2017-01-27 15:07

こんな事で憎まれては堪らない イスラム原理主義

 アヤーン・ヒルシ・アリの「もう、服従しない」の中で、アヤーンが思春期の頃、イスラム信仰に傾倒してザイイド・クトゥブの著書に読みふけった体験を書いていました。

 ザイイド・クトゥブと言う名前にはワタシも覚えがあります。
 しかしコイツ、ホントに今でもイスラム教徒に支持されているんですね。

 ゾッとしました。

024

 ワタシがザイイド・クトゥブの名前を知ったのは池内恵のface bookからです。

 ザイイド・クトゥブはムスリム同胞団の論理的指導者で、彼が獄中で書いた「道標」などの著書が、文字通りイスラム原理主義運動の道標になっています。

 しかしワタシが池内恵のface bookから興味を持って読んだのは、池内恵の著書「中東危機の震源を読む」の中でザイイド・クトゥブを取り上げた章「アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験」と言う部分です。

 イスラム原理主義者は皆物凄い反米なのですが、その嚆矢がザイイド・クトゥブのアメリカ憎悪なのです。

029
 
 ザイイド・クトゥブは1948年から二年間、教育調査と言う名目でエジプト政府からアメリカに派遣されました。
 そしてこのアメリカ体験が、彼を西欧文明憎悪、何よりもアメリカ憎悪に駆り立てようなのです。

 エジプトは当時独立直後で、ザイイド・クトゥブはこの頃のエジプトを代表する小説家で知識人でした。

 そこでエジプト政府は彼に自分の目でアメリカ社会を見て、エジプト近代化に役立てて欲しかったようです。

 しかし大変奇妙な事ですが、ザイイド・クトゥブはロッキー山脈の山間にある人口2万人の田舎町でかなりの期間を過ごし、ここでの体験が当に「アメリカ憎悪を肥大させた原体験」になってしまうのです。

032

 一体ここで何があったのか?
 人種差別や宗教差別で散々イヤな思いをしたのか?

 まあ、それならわかります。

 でもどうやら街の人々はこの中年のアラブ人に結構親切だったらしく、例えば街の教会が主催するダンスパーティに招待したりしているのです。

 田舎町のしかも教会主催のダンスパーティですから、至って健康的なものです。

 街の集会場を赤や青の電飾で飾り、街の夫人達がオードブルや飲み物を用意して、若い男女が踊ると言うものです。

 牧師様は参加者の若い男女が、ダンスの相手を見つけられるように気を遣い、ヒット曲のレコードを掛けて、何とか楽しい雰囲気を盛り上げようとします。

033

 ところがザイイド・クトゥブの目にはこれが許し難い淫乱行為、ソドムとゴモラの乱交パーティのように映ったのです。 
 
 池内恵は「アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験」の章で、ザイイドによるこのダンスパーティの描写を紹介していますが、読んでいるとゾッとするのです。

 池内恵は男性なのでどう思ったかはわかりませんが、ワタシは一応女性なので、このザイイドの描写を読んでいると、憎悪と性欲でギラギラした目で、舐めるように女性達を見つめる中年男の姿が浮かんできます。

 もしワタシがこのダンスパーティで主催者側の手伝いで飲み物やオードブルの用意などしていたら、牧師様に言うでしょう。

 ねえ、牧師様。 あの気持ちの悪い男は何ですか?
 早く摘まみ出してください。
 娘さん達が気持ち悪がっているじゃないですか?
 あんなイヤラシイ目で、ジロジロ眺められたら、ダンスを楽しむどころじゃないです。
 もしも摘まみ出せないなら、娘さん達は絶対に一人で帰さないで下さい。
 あの男、絶対襲いますよ!!

036

 実はこの街はアメリカでも有数の敬虔なキリスト教信仰の街と知られていて、街の人達の殆どはお酒も飲みません。 だからパーティの飲み物にもお酒は無かったでしょう。

 そして女性達も目一杯お洒落はしていたのでしょうが、肌を露出するようなセクシーなパーティドレスは着ていません。
 
 また1940年代の話ですから、ドラッグや婚外交渉など一般アメリカ人の間でも完全なタブーです。

 遠いエジプトからやってきた知識人を何でワザワザ極め付きの田舎町に滞在させたか?

 これはおそらく受け入れ側のアメリカ関係者達が、エジプト人にはアメリカの都市はカルチャーショックが大きすぎると思ったからではないでしょうか?

 それでも女性がベールで完全に全身を隠すような世界から来た人間にすれば、女性が顔や髪を晒し、未婚の男女が手を取り合って踊るだけでも大変な淫行に思えたのでしょう。

041

 しかし何でそれだけなら憎悪する理由にはならないでしょう?

 他人同士が幾ら淫行に耽っても、自分には何の害も関係も無い話ですから。

 それでもあのように憎悪するのは、鬱屈した性欲が憎悪に転換しているとしか思えないのです。

 実際、ザイイドはダンスをする女性達の肉体を、一種異様に美しく魅力的に描いているのです。
 
 女のワタシが読んでいても、若い女性のまろやかな胸や腰の手触りが感じられるような文章です。

 そして彼女達がその美しい肉体で、男性を誘惑し、淫行に耽ろうとしていると非難するのです。

 イヤ、そりゃ若い女の子なら皆それなりに可愛いだろうけど、田舎町のイモネイチャだしさ。
 そもそもこの子達、誰もこんな気持ちの悪い中年男なんか相手にする気はないと思うよ。
 だって皆お目当ての青年と踊りたくて来てるんだしさ。
 ワタシみたいなオバチャンだって、こんな気持ちの悪い奴には近づきたくないわさ。
 それを自分が誘惑されているように勘違いして、怒り狂うって?
 アンタ、救い難く助平なんだよ。

043

 マジにこの男が街をうろついている間、街の女性達はホントに気持ちの悪い思いをしたと思いますよ。 

 因みにこの男はあるアメリカ女性が自分を誘惑したとして、その様子も描写しています。

 でもワタシは女性として断言します。

 そんなの完全にコイツの妄想です。

 その女性は何かの用事か偶然で、コイツと二人きりで話をしなければらなかったのかもしれませんが、誘惑する気なんか絶対なかったでしょう。

 ところがコイツは性欲ギラギラだから、勝手に自分が誘惑されたと妄想したのです。
 マジに気持ち悪い!!

