦史」の中で、ペリクレスの時代を「民主制と言いながら実は一人の男が支配した時代」と言っています。

 それではペリクレスの「独裁」とはどういうモノだったのでしょうか?

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 まずペリクレスの地位ですが、これはアテネの行政を仕切る10人の行政官ストラテゴスの一人でした。

 アテネは全部で10の選挙区に分けられており、この選挙区ごとに毎年選挙でそれぞれ一人ずつストラテゴスを選びます。

 アテネの行政はこの10人のストラテゴスが合議制で行います。

 ストラテゴス10人は全員平等な立場で、また日本の閣僚のように防衛大臣、厚生大臣、文科大臣などと言った仕事の守備範囲が決まっているわけでもありません。

  また戦争をする場合、ストラテゴスの中から指揮官が選ばれます。

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 因みにこの時代職業軍人と言うモノは、概念としてさえも存在していないので、シビリアンコントロールとかそういう発想はないです。
 
 ペリクレスも何度か軍の指揮官として戦場に赴いた事はありますが、しかし軍指揮官として能力は、「そこそこできる」程度でした。 

 親友で古代ギリシャを代表する悲劇作家ソフォクレスも同様にストラテゴスになり、軍を率いて戦った事もあるのですが、ペリクレスはソフォクレスよりは少しマシだったようです。

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 軍事的には特に才能はない。
 政治家としては10人のストラテゴスの一人にすぎない。

 それでは何でペリクレスが「一人の男が支配する時代」を作れたのでしょうか?

 まずペリクレスはストラテゴスに何と連続30回当選しています。

 34歳で初当選してから64歳で死ぬまで、延々と30年連続当選し続けたのです。
 このようなストラテゴスは他に居ませんでした。

 だから他のストラテゴスに比べて圧倒的な政治経験を持つ事になりました。 

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 またストラテゴス同志の意見が分かれた場合、また開戦やその他重要課題では、市民集会で採決します。

 この時、それぞれストラテゴスやまた一般市民が自分の意見述べる演説をするのですが、ペリクレスの演説は非常に説得力があって、殆どの場合ペリクレスの意見が通ったのです。

 つまり「一人の男が支配する」と言っても、ペリクレスの場合は完全にアテネの民主制を守り、その結果としてペリクレスの意見が通ると言う形での「支配」なのです。

 軍人としての能力は今一だし、そもそも支配権を持つ地位にいるわけでもない。
 しかし政治家としては他のストラテゴスを圧倒する能力と実績がああるので、結局皆ペリクレスの言う事に皆従う嵌めになる。

 これがペリクレスの独裁なのです。

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 ところでそのペリクレス当人は一切独裁的に振る舞わないばかりか、その真逆で保守派の人達の顰蹙を買う程、アテネの民主化に邁進します。

 ペリクレスがストラテゴスになった当時からアテネでは、所得や門地に関係なく全市民が参政権を持っていました。 

 しかし当時は公職には給与は出ませんでした。 それどころか職務遂行に必要な経費も出なかったようです。

 これだと幾ら被選挙権があっても、日々の生活の為に働かなければならない人々は、公職に就くことはできませんでした。 そこでペリクレスは一部の公職には給与を支給し、その生涯を通じて範囲を広げていきました。 これにより出来る限り多くの市民に政治参加の機会を与えようとしました。

 議員を無給にしろと言う意見は日本でも盛んですが、現実にはそんなことをすると議員に立候補できるのは富裕層か、或いは後ろに怪しげな支援者がいる人間だけになってしまいます。 

 しかしペリクレスの時代には、公職に給与を支払うと言う考えには相当な抵抗を持つ人が多かったようです。 例えばペリクレスの死後四半世紀余経ってから生まれたプラトンでも、これを「市民を物乞いにした」と非難しているのです。

 その意味でもペリクレスは当時としては、驚くほど民主的な政治家だったと言えます。

 唯しこれは穿った見方をすれば、ペリクレスはこのような政策で一般有権者を味方につけて、他のライバルの優位に立ったとも言えます。

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 ともあれこのように極めて民主化に熱心だったペリクレスですが、彼自身はアテネ一の名門で大富豪の生まれです。

 以前も少し紹介した事があるけれど、ペリクレスの提言で始まったパルテノン神殿の建設に反対意見が出た時、ペリクレスは「それなら今後神殿建設は私の自費で続ける。 その代り、完成したら『ペリクレスが建設した』と言う碑文を置く事にするが、それで良いか?」と言い返したのです。
 
 反対派はこれに負けてパルテノン神殿の建設はアテネの国費で続けられる事になりました。

 しかしこれで反対派が負けるのは、つまりはペリクレスにはその気になればパルテノン神殿の建設費を自費で賄う財力があったからでしょう。

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 現実を見るとペリクレスが民主化に励んだとは言え、アテネと言うのは大変な格差社会で、ストラテゴスのような最高クラスの公職に就けるのは大富豪だけでした。

