2017-03-07 15:34

フィリピン人メイドの思い出 移民

 沖縄返還(1971年)の頃の新聞記事で今でも覚えている物があります。

 在沖米軍の家族のメイドをしている沖縄女性の話です。

 「私達よりフィリンピン人のメイドの方が給料が高い。 英語ができるから。 仕事は私達の方ができるのに。」

 当時の日本とアメリカの経済格差は今では想像ができない程大きかったので、在沖米軍の家族は下士官クラスでもメイドを使っていました。

 そのメイドの給料はフィリピン人の方が日本人より高かったのです。
 
 この頃は日本は既に高度経済成長を達成した後だったので、フィリピンは途上国の認識でしたから、これには驚きました。

 だから今でも覚えているのです。

 因みに当時の沖縄の賃金は本土の6割程度だったそうですから、フィリピン人メイドは日本本土のメイドの7~8割程度の賃金を得ていたのかも知れません。

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 次にフィリピン人のメイドの話を聞いたのは、香港返還(1997年)の前後です。

 当時、多数のフィリピン女性がメイドとして香港で働いていました。

 元来香港の中国人の圧倒的多数は極貧だったのですが、70年代から日本の後を追うように経済成長を続けて、香港返還の頃には裕福な中産階級が生まれていました。

 この人達が好んでフィリピン人のメイドを使うのです。

 英語ができるから。

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 子供を英語で育てたい香港人が、フィリピン人メイドを雇うのです。 

 しかしメイドの仕事は厳しく、住み込みで早朝から深夜まで家事に追われて、休みは週に一日だけ。
 しかもその日は住み込み先の雇用主の家に帰れないのです。 
 
 休日と言えば聞こえが良いけれど、住宅事情の厳しい香港で、休日の一家団欒を家族水入らずで過ごしたい雇用主が、メイドを邪魔な他人として追い出すのです。

 それで彼女達は公園や駅前広場などで一日仲間同士でおしゃべりをして時間を潰し、そして夜遅く雇用主の家に戻るのです。

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 そしてこの時、知ったのですが、このフィリピン人メイド達は皆大卒なのです。

 フィリピンの公用語は英語とタガログ語です。 タガログ語はフィリンピンの言語の中では一番おおく使われている言語です。
 しかしそれ以外の言語も多数あります。
 そしてフィリピンはアメリカの植民地でした。
 
 それで独立後は英語とタガログ語を公用語にするしかなかったのです。

 だから英語は公用語ではあっても、多くのフィリピン人にとって母語ではないのです。

 その英語を使いこなせるのは、高等教育を受けた人だけなのです。

 その高等教育を受けた人が、英語の出来る事を売り物にメイドをしているのです。

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 それにしても一体何の為に、大学まで出ながら外国で辛いメイドの仕事をするのでしょうか?

 フィリピン人のメイド達は答えました。

 「娘を大学に行かせるため」

 実はフィリピンは昔からアジアでは特に教育レベルの高い国として知られていました。 
 アメリカは植民地時代に多数の教師を送り込み、フィリピンの教育レベル向上に努めたし、フィリピン人も教育熱心なのです。

 ところが沖縄返還から30年、香港や韓国などが経済成長を続ける間もフィリピンは足踏みを続けて、香港にメイドに行くようになっていたのです。

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 そして今は日本で外国人メイドの受け入れが始まりました。
 
 勿論この中にはフィリピン人メイドが多数含まれると思います。
 
 フィリピンは戦後一貫して出稼ぎ大国でした。
 国民の出稼ぎが重要な産業になっていたのです。

 日本に対しても70年代から、メイド等の労働者の受け入れを要求し続けてきました。
 しかし日本はこれまでずっと拒否してきたのです。

 今回日本がメイドの受け入れを認めたのは、勿論財界の要求もありますが、フィリピンなど自国民の出稼ぎを支援したい国々からの要請も大きな理由でしょう。

 フィリピンのような出稼ぎ立国の政府は、何としても国民の出稼ぎ先を確保しないと国民の支持を得られません。

 そして対中防衛上、フィリピンなどアジア諸国との連携が必要な日本もいくらかは折れるしかなかったのでしょう。

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 そこでフィリピン人メイドが日本に来ることになるのですが、きっと彼女達も大卒でしょう。

