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2017-05-27 14:59

あるソマリア女性の半生 神との戦い

 昨日のエントリー「中世に生きる人々 イスラム」に、エピキュリアンさんが下さったコメントには「神殺し」の話が出ていました。

 ヨーロッパの近代化の過程とは、神殺しの過程であり、イスラム世界も近代化するのはこの神殺しが必要だと仰るのです。

 「中世に生きる人々 イスラム」のエントリーでも触れましたが、アヤー・ヒルシ・アリは個人でこの神殺しをやったのです。

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 アヤーン・ヒルシ・アリは1969年にソマリアで生まれました。
 ソマリアはイスラム教の国ですから、アヤーンも当然イスラム教徒として育てられました。

 そして自身も敬虔なイスラム教徒でした。

 しかし1992年、父親から意に沿わない結婚を強制されたことで、オランダへ逃げて難民申請をして、オランダで自活し始めました。

 そしてオランダの価値観を身に着ける過程で、神殺しをしたのです。

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 彼女の自伝「もう、服従しない」は実は、神に服従しないと言う決意です。

 この自伝で非常に興味深いのが、彼女が神への服従を辞める=無神論者になるまでの自身の心理を描いた部分です。

 この為に彼女は必死で、ヴォルテールから始まって、スピノザなどヨーロッパの啓蒙思想や近代哲学を学び続けたのです。

 それは当にヨーロッパが近代以降、続けた神殺しの葛藤を個人で数年間の間に体験すると言う苛酷な物でした。

 こうした葛藤の末に彼女は遂に「もう 服従しない」と決意し、「自分は無神論者だ」と宣言したのです。

 しかしこの為に彼女は親族の全てから絶縁され、イスラム教徒達から、暗殺の危険に晒されるようになりました。 そして現在は暗殺の危険を逃れる為、完全に所在不明状態です。

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 この神との戦いには、誰も勝てるわけではありませんでした。

 彼女の妹は、神との戦いに負けて狂死してしまいます。
 
 彼女の妹は、幼少時からアヤーンより遥かに奔放で、頭が良く、厳しい母親に反抗して自分のやりたい事は何でもやるタイプでした。

 アヤーンは母親に逆らう事ができず、家事を全て押し付けられて、一人でそれをやり続けるのですが、妹は完全に拒否し通すのです。

 しかしその奔放さの挙句に、キリスト教徒の男性の婚外子を妊娠してしまいます。 そして中絶した後、アヤーンの居るオランダに来て、アヤーン同様難民申請をして、オランダで暮らす事になるのです。

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 本来ならオランダでの自由な生活は、彼女のような奔放な女性にとっては願ってもない物のはずでした。 いや、本人もまた姉であるアヤーンもそう信じていたのです。

 ところがオランダに来てほどなく妹は精神状態がオカシクなります。

 難民収容所でまた妊娠して中絶するハメになります。 更に難民申請が認められて姉のアヤーンと暮らし始めると、今度は完全な無気力状態に陥ります。

 彼女はオランダに着てから、自由に生きられる事を喜ぶよりも、中絶をしたことで、神が自分を許さないのではと言う恐怖に苛まれるようになったのです。

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 それでも一旦は回復して、オランダの大学に入学しました。 実はアヤーンもオランダの大学に入学したのですが、しかしアヤーンは知能検査の結果、入学申請は直ぐに認められなかったので、専門学校へ行くと言う回り道をしなければなりませんでした。
 
 ところが妹は一発で入学を認められたのですから、知能検査の結果だけなら、アヤーンより遥かに優秀だったのでしょう。

 アヤーンは、妹は子供の時からアヤーンより遥かに学業成績が優秀だった、自分は妹の何倍も勉強したのに、妹程良い成績は取れなかったと書いています。

 アヤーンはこのような妹の大学入学を喜び、これで妹の将来への不安も消えました。

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 ところが入学後半年程したある日、大学から妹が精神病院に送られたと言う連絡が来ます。
 
 アヤーンが精神病院に駆けつけると、妹は全身打撲で顔は人相が変わる程腫れあがった姿になって、壁をクッションで覆った部屋に監禁されていました。

 妹は大学の寮で「アッラー アクバル」と叫びながら、全身を壁や床に打ち付け続けていたのです。

 そしてこれ以降、妹が正気に戻る事はありませんでした。

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 アヤーンは何んとか妹をオランダに置いて、オランダで精神病の治療を受けさせようとしました。 その為に献身的に妹の看護を続けました。

 親族達はこのようなアヤーンに感動し、父親はアヤーンへの勘当を解きました。 父の薦める結婚を拒否してオランダへ逃げた事で、アヤーンは父親から勘当され、部族全部からも放逐されていたのです。

