2016-12-09 14:17

若者よ怒れ!! 団塊左翼の見果てぬ夢

 団塊左翼の人達によると、若者は社会を変革するために行動しなければならないようです。

 しかもその行動と言うのは、地道に勉学をするとか、職能を高めるとかではなく、デモや暴動を起こして権力に反抗する事なのです。
 
 若者はとにかく権力に反抗して社会を変革しなければならないのだそうです。

078

新・映像の世紀「若者たちの反乱」を見て思ったこと

昨夜のNHKスペシャルは新・映像の世紀の第5集「若者たちの反乱~NOの嵐が吹き荒れる」だった。1960~70年代に、世界的に若者たちが反乱を起こして既存の社会秩序に衝撃を与えた。それはアメリカではベトナム反戦運動となり、東ドイツ・東欧では民主化への胎動となり、日本では大学紛争や反戦運動となり、中国でさえ民主化の嵐に揺さぶられた。その原動力になったのは、国境を超えるようになったテレビ映像の力だったというのが大筋だった。

 あの頃の雰囲気はよく覚えている。本郷の東大前を通ったら、
正門に毛沢東の大きな肖像画と「造反有理」のスローガンが大書して掲げられていた。安田講堂が全学連の拠点となり、機動隊との激烈な闘争で「落城」したものの、入学試験が中止に追い込まれた年だった。グラドピアノがバリケードの盾として使われていたのが印象的だった。

 当時の「全共闘世代」は、戦後ベビーブームの子供たちだったと言われる。日本では戦後の復興で東京オリンピックを開いたり、新幹線を走らせたりするまでになっていた。希望に燃える復興と隣接したところで、若者たちの反乱が起きたというところが意味深長に思われる。復興とは、ある意味で「復古」に近いところがある。破壊と混乱の中から新しい秩序が生まれてくる過程でもあるだろう。そこには当然、古い権威の復活も含まれている。まして
日本では過去の反省が不徹底なままの復興だった。

 昨夜の番組では、若者たちの反乱が世界の冷戦構造を打破する伏線になったという、前向きの評価をしていた。では日本の若者たちは反乱によって何を得たのだろうか。一時的には世間を騒がせたものの、結局は体制側に組み込まれて、その後の高度経済成長を支える戦力に転化して行ったのではないだろうか。少なくとも若者たちの反乱が政権を交代させることはなかった。

 ひるがえって「今どきの若者たち」のことを考えた。政治に無関心、投票に行かない若者たちは、いつまでもこのまま羊のように従順でいるのだろうか。戦争法が整って自分たちが戦争に駆り立てられるようになっても、「決まったことだから」と受け入れるのだろうか。それとも「何で今さら戦争なんだ」と、猛然と目覚めて反乱を起こすのだろうか。核に対しても同じことで、「何でオレたちにこんな苦労をさせるんだ」と、先人の無責任さに怒りを爆発させないのだろうか。

 番組では、かつてテレビ映像が世界の若者たちを動かしたように、現代はインターネットが世界を結んでいると示唆していた。インターネットが権力者の支配の道具として使われるか、権力を破る道具になるか、そこに大きな岐路があるように思われた


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 この記事の著者は1933年生まれで元NHKのディレクターです。
 ブロゴスで彼の他の記事を時々見かけますが、典型的な団塊左翼老人です。

 ワタシは1954年生まれなので、団塊の世代の一番オシマイの方です。
 

 安田講堂事件が起きたのは、ワタシが高校生になった年です。

 しかしこの頃からワタシは文化大革命にも、安田講堂事件にも全然共感できませんでした。

 文化大革命が起きた頃は、最初は毎日朝日新聞に掲載される文化大革命礼賛記事を読んで(我が家は朝日新聞を購読)「毛沢東ってエライ人だ」と思いました。

 しかし高校生になる頃には、これはオカシイと思うようになりました。 だって連日延々と礼賛記事が続くだけ、誰一人不平や不満を言う人がいないのです。
 
 ワタシは自分がへそ曲がりだった事もあって、世の中にはどんなに良い事でも、不平や不満を言う人間はいるはずだと信じていました。 だから誰一人不平も不満も言わない社会と言うのはオカシイと思ったのです。

 実際毛沢東のやったことはオカシイどころじゃなかったのです。

 安田講堂事件が起きた年は、全国の大学やそして高校でも、これに倣った騒動が起きました。

 ワタシが入学したばかりの高校でも、全校集会やらが起きて授業が中止になったりしました。 
 生徒のかなりがこれに賛同していましたが、ワタシは全然賛同する気になれませんでした。

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 ワタシがこうした学生運動に賛同できない最大の理由は、彼等の言う「変革」とか「革新」の目的が理解できないからです。