048
 
 そしてこれがコイツのアメリカ憎悪の原点なのです。

 こ、こんな事で憎まれたら堪りません。

 こんな事で憎むなら、コイツが日本に来ていたら日本を憎んだでしょう。
 この時代、日本にはダンスパーティはないけれど、しかし女性がベールをぶって歩いているわけではありませんから。

 因みにこれらの話はザイイド・クトゥブの「The America That I Have Seen: In the Scale of Human Values(私が見たアメリカ)」の中に書かれているそうです。

 この中でザイイド・クトゥブは、アメリカの淫行だけでなく物質主義等も激しく非難しているそうです。

054

 しかしこの淫行への非難を見ていると思うのです。

 結局こうしたアメリカへの憎悪って、実は自分達が欲しくて堪らないモノを得られない事への恨みじゃないですか?
 
 自分達が欲しくて欲しく堪らないモノを、アメリカは大量に持っている。
 アメリカ人は自分達が欲しくて欲しくて堪らない、しかし絶対に手に入れる事が出来ないモノを自由に手に入れて、好きなように使っている。

 これに対する恨みだとしか思えないのです。

059

 昔「千夜一夜物語」を読んだ時に思ったのですが、アラブ世界って物欲・性欲ギラギラ世界です。

 例えばあの中で延々と続く宝石の描写など、宝物と言えば「金銀珊瑚綾錦」でオシマイの日本のお伽噺とは大違いです。

 ああ、アラブの人々はこういうモノに対する欲望が猛烈に強いのだなあ・・・・と思ったのです。

060

 イスラム教徒の女性達が、ベールを被るのは、女性の肉体は男性にとって非常に刺激的なので、そのまま晒すと男性の性欲が暴走する。 それを防ぐ為だと言うのです。

 アヤーン・ヒルシ・アリの「もう、服従しない」の中でも、ムスリム同胞団の若者達の集会の中で、彼等が女性の肉体の何処が男性の性欲を刺激するか? だから女性は何処を隠さなくてはならないかを大真面目に議論する話が出てきます。

 そこで彼等は女性の目だとか、鼻だとか、ハイヒールを履いたつま先とかが、いかに男性の性欲を刺激するかを討論し、だから隠すべきと言うのです。

 女性の目とか鼻とかハイヒールを履いたつま先で暴走して制御不能の性欲って何でしょうね?

 イスラム教徒の男性って皆淫乱症なんですか?

062

 こうした世界から来た人からすれば、アメリカは(アメリカだけでなく欧州も日本も)際限もなく欲望を刺激される世界です。

 しかも性欲は自身で自制する意思はなく、男性性欲に伴うトラブル回避の責任は全て女性側にあると言う認識ですから、自分が欲情すればそれは刺激した女性が悪いと言う話しになるのでしょう。
 
 そして同様に自分が物欲を刺激されたら、それはそのような物を作ったり売ったりする人間が悪い、そういう人間にやりたい放題させる社会が悪い、と言う事になるのでしょうね。

 これは別にイスラム原理主義者だけでなく、禁欲的理想主義を唱える人間全てに共通する発想です。

 そして自分達がそれで禁欲と貫き理想を求めるだけなら、それはそれて結構な話です。

 しかし大変困った事ですが、こうした禁欲主義者は自分が禁欲するだけでは済まず、禁欲しない他人を憎悪するのです。

 それはつまり他人が欲望を満たしているのを見たら、自分の禁欲が辛くて堪らなくなるからでしょう。
 
 挙句の果てに自分の満たされぬ欲望を生み出す社会を破壊しようとするのです。

 自分の手に入らない物ばかり生産販売する社会は壊してしまえ!!

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 しかしこんな事で憎まれては堪りません。
 
 そして当然ですが、憎悪の原因がこれですから、アメリカだけが憎まれて済む話ではないのです。

 彼等の欲望を掻きたてるモノを生産販売しているのは、実は日本だって同じなのです。
 
 そしてコーランではキリスト教徒やユダヤ教徒は「仲間にするな」と言うだけですが、我々日本人のような多神教徒は「見つめ次第殺せ」と書かれています。

 それを考えるとイスラム原理主義者の反米は他人事ではありません。 
 我々日本人も相応の覚悟を持って対応するべきです。

  1. 古本
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コメント

大変いい勉強になりました。

原理主義的なイスラム教での女性に対する見方がよく理解出来ました。それはそうとして、このような女性の味方は、マホメットに始まるイスラム教の初めからのものなのでしょうか?イスラム帝国がコンスタンチノーブルを陥落したころから、そうだってのでしょうか?イスラム教の大本にこのような思想があるとすれば、他の一神教、あるいは我が国のような多神教的世界と共存することは絶望的ですね。キリスト教が長い時間と血をかけて、異端、異教となんとか、共存している世界の中でイスラム教は、まだ時間がかかるということなのでしょうか?
  1. 2017-01-27 20:57
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  3. 酔っ払い爺さん #-
  4. 編集

>結局こうしたアメリカへの憎悪って、実は自分達が欲しくて堪らないモノを得られない事への恨みじゃないですか?