 しかし一方で親族達は皆、妹は母親の居るケニアに戻し、親族達で介護するべきだと言い出しました。 妹がこのような状態になったのは、つまりは「不信心者たちのせいだから」と言うのです。
 
 そして結局妹は母親の下に帰りました。

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 しかし母親の家での生活でも症状は改善しません。 更にまたどうしてか妊娠してしまいます。

 妊娠が外見からもわかるようになった頃、ある嵐の夜に妹は、「神が自分を捕まえようとしている」と叫び母親の家を飛び出してしまいました。

 母親は人を集めて必死に娘を探しました。
 
 そして翌朝、下半身を血まみれにして倒れている彼女を発見しました。 嵐の中を走り回っている間に流産したのです。

 妹はその後、数日で死にました。
 
 アヤーンがケニアに駆けつけた時には、葬儀は終わり妹は埋葬された後でした。

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 この妹の狂死は、当に神との戦いの象徴でしょう。
 
 実は中世ヨーロッパの話を読んでいて、非常に不思議なのは、大凡敬虔とも信心深いとも思えないような生活をしている人々が、しかし絶対にキリスト教を棄教しない事です。

 例えばイスラムの海賊に捕まって奴隷にされた人々の殆どが、イスラム教に改宗して自由を得るよりも、キリスト教を守って苛酷な奴隷生活を選ぶのです。

 それでは彼等がそれまでキリスト教の教えを守って、正しく清らかな生活をしていたかと言えば全然そんなことはありません。
 女は買うのは当然、船乗りなら機会があれば自分達も海賊をやるぐらいは平気な人達なのです。

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 大体中世では、修道士や娼婦を買うなんて全然問題にもされなかったし、それどころか法皇が女を囲うのだって普通、本来なら絶対禁止のはずの男色を楽しむ法皇だっていたのです。

 中世の人々って現代人からすれば、恐ろしく暴力的で、短絡的で、嘘吐きで、しかも非常に利己的です。
 
 どう考えても現代の不信心な一般人の方が遥かに善良で寛容で思いやりがあり、キリスト教精神に適う生活をしているのです。

 しかしそれでも信仰はどんな事があっても捨てられないのが中世に生きる人々なのです。

 大凡イスラム女性らしからぬ奔放な生活を楽しんでいたアヤーンの妹が、最後まで神を捨てられず、挙句に狂死した事を見れば、こうした中世キリスト教徒の心理も何がしか理解できます。

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 それではアヤーン・ヒルシ・アリがなぜ神に勝てたのか?

 それは彼女が元来非常に真面目で真摯な性格で、少女時代から常に真正面から神と対峙してきたからだと思うのです。

 彼女の性格が見事に顕れるのがオランダへ来てからの生活態度です。

 彼女はオランダで難民申請が通り生活保護が支給されても、「自分には手も足もある」と働き始めました。 オランダの生活保護も日本と同様で、仕事をして収入を得るとその分支給額を減額されます。 

 一方オランダ語が不自由な人間ができる仕事は、単純労働で最低賃金程度の賃金しか得られません。 しかもパートタイムが殆どです。 だから殆ど難民はそのまま働かず生活保護に頼り続けるのです。

 しかしアヤーンはそれでも掃除婦や工場のパートタイムなどをして働くことを選んだのです。
 
 けれども彼女はこれによりオランダ語に習熟する共にオランダの社会を深く知るようになりました。
 
 またこれでオランダ語が完璧になった事で、後にソマリア語の通訳の仕事を得るようになり、これで収入が激増しました。

 このような真摯さと誠実さが彼女の特性なのです。

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 アヤーンはこのように真面目な人ですから、親やコーラン学校で教えられた事は真面目に信じました。 しかし真面目に信じれば、真面目な疑問が出てくるのです。

 例えばアヤーンがまだ9歳の頃、一家は父親の都合でサウジアラビアに移住します。 そこでアヤーン姉妹はメッカのコーラン学校に入るのですが、ところがそのコーラン学校の女性教師は、アヤーン姉妹を黒人としてあからさまに侮蔑するのです。

 また11歳からケニアに移り、思春期にはそこでイスラム原理主義に傾倒するようになります。 しかしそれで真面目にイスラム教の教理を学ぶと解るのは、イスラム教での女性の地位の低さです。

 更にイスラム原理主義者の若者達の集会に参加すると、彼等もまた女性をマトモに人間扱いする意思がない事を思い知らされます。

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 一方ケニアで彼女が通っていた学校の授業は英語だったので、彼女は英語の小説を楽しむようになっており、女性が一人前に扱われ、自由に恋愛をできる世界がある事も知っていたのです。

