2017-05-10 13:29

元祖軍国主義国家の一国平和主義 スパルタ

 塩野七生さんの「ギリシャ人の物語Ⅱ」で面白かったのは、スパルタと言う国の性格です。

 「ギリシャ人の物語」の主人公は、ⅠでもⅡでもアテネなのですが、しかしアテネの物語を描けば、ライバルスパルタを描かずにはいられないのです。

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 さてスパルタと言えば、スパルタ教育です。
 スパルタ市民の男子は、7歳から親元を離れて、厳しい集団生活で兵士として教育されました。

 そして20歳になると盾と槍だけを持って荒野に追われ、そこで一人で生き延び、そしてヘロットと言われるスパルタの隷属民・農奴の首を取って戻って初めて一人前の市民と認められたのです。

 しかしスパルタ市民はその後も、男性だけで共同の夕食を取る義務があるなど、個人生活に様々な制約を受けて、兵士としての練度と団結を保つ事に務めなければなりませんでした。

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 スパルタがこのような特異な制度を作ったのは、スパルタと言う国の成り立ちによります。

 スパルタは紀元前10世紀頃に、所謂スパルタ人が先住民を征服支配してできた国です。

 スパルタ人が商工業を行うペリオイコイ、そして前記の農奴であるヘイロットを隷属民として支配する国なのです。

 この人口比はスパルタ人:ペリオイコイ:ヘイロットで、1:7:16であったと言われます。
 つまりスパルタ人は常に23倍の隷属民を支配しなければらないのです。

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 しかしこれは容易ではありませんでした。 実際、先住民は何度も反乱を起こし、スパルタ人はその鎮圧に苦労しました。

 そして起源前8世紀頃、大反乱を鎮圧した後、リュクルコスと言う男が、二度と反乱を起こさせず、スパルタ人の支配を確立するための制度を造ります。

 それが所謂リュクルコス制と言われるの物で、スパルタ教育はこの一環です。

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 リュクルコスは市民の団結と兵士としての精強さを維持する事で、ヘイロットの反乱を強権的に鎮圧できる体制を確保したのでしょう。

 スパルタ教育の導入だけでなく、スパルタの市場経済を潰し、自給自足の農業国家にしました。
 
 つまり銀貨など高額貨幣を全て廃止して、鉄貨のみの流通させました。
 また土地を均等配分しました。
 
 そして夕食は男子だけが集まって共同で取る事を義務付けました。

 当然のことですが、これでスパルタの経済成長は完全に止まりました。

 スパルタ人は質実剛健と讃えられたのですが、しかしそもそもこんな社会制度では貧乏が定着しますから、贅沢なんかしようもなくなったのです。

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 このようなスパルタで政治を担うのは、市民から毎年5人ずつ選ばれるエフォロス(監察官)と呼ばれる人々です。

 実はスパルタには王様がいます。
 しかも二人も!!

 ところがこの王様は、スパルタ軍が遠征する時に、スパルタ軍の総指揮官を務めるだけです。
 
 しかし戦争をするとか遠征先を決めるとか言う事は、エフォロスと市民集会で決めるのでです。
 
 しかも王様が軍を率いて遠征する時には、エフォロスのうち二人が同行し、王様の指揮に対して一種の拒否権を持ちます。

 そして王様がこのエフォロス達の意思に反する行動をしたとみなされた場合は、王様が退位、或いは刑死に追い込まれる事もありました。

 だから王様がいるとは言え、王政と言うには程遠い制度です。

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 リュグルコスは、このような改革を成し遂げた後、「自分が帰ってくるまではこの制度を変えてはならぬ」と言って旅に出ました。

 そして二度と帰らなかったのです。 

 その為スパルタではこの制度が完全に定着し、そしてこれは単なる制度と言うより憲法、国是、国体となりました。

 スパルタ人にとっては、この制度を守る事が、自己目的化し、スパルタ人にとって国家を守るとは、即ちこの国体を守る事になったのです。

 エフォロス達は、この国体の護持に危険と思えば、国王だって容赦なく排除したのです。

 そしてこの制度を堅持して、国家が強固な団結と一貫性を持ち続けたお蔭で、その後、400年間スパルタはギリシャ最強の国家となりました。

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 但しスパルタの制度や歴史には今も良くわからない面が沢山あるようです。