 勿論、ワタシだって現在の社会が全て完璧でこれ以上良い社会は造れない、変革の必要がないとは思っていません。

 しかし家のリフォームでも、転職でも、変える事で現状より良くする為には、変えた後をどうするかと言う明確で現実的なプランが必要です。

 幾ら職場に不満があっても、上司と喧嘩して辞表を叩きつけただけでは、現在より良い仕事を得られる可能性は低いです。

 まして家をリフォームするとなれば、十分な資金とプランが必要で、それなしに家を壊したらホームレスになるだけなのです。

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 ところがこの当時の「怒れる若者達」は、ゲバ棒を振り回して暴れ、社会を壊そうと頑張ったのですが、それではどんな社会を作りたいかと言う事に関しては、全く何のプランもないか、或いは毛沢東に倣うと言う有様でした。

 そんなに毛沢東の中華人民共和国が良いなら、日本で騒ぐより中国に亡命すれば良いと思うのですが、大変不思議なことにそういう人はいませんでした。

 当時は米ソ冷戦時代で、共産圏からは大勢の人々が資本主義国家に亡命していました。 オリンピックの度にメダリストが亡命し、有名な音楽家やバレリーナが海外公演中に亡命していました。

 そしてそういうチャンスのない普通の人々は、命懸けで国境を越えました。 国境警備隊に射殺されたり、逮捕されて投獄される危険があったのですが。

 このように共産主義がイヤで資本主義が好きな人は、命懸けで資本主義国家に亡命するのだから、資本主義がイヤで共産主義が好きな人だって、共産主義国家に亡命すれば済む事です。

 しかも資本主義国家から共産圏に亡命するのは、至って簡単でした。
 しかしそういう人は殆どいなかったのです。

095

 こういうのを見ると結局、毛沢東の肖像を掲げて「造反有理」を喚いた連中だって実は、毛沢東なんか信じてはいなかったのだと思います。
 
 そうなると実際、彼等は現状の社会を壊してどんな社会を作りたいのか全くわかりません。

 実際中には「破壊さへすれば新しい社会が生まれる」などと言う連中も沢山いたのです。

 でもこれって「どんな家を作るかはわからないけど、とにかく今の家を壊せば新しい家ができる」と言う無茶苦茶な話です。
 
 ワタシもあまり賢い子ではなかったのですが、幾らなんでもこんなリフォーム詐欺の話には乗れませんでした。

 そしてそういう事をしたい人間がマトモな人間だとは思えませんでした。

103

 ところで当時の日本は今に比べると信じがたい程希望に満ちていました。 少なくとも大卒者には天国でした。

 当時の青春ドラマによくこんなセリフが出ました。

 「僕達の人生は電車と同じだ。 作られたレールの上をタダ走り続けるだけだ。」

 当時、大学進学率は10~30%で今より遥かに低く、大卒はエリートでした。
 そして当時日本企業は破竹の勢いで業績を伸ばしていましたから、大卒者の就職は殆ど保障されていました。 

 ワタシが高校生だった頃、アメリカの経済学者エズラ・ボーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が出版されました。

 日本は高度経済成長を続けて、遠からずGDPでアメリカを超えて世界一の経済大国になるという内容です。
 ワタシもこれを読みましたが、当時は多くの日本人がこれを信じていました。

 こんな状況ですから一流大学と言われる大学を卒業した学生は教授の斡旋で一流企業か官庁に就職して、終身雇用が保障されました。

 だから「電車と同じで作られたレールの上を走り続ける」と言う台詞が出るのです。

 しかしこれが余りに当然であるため、当時の若者達にとっては、何かこれが大変な悲劇のように思われていたのです。
 それで青春ドラマの主人公達はこれを嘆いたのです。

104

 但しこれは大学進学ができる若者だけの話です。 当時はまだ中卒で就職する人も多かったのです。 毎年春になり大学や高校の合格発表のニュースが終わる頃、集団就職のニュースが出ました。

 地方の中学を卒業して就職する少年少女が、集団で就職先のある都会に出発するのです。

 こうした中卒者はしかし「人生の電車」には乗れませんでした。 中卒者の就職先は中小零細企業が中心なので、就職先が生涯存続する宛てはないし、大企業に就職しても使い捨て的な単純肉体労働者にしかなれないので、終身雇用の対照にはならなかったのです。

 だから青春ドラマの主人公だって、自分の人生が「電車と同じ」などと嘆く必要なかったのです。 大学進学を止めて働けばそんな電車に乗る必要はないのですから。

 しかし大学生達は「電車の乗る」人生を変える為には、大学を辞めるのではなく、ゲバ棒を振り回す方を選んだのです。

 一方経団連は太っ腹で「赤い林檎も一皮剥けは白い」と言って、ゲバ棒学生だって平気で採用してくれました。

107

 こんな連中がゲバ棒を振り回して暴れても、社会で賛同を得られるわけはないのです。

 この頃ゲバ棒を振り回した連中だって、殆どはその後社会に出てから自分達の青春の愚かさを反省しているでしょう。
 
 しかし教師やNHKなどの恵まれた職場で、一生居心地の良い電車にだけ乗り続けた人間の中には、この記事の著者のように今もなお自分達の青春の夢を追っている奴がいるのですね。

正門に毛沢東の大きな肖像画と「造反有理」のスローガンが大書して掲げられていた

 今となっては毛沢東が何をやったかはわかっているはずなのに、未だにこんな事を礼賛しているのです。

109

 自分の父親の世代に対しては「日本では過去の反省が不徹底と責めるなら、毛沢東を礼賛した自分達も過去も反省するべきでしょう?
 