 だって使う側からすればタガログ語やスールー語しか話せない人より英語が話せる人が便利ですからね。

 そしてフィリピン人メイドさんは日本で稼いで「娘を大学にいかせる」のですね。

 フィリピンはこれを永久に続ける心算でしょうか?
 母娘代々末代までも大学で学びメイドを続けるのでしょうか?
 メイドになる為に大学に娘を進学させるつもりでしょうか?

 職業に貴賤は無いので、メイドが悪い仕事だとは言いません。 しかし進学率が高いと言っても、欧米や日本とは比べものにならないレベルなのです。

 そういう数少ない高等教育を受けた人々が、目腐れ金の為に海外で単純肉体労働をする。 その為に国を出て行く。

 こんな事を続けていたら、永遠にメイドを輸出し続ける事になります。

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 勿論出稼ぎフィリピン人が全部メイドだと言うわけではありません。 医師や看護師、その他の技術者や専門職も多いのです。

 英語で教育を受けている彼等は、アメリカは勿論どんな国に出稼ぎに行っても言葉に困る事はないのです。

 だから最初から出稼ぎのハードルは非常に低く、それがフィリピンを出稼ぎ大国にしたのでしょう。 

 なまじに英語が達者なために、高等教育を受けたら速攻で海外に出稼ぎに行くと言うライフスタイルが国民全体に定着してしまったのです。
 
 しかしこれでは永遠にフィリピンの経済は発展しないし、医療水準その他の生活水準も上がりません。

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 自称リベラリストや自称人権派は、移民の受け入れを絶対的なヒューマニズムであるかのように言います。

 確かに祖国を捨てて高賃金を得たい人には、ヒューマニズムそのモノです。

 しかし祖国に残るしかない人々にとってはヒューマニズムどころではないでしょう?

 先進国が途上国の人を全部引き取って面倒を見るなら別ですが、それは絶対不可能なのです。

 それなのに途上国が苦労して育てた高等教育を受けた人材を、容赦なく引き抜く事がどれだけその発展を阻害するか?

 それがヒューマニズムであるわけはないでしょう?

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 昔ワタシはペシャワール会の会員でした。
 ペシャワール会はパキスタンのペシャワールを中心とした地域で、医療活動をしているNGOです。

 で、そのペシャワール会の会報にこんな記事がありました。

 会の病院が、現地人の優秀な医師を会の費用でイギリスの熱帯医療研究所に数年留学させた事がありました。 因みにこの会の運営費は全て一般会員から寄付なのです。

 ところがその医師は留学から帰るとさっさとペシャワール会の病院を辞めてしまいました。
 
 高給で他所の病院に引き抜かれたのです。 イギリス留学のお蔭で医師としてのグレードが上がったからです。

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 で、途上国から移民を呼び込むって、これと同じ事をしているんじゃないですか?

 移民推進派は「海外から優秀な人材を呼び込む!!」とうそぶきます。

 でも優秀な人材を金に飽かせて引き抜かれた国はどうなるのですか?

 人権派や人道派を自認する人々はこれをどう思っているのでしょうか?
 
  1. レイシスト
  2. TB(0)
  3. CM(8)

コメント

社会的地位がそれほど高くない職業に就くフィリピンからの移民と聞けば、不幸にもあのスラム街からの・・・とばかり思っていましたが、高等教育を受けた者も少なからずいるという事実、驚きました。
「娘を大学に行かせるため」・・・次の代も「娘を大学に行かせるため」・・・その次の代も・・・これではあまりに悲しすぎます。他国の人間がとやかく言うのもなんですが、祖国フィリピンの為に力を尽くせる日が訪れることを、切望致します。

