2016-12-21 14:31

戦争の総括と戦後レジーム雑感

 安倍総理の真珠湾訪問について田原総一郎がまた「あの戦争を総括しろ」とか言っています。

 大変奇妙なことですが、太平洋戦争について「総括しろ」「反省しろ」と言っているのは、皆太平洋戦争中は子供だったか、そもそも生まれてもいなかった連中ばかりです。

 では成人として太平洋戦争を体験した人達はどうだったのでしょうか?

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 まず彼等が行った戦後処理は以下の国会決議です。

1952年6月9日参議院本会議にて「戦犯在所者の釈放等に関する決議」
1952年12月9日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」
1953年8月3日衆議院本会議にて「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」
1955年7月19日衆議院本会議にて「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」


 1952年サンフランシスコ講和条約締結後、日本の国会は上記の4つの決議を行い、収監中の戦犯の釈放と名誉回復を決定しました。

 これにより戦犯として刑死した人は、戦死もしくは公務死として軍人恩給或いは厚生年金支払いの対照になりました。

 そこで東条英機等A級戦犯の遺族にも、恩給は支払われる事になりました。 

 政治家の靖国神社参拝の度に「公的」「私的」の区別が問題にされます。
 
 しかし軍人恩給は国家予算から出るのですから、100%公的なのです。 

 因みにこれら国会決議は社会党まで含めて圧倒的多数で可決しています。

 またこの国会議員を選んだ有権者達は皆召集されて戦場に送られたり、空襲の中を逃げ延びたりと言う苛酷な戦争体験を自分自身がした人達です。

 このような人達が自分達自身の意思で、A級戦犯を含む戦犯の名誉回復を願ったのです。

075

 一方これに対して連合国側はどうしたのでしょうか?

 まず戦犯の釈放ですが、これは実は日本側の希望だけではできませんでした。 なぜならサンフランシスコ講和条約では、戦犯を釈放する場合には関係国の了解を得る事が定められていたからです。

 サンフランシスコ講和条約で日本は東京裁判を受け入れたと言う説があり、そしてそれがA級戦犯の靖国神社合祀に反対する根拠になっています。

 しかしサンフランシスコ講和条約で定めているのは、「日本は勝手に戦犯を釈放するな」「東京裁判について文句を言うな」だけです。

 けれどサンフランシスコ講和条約による手続きを経れば、戦犯の釈放には何の問題もないのです。

 そして刑死者の死後の祭祀などは一切問題にしていません。 当たり前でしょう? そんなことを問題するのは中世の宗教裁判ぐらいです。

 このようにサンフランシスコ講和条約に基づいての戦犯釈放要請ですが、敢えてこれを拒否した連合国はありませんでした。
 
 そして日本の国会が戦犯の名誉を回復して、刑死者を戦死者、公務死者として扱う事に対しても一切抗議はしていません。

 近代合理主義の原理で考えれば、ここで戦犯の問題は完全に終わりなのです。

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 しかし更に仕上げがありました。

 1954年日本は国連、つまり連合国に加盟しました。

 この時NYの国連本部で、加盟受諾演説をしたのは元A級戦犯重光葵でした。 彼は東京裁判でA級戦犯として有罪になり禁固刑を受けたのですが、前期の国会決議を経て釈放されて、公職に復帰して間もなく外務大臣になったのです。

 しかし彼の演説を聞いた国連加盟国には一国として、重光葵が元A級戦犯であったことを問題にする国はなく、日本の国連加盟は満場一致で可決したのです。

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 更に日本は、1955年の第一回バンドン会議に招待されました。
 これは中華人民共和国の周恩来、インドネシアのスカルノ、エジプトのナセル等が中心になって組織し、第二次世界大戦後独立したアジア・アフリカ諸国が、西欧の植民地主義と決別し、今後の発展の為の協力と団結を決意する会議でした。

 これは中華人民共和国も含めたアジア・アフリカ諸国が、これらの国々の植民地からの独立に日本の功績があったことを認めたからです。

 1954年、国連本部で重光葵の演説を聞いた人々も、1955年、バンドン会議に出席した人々も、皆当時の日本人同様、自分自身で戦争を体験しているのです。

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 つまり戦争を実際に体験した世代の戦争と東京裁判の総括は以下の通りです。

 日本国民は東京裁判での戦犯の名誉回復を決議した。

 連合国側は戦犯の釈放にも名誉回復にも抗議せず、嘗て戦犯であった人間が政府高官になる事も問題にしていない。

 アジア・アフリカ諸国は植民地からの独立について日本の功績を認めた。

 日本に「戦争の反省をしろ」とかそういう話は、誰からも何処からも出ていません。

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 しかしそういう政治的な対応と、国民の意識は違うのでは?