 毛沢東を礼賛した人間にヒトラーを礼賛をした人間を責める資格はないはずです。

 しかし彼等は文化大革命の結果を知っても尚、自分達の愚かな革命ゴッコは自画自賛し、自分達の父親の起こした戦争は罵倒するのです。

 これはもう自分自身を客観化できない事の証拠としか思えません。 しかももう初老を遥かに超える年齢になったと言うのに・・・・。

116 

 そういう連中がシールズにくっついて老人デモをやったりしているのです。
 
 そして今も変革の為の変革を求めているのです。 学生時代から40~50年考えても、作るべき社会のプランは見つけられなかったけれど、でもとにかく変革しなければならないと考えているのです。

 そこで若者には現状に怒る事を期待するのですが、しかし本当に現状を変えられたら自分達の優雅な年金生活がどうなるのかは考えていないようです。

 ワタシはこういう人間は大嫌いです。
 このような連中が就職氷河期とデフレを作り、多くの若者の人生を奪ったのです。

 こういう人間達が「日本死ね」と言っているのです。
  1. 戦後民主主義
  2. TB(0)
  3. CM(15)

コメント

”デモ妨害のパヨク”が『公安に家宅捜索を喰らって』断末魔の悲鳴をあげる。警官の個人情報を晒して拡散中
http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50491372.html
C.R.A.C. ?@cracjp
暴行してケガさせても書類送検だけなのに、ネトウヨの言うあったかなかったかわからない器物損壊で家宅捜索とか。
公安警察によるカウンタープロテストの利用は一切許しませんので。

※若者をこの様なアホな状況に追い込んだ全共闘世代の罪は大きいですね。
パヨクに甘かったと思われた神奈川県警を完全に敵にまわしました。
  1. 2016-12-09 19:17
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  3. taigen #-
  4. 編集

一点記述に誤りが

何時も素晴らしい切れ味のブログ拝読しております。

ただ一つだけ明白な思い違いが有ります。
団塊の世代とは厳密には1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)生まれを指し、この戦前生まれの左翼ボケ老人もよもぎねこさんも団塊世代とは言えません。

このことは多くの人達が誤解しており、また同じように思われている団塊の世代でも一様ではなく、ゲバ棒を振り回して暴れていたのは極一部の連中で、実際には社会がそんなことで変わるかと冷ややかに見ていたノンポリが多数派でした。
  1. 2016-12-09 19:34
  2. URL
  3. 団塊ノンポリ #-
  4. 編集

やっと解ってきたかもしれません。

赤塚不二夫氏の天才バカぼんの中で、よくバカぼんパパが「反対の反対ナノダ〜」と
言っていて、小学校では結構流行っていました。
あれは、対案はないけど反対の為の反対を
していた人達を風刺していたのではなかったのかなあ。とあれから四十年以上たってからなんとかなく思います。
  1. 2016-12-09 20:04
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  3. lion #-
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2016-12-09 21:55
  2. #
  3. 編集

少し前に、朝日新聞がこんな記事を掲載して、2ちゃんねるではスレッドが10を超える祭りになってましたね。いろんなまとめサイトにも掲載されてました。

(耕論)若者の与党びいき 平野浩さん、安永彩華さん、山田昌弘さん:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/DA3S12584121.html
>1960年代や70年代、若者といえば、現状に飽きたらず、野党を応援するイメージが強かった。ところが最近は、どの世代よりも与党びいきの傾向が強まっている。何が起こっているのか。

若者といえば野党を応援するイメージが強かったが、最近はどの世代よりも与党びいきの傾向が強まっていると朝日新聞|保守速報
http://hosyusokuhou.jp/archives/48557648.html
思い通りにならないからってこんな事書く朝日新聞 ★3 : まとめ安倍速報
http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/49671262.html

おもしろいツッコミがたくさんあるんですが、私が特におもしろいと思ったのは「若者は昔も今も反権力だよ。今はその権力がマスゴミだということ。」ですね。

でも、志村建世氏が批判している「政治に関心がなく、選挙にも行かない無関心層」は、そこまで難しいことは考えていないかもしれません。
そういう人たちは左翼が作ったドキュメンタリーなんて見ないだろうし、テレビコメンテーターの言うことに誘導されたりもしないだろうから、逆に正しい判断ができるのかもしれませんね。

それから志村建世や田原総一朗みたいな人って、マスゴミの政権交代キャンペーンで誕生した自社さ政権や民主党政権には言及しないんですよねぇ。政治にそれほど興味がない人だって、民主党政権時代のひどさはよく覚えているんですが。
  1. 2016-12-09 23:00
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  3. かんぱち #vF6NeGQU
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Re: タイトルなし

