2017-01-09 15:14

戦争で死ぬインセンティブ 靖国神社

 靖国神社で不戦の誓いはオカシイ、靖国神社は戦争で死んだ戦士を顕彰する施設であり、戦争で死ぬインセンティブを与える施設だ。

 これは靖国参拝問題で必ず出てくる論理です。

 そしてワタシはこれはその通りだと思います。

 けれどもそれだからこそ首相と、何より天皇陛下が靖国神社に参拝する事が必要なのです。

250

 なぜなら国民国家、民主主義国家は全て国民が国家の為に「戦争で死ぬインセンティブ」持つ事で成り立つからです。

 これは古代ギリシャのアテネが紀元前6世紀に民主主義を確立し、ペルシャ戦役を勝ち抜いた頃から変わりません。

 民主主義国家とは、国民が自分達で国家の運命を決める制度です。 国家が外国や異民族の侵略の危険に晒されたときに、全て国民が自分達の生命を擲って国家を守る意思と能力があるからこそ、国民が国家の運命を決める権利を持つのです。

 小国アテネがなぜ超大国ペルシャに勝てたのか?

 それはアテネが民主主義国家で、全てのアテネ市民が自分の意思で国家を守る為に戦ったからです。

 王の奴隷や傭兵から成り立つペルシャの大軍は、このようなアテネの市民兵に惨敗したのです。

 だから徴兵制は民主主義の根幹なのです。

 民主主義国家の市民は古代ギリシャの時代から、国家の為に戦争で死ぬインセンティブを持つ事を誇ったのです。

252

 逆に言えば幾ら口で民主主義を喚いても、イザ国家が危険になった時に、自分達で国家を守る意思のない国は、民主制なんて守れません。

 これは盛期ルネサンスの輝く民主主義の中で、マキャベリが痛感した事です。

 当時のフィレンツェ市民は何よりも自由を愛し、民主制に執着しました。 
 しかし兵役なんて3K仕事は絶対にイヤなので、軍事は全部傭兵で済ませていたのです。
 そしてフィレンツェは当時全ヨーロッパでも一、二を争う経済大国だったので、傭兵は安上がりでした。

 しかしフィレンツェ共和国の官僚として外交防衛の実務を担当したマキャベリは傭兵の持つ問題を洞察したのです。
 
 そこで彼はなんとしても古代ギリシャやローマのような徴兵制度を作ろうと努力したのですが、途中で挫折しました。
 
 そしてフィレンツェはメディチ家を封建君主とする大公国となります。 これでイタリアルネサンスも終焉しました。

 因みにフィレンツェと一、二を争っていた経済大国ベネツィアは、陸軍は傭兵で済ませましたが、国防の主力である海軍は徴兵制でした。

 そしてベネツィアはルネサンスが終焉して、他のイタリア諸国が没落する中、ナポレオン軍に征服されるまで、国家主権と共和政を守り抜きました。

254

 国家が戦争に巻き込まれたとき、国民が戦争で死ぬインセンティブがなければ民主主義国家は維持できないのです。

 そして国民が戦争で死ぬインセンティブなしには、民主制をの物も維持できません。

 高校の世界史を思い出せばわかりますが、古代ギリシャ、ローマから大正デモクラシーまで全て、参政権の拡大は、国民が国家の為に兵士として戦う事で得たのです。

 民主主義国家であり、民主主義を守る為にこそ、「戦争で死ぬインセンティブ」は重要なのです。
 
 だからこそこうした戦死者の顕彰施設を作る必要があるのです。

255

 なるほど戦争で死ぬのは皆イヤです。

 ワタシも自衛隊の記念行事に行って、若いハンサムな自衛官や、また奥さんや子供を連れている自衛官を見る度に、この人達が戦死したり戦傷で障碍を抱えるような事になるのは絶対にイヤだと思います。

 しかし哀しいけれども地球上から戦争を亡くす目途は今の所全くありません。

 それどころか中国は着々と軍備を増強して、覇権主義を剥き出しにしています。

 因みに戦争で死にたくないって思うのは、実は今現在の生活が結構安定して幸せな人達だけなのです。

 失業して生活の目途が立たない人、貧困から脱出する目途が立たない人は、戦争なんか厭いません。
 中国のような国にはそういう人達が数億人いるのです。
  
 隣国がこのような状況なのに、唯「戦争はイヤだ」「戦争は悪い事だ」と言い続ければ、戦争を防げるのですか?