『移民推進派は「海外から優秀な人材を呼び込む!!」とうそぶきます。
 でも優秀な人材を金に飽かせて引き抜かれた国はどうなるのですか?』

本当に仰る通りだと思います。・・優秀な人材を呼び込む・・これって、国際貢献どころか差別以上の悪意を感じます。「使える人間は使うが、その人間の国がどうなろうと知ったことではない」と言うことなのでしょうか。
自称リベラリストや自称人権派と言う人間は、自己満足に歪められた偽善者だとしか思えません。
  1. 2017-03-08 14:11
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  3. SNS初心者 #-
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フィリピンでは仕事がないんですよ。
英語が使える大卒は他のアジア人向けの英語学校の教師にもなれますが、給料は安いです。
私は時々セブにある学校へ行きますが、新人の教師の中には日給が1000円にもならない人もいます。月給は2万円ちょっと位でしょうね。
そこで外国に行こうとするんですよ。
私が世話になったフィリピン人の英語教師はそれよりも高給だったと思いますが、今日本で英語教師をやっています。日本ならば 少なくともその7,8倍は稼げるでしょう。
  1. 2017-03-08 18:44
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  3. Irahka #CgUXIs2.
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Re: タイトルなし

> 社会的地位がそれほど高くない職業に就くフィリピンからの移民と聞けば、不幸にもあのスラム街からの・・・とばかり思っていましたが、高等教育を受けた者も少なからずいるという事実、驚きました。
> 「娘を大学に行かせるため」・・・次の代も「娘を大学に行かせるため」・・・その次の代も・・・これではあまりに悲しすぎます。他国の人間がとやかく言うのもなんですが、祖国フィリピンの為に力を尽くせる日が訪れることを、切望致します。

 貧しい国から移民や出稼ぎに出る人は、貧しい人。

 と言うのは完全な誤解です。

 貧しい国の貧しい人は、移民にも外国への出稼ぎにも行けません。

 貧しい国で高等教育を受けたりできる特に恵まれた人達が海外に出稼ぎや移民するのです。 貧しい国の貧しい人は海外情報も入らないし、旅費やまして不法入国業者の仲介料などは払えません。
>
> 『移民推進派は「海外から優秀な人材を呼び込む!!」とうそぶきます。
>  でも優秀な人材を金に飽かせて引き抜かれた国はどうなるのですか?』
>
> 本当に仰る通りだと思います。・・優秀な人材を呼び込む・・これって、国際貢献どころか差別以上の悪意を感じます。「使える人間は使うが、その人間の国がどうなろうと知ったことではない」と言うことなのでしょうか。
> 自称リベラリストや自称人権派と言う人間は、自己満足に歪められた偽善者だとしか思えません。

 日本だって日本人のノーベル賞受賞者のかなりの人がアメリカにいるのは、本心は嬉しくないでしょう?

 それを思えば、海外から優秀な人材を引き抜くなんて、本来やってはイケナイ事なのです。


  1. 2017-03-08 20:07
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> フィリピンでは仕事がないんですよ。
> 英語が使える大卒は他のアジア人向けの英語学校の教師にもなれますが、給料は安いです。
> 私は時々セブにある学校へ行きますが、新人の教師の中には日給が1000円にもならない人もいます。月給は2万円ちょっと位でしょうね。
> そこで外国に行こうとするんですよ。
> 私が世話になったフィリピン人の英語教師はそれよりも高給だったと思いますが、今日本で英語教師をやっています。日本ならば 少なくともその7,8倍は稼げるでしょう。

 だからニワトリが先か卵が先かで、仕事がないから出稼ぎに行くのか、教育のある人が皆出稼ぎに行くから仕事がないのか。

 フィリピンの場合は英語教育に力を入れて、しかし国内に産業基盤がなかったので、アッサリと出稼ぎ大国になってしまったのでしょうね。
  1. 2017-03-08 20:10
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  3. よもぎねこ #-
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ローマでの思い出