 またケニアでソマリア人達は難民として暮らしているのに、ソマリア人達はキリスト教徒のケニア人を「不信心者」として侮蔑している事にも違和感を持ち続けていました。

 そして一番決定的なのは、彼女の母親との葛藤でしょう。

 アヤーンの母親は実はソマリア人では稀なアラブ式のイスラム教を頑なに信じていました。

 しかしそれは彼女の家庭と人生を破壊してしまいます。

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 アラブ式に厳格にイスラム教の戒律を守れば、女性は働く事は勿論、親族の男性に付き添いなしには、外出もできません。 だからイスラム教徒の夫は、常に妻の傍にいて面倒を見てやらなくてはなりません。
 
 彼女はこれを夫に要求するのですが、しかし夫つまりアヤーンの父親は、当時のソマリアの独裁政権を相手に反政府活動をしている大物活動家でした。

 彼はその為の投獄されたのですが、同じ部族の出身で彼を尊敬する刑務所長が脱獄させてくれたのです。 しかしその為にこの刑務所長は広場で銃殺されました。

 アヤーンの父親を慕い、そして彼の為に命を捨てるソマリア人は他にも多数いたのです。

 アヤーンの幼少時に一家がサウジアラビア・エチオピア・ケニアなどと次々と転居するのは、こうした父親の政治活動の為です。

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 こんな大物活動家、ソマリアの国士が妻に付き添って毎日買い物の面倒なんか見てやれるわけないでしょう?

 けれども妻はイスラム教を盾にこの要求を絶対に譲らず、ことある毎に夫を責めたてるのです。 
 妻にすればイスラムと言う絶対正義を背負っているので、夫の政治活動など構うどころではないのです。

 結局、夫は家を出てしまいました。

 この夫婦生活の破綻の影響を一番蒙ったのが、アヤーンでした。
 
 母親は夫に捨てられた絶望感から、子供達を虐待するのですが、長男は男子故に溺愛し甘やかし、気の強い妹には徹底的に反抗されるので、結局アヤーンに全ての絶望をぶつけるようになるのです。

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 こうした家庭に育った事が、アヤーンの神殺しの原点だったのかもしれません。
 
 良くも悪くもリベラリスト・革新派には、伝統的な家庭に育ち、てしかもその家庭の内実が不幸だった人が多いようです。

 ともあれこうした生育歴から、アヤーンは幼少期から神への信仰を育てると共に、神への疑念もまた同時に育ていていたのでしょう。

 そしてその為に正面から神と対峙する覚悟ができていたのです。

 しかしアヤーンの妹にはそのような覚悟はなかったのです。

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 オランダへ来て間もなく、「自分は神に背いた」と言う不安を口にする妹に、アヤーンは驚いて聞いたのです。
 
 「だって貴方は、今まで一度だって敬虔なイスラム教徒だった事なんかないじゃない?」

 そうなのです。
 一度だって敬虔イスラム教徒だった事が無かった故に、一度も神と正面から対峙して来なかった。 
 神の何たるかを考えて来なかった。

 そういう妹に神は不意打ちを食らわせて、狂死と言う無残な最期を遂げさせたのです。

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 ワタシはこの姉妹の神と葛藤は、当にヨーロッパが近世以降行ったきた神殺しの為の戦いを個人に凝縮した物だと思うのです。

 そして妹の狂死を想うと、欧米に移住したイスラム教徒の中で、神との戦いに勝ち、神殺しをして欧米式の価値観を得られる人間は本当に極僅かではないかと思うのです。

 圧倒的多数のイスラム教徒は欧米に移民しても、尚中世に生きる人々のまま生き続けるでしょう。
 
 だから今後イスラム教徒の増加につれて、欧米社会は混乱に陥って行かざるを得ないでしょう。
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コメント

サドとアヤーン

日本ではエロティシズムの大家として知られるマルキ・ド・サドもアヤーン程ではないにしろその少年時代を不遇の内に過ごし、リセに入学するまでは修道士である伯父ジャン・バティスト・サドに養育され、徹底したカソリックの教育を受けました。つまり、この時代に神と向き合わざる得なかったワケです。その後陸軍の士官学校にて学び、七年戦争を将官として戦い、自らの望まぬ相手と父親の取り決めで結婚。父親の死後爵位を継いで本来の放蕩癖がたたり、親類縁者の圧力でたびたび投獄の憂き目にあい。監獄の中で自らと向き合い神との決別を果し、後の世の思想的な萌芽となりまりました。