 でもワタシは違わないと思うのです。

 ワタシがそう思いだしたのは実はyou tubeで1950~60年代の戦争映画を見たからです。

 この時代はまだテレビが普及しておらず映画全盛時代でした。

 例えば1957年の「明治天皇と日露大戦争」1958年の「天皇・皇后と日清戦争」など空前の大ヒットになったのですが、チャンネル桜も呆れる程の皇国史観です。

 つまり明治天皇皇后両陛下はひたすら慈悲深く国民を思いやり、国民は一致団結して正義の戦争を戦ったと言うストーリーなのです。

 また1954年の「潜水艦ろ号未だ浮上せず」など、日本軍潜水艦の悲劇を描いていますが、しかしそこの出てくる日本軍はあくまでヒーローです。

 こうした映画に熱狂した人達の殆どは身内を招集されたり、自身が戦場に送られたりしたのです。

093

 こういう映画が大ヒットから推定すると、この当時の人達の敗戦に対する感覚は、驚くほど前向きでサバサバしたモノだったと思うのです。

 つまり敗戦は残念だけれど、自分達は全力を出して戦ったのだから悔いは無い。
 
 戦争に負けた事で自分達を卑下するわけでもなく、誰かを恨むわけでもない。

 日本の為に勇敢に戦った事を誇りに思い、今後の日本再建の為に頑張ろう!!

 まるでフェアプレーを尽くしたスポーツ選手のような爽やかさです。

 勿論戦争の反省は一切していません。 
 する理由もありません。

 なるほど戦争で負けて大変辛い思いをしたのは確かですが、その辛い思いをした当人達が文句を言わない以上、他人がとやかく言う話じゃないのです。

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 これがオカシクなるのはワタシの記憶では1960年代末からです。

 この頃から「軍国主義」と言う言葉がマスコミに現れ、少年漫画誌から戦争漫画が抹殺されました。

 そしてその後第二次大戦に関わる話が、全て日本悪になって行きました。

 さらに731部隊の人体実験とか南京大虐殺とか慰安婦強制連行といった荒唐無稽な話が次々と捏造されていきました。

 また第二次大戦を全否定する事から、それに繋がる日本の歴史も全て「悪」になって行きました。 明治維新は日清・日露戦争などの侵略戦争の始まりと言う事になったのです。

 田原総一郎等が「総括せよ」と言うはつまりはこうした60年代以降発想によるのです。

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 しかしこれは実に奇妙な話です。

 なぜなら60年代末から戦争の総括や反省を要求し始めたのは、戦時中子供だった人や戦後生まれの人達なのです。

 成人として戦争を体験した人達は、前記のように自分の手で戦争の後始末を終えたのです。

 これに対して戦時中は子供で当時の政治も外交も何もわかっていなかった連中や、まして生まれてもいなかった連中が戦争の総括を要求する事に何の意味があるのでしょうか?

 自分が生まれる前の戦争の総括をしなければならないのなら、関ケ原の合戦とか元寇とかの総括だってしなければなりません。

 因みに元寇についてはモンゴルとの講和条約をしていません。
 あれは完全なモンゴルの侵略戦争だったのに、モンゴル側からは謝罪も賠償もないので、田原総一郎的には是非ともモンゴル政府に謝罪と賠償を要求するべきでしょう?

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 第二次大戦を戦った世代は、自分達の手でこの戦争を解決したのです。

 それを戦後生まれた人間、更には戦後建国された国々が、文句を言うのはナンセンスでしょう?

