2016-07-13 16:29

池内恵講義+植村隆の生霊 イスラム

 昨日は北星学園大学へ「現代イスラムにおける聖戦(ジハード)の概念とテロリズム」と言う池内恵先生の講義を聞きに行きました。

 本来北星学園大学の学生の為の講義なのですが、一般人も事前申し込みなしで受講可能と言う情報をネットで拾ったのです。

 講義はイスラム社会と欧米社会や日本などの近代社会との根源的な差を、理解しやすく説明してくれるモノで、大変興味深かったです。

 それで少しその内容を書いてみます。

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 イスラム教はムハンマドが生きている時代に、彼自身が先頭に立って戦い、広大な地域を征服してイスラム教の国家、サラセン帝国を作りました。
 
 そしてその後も、数世紀イスラム国家は拡大を続けて、現代の中東から北アフリカ、スペインや南イタリアまでも含む地域を支配しました。

 またムハンマド自らこうした征服戦争を指揮しているのですから、イスラム教が軍隊を持ち異教徒を征服する事には、教義上一切問題ありません。

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 さらに長期間大帝国を支配した事から、イスラム法が生まれました。
 これはムハンマドの生前から彼の言葉により作られた物です。

 ムハンマドの言葉は神の言葉ですから、これは神が作った法なのです。

 それでその後、サラセン帝国が崩壊した後も、イスラム諸国は全てこの法採用しています。

 現代でもイスラム国家で、イスラム法を採用していないのは、トルコ共和国など一部の国だけです。

 神の造った法であれば、人間はそれを守るしかないのです。

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 つまりイスラム教では、預言者ムハンマドが自身で軍隊を持ち征服戦争をし、イスラムの大帝国を築き、法を作り長期間支配したと言う実績があるので、イスラムによる政治こをが、あるべき姿なのです。

 そしてこのムハンマドによるイスラム国家設立の話が、イスラム教確立の話でもありますから、イスラム世界の子供達は、これを聞かされて育つのです。

 だか等一般のイスラム教徒も、イスラム教が支配する国家を作る事に対して全く抵抗がありません。

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 これに対してキリスト教はそのような国家を作った事はありません。
 
 それどころかキリスト自身が刑死したぐらいですから、キリスト教は世俗の権力は持たずひたすら精神世界のみで、生き延び拡大する事を目指したのです。

 だから「神の物は神に、カエサルの物はカエサルに」と言う、ある意味政教分離の発想が原初からあったのです。

 勿論、世俗の世界を支配するための合理的な法など一切ありません。

 最初から精神世界の救済だけを目的にしているので、極めて極めて純粋で、しかし極めて非現実的な理想に特化しているわけです。
 
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 この為でしょうか、その後キリスト教が力をつけて、ローマカソリック教会の権威が最高になっても、世俗の支配者を退けて国家を支配する事はできませんでした。

 サヴォナローラやジョン・カルヴァンなどが、宗教政治でフィレンツェやジュネーヴを支配した事はありますが、結局長続きしませんでした。

 だから政教分離の原則は、実はキリスト教徒にすれば近代以前から実感している話なのです。

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 このように政治と宗教に関する発想は、イスラム教とキリストでは根源的に異なるのです。

 そしてこうしたイスラム教のような宗教政治は、日本のような多神教国家でも例がありません。

 だから日本人にすれば西欧式の政教分離は、特に抵抗もなく、むしろ普通の発想です。

 それどころか近代西欧の法体系が古代ローマに発している事を考えれば、古代ローマと同様の多神教世界である日本人には、キリスト教徒だった西欧人以上に「しっくり」するのではないでしょうか?

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 こういう背景からイスラム教徒で、イスラム法より世俗の法を尊重するべきと考えるのは、極少数の特別開明的な人達だけです。

 だから欧米に移民しても、イスラム教徒同士の民事の問題は、全てイスラム法により解決し、在留国の法は完全に無視している場合が珍しくないそうです。

 更にイスラム法に在留国の司法に、イスラム法による判決を認めさせるような訴訟を起こしたりしています。

 つまりイスラム教徒の移民を入れると言う事は、イスラムの社会制度や法を入れると言う事になるのです。

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 イスラム教の教理によれば、イスラム移民が在留する欧米社会や、現在の国際社会は間違った社会と言う事になるのです。

 ムハンマドが定める法が守られていない無法社会なのです。

 これとジハードを賞賛する発想が合体していれば、教理の上ではテロが生まれるのは当然でしょう。

 またイスラム移民が在留国と文化摩擦を起こすのも当然なのです。 だってイスラム教を捨てない限り、在留国の法の尊重と言う最低限の社会ルールも意味がないのですから。

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 これはワタシの感想ですが、このイスラム過激派のテロと言うのは、70年代に吹き荒れた左翼過激派のテロと同質ではないかと思います。

