2016-11-06 16:06

「イスラムを侮辱した」

 池内 恵氏のface bookにイスラム教に関して面白い記述があったので紹介します。

008

 「侮辱」とされる発言内容を見てみると、異教徒が「コーランには異教徒に対して排斥的な部分があるよね」と指摘する→「コーランを侮辱した」とムスリムの間で激しい非難の声が上がり、客観的には実際に「異教徒を排斥する」ように見える運動が生じる→異教徒が少数派の社会では打ち壊しなどが生じ、異教徒が多数派の社会ではテロが起きる、といういつものパターン。焼き討ちや暴行・殺害が起こってしまって政治問題としてややこしくなり、さらに時間が経つと→「イスラームはテロとは無関係だ」という声が、ムスリムとリベラル派(異教徒を含む)によって主張され、あたかも「喧嘩両成敗」のようにされて、多くの場合は異教徒で暴力の被害を受けた側にかなりの痛みを受忍させて終わり、問題の根源は覆い隠される。

以上が普遍的パターン。これは教義の思想的形式から必然的に生じる問題構図です。教義テキストを絶対とすることが教義の根本なので、絶対の教義が他者から見れば抑圧ではないか、と発言することが、教義テキストが絶対ではないと主張したものと捉えられ(実際にそうなのですが、異教徒なのですから)、暴力による制裁が権利どころか義務であると考える者が出てくることを止められない。

早くそのことに世界全体が気づいて、折り合いをつけられるようになるといいですね。

013

 直接的にはこの記事の話です。

「イスラムを侮辱した」 アホック氏発言が波紋 コーランに言及 (2016年10月08日)

 日本人からすると、この記事を読んでも、どこがどうイスラムを侮辱したのかわかりません。

014

 インドネシアのジャカルタ特別州知事選の候補者は、キリスト教徒が一人、他は全部イスラム教徒でした。

 でそのキリスト教徒のアホック候補が、「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」とするコーランの第5章第51節に触れ、「コーランの51節に惑わされているから、あなたたちは私に投票できない。(中略)地獄に落ちるのを恐れて投票できないというのであれば、仕方ない」と述べたのです。

 これの何処がイスラムを侮辱していることになるのか?

 宗教に関係なく党票して欲しいと言っているだけにしか思えません。

 こんなの民主主義国家なら当然のことではありませんか?

 インドネシアも嘗てのような独裁国家ではなく、今は選挙で選ばれた人が大統領になっている国なので、こうした発言が出るのは当然でしょう?

021

ところがこれに対して、イスラム強硬派の団体は「宗教の冒涜だ」としてアホック候補に謝罪を求めており、謝罪を求める署名には既に6万5千人が署名したのです。

 エッ?

 でもコーラン第5章51節に「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」と書かれてあるのは事実でしょう?

 この事実を指摘しちゃいけいんですか?

 しかしイケナイのです。

 これがイスラム側からすると「イスラムを侮辱した」事になるのです。

 池内恵氏はこれを指摘しているのです。

023

 イスラム教徒にとってはイスラムは絶対なのです。 その絶対と言うのは、イスラム教徒だけがこれを絶対的真理として守らなければならない物と言うのではなく、イスラム教徒・非イスラム教徒に関係なく、全ての人類がこれを絶対的真理としなければ許さないと言う物なのです。

 イスラム教では「ユダヤ教徒とキリスト教徒を仲間としてはならない」と明言しているのだから、ユダヤ教徒やキリスト教徒がイスラム教に批判的になるのは、当然じゃないかと思います。

 しかしイスラム教徒からすればそもそも異教徒と言うのは、イスラム教徒の慈悲によって生存を認めてやっている存在なのです。 だから彼等はそのことに感謝するべきなのであって、仲間にしてもらえない事を「イスラムの排他性」などと言うのは、絶対に許せない冒涜と言う事になるのです。

 そこで池内恵氏の言うように、イスラム教徒によるテロや焼き討ちが起きるのです。

034

 しかしなぜかその後ムスリムとリベラル派から「イスラムとテロは無関係」などと言う話が出て、被害者は殺され損で終わる事になるのです。

 イヤ、このムスリムの思考ラインだと、テロや焼き討ちの原因はイスラム教以外にないでしょう?

 そもそも自分達の宗教を絶対化して、異教徒に批判も許さないと言う発想自体大問題でしょう?

 でもこうした批判をするのは今の所少数派のようです。

 と言うか以前札幌北星学園大学で池内恵氏の講義があった時に聞いたのですが、欧州ではこの池内氏のような意見を言う事自体がヘイトスピーチ視されているそうです。

 だから純然たるイスラム研究の世界でさへ、こうした意見は出てこないそうです。

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 池内恵氏の北星学園大学での講義で知ったのですが、イスラム教と言うのは、極めて政治的な宗教です。

 キリスト教の場合はキリスト本人が処刑されて、その後キリスト教が公認されるのに300年余かかりました。

 だからキリスト教の成立過程では、全く政治的活動はできませんでした。

 しかしイスラム教の場合は、教祖ムハンマドの生前に彼の指揮の元アラビア半島を征服しています。

 そして被支配下の地域をイスラム化しました。 勿論、ムハンマドの軍隊に負けて制服された人々が、感激してイスラム教に改宗したわけではありません。

 強権的に圧迫する事で改宗せざるを得ないように追い込んでいったのです。

047

 この時のムハンマドの政策、イスラム教による支配の確立や、被支配者のイスラム化の為に出した声明や法令は、神の言葉となって現在もコーランやイスラム法に記述されています。

 ムハンマドは政治家としても軍人としても優れていたので、これらの政策は現実的で有効性の高い物でした。

 そしてムハンマドの後継者達はこれを踏襲して、その後も征服地域の拡大を続けたのです。

 神の言葉、神の意思ですから人間が変えるわけには行きません。

 だからイスラム圏では今も多くの国がイスラム法を採用しています。

049

 つまり被支配者の強権的イスラム化が神の言葉、神の意思として今も受け継がれているのです。

 イスラム教徒は非イスラム教徒を圧迫してイスラム化する事を、神の正義、人類普遍の価値として信じているのです。 だからそれに疑念を呈する者の存在は絶対に許しません。

 しかしこうなるとイスラム教徒との共存は実に厄介でしょう。

062

 そしてこれを考えると、現在欧米のリベラリスト達が、イスラム教徒に対して譲歩を続けるのもわかります。 (「テロはイスラムに関係ない」などと言うのも譲歩の一つですが)

 リベラリスト達の原則は「話し合いで全ての物事は解決できる」「どんな人間とも話し合えば理解しあえる」です。

 そのことを信じて大量の移民を自国に入れたのです。

063

 しかし話し合いと言うのは、元来お互いに相手を尊重する意思があり、譲り合う意思がない限り成立しません。

 だったらイスラム教徒と、イスラムに関わる話し合いなど根源的に成立不能なのです。

 でも話し合いができない相手がいる事を認めたら今度はリベラリストの立場がなくなります。

 だから話し合いが出来る事にしなければならないのです。

 そうなると結局イスラム側の言う事を聞いて、とにかく騒乱を抑えるしか方法がありません。

 それがリベラリスト達が「イスラムはテロに関係ない」「イスラムは平和な宗教」と言わざるを得ない理由でしょう。

 しかしこんな事をしていたら、結局最終的に全てイスラムに支配される事になります。

088

 欧米のリベラリスト達はこれを認めるのでしょうか?