 でもそのナンセンスに執着しているのが、自称リベラリスト、自称進歩派、そして彼等が支持する独裁国家中華人民共和国と北朝鮮と韓国なのです。

 戦後建国された独裁国家と、戦後生まれの自称リベラリスト。

 これが戦争の総括と反省を要求しているのです。
 そして彼等が戦後レジームの存続を必要としているのです。

 これが戦争の総括と戦後レジームの本質なのです。
  1. 戦後民主主義
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コメント

完璧な道具だ。

商売道具ですね。
中身が空なので、結果的に、使っても減らない完全無欠の「打ち出の小槌」です。
私もそんな道具がほしいです。
  1. 2016-12-21 17:10
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  3. まぼろし #-
  4. 編集

原因究明と完璧な対策、関係者のけん責

よもぎねこ様

いつも鋭い知性のきらめきを楽しみに拝読しております。

まぼろし樣の仰る様に、「原発事故」でも「軍用機事故」、「大東亜戦争」も全て難癖のつけ方は同じです。

何と言われようと、「原因究明」出来ておらず「対策が不十分」で不安で不安で仕様が無い、「誰も責任を取っておらず」無責任だ、と言い続けるのです。

そして、事件の本質に向き合わずに、本当の解決や改善から遠ざかっていくのです。そう言えば、確か朝日新聞御用達の女優などは、「原子力については理性的である必要はない」というようなことを言っていたと思います。

本当に、無邪気な外国勢力の手先を務めることが出来る人に理性は宿らないと思います。

今後ともお変わりなく、ご健筆を振るわれることをお祈りしております。
  1. 2016-12-21 21:05
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  3. Real-Kid #j3T/fhN6
  4. 編集

>因みにこれら国会決議は社会党まで含めて圧倒的多数で可決しています。

1953年8月3日の「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」は日本共産党も賛成して全会一致だったようですね。その前の二つの決議の時は、社会党が「右派社会党」「左派社会党」に分裂していて、反対票もあったのでしょうか(労農党というのもあったか。共産党は火炎ビン路線で自滅して議席ゼロでしたが)。取りあえず、名誉回復が当時の「左翼」も含めて国民の総意に近かったことがうかがえます。

 私は還暦目前世代ですが、小学校低学年のころの「ぼくら」などの少年誌は零戦と戦艦大和のオンパレードでした。プラモデルも敵機も含めて大戦機が主流でした。今でも型式をすらすら言えます。ただそのころ、小学教員だった父が買っていた「子供の科学」の10年ほど前のバックナンバーを読むと、旧日本軍の飛行機の記載はほとんどなく、たまに木を削って作る「ソリッドモデル」を作る記事の青写真に、「信じられないでしょうが、日本にもかつてこのような飛行機があったのです」と書いてあったのを覚えています。

 大人向けの映画や小説とはタイムラグがあって、特定の世代の子供にとっては、「零戦カッコいい」も許されない期間がけっこう長かったのではないでしょうか。60年代末に戦記物の流行が廃れ、戦争を語ることがタブーになっていったのことも良く覚えています。それにぴったりはまった世代がいたのかもしれません。
  1. 2016-12-21 21:57
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  3. 白茶犬 #-
  4. 編集

特に明確な裏付けを取ったことはないので全く想像の範疇を出ないんですが、自虐史観に代表される日本の戦後”リベラル”思想の根っこは、ひもじい思いをさせた上の世代に対する恨みと、それを体験せずにのうのうと育った(と彼らが考える)下の世代に対する妬みなんじゃないかと思うことがあります。上の世代が土下座でもしてれば彼らの溜飲も多少は下がったのかもしれませんが、戦後の復興や高度経済成長で社会がめまぐるしく変化する中ではそれも適わなかったため、日本という国、政府、歴史を不当に貶めることでその代替としてきたようにも思えます。であれば、いわゆる戦後”知識人”や”言論人”が、やたらと”日本”に反省を求める傾向が強い理由も、まあ、理解できなくはないかな、と。善し悪しは別として。
  1. 2016-12-21 23:51
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  3. てっぷQ #EHdrJoDg
  4. 編集