なるほど。これって、朝鮮民族が持つ「恨」と同じですよね。だからパヨクとアラブ人と朝鮮人は似ているんですね。納得です。

>イスラム教徒の女性達が、ベールを被るのは、女性の肉体は男性にとって非常に刺激的なので、そのまま晒すと男性の○欲が暴走する。それを防ぐ為だと言うのです。

サウジアラビアに家族で駐在している方のブログに、こんな記事がありました。

カオナシ?|不思議の国のマユミン -サウジアラビアより愛と砂を込めてー
http://ameblo.jp/pandamayumin/entry-10891722319.html

>そしてコーランではキリスト教徒やユダヤ教徒は「仲間にするな」と言うだけですが、我々日本人のような多神教徒は「見つけ次第殺せ」と書かれています。

考えてみれば、インドがイギリスから独立した時も、イスラム教徒だけは国民統合できなくて、パキスタンとバングラデシュという別の国を作ってるんですよねぇ。
多民族多宗教国家のミャンマーでも、イスラム教徒のロヒンギャ族だけが、他の民族から蛇蝎のごとく嫌われているし・・・。
  1. 2017-01-27 21:37
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  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

TEロレンス

えっと、私は40年代のアメリカ文化や、同時期のエジプトの世相に詳しいわけでは有りませんが1948年と云えば、第二次世界大戦後ですから、田舎町とはいえ合衆国内の女性は社会進出していたと思いますし、肌の露出は少なくとも、あまり現在と変わらぬ権利を獲得していたでしょう。

以上の事柄は当時のイスラム教徒にとっては冒涜的な事に感じてしまうかもしれません。TEロレンス関連の書籍を見ていると、第一次世界大戦時のイスラム社会が伺い知れます(まあ、現在もそれ程大きな違いは無いでしょうが)何しろ父権の強い社会ですから、家庭の中で一番強いのは父親、その父親とて部族の中ではその兄や父親に逆らえません。女子供等は父親の所有物に過ぎず、奴隷とあまり変わらぬ存在なのです。ですからこのザイードが受けたカルチャー・ショックはアメリカ女性の性的な魅力と云うよりその社会的な存在感と地位にあったのではないでしょうか?

私の仮定通りであれば、敬虔なイスラム教徒である彼にとっては、神をも恐れぬ行為として目に映ったのかっも知れません。何しろイスラム教徒にとってはイスラム教のみが宗教であり、教えであり、生きる道なのですから、他国の人の言う事など頭から否定してしまいます。

現在でもムスリムにとってクルーアンは絶対的なものです。何しろ神の言葉であり、教えなのですから、アラビア語以外の言葉で書かれたそれを(翻訳されたもの)彼らはクルーアンとして認めない程です。そしてアメリカ女性の魅力を認めてしまう事は彼にとっては、神の否定に繋がります。ザイードはわずか10歳にしてクルーアンを暗唱できたと言われてますから、神の否定は自分自身の否定でもあり、ザイードの精神はそれを許さなかったのではないかと想像します。男って馬鹿ですよね。私も男ですが。
  1. 2017-01-27 21:45
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  3. エピキュリアン #-
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豚骨スープは禁断の味? イスラエルに日本のラーメン店
http://www.asahi.com/articles/ASK1P2JXDK1PUHBI026.html?ref=yahoo
 ユダヤ教の食事規定では豚肉は禁止で、人口の2割を占めるアラブ系に多いイスラム教でも厳禁だ。それでも「本物」にこだわり、豚や鶏を現地で探し出し、麺は地元工場に特注。麺のかんすいと秘伝のたれは日本から持ち込んだ。

 ユダヤ教やイスラム教などの聖地があるエルサレムに比べ、テルアビブは宗教的な規制を嫌う世俗派も多い開放的な街だ。豚の料理を出す店は少ないが、好きな人には人気があるという。

※これには私もビックリしました。世俗派が増えてくれる事を願うばかりです。
  1. 2017-01-27 22:28
  2. URL
  3. taigen #-
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最近感じたふとした疑問1

よもぎねこさんの言われる事はよーく理解出来たんですが、最近私が感じた疑問を書き込むのに都合の良いエントリなので書き込ませて下さい。
イスラム教国の話ですが、イスラム原理主義の話とは違うのでスレチになりますがお許しを。

新春早々NHKBSで砂漠マラソンを放送してまして…何日も前から告知で知っていた私は録画して放送日を心待ちにしていました。
そして圧倒的な砂漠の美しさにすっかり魅了され、私もあの見渡す限り砂漠の中を歩きたい(250㎞もの距離を走る。とはとても言えない)と思いレース出場に向け少しづつ走り始めました。(無理なく10年計画です。)

今大会(2016年)の優勝者は30代の日本人でした。
一見普通のサラリーマン。ドイツ駐在中にマラソンの楽しさを知り、仕事の合間を縫って練習を重ね国内外のレースに出場、今回見事初優勝。
いつも笑顔で、謙虚で威張ったところがなくてひょうひょうとしてるのに、物凄く速くて、同じ日本人としてそのパーソナリティ含め誇らしかったです。

彼以外にも今大会GWに被った事で例年より日本人の参加者は多かったようですが、日本て豊かだなぁと思ったのは、大会最高齢(71才)の走者も日本人だったんです。
勿論完走してました。スーパー70代ですね。
砂漠レースに出場するには交通費含め参加費用に100万近くかかるんです。
単に砂漠を見たいだけならその金額払えば、ビジネスクラスでそこそこレベルのホテルに泊まって10日程のツアーに参加出来るにもかかわらず敢えて過酷な砂漠レースに参加しようとする大会最高齢、それがどんなに贅沢な事か…

長くなるので一旦終わります。







  1. 2017-01-27 22:56
  2. URL
  3. 桜咲く #-
  4. 編集

最近感じたふとした疑問2

続きです。

女性の一位はアメリカ人でした。2つの会社を経営してるって言ってました。
(因みに4位は日本人でした。以前出場したマダガスカルレースでは優勝経験があるのに惜しかった。
そうそう、今回はナミビアのナビブ砂漠で開催されました。)
そして、2位にアフガニスタンの人。

と、ここで、確認しようと今録画を見直したら、アフガニスタンではなくレバノンでしたー!!
やだー、どうしましょ?
レバノンってコテコテのイスラム教国じゃない。
あー…、私の疑問解決されたかも。

いえ、私、二位の人をアフガニスタン出身だ思い込んでまして、彼女体育教師をしているんですが、レバノンの女性が頑張れる事を世界に示したい、と家族や仲間の支援を受けて参加したそうなんですが、赤いネイルをしてたんですよ。
彼女の雰囲気から「今大会の為に頑張ってネイルしました。」って感じじゃなくて、普段からしてる感じ。職場でも。
イスラム教って結構自由なんじゃないかって、アフガニスタンだと思い込んでたから、
私は学生時代教職を取っていて教育実習の経験があるんですが赤いネイルはなかったぞ、と。
結局教員にはならず会社勤めしたけど(大学が東京にあったので東京で就職した。)数年後少し濃い目のピンクのネイルをして行ったら、別の部署の部長に「私はそんな色のネイルは嫌いだね。」と言われたぞ、と。
「別にあんたの好みなんて関係ないし。」とは20代の私には言えなかった。無念。