私はイタリア、特にルネッサンス期の美術とワインが好きで、何度かローマを訪問しました。膨大な美術品の数々や歴史的建造物、そして個性豊かなワインの数々を堪能する為です。ローマでは彼方此方に宿を取りましたが、交通の便の良いテルミニ駅周辺にも何度か泊まった事があります。テルミニ駅の前には大きな広場が有り、バスの発着所になっています。そして、その反対側には公園があって、日が暮れると屋台が立ち、人々が集まってきます。80年代後半のある年の夏の終わり頃に訪れた際、その場所から懐かしいような、エキゾチックな郷愁を誘われるような不思議な香りが漂ってきました。興味本位でふらふらと散策していると、そこに集まっていたのは背の低いアジア系の女性が大半でした。中にはヒジャブで頭を隠した女性もいました。屋台で売ってるモノも怪しげな食べ物ばかりです。よく分からない肉の串焼きとか、殻付きの玉子とか、ビーフンの様なモノまで売られていました。そこで話されていた言葉も全く聞き覚えが有りません。まるで狐に化かされたような気分でふらふらと公園の端まで歩き、一つのベンチに腰を下ろしました。そこへ犬を連れて散歩の途中のご婦人が歩いてきて、私の隣に腰を下ろし、イタリア語で話しかけてきました。

年齢はよく分かりませんが、背中は曲がり、髪は真っ白。頭にはジバンシーのスカーフが巻かれ、手足にはカルシウムの蓄積による白蝋化の兆候が出ていました。イタリア語が得意でない私が生返事を繰り返していると。彼女はじれったそうに英語で話し、やがてフランス語で話しかけてきました。当時フランスに住んでいた私としては、フランス語で話しかけられて無視するワケにもいかず、暫らくの間彼女と彼女が連れていた大人しいマルチーズの相手をする事になったのです。

彼女が説明してくれた。ローマに突然現れたマニラの裏通りの様な光景は1980年代初頭から始まったそうです。観光都市ローマのホテルの掃除や洗濯などをフィリピン系の業者が請け負い、フィリピンやインドネシアから労働者を呼び寄せ働かせているとの事でした。私を話し相手に選んだ老婦人もこの近くで三ツ星のホテルを経営していたが、10年程前に経営権を売って、今は年金暮らしだと言っていました。長年宿泊業を営んでいた為、英語やイタリア語、フランス語を始めに6ヶ国語が喋れるよと、カカカと大きな口を開けて笑っていました。私は彼女に気に入られたのか、彼女が下げていたジバンシーのショッピングバッグの中から取り出した、素性の怪しいグラッパを御相伴に預りながら、夕暮れ時から2時間ほど話し込んでしまいまいました。マニラの裏通りの様な光景を作り出していた女性達は朝から夕方までホテルなどで働き、夕方になるとこの公園に集まり、同じ境遇の女性たちと食事を楽しんだり、話しをしたりして、日付が変わる時間の前に解散していくのだそうです。そして、老婦人は妖しげな話をしてくれました。彼女達を取り仕切って、この場所で屋台を出させているのはシノアだよ。そう言って、指を一本口の前でシーと云う動作をしました。

その後、日本に帰りネットの情報でこの頃からヨーロッパの各地でチャイニーズ・マフィアが勢力を伸ばし始めていた事を知り、ジバンシーのスカーフを頭に巻いた老婦人の白蝋化した指先をを思い出しました。どの程度の割合かは全く分かりませんが、世界各地で彼女達はその資金源になっている、もしくはなっていた可能性も有るのでは無いかと考えています。
  1. 2017-03-09 04:46
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  3. エピキュリアン #-
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Re: ローマでの思い出