 浅間山荘事件の中継を学校で観て、その後の報道で彼らが仲間内で何をしていたのかが分ってから、「総括」とは「凄惨なリンチ」だといまでも理解しています。それをよく知っている田原さんや年配のマスコミが誇らしげに「総括」というのを聞くと非常に違和感を感じます。

 それだけでなく戦後生まれの活動家たちは、国内では「三菱重工爆破事件」な等々、海外では「テルアビブ空港乱射事件」等々と数え切れなくくらいのテロを起こし沢山の方が殺害されています。事件が無くなっても、しばらくは日本人が海外に行くと過激派かと疑われたという話を聞いたことがあります。

 戦時中に戦場や内地で日本の為に戦っていた大人は、戦犯の名誉回復のための膨大な請願を出し国会はそれに答えて、戦後を終わらせたと私も思います。それを戦後生まれや、戦時中に戦ってもいない中国・韓国・北朝鮮が何時までも日本を敗戦国のままにしておこうとしているのは言語道断ですね。しかし、よっぽどそれによっての利益があるのでしょうね。
  1. 2016-12-22 08:46
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  3. 都民です。 #-
  4. 編集

70年頃だと思いますが、確か日本テレビ系列で、「決断」という大東亜戦争の局面をアニメ+実写で検証する、30分ものの番組がありました。
まだ戦後20年余りの頃なので、将官クラスの当事者証言も楽に得られたでしょうけど、決して戦争賛美ではなく、淡々と勝ち戦、負け戦ともに、しっかりと分析して放送していたような記憶があります。
しかし、左翼勢力のクレーム等で、放送予定の半ば過ぎくらいで打ち切られ、再放送も見たことありません。
DVD化はされているようなので、多チャンネル化の今、どこかで放送しても面白いと思うんですけどねえ。

それと、戦争漫画が絶滅したのは、昭和50年代前半ですね。
昭和50年代初頭には、まだ細々と掲載はありました。
  1. 2016-12-22 12:16
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  3. 二郎 #-
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Re: 完璧な道具だ。

> 商売道具ですね。
> 中身が空なので、結果的に、使っても減らない完全無欠の「打ち出の小槌」です。
> 私もそんな道具がほしいです。

 レーザーラモンの「ハードゲイです。」と言うのと同じです。
 自称リベラリスト言論人の持ち芸なのです。
  1. 2016-12-22 12:29
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >因みにこれら国会決議は社会党まで含めて圧倒的多数で可決しています。
>
> 1953年8月3日の「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」は日本共産党も賛成して全会一致だったようですね。その前の二つの決議の時は、社会党が「右派社会党」「左派社会党」に分裂していて、反対票もあったのでしょうか(労農党というのもあったか。共産党は火炎ビン路線で自滅して議席ゼロでしたが)。取りあえず、名誉回復が当時の「左翼」も含めて国民の総意に近かったことがうかがえます。
>
>  私は還暦目前世代ですが、小学校低学年のころの「ぼくら」などの少年誌は零戦と戦艦大和のオンパレードでした。プラモデルも敵機も含めて大戦機が主流でした。今でも型式をすらすら言えます。ただそのころ、小学教員だった父が買っていた「子供の科学」の10年ほど前のバックナンバーを読むと、旧日本軍の飛行機の記載はほとんどなく、たまに木を削って作る「ソリッドモデル」を作る記事の青写真に、「信じられないでしょうが、日本にもかつてこのような飛行機があったのです」と書いてあったのを覚えています。
>
>  大人向けの映画や小説とはタイムラグがあって、特定の世代の子供にとっては、「零戦カッコいい」も許されない期間がけっこう長かったのではないでしょうか。60年代末に戦記物の流行が廃れ、戦争を語ることがタブーになっていったのことも良く覚えています。それにぴったりはまった世代がいたのかもしれません。