あれから何十年か経った今、月一回ネイルサロンに通っていますが、(実家に戻ったので九州在住)ネイリストさん曰く教員や会社員は薄いピンクかベージュといった無難なネイルしか出来ないようです。例外はあるかもですが、結構厳しい縛りがあるとよく聞くとの事。

そんな事情も踏まえ、TPOと言ってしまえばそれまでだけど、規律が厳しいとされるイスラム教国より意外と日本人女性の方が縛りがあるかも?
と、思って書き込みしましたが、レバノンだったんで、疑問自体がなくなりました。
コメント欄汚して本当にごめんなさい。


  1. 2017-01-27 23:40
  2. URL
  3. 桜咲く #-
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イスラム教徒の自制心のなさ

よもぎねこさん、いつもどおり鋭い指摘です。私がまだイスラム教徒について無知だった頃、女性の全身を覆うブルカについて、女性の顔や脚が見えるくらいで欲情に走るほどモスレム男性は自制心がないのだろうかと思ったものです。しかし、モスレム移民の行く先々で起きる極悪な性犯罪をみるにつけ、本当に多くのモスレム男には全く自制心がないのだと確信するに至りました。

普通の文明人ならたとえ美しい女性を前にして魅力を感じたとしても、サカリのついた犬みたいに襲いかかったりはしません。ところがモスレム男たちはこれを日中平気でやります。

モスレム聖教者がブルカを被っていない女は強姦を欲しているのだとか平気で言いますからね。

イスラム圏で女性が家族の男性同伴でしか外出できない規則のある国などでも、家族以外の男たちは他人の女でも一人歩きをしている女を勝手に襲っていいと言う気持ちがあるからです。そして女が強姦されたらそれは襲った男より、男をそういう気持ちにさせた女に責任があるとして女の方を罰するのです。

イスラム教はその教えそのものが断固女性の敵です。欧米のフェミニストたちがやたらにイスラム教に迎合する理由が私には全く理解できません。

ところでこの間アメリカで行なわれたウーマンズマーチの主催者の一人で、パレスチナ親派のモスレム女がアリ女史は本当の女ではないというような暴言を吐いていました。命がけで女性の人権を守ろうとしている女性を締め出すようなフェミニズムなどまるで意味がありません。フェミニストこそが女性の敵です。
  1. 2017-01-28 04:37
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  3. 苺畑カカシ #-
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>桜咲く さん

レバノンは人口の約半分がキリスト教徒だそうですよ。ちなみに、日産のカルロス・ゴーン会長はレバノン系ブラジル人です。

レバノン - Wikipedia 宗教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%8E%E3%83%B3#.E5.AE.97.E6.95.99

中南米について調べていて知ったんですが、19世紀ごろから中東のキリスト教徒の多くが中南米に移民してるんですよね。
中東でイスラム教が原理主義的になったのは、異教徒がいなくなった事と関係があるかもしれません。華僑がいる東南アジアのイスラム教は、中東よりは穏健で世俗主義的ですから。

レバノン系ブラジル人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%90%E3%83%8E%E3%83%B3%E7%B3%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%AB%E4%BA%BA
アラブ系ブラジル人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E7%B3%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%AB%E4%BA%BA
アラブ系アルゼンチン人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E7%B3%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%B3%E4%BA%BA
チリにおけるパレスチナ人のコミュニティ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%91%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%8A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3
  1. 2017-01-28 11:11
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

Re: 大変いい勉強になりました。

> 原理主義的なイスラム教での女性に対する見方がよく理解出来ました。それはそうとして、このような女性の味方は、マホメットに始まるイスラム教の初めからのものなのでしょうか?イスラム帝国がコンスタンチノーブルを陥落したころから、そうだってのでしょうか?イスラム教の大本にこのような思想があるとすれば、他の一神教、あるいは我が国のような多神教的世界と共存することは絶望的ですね。キリスト教が長い時間と血をかけて、異端、異教となんとか、共存している世界の中でイスラム教は、まだ時間がかかるということなのでしょうか?

 ワタシもそこまでイスラム史に詳しくありません。

 しかしワタシの知る限り、ムハンマドと言う男は多数の美女を妻妾にしていた男で、全然禁欲主義者じゃないです。
 但し女性隔離の習慣が徹底しているので、妻や妾の持たない男性は、母親と姉妹以外の女性の顔を見る事さへできない事になります。

 でもこの女性隔離の習慣も、アラブなど古くからイスラム教だった地域以外では、それほど厳しくなくて、ベールを被る習慣がなかった地域も多いです。

 イスラム世界は17世紀、18世紀になっても拡大を続けたので、新しくイスラム教化した地域では、こうした習慣もそれほど浸透してなかったのです。

 それがこの20~30年の間に、急速にイスラム原理主義化して、ベールを被る女性も増えて、女性隔離が厳しくなってきました。

 もう一つ、女性隔離が厳しいせいか、イスラム世界では長らく同性愛には寛大でした。 コーランでは同性愛は禁止なのですが、女性隔離が余りに厳しく、妻や妾の持てない男性は、一生母親と姉妹以外の女性の顔も見られないのでは、同性愛ぐらい許さないと不味いからでしょうか?