 なぜならスパルタ人はスパルタ教育に徹した結果、歴史家も著述家もおらず、スパルタ人がスパルタの歴史や政治制度に関して書き遺した資料がないからです。

 スパルタについての記述は全てアテネなどスパルタ外の人々の記述によるしかないのです。
 
 しかもスパルタは閉鎖国家で、外国人の入国を嫌いました。

 このうなに状況では、著作家や歴史家だけではなく、芸術も文化も殆ど生まれていません。

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 スパルタのライバルアテネでは、ツゥキディテスのような史家の記録や、アリストパネスの喜劇などから、当時のアテネ市民の生活状況が克明に記録されました。

 アリストパネスなど当時の政治家や文化人を実名で風刺したので、その当時のアテネ市民に彼等に対する感覚が、現代のテレビでワイドショーでも見るようにわかるのです。(ワイドショー並みに偏向しているようですが)

 アリストパネスが生きた時代のアテネって、マキャベリが生きた時代のフィレンツェ同様、天才が山のように生まれました。

 我々がギリシャ文化と呼ぶ文化・芸術の大半が、この時代のアテネで生まれたのです。

 しかしスパルタはこうした文化とは一切無縁でした。

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 それどころかオリンピックの成績さへショボイのです。
 紀元前9世紀から始まった古代オリンピックで、スパルタの選手が優勝したのは一度だけです。

 だって古代でもオリンピックの選手は国家の英雄でした。 だからどのポリスもオリンピック選手には、生活支援などして練習の便宜を図ったのです。

 ところがスパルタはそういう事を一切しないのです。
  
 これじゃ体育学校なしの自衛隊と同じですから、オリンピックで優勝なんかできるわけはないのです。

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 そしてスパルタはこの制度のお蔭でスパルタは一国平和主義に徹するしかなくなりました。

 ペリクレスはアテネ市民に、対スパルタ戦争=ペロポネソス戦争開戦を提唱した時に言いました。
 
 「彼等は自作農であって、戦費の蓄えないない。 だから長途の遠征も、長期の戦争もできない。 また海軍を作る資力もない。 だからこの戦争はアテネの優位である。」と。

 実際リュグルコスの改革のお蔭で、貨幣経済が事実上崩壊したスパルタはヘロットの作る農作物と、ペリオイコイの作る武器や日用品だけに頼る自給自足の閉鎖経済になってしまいました。

 だから遠路遠征する戦費もなければ、海軍や騎兵などお金のかかる兵科も維持できず、スパルタ軍の強さはスパルタ教育で育ったスパルタ市民の練度だけに寄る事になります。

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 しかもこのスパルタ軍の兵士は、一旦戦死者が出たら、簡単に補充できません。

 だってスパルタ軍の兵士になるには、7歳から20歳までスパルタ教育を受けなければなりません。 しかもそのスパルタ教育を受けられるのは、両親共にスパルタ市民から生まれた純粋のスパルタ人と言う条件があります。

 こうなると未婚の若い兵士が戦死し、その家系が途絶えると、その後末代まで兵士の補充が不能になります。

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 このスパルタの兵士の総数はスパルタの歴史を通じて1万から1万5千人だったと言われますが、スパルタは何とかこの数を維持するのに苦労し続ける事になりました。

 と、言うのも兵士の数が減ったら、対外防衛が手薄になるだけではありません。

 隷属民の反乱が起きる可能性があるのです。

 リュグルコス制を確立してからも、ヘイロットの反乱はなくなりませんでした。

 第二次ペルシャ戦役が終わった20年以上も後、紀元前464年、スパルタを大地震が襲い、この混乱の乗じてヘイロットが大反乱を起こしました。

 この時ヘロット達はスパルタ軍に追われてスパルタ領内の岩山に逃げ込んだのですが、これをスパルタはどうしようもなくて、アテネに救援を求めました。

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 兵員が1万~1万5千人では、幾ら兵士練度が高く精強でも、攻城戦や山狩りなど、大人数を必要とする戦いはどうしようもないのです。