256

 勿論、近隣諸国がこうした貧困から脱出できる援助をするなどの外交努力は必要です。

 しかしそれだけで戦争を防げるのですか?

 近所に暴力団事務所があって、暴力団員がウロウロする場合、その暴力団員達の厚生を願うだけで、犯罪に巻きまれずに済みますか?

 犯罪に巻きまれたくなければ、相応の防犯対策をするしかないでしょう?

 相手が「コイツは弱い奴だ。 脅せば金を出す。」と思って強盗に来るなら、相手に「コイツは怖い。 下手に脅すとこっちがやられる。」と思わせる事ができれば、強盗は防げるのです。

 戦争を防ぐのはこうした現実的な努力の積み重ねなのです。

258
 
 首相や天皇陛下の靖国参拝は極言すれば、日本国民が皆「戦争で死ぬインセンティブを持つ」事の表明です。

 このような姿勢を見せると、中国のような国は「安易に日本に戦争を仕掛けらない」と思うのです。
 だから戦争を防ぐ事になるのです。

 戦争はイヤだ。
 戦争は怖い。
 だから軍隊を持ってはダメ。
 基地を作るな。

 こうした幼稚で非現実的な反戦平和論が世界を席巻したのは1970年代からです。
 
 当時は東西冷戦時代で、米ソがガッチリ四つに組んで動けなかった時代です。 だから日本や西ヨーロッパの国々は、ただノンビリそれを眺めていれば良かったのです。

 それでこういう幼稚で非現実的な反戦平和論が蔓延したのでしょう。
 
 しかし哀しいけれど、もうそういう時代ではありません。
 今現在日本は中国の侵略の危機に晒されているのです。

 それを考えたら、このような幼稚で非現実的な反戦平和論によって基地や軍備を縮小すると言うのは、中国の戦争を誘発する極めて危険な行為です。

 本当に戦争はイヤ、戦争を防ぎたいと思うなら、好い加減にこんな幼稚でセンチメンタルな反戦平和論は捨てて、戦争と国際社会の現実を学ぶべきです。

259

 ワタシは中国の国力も後20年でオシマイだと思っています。 

 なぜなら中国は長く続いた一人っ子政策の為に、日本を遥かに上回る少子高齢化が進んでおり、20年後には日本を上回る超高齢化社会になるからです。

 そうなれば対外侵略どころではなくなるでしょう。

 だから何とか後20年、日本がシッカリとアメリカと連携して、中国の戦争を誘発しない努力を続けるしかありません。

 その為にこそ、日本国民は「戦争で死ぬインセンティブ」を持つ必要があるのです。

261

 因みに靖国神社については宗教上、或いは歴史的に論理矛盾がいろいろあります。 しかし元来人間と言う者は、「死」に対して論理的でなどいられないのです。

  フランスの武人でありモラリストでもあったラ・ロッシュフコーは「太陽と死は直視できない」と言いました。

 だから「死」は矛盾なんか無視して、讃えるしかないのです。 

 その為には一定の伝統があり、国民の大方が違和感を持たなければそれで良いとしか言いようがないのです。
 
 実際他の国の戦死者の慰霊顕彰施設だって、歴史を手繰れば同様の論理矛盾は沢山出てくるでしょう。

270

 それから靖国神社に関連して、このような意見もあります。

「どこの国でも戦争のために命を落とした英霊を慰霊するのは当然だ」という話もよくあるが、ちっとも当然ではない。戦争では非戦闘員も大量に殺されるのに、なぜ兵士だけが慰霊施設にまつられ、遺族は年金をもらうのか。

 

 これは東日本大震災で津波で亡くなった一般被災者と、被災地の救援に行って、殉職した自衛官や警察官との違いを考えたらわかります。

  

 津波に攫われて亡くなった方は大変気の毒ですが、しかし只の犠牲者です。


 しかしその被災者を支援に行って、殉職した自衛官は職務を全うしたのです。


 命を懸けて職務を全うした方は顕彰し、そしてその御遺族の生活を守るのは、彼等の命のお蔭で生き延びた者の役目です。

 そうしなければ誰も安心して職務を全うする事ができません。


271

 

 東日本大震災はウィークデーの日中に起きたので、多くの方が職場で職務中に亡くなりました。

 このような方々もまた殉職者として、厚生年金から遺族年金が出ています。


 しかし同じ職場に勤めていても偶々2011年3月11日に休暇をとっていた方は、同じく津波で亡くなっても殉職扱いにはなりません。 遺族年金はでるけれど私用での交通事故などと同様、事故死の扱いです。