 ところが今はこれも物凄く厳しくなっています。

 エイズの流行なども原因ですが、イスラム原理主義化でコーランで禁止されているのだから禁止になったのです。

 こういう状況を見ていると、今のイスラム原理主義と言うは、イスラム史の中でも特異な状況かも知れません。
 ワタシは今のイスラムの状況は、西洋史では宗教改革前夜の状況と同じではないかと思っています。

 しかしそうなるとその後に来るものが非常に恐ろしいです。

 イスラム教ではキリスト教と違って、異教徒の殲滅や迫害がコーランに明記されており、またイスラム法による統治が神の統治となっています。
 
 これだとキリスト教世界の宗教戦争以上に深刻化するの可能性が高いです。
 

 

 
  1. 2017-01-28 12:14
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >結局こうしたアメリカへの憎悪って、実は自分達が欲しくて堪らないモノを得られない事への恨みじゃないですか?
>
> なるほど。これって、朝鮮民族が持つ「恨」と同じですよね。だからパヨクとアラブ人と朝鮮人は似ているんですね。納得です。

 朝鮮人だけでなく、共産主義者など社会正義を振り回す連中も皆同類だと思います。

> >イスラム教徒の女性達が、ベールを被るのは、女性の肉体は男性にとって非常に刺激的なので、そのまま晒すと男性の○欲が暴走する。それを防ぐ為だと言うのです。
>
> サウジアラビアに家族で駐在している方のブログに、こんな記事がありました。
>
> カオナシ?|不思議の国のマユミン -サウジアラビアより愛と砂を込めてー
> http://ameblo.jp/pandamayumin/entry-10891722319.html

 気持ち悪いですね。

> >そしてコーランではキリスト教徒やユダヤ教徒は「仲間にするな」と言うだけですが、我々日本人のような多神教徒は「見つけ次第殺せ」と書かれています。
>
> 考えてみれば、インドがイギリスから独立した時も、イスラム教徒だけは国民統合できなくて、パキスタンとバングラデシュという別の国を作ってるんですよねぇ。
> 多民族多宗教国家のミャンマーでも、イスラム教徒のロヒンギャ族だけが、他の民族から蛇蝎のごとく嫌われているし・・・。

 イスラム教徒はイスラム絶対化をしなければならないのです。 そうなると他の宗教を持つ民族とは「仲間」になれません。
 これが非常に問題なのでしょう。
  1. 2017-01-28 12:19
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: TEロレンス

> えっと、私は40年代のアメリカ文化や、同時期のエジプトの世相に詳しいわけでは有りませんが1948年と云えば、第二次世界大戦後ですから、田舎町とはいえ合衆国内の女性は社会進出していたと思いますし、肌の露出は少なくとも、あまり現在と変わらぬ権利を獲得していたでしょう。

 40年代のアメリカって、「名犬ラッシー」などホームドラマの世界ですよね。
 だから日本人の感覚では至って健康的な世界です。
>
> 以上の事柄は当時のイスラム教徒にとっては冒涜的な事に感じてしまうかもしれません。TEロレンス関連の書籍を見ていると、第一次世界大戦時のイスラム社会が伺い知れます(まあ、現在もそれ程大きな違いは無いでしょうが)何しろ父権の強い社会ですから、家庭の中で一番強いのは父親、その父親とて部族の中ではその兄や父親に逆らえません。女子供等は父親の所有物に過ぎず、奴隷とあまり変わらぬ存在なのです。ですからこのザイードが受けたカルチャー・ショックはアメリカ女性の性的な魅力と云うよりその社会的な存在感と地位にあったのではないでしょうか?

 この本だけではわかりませんが、おそらくそうでしょうね。

 女性が自由に出歩いて、ダンスパーティで好きな相手と踊っている。
 これだけでも大変なショックだったのでしょう。
>
> 私の仮定通りであれば、敬虔なイスラム教徒である彼にとっては、神をも恐れぬ行為として目に映ったのかっも知れません。何しろイスラム教徒にとってはイスラム教のみが宗教であり、教えであり、生きる道なのですから、他国の人の言う事など頭から否定してしまいます。

 そうだと思います。 イスラムの習慣以外は絶対に認められないと言うのが原則でしょうから。

> 現在でもムスリムにとってクルーアンは絶対的なものです。何しろ神の言葉であり、教えなのですから、アラビア語以外の言葉で書かれたそれを(翻訳されたもの)彼らはクルーアンとして認めない程です。そしてアメリカ女性の魅力を認めてしまう事は彼にとっては、神の否定に繋がります。ザイードはわずか10歳にしてクルーアンを暗唱できたと言われてますから、神の否定は自分自身の否定でもあり、ザイードの精神はそれを許さなかったのではないかと想像します。男って馬鹿ですよね。私も男ですが。

 アヤーン・ヒルシ・アリがシンクタンクで働いていた時に、移民の調査をしたら、イスラム移民が一番生活保護の受給率や犯罪率が高く、オランダ社会に適応できていなかったそうです。

 これはドイツでも似たような話があります。

 イスラム教徒にはコーランが絶体的なので、他国に適応すると言うのは、コーランの否定と考えてしまうのでしょう。
 だから他国に移民してもなかなか適応できないのです。

 これは非常に厄介ですよね。
  1. 2017-01-28 12:28
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 豚骨スープは禁断の味? イスラエルに日本のラーメン店
> http://www.asahi.com/articles/ASK1P2JXDK1PUHBI026.html?ref=yahoo
>  ユダヤ教の食事規定では豚肉は禁止で、人口の2割を占めるアラブ系に多いイスラム教でも厳禁だ。それでも「本物」にこだわり、豚や鶏を現地で探し出し、麺は地元工場に特注。麺のかんすいと秘伝のたれは日本から持ち込んだ。
>
>  ユダヤ教やイスラム教などの聖地があるエルサレムに比べ、テルアビブは宗教的な規制を嫌う世俗派も多い開放的な街だ。豚の料理を出す店は少ないが、好きな人には人気があるという。
>
> ※これには私もビックリしました。世俗派が増えてくれる事を願うばかりです。

 ハハハ、驚きましたね。 エルサレムで豚骨ラーメンが食べられるなんて。
  1. 2017-01-28 12:37
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 最近感じたふとした疑問2