 アテネの民主制が確立してからストラテゴスに就いた人間で、大富豪でなかったのはテミストクレスぐらいです。 

 テミストクレスはアテネ海軍を創設し、更にサラミスの海戦でペルシャ軍を破りアテネを防衛し、エーゲ海の制海権を確保してその後のアテネ繁栄の基礎を築いた人ですが、彼はソクラテスなどと同様の中産階級出身でした。

 このテミストクレスと言う人は、政治でも軍事でも人間離れした天才としか言えないんですよね。

 逆に言えば幾ら有能でも普通の人間である限り、資産なしにストラテゴスになる事は不可能な社会だったのです。

 だって給与が出ないばかりか政党助成金その他の経費も一切でないのです。 それどころか情報収集や海外首脳の交際に必要な経費なども全部自腹になるような制度ですから、到底貧乏人に勤まる仕事ではないのです。

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 因みにペリクレスは国内には民主化のチャンピオンとして振る舞うと共に、海外の首脳とはアテネ一の名門の当主であり、富豪として交友重ねました。 特にスパルタ王アルキモダスとは親友になり、アルキモダスは毎年ペリクレスの別荘に滞在すると言う関係でした。

 ペリクレスは外交ではこうした個人的縁故をフルに使って、アテネの国益を追求しています。

 そして曲芸のような凄い外交をやってアテネの植民地を拡大していったのです。
 
 アテネ市民はこのようなペリクレスの能力を評価して、30年連続当選、そして10人ストラテゴスの一人であるはずのペリクレスによる「一人の男の支配」と言う体制を支持していたのです。

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 しかしこのペリクレスも最晩年に市民集会でストラテゴスを解任される事になります。

 ペリクレスの死ぬ二年前にペロポネソス戦争が始まりました。
 この戦争に着いて書き始めるときりがないので、原因等はここでは触れません。

 ともかくアテネが盟主であるデロス同盟と、スパルタが盟主であるペロポネソス同盟が全面戦争になったのです。
 
 そしてスパルタ軍がアテネ近郊の農村地帯を荒すようになりました。
 
 そこでペリクレスは安全の為に農村地域在住の市民を全員、アテネ市内の城壁の内側に避難させました。 アテネは実はこの時代から食料は自給不能で黒海沿岸やエジプトからの輸入に頼っていました。 
 
 海軍力で圧倒的なアテネは、全市民が市内に避難しても食料は幾らでも輸入できるのです。 しかし過密化した市内では公衆衛生が劣悪になり、疫病が発生しました。

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 ツゥキディテスはこの悲惨な有様を克明に描いているのですが、実は彼自身この疫病に罹ったのです。 
 ペリクレスはこの疫病で二人の息子と妹を喪いました。

 最富裕層でもこのような状態ですから、生活環境の悪い下層階級の市民からはどのぐらい犠牲者が出たか想像もつきません。

 余りにも死者が多かった為、火葬も埋葬も間に合わず、街中のそこここに遺体が放置されていたと言います。

 この悲惨さに耐えかねた市民達が、怒りにまかせてペリクレスを弾劾したのです。 「全てはペロポネソス戦争の開戦を提言したペリクレスの責任だ!!」と。

 ペリクレスはこの弾劾を一度は、いつものように冷静で見事な演説で跳ね返しましたが、しかし結局はストラテゴスを解任されて、しかも罰金まで課せられました。

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 こういうのを見ると思うのです、結局人間の忍耐には限界があり、幾ら理屈でわかっていても忍耐を超える悲惨な状態に追い込まれると理性なんか吹き飛ぶのだと。

 それまでペリクレスの見事な政治が評価されてきたのは、市民生活が安定しており、市民が冷静を喪うような状況に陥らなかったからだと。

 そうですよね。 街を歩いたらそこここに死体が放置されているような生活では、冷静でなんかいられるわけはないのです。

 因みにこの疫病はこの後も何度か繰り返してアテネを襲いました。

 そしてアテネがこの疫病による人口減その他のダメージから立ち直るのには15~16年を要したのです。 但しその間もペロポネソス戦争は続いていました。

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 けれども翌年、ペリクレスの選挙区は再度ペリクレスをストラテゴスの選出しました。 そしてその後、アテネ軍の勝利で罰金刑の方も有耶無耶になりました。

 しかしペリクレスここでペリクレスの命が尽きました。 病名はわかりませんが間違いなく病死でした。
 享年64歳でした。

 こうしてアテネのペリクレス一強時代は終わりました。
 
 その後、アテネにはペリクレスのような強力なリーダーは現れませんでした。 

 リーダー不在となったアテネはペロポネソス戦争を終結させる事ができなくなりました。 スパルタ側から何度か和平の申し入れはあったのですが、しかしその度に感情論から反対意見が出て和平案を蹴とばしてしまうのです。

 こうして延々と戦い続けた挙句に最後にスパルタに無条件降伏する事になってしまうのです。

 これが30年間アテネを支配した一人の男の物語です。

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 民主主義って何だ?