 つまり70年代の左翼過激派も、彼等が住んでいる資本主義社会を全否定して、あるべき共産主義国家を作る事が目的でした。

 この左翼過激派によるテロが終息したのは、ソ連の崩壊以降彼等が信じる共産主義が破綻してからです。

 これを考えれば、イスラム社会でのテロはイスラム社会が破綻するまで続くでしょう。

 しかしソ連の崩壊で、共産圏の国家が共産主義を放棄したように、イスラム諸国がイスラム教を放棄する日は、おそらく今後数百年あり得ないのではないでしょうか?

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 またテロは別としてもイスラム教は、イスラム法とイスラム教による宗教政治を当然と考えているのですから、イスラム移民の人口が特定の自治体レベルでも、過半数を占めるような事態になれば、その自治体をイスラム法による統治を実行すると言う事は十二分にあり得ます。

 勿論国家全体でイスラム教徒が過半数を占めるような事態になれば、民主主義国家でなくイスラム国家になるでしょう。

 現在、ヨーロッパで反イスラム移民を標榜する人達は、実はこれを非常に心配しているわけです。

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 イスラム教徒とイスラム法による支配では、信仰の自由も保障されないし、男女平等その他、近代先進国が積み上げてきた価値観も完全に否定されるわけです。

 だからこれは本来ならこうした価値観をひたすら推進してきた自称リベラリスト達こそが、最も危惧するべき事態です。

 ところが現在ヨーロッパ諸国では、こうした問題は正面から議論できなくなっていると言います。

 これはヨーロッパのヘイトスピーチ規制の状況を見ていればわかります。

 イスラム教やイスラム移民にマイナスなことは、一切公に議論できないのです。

 しかもそういう状況を作ってきたのは、実は自称リベラリスト達だったわけです。

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 池内先生によれば、ヨーロッパのエリート達は、こうしたイスラム教の本質を議論しない、したがらない。

 彼等は基本的にイスラム教がどうであれ、ヨーロッパでキリスト教が啓蒙思想にとってかわったように、遠からずイスラム教徒達は、ヨーロッパのリベラリストの価値観に同調するようになるだろうと、信じているようなのです。

 と、言うか「そうはならない。 イスラム教徒はこれからも今までと同様の信仰を守り続けるだろう。」と考える事自体が、「差別的」と取られているようです。

 つまりイスラム教徒がいつまでもイスラム教の信仰を守り続け、欧米式の民主主義や人権思想を尊重しないだろうと考える事は、イスラム教徒は民主主義や人権を理解できない未開人種と考えると言う事だと言うのが、ヨーロッパエリートの発想だからでしょう。
 
 尤もそれって結局ヨーロッパエリートの考えは絶対正義の最先端にあるので、それ以外の思想や宗教は遅れた思想宗教であると考えていると言う事です。

 だからこれこそ極めて差別的な発想なのですけどね。
 しかしエリートを自認する連中は、それを理解できていないのです。

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 こういう話しを聞くと、ワタシなんかヨーロッパのエリートにとっては、彼等の信奉するリベラリズムは、イスラム教と同様の、或いはイスラム教以上に堅い信仰ではないかと思います。

 つまり「我々は絶対に正しいのだから、その正しい事をどこまでもどこまでもやり続ければ、遠からず正義の支配する世界になる。」と言うわけです。

 これはもう信仰と言うしかありません。

 「全てを疑え」として神や教会を疑う事から始まったのが、近代合理主義であり、リベラリズムはそれによって生まれたはずです。

 しかしいつの間にかか、「全てを疑う」どころか、自分達の掲げる正義を「只信ぜよ。 信じる者は救われる。 疑う者は悪のレイシスト。」となってしまっては、もう信仰と言うしかないのです。

 こういう信仰を求める体質は、一神教の歴史が長いヨーロッパ所以でしょうか?
 それとも元来人間と言うのは、近代合理主義的な発想を続けるのは辛く、信仰に縋りたい生き物だと言う事でしょうか?