 だからスパルタはそれまで他国が都市を防衛する城壁を造ろうとする度に、干渉して建設を止めさせてきました。

 城壁建設に成功したのはアテネのみで、これはテミストクレスと言う稀代の戦略家がスパルタの隙を突くように電光石火作ってしまったのです。

 そして後にペリクレスがこれを改修補強しました。

 でもこんな事は他の都市には到底できませんでした。

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 因みにこの反乱も結局武力鎮圧はできず、アテネとややこしい政治取引をした末、反乱したヘロット達はアテネの植民地が受け入れる事にして何とか収めました。

 国内にこうした問題を抱えているのでは、幾ら兵士が精強でも、侵略戦争の為に大遠征するなんてことはできないのです。

 また完全な自給自足の閉鎖経済なのですから、アテネのように帝国主義的な権益を求めての戦争などする必要は全くないのです。

 だからスパルタは本当に対外戦争には抑制的です。

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 こんな苦労をするくらいなら、リュクルコス制を止めたら?
 ヘイロットへの支配を止めて、彼等の権利を認め、同じスパルタ人として団結したら?

 アテネは労働者階級まで全て市民権を与える事で、有権者は6万人になったのですが、それでスパルタと同数の重装歩兵に加えて、多数の騎兵と、ギリシャ最大最強の海軍を維持できるようになったのです。

 スパルタもそうすれば?

 しかしそれを絶対拒否し、国体の護持を選んだのがスパルタ人なのです。

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 スパルタが戦うのは、本当に自国が危うくなった場合、自国の国体にとって危険と判断した場合のみ、つまり専守防衛に徹するのです。

 だから第一次ペルシャ戦役では、アテネから散々に援軍を頼まても渋り続け、援軍が到着したのはマラトンの戦いが終わった後。

 第二次ペルシャ戦役では、アテネのテミストクレスが早目早目にスパルタを動かす処置を取ったので、スパルタ軍も勇猛に戦うのですが、ペルシャ軍の主力を撃退した後は、また直ぐに一国平和主義に徹します。

 アテネと27年に渡すペロポネソス戦争を戦った時も、途中何度か休戦を申し入れたのはスパルタ側でした。

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 それにしても面白いのは、アテネにはこのようなスパルタを大好きと言う人間が常にいたことです。

 リアリズムの立場から、スパルタとの友好を大切にするのはわかります。

 何しろギリシャ最強の陸軍国ですから、安易に敵対して良いわけはないのです。

 でもそういうリアリズムの立場ではなく、感情的スパルタ大好き派が沢山いたのです。

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 別に彼等がスパルタに亡命したいとか、スパルタ人のように暮らしたいとか思っていたわけでありません。

 それでもやっぱり感情的に好意を持ってしまう。

 スパルタ人はスパルタ教育を受けてギリシャ最強の戦士!!
 スパルタ、カッコイイ!!
 スパルタ、憧れちゃう!!

 こういう親スパルタ派が結構いたのです。

 全般的に見ても、スパルタ市民がその貧乏故や無学故に侮蔑されたことはなく、むしろそれを質実剛健と賞賛する人々の方が多数派です。

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 そうですね。
 ワタシも何となくわかります。

 エドワード・ルトワックは「戦争のチャンスを与えよ」の中で戦士の文化を取り上げ「男は戦争を好み、女は戦士を好む」と書いていました。

 ワタシは女として「戦士を好む」かどうかは確信がないのですが、しかし男は戦士に憧れるのでしょう。

 実際このスパルタと言う国には、合理性を超えた気品のようなモノがあって憧れちゃうのです。

 しかし元祖軍国主義、純粋戦士国家が、純粋戦士国家であった故にこそ一国平和主義と専守防衛に徹するしかなったのです。
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コメント

 私もよもぎねこさんと同じく、スパルタ派になって来ました。よそ様に迷惑をかけないで質実剛健というあり方はとても良いと思ってしまいます。でも、ヘイロットに生まれて、スパルタ市民に首を刈られるのはご免被ります。

 ところで、この遠いギリシャの古代都市の有り様を読んでいて、何故か懐かしいような気がしてきました。ふと考えてみたら、薩摩が鎖国して尚武の気風を重んじ、郷中というスパルタのような制度を維持していたのと似ています。この制度は戦後も維持されていたと聞いたことがあります。