> ”デモ妨害のパヨク”が『公安に家宅捜索を喰らって』断末魔の悲鳴をあげる。警官の個人情報を晒して拡散中
> http://u1sokuhou.ldblog.jp/archives/50491372.html
> C.R.A.C. ?@cracjp
> 暴行してケガさせても書類送検だけなのに、ネトウヨの言うあったかなかったかわからない器物損壊で家宅捜索とか。
> 公安警察によるカウンタープロテストの利用は一切許しませんので。
>
> ※若者をこの様なアホな状況に追い込んだ全共闘世代の罪は大きいですね。
> パヨクに甘かったと思われた神奈川県警を完全に敵にまわしました。

 神奈川県警が何を考えているのかはわかりません。 しかし嫌韓デモ側とカウンターの双方を押さえてバランスを取ろうとしているのでしょうね。
  1. 2016-12-10 10:53
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 一点記述に誤りが

> 何時も素晴らしい切れ味のブログ拝読しております。
>
> ただ一つだけ明白な思い違いが有ります。
> 団塊の世代とは厳密には1947年(昭和22年)〜1949年(昭和24年)生まれを指し、この戦前生まれの左翼ボケ老人もよもぎねこさんも団塊世代とは言えません。
>
> このことは多くの人達が誤解しており、また同じように思われている団塊の世代でも一様ではなく、ゲバ棒を振り回して暴れていたのは極一部の連中で、実際には社会がそんなことで変わるかと冷ややかに見ていたノンポリが多数派でした。

 有難う御座います。 

 団塊と言う言葉漠然と使われるのでワタシも誤解しました。
 
 団塊世代の多くはゲバ棒集団に冷淡だったと言うのは事実でしょう。 そもそも大学進学率が低い中、騒いだのが学生だけだし、しかもその学生も全体からすればごく一部でしたから。
  1. 2016-12-10 10:56
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: やっと解ってきたかもしれません。

> 赤塚不二夫氏の天才バカぼんの中で、よくバカぼんパパが「反対の反対ナノダ〜」と
> 言っていて、小学校では結構流行っていました。
> あれは、対案はないけど反対の為の反対を
> していた人達を風刺していたのではなかったのかなあ。とあれから四十年以上たってからなんとかなく思います。

 そうですね。

 あの頃から日本のマスコミでは、反対の為の反対、反体制が正義でした。

 何の為に変革するかはわからないけれど、変革が正義でした。

 真面目に考えると奇妙な話なんですけど、皆がそう言うので何となくそれに逆らえない雰囲気がありました。 だから田原総一郎のような人間がもてはやされたわけです。

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-4665.html

 でもワタシはこの発想はリフォーム詐欺だと思うのです。
  1. 2016-12-10 11:00
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 少し前に、朝日新聞がこんな記事を掲載して、2ちゃんねるではスレッドが10を超える祭りになってましたね。いろんなまとめサイトにも掲載されてました。
>
> (耕論)若者の与党びいき 平野浩さん、安永彩華さん、山田昌弘さん:朝日新聞デジタル
> http://www.asahi.com/articles/DA3S12584121.html
> >1960年代や70年代、若者といえば、現状に飽きたらず、野党を応援するイメージが強かった。ところが最近は、どの世代よりも与党びいきの傾向が強まっている。何が起こっているのか。
>
> 若者といえば野党を応援するイメージが強かったが、最近はどの世代よりも与党びいきの傾向が強まっていると朝日新聞|保守速報
> http://hosyusokuhou.jp/archives/48557648.html
> 思い通りにならないからってこんな事書く朝日新聞 ★3 : まとめ安倍速報
> http://blog.livedoor.jp/abechan_matome/archives/49671262.html
>
> おもしろいツッコミがたくさんあるんですが、私が特におもしろいと思ったのは「若者は昔も今も反権力だよ。今はその権力がマスゴミだということ。」ですね。
>
> でも、志村建世氏が批判している「政治に関心がなく、選挙にも行かない無関心層」は、そこまで難しいことは考えていないかもしれません。
> そういう人たちは左翼が作ったドキュメンタリーなんて見ないだろうし、テレビコメンテーターの言うことに誘導されたりもしないだろうから、逆に正しい判断ができるのかもしれませんね。
>
> それから志村建世や田原総一朗みたいな人って、マスゴミの政権交代キャンペーンで誕生した自社さ政権や民主党政権には言及しないんですよねぇ。政治にそれほど興味がない人だって、民主党政権時代のひどさはよく覚えているんですが。

 ブログにも書きましたが、70年代の学生運動世代は、「自分達の人生は電車と同じだ。 決められたレールの上を走るだけだ。」などと終身雇用が保障されている事を嘆いたのです。

 今の若者達がこれを聞いたらどう思うでしょうね?