 ワタシは1954年生まれなので、小学校時代はずうっと少年キングと少年マガジンで戦争漫画を読んでいました。

 その頃は小学生にとって日本軍はヒーローでした。

 これが60年代後半から突然変わり始めました。

 あの急転換の原動力は何だったのか?
 今でも不思議です。
  1. 2016-12-22 12:31
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 特に明確な裏付けを取ったことはないので全く想像の範疇を出ないんですが、自虐史観に代表される日本の戦後”リベラル”思想の根っこは、ひもじい思いをさせた上の世代に対する恨みと、それを体験せずにのうのうと育った(と彼らが考える)下の世代に対する妬みなんじゃないかと思うことがあります。上の世代が土下座でもしてれば彼らの溜飲も多少は下がったのかもしれませんが、戦後の復興や高度経済成長で社会がめまぐるしく変化する中ではそれも適わなかったため、日本という国、政府、歴史を不当に貶めることでその代替としてきたようにも思えます。であれば、いわゆる戦後”知識人”や”言論人”が、やたらと”日本”に反省を求める傾向が強い理由も、まあ、理解できなくはないかな、と。善し悪しは別として。

 それは十分あると思います。

 石毛直道が書いていました。

 「大人は戦争について大義も正義もあっただろう。 でも僕達子供はタダ飢えていた」と。

 石毛直道も戦争当時は少年でした。 だから全く理由不明の飢餓に苦しんだのです。
  1. 2016-12-22 12:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

>  浅間山荘事件の中継を学校で観て、その後の報道で彼らが仲間内で何をしていたのかが分ってから、「総括」とは「凄惨なリンチ」だといまでも理解しています。それをよく知っている田原さんや年配のマスコミが誇らしげに「総括」というのを聞くと非常に違和感を感じます。

 ワタシは大学生になったばかりだったけど、やはりあの事件で初めて「総括」と言う単語を知りました。
 だから「総括」と言うと凄惨なリンチがまず思いうかびます。

>  それだけでなく戦後生まれの活動家たちは、国内では「三菱重工爆破事件」な等々、海外では「テルアビブ空港乱射事件」等々と数え切れなくくらいのテロを起こし沢山の方が殺害されています。事件が無くなっても、しばらくは日本人が海外に行くと過激派かと疑われたという話を聞いたことがあります。
>
>  戦時中に戦場や内地で日本の為に戦っていた大人は、戦犯の名誉回復のための膨大な請願を出し国会はそれに答えて、戦後を終わらせたと私も思います。それを戦後生まれや、戦時中に戦ってもいない中国・韓国・北朝鮮が何時までも日本を敗戦国のままにしておこうとしているのは言語道断ですね。しかし、よっぽどそれによっての利益があるのでしょうね。

 日本に憲法9条を廃止されては困る国は沢山ありますからね。
  1. 2016-12-22 12:40
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 70年頃だと思いますが、確か日本テレビ系列で、「決断」という大東亜戦争の局面をアニメ+実写で検証する、30分ものの番組がありました。
> まだ戦後20年余りの頃なので、将官クラスの当事者証言も楽に得られたでしょうけど、決して戦争賛美ではなく、淡々と勝ち戦、負け戦ともに、しっかりと分析して放送していたような記憶があります。
> しかし、左翼勢力のクレーム等で、放送予定の半ば過ぎくらいで打ち切られ、再放送も見たことありません。
> DVD化はされているようなので、多チャンネル化の今、どこかで放送しても面白いと思うんですけどねえ。

 you tubeで見られますよ。

 https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B1%BA%E6%96%AD+%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1

 ワタシも結構見ました。
>
> それと、戦争漫画が絶滅したのは、昭和50年代前半ですね。
> 昭和50年代初頭には、まだ細々と掲載はありました。

 この「決断」が最後だったようです。 尤も戦争漫画全盛時代はまだアニメ放送は限られていました。
 だから戦争漫画も本格的なモノは殆どアニメ化されていません。

 
  1. 2016-12-22 12:44
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 原因究明と完璧な対策、関係者のけん責

> よもぎねこ様
>
> いつも鋭い知性のきらめきを楽しみに拝読しております。

 恐縮です。
>
> まぼろし樣の仰る様に、「原発事故」でも「軍用機事故」、「大東亜戦争」も全て難癖のつけ方は同じです。
>
> 何と言われようと、「原因究明」出来ておらず「対策が不十分」で不安で不安で仕様が無い、「誰も責任を取っておらず」無責任だ、と言い続けるのです。