 因みに厚生年金と言うのは、1939年に国民徴用令が出された後、徴用中に殉職した方達の御遺族の生活を守る為に作られた制度です。

 また靖国神社には徴用中に亡くなられた方も祀られています。


 そして戦争に関係なく、殉職者の慰霊や顕彰はマトモな会社なら皆やっています。


272


 逆に誰か知っている方がいれば教えてください。


 戦死者と空襲などの一般市民の犠牲者を同一に扱っている国ってあるのでしょうか?


 例えば「無名戦士の墓」と言う戦死者の顕彰施設は多くの国にあります。 そして外国の首脳など国賓と招かれた人は、まずそこへ行って花輪を捧げるのが、重要な外交儀礼になっています。


 でもこれはあくまで「戦死者」、国家の為に戦って死んだ人の為の顕彰碑なのです。 

 空襲や敵兵による虐殺の犠牲者の為ではありません。

 

  1. 戦後民主主義
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コメント

【ねらーvs反日勢力】欧米メディア「ルモンド(仏)が直接の原因は稲田の靖国参拝と報道している」→また朝日がらみと判明「靖国は慰安婦像の翌日」「ルモンドは朝日と住所が同じ」
http://www.moeruasia.net/archives/49243520.html

※まあこういう施設に外国人が口を挟む事が間違いなんですけどね。
  1. 2017-01-09 19:38
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  3. #-
  4. 編集

靖國にいれて貰えるのなら、

叔父さん達にも会えるし、いいと思う。
捕まって、拷問の末にころされたとしても
自分の中では
祟りなす邪神にはならないと思います。

だって、私だけが酷い死に方をする訳では
ないのですから。
  1. 2017-01-09 20:00
  2. URL
  3. lion #-
  4. 編集

様々な思いが浮かびます。

『靖国神社で不戦の誓いはオカシイ、靖国神社は戦争で死んだ戦士を顕彰する施設であり、戦争で死ぬインセンティブを与える施設だ。』   そうだとは思いますが、インセンティブという言葉が今一つピンと来ません。自分的には哀悼と感謝という言葉がしっくりするようです。卵と鶏の話ではありませんが国家が先か国民が先かという話になれば、米仏は国民でしょうし、中ソ(旧)は国家なのかもしれません。しかし、これは自分だけの考えなのかもしれませんが、日本にはそういった序列を意識する事など(小規模な共同体時代を含め)存在しなかっのたではと思います。『愛国心』・・昭和中期、ことさら声高に叫ばれた時期もありましたが、本来、日本人なら誰もが持ち合わせている元初的な感情なのでは(ですから、何で朝日みたいなマスゴミが存在するのか理解できませんが)ないのでしょうか。『大切な人を守る為。  祖国の為。』この二つの感情は、他の国より、より近い所にある気がします。     まとまりのない文章になってしまい申し訳ありません。
  1. 2017-01-10 00:31
  2. URL
  3. SNS初心者 #-
  4. 編集

こんにちは。
その通りです。
英霊を敬うというよりも自分たちを護ってくれる人を生きていては感謝、尊敬し、犠牲になれば感謝、追悼する。
そこには戦争になった経緯や理由は関係ありません。
国=私たちを護るために自己を投げ打ち、自己の犠牲をいとわない防人たちの心意気に対してです。
こんな単純なことがわからない、先人に感謝の念を抱かない人間に人権や平和、命、子供を語られても空虚なだけです。
  1. 2017-01-10 08:54
  2. URL
  3. kazusa #-
  4. 編集

戦争は勝者がいれば敗者も必ず存在します。
直近の戦争では負けましたが、作戦の巧拙はあれ、世界基準で見て、極悪なことを軍部がやったわけではありません。
敗戦の責任を未だ追及する手合いもいます。
作戦的に敗戦の分析は当然ながらやるべきでしょうが、責任云々はもうやめないと。
今も当時も世界一の軍事国家アメリカが、日本に喧嘩を売ると決めていた以上、時期はともかく、避けようがありません。
多大の軍費を重ねていた当時、開戦せずに屈服という選択肢が現実的かどうかも一考すべきです。
局面局面や極東裁判での一部軍人の醜態などから、批判されるべき人間がいるのは否定しませんが、それと靖国神社を貶めることとは関係のない話。