 欧米のリベラリズムの根源は、キリスト教との戦いでした。 

 宗教の支配を脱して自由な人間になる。

 これが近代リベラリズムの原動力でした。 でもその原動力が暴走した挙句に、キリスト教より遥かに強権的で狂信的な宗教であるイスラム教の支配下になるのなら、もうお笑いと言うしかありません。

  1. レイシスト
  2. TB(0)
  3. CM(28)

コメント

ムスリムとコリアンは似ている

苺畑さんのところで紹介されていて知った「ナンミンウォッチ」を読んでいますが、知れば知るほど、ムスリム(イスラム教徒)の言動とコリアンの言動って似てるんですよね。

ナンミンウォッチ
http://blogs.yahoo.co.jp/tfjtoday_nanminwatch

どちらもあんなに暴力的なのに、ムスリムは「イスラム教は平和な宗教です」と言い、コリアンは「我が民族は他国を侵略したことがない」と言う。ムスリムは、憎んでいるはずの欧米キリスト教社会に移民したがり、コリアンは嫌いな日本へ来たがる。本当によく似てますね。

ムスリムがテロを起こすと、決まってイスラム聖職者がテレビに出てきて「テロを起こすような者はムスリムではない」と言うけど、私は「いやいや、そいつはイスラム教の価値観で判断して、テロを起こすことを決めたんだろ。」とテレビに向かってツッコんでいます。仮にイスラムの教えを曲解していたとしても「そいつはムスリムではない」ということにはならないでしょうに。
イスラエルのテルアビブ空港で銃乱射事件を起こした日本赤軍メンバーは、普通の日本人とは価値観が全然違っていたでしょうが、だからといって「岡本公三は日本人ではない」ということにはなりませんよね。
だけど韓国では、バージニア工科大で銃乱射事件を起こした在米韓国人のチョ・スンヒが「韓国系アメリカ人だ」と報道されていたんですよねぇ。

ムスリムが、都合が悪くなると「あいつはムスリムではない」と言い出すところは、コリアンが都合よくウリとナムを使い分けたり、韓国人・朝鮮人・在日・在米・無国籍地球市民などの立場を使い分けるのに似ているような気がします。
個人のアイデンティティが曖昧というのは、中世の価値観の中で生きている人達に共通しているのかもしれませんね。自立した個人というのは、近代社会でないと生まれないのでしょう。
あと、ムスリムとコリアンは、図星のことを言われると火病るというところもそっくりですね。
  1. 2016-11-06 22:16
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

 私も何度も、イスラムと儒教には近代文明は無理、と書いていますが、ヨーロッパのリベラリストとかは自縄自縛に陥っていますからねえ。
  1. 2016-11-06 23:25
  2. URL
  3. ご隠居 #nyPTN.aA
  4. 編集

止めるという選択肢がない宗教

日本に難民申請しているロギンヒャ民族は、誰に支援されて日本に滞在しているのか?
本当に日本は危機的状況だと思います。(´;ω;`)

でも負けません!
ウザイと思われても口コミで拡散します。
でも、私の知り合いもあまり拡散、というかそんなことする人いない、いわゆる上品、人の悪口言わない人ばっかり
・・・(´;ω;`)
時々、自分バカかと思いつつ、「はー、ほー、へー」の人に語ってます。
  1. 2016-11-06 23:38
  2. URL
  3. あおねこ #-
  4. 編集

>宗教の支配を脱して自由な人間になる。

ある意味、これを実践してるのが日本人じゃないですか?
私自身、家には仏壇がありますが初詣には神社に行きますし、クリスマスにはケーキを食べて…。
自分は特定の宗教の信者ではないし経本など読んだ事もない。人に聞かれると無宗教だと答えますので。
  1. 2016-11-07 00:17
  2. URL
  3. 猫娘。 #-
  4. 編集

若干、テーマからはずれるかもしれませんが・・・・・。

今朝、たまたま通学途中の小学生とすれ違いました。

地元の小学校では集団通学が通常ですが、
かなり離れたところで、女の子が一人で、うつむいてトボトボ学校に向かっていました。
東南アジアから来たイスラム教徒らしく、頭から首までを覆う黒い頭巾をかぶっているのですね。

こういう姿をしていると、周りからはじかれてしまうのでは、と人ごとながら心配してしまいます。
でも、親が強制するのでしょうね。
  1. 2016-11-07 08:25
  2. URL
  3. kurenai #-
  4. 編集

https://ja.wikipedia.org/wiki/ペルセポリスから飛鳥へ

松本清張さんののこの本を読み、飛鳥時代の日本にゾロアスター教徒のペルシャ人が渡ってきてペルシャ文化を伝えたという話にロマンを感じ、魅了されました。

ペルシャがイスラム・アラブに征服されて現在のイランになる訳ですが、古代ペルシャの流れをくむというプライドは保持していて、イラン人はアラブ人と同一視される事を嫌うそうです。シ-ア派とスンニ派の対立の根がここにある訳です。
キリスト教においても宗派対立で殺し合いになっています。

一神教のもう一つの雄であるユダヤ教はどうでしょうか?
宗派対立による殺し合いという話は聞きませんが、タルムードに異教徒はゴイム(豚)だと書かれているそうで、キリスト教、イスラム教以上にえげつないと言えます。
https://www.youtube.com/watch?v=c_3cEMt6-C4
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/7540/tal.html
  1. 2016-11-07 09:18
  2. URL
  3. taigen #-
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Re: ムスリムとコリアンは似ている