神殺しを行う為には自ら神と自己に向き合うしかないんですね。そしてその戦いに勝ったモノだけが神を葬る事が出来る。すなわち自分自身が自分の主人に為れる訳です。20世紀の日本に生まれた私には雑作も無い事ですが、18世紀フランスに生まれたサドにとっては計り知れない苦悩があった事でしょう。アヤーンもまた、その生まれこそ20世紀ですが、彼女の生い立ちやムスリムであった事等を考え合わせるとその苦悩に耐えられる気にはなれません。幾つかの偶然に導かれているとはいえ驚くべき強さを持った女性だと思います。

よもぎねこさんが前回指摘された様にキリスト教徒は500年余りの時間をかけ少しずつ神との距離を広げ、20世紀になりようやく神殺しを行う事が出来ました。そこには民主主義の高まりや産業革命なども有り、また多くの戦乱の中で悩み葛藤する必要も有ったと思います。『自由・平等・博愛』のフランス革命の精神は一日にして出来上がったものでは有りません。幸いにして日本では民主主義はさしたる混乱も無く受け入れられ定着するに至りましたが、それがいかに奇跡的な事であるかはサドやアヤーンの生涯(存命中ですが)を見る事によってよく理解ります。

世界に広がるイスラム教徒の方々が今後どのような選択をするのかは私の理解を越えています。一旦世俗化したムスリム達であっても、ある日突然この地まで『神の目が届くようになった』そう言って敬虔なイスラム教徒に戻ってしまいます。イスラム教はキリスト教等と違って棄教も改宗も出来ません。またその父親は我が子を敬虔なイスラム教徒に育てる義務を負います。その義務を果さぬ限り自らが地獄の業火で焼かれてしまうと信じられているのです。ムスリムの方々が神を葬るという事は並み大抵の事では無いのです。
  1. 2017-05-27 18:17
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  3. エピキュリアン #-
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Re: サドとアヤーン

> 日本ではエロティシズムの大家として知られるマルキ・ド・サドもアヤーン程ではないにしろその少年時代を不遇の内に過ごし、リセに入学するまでは修道士である伯父ジャン・バティスト・サドに養育され、徹底したカソリックの教育を受けました。つまり、この時代に神と向き合わざる得なかったワケです。その後陸軍の士官学校にて学び、七年戦争を将官として戦い、自らの望まぬ相手と父親の取り決めで結婚。父親の死後爵位を継いで本来の放蕩癖がたたり、親類縁者の圧力でたびたび投獄の憂き目にあい。監獄の中で自らと向き合い神との決別を果し、後の世の思想的な萌芽となりまりました。
>
> 神殺しを行う為には自ら神と自己に向き合うしかないんですね。そしてその戦いに勝ったモノだけが神を葬る事が出来る。すなわち自分自身が自分の主人に為れる訳です。20世紀の日本に生まれた私には雑作も無い事ですが、18世紀フランスに生まれたサドにとっては計り知れない苦悩があった事でしょう。アヤーンもまた、その生まれこそ20世紀ですが、彼女の生い立ちやムスリムであった事等を考え合わせるとその苦悩に耐えられる気にはなれません。幾つかの偶然に導かれているとはいえ驚くべき強さを持った女性だと思います。

 「悪徳の栄え」を書いたサドと、本来非常に真摯なヒューマニストであるアヤーンとは、真逆のようですが、しかし仰るように神殺しをせざるを得なかったのは同様でしょうね。

 結局イスラム教でもキリスト教でも、人間は神に服従して生きるべきであり、その生き方、その心の奥底の思考までを神の支配を受けるべきと言う事になっています。

 そうすると神の支配を避ける為には、神殺しをするしかなくなるのでしょうね。
>
> よもぎねこさんが前回指摘された様にキリスト教徒は500年余りの時間をかけ少しずつ神との距離を広げ、20世紀になりようやく神殺しを行う事が出来ました。そこには民主主義の高まりや産業革命なども有り、また多くの戦乱の中で悩み葛藤する必要も有ったと思います。『自由・平等・博愛』のフランス革命の精神は一日にして出来上がったものでは有りません。幸いにして日本では民主主義はさしたる混乱も無く受け入れられ定着するに至りましたが、それがいかに奇跡的な事であるかはサドやアヤーンの生涯(存命中ですが)を見る事によってよく理解ります。 

 そう思います。

 実はアヤーン自身が、イスラム教徒の欧州社会の適応の難しさ、そしてイスラム教の持つ問題については、何度も訴えているのです。

 そして言うのです。

 「ヨーロッパ人は今のリベラリズムにたどり着くのに350年間格闘したのを忘れたのか?」と。
 
 ところがヨーロッパのリベラリストはこうしたアヤーンの警告を聞きたがらないのです。

 なぜか?
 