 幕末の薩摩武士はスパルタの戦士のように清々しいのですが、幕府や諸藩との駆け引きを見ていると、非常に現実的で英国紳士のような腹黒さを感じてしまいます。

 ただ琉球を通して密貿易をして財を蓄えたともいわれていますし、幕末近くになると調所笑左エ門が藩政改革をして財政が豊かになり、それを持って西洋の武器を買い入れて藩内で工場も建てていました。やはり、スパルタのような農業主体の閉鎖経済よりも、貿易などもして利益を得る方がいいですね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/郷中



  1. 2017-05-11 08:26
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

>  私もよもぎねこさんと同じく、スパルタ派になって来ました。よそ様に迷惑をかけないで質実剛健というあり方はとても良いと思ってしまいます。でも、ヘイロットに生まれて、スパルタ市民に首を刈られるのはご免被ります。
>
>  ところで、この遠いギリシャの古代都市の有り様を読んでいて、何故か懐かしいような気がしてきました。ふと考えてみたら、薩摩が鎖国して尚武の気風を重んじ、郷中というスパルタのような制度を維持していたのと似ています。この制度は戦後も維持されていたと聞いたことがあります。
>
>  幕末の薩摩武士はスパルタの戦士のように清々しいのですが、幕府や諸藩との駆け引きを見ていると、非常に現実的で英国紳士のような腹黒さを感じてしまいます。
>
>  ただ琉球を通して密貿易をして財を蓄えたともいわれていますし、幕末近くになると調所笑左エ門が藩政改革をして財政が豊かになり、それを持って西洋の武器を買い入れて藩内で工場も建てていました。やはり、スパルタのような農業主体の閉鎖経済よりも、貿易などもして利益を得る方がいいですね。
>
> https://ja.wikipedia.org/wiki/郷中

 ハハハ、やっぱりそうですか。

 実はスパルタはこのヘイロットの支配では、他にも随分陰険な事をやっていたようです。 だから反乱が繰り返されるのです。

 但しヘイロットからの収奪は農作物の半分と言う事ですから、他の国の小作農、日本の明治時代の地租などに比べてもそれほどの酷いわけでもないのです。

 それでスパルタ市民が苛酷なスパルタ教育を受けて、完全に国防義務を果たしてくれるので、外国に侵略される心配は一切ないのなら、悪い支配者でもないのです。

 でも成人になる為に首と取るなんてことをされたら論外ですよね?
 
 しかしこういう暗黒面はあっても、やはり戦士集団って憧れちゃうのですよね。
  1. 2017-05-11 10:57
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  3. よもぎねこ #-
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塩野女史の著は、家のどこかにあるとは思うんですが、読みかけで続かなかったです..(面白かったんですが)

スパルタ史というか、文化はごく常識的なことしか知りませんでしたので、詳しい紹介ありがとうございます。
ピント外れかもしれませんが、以前読んだ村上龍の中編小説で描かれた日本を思い出しました。
読まれているかもしれませんが、「五分後の世界」という20年くらい前の作品。
昭和20年以降1990年代に至っても、地下に人口20数万の日本帝国を維持し、米国と戦い続けている日本へ、主人公がタイムスリップしてしまう話なんですが、そこで描かれている日本が、まさに質実剛健で道義を重んじる戦闘国家なんですね。
娯楽小説でありますけれど、結構面白かった記憶があります。
管理人さんの趣味ではないかな(苦笑)
  1. 2017-05-11 14:35
  2. URL
  3. 二郎 #-
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Re: タイトルなし

> 塩野女史の著は、家のどこかにあるとは思うんですが、読みかけで続かなかったです..(面白かったんですが)

 塩野さんの文章ってどうも好みがあるようですね。
>
> スパルタ史というか、文化はごく常識的なことしか知りませんでしたので、詳しい紹介ありがとうございます。
> ピント外れかもしれませんが、以前読んだ村上龍の中編小説で描かれた日本を思い出しました。
> 読まれているかもしれませんが、「五分後の世界」という20年くらい前の作品。
> 昭和20年以降1990年代に至っても、地下に人口20数万の日本帝国を維持し、米国と戦い続けている日本へ、主人公がタイムスリップしてしまう話なんですが、そこで描かれている日本が、まさに質実剛健で道義を重んじる戦闘国家なんですね。
> 娯楽小説でありますけれど、結構面白かった記憶があります。
> 管理人さんの趣味ではないかな(苦笑)