> 苺畑さんのところで紹介されていて知った「ナンミンウォッチ」を読んでいますが、知れば知るほど、ムスリム(イスラム教徒)の言動とコリアンの言動って似てるんですよね。
>
> ナンミンウォッチ
> http://blogs.yahoo.co.jp/tfjtoday_nanminwatch
>
> どちらもあんなに暴力的なのに、ムスリムは「イスラム教は平和な宗教です」と言い、コリアンは「我が民族は他国を侵略したことがない」と言う。ムスリムは、憎んでいるはずの欧米キリスト教社会に移民したがり、コリアンは嫌いな日本へ来たがる。本当によく似てますね。
>
> ムスリムがテロを起こすと、決まってイスラム聖職者がテレビに出てきて「テロを起こすような者はムスリムではない」と言うけど、私は「いやいや、そいつはイスラム教の価値観で判断して、テロを起こすことを決めたんだろ。」とテレビに向かってツッコんでいます。仮にイスラムの教えを曲解していたとしても「そいつはムスリムではない」ということにはならないでしょうに。
> イスラエルのテルアビブ空港で銃乱射事件を起こした日本赤軍メンバーは、普通の日本人とは価値観が全然違っていたでしょうが、だからといって「岡本公三は日本人ではない」ということにはなりませんよね。
> だけど韓国では、バージニア工科大で銃乱射事件を起こした在米韓国人のチョ・スンヒが「韓国系アメリカ人だ」と報道されていたんですよねぇ。
>
> ムスリムが、都合が悪くなると「あいつはムスリムではない」と言い出すところは、コリアンが都合よくウリとナムを使い分けたり、韓国人・朝鮮人・在日・在米・無国籍地球市民などの立場を使い分けるのに似ているような気がします。
> 個人のアイデンティティが曖昧というのは、中世の価値観の中で生きている人達に共通しているのかもしれませんね。自立した個人というのは、近代社会でないと生まれないのでしょう。
> あと、ムスリムとコリアンは、図星のことを言われると火病るというところもそっくりですね。

 自分を絶対化している人間の行動と言うのは、結局同じなのですね。
 
 人間は誰でも自分を一番エライと思いたいのですが、しかしそれは自制しなければならないと言う理性も働くのです。

 でもイスラム教にせよ韓国にせよ、この理性を意図的に抑制して、ひたすら自己絶対化を煽るのです。 だから話し合いは不能になってしまいます。
 相手を自分より絶対下に見ているので、約束も守らないない。

 非常に厄介です。
  1. 2016-11-07 12:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

>  私も何度も、イスラムと儒教には近代文明は無理、と書いていますが、ヨーロッパのリベラリストとかは自縄自縛に陥っていますからねえ。

 そうですね。 
 イスラム教はマホメットの治世を神の治世としたので、イスラム教に寄る限り絶対に7世紀から進歩できないのです。

 それを人類は平等、多様性を認めれば何でも解決として、ドンドン受け入れたのがヨーロッパのリベラリストです。 
 
 イスラム研究は日本よりヨーロッパの方が遥かに進んでいたはずなのに、理念が知識を圧倒したので、知識の方は封殺するハメになりました。

 ヨーロッパの知識人はもう少し賢いと思っていたのですが、どうもそれでもないようです。
  1. 2016-11-07 12:11
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 止めるという選択肢がない宗教

> 日本に難民申請しているロギンヒャ民族は、誰に支援されて日本に滞在しているのか?
> 本当に日本は危機的状況だと思います。(´;ω;`)

 これ国連等が「日本は難民受け入れろ!!」の圧力が強いのですが、しかし現実には日本に来る難民は殆どいないのです。
 その中の数少ない難民がロギンヒャなので、仕方なく受け入れているようです。
 政治的妥協でしょうね。

> でも負けません!
> ウザイと思われても口コミで拡散します。
> でも、私の知り合いもあまり拡散、というかそんなことする人いない、いわゆる上品、人の悪口言わない人ばっかり
> ・・・(´;ω;`)
> 時々、自分バカかと思いつつ、「はー、ほー、へー」の人に語ってます。

 そうですね。 国民一人一人が頑張るしかないのです。
  1. 2016-11-07 12:15
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> >宗教の支配を脱して自由な人間になる。
>
> ある意味、これを実践してるのが日本人じゃないですか?
> 私自身、家には仏壇がありますが初詣には神社に行きますし、クリスマスにはケーキを食べて…。
> 自分は特定の宗教の信者ではないし経本など読んだ事もない。人に聞かれると無宗教だと答えますので。

 そうですね。 宗教を信じるけど、支配はされていない状況ですからね。
  1. 2016-11-07 12:16
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 若干、テーマからはずれるかもしれませんが・・・・・。
>
> 今朝、たまたま通学途中の小学生とすれ違いました。
>
> 地元の小学校では集団通学が通常ですが、
> かなり離れたところで、女の子が一人で、うつむいてトボトボ学校に向かっていました。
> 東南アジアから来たイスラム教徒らしく、頭から首までを覆う黒い頭巾をかぶっているのですね。

 イスラム教徒だと、男の子と一緒に行動できないので、集団通学に入れないのかも?
>
> こういう姿をしていると、周りからはじかれてしまうのでは、と人ごとながら心配してしまいます。
> でも、親が強制するのでしょうね。

 親の強制が問題のようです。

 フランスでは公立学校でベールを禁止しているのですが、これは学校で禁止しないと親が娘に強制するのを防止できいからだそうです。
 
 しかしイスラム教では、イスラム教徒の子供はイスラム教徒にならなければならないと言う戒律があるので、親は絶対にイスラム教を強制するのだそうです。
  1. 2016-11-07 12:20
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> https://ja.wikipedia.org/wiki/ペルセポリスから飛鳥へ
>
> 松本清張さんののこの本を読み、飛鳥時代の日本にゾロアスター教徒のペルシャ人が渡ってきてペルシャ文化を伝えたという話にロマンを感じ、魅了されました。
>
> ペルシャがイスラム・アラブに征服されて現在のイランになる訳ですが、古代ペルシャの流れをくむというプライドは保持していて、イラン人はアラブ人と同一視される事を嫌うそうです。シ-ア派とスンニ派の対立の根がここにある訳です。
> キリスト教においても宗派対立で殺し合いになっています。

 一神教ってそれこそ多様性を全否定しますから、宗教戦争になと恐ろしく熾烈になります。

 多神教だと宗教戦争と言う物自体がないのに。
>
> 一神教のもう一つの雄であるユダヤ教はどうでしょうか?
> 宗派対立による殺し合いという話は聞きませんが、タルムードに異教徒はゴイム(豚)だと書かれているそうで、キリスト教、イスラム教以上にえげつないと言えます。
> https://www.youtube.com/watch?v=c_3cEMt6-C4
> http://www.geocities.co.jp/Outdoors-River/7540/tal.html