 一つには彼等が既に安易な多文化主義から大量のイスラム教徒を受け入れてしまったので、その間違いを認めたくないから。

 もう一つはヨーロッパのリベラリスト達の異様なイスラム優遇は、実は神殺しの続きだと思うのです。 つまりキリスト教に敵対する者に寛大であればあるほどリベラルであると言う発想があるからではないでしょうか?

 イスラム教徒を引き入れる事によって、自分自身の中のキリスト教的な物を全て破壊すると共に、ヨーロッパの伝統文化の基礎にあるキリスト教的な物を徹底的に破壊したいと言う願望を持っているからではないかと思うのです。 
 
> 世界に広がるイスラム教徒の方々が今後どのような選択をするのかは私の理解を越えています。一旦世俗化したムスリム達であっても、ある日突然この地まで『神の目が届くようになった』そう言って敬虔なイスラム教徒に戻ってしまいます。イスラム教はキリスト教等と違って棄教も改宗も出来ません。またその父親は我が子を敬虔なイスラム教徒に育てる義務を負います。その義務を果さぬ限り自らが地獄の業火で焼かれてしまうと信じられているのです。ムスリムの方々が神を葬るという事は並み大抵の事では無いのです。

 イスラム教ってキリスト教の進化形と言うか、キリスト教の一神教的性格をもっと徹底させたものであると共に、キリスト教の欠陥と言うか信者の逃げ道を完全に塞いでいるのですね。

 だからキリスト教を倒す為にイスラム教を引き入れると言う欧州リベラリスト達の対応は実に愚かしい物で、キリスト教の神を殺してより恐ろしい強力な神を引き入れると言う物です。

 一般国民はこれに気付いて慄然としているのだけれど、欧州の自称知識人はこの事実から必死に目を背けているのでしょう。
 
 しかしこんな事をしていると大変な事になるでしょう。
 
 
  1. 2017-05-27 19:26
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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EUはEU内部をを徹底的に破壊するつもりのようです

>イスラム教徒を引き入れる事によって、自分自身の中のキリスト教的な物を全て破壊すると共に、ヨーロッパの伝統文化の基礎にあるキリスト教的な物を徹底的に破壊したいと言う願望を持っているからではないかと思うのです。 

現在のところEUを主導してるのは旧東側勢力の人達です。リベラルと云うよりコミュニストと呼んだ方がスッキリするでしょう。コミュニストですから、すべからく宗教関係は破壊してしまうつもりだと思います。それがよもぎねこさんが言っていた彼らのルサンチマンなのかどうかは私には判断が付きません。ですが、彼らが考えるEUの統治には宗教は邪魔者でしかない。よって、すべからく破壊する。

そう上手くいくとは思えませんし、混乱が混乱を呼ぶだけだと思いますし、フランスはともかくイタリアやスペインのように元々カソリックの強い地区は早々と離脱を始めるかもしれません。特にイタリアは観光立国ですからムスリムの移民は承けたがりませんよね?スペインは元々農業国でその気になれば貧しくとも自給自足が可能だと思いますし、イタリアとスペインその他で連合出来ればバチカン皇国(ローマ教皇国?)みたいなものが出来上がるかも知れないとも思います。ただし、既にイタリア内部には随分とチャイニーズ・マフィアが入り込んでいますので、内部から崩壊させられたらバチカンもなす術が無いでしょうね?

EU内の教会の取り壊しとかも、何年か後には始まりそうでかなり心配しています。美術品の数々は恐らく別の形で保存される事になるでしょうが、ボルドーとかブルゴーニュの特級畑とかはなくなる可能性ありだと思います。少なくともローヌの教皇関係の畑は無くなるでしょう。ブルゴーニュも修道院関係の畑が多いし、ワインの保存が可能な地下室をお持ちの方はその辺りのワインを買っておけばもの凄い値段に跳ね上がる可能性も有りますね。
10年後ぐらいにはフランス料理が食べたければ日本に行くしかないなんて状況も生まれるかもしれません。
  1. 2017-05-27 20:26
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  3. エピキュリアン #-
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「神との戦い」というより

「神との戦い」とかだと、信仰を深めるための試練のような感じですが、内容を読んでみて感じることは、「神との戦い」というより、「カルト教団との戦い」ですね(^^)

  1. 2017-05-27 21:26
  2. URL
  3. 出雲の乙 #-
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個人の内面で起きる宗教戦争

今晩は、お久しぶりです。
このところ忙しくてコメント出来ないまま記事を拝読しておりました。アヤーンさんの妹の話は、以前コメントで印象的と書かせていただいた箇所ですが、改めて読むと本当に、神頃しの苛酷さに慄然といたします。もう、心の中で宗教戦争が起きているようなものですね。勝てばアヤーンのように自由の身ですが、負ければ妹さんのように狂死しかねないわけです。