 これってまさに韓流ですよね。
 単純に特定個人の責任を問えもしないモノを、執拗に騒ぎまくる。
 騒ぐ事が目的なのです。

> そして、事件の本質に向き合わずに、本当の解決や改善から遠ざかっていくのです。そう言えば、確か朝日新聞御用達の女優などは、「原子力については理性的である必要はない」というようなことを言っていたと思います。
>
> 本当に、無邪気な外国勢力の手先を務めることが出来る人に理性は宿らないと思います。

 ハハハ、外国勢力も上手に理性のない人間を選んでリクルートしているのでしょう。
>
> 今後ともお変わりなく、ご健筆を振るわれることをお祈りしております。

 有難う御座います。
  1. 2016-12-22 13:07
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

漫画とアニメの話が出てきたので

私はサブカルチャーが好きなので、戦後の漫画史やアニメ史について調べたことがあります。

>> それと、戦争漫画が絶滅したのは、昭和50年代前半ですね。
>> 昭和50年代初頭には、まだ細々と掲載はありました。

>この「決断」が最後だったようです。 尤も戦争漫画全盛時代はまだアニメ放送は限られていました。
>だから戦争漫画も本格的なモノは殆どアニメ化されていません。

昭和40年代にテレビがカラー化したのが大きいと思います。この頃から、架空の世界で戦うロボットアニメや特撮ヒーローの作品が爆発的に増えました。

当時の作品に共通していたのは「原色などの派手なビジュアルのヒーローが、怪獣、宇宙人、世界征服を企む悪の組織などと戦う」という点です。そのため、味方も日本軍や自衛隊ではなくて、やはり派手なユニフォームを着た「地球防衛隊」のような設定になりました。

また、この頃の漫画は大人から「漫画なんて読んでるとバカになる」と言われていたので、漫画家は自然と体制に反抗的になっていったそうです。今では誰も気にしないようなお色気シーンでも、昔の大人は眉をひそめたので、漫画家はタブーや表現の限界に挑戦しているつもりだったそうです。
いろんな漫画家がテレビ・ラジオ・新聞・雑誌などのインタビューでそう語っています。

おもしろいのは、今は保守的な人でも「漫画なんて読んでるとバカになる」などと言う人はいなくなったことですね。音楽にしても、昔は「ロックは若者の反抗の象徴」なんて言われましたが、今は関係ありません。

はじめは前衛的・反体制的だと思われた文化や価値観も、多くの人に認められ、受け入れられるようになると、保守的な文化や価値観になるんですよね。差別の問題にしても、多くの人が「人種差別や女性差別はいけないことだ」と考えるようになると、それは、その社会での保守的な価値観になるわけです。
だからきっと、常に反体制的でなければいけないと考えている左翼リベラル派は、どんどん先鋭化して言うことがおかしくなっていくんだと思います。
  1. 2016-12-23 08:19
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

Re: 漫画とアニメの話が出てきたので

> 私はサブカルチャーが好きなので、戦後の漫画史やアニメ史について調べたことがあります。
>
> >> それと、戦争漫画が絶滅したのは、昭和50年代前半ですね。
> >> 昭和50年代初頭には、まだ細々と掲載はありました。
> >
> >この「決断」が最後だったようです。 尤も戦争漫画全盛時代はまだアニメ放送は限られていました。
> >だから戦争漫画も本格的なモノは殆どアニメ化されていません。
>
> 昭和40年代にテレビがカラー化したのが大きいと思います。この頃から、架空の世界で戦うロボットアニメや特撮ヒーローの作品が爆発的に増えました。
>
> 当時の作品に共通していたのは「原色などの派手なビジュアルのヒーローが、怪獣、宇宙人、世界征服を企む悪の組織などと戦う」という点です。そのため、味方も日本軍や自衛隊ではなくて、やはり派手なユニフォームを着た「地球防衛隊」のような設定になりました。
>
> また、この頃の漫画は大人から「漫画なんて読んでるとバカになる」と言われていたので、漫画家は自然と体制に反抗的になっていったそうです。今では誰も気にしないようなお色気シーンでも、昔の大人は眉をひそめたので、漫画家はタブーや表現の限界に挑戦しているつもりだったそうです。
> いろんな漫画家がテレビ・ラジオ・新聞・雑誌などのインタビューでそう語っています。
>
> おもしろいのは、今は保守的な人でも「漫画なんて読んでるとバカになる」などと言う人はいなくなったことですね。音楽にしても、昔は「ロックは若者の反抗の象徴」なんて言われましたが、今は関係ありません。
>
> はじめは前衛的・反体制的だと思われた文化や価値観も、多くの人に認められ、受け入れられるようになると、保守的な文化や価値観になるんですよね。差別の問題にしても、多くの人が「人種差別や女性差別はいけないことだ」と考えるようになると、それは、その社会での保守的な価値観になるわけです。
> だからきっと、常に反体制的でなければいけないと考えている左翼リベラル派は、どんどん先鋭化して言うことがおかしくなっていくんだと思います。