 ルバング島にいた小野田中尉は、終戦を知らなかったのではなく、終戦後も自分達の意思で戦い続けたのですけどね。
  1. 2017-05-11 14:56
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  3. よもぎねこ #-
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小生が軍国主義国家と言って思い浮かべるのはブランデンブルグプロイセンです。

何しろ、国家が軍隊を持つに非ず、軍隊が政府を持った国家である、とまで言われ最盛期には国家予算の92%を国防費にかけてどこからも文句が出なかったという国です。プロイセンの名リーダーたちは国家の独立ということに関しては鬼神の如き働きをするのですが一旦それが成立すると恐ろしく抑制的になります。それは7年戦争後のフリードリッヒ・デア・グロッセを見ればよくわかります。まるでチェスをするように軍隊の進退だけで政治目的を達しています。

そしてプロイセンがドイツ統一を成し遂げた後はビスマルクの指導よろしく40年以上に渡り平和な国家を築くのです。第一次大戦は本来起こるはずのない戦争でした。小国の跳ねっ返りが馬鹿をやり平和維持のための同盟体制が反作用を起こしてしまいました。

真の軍国主義国家というものはスパルタのみならずみなストイックです。パヨクと言われる連中は完全に誤解してますが軍人は戦争を嫌うのが普通です。戦争やるのが商売とは言え一番最初に出張るの自分達なのだからしなくていいことはやらない、というのは相当に確固たる意識となります。

ドイツにおいてヒトラー氏が絶大な人気を勝ち得たのは彼が戦争に訴えたからではありません。経済政策で国力を増強し力を背景に自己の政治的目的の多くを暴力に訴える事なく達成したからです。軍国主義国家は人が思う以上に抑制的であり平和志向なのです。

その意味では民主主義国家というのは一旦国民の意志が統合されるととんでもないことをやるという国家です。
北朝鮮は3豚を手なづけられればどうとでもなる国ですが、国民が統合失調症である南は逆に何をしでかすか本当に分かりません。半島を一気におかしくするのは南かもしれません。
  1. 2017-05-11 16:58
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> 小生が軍国主義国家と言って思い浮かべるのはブランデンブルグプロイセンです。
>
> 何しろ、国家が軍隊を持つに非ず、軍隊が政府を持った国家である、とまで言われ最盛期には国家予算の92%を国防費にかけてどこからも文句が出なかったという国です。プロイセンの名リーダーたちは国家の独立ということに関しては鬼神の如き働きをするのですが一旦それが成立すると恐ろしく抑制的になります。それは7年戦争後のフリードリッヒ・デア・グロッセを見ればよくわかります。まるでチェスをするように軍隊の進退だけで政治目的を達しています。
>
> そしてプロイセンがドイツ統一を成し遂げた後はビスマルクの指導よろしく40年以上に渡り平和な国家を築くのです。第一次大戦は本来起こるはずのない戦争でした。小国の跳ねっ返りが馬鹿をやり平和維持のための同盟体制が反作用を起こしてしまいました。
>
> 真の軍国主義国家というものはスパルタのみならずみなストイックです。パヨクと言われる連中は完全に誤解してますが軍人は戦争を嫌うのが普通です。戦争やるのが商売とは言え一番最初に出張るの自分達なのだからしなくていいことはやらない、というのは相当に確固たる意識となります。
>
> ドイツにおいてヒトラー氏が絶大な人気を勝ち得たのは彼が戦争に訴えたからではありません。経済政策で国力を増強し力を背景に自己の政治的目的の多くを暴力に訴える事なく達成したからです。軍国主義国家は人が思う以上に抑制的であり平和志向なのです。
>
> その意味では民主主義国家というのは一旦国民の意志が統合されるととんでもないことをやるという国家です。
> 北朝鮮は3豚を手なづけられればどうとでもなる国ですが、国民が統合失調症である南は逆に何をしでかすか本当に分かりません。半島を一気におかしくするのは南かもしれません。

 スパルタに着いて書いたのは、実はこの後アテネとペロポネソス戦争に着いて書きたかったからです。

 このペロポネソス戦争と言うのは、当にアテネが始めた民主主義国家の戦争なのです。 そして民主主義故に戦争の歯止めが亡くなり、最後に無条件降伏に追い込まれるのです。

 これは当に世界最初の民主主義の暴走で、しかもその恐ろしさを完璧に表す事件でした。
  1. 2017-05-11 20:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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