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 現在テロについては、世界的に警察その他の国家組織が厳しく監視取締りをしています。

 しかし以上の事情からイスラム教そのモノについては、イスラム諸国は勿論、ヨーロッパでは批判さへも一切許されない状況です。
 
 この状況も共産主義を野放しにしながら、過激派のテロだけを監視ししていた70年代と似ています。

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 ともあれ厳しいテロの監視のお蔭で、アルカイダのような組織的なテロは、もう難しくはなっています。

 しかし組織のないイスラム教徒個人レベルでやるテロは、到底防げません。
 
 自分個人の問題で絶望したりヤケッパチになったりした人間が、通り魔になり大量殺人を起こすと言う事は、宗教や民族に関係なくあります。

 けれども偶々それがイスラム教徒であった場合は、その大量殺人の口実にジハードを持を持ち出す。

 こうした場合はもう絶対に防止不可能でしょう。

 しかし逆に言えば、こういう人間はイスラム教徒でなくても、大量殺人をやってしまうし、また他のカルトや過激派組織に入ってそこでテロをやる可能性だってあるのです。
 
 ワタシはだから現在、イスラム教に対する本当の問題は、テロではなく今後彼等の人口増加と共に起きてくる文化摩擦だと思います。

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 この講義は講義時間が1時間、その後受講者からの質問で総計2時間弱でしたが、最後まで大変興味深いモノでした。

 しかし家に帰ったら、一種異様に疲れました。

 思うに北星学園大学には植村隆の生霊が徘徊しているのだと思います。
 
 我が在特会札幌支部の有志は、北星学園大学に行って、植村隆追い出しの為の署名運動や街宣をしてました。

 だから在特会会員のワタシに憑りついて、こういう嫌がらせをするのです。

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 北星学園大学を辞めたって、愛する韓国の大学で就職したのだから、そっちの方が余程幸せなのでは?

 今更人を恨む事もあるまい?

 と思うのでうすが、しかし日本のパヨクも在日コリアンも、日本に対して悪意しかなくても、実は日本の福祉と国家インフラだけは享楽したい人達なので、日本から絶対出たくないのでしょう。

 それに植村隆とパヨクはメンタリティが朝鮮人ですから、何事につけて人を恨まずには生きていられないのです。

 ともあれ大変有意義な講義でした。

 植村隆の生霊さへければ、今後こうした講義があればまた参加したいと思っています。

  1. 差別ニダ!!
  2. TB(0)
  3. CM(12)

コメント

ムスリムは棄教出来ない

御存じの事とは思いますがイスラム教は棄教出来ません。一度ムスリムになる事を選んでしまえば一生涯ムスリムなのです。しかもムスリムの父親から生まれた子供は自動的にムスリムとみなされ、父親はイスラム法による教育をしなければなりません。またムスリム同士でしか結婚出来ない為、ムスリムと結婚する為にはイスラム教に入信しなければなりません。

イスラム教勢力圏は広範囲に広がる為、出身地により教義を守る厳格さの度合いに違いが有る為戒律を守る度合いも違いが有ります。民衆化の度合いにより戒律も変っているようです。しかしながらアラビア半島を中心に北アフリカ沿岸やインド周辺では原理主義者が跋扈している為、又EU地区に大量の難民(移民)が流入している為以前より厳格に戒律を守るようになっているように感じています。

私がフランスで生活していた80年代~90年代幾人かのムスリムと交流を持ったことが有り、その内の一人とはお互いの家を行き来する程親しく付き合いが有りました。チュニジアからの移民であった彼と彼の家族は礼拝も欠かす事無く、ラマダンもしっかり守っていましたが時折神の目もこの地までは届かぬと言いながら飲酒はしていました。6年程前に再会しキャフェでビールでも飲もうと誘ったところ、この地にも神の目が届くようになったと決して飲酒しなくなっていた事に驚きました。詳しく聞いても神の目が届くようになったから戒律を破ることは出来ない繰り返すのみでした。

イスラム教には教義として相互監視制度が有ります。ムスリム同士の悪行を見て見ぬ振りをすれば最後の審判で裁かれてしまうのです。永遠に続く死後の世界を左右してしまうのでムスリムにとってはイスラム法を破る事が出来ないのです。
  1. 2016-07-13 17:45
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  3. エピキュリアン #-
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池内さんの講義に出席!