 カラー化の影響は大きいと思います。 
 さらに言うと兵器の進化が激しくなり、戦闘機も完全にジェット化されました。

 ワタシは60年代は名古屋に住んでいたのですが、時々小牧基地から飛ぶジェット戦闘機を見て、ゼロ戦や隼がまるで第一次大戦時の複葉機のように思えたのを覚えています。

 そういう意味でも第二次大戦を舞台にした漫画は、子供達のヒーローで居続ける事は難しくなったのだと思います。

 しかしそれだけなら普通の昔の漫画になっただけです。

 けれどその後、昔のアニメや人気番組の紹介などを行うテレビ番組でも、「ゼロ戦はやと」や「ハリマオ」などは抹殺されてしまいました。

 同じ頃放映されていた「オバケのQ太郎」などは繰り返し紹介されるのにです。

 だからこれは意図的抹殺なのです。

 因みに左翼リベラリストの愚かさは自分達が作りたい理想社会はなく、唯「反体制」を標榜する事です。
 
 つまり現在あるモノに何でも反対なのです。

 これじゃ民進党と同じ馬鹿でしょう?
  1. 2016-12-23 13:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

よもさん

今回に関しては反対だなあ。
大東亜戦争に関しては必要な反省が全くないと小生は思ってるのです。少なくとも国民レベルでは…

反省とは本来自分が以前に自分がなした行為の評価であり、それが何等かなマイナス評価があるのだとしたらその対策を考え実行し、二度目のマイナスを起こさぬことでしょう。大東亜戦争について日本はは敗北しました。少なくない国富と人命を失った上に戦争目的の達成は疑問符が付くのですからまごうことなき敗北です。

後世の日本国民としてはどうすべきか。ここは当然反省して同じ失敗を繰り返さぬことしかないでしょう。
単純なことです。今度やったら必ず勝つ、そういう決意のもとに強靭な国家を目指すというのが真の反省でしょう。よもさんのご指摘の通り、少なくとも50年代までの日本国民は戦争の倫理性などへにもかけなかったはずです。そしてそれは今よりも本来は風あたりが強かったはずの当時の国際社会で問題がなかったのですから意思決定の問題はこれで終わりです。

堂々と憲法の議論をし国防について国民が真摯に議論をすればよかったのです。それを怠ったツケが今になってきてるのです。国家がいい加減な意思判断しかしなかったから、基地外アカどもの跳梁を許しシナあたりに付け込まれる情けない事態になってます。これは国民レベルでもって日本の国防の在り方を反省しなかったことが原因です。

戦争に負けたのは最後は米国の物量ということで収斂させてしまう議論が多すぎますし、日本外交等のソフト面での失敗、戦前にも見られた売国勢力の跳梁など防ごうと思えば防げることは多かったはずです。何よりも反省がないのは憲法でしょう。世の中に平和を愛する諸国民が我が国の回りにどれほどいるのか…

だからどう見たって護憲論者といういう連中が最も反省のない連中です。

こういう連中が反省しろと抜かすのだから世の中は不気味です。頭の良い馬鹿はいつの時代もいるのですが、こいつらがいつも権力を持ってなければ話は簡単です。無視すればいいだけです。が、民主制下ではそういうわけにいきません。完膚なきまでに叩き潰さねばいけなかったのです。