> 私はイタリア、特にルネッサンス期の美術とワインが好きで、何度かローマを訪問しました。膨大な美術品の数々や歴史的建造物、そして個性豊かなワインの数々を堪能する為です。ローマでは彼方此方に宿を取りましたが、交通の便の良いテルミニ駅周辺にも何度か泊まった事があります。テルミニ駅の前には大きな広場が有り、バスの発着所になっています。そして、その反対側には公園があって、日が暮れると屋台が立ち、人々が集まってきます。80年代後半のある年の夏の終わり頃に訪れた際、その場所から懐かしいような、エキゾチックな郷愁を誘われるような不思議な香りが漂ってきました。興味本位でふらふらと散策していると、そこに集まっていたのは背の低いアジア系の女性が大半でした。中にはヒジャブで頭を隠した女性もいました。屋台で売ってるモノも怪しげな食べ物ばかりです。よく分からない肉の串焼きとか、殻付きの玉子とか、ビーフンの様なモノまで売られていました。そこで話されていた言葉も全く聞き覚えが有りません。まるで狐に化かされたような気分でふらふらと公園の端まで歩き、一つのベンチに腰を下ろしました。そこへ犬を連れて散歩の途中のご婦人が歩いてきて、私の隣に腰を下ろし、イタリア語で話しかけてきました。
>
> 年齢はよく分かりませんが、背中は曲がり、髪は真っ白。頭にはジバンシーのスカーフが巻かれ、手足にはカルシウムの蓄積による白蝋化の兆候が出ていました。イタリア語が得意でない私が生返事を繰り返していると。彼女はじれったそうに英語で話し、やがてフランス語で話しかけてきました。当時フランスに住んでいた私としては、フランス語で話しかけられて無視するワケにもいかず、暫らくの間彼女と彼女が連れていた大人しいマルチーズの相手をする事になったのです。
>
> 彼女が説明してくれた。ローマに突然現れたマニラの裏通りの様な光景は1980年代初頭から始まったそうです。観光都市ローマのホテルの掃除や洗濯などをフィリピン系の業者が請け負い、フィリピンやインドネシアから労働者を呼び寄せ働かせているとの事でした。私を話し相手に選んだ老婦人もこの近くで三ツ星のホテルを経営していたが、10年程前に経営権を売って、今は年金暮らしだと言っていました。長年宿泊業を営んでいた為、英語やイタリア語、フランス語を始めに6ヶ国語が喋れるよと、カカカと大きな口を開けて笑っていました。私は彼女に気に入られたのか、彼女が下げていたジバンシーのショッピングバッグの中から取り出した、素性の怪しいグラッパを御相伴に預りながら、夕暮れ時から2時間ほど話し込んでしまいまいました。マニラの裏通りの様な光景を作り出していた女性達は朝から夕方までホテルなどで働き、夕方になるとこの公園に集まり、同じ境遇の女性たちと食事を楽しんだり、話しをしたりして、日付が変わる時間の前に解散していくのだそうです。そして、老婦人は妖しげな話をしてくれました。彼女達を取り仕切って、この場所で屋台を出させているのはシノアだよ。そう言って、指を一本口の前でシーと云う動作をしました。
>
> その後、日本に帰りネットの情報でこの頃からヨーロッパの各地でチャイニーズ・マフィアが勢力を伸ばし始めていた事を知り、ジバンシーのスカーフを頭に巻いた老婦人の白蝋化した指先をを思い出しました。どの程度の割合かは全く分かりませんが、世界各地で彼女達はその資金源になっている、もしくはなっていた可能性も有るのでは無いかと考えています。

 ワタシも以前一度だけイタリアへ行った事があり、その時テルミ駅近くのホテルに泊まりました。 安いホテルだったせいかフロントもボーイも東洋人でした。 だから安ホテルの従業員がフィリピン人やインドネシア人だと言うのはその通でしょうね。

 ワタシ自身、貧乏くさい恰好をしていたので、ヨーロッパ旅行中ずうっと出稼ぎ東洋人だと思われたらしく、オーストリアではトルコ人の男性からナンパされたのですが、その時の殺し文句は「自分はオーストリアの永住権を持っている」でした。
  1. 2017-03-09 13:09
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  3. よもぎねこ #-
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大学進学率

よもぎねこさんのテーマの切り口がとても新鮮で、毎回なるほどと思いながら勉強させていただいてます。

日本でのフィリピン人メイドさんについて、あまりうまくいかないのではと個人的には思っています。
そもそも日本人はあまり英語が得意ではないし、高収入でも自宅に他人、特に外国人を入れたがらない人も多いのではと。
人を使うことに慣れている在日外国人の方なら、需要はあるかなと思いますが…。