仰る通り、陛下のご親拝を切に願いたいものです。
  1. 2017-01-10 11:41
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  3. 二郎 #-
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Re: タイトルなし

> 【ねらーvs反日勢力】欧米メディア「ルモンド(仏)が直接の原因は稲田の靖国参拝と報道している」→また朝日がらみと判明「靖国は慰安婦像の翌日」「ルモンドは朝日と住所が同じ」
> http://www.moeruasia.net/archives/49243520.html
>
> ※まあこういう施設に外国人が口を挟む事が間違いなんですけどね。

 時系列から言えば不可能なのですけどね。
 
 こういうのを見ていると欧米の自称リベラルメディアの本性とレベルがわかります。
  1. 2017-01-10 14:13
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 靖國にいれて貰えるのなら、

> 叔父さん達にも会えるし、いいと思う。
> 捕まって、拷問の末にころされたとしても
> 自分の中では
> 祟りなす邪神にはならないと思います。
>
> だって、私だけが酷い死に方をする訳では
> ないのですから。

 侵略されたら自国を守る為に戦わなければならないのですから、その戦いで死んだ人の慰霊と顕彰を行うのは生き残った人間の義務なのです。

 靖国神社はその為の施設です。

 神社と言う形式が日本人の信仰と心情に一番合っていたから神社にしたのです。

 因みにイランにはイラン・イラク戦争の犠牲者を祀る靖国モスクがあります。 何処の国も自国の宗教意識や国民の心情に合わせてこうした施設を作るのです。
  1. 2017-01-10 14:17
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 様々な思いが浮かびます。

> 『靖国神社で不戦の誓いはオカシイ、靖国神社は戦争で死んだ戦士を顕彰する施設であり、戦争で死ぬインセンティブを与える施設だ。』   そうだとは思いますが、インセンティブという言葉が今一つピンと来ません。自分的には哀悼と感謝という言葉がしっくりするようです。卵と鶏の話ではありませんが国家が先か国民が先かという話になれば、米仏は国民でしょうし、中ソ(旧)は国家なのかもしれません。しかし、これは自分だけの考えなのかもしれませんが、日本にはそういった序列を意識する事など(小規模な共同体時代を含め)存在しなかっのたではと思います。『愛国心』・・昭和中期、ことさら声高に叫ばれた時期もありましたが、本来、日本人なら誰もが持ち合わせている元初的な感情なのでは(ですから、何で朝日みたいなマスゴミが存在するのか理解できませんが)ないのでしょうか。『大切な人を守る為。  祖国の為。』この二つの感情は、他の国より、より近い所にある気がします。     まとまりのない文章になってしまい申し訳ありません。

 インセンティブとは動機、あるいは意欲です。

 靖国神社によらずどの国でも戦死者への顕彰施設、顕彰行事は、「国家の為に戦争で死ぬ意欲」を持たせる目的があります。
 これは事実です。

 でもそれは他人の為に自己を犠牲にした人への顕彰は全てそうです。
 
 地下鉄サリン事件の時に、サリン処理に当たって殉職した地下鉄職員など、職務を全うして他者の為に死んだ人は全て顕彰されるのです。

 こうした自己犠牲と責任感がないと、共同体は成り立たないのです。
  1. 2017-01-10 14:30
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> こんにちは。
> その通りです。
> 英霊を敬うというよりも自分たちを護ってくれる人を生きていては感謝、尊敬し、犠牲になれば感謝、追悼する。
> そこには戦争になった経緯や理由は関係ありません。
> 国=私たちを護るために自己を投げ打ち、自己の犠牲をいとわない防人たちの心意気に対してです。
> こんな単純なことがわからない、先人に感謝の念を抱かない人間に人権や平和、命、子供を語られても空虚なだけです。

 逆に言うと日本人に「国家の為に死ぬインセンティブ)を持たれては困る人達が、必死に靖国神社を問題にしているのです。
  1. 2017-01-10 14:41
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 戦争は勝者がいれば敗者も必ず存在します。
> 直近の戦争では負けましたが、作戦の巧拙はあれ、世界基準で見て、極悪なことを軍部がやったわけではありません。
> 敗戦の責任を未だ追及する手合いもいます。
> 作戦的に敗戦の分析は当然ながらやるべきでしょうが、責任云々はもうやめないと。
> 今も当時も世界一の軍事国家アメリカが、日本に喧嘩を売ると決めていた以上、時期はともかく、避けようがありません。
> 多大の軍費を重ねていた当時、開戦せずに屈服という選択肢が現実的かどうかも一考すべきです。
> 局面局面や極東裁判での一部軍人の醜態などから、批判されるべき人間がいるのは否定しませんが、それと靖国神社を貶めることとは関係のない話。
>
> 仰る通り、陛下のご親拝を切に願いたいものです。