 少数派が周りの多数派を「豚」なんて言えば、嫌われて迫害されるのも当然でしょうね。
  1. 2016-11-07 12:32
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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現実には寛容寛容言ってても、寛容の対象になる相手は不寛容なので寛容で包んでるつもりでも食い破られますよね。民主主義が無理な人たちはいる、と考えることはレイシズムだー!とか発狂して、誰とでも分かり合える!我々は出来る!と何万人も受け入れて、物理的にも心情的にもキャパを超えてさらなるレイシズムへの道が…他所からはよく見えるのですがね。
だいたい民主主義が人種的に無理と言ってるんじゃなく、西洋も通ってきた道で、イスラム教徒は古代教義を温存しているのでまだその段階じゃないというだけなんですけどね。レイシズムと思う方がレイシズムでは。
で、その我こそは寛容の権化と自認する人たちが、(以下 ドイツリスク 歴史家ヴィンクラー氏インタビュー)

「日本では西洋の価値から距離を置こうとする動きが見える。すなわち譲渡できない人権や個人主義を拒否し、日本社会の伝統を、西洋の理想主義、個人主義に対置しようとする動きだ。それは私を苛立たせる。それは賢明な道とは思はない。過去数十年にわたる西洋の価値の受容は、日本の大きな達成であり、価値のレベルでの、アメリカのみならず西洋へ距離を置くことは注視されるとともに懸念されている。譲渡不能な人権があるのであり、そのことをドイツ人は非常に苦労して学んだのだった。日本も多くの知識人が、人権とは譲渡不能のものであり生まれながらのものであるとはっきり支持するように望む」(譲渡不能は、譲れないと訳した方がしっくりきそう)

とか頭がクラクラするような傲慢なことを言ってます。西洋の絶対的叡智について行かず、我が道を行こうとする日本人はアホかバカか!でももっと人権を理解しないイスラム教徒を悪く言っちゃダメ!レイシスト!しかし内心ではイスラム大嫌い。

なんじゃそりゃ

欧米住みの日本嫌いの人たちが、野球選手と結婚したモデルが「彼を支えます」と言った記事に不寛容にも発狂してだから日本は個人が自由じゃない、幼稚でダメだーと喚いてますし。私も二十代の頃はそんな考え方でしたがもうそういうのいいよ。支えたい人が支えればいいのよ。ほっといてあげなよと思います。
彼らは最高の文明人と自らを定義して揺るがないので不寛容さで言ったらイスラムといい勝負ですよ。。
帝国主義の反省なんか全然してないですよね。
  1. 2016-11-07 19:36
  2. URL
  3. こきち #97nXsu5.
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「黒い頭巾」の女の子?

kurenaiさんの投稿にあった「黒い頭巾」の女の子というのは東南アジアではまず見かけません。東南アジアからインドにかけてのイスラム教徒の女性はとてもカラフルな衣装やスカーフを好みますし、小学生くらいならスカーフを被ることもほとんどないと思います。

イランの小学生も白やクリーム色といった明るい色のスカーフでした。イスラムのなかでも厳格といわれるサウジアラビアですら小学校低学年はスカーフを被りません。

イスラムといっても国や地域により千差万別、女性がスカーフを被るのは7歳から、9歳から、いや初潮が始まったらなどさまざまです。

陸続きのタイとマレーシアでさえイスラム教徒の服装は異なります。マレーシアはイスラムの教えに忠実なのか身体のラインをださないダボダボの服なのに、タイのイスラム女性はピチピチの服(昔でいうボディコン)を好むタイ女性に影響されるのかスカーフは被っていても身体のラインがはっきり出る服装になります。


ぼく自身、日本では黒いスカーフの女性を見たことは一度もありません(バンコクでならアラブの女性を毎日見かけましたが)。ましてや黒いスカーフの小学生など日本に限らず、いまだかつて一度も見たことがありません。

kurenaiさんがどこにお住いかわかりませんが、小学生に黒いスカーフというのは、親がよほど原理主義的なのかもしれませんね。


  1. 2016-11-07 20:34
  2. URL
  3. gai-yaang #-
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悪魔の詩

>神の言葉、神の意思ですから人間が変えるわけには行きません。

だからサラマン・ラシュディーはファトワを宣告されたのです。

『悪魔の詩』は、イスラムのタブーである、もしかしたらあるかもしれない、コーランの詩の事です。預言者モハメドが、ガブリエルの伝えた通りに神のメッセージを伝えず、自分にとって都合のいいメッセージを神のメッセージとして預言したが、コーランのどの詩がそういう『偽の神のメッセージ』なのかは定かではない、、、という、イスラム界の伝説の事です。人間が変えるわけにはいかない、、、はずなのですが、既に最初から変えられていたのでは?という疑念が彼らの中にはあるのです。それをタイトルにしてしまったので、ラシュディーは死刑宣告を受けたのです。内容より、タイトルの方が問題だったのです。

でも、そう激昂するのは、実は心のどこかで『悪魔の詩』があると思っているからなんだと思います。それを公に言える時がイスラムの世界に来るのか?私の生きているうちは、無理なような気がします。

信仰の自由という衣でイスラムの非近代性を庇ってきた欧米のリベラル思考ですが、ここはいずれ理論破綻して、一皮むけると思います。違法移民の増加で実害が大きくなってきてますから、、、。現在のヨーロッパの混乱は、その調整、、、行きすぎたリベラル志向を矯正する過程になると思います。

よもぎねこさんは、どうやら退院なされたようですね。おめでとうございます。でも、ご無理をなさらずに。
  1. 2016-11-07 22:27
  2. URL
  3. tna6310147 or ベヒモス #-
  4. 編集

かつてはキリスト教徒だってそうだったでしょう。

これは一神教との思考法そのものでしょうね。

自分たちの考えこそが正義である。だから、その考えを世界のすべての人々が受け入れねばならない。
その考えを受け入れぬ人々は神の敵でありそれを排斥し殲滅することは良きことであり、神がそれを望んでおられるのだ。

となるわけです。
キリスト教徒はかつては十字軍でそれをやり、宗教戦争では新旧両教徒が互いにそれをやったわけです。それで派手に殺し合いをやり人口が半分になってようやく自分達の馬鹿さ加減に気がついたというわけです。

まだイスラム教徒は殺し合いが足りないんでしょう。冗談抜きにスンニ派とシーア派あたりで殺し合いをやって人口が半分くらいになれば連中も気がつくでしょうがね。そして、頭の良いイスラム神学者という人々が何とかかんとか理屈をひねり出してイスラム教の近代化をやるでしょう。キリスト教はそれによってなんとかかんとか生き返ったわけです。

ただ時々今でも原理主義者なんて言う基地外が時々現れるので閉口するのですが…

世の中には自分たちの考えが及ばない世界があり人々がいる。それを受け入れねば行きていけない、そう気が付かなければいけないわけです。


イスラム教徒はなまじ後から出てきたから問題なんでしょう。自分達は他の啓典の民よりも優れてるなんて言うことを教義にしてしまったのだから打つ手がありません。

だから西欧はこれから難民を受け入れる時には、「神の支配の前に法の支配があり、主教の自由はあくまで法がそれを認める内心の範囲に限定され対外的な生活でそれを行ってならない。」ということを宣誓させねばならないでしょう。