> 続きです。
>
> 女性の一位はアメリカ人でした。2つの会社を経営してるって言ってました。
> (因みに4位は日本人でした。以前出場したマダガスカルレースでは優勝経験があるのに惜しかった。
> そうそう、今回はナミビアのナビブ砂漠で開催されました。)
> そして、2位にアフガニスタンの人。
>
> と、ここで、確認しようと今録画を見直したら、アフガニスタンではなくレバノンでしたー!!
> やだー、どうしましょ?
> レバノンってコテコテのイスラム教国じゃない。
> あー…、私の疑問解決されたかも。
>
> いえ、私、二位の人をアフガニスタン出身だ思い込んでまして、彼女体育教師をしているんですが、レバノンの女性が頑張れる事を世界に示したい、と家族や仲間の支援を受けて参加したそうなんですが、赤いネイルをしてたんですよ。
> 彼女の雰囲気から「今大会の為に頑張ってネイルしました。」って感じじゃなくて、普段からしてる感じ。職場でも。
> イスラム教って結構自由なんじゃないかって、アフガニスタンだと思い込んでたから、
> 私は学生時代教職を取っていて教育実習の経験があるんですが赤いネイルはなかったぞ、と。
> 結局教員にはならず会社勤めしたけど(大学が東京にあったので東京で就職した。)数年後少し濃い目のピンクのネイルをして行ったら、別の部署の部長に「私はそんな色のネイルは嫌いだね。」と言われたぞ、と。
> 「別にあんたの好みなんて関係ないし。」とは20代の私には言えなかった。無念。
>
> あれから何十年か経った今、月一回ネイルサロンに通っていますが、(実家に戻ったので九州在住)ネイリストさん曰く教員や会社員は薄いピンクかベージュといった無難なネイルしか出来ないようです。例外はあるかもですが、結構厳しい縛りがあるとよく聞くとの事。
>
> そんな事情も踏まえ、TPOと言ってしまえばそれまでだけど、規律が厳しいとされるイスラム教国より意外と日本人女性の方が縛りがあるかも?
> と、思って書き込みしましたが、レバノンだったんで、疑問自体がなくなりました。
> コメント欄汚して本当にごめんなさい。

 シリアとかレバノンのキリスト教徒の女性は、日本は勿論、欧米より派手な服装をしているみたいですからね。

 富裕層も多いようですし。
  1. 2017-01-28 12:46
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  3. よもぎねこ #-
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Re: イスラム教徒の自制心のなさ

> よもぎねこさん、いつもどおり鋭い指摘です。私がまだイスラム教徒について無知だった頃、女性の全身を覆うブルカについて、女性の顔や脚が見えるくらいで欲情に走るほどモスレム男性は自制心がないのだろうかと思ったものです。しかし、モスレム移民の行く先々で起きる極悪な性犯罪をみるにつけ、本当に多くのモスレム男には全く自制心がないのだと確信するに至りました。

 自制心が無いと言うより、自制しなくて良いと考えているのでしょうね。
 
> 普通の文明人ならたとえ美しい女性を前にして魅力を感じたとしても、サカリのついた犬みたいに襲いかかったりはしません。ところがモスレム男たちはこれを日中平気でやります。
>
> モスレム聖教者がブルカを被っていない女は強姦を欲しているのだとか平気で言いますからね。

 男性の性欲を刺激しないようにする責任は女性の側にあるのであって、男性ではないと考えているのですから、当然の話です。

 自分の性欲は自分で自制すべきと言う、他の社会でのルールは一切考慮しないのです。

> イスラム圏で女性が家族の男性同伴でしか外出できない規則のある国などでも、家族以外の男たちは他人の女でも一人歩きをしている女を勝手に襲っていいと言う気持ちがあるからです。そして女が強姦されたらそれは襲った男より、男をそういう気持ちにさせた女に責任があるとして女の方を罰するのです。

 そんなに責任が重いのに、女性の地位は低いのですよね。 
 普通は責任に応じて地位は上がるのに。

> イスラム教はその教えそのものが断固女性の敵です。欧米のフェミニストたちがやたらにイスラム教に迎合する理由が私には全く理解できません。
>
> ところでこの間アメリカで行なわれたウーマンズマーチの主催者の一人で、パレスチナ親派のモスレム女がアリ女史は本当の女ではないというような暴言を吐いていました。命がけで女性の人権を守ろうとしている女性を締め出すようなフェミニズムなどまるで意味がありません。フェミニストこそが女性の敵です。

 以前、カカシさんが紹介した北欧のフェミニストが、西欧の白人男性に凄い憎悪を剥き出しにして、その補完としてイスラム教徒を賞賛していましたよね?

 ああいうのを見ると、自国の男性を憎悪してるの女が、現在のフェミニストなのだと思います。 因みに自国と自国民を憎悪しているのがリベラリストです。

 だからリベラリストとフェミニストは相性が良いのです。

 自国の男性が敵だから、敵の敵は味方の理論で、フェミニストがイスラム擁護と言う奇妙な状況になっているのでしょうね。
  1. 2017-01-28 13:07
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  3. よもぎねこ #-
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論理的な論説にいつも感心させられています。ありがとうございます。

拝読して考えさせられたこととして、神道を基本としつつもさまざまな宗教の考え方を取り込んでいった、我が国の「宗教文化」の凄さを感じました。最近は、異文化理解だのと何だのといわれていますが、実は我が日本人は、世界でもっとも異文化理解に優れた文化を持っているのではないかと。御存知のとおり、記紀には様々な神が登場しますが、これとて実は土地々々の氏神の「文化」を認めつつ一つの体系に取り込んでいったわけですから。
仏教が入ってきたときも、うまく互いの性格を変質しないように、互いが互いのよいところを取り込んで、それぞれがひとつの宗教として存在してきましたし。今では、キリスト教さえもうまく融合させているのではないかと思います(ローマは認めないかもしれませんが)。
ま、仏教の「輪廻」や「諸行無常」といった観念が、神道との親和性が高かったというのはあるかも知れません。
我が日本列島は、自然の恵みのおかげで、多くの財産を持たなくても生きていくことができたのだと思います。だから、「神」は死ななかったわけですが、動産に対する執着が大きくないことなんかは、「諸行無常」が受け入れられた要因のひとつかなと思っております。

さて、イスラムにしてもキリストにしても、ユダヤにしても、本来はコミュニティの秩序を守るためのものであったはずです。ですから初期段階では、「ねばならない」が多いのは理解できますが、この「ねばならない」というのはかなり危険な思想でもあります。
イスラムだけでなく、EUの移民問題やアメリカの反トランプ運動も、結局はキリスト教の「愛さなければならない」の縛りに抗えないことによるものですから。
これらの宗教は、仏教と異なり、神との契約から始まっています。以前、よもぎねこさんが書いていたとおり、宗教は政そのものであったわけです。キリスト教社会は何とかこの二つを「システム上」切り離すことに成功したみたいですが、それも最近のことなので、構成員の中には切り離すことができない人たちがいるようです。なお、日本では、1000年以上前に政教分離が始まってますが、これも、「神」が死ななかった要因のひとつでもあるでしょう。