この妹さんは、奔放なようでいて、実は甘えん坊というか、依存体質だったのではないかと思います。よもぎねこさんが仰る所の真摯さに欠けていたのでしょう。なまじ賢いだけに目的を見つけられない知性が暴走し、神による自己への懲罰という妄想をもたらしてしまったのです。本当に胸が痛みます。
知性よりも心性を重視して教育するべき、と思うのはこういうところで…つまり、どんなに賢くても知性を正しく活用出来なければ宝の持ち腐れになり、最悪、知性が暴走したり知性を悪用したりするからです。
人格形成において重要なのは、家庭教育と情操教育ですが。アヤーンの母親は厳格なムスリマであり、祖母は(女性◯切除をアヤーンたちの父親の反対を無視して行うほど)保守的な砂漠の部族民でした。
妹さんは、母親や祖母の宗教観、世界観にどうやっても従えない奔放な自分を、心の何処かでずっと許せなかったのでしょう。しかしアヤーンのように正面から神に反発し神を頃す類の真摯さも、母のように神に従い厳格な信仰に生きる盲目的な従順さも持てなかった。オランダに行っても、己自身の心にいる神からは逃げられなかったのです。

どう見ても不信心なのに神を捨てないムスリムの話は、日本国内でも偶に聞きます。日本は異教徒の土地だから、異教徒が相手だから、とイスラム教徒らしからぬ振る舞いをするそうです。お酒や豚肉を口にしたり、異性といかがわしいことをしたり、ひどい場合は犯罪に手を染めたり。
彼らは一言で言えば、神に甘えているのです。神を頃すほどの覚悟は無いけれど、異教の地で厳格に信仰を守るほど宗教熱心でもない。自分は異教徒と違って生まれながらのムスリム(ボーン・ムスリム)だから、多少の事ならば慈悲深い神はお許し下さる、と。
一方で結婚相手のイスラム教への改宗、ムスリマの異教徒との交際禁止、ムスリムの棄教不可、子供のイスラム教育などに関しては譲れないラインであるらしく、国際結婚の場合は特にトラブルの種になっているようです。
宗教的な真摯さという点では日本人がとやかく言えることではないのですが。厄介なのはこうした世俗派のムスリムも、少しのきっかけで原理主義や過激派に傾きかねないことです。
むしろ真剣に信仰しない人間の方が、社会的不満により洗脳工作に引っかかりやすいとも言えますから、注意が必要ですね。
  1. 2017-05-27 22:37
  2. URL
  3. めんたいこ #-
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日本人には分からない世界

日本人には神(上)に従属という概念はないと思う。
また、人に幸福をもたらさない神(上)もいないと思う。
日本人に理解できる神(上)は真摯に向き合えば
必ず人々を幸せにするものである。
だから神の理論なぞはいらない。
ただひたすらに敬うのみである。
古来の神話の神はみながそうであった。

その中でも阿弥陀仏を人々の救済主とする
浄土系の仏派は世界で最も進んだ信仰ではないか。
何しろ、南無阿弥陀仏と唱えれば
誰でも救われるから悩むことはないし、
神社にお参りしても
教会で結婚式を挙げても一向に差し支えない。
禅宗の高僧でも浄土に行きたいという。
これを節操のない日本人の習慣だと決めつけるのは
野蛮人である。

  1. 2017-05-27 22:41
  2. URL
  3. ちび・むぎ・みみ・はな #-
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信じてきた世界観を否定するのは難しい

これまで「カルト宗教の洗脳が解けた」「カルト宗教から家族を取り戻した」という人達の体験記を何冊か読んだことがありますが、棄教をためらわせる一番の理由は「神罰が下るんじゃないか」「地獄に落ちるんじゃないか」という恐怖だそうです。
頭では「そのカルトの教えは間違っている」と理解しても、「神罰が下る」「地獄に落ちる」という恐怖からは、なかなか抜けられないらしいですね。

カルト宗教・新興宗教だけでなく、伝統宗教でも事情は同じでしょう。こちらのブログでよく取り上げられるLGBTの人達にしても「キリスト教が同性愛を認めないなら、キリスト教徒をやめればいいのに」と異教徒は思うわけですが、彼らには、それができないんですよね。

現代では「伝統宗教はカルト宗教とは違う」ということになっていて、カルト宗教を規制する法律があるフランスでも、イスラム教は規制の対象になっていません。

反セクト法 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E6%B3%95

しかし、先進国の価値観とあまりに相容れない宗教は、全て「カルト宗教」と考えたほうがいいような気がします。
  1. 2017-05-28 07:29
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
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Re: EUはEU内部をを徹底的に破壊するつもりのようです