 就職氷河期の厳しさを知っている若者達は、まず自分達の職を保障してくれる政党を支持するのは当然ではありませんか?

 団塊左翼未だにそれがわからないのです。
  1. 2016-12-10 11:04
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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 題名を忘れましたが秦郁彦さんの著書に、GHQが日本人の私信を検閲していたら敗戦で打ちのめされるどころか「負けは負け」としてそれに拘らずに前向きな内容に慌てたそうです。戦時中に大人であった人達は、何故戦争せざるを得なかったのかは当時の新聞や出版物を読んでいたので理解できたからだと思いますが、その後の世代は焚書やプレスコードによって隠されたせいで「日本が悪い。」と思いこまされたのだと思います。

 「若者たちの反乱~NOの嵐が吹き荒れる」は、再放送で観ていて当時の若者たちが西側ゲバラと毛沢東に触発されて世界各国で同時多発的に激しい反戦運動が起こり、それを製作者があの時代をうっとりと懐かしんでいる様子が興味深かったです。共産主義者インターナショナル別名コミンテルンは、世界同時革命を目指していたのですから、世界と繋がり反戦運動をしたことは単なる熱い青春の思い出ではすまされないことです。しかし志村さんという方は、どこから見ても左翼のようですから世界同時革命は正義なのかもしれないですね。

 共産主義で思想改造されると、強い洗脳と同じだと思います。いまだにそこから抜け出せない人たちがいて、党勢拡大の為に日夜強かに活動しているのは事実なので警戒しないといけないと思います。
  1. 2016-12-10 13:12
  2. URL
  3. 都民です。 #-
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世代論ということに関して言うならば小生は一つの仮説を持ってます。
子供は親に反発するものですが、ちょうど干支が一回りくらい上の世代の感性を受容するのだというものです。

いわゆる団塊は広義には1942年から1952年位までの生まれを言いますから、その感性は1930年から1940年生まれくらいの世代の感性を引き継いでいると考えています。ここで考えるともちろん地域差や家庭環境で全然異なるのですが、1930年位からの5年間くらいの世代というのは、物心ついた頃には戦争で結局敗戦、戦争は自分達には何の責任もなく結局損ばかり見た、という感覚を持つ人が結構多いわけです。

これは空襲や疎開で苦労した都会人が多いことになるわけです。これより以前の世代だと戦争の真実とまでは行かなくても日本のやったことがそんなには悪くないんだということ、それを空気として知ってるわけで敗戦で痛手を受けても案外シャンとしていた、となるわけです。団塊の一部はこの上の世代の一部の感性を受け継ぎます。だから訳の分からない反戦なんたらにうつつを抜かすようになるわけです。親の世代はどうかと言えばおかしいとは思いつつも自分達の行ったことについて結局口を閉ざします。変わり身の早い気狂いマスゴミがそういうことをしましたからね。その後の世代はどうでしょう。

今度は1930年代位からの世代が親の世代になります。親の感性というものに子供は反発します。ちょうどよもさんや小生あたりの世代ですが、(よもさんのところはお父上が少しお年のようですが)この世代は少し様子が違います。この世代はおそらく日本で初めてモノの不足を感じないで育った世代です。こういう世代に戦争なんたら、と言っても響くわけがありません。時代が違いすぎるというわけです。

反戦運動を見ても燃えないこの世代をしらけ世代と言いましたが、不満がないものを運動するわけがない。ただ、この世代が学齢期を越えるくらいから体で戦争を知る人々が教壇を去り日教組あたりの洗脳を受けた団塊馬鹿が教壇に立つようになります。

これで左巻き教育を始めるようになります。学校のお馬鹿はここから始まりますが、一方で社会の右傾化とか何とか言われます。基本はこのしらけ世代が社会の中核を担うようになってから変わっったのです。これで落ち着いたのです。いわゆる革新なんたらが退潮した時代です。

そしてその次の世代はどうかというと、ここで日教組あたりの実力発揮というところのはずでしたが、時代はもう情報化時代、若者たちは物事の真相を自己の手段で知るようになってしまいました。一部の跳ね返りはでましたがもう大多数は笛吹けども踊らずということのなります。

だから団塊が消えれば戦後初めて政治思想的には安定した状態が現出するはずです。こうなれば価値観は落ち着き保守思想に戻るはずです。問題は経済的なものです。今の30代以下の世代は好景気を知りません。不景気が当たり前となってしまってる。もう消費に対する感性が違ってしまってるのです。

今の団塊世代が正直に見て阿呆な消費行動を一部でしてます。結局あの人たちは逃げ切りましたがその次は辛いことになってる。40代.50代で辛酸を嘗めた層が多いですからね。そしてその子どもたちです。その子どもたちに対して祖父の世代が社会に怒れという。

こんなもの、馬鹿だろうと言うので終わりでしょう。それよりも将来の不安をなくしてくれ、結婚できて子供を育てられるだけの希望をくれというのが、連中の本音でしょう。今の時代食うだけならなんとでもなります。でも何かの希望を持って何事か成し遂げようとすると、または何か躓きが出てくるととんでもなくコストがかかるようになってしまった。これをなんとかしてくれということが本音でしょう。