では、異なる文化が触れ合った場合どうなるかですが、融合するか、互いに避けるか、一方が他方を滅ぼすか、がとり得る道でしょう。しかし、互いが「ねばならない」文化であった場合、結局は滅ぼし合いに進む可能性が高いような気がします。

本当は、互いに避けた上で両者の間に中立ゾーン(地理的でも、精神的でもいいですが)を置くのが一番いいんですけどね。
日本人はこの中立ゾーンの知恵を獣との関係で体験してきていますけど、人間が支配者であるという宗教にはなかなか難しい思考なのかもしれません。

などといろいろ考えると、我が日本人は凄いなぁと感心してしまいます。

  1. 2017-01-28 17:39
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  3. 独立国家の国民 #-
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Re: タイトルなし

> 論理的な論説にいつも感心させられています。ありがとうございます。
>
> 拝読して考えさせられたこととして、神道を基本としつつもさまざまな宗教の考え方を取り込んでいった、我が国の「宗教文化」の凄さを感じました。最近は、異文化理解だのと何だのといわれていますが、実は我が日本人は、世界でもっとも異文化理解に優れた文化を持っているのではないかと。御存知のとおり、記紀には様々な神が登場しますが、これとて実は土地々々の氏神の「文化」を認めつつ一つの体系に取り込んでいったわけですから。
> 仏教が入ってきたときも、うまく互いの性格を変質しないように、互いが互いのよいところを取り込んで、それぞれがひとつの宗教として存在してきましたし。今では、キリスト教さえもうまく融合させているのではないかと思います(ローマは認めないかもしれませんが)。
> ま、仏教の「輪廻」や「諸行無常」といった観念が、神道との親和性が高かったというのはあるかも知れません。
> 我が日本列島は、自然の恵みのおかげで、多くの財産を持たなくても生きていくことができたのだと思います。だから、「神」は死ななかったわけですが、動産に対する執着が大きくないことなんかは、「諸行無常」が受け入れられた要因のひとつかなと思っております。
>
> さて、イスラムにしてもキリストにしても、ユダヤにしても、本来はコミュニティの秩序を守るためのものであったはずです。ですから初期段階では、「ねばならない」が多いのは理解できますが、この「ねばならない」というのはかなり危険な思想でもあります。
> イスラムだけでなく、EUの移民問題やアメリカの反トランプ運動も、結局はキリスト教の「愛さなければならない」の縛りに抗えないことによるものですから。
> これらの宗教は、仏教と異なり、神との契約から始まっています。以前、よもぎねこさんが書いていたとおり、宗教は政そのものであったわけです。キリスト教社会は何とかこの二つを「システム上」切り離すことに成功したみたいですが、それも最近のことなので、構成員の中には切り離すことができない人たちがいるようです。なお、日本では、1000年以上前に政教分離が始まってますが、これも、「神」が死ななかった要因のひとつでもあるでしょう。
>
> では、異なる文化が触れ合った場合どうなるかですが、融合するか、互いに避けるか、一方が他方を滅ぼすか、がとり得る道でしょう。しかし、互いが「ねばならない」文化であった場合、結局は滅ぼし合いに進む可能性が高いような気がします。
>
> 本当は、互いに避けた上で両者の間に中立ゾーン(地理的でも、精神的でもいいですが)を置くのが一番いいんですけどね。
> 日本人はこの中立ゾーンの知恵を獣との関係で体験してきていますけど、人間が支配者であるという宗教にはなかなか難しい思考なのかもしれません。
>
> などといろいろ考えると、我が日本人は凄いなぁと感心してしまいます。 

 南方熊楠によると日本の宗教はアニミズムだそうです。 
 アニミズム信仰を守る国は世界ではもう僅かです。

 そういう信仰を守って来れたのは、日本が島国で異民族から宗教を強制されずに済んだからでしょう。

 大変幸福な国だったのです。
  1. 2017-01-29 11:29
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  3. よもぎねこ #-
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もうすでに結論は出ていると思うのです。

イスラム教徒やその他の一神教徒は(キリスト教であっても近代にいたる宗教戦争を経験したことがない連中は)その精神構造が中世以前のままだということです。これは別にキリスト教徒に限らず古代からいきなり現代に追いやられた連中はみな自己の価値観以外の存在を認めることのできない古代人そのままの感性の持ち主だということ、そして他社の価値観に従って生きるということが根本的にできない連中だということ、です。

彼らも近代社会にゲストである分にはその行為能力は制限されますから、そう大きな問題にはなりません。しかしこういう連中に内国民と同じような待遇を与えるとやることは、その国民にとっては権利の濫用であり、結局、害悪をもたらす以外にないのです。かつて多神教が当たり前の時代ならば、宗教が違うということは生きる上での価値観が違うのですがそれを理解することは可能でした。ローマ帝国なぞは多宗教多文化多民族国家を実現し立派に運営していたわけですから。

でも一神教徒が国を乗っ取るとこうはいかなくなります。根源はユダヤ教なんですが、余計なものを発明してくれたものです。だから彼らが自己の宗教にある意味根本的に絶望してもらうしかないんだろうというのが小生の結論です。血を見ることなしにこれは成し遂げられないでしょう。

恐らくトランプ大統領にしたところで、まともにアメリカの価値観を受容し国民の義務をその宗教的義務より先に履行してくれるムスリムがいたらやることはおそらく驚くほど変わったでしょう。ヒスパニックにしてもその感性が一般アメリカ国民と相いれない部分があるからこそ嫌われてるのだということを理解しなくてはいけません。こういう連中を一般人と見做してはいけないのです。

だから短期的にはこういう連中を隔離する以外の対策なないでしょう。その意味では入らないようにするか、国内であっても厳格にすみわけするしかないのだと思うのです。

翻って日本の外国人はどうでしょうか。ある程度連中も分かってる、というか外国人であるから商売になったエル側面があることを理解しています。まだゲストの段階ですし声高に権利を叫ぶというのは特亜人の一部のみです。この状態にとどめおくしかないだろうと小生は思ってます。