ちょっと今回のテーマからは逸れますが、フィリピンの大学進学率ってどのくらいだろうと、世界の大学進学率一覧を見てみたところ、フィリピンは35.75%で83位とだいたい予想通りだったのですが、別の意味でびっくりしました。世界の大学進学率が高くて。

日本の大学進学率は63.36%でこんなものだろうと思うのですが、世界では42位で日本より高い国が40ヵ国以上もあるんですね。80%以上の国だけでも18ヵ国もある。
日本でさえ、大学全入時代と言われて一部大学の授業の質の低下が問題になっているのに、他の国ではその辺どう解決しているんでしょう?

それとちょっとおもしろいなと思ったのが、いわゆるG7の国の中で、アメリカと表に載っていないカナダを除いた五か国は、50~60%台と先進国の中ではそれほど高い数値ではないんですね。まあG7が既に「先進七か国」から外れてるという見方もあるんでしょうが…。

フィリピンを見ていると、国の発展には、教育、特に高等教育はとても重要な要素ではあることは間違いないけれど、それだけでは駄目で、それを生かせるシステムを国内に作らないと発展には結びつかないということなのかなと思います。
何しろ大学進学率堂々一位は、あのギリシャですし…。
  1. 2017-03-09 22:46
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  3. 絹毛鼠 #-
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Re: 大学進学率

> よもぎねこさんのテーマの切り口がとても新鮮で、毎回なるほどと思いながら勉強させていただいてます。
>
> 日本でのフィリピン人メイドさんについて、あまりうまくいかないのではと個人的には思っています。
> そもそも日本人はあまり英語が得意ではないし、高収入でも自宅に他人、特に外国人を入れたがらない人も多いのではと。
> 人を使うことに慣れている在日外国人の方なら、需要はあるかなと思いますが…。

 パソナは大儲けを期待しているようですけどね。
>
> ちょっと今回のテーマからは逸れますが、フィリピンの大学進学率ってどのくらいだろうと、世界の大学進学率一覧を見てみたところ、フィリピンは35.75%で83位とだいたい予想通りだったのですが、別の意味でびっくりしました。世界の大学進学率が高くて。

 35%ってワタシが大学生だった70年代がそのぐらいでしたね。
 これだけの進学率で海外でメイドと言うのが悲しいですね。
>
> 日本の大学進学率は63.36%でこんなものだろうと思うのですが、世界では42位で日本より高い国が40ヵ国以上もあるんですね。80%以上の国だけでも18ヵ国もある。
> 日本でさえ、大学全入時代と言われて一部大学の授業の質の低下が問題になっているのに、他の国ではその辺どう解決しているんでしょう?
>
> それとちょっとおもしろいなと思ったのが、いわゆるG7の国の中で、アメリカと表に載っていないカナダを除いた五か国は、50~60%台と先進国の中ではそれほど高い数値ではないんですね。まあG7が既に「先進七か国」から外れてるという見方もあるんでしょうが…。

 大学の定義も国により様々で、成人向けの文化講座のようなモノまで大学としてカウントしている国もあるようです。 だから進学率の順位も統計によって違うようです。

 しかしワタシは本当に日本言う大学を考えるなら、現在でも進学率は高すぎると思います。
 高校で既にが勉強に嫌気の射している子達がさらに進学するのは、人生の浪費としか思えないからです。

 進学率の向上は学歴インフレになるだけです。

> フィリピンを見ていると、国の発展には、教育、特に高等教育はとても重要な要素ではあることは間違いないけれど、それだけでは駄目で、それを生かせるシステムを国内に作らないと発展には結びつかないということなのかなと思います。
> 何しろ大学進学率堂々一位は、あのギリシャですし…。

 全くその通りだと思います。 
 フィリピンの不幸は国内産業基盤が脆弱なのに、英語教育が徹底したので、人材が出稼ぎに集中した事です。
 
 そうなると出稼ぎの為に進学させると言う情けない状況になってしまうのです。
  1. 2017-03-10 11:02
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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