それが出来ぬならば非近代人として受け入れを拒否すべきです。ここは君たちの生きる世界ではない、そう言わねばいけません。

これが出来ぬ連中がヒトモドキなのでしょう。ヒトモドキ共は自分が寄生する国の文化習慣伝統よりも、自分達のそれを優先します。その法規範よりも自分達の感情を優先します。それは、世代を超えて伝染する遺伝病のようなものであることは現実に我が国で証明済みです。

最近ようやくわかってきたのですがイデオロギーというのはこれと全く同じ働きをするのですよね。全く困ったものです。パヨク共には民主主義というものは無理でしょう自分達が絶対の正義なのだから打つ手がありません。
近代人の面してるだけ面倒ですよね。
ポリティカル・コレクトネスとか言う馬鹿な考えもこの手のイデオロギーの一つでしょう。


何か根っこは全て同じだという気がします。大統領候補トランプ氏の支持者にはこの手のイデオロギーが大嫌いな連中が集結してるようです。連中の力が根強いのは当然でしょう。




  1. 2016-11-07 23:45
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

相互不干渉が結局は最適解

 リベラルの欺瞞が白日の下にさらされるのに耐えられないから、自己否定であることに目を瞑ってでも反リベラルの芽を摘まなければならないのでしょう。それが表に出始めているのが彼らの言うところの「右傾化」なのではないでしょうか。

 イスラム教が近代主義と相容れないのはどうしようもないことだと思います。私は互いに干渉しなければそれでいいと思うのですが、リベラル派は「相互不干渉」という考え方が嫌いなのではないかと思います。

 相互不干渉が必要なのは「どうしても分かり合えない部分があるから、お互いに干渉しないことで共存する」ためなのですから、「話し合えばお互いに理解できる」という考え方とは相性が悪いのでしょうね。今のリベラルは「お互いに理解しなければならない」と考えているのでしょうが、それでは相互不干渉による共存というのは絶対に理解できないでしょう。
  1. 2016-11-08 00:41
  2. URL
  3. 凍え馬 #-
  4. 編集

 国や民族によってそもそもの成り立ちや経てきた過程が違うのに、欧米の最終目的は各国を「民主主義」にする、もしくは世界統一政府を樹立して「共産主義もしくはリベラリズム」の世界にするのが欧米のはた迷惑な理想のようです。そしてイスラム教徒は、世界をイスラム教で統治する事のようです。このユダヤ教から生まれた一神教の人達は、アジアやアフリカやアメリカ大陸の人間をなんだと思っているのでしょうね。

 それにしてもイスラム教がそもそも武力を持って拡がっていったという事実は、とても意味深長だと思います。「イスラムとテロは無関係」というリベラリストの主張はイスラム教への無知かイスラムフォビアと言われたくないから嘘をついているのだと思います。

 池内さんの記事にあるインドネシアの件は、わたしも何が問題なのか分りません。でもそもそもコーランについて意見を述べることが侮辱になる教義だと、イスラム教に帰依しない人間を問答無用で言論弾圧もしくは身体的に弾圧することが正しいということになりますから問題が起こりやすくなりますね。

 ただ以前よもぎねこさんが『イスラム世界雑感』で、ペシャワール会の病院スタッフ達がザカート(喜捨)で葬儀代の出せないほど貧しい患者の葬式代を賄ってあげたと書いておられ、この地域では法ではなく宗教で生活が回っているということでした。そうすると彼らに法の支配を受け入れなさいというのは、生活を破綻させなさいということと同じ意味になります。だから住み分けてお互い干渉しすぎないようにしないと、戦争になってしまいます。多文化強制はしない方が身の為です。

 我が国や米国でもリベラリズムという一神教の信者が、トランプさんの支持者を集団で罵ったり暴力を加えている動画が沢山あり、それを見ていると沖縄でプロ市民が警察や地元の人や取材する人たちを罵り暴力を振るうさまと、イスラム教徒が欧州で暴れているさまとも似ています。

 これは多神教で和をもって尊しとなす我が国としては、どうしたらよいのでしょうか?なんだか四方八方から攻撃されているような感じがしてきました。
  1. 2016-11-08 08:12
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  3. 都民です。 #-
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Re: タイトルなし

> 現実には寛容寛容言ってても、寛容の対象になる相手は不寛容なので寛容で包んでるつもりでも食い破られますよね。民主主義が無理な人たちはいる、と考えることはレイシズムだー!とか発狂して、誰とでも分かり合える!我々は出来る!と何万人も受け入れて、物理的にも心情的にもキャパを超えてさらなるレイシズムへの道が…他所からはよく見えるのですがね。

 そもそもどんな宗教でも狂信と民主主義は両立しないのです。
 そして狂信者に狂信を捨てさせるのって、殆ど不可能なのです。

 それはどんな人種でも宗教でも同じです。
 それをイスラム狂信について言えば「人種差別!!」なんて発想がオカシイのです。

> だいたい民主主義が人種的に無理と言ってるんじゃなく、西洋も通ってきた道で、イスラム教徒は古代教義を温存しているのでまだその段階じゃないというだけなんですけどね。レイシズムと思う方がレイシズムでは。
> で、その我こそは寛容の権化と自認する人たちが、(以下 ドイツリスク 歴史家ヴィンクラー氏インタビュー)
>
> 「日本では西洋の価値から距離を置こうとする動きが見える。すなわち譲渡できない人権や個人主義を拒否し、日本社会の伝統を、西洋の理想主義、個人主義に対置しようとする動きだ。それは私を苛立たせる。それは賢明な道とは思はない。過去数十年にわたる西洋の価値の受容は、日本の大きな達成であり、価値のレベルでの、アメリカのみならず西洋へ距離を置くことは注視されるとともに懸念されている。譲渡不能な人権があるのであり、そのことをドイツ人は非常に苦労して学んだのだった。日本も多くの知識人が、人権とは譲渡不能のものであり生まれながらのものであるとはっきり支持するように望む」(譲渡不能は、譲れないと訳した方がしっくりきそう)
>
> とか頭がクラクラするような傲慢なことを言ってます。西洋の絶対的叡智について行かず、我が道を行こうとする日本人はアホかバカか!でももっと人権を理解しないイスラム教徒を悪く言っちゃダメ!レイシスト!しかし内心ではイスラム大嫌い。
>
> なんじゃそりゃ

 ハハハ、これって西欧個人主義の狂信ではありませんか?
 これじゃイスラム原理主義者と同じです。

 こんな連中が「多様性」を煽るって、お笑いですよね。

> 欧米住みの日本嫌いの人たちが、野球選手と結婚したモデルが「彼を支えます」と言った記事に不寛容にも発狂してだから日本は個人が自由じゃない、幼稚でダメだーと喚いてますし。私も二十代の頃はそんな考え方でしたがもうそういうのいいよ。支えたい人が支えればいいのよ。ほっといてあげなよと思います。
> 彼らは最高の文明人と自らを定義して揺るがないので不寛容さで言ったらイスラムといい勝負ですよ。。
> 帝国主義の反省なんか全然してないですよね。

 ホントですよね。 女性がどう生きるか、自分のキャリアーを伸ばしたいか、夫を助けたいか、そんなの女性の自由じゃないですか?
 何で他人の人生にそんなに干渉するんでしょうね?