そうなればおそらくシナ人どもがこのような形で浸透することはなかったでしょう。

次のエントリにも関わりますがまともな反省をできなかった、沖縄人どもはもう一度沖縄戦の悲劇を見るでしょう。チョウセンヒトモドキどもは反省するという思考回路を根本的に欠いてます。周りがもういいやとなればいつでも再戦でしょう。大統領の弾劾ごっこなんかやってる暇はないのですがねえ。

  1. 2016-12-23 16:44
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: タイトルなし

> よもさん
>
> 今回に関しては反対だなあ。
> 大東亜戦争に関しては必要な反省が全くないと小生は思ってるのです。少なくとも国民レベルでは…
>
> 反省とは本来自分が以前に自分がなした行為の評価であり、それが何等かなマイナス評価があるのだとしたらその対策を考え実行し、二度目のマイナスを起こさぬことでしょう。大東亜戦争について日本はは敗北しました。少なくない国富と人命を失った上に戦争目的の達成は疑問符が付くのですからまごうことなき敗北です。
>
> 後世の日本国民としてはどうすべきか。ここは当然反省して同じ失敗を繰り返さぬことしかないでしょう。
> 単純なことです。今度やったら必ず勝つ、そういう決意のもとに強靭な国家を目指すというのが真の反省でしょう。よもさんのご指摘の通り、少なくとも50年代までの日本国民は戦争の倫理性などへにもかけなかったはずです。そしてそれは今よりも本来は風あたりが強かったはずの当時の国際社会で問題がなかったのですから意思決定の問題はこれで終わりです。
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> 堂々と憲法の議論をし国防について国民が真摯に議論をすればよかったのです。それを怠ったツケが今になってきてるのです。国家がいい加減な意思判断しかしなかったから、基地外アカどもの跳梁を許しシナあたりに付け込まれる情けない事態になってます。これは国民レベルでもって日本の国防の在り方を反省しなかったことが原因です。
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> 戦争に負けたのは最後は米国の物量ということで収斂させてしまう議論が多すぎますし、日本外交等のソフト面での失敗、戦前にも見られた売国勢力の跳梁など防ごうと思えば防げることは多かったはずです。何よりも反省がないのは憲法でしょう。世の中に平和を愛する諸国民が我が国の回りにどれほどいるのか…
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> だからどう見たって護憲論者といういう連中が最も反省のない連中です。
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> こういう連中が反省しろと抜かすのだから世の中は不気味です。頭の良い馬鹿はいつの時代もいるのですが、こいつらがいつも権力を持ってなければ話は簡単です。無視すればいいだけです。が、民主制下ではそういうわけにいきません。完膚なきまでに叩き潰さねばいけなかったのです。
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> そうなればおそらくシナ人どもがこのような形で浸透することはなかったでしょう。
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> 次のエントリにも関わりますがまともな反省をできなかった、沖縄人どもはもう一度沖縄戦の悲劇を見るでしょう。チョウセンヒトモドキどもは反省するという思考回路を根本的に欠いてます。周りがもういいやとなればいつでも再戦でしょう。大統領の弾劾ごっこなんかやってる暇はないのですがねえ。

 反省と言う言葉の意味の取り方の違いだと思います。

 ワタシもkzakさんの意見には同意します。

 戦中派は日本の戦争についての「理念」「目的」については全然反省していません。 負けたけれど間違った事をしたわけではないと思っているのです。

 但し戦争のやり方や外交の問題には随分深く反省しているでしょう。
 例えば戦争に必要な物資補給などは強烈に反省していますよ。

 それが戦後の日本の工業化での品質管理技術の導入など、大量生産技術に繋がったのです。

 一方仰る通り「反省しろ」と喚く護憲派と言うのは、実は一切反省していません。 だって連中はそもそも過去の歴史も、現在の国際情勢も見る意思がないですからね。

 そして歴史を学べば、戦争で反省するべきは、こうした非現実的で理念先行の外交判断で勝てない戦争をやってしまった事がわかるのです。

 その意味では連中ホントに反省していないです。
  1. 2016-12-24 22:09
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