戦中派と言われる人々と団塊と言われる人々はこの経済の後始末をせずに勝ち逃げしようとしています。
本当に若者が聞きたいのは彼らの反省だと思うのは小生だけでしょうかね。
このあたり本当にずれてるとしか言えません。
  1. 2016-12-10 17:48
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

>  題名を忘れましたが秦郁彦さんの著書に、GHQが日本人の私信を検閲していたら敗戦で打ちのめされるどころか「負けは負け」としてそれに拘らずに前向きな内容に慌てたそうです。戦時中に大人であった人達は、何故戦争せざるを得なかったのかは当時の新聞や出版物を読んでいたので理解できたからだと思いますが、その後の世代は焚書やプレスコードによって隠されたせいで「日本が悪い。」と思いこまされたのだと思います。

 日本人全体は冷静に敗戦を受け止めたのでしょうね。 
 しかし敗戦時にGHQの力で言論界や学会や労働組合のトップになった連中の後継者が今もそのまま居座っているのです。

>  「若者たちの反乱~NOの嵐が吹き荒れる」は、再放送で観ていて当時の若者たちが西側ゲバラと毛沢東に触発されて世界各国で同時多発的に激しい反戦運動が起こり、それを製作者があの時代をうっとりと懐かしんでいる様子が興味深かったです。共産主義者インターナショナル別名コミンテルンは、世界同時革命を目指していたのですから、世界と繋がり反戦運動をしたことは単なる熱い青春の思い出ではすまされないことです。しかし志村さんという方は、どこから見ても左翼のようですから世界同時革命は正義なのかもしれないですね。
>
>  共産主義で思想改造されると、強い洗脳と同じだと思います。いまだにそこから抜け出せない人たちがいて、党勢拡大の為に日夜強かに活動しているのは事実なので警戒しないといけないと思います。

 こういう連中を見ていて凄く不愉快なのは、連中は共産主義に共感して騒いでも自分は資本主義国家に居座る事です。

 ホントに共産主義を信じていれば、共産主義国家に亡命すれば良いのに。

 これは連中にとって共産主義は自分が権力を得る為の手段であるか、単なる騒乱のネタだったのでしょう。

 こういう連中はホントに胸糞が悪いです。
  1. 2016-12-11 11:32
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 世代論ということに関して言うならば小生は一つの仮説を持ってます。
> 子供は親に反発するものですが、ちょうど干支が一回りくらい上の世代の感性を受容するのだというものです。
>
> いわゆる団塊は広義には1942年から1952年位までの生まれを言いますから、その感性は1930年から1940年生まれくらいの世代の感性を引き継いでいると考えています。ここで考えるともちろん地域差や家庭環境で全然異なるのですが、1930年位からの5年間くらいの世代というのは、物心ついた頃には戦争で結局敗戦、戦争は自分達には何の責任もなく結局損ばかり見た、という感覚を持つ人が結構多いわけです。
>
> これは空襲や疎開で苦労した都会人が多いことになるわけです。これより以前の世代だと戦争の真実とまでは行かなくても日本のやったことがそんなには悪くないんだということ、それを空気として知ってるわけで敗戦で痛手を受けても案外シャンとしていた、となるわけです。団塊の一部はこの上の世代の一部の感性を受け継ぎます。だから訳の分からない反戦なんたらにうつつを抜かすようになるわけです。親の世代はどうかと言えばおかしいとは思いつつも自分達の行ったことについて結局口を閉ざします。変わり身の早い気狂いマスゴミがそういうことをしましたからね。その後の世代はどうでしょう。
>
> 今度は1930年代位からの世代が親の世代になります。親の感性というものに子供は反発します。ちょうどよもさんや小生あたりの世代ですが、(よもさんのところはお父上が少しお年のようですが)この世代は少し様子が違います。この世代はおそらく日本で初めてモノの不足を感じないで育った世代です。こういう世代に戦争なんたら、と言っても響くわけがありません。時代が違いすぎるというわけです。
>
> 反戦運動を見ても燃えないこの世代をしらけ世代と言いましたが、不満がないものを運動するわけがない。ただ、この世代が学齢期を越えるくらいから体で戦争を知る人々が教壇を去り日教組あたりの洗脳を受けた団塊馬鹿が教壇に立つようになります。
>
> これで左巻き教育を始めるようになります。学校のお馬鹿はここから始まりますが、一方で社会の右傾化とか何とか言われます。基本はこのしらけ世代が社会の中核を担うようになってから変わっったのです。これで落ち着いたのです。いわゆる革新なんたらが退潮した時代です。
>
> そしてその次の世代はどうかというと、ここで日教組あたりの実力発揮というところのはずでしたが、時代はもう情報化時代、若者たちは物事の真相を自己の手段で知るようになってしまいました。一部の跳ね返りはでましたがもう大多数は笛吹けども踊らずということのなります。
>
> だから団塊が消えれば戦後初めて政治思想的には安定した状態が現出するはずです。こうなれば価値観は落ち着き保守思想に戻るはずです。問題は経済的なものです。今の30代以下の世代は好景気を知りません。不景気が当たり前となってしまってる。もう消費に対する感性が違ってしまってるのです。
>
> 今の団塊世代が正直に見て阿呆な消費行動を一部でしてます。結局あの人たちは逃げ切りましたがその次は辛いことになってる。40代.50代で辛酸を嘗めた層が多いですからね。そしてその子どもたちです。その子どもたちに対して祖父の世代が社会に怒れという。
>
> こんなもの、馬鹿だろうと言うので終わりでしょう。それよりも将来の不安をなくしてくれ、結婚できて子供を育てられるだけの希望をくれというのが、連中の本音でしょう。今の時代食うだけならなんとでもなります。でも何かの希望を持って何事か成し遂げようとすると、または何か躓きが出てくるととんでもなくコストがかかるようになってしまった。これをなんとかしてくれということが本音でしょう。
>
> 戦中派と言われる人々と団塊と言われる人々はこの経済の後始末をせずに勝ち逃げしようとしています。
> 本当に若者が聞きたいのは彼らの反省だと思うのは小生だけでしょうかね。
> このあたり本当にずれてるとしか言えません。

