
このジャカルタ特別州知事バスキ・プルナマ(愛称アホック)氏は、中国系でキリスト教徒です。
その彼が来年2月の行われるジャカルタ特別州知事選に立候補するに当たって、「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」とするコーランの第5章第51節に触れ、「コーランの51節に惑わされているから、あなたたちは私に投票できない。(中略)地獄に落ちるのを恐れて投票できないというのであれば、仕方ない」と述べたのです。
ところがこれに対してイスラム教徒達から「イスラムを侮辱した」と言う抗議が出ました。
そしてそれがドンドン拡大して11月4日には、大規模デモになり一部は暴徒化しました。
そして遂にインドネシア警察は知事を「イスラム教を冒涜(ぼうとく)する発言をした容疑者に認定し、刑事事件として立件したのです。 今後起訴されて有罪が確定すれば、最大禁固五年の刑が課せられます。
前にも書いたけれど、日本人の感覚ではそもそも何で知事の発言がイスラムを侮辱した事になるのかわかりません。
コーランの5章第51節に「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」と書いてあるのは事実です。
そしてインドネシアも政教分離の民主主義国家ですから、選挙で候補者が「宗教に関係なく投票して欲しい」との意思表示をするのは当然なのです。
バスキ・プルナマ(愛称アホック)氏以外の候補者は全員イスラム教徒ですから。
ところがこれがイスラム教徒側からすれば「イスラムを侮辱した」事になり、そして遂に刑事訴追までされてしまうのです。
朝日新聞はこれを「宗教対立」と書いているのですが、池内恵はface bookでこう書いています。
宗教対立」も何も、少数派が焼き討ちされて訴追されるだけです。イスラーム教が多数派の地域にリベラリズムはもともと広がっていない。欧米(やそれを一知半解に追随する日本)のリベラル派はイスラーム教を「少数派」と誤認して擁護して見せるのみ。イスラーム教徒が多数派の地域でなお宗教間の平等を成り立たせるにはどうしたらいいか、徹底的に考えるのが本当のリベラルだが、そういう人はほとんどいないね。
全くその通りですよね。
イスラム教徒が多数派の地域で、少数派のキリスト教徒が迫害されているだけなのです。
こんな幼児に火炎瓶を投げつけるなんて人間のすることでしょうか?
これってもうヨーロッパのユダヤ人迫害と同じなのです。 第二次大戦までヨーロッパ諸国では、多数派キリスト教徒が意味不明の難癖をつけてユダヤ人の家や商店を焼き打ちしたり、ユダヤ人に暴行を加えて殺したりしました。
少なくとも近代以降はこれは違法行為だったのですが、しかし実際には多勢に無勢で、ユダヤ人迫害は放置されきたのです。
現在イスラム諸国では非イスラム教徒が、嘗てのヨーロッパのユダヤ人のような扱いを受けているわけです。
インドネシアは国民の9割がイスラム教徒で、イスラム諸国の中では最大の国家です。
しかし元々イスラム色は薄い国でした。
インドネシアの文化として思い出すのはガムラン音楽や舞踏などヒンズー教文化の流れを汲むもので、インドネシアがイスラム国家であることを思わせるのは、男性が被っている帽子ぐらいでした。
そして第二次大戦後の独立以降、一貫して政教分離の民主主義国家を目指して進んできました。 それで近年市民運動活動家出身の大統領が出たりしたのです。
しかしその民主化の進行と共に、それに逆行するようにイスラム狂信化が進んでいるのです。
イスラム諸国の中では最も非イスラム的で、宗教に寛大だったインドネシアでもこんな状況では、今後もうイスラム教徒が多数派の国や地域では、政教分離など不可能になるでしょう。
イスラム教徒に対する批判が封殺されると言うより、とにかくイスラム教徒の気に入らない事、イスラム教徒に都合の悪い事を言えば「イスラムを侮辱した」として刑事訴追されるですから。
哀しいけれど、イスラム世界はドンドン狂信化が進んでいるようです。
インドネシアだけでなく戦後独立して建国したイスラム諸国は皆政教分離の民主主義国家を目指しました。
建国当初これらの国々は殆どが独裁国家になったのですが、しかしその独裁者達は政治的には完全に世俗派で、政治的にはイスラム教には距離を置いていました。
しかしこれらのイスラム諸国で、独裁者が排除されるにつれて拡大してきたのは結局イスラム原理主義、宗教勢力なのです。
そこで国内では近代化に逆行するように、非イスラム教徒への迫害が増え続けているのです。
そしてそうしたイスラム教徒達が多数移民として欧米に入り込みつつあるのです。
これは今後、大変厄介なことになるでしょう。
1970年前後にNHKでBBCが制作したイスラム史の特集が放映されたことがあります。
大変面白かったので、ワタシは全シリーズを見ました。
しかしその最後のナレーションには凄く違和感を感じました。
その番組で最後に「今後イスラム教は、世界で深刻な問題に成る」と言ったのです。
当時は東西冷戦まっただ中でした。
そして前記のようにイスラム諸国では、独裁者達が世俗主義の政治での近代化に励んでいたのです。
だから当時のワタシは、イスラム教は宗教として残っても、それが政治的な問題になるなどとは夢にも思えませんでした。
それで強い違和感を感じたのです。
しかし1979年にイラン・イスラム革命が起きた時に、あの番組を思い出しました。
そしてその後、イスラム狂信化はドンドン進み続けています。
ルネサンスから始まった西欧の近代合理主義は、こうした宗教的狂信から自由になり、理性を信じる事で成立しました。
しかしイスラム世界はこうした近代合理主義を真っ向否定する方向に驀進しています。
そして近代合理主義の申し子であるほずのリベラリスト達は、唯ひたすら「イスラム教批判は人種差別」などと現実逃避的発言を繰り返しています。
世界はこの狂信に立ち向かう事ができるのでしょうか?