> >イスラム教徒を引き入れる事によって、自分自身の中のキリスト教的な物を全て破壊すると共に、ヨーロッパの伝統文化の基礎にあるキリスト教的な物を徹底的に破壊したいと言う願望を持っているからではないかと思うのです。 
>
> 現在のところEUを主導してるのは旧東側勢力の人達です。リベラルと云うよりコミュニストと呼んだ方がスッキリするでしょう。コミュニストですから、すべからく宗教関係は破壊してしまうつもりだと思います。それがよもぎねこさんが言っていた彼らのルサンチマンなのかどうかは私には判断が付きません。ですが、彼らが考えるEUの統治には宗教は邪魔者でしかない。よって、すべからく破壊する。
>
> そう上手くいくとは思えませんし、混乱が混乱を呼ぶだけだと思いますし、フランスはともかくイタリアやスペインのように元々カソリックの強い地区は早々と離脱を始めるかもしれません。特にイタリアは観光立国ですからムスリムの移民は承けたがりませんよね?スペインは元々農業国でその気になれば貧しくとも自給自足が可能だと思いますし、イタリアとスペインその他で連合出来ればバチカン皇国(ローマ教皇国?)みたいなものが出来上がるかも知れないとも思います。ただし、既にイタリア内部には随分とチャイニーズ・マフィアが入り込んでいますので、内部から崩壊させられたらバチカンもなす術が無いでしょうね?
>
> EU内の教会の取り壊しとかも、何年か後には始まりそうでかなり心配しています。美術品の数々は恐らく別の形で保存される事になるでしょうが、ボルドーとかブルゴーニュの特級畑とかはなくなる可能性ありだと思います。少なくともローヌの教皇関係の畑は無くなるでしょう。ブルゴーニュも修道院関係の畑が多いし、ワインの保存が可能な地下室をお持ちの方はその辺りのワインを買っておけばもの凄い値段に跳ね上がる可能性も有りますね。
> 10年後ぐらいにはフランス料理が食べたければ日本に行くしかないなんて状況も生まれるかもしれません。

 そうですね、
 
 ワタシはこのEUによるイスラム移民・難民の呼び込みは、神殺しの続きだと思うのです。 イスラム教徒を呼び込む事によってキリスト教の全てを破壊させてしまおうと言うのです。

 イスラム教徒達なら徹底的に破壊するでしょう。

 しかしその後、イスラム支配になってしまい、EUの支配になる事はないでしょうが。
  1. 2017-05-29 08:55
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 「神との戦い」というより

> 「神との戦い」とかだと、信仰を深めるための試練のような感じですが、内容を読んでみて感じることは、「神との戦い」というより、「カルト教団との戦い」ですね(^^)

 人間の精神を支配するだけなく、社会の支配を目標とする信仰と言う意味では、イスラム教は完全にカルトでしょうね。
  1. 2017-05-29 08:56
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 個人の内面で起きる宗教戦争

> 今晩は、お久しぶりです。
> このところ忙しくてコメント出来ないまま記事を拝読しておりました。アヤーンさんの妹の話は、以前コメントで印象的と書かせていただいた箇所ですが、改めて読むと本当に、神頃しの苛酷さに慄然といたします。もう、心の中で宗教戦争が起きているようなものですね。勝てばアヤーンのように自由の身ですが、負ければ妹さんのように狂死しかねないわけです。
>
> この妹さんは、奔放なようでいて、実は甘えん坊というか、依存体質だったのではないかと思います。よもぎねこさんが仰る所の真摯さに欠けていたのでしょう。なまじ賢いだけに目的を見つけられない知性が暴走し、神による自己への懲罰という妄想をもたらしてしまったのです。本当に胸が痛みます。
> 知性よりも心性を重視して教育するべき、と思うのはこういうところで…つまり、どんなに賢くても知性を正しく活用出来なければ宝の持ち腐れになり、最悪、知性が暴走したり知性を悪用したりするからです。
> 人格形成において重要なのは、家庭教育と情操教育ですが。アヤーンの母親は厳格なムスリマであり、祖母は(女性◯切除をアヤーンたちの父親の反対を無視して行うほど)保守的な砂漠の部族民でした。
> 妹さんは、母親や祖母の宗教観、世界観にどうやっても従えない奔放な自分を、心の何処かでずっと許せなかったのでしょう。しかしアヤーンのように正面から神に反発し神を頃す類の真摯さも、母のように神に従い厳格な信仰に生きる盲目的な従順さも持てなかった。オランダに行っても、己自身の心にいる神からは逃げられなかったのです。