 そうですね。 世代論は重要だと思います。

 そもそも今の若者が「政治に無関心」なのは、父親世代を覚めた目で見ているからでしょう。
 そして就職氷河期を知っているからでしょう。

 マジに就職氷河期の若者達が「僕達の人生は電車と同じだ。 決められたレースの上を走るだけだ。」などと言う台詞を聞いたらどう思うか?
 
 就職氷河期以降の若者はまさにこのレールに乗れない事で苦しんできたのですから。
  1. 2016-12-11 11:36
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  3. よもぎねこ #-
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今時の若者って?

「短足おじさん」さんのブログへのコメントと内容が重複して恐縮ですが・・・。

私はこの団塊(というには微妙な年代ですが)左翼老人の繰り言に限らず、基本的に「最近の若いもんは・・」みたいな話を安直にする中高年(私もそういわれる世代です)は基本的に頭悪い・・というと言い過ぎですが、一人よがりな情緒でしか物事を考えない人・・という感想を持っています。

 大体、その手の「昔(の若者)は良かった」というのは大した根拠、客観的な根拠などない場合がほとんどだからです。左翼とは関係のない話となりますが、こんなデータがありまして・・・。

http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/
(少年犯罪データベースドア)
というサイトがありまして、そこにこんなデータがあります。

http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm

これは未成年者(10歳~19歳)による殺人犯検挙人数と少年人口(10歳~19歳)の比率なのですが(出典は警察庁犯罪統計書)・・・。
マスコミの報道などをみていますと、少年少女の凶悪犯罪、悪質なイジメなどなどは最近になって増えていて、なんだか昔は少なかった、ああ、昔はマトモだった、昔は良かった・・ように思えてきますが、とんでもない話で事実はむしろ逆。

「昔」の方が酷いんですね。その「昔」というのも日本の街という街が焼け野が原となり、貧しさのどん底、戦災孤児が溢れる終戦直後ではなく「もはや戦後ではなく」高度経済成長がノリにノリ始めた昭和30年代が一番酷いんですよね。

昭和30年代(1955年~1965年)といえば、まさに団塊世代が十代の反抗期真っ盛りだった少年、青年時代なのです。

当時のマスコミ記事を丹念にみると、今なら確実に週刊誌、ワイドショーで大騒ぎされそうな、非行、犯罪、イジメ事件が今以上に多く報道されています。
違いはそれらはほとんどベタ記事で現代のように大騒ぎされない、日常のよくある事件の一つとして処理されていること・・だけです。

だから、この世代の人が「最近の若者は・・」なんて言い出すと思わず眉につばつけたくなるというか、白けた気分になってしまいますね。

最近、左派マスコミや識者を歓喜させた「シールズ」。
確かに見てくれはオシャレだし今風の若者に見えますが、多くの方が指摘しているように彼らを取り囲んでいるのは
団塊世代以上の老人たちでしたし、それより何より、主張がまるっきり団塊左翼老人のそれである上に、メンバー、少なくとも主力メンバーの親とか叔父さんなどを当たると
大体、この手の団塊左翼老人、オジさんにぶち当たって、
「なんだ、結局のところ親子代々、親類一同の家族経営の「家業」じゃねぇか」と思ったものでした。

あと、ラップだとかロックだとかフォークだとか音楽で反戦歌だか、反体制っぽい歌詞の歌、歌って・・なんていうのも・・。
 それまるっきり団塊左翼世代のセンスやん・・今はビートルズやボブ・ディラン(ノーベル賞受賞しましたね)の時代じゃねぇ・・てぇのと言いたくなる、つまり、この手の団塊左翼老人の趣味を受け継いでいるのか、教え込まれたのか?はなんとも言えませんが、とても「今時の若者」のセンスじゃないよなぁ、見かけだけ今風にしても地金がでるもんだ・・と思ったものでした。