 戦争の責任は交戦国相互の条約と、戦争に関わった人達の事後処理で終わりです。

 日本の場合はサンフランシスコ講和条約と、1950年代に出された戦犯の名誉回復に対する国会決議でオシマイです。

 勿論、当時の軍事外交のやり方についての議論や評価は自由です。
 またそういう事を研究する価値はあるでしょう。

 でもそれは責任の追及と言うより歴史学の話です。

 蒙古襲来時の鎌倉幕府の対応の研究評価と同じです。 
 
 だってどちらも自分が生まれる前に、当事者達がケリを着けた問題への研究評価ですから。
  1. 2017-01-10 14:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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そういえば、2013年にスイスで徴兵制度の
存続、停止を問う国民投票があってなんと70%以上が
存続賛成の結果で驚きました。

http://www.swissinfo.ch/eng/swiss-voters-endorse-army-conscription/36955534#element36955572

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/10/post-3068.php

イスラエルみたいに四方が敵・・だとか第二次大戦直前のような状況下であれば話はわかりますが、軍事面に限って見る限り、スイス周辺は至って平和、とりあえず差し迫った脅威なんてありそうにないのにも関わらずこの結果・・なんですよね。

よもさんのご説明でその辺の事情は大分わかりますが、
9条至上の「平和教育」を施された日本人の大半は理解不能でしょうねぇ。
欧米では・・が大好きな日本人もこういうところはスルーするんですよね。

まあ、最近はパヨクや左派マスゴミもスイスの話はしなくなりましたが・・。最近はコスタリカがトレンドのようですが、ここも単純な「平和国家」ではない現実が次第に明らかに・・・。
もういい加減、日本の外に理想郷を追い求めることなんてやめたら?と思うのですがね。

>こうした幼稚で非現実的な反戦平和論が世界を席巻したのは1970年代からです。

単に幼稚で非現実・・ってだけなら別に頭ごなしに否定は
しませんが、左巻きのそれはどうにも胡散臭いですからね。
大体、共産党なんて日本国憲法制定時に9条には反対してましたし。私個人は共産党が政権を取ったら「国」の軍隊は持たないかもしれませんが、日本解放軍だか人民軍だかしれませんが共産党自体は強力は武装組織を持つであろうことは間違いない・・と思ってます。

ええ、場合によっては徴兵制も核武装も辞さないつもりでしょう。
日教組の槙枝委員長なんて北朝鮮の「軍事パレード」に嬉々として参加してた過去もありますし。

しかし、本当に日本国憲法9条と他力本願な日本人の「平和主義」って何とかならないんですかね?
  1. 2017-01-10 20:45
  2. URL
  3. prijon #-
  4. 編集

戦死者は神の元へ

ちょうど読んでいたシュタイナーのゲルマン神話に関する話。
戦死者は神族の元へ、そうでない死者は犬死として冥界へ行く。なんともわかりやすい。
霊能者の宜保愛子が韓国は地獄の入口と言ったとか。戦争では真っ先に逃げ出す者ばかり、つまり冥界行きですから当たっています。
  1. 2017-01-10 22:14
  2. URL
  3. gai-yaang #-
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小生の知る限りにおいて、戦死者と一般市民の犠牲者を同視してる国などありません。

これは法理上当然のことなのです。戦争は国家の意思として行われますが、現代国家はその生体の如何にかかわらずそれは国民の意思と同視されます。となると国民はその損害も甘受すべしとなるわけです。現代では考えにくいですが戦争で儲けることもあるのだから損害を受けても仕方がないというわけです。

そして、国民は例えば空襲に関して言えば疎開などをすることも可能です。日本政府だって都市住民が自主的に疎開することは批判しませんでした。戦争になり敵国兵が侵攻してきても文民がそのまま降伏しても非難はされません。国家が生命財産を保全しえない限り仕方がないからです。