 アヤーンは妹の狂死は、妹が幼い頃から受け続けた体罰のせいではないかと書いています。 妹の奔放さは、母親の苛酷な体罰への反抗だったのでしょうが、しかしその結果が狂死だったと言うのは余りにも無残です。
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> どう見ても不信心なのに神を捨てないムスリムの話は、日本国内でも偶に聞きます。日本は異教徒の土地だから、異教徒が相手だから、とイスラム教徒らしからぬ振る舞いをするそうです。お酒や豚肉を口にしたり、異性といかがわしいことをしたり、ひどい場合は犯罪に手を染めたり。
> 彼らは一言で言えば、神に甘えているのです。神を頃すほどの覚悟は無いけれど、異教の地で厳格に信仰を守るほど宗教熱心でもない。自分は異教徒と違って生まれながらのムスリム(ボーン・ムスリム)だから、多少の事ならば慈悲深い神はお許し下さる、と。
> 一方で結婚相手のイスラム教への改宗、ムスリマの異教徒との交際禁止、ムスリムの棄教不可、子供のイスラム教育などに関しては譲れないラインであるらしく、国際結婚の場合は特にトラブルの種になっているようです。
> 宗教的な真摯さという点では日本人がとやかく言えることではないのですが。厄介なのはこうした世俗派のムスリムも、少しのきっかけで原理主義や過激派に傾きかねないことです。
> むしろ真剣に信仰しない人間の方が、社会的不満により洗脳工作に引っかかりやすいとも言えますから、注意が必要ですね。

 中世に生きる人々って殆ど皆このタイプだと思います。

 そして日本人でもこの手の信仰を持つ人は多いでしょう。

 信仰をしない人からすると信仰をするからには、その教えを守って清く正しく美しく生きるべきと思うのですが、しかし信仰をしているので神は自分の味方、だから神は自分を特別扱いしてくれる、だからやりたい放題。

 信仰の証として、自分を律するよりも、異教を攻撃する。

 十字軍の参加者なんか典型です。 だからイスラム過激派のテロリストもこの手が多いのでは?


  1. 2017-05-29 09:05
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 日本人には分からない世界

> 日本人には神(上)に従属という概念はないと思う。
> また、人に幸福をもたらさない神(上)もいないと思う。
> 日本人に理解できる神(上)は真摯に向き合えば
> 必ず人々を幸せにするものである。
> だから神の理論なぞはいらない。
> ただひたすらに敬うのみである。
> 古来の神話の神はみながそうであった。
>
> その中でも阿弥陀仏を人々の救済主とする
> 浄土系の仏派は世界で最も進んだ信仰ではないか。
> 何しろ、南無阿弥陀仏と唱えれば
> 誰でも救われるから悩むことはないし、
> 神社にお参りしても
> 教会で結婚式を挙げても一向に差し支えない。
> 禅宗の高僧でも浄土に行きたいという。
> これを節操のない日本人の習慣だと決めつけるのは
> 野蛮人である。

 日本人のような多神教徒には、一神教の世界はなかなか理解できないでしょう。

 因みにコーランでは「多神教徒は見つけ次第殺せ」と書かれています。 確かにイスラム教最悪の敵は、日本の神道のような多神教でしょう。、
  1. 2017-05-29 09:08
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 信じてきた世界観を否定するのは難しい

> これまで「カルト宗教の洗脳が解けた」「カルト宗教から家族を取り戻した」という人達の体験記を何冊か読んだことがありますが、棄教をためらわせる一番の理由は「神罰が下るんじゃないか」「地獄に落ちるんじゃないか」という恐怖だそうです。
> 頭では「そのカルトの教えは間違っている」と理解しても、「神罰が下る」「地獄に落ちる」という恐怖からは、なかなか抜けられないらしいですね。
>
> カルト宗教・新興宗教だけでなく、伝統宗教でも事情は同じでしょう。こちらのブログでよく取り上げられるLGBTの人達にしても「キリスト教が同性愛を認めないなら、キリスト教徒をやめればいいのに」と異教徒は思うわけですが、彼らには、それができないんですよね。
>
> 現代では「伝統宗教はカルト宗教とは違う」ということになっていて、カルト宗教を規制する法律があるフランスでも、イスラム教は規制の対象になっていません。

 イスラム教を規制の対象にすると、国内のイスラム教徒は勿論、イスラム諸国と大変な外交トラブルになりますから、絶対不可能でしょう。
>
> 反セクト法 - Wikipedia
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E6%B3%95
>
> しかし、先進国の価値観とあまりに相容れない宗教は、全て「カルト宗教」と考えたほうがいいような気がします。

 そうですね。

 先進国の感覚から言えば、人間が個人で信仰する神ではなく、社会を支配しようとする神はカルトです。 しかしこれを厳密化するとキリスト教もその範疇に入るので、結構厄介です。
  1. 2017-05-29 09:19
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  3. よもぎねこ #-
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