痛いのはそういったパフォーマンスを持ち上げるマスコミや左翼老人たちが「これぞ若者風」と思っているところ。

その政治的主張以前に彼らが独りよがりに考える「若者」像のあまりの頓珍漢さに呆れたものです。
そのフォークな脳みそをなんとかしない限り、ホンマもんの「今時の若もん」の心を捉え、政治を変える・・なんてことはありえないよ、コレと思ったものでした。

  1. 2016-12-11 21:25
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Re: 今時の若者って?

> 「短足おじさん」さんのブログへのコメントと内容が重複して恐縮ですが・・・。
>
> 私はこの団塊(というには微妙な年代ですが)左翼老人の繰り言に限らず、基本的に「最近の若いもんは・・」みたいな話を安直にする中高年(私もそういわれる世代です)は基本的に頭悪い・・というと言い過ぎですが、一人よがりな情緒でしか物事を考えない人・・という感想を持っています。
>
>  大体、その手の「昔(の若者)は良かった」というのは大した根拠、客観的な根拠などない場合がほとんどだからです。左翼とは関係のない話となりますが、こんなデータがありまして・・・。
>
> http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/
> (少年犯罪データベースドア)
> というサイトがありまして、そこにこんなデータがあります。
>
> http://kangaeru.s59.xrea.com/G-Satujin.htm
>
> これは未成年者(10歳~19歳)による殺人犯検挙人数と少年人口(10歳~19歳)の比率なのですが(出典は警察庁犯罪統計書)・・・。
> マスコミの報道などをみていますと、少年少女の凶悪犯罪、悪質なイジメなどなどは最近になって増えていて、なんだか昔は少なかった、ああ、昔はマトモだった、昔は良かった・・ように思えてきますが、とんでもない話で事実はむしろ逆。
>
> 「昔」の方が酷いんですね。その「昔」というのも日本の街という街が焼け野が原となり、貧しさのどん底、戦災孤児が溢れる終戦直後ではなく「もはや戦後ではなく」高度経済成長がノリにノリ始めた昭和30年代が一番酷いんですよね。
>
> 昭和30年代(1955年~1965年)といえば、まさに団塊世代が十代の反抗期真っ盛りだった少年、青年時代なのです。
>
> 当時のマスコミ記事を丹念にみると、今なら確実に週刊誌、ワイドショーで大騒ぎされそうな、非行、犯罪、イジメ事件が今以上に多く報道されています。
> 違いはそれらはほとんどベタ記事で現代のように大騒ぎされない、日常のよくある事件の一つとして処理されていること・・だけです。
>
> だから、この世代の人が「最近の若者は・・」なんて言い出すと思わず眉につばつけたくなるというか、白けた気分になってしまいますね。
>
> 最近、左派マスコミや識者を歓喜させた「シールズ」。
> 確かに見てくれはオシャレだし今風の若者に見えますが、多くの方が指摘しているように彼らを取り囲んでいるのは
> 団塊世代以上の老人たちでしたし、それより何より、主張がまるっきり団塊左翼老人のそれである上に、メンバー、少なくとも主力メンバーの親とか叔父さんなどを当たると
> 大体、この手の団塊左翼老人、オジさんにぶち当たって、
> 「なんだ、結局のところ親子代々、親類一同の家族経営の「家業」じゃねぇか」と思ったものでした。
>
> あと、ラップだとかロックだとかフォークだとか音楽で反戦歌だか、反体制っぽい歌詞の歌、歌って・・なんていうのも・・。
>  それまるっきり団塊左翼世代のセンスやん・・今はビートルズやボブ・ディラン(ノーベル賞受賞しましたね)の時代じゃねぇ・・てぇのと言いたくなる、つまり、この手の団塊左翼老人の趣味を受け継いでいるのか、教え込まれたのか?はなんとも言えませんが、とても「今時の若者」のセンスじゃないよなぁ、見かけだけ今風にしても地金がでるもんだ・・と思ったものでした。
>
> 痛いのはそういったパフォーマンスを持ち上げるマスコミや左翼老人たちが「これぞ若者風」と思っているところ。
>
> その政治的主張以前に彼らが独りよがりに考える「若者」像のあまりの頓珍漢さに呆れたものです。
> そのフォークな脳みそをなんとかしない限り、ホンマもんの「今時の若もん」の心を捉え、政治を変える・・なんてことはありえないよ、コレと思ったものでした。

 真面目に考えると、今の若者に世の中を変えられたら、自分達の優雅な年金生活はどうなるんでしょうね?

 そういうことを全然考えていないのです。

 青春の夢を老年まで見られるのですから、大変幸せな人達だとは思いますが、相手にする必要はないです。
  1. 2016-12-12 11:21
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