 これってホントにベールを強制するイスラムと同じですよね。
  1. 2016-11-08 13:50
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 「黒い頭巾」の女の子?

> kurenaiさんの投稿にあった「黒い頭巾」の女の子というのは東南アジアではまず見かけません。東南アジアからインドにかけてのイスラム教徒の女性はとてもカラフルな衣装やスカーフを好みますし、小学生くらいならスカーフを被ることもほとんどないと思います。
>
> イランの小学生も白やクリーム色といった明るい色のスカーフでした。イスラムのなかでも厳格といわれるサウジアラビアですら小学校低学年はスカーフを被りません。
>
> イスラムといっても国や地域により千差万別、女性がスカーフを被るのは7歳から、9歳から、いや初潮が始まったらなどさまざまです。
>
> 陸続きのタイとマレーシアでさえイスラム教徒の服装は異なります。マレーシアはイスラムの教えに忠実なのか身体のラインをださないダボダボの服なのに、タイのイスラム女性はピチピチの服(昔でいうボディコン)を好むタイ女性に影響されるのかスカーフは被っていても身体のラインがはっきり出る服装になります。
>
>
> ぼく自身、日本では黒いスカーフの女性を見たことは一度もありません(バンコクでならアラブの女性を毎日見かけましたが)。ましてや黒いスカーフの小学生など日本に限らず、いまだかつて一度も見たことがありません。
>
> kurenaiさんがどこにお住いかわかりませんが、小学生に黒いスカーフというのは、親がよほど原理主義的なのかもしれませんね。

 これって外国人じゃなくて、日本人のイスラム教徒かもしれません。

 これがまた気持ち悪いんですよ。

 急報:日本人改宗者ムスリム・ママの「奮闘努力」がこわい
 http://blogs.yahoo.co.jp/tfjtoday_nanminwatch/69651714.html
  1. 2016-11-08 13:52
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 悪魔の詩

> >神の言葉、神の意思ですから人間が変えるわけには行きません。
>
> だからサラマン・ラシュディーはファトワを宣告されたのです。
>
> 『悪魔の詩』は、イスラムのタブーである、もしかしたらあるかもしれない、コーランの詩の事です。預言者モハメドが、ガブリエルの伝えた通りに神のメッセージを伝えず、自分にとって都合のいいメッセージを神のメッセージとして預言したが、コーランのどの詩がそういう『偽の神のメッセージ』なのかは定かではない、、、という、イスラム界の伝説の事です。人間が変えるわけにはいかない、、、はずなのですが、既に最初から変えられていたのでは?という疑念が彼らの中にはあるのです。それをタイトルにしてしまったので、ラシュディーは死刑宣告を受けたのです。内容より、タイトルの方が問題だったのです。
>
> でも、そう激昂するのは、実は心のどこかで『悪魔の詩』があると思っているからなんだと思います。それを公に言える時がイスラムの世界に来るのか?私の生きているうちは、無理なような気がします。

 なるほどね。 

 ワタシは「悪魔の詩」を読もうと思って図書館から借りたのですが、余りに面白くないので幾らも読まないで返しました。
 しかしこれにそれほど激昂するのは、確かにホントにムハンマドが神の言葉を伝えたかどうかの証明は絶対不能であることを、イスラム教徒も認めていると言う事ですよね?
>
> 信仰の自由という衣でイスラムの非近代性を庇ってきた欧米のリベラル思考ですが、ここはいずれ理論破綻して、一皮むけると思います。違法移民の増加で実害が大きくなってきてますから、、、。現在のヨーロッパの混乱は、その調整、、、行きすぎたリベラル志向を矯正する過程になると思います。

 そうですね。
 しかし早く気付いて対応しないと、手遅れになるでしょう。
 
 民主主義は数の勝負だし、そもそもどんな体制でも数は力なのです。
 だからイスラム教徒が、総人口の2割3割と増えて、しかもそれが極めて狂信的だと、コントロール不能になります。

 因みにローマ帝国がキリスト教化した時のキリスト教徒は、実は総人口の5%程度でした。 でも狂信的な人々が集団になると、5%でも国と乗っ取る事ができるのです。

> よもぎねこさんは、どうやら退院なされたようですね。おめでとうございます。でも、ご無理をなさらずに。

 有難う御座います。 色々やるべきことはあるのですが、「できない物はできない!!」と開き直り、それでマイペースを維持しています。
  1. 2016-11-08 13:59
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  3. よもぎねこ #-
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Re: かつてはキリスト教徒だってそうだったでしょう。

> これは一神教との思考法そのものでしょうね。
>
> 自分たちの考えこそが正義である。だから、その考えを世界のすべての人々が受け入れねばならない。
> その考えを受け入れぬ人々は神の敵でありそれを排斥し殲滅することは良きことであり、神がそれを望んでおられるのだ。
>
> となるわけです。
> キリスト教徒はかつては十字軍でそれをやり、宗教戦争では新旧両教徒が互いにそれをやったわけです。それで派手に殺し合いをやり人口が半分になってようやく自分達の馬鹿さ加減に気がついたというわけです。
>
> まだイスラム教徒は殺し合いが足りないんでしょう。冗談抜きにスンニ派とシーア派あたりで殺し合いをやって人口が半分くらいになれば連中も気がつくでしょうがね。そして、頭の良いイスラム神学者という人々が何とかかんとか理屈をひねり出してイスラム教の近代化をやるでしょう。キリスト教はそれによってなんとかかんとか生き返ったわけです。
>
> ただ時々今でも原理主義者なんて言う基地外が時々現れるので閉口するのですが…
>
> 世の中には自分たちの考えが及ばない世界があり人々がいる。それを受け入れねば行きていけない、そう気が付かなければいけないわけです。
>
 ワタシはどうもイスラム世界は、嘗てのキリスト教の宗教戦争時代と同様の時代に突入しているのではないかと思っています。
 