これに対して軍人はどうか、まず国家の命令都市tれ逃げることができません。それを認めたら軍隊は崩壊します。だから国家がその命令として国民の一部に特別の犠牲を要求する事なのですからそれは国家が保証して当然という論理になります。東京大空襲における損害を国家に対して保証を求めるという基地外裁判を起こした早乙女某という人物がいましたが裁判所は当然門前払いでした。

戦争被害というものはこれは国民が等しく甘受するものと解していいと小生は思ってますが、広島と長崎の被爆者には国は被爆者援護法を設けてその医療費補助を行っています。これは法理上は一部の国民に特権を与えるものでありそのあたりは本当は問題なのですが、この辺りはあまり問題にしません。国が、つまり、国民がそれを認めることは法理上背理ではないからです。

国が政策として行ったことで国民が被害を受けた場合、補償が認められるのはその政策が実行された当時にその損害が予想されなかった場合だけです。例えばインフルエンザ等の予防接種について、それで健康被害を受けたとしてもその実施時においてその被害が予想されなかったのならばその責任追及は不可能ではありません。

戦争になれば空襲を受けるということは予想されるはずである、だからその賠償は不可というわけです。ただ原爆の場合はこんな損害は誰もが予想しなかったのだからこれは認められてよいというわけなんでしょう。

銭金はこれで片付くとしても名誉の問題は別個です。国民がその犠牲を崇高なものとして顕彰することは当たり前に必要なことです。米国がベトナム戦争の戦死者を一時、アーリントン墓地に葬られなかった問題があります。これは大問題になりました。戦死者が国家のための犠牲者とみなされないのと同じだからです。

国家という共同体において戦争などというものはないほうがいいというのは当然ですが、のちの国民が顕彰してくれないならばどうして軍人や公務員がその職務に精励できるでしょうか。この辺り糞も味噌も一緒にする基地外どもはまともな現代人ではないのだと思って
  1. 2017-01-10 23:17
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> そういえば、2013年にスイスで徴兵制度の
> 存続、停止を問う国民投票があってなんと70%以上が
> 存続賛成の結果で驚きました。
>
> http://www.swissinfo.ch/eng/swiss-voters-endorse-army-conscription/36955534#element36955572
>
> http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/10/post-3068.php
>
> イスラエルみたいに四方が敵・・だとか第二次大戦直前のような状況下であれば話はわかりますが、軍事面に限って見る限り、スイス周辺は至って平和、とりあえず差し迫った脅威なんてありそうにないのにも関わらずこの結果・・なんですよね。
>
> よもさんのご説明でその辺の事情は大分わかりますが、
> 9条至上の「平和教育」を施された日本人の大半は理解不能でしょうねぇ。
> 欧米では・・が大好きな日本人もこういうところはスルーするんですよね。

 つまり日本人は反戦平和と言いながら、真面目に戦争を防ぐ事は考えて来なかったと言う事でしょう。

> まあ、最近はパヨクや左派マスゴミもスイスの話はしなくなりましたが・・。最近はコスタリカがトレンドのようですが、ここも単純な「平和国家」ではない現実が次第に明らかに・・・。
> もういい加減、日本の外に理想郷を追い求めることなんてやめたら?と思うのですがね。

 情報が無い時代はいくらでもユートピアを夢想できたのですw

> >こうした幼稚で非現実的な反戦平和論が世界を席巻したのは1970年代からです。
>
> 単に幼稚で非現実・・ってだけなら別に頭ごなしに否定は
> しませんが、左巻きのそれはどうにも胡散臭いですからね。
> 大体、共産党なんて日本国憲法制定時に9条には反対してましたし。私個人は共産党が政権を取ったら「国」の軍隊は持たないかもしれませんが、日本解放軍だか人民軍だかしれませんが共産党自体は強力は武装組織を持つであろうことは間違いない・・と思ってます。
>
> ええ、場合によっては徴兵制も核武装も辞さないつもりでしょう。
> 日教組の槙枝委員長なんて北朝鮮の「軍事パレード」に嬉々として参加してた過去もありますし。
>
> しかし、本当に日本国憲法9条と他力本願な日本人の「平和主義」って何とかならないんですかね?