 しみじみ考え込んでしまいます。
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コメント

おはようございます。

夏の港の風景は明るくていいですね。仮初でも「希望」ってやつを感じます。そう言えばBSで先日「今日のアテネは40度」とかいってました。

日本の議員報酬は大きすぎますね。職業として政治家を選ぶのはどうかなあと思うんです。
「政治でなにをするか」でなく「政治家であり続けるため」に行動しますから。


  1. 2017-07-04 09:14
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  3. 鳴子百合 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> おはようございます。
>
> 夏の港の風景は明るくていいですね。仮初でも「希望」ってやつを感じます。そう言えばBSで先日「今日のアテネは40度」とかいってました。
>
> 日本の議員報酬は大きすぎますね。職業として政治家を選ぶのはどうかなあと思うんです。
> 「政治でなにをするか」でなく「政治家であり続けるため」に行動しますから。

 議員報酬を幾らにしたら正当化と言うのは難し話しです。 高橋洋一は東京都議会始め、地方議会は無償で良いと言っています。
 
 確かに無償で定年退職した人達などが務めれば良い面はあるのでしょう。

 しかし国会議員や閣僚となるとどうなのか?

 結構難しいですね。
  1. 2017-07-04 10:56
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  3. よもぎねこ #-
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プライムニュースの西部邁

「チャーチルは『民主主義は最低よりは少しはマシ』と言ったがあんなのは嘘っぱちだ」

「民主主義というのがどれほど最低で恐ろしい結果を生むのか骨の髄まで知っている人たちだけでやって、やっと少し大人の政治ができるかなと言う程度のものだ」

「トランプ君は壁を作れないだろうけど、壁を作るという彼の気持ちは僕にはよく分かる」

「アメリカというのは『国』ではないんだ。北海道を60倍しただけだ」

「馬鹿マスコミがせいぜい母数数千のアンケートかなんかやって内閣支持率を出せば、選挙に落っこちたくない馬鹿政治家が踊らされてる」

「いいですか、『関税』という言葉には「知る」という意味が含まれている。すなわち『米』の例でいえば「米は我々にとっては大事なものなので関税をかけて他国との貿易から護るべきものである」という「国柄」を知ることに依って、お互いの貿易をやっていこうというものなんだ。それを、竹中?だれだっけ?全くわかってない!僕は25年も前からこれを言ってるんだ!」


西部邁氏のお話を初めて聞いたのは「朝まで生テレビ」だったのですが「民衆を信じない」というのを聞いて「なんてこと言う人なんだろう」とビックリしました。


いっさい遮ることなく話させているBSフジもなかなかですね(本当は当たり前だけど)

そう言えば2chのニュー速で「自分はお金もらってテレビに出てる人の話なんか信用しない。ギャラをはらってるのに好きなこと喋らせるわけないだろう」というコメントが気になりました。
  1. 2017-07-07 21:55
  2. URL
  3. 鳴子百合 #-
  4. 編集

Re: プライムニュースの西部邁

> 「チャーチルは『民主主義は最低よりは少しはマシ』と言ったがあんなのは嘘っぱちだ」
>
> 「民主主義というのがどれほど最低で恐ろしい結果を生むのか骨の髄まで知っている人たちだけでやって、やっと少し大人の政治ができるかなと言う程度のものだ」

 それでは西部は一体どんな制度が良いと言うんでしょうね?
>
> 「トランプ君は壁を作れないだろうけど、壁を作るという彼の気持ちは僕にはよく分かる」
>
> 「アメリカというのは『国』ではないんだ。北海道を60倍しただけだ」
>
> 「馬鹿マスコミがせいぜい母数数千のアンケートかなんかやって内閣支持率を出せば、選挙に落っこちたくない馬鹿政治家が踊らされてる」
>
> 「いいですか、『関税』という言葉には「知る」という意味が含まれている。すなわち『米』の例でいえば「米は我々にとっては大事なものなので関税をかけて他国との貿易から護るべきものである」という「国柄」を知ることに依って、お互いの貿易をやっていこうというものなんだ。それを、竹中?だれだっけ?全くわかってない!僕は25年も前からこれを言ってるんだ!」
>
>
> 西部邁氏のお話を初めて聞いたのは「朝まで生テレビ」だったのですが「民衆を信じない」というのを聞いて「なんてこと言う人なんだろう」とビックリしました。
>
>
> いっさい遮ることなく話させているBSフジもなかなかですね(本当は当たり前だけど)
>
> そう言えば2chのニュー速で「自分はお金もらってテレビに出てる人の話なんか信用しない。ギャラをはらってるのに好きなこと喋らせるわけないだろう」というコメントが気になりました。

 ワタシ、この人嫌いなんですよね。 なんか無暗に尊大で。
 こういう人が民主主義を嫌うのは凄くわかります。

 愚かな大衆が選んだ政治家に自分が支配されるのが許せない!!

 こんな感覚なのでしょう。
 しかしトランプみたいに自分で大統領を目指す根性はないのです。

 アテネも民主主義の悪弊の結果、スパルタに無条件降伏をするのですが、しかし一方で民主主義のお蔭でペルシャ帝国の侵略は退けたし、またギリシャ文化と言われるモノは、殆ど皆ペリクレスとそれ以降、衆愚制時代のアテネで生まれたのです。
 
  1. 2017-07-08 10:35
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  3. よもぎねこ #-
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