 その宗教戦争の形態がどうなるか?スンニーvsシーアになるのか? それともヨーロッパを巻き込んでイスラムvsキリスト教、或いはそれを全部巻き込んで、イスラム各派騒乱+対キリスト教総合宗教戦争になるのかはわかりませんが、いずれにせよ凄惨な時代になるのだと思います。

> イスラム教徒はなまじ後から出てきたから問題なんでしょう。自分達は他の啓典の民よりも優れてるなんて言うことを教義にしてしまったのだから打つ手がありません。
>
> だから西欧はこれから難民を受け入れる時には、「神の支配の前に法の支配があり、主教の自由はあくまで法がそれを認める内心の範囲に限定され対外的な生活でそれを行ってならない。」ということを宣誓させねばならないでしょう。
>
> それが出来ぬならば非近代人として受け入れを拒否すべきです。ここは君たちの生きる世界ではない、そう言わねばいけません。

 一度も法治主義の社会を経験した事のない人に、法治主義で生きろと言うのは無理なんですよね。
 
 それでも少人数なら良いのですが、大量に入れたら国中国を作って騒乱の元になるのは自明なのです。

> これが出来ぬ連中がヒトモドキなのでしょう。ヒトモドキ共は自分が寄生する国の文化習慣伝統よりも、自分達のそれを優先します。その法規範よりも自分達の感情を優先します。それは、世代を超えて伝染する遺伝病のようなものであることは現実に我が国で証明済みです。
>
> 最近ようやくわかってきたのですがイデオロギーというのはこれと全く同じ働きをするのですよね。全く困ったものです。パヨク共には民主主義というものは無理でしょう自分達が絶対の正義なのだから打つ手がありません。
> 近代人の面してるだけ面倒ですよね。
> ポリティカル・コレクトネスとか言う馬鹿な考えもこの手のイデオロギーの一つでしょう。
>
 宗教もイデオロギーも法を超えて優先するようなると同じですからね。

> 何か根っこは全て同じだという気がします。大統領候補トランプ氏の支持者にはこの手のイデオロギーが大嫌いな連中が集結してるようです。連中の力が根強いのは当然でしょう。

 トランプは「メリークリスマスと言おう」と言ってるんですからね。
 普通のアメリカ人が感じている危機感は、日本人の想像以上だと思います。
  1. 2016-11-08 14:08
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 相互不干渉が結局は最適解

>  リベラルの欺瞞が白日の下にさらされるのに耐えられないから、自己否定であることに目を瞑ってでも反リベラルの芽を摘まなければならないのでしょう。それが表に出始めているのが彼らの言うところの「右傾化」なのではないでしょうか。
>
>  イスラム教が近代主義と相容れないのはどうしようもないことだと思います。私は互いに干渉しなければそれでいいと思うのですが、リベラル派は「相互不干渉」という考え方が嫌いなのではないかと思います。
>
>  相互不干渉が必要なのは「どうしても分かり合えない部分があるから、お互いに干渉しないことで共存する」ためなのですから、「話し合えばお互いに理解できる」という考え方とは相性が悪いのでしょうね。今のリベラルは「お互いに理解しなければならない」と考えているのでしょうが、それでは相互不干渉による共存というのは絶対に理解できないでしょう。

 結局今リベラルを自称する連中も実はイスラム原理主義者と同じで、リベラルを絶対化したいのです。
 
 つまり自己絶対化なのでそれこそ「自由」「個人の意思の尊重」「多様性」などとは全面的に反するのですが、それを論理的に理解できないのが自称リベラルの知性の限界です。
  1. 2016-11-08 14:17
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

>  国や民族によってそもそもの成り立ちや経てきた過程が違うのに、欧米の最終目的は各国を「民主主義」にする、もしくは世界統一政府を樹立して「共産主義もしくはリベラリズム」の世界にするのが欧米のはた迷惑な理想のようです。そしてイスラム教徒は、世界をイスラム教で統治する事のようです。このユダヤ教から生まれた一神教の人達は、アジアやアフリカやアメリカ大陸の人間をなんだと思っているのでしょうね。
>
>  それにしてもイスラム教がそもそも武力を持って拡がっていったという事実は、とても意味深長だと思います。「イスラムとテロは無関係」というリベラリストの主張はイスラム教への無知かイスラムフォビアと言われたくないから嘘をついているのだと思います。
>
>  池内さんの記事にあるインドネシアの件は、わたしも何が問題なのか分りません。でもそもそもコーランについて意見を述べることが侮辱になる教義だと、イスラム教に帰依しない人間を問答無用で言論弾圧もしくは身体的に弾圧することが正しいということになりますから問題が起こりやすくなりますね。
>
>  ただ以前よもぎねこさんが『イスラム世界雑感』で、ペシャワール会の病院スタッフ達がザカート(喜捨)で葬儀代の出せないほど貧しい患者の葬式代を賄ってあげたと書いておられ、この地域では法ではなく宗教で生活が回っているということでした。そうすると彼らに法の支配を受け入れなさいというのは、生活を破綻させなさいということと同じ意味になります。だから住み分けてお互い干渉しすぎないようにしないと、戦争になってしまいます。多文化強制はしない方が身の為です。
>
>  我が国や米国でもリベラリズムという一神教の信者が、トランプさんの支持者を集団で罵ったり暴力を加えている動画が沢山あり、それを見ていると沖縄でプロ市民が警察や地元の人や取材する人たちを罵り暴力を振るうさまと、イスラム教徒が欧州で暴れているさまとも似ています。
>
>  これは多神教で和をもって尊しとなす我が国としては、どうしたらよいのでしょうか?なんだか四方八方から攻撃されているような感じがしてきました。

 ワタシはヒョットしたら日本はまた鎖国しなければならなくなるかもしれないと思っています。

 欧米もアジアも一神教的な理念で、宗教戦争になって騒乱状態が延々と続くようになるのではないかと思うのです。
 そうなったら鎖国デモする以外その騒乱から逃れる術はなくなるのかも?