ああ、もちろん特亜人はその本国との関係悪化はもはや既定の路線ですからそう遠くないうちに清算する必要があるでしょうがね。

恐らく日本は縄文や弥生の頃にはこういう異文化をおそらくは千年単位で吸収同化したんだと思います。でも今はこんなことはできないでしょうからとにかく制限するしかありません。トランプの荒療治も必要だろうと思いますね。

  1. 2017-01-29 21:07
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  3. kazk #cPv2SIBE
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独立国家の国民さんの主張は面白いですね。スリランカやタイの上座仏教の方々にしたら、妻子を持ち酒を般若湯と言い訳して飲んでいる世俗化した日本仏教は「なんじゃこりゃー」と思うのかもしれません。
正月に神社にお参りをして、冬にクリスマスを楽しみ、結婚はキリスト教の教会、死んだ時は坊さんにお経を唱えてもらう。欧米人が日本人は節操が無いなと批判する意見も見た事が有りますが、ポリティカルコレクトネスでメリークリスマスを言えなくなった米国よりよほど健全だと思います。

ちなみに我が出生地である平戸では観光名所として、仏教のお寺とキリスト教の教会が仲良くお隣同士という所が有ります。
http://blog.goo.ne.jp/harigatake1961/e/4dc35e2575c3d332d4925b0ff53c82d4
  1. 2017-01-29 22:25
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  3. taigen #-
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Re: タイトルなし

> もうすでに結論は出ていると思うのです。
>
> イスラム教徒やその他の一神教徒は(キリスト教であっても近代にいたる宗教戦争を経験したことがない連中は)その精神構造が中世以前のままだということです。これは別にキリスト教徒に限らず古代からいきなり現代に追いやられた連中はみな自己の価値観以外の存在を認めることのできない古代人そのままの感性の持ち主だということ、そして他社の価値観に従って生きるということが根本的にできない連中だということ、です。
>
> 彼らも近代社会にゲストである分にはその行為能力は制限されますから、そう大きな問題にはなりません。しかしこういう連中に内国民と同じような待遇を与えるとやることは、その国民にとっては権利の濫用であり、結局、害悪をもたらす以外にないのです。かつて多神教が当たり前の時代ならば、宗教が違うということは生きる上での価値観が違うのですがそれを理解することは可能でした。ローマ帝国なぞは多宗教多文化多民族国家を実現し立派に運営していたわけですから。
>
> でも一神教徒が国を乗っ取るとこうはいかなくなります。根源はユダヤ教なんですが、余計なものを発明してくれたものです。だから彼らが自己の宗教にある意味根本的に絶望してもらうしかないんだろうというのが小生の結論です。血を見ることなしにこれは成し遂げられないでしょう。
>
> 恐らくトランプ大統領にしたところで、まともにアメリカの価値観を受容し国民の義務をその宗教的義務より先に履行してくれるムスリムがいたらやることはおそらく驚くほど変わったでしょう。ヒスパニックにしてもその感性が一般アメリカ国民と相いれない部分があるからこそ嫌われてるのだということを理解しなくてはいけません。こういう連中を一般人と見做してはいけないのです。
>
> だから短期的にはこういう連中を隔離する以外の対策なないでしょう。その意味では入らないようにするか、国内であっても厳格にすみわけするしかないのだと思うのです。
>
> 翻って日本の外国人はどうでしょうか。ある程度連中も分かってる、というか外国人であるから商売になったエル側面があることを理解しています。まだゲストの段階ですし声高に権利を叫ぶというのは特亜人の一部のみです。この状態にとどめおくしかないだろうと小生は思ってます。
>
> ああ、もちろん特亜人はその本国との関係悪化はもはや既定の路線ですからそう遠くないうちに清算する必要があるでしょうがね。
>
> 恐らく日本は縄文や弥生の頃にはこういう異文化をおそらくは千年単位で吸収同化したんだと思います。でも今はこんなことはできないでしょうからとにかく制限するしかありません。トランプの荒療治も必要だろうと思いますね。

 ええ、そうなのです。
 
 民主主義国家で移民が問題にならないのは、移民が自分達の宗教や民族的な価値観よりも、移民先の国の法律や国家の統一を優先する事が大前提なのです。

 今までアメリカに移民してきた人達は殆どそうだったので問題は起きず、移民を受け入れる事で国力を増大できたのです。 ところが今、アメリカやヨーロッパに入っている移民の多くがそうではないのです。

 一番問題なのがイスラム移民で、彼等はあくまでイスラムを最優先と言う発想から出る意思がないのです。
 
 これだとそういう移民が一定数を超えたら、国家と対立勢力になってしまいます。 だから移民を止めるしかないのです。 
 ワタシはトランプのイスラム移民阻止は正しいと思います。
  1. 2017-01-30 13:43
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 独立国家の国民さんの主張は面白いですね。スリランカやタイの上座仏教の方々にしたら、妻子を持ち酒を般若湯と言い訳して飲んでいる世俗化した日本仏教は「なんじゃこりゃー」と思うのかもしれません。
> 正月に神社にお参りをして、冬にクリスマスを楽しみ、結婚はキリスト教の教会、死んだ時は坊さんにお経を唱えてもらう。欧米人が日本人は節操が無いなと批判する意見も見た事が有りますが、ポリティカルコレクトネスでメリークリスマスを言えなくなった米国よりよほど健全だと思います。
>
> ちなみに我が出生地である平戸では観光名所として、仏教のお寺とキリスト教の教会が仲良くお隣同士という所が有ります。
> http://blog.goo.ne.jp/harigatake1961/e/4dc35e2575c3d332d4925b0ff53c82d4

 ハハハ、小樽なんかなぜか必ず神社、お寺、教会が近所隣にあります。

 何でこんな事になるのかと言えば、開拓時にまず一番見晴のよい場所に神社ができて、しかしそこが余りに良い場所だから、近くに御寺ができて、更に教会もできると言う事のようです。

 観光には凄く便利です。
  1. 2017-01-30 13:46
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  3. よもぎねこ #-
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