 歴史的には日本が島国で、歴史上殆ど対外戦争を経験してこなかった事が大きいです。

 でも黒船来航時には日本人は即座に自分達の置かれた危機的状況を理解しました。

 だからこれからもちゃんと理解できると思います。
 現に今の若者はもうあのお馬鹿な反戦平和主義は信じていませんし。
  1. 2017-01-11 11:46
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 戦死者は神の元へ

> ちょうど読んでいたシュタイナーのゲルマン神話に関する話。
> 戦死者は神族の元へ、そうでない死者は犬死として冥界へ行く。なんともわかりやすい。

 ゲルマン人の天国はワタシはチョッとお断りです。 あそこでは毎日戦争をやって夜になると戦死者が甦り、皆でその日の戦闘の話を肴に酒盛りと言う世界ですからね。

 これ戦争地獄でしょう?
 しかしこういうのを天国と言うんだからホントに戦闘民族だと思います。

> 霊能者の宜保愛子が韓国は地獄の入口と言ったとか。戦争では真っ先に逃げ出す者ばかり、つまり冥界行きですから当たっています。

 他者の為に死んだ人を顕彰しないから、セウォル号のように船長以下船員が真っ先に逃げるのです。
  1. 2017-01-11 12:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 小生の知る限りにおいて、戦死者と一般市民の犠牲者を同視してる国などありません。
>
> これは法理上当然のことなのです。戦争は国家の意思として行われますが、現代国家はその生体の如何にかかわらずそれは国民の意思と同視されます。となると国民はその損害も甘受すべしとなるわけです。現代では考えにくいですが戦争で儲けることもあるのだから損害を受けても仕方がないというわけです。
>
> そして、国民は例えば空襲に関して言えば疎開などをすることも可能です。日本政府だって都市住民が自主的に疎開することは批判しませんでした。戦争になり敵国兵が侵攻してきても文民がそのまま降伏しても非難はされません。国家が生命財産を保全しえない限り仕方がないからです。
>
> これに対して軍人はどうか、まず国家の命令都市tれ逃げることができません。それを認めたら軍隊は崩壊します。だから国家がその命令として国民の一部に特別の犠牲を要求する事なのですからそれは国家が保証して当然という論理になります。東京大空襲における損害を国家に対して保証を求めるという基地外裁判を起こした早乙女某という人物がいましたが裁判所は当然門前払いでした。
>
> 戦争被害というものはこれは国民が等しく甘受するものと解していいと小生は思ってますが、広島と長崎の被爆者には国は被爆者援護法を設けてその医療費補助を行っています。これは法理上は一部の国民に特権を与えるものでありそのあたりは本当は問題なのですが、この辺りはあまり問題にしません。国が、つまり、国民がそれを認めることは法理上背理ではないからです。
>
> 国が政策として行ったことで国民が被害を受けた場合、補償が認められるのはその政策が実行された当時にその損害が予想されなかった場合だけです。例えばインフルエンザ等の予防接種について、それで健康被害を受けたとしてもその実施時においてその被害が予想されなかったのならばその責任追及は不可能ではありません。
>
> 戦争になれば空襲を受けるということは予想されるはずである、だからその賠償は不可というわけです。ただ原爆の場合はこんな損害は誰もが予想しなかったのだからこれは認められてよいというわけなんでしょう。
>
> 銭金はこれで片付くとしても名誉の問題は別個です。国民がその犠牲を崇高なものとして顕彰することは当たり前に必要なことです。米国がベトナム戦争の戦死者を一時、アーリントン墓地に葬られなかった問題があります。これは大問題になりました。戦死者が国家のための犠牲者とみなされないのと同じだからです。
>
> 国家という共同体において戦争などというものはないほうがいいというのは当然ですが、のちの国民が顕彰してくれないならばどうして軍人や公務員がその職務に精励できるでしょうか。この辺り糞も味噌も一緒にする基地外どもはまともな現代人ではないのだと思って

 職務を全うして殉職した人と、唯の犠牲者は違う。

 自宅が火事で焼け死んだ人と、その人を助けようとして殉職した消防士では違う。

 タダ事故死した人と、他人を助けようとして死んだ人は違う。

 線路に落ちた人を助けようとして、自分も一緒に電車に轢かれて死んだ韓国人の青年を、マスコミは気持ち悪い程持ち上げたではありませんか?

 職務を全うして死んだ人、他者の為に自分の命を犠牲にした人はタダ気の毒がるのではなく顕彰するべき。
 これは凄く当然な話なんですけどね。

 でもそれを敢えて戦死者に対してだけ文句を言うのは、つまりは戦後の日本では戦死自体を貶めたいと言う意思から抜けられない人が余りにも多いからでしょう。
  1. 2017-01-11 12:28
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  3. よもぎねこ #-
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