 そういう未来小説を書きたいと思っています。
  1. 2016-11-08 14:22
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  3. よもぎねこ #-
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偽預言者

世の中宗教はたくさんあります、ユダヤからキリスト、最後に後から来たのがムスリムです、前の宗教を分析しもっとも進んだ宗教だとか、宗教戦争が次でしょう

http://otokogumdoronikazu0000000.blog.jp/

http://wwwjtheravadanetsatoutesuroushibuykusyogaisyaombudsman0000.dreamlog.jp/

http://sesesekurokawashigeru.blog.jp/
  1. 2016-11-09 07:32
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  3. 政界ウォッチャー三十年 #G6DEogDA
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Re: 偽預言者

> 世の中宗教はたくさんあります、ユダヤからキリスト、最後に後から来たのがムスリムです、前の宗教を分析しもっとも進んだ宗教だとか、宗教戦争が次でしょう
>
> http://otokogumdoronikazu0000000.blog.jp/
>
> http://wwwjtheravadanetsatoutesuroushibuykusyogaisyaombudsman0000.dreamlog.jp/
>
> http://sesesekurokawashigeru.blog.jp/

 一神教は他の宗教を否定しないと成立しないのです。 だから殺し合うしかありません。
  1. 2016-11-09 12:01
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  3. よもぎねこ #-
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第二次世界大戦も宗教戦争の色彩が濃厚だと思いますね。独ソ戦争など、ナチスドイツと共産主義ソ連という二大カルト宗教国家の衝突です。
バチカンにナチスシンパが多くいたのも、ナチズムが共産主義という対立宗教に対抗して、キリスト教文化を守護できるという期待があったからではないでしょうか?

日米戦争も一神教原理主義の宗教国家のアメリカと自然と宥和する多神教国家の日本の衝突であったからこそ、戦後GHQは神道を病的に敵視し、日本をキリスト教国家にするために大勢の宣教師を送り込んだのだと考えられます。
1825年に水戸藩の学者である会沢正志斎という人物が「新論」という書物を表し、その中で西洋強国は侵略した国々の文化と宗教をキリスト教で破壊すると書き、宗教戦争の時代が来ると予言していましたが、日米戦争は宗教戦争として見れば、納得のいく点もあるのです。他にも日本は共産主義というカルト宗教の脅威にさらされていましたから、二重の宗教戦争を戦っていたのかもしれません。

現在の欧州を見ると、中東におけるユダヤ・イスラムの対立の相似形が、移民難民の流入によってキリスト・イスラムの対立として成立つつあるように見えます。
イスラム移民を拒絶している東欧に移民受けいれ国の国民がキリスト教的文化や価値観を守るために逃げ込んでいけば、欧州は時間はかかっても宗教的、地理的に分断されるかもしれません。無論分断が円滑に進むはずもなく、イスラム教内の宗派対立や東欧国民と新参移住者との対立や軋轢も予測されますから、それはそれで新たな紛争の火種になるでしょう。

わが国としては、こうした宗教対立に手を出して火傷を負うより、距離を置いて干渉しないようにしなければなりません。
そのために鎖国というのは賛成です。鎖国というと排他的、排外主義の印象が強いのですが、鎖国とは国を閉ざすことでも外国人を一人も入れないというのではなく(どの道不可能ですから)、外交手段や国際交流方法の一種として肯定的に捉えるべきだと思います。
無論江戸時代のように出島を作ってオランダ人を監禁するなどということは不可能ですから、新たな鎖国体制を模索する必要があります。
私は、逆説的ではありますが、世界と深く交流する為にも敢えて日本は閉鎖的になり、日本が日本のままにいられ、日本人の安全を確保する必要があると考えます。
  1. 2016-11-11 12:59
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  3. 名無しの権兵衛 #8vxZsq7Q
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Re: タイトルなし

> 第二次世界大戦も宗教戦争の色彩が濃厚だと思いますね。独ソ戦争など、ナチスドイツと共産主義ソ連という二大カルト宗教国家の衝突です。
> バチカンにナチスシンパが多くいたのも、ナチズムが共産主義という対立宗教に対抗して、キリスト教文化を守護できるという期待があったからではないでしょうか?

 そういう意識は十二分にあったでしょうね。

 因みにこんな話がありました。

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5488.html

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5553.html

 ルーズベルトはイタリア始め欧州の殆どをソ連の支配に委ねようとしていたと言うのです。
 これではバチカンは破滅でしょう?
 
> 日米戦争も一神教原理主義の宗教国家のアメリカと自然と宥和する多神教国家の日本の衝突であったからこそ、戦後GHQは神道を病的に敵視し、日本をキリスト教国家にするために大勢の宣教師を送り込んだのだと考えられます。
> 1825年に水戸藩の学者である会沢正志斎という人物が「新論」という書物を表し、その中で西洋強国は侵略した国々の文化と宗教をキリスト教で破壊すると書き、宗教戦争の時代が来ると予言していましたが、日米戦争は宗教戦争として見れば、納得のいく点もあるのです。他にも日本は共産主義というカルト宗教の脅威にさらされていましたから、二重の宗教戦争を戦っていたのかもしれません。

 これはローマ帝国とユダヤ教、キリスト教との戦いを見て思うのですが、一神教と言うのはなんとしても他宗教を否定しないと存在できないのです。

 それこそ左翼の大好きな「多様性」を全否定する発想なのです。
 しかし一神教の世界で育った人々は、どのような思想を持とうとも、こうした一神教的発想になるのかもしれません。

> 現在の欧州を見ると、中東におけるユダヤ・イスラムの対立の相似形が、移民難民の流入によってキリスト・イスラムの対立として成立つつあるように見えます。
> イスラム移民を拒絶している東欧に移民受けいれ国の国民がキリスト教的文化や価値観を守るために逃げ込んでいけば、欧州は時間はかかっても宗教的、地理的に分断されるかもしれません。無論分断が円滑に進むはずもなく、イスラム教内の宗派対立や東欧国民と新参移住者との対立や軋轢も予測されますから、それはそれで新たな紛争の火種になるでしょう。

 このまま西欧でイスラム教徒が増えて行けば、いずれ域内宗教紛争になると思います。
 
 現在のイスラムは明らかに狂信の時代に突入しています。 そのような人々を大量に抱え込めば、無事では済みません。

> わが国としては、こうした宗教対立に手を出して火傷を負うより、距離を置いて干渉しないようにしなければなりません。
> そのために鎖国というのは賛成です。鎖国というと排他的、排外主義の印象が強いのですが、鎖国とは国を閉ざすことでも外国人を一人も入れないというのではなく(どの道不可能ですから)、外交手段や国際交流方法の一種として肯定的に捉えるべきだと思います。
> 無論江戸時代のように出島を作ってオランダ人を監禁するなどということは不可能ですから、新たな鎖国体制を模索する必要があります。
> 私は、逆説的ではありますが、世界と深く交流する為にも敢えて日本は閉鎖的になり、日本が日本のままにいられ、日本人の安全を確保する必要があると考えます。

 日本はこのままで良いと思います。

 つまり観光客やビジネスマンは歓迎するけれど、移民は拒否する。
 出稼ぎも絶対拒否するべきです。

 それで人口減になっても、機械化等で何とか生産性を維持する事を考えるべきです。

 日本人の人口が減っているのに、敵を大量に入れたらそれこそ大変じゃないですか?

  1. 2016-11-12 13:07
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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