 欧州のエリートは、ムスリムがイスラム法の下で生活したいということを理解できずにいつか彼等もリベラルになると考えているとすると、宗教戦争の火種がドンドン大きく成っていっていつか大惨事になりますね。ポリコレ違反を恐れて現実逃避しながら移民難民を受け入れる寛大な欧州の解決策は、やれるものなら欧州ごとイスラム国家になるしかないと思います。
 
 何しろ欧州のリベラルの当たり前は、日本人から見てもソドムとゴモラみたいに乱れているようなので到底ムスリムの方々は受け入れられないと思います。下記の記事はとんでもない内容で、もし日本でそんなイベントをするなら戦ってでも止めないといけない位です。ムスリムの方々からしたら、地獄に堕ちた人達に見えると思います。確かに、否定はできません。

【飲酒と性行為が当たり前のノルウェー高校生ルス 驚きの卒業儀式100のルールとは?】
http://bylines.news.yahoo.co.jp/abumiasaki/20160517-00057753/

 バチカンの歴史を見るとかなり政治的な動きをしているので、キリスト教が政教分離しているとは気が付きませんでした。軍隊を持たずに各国を操っていることが政教分離を表しているということでしょうか?

>最初から精神世界の救済だけを目的にしているので、極めて極めて純粋で、しかし極めて非現実的な理想に特化しているわけです。

 上記のよもぎねこさんの見解は、共産主義の本質でもあるような気がします。キリスト教も共産主義も、存在しない理想世界をあるものとしてそれを実現しようとしているところに無理が生じて戦争を引き起こしてきたと思います。そして、現在はリベラル教が社会を歪めてしまい、それが難民問題や米国で頻発する白人警官と黒人の悲惨な事件の原因になっていると思います。

 純粋過ぎる原理主義者は迷惑ですね。わたしは、マキャベリのような人間らしい現実主義者がいっぱいいる社会に住みたいと思います。

 ところで植村隆の逆恨みした生霊に・・・というのは、なんとなく違うような気がします。それよりも、マキャベリが池内さんの講義を聞きたくてよもぎねこさんに憑依したという気がしてなりません。そして、イスラムについてポリコレに囚われない自由闊達な議論をしたかったのだと思います。私も聞いてみたいです。
  1. 2016-07-13 19:16
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  3. 都民です。 #-
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Re: ムスリムは棄教出来ない

> 御存じの事とは思いますがイスラム教は棄教出来ません。一度ムスリムになる事を選んでしまえば一生涯ムスリムなのです。しかもムスリムの父親から生まれた子供は自動的にムスリムとみなされ、父親はイスラム法による教育をしなければなりません。またムスリム同士でしか結婚出来ない為、ムスリムと結婚する為にはイスラム教に入信しなければなりません。
>
> イスラム教勢力圏は広範囲に広がる為、出身地により教義を守る厳格さの度合いに違いが有る為戒律を守る度合いも違いが有ります。民衆化の度合いにより戒律も変っているようです。しかしながらアラビア半島を中心に北アフリカ沿岸やインド周辺では原理主義者が跋扈している為、又EU地区に大量の難民(移民)が流入している為以前より厳格に戒律を守るようになっているように感じています。
>
> 私がフランスで生活していた80年代~90年代幾人かのムスリムと交流を持ったことが有り、その内の一人とはお互いの家を行き来する程親しく付き合いが有りました。チュニジアからの移民であった彼と彼の家族は礼拝も欠かす事無く、ラマダンもしっかり守っていましたが時折神の目もこの地までは届かぬと言いながら飲酒はしていました。6年程前に再会しキャフェでビールでも飲もうと誘ったところ、この地にも神の目が届くようになったと決して飲酒しなくなっていた事に驚きました。詳しく聞いても神の目が届くようになったから戒律を破ることは出来ない繰り返すのみでした。
>
> イスラム教には教義として相互監視制度が有ります。ムスリム同士の悪行を見て見ぬ振りをすれば最後の審判で裁かれてしまうのです。永遠に続く死後の世界を左右してしまうのでムスリムにとってはイスラム法を破る事が出来ないのです。

 なるほどやはりイスラム教徒はこの10~20年の間に西欧化するどころか、むしろよりイスラム信仰を深めると言うか、戒律等を厳しく守るようになっているのですね。

 ワタシもニュース等で知っていただけです、70年代にはイスラム諸国でもヒジャブを被らない女性が普通にいたし、当時はドンドン近代化開明化が進んで、このまま西欧並みになりそうな感じだったように思います。

 それがイランイスラム革命が起きた頃からどうも様子が変わり、むしろイスラム信仰への回帰が強まって行ったようですね。
 
 ワタシは今のイスラム世界を見ていると、宗教改革と反宗教改革で、双方が狂信化した16~17世紀のような雰囲気を感じていて、凄く怖いのですけどね。

 イスラム教のテロが起きているのも、このような狂信化の流れではないかと思っています。
  1. 2016-07-13 21:26
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 池内さんの講義に出席!

>  欧州のエリートは、ムスリムがイスラム法の下で生活したいということを理解できずにいつか彼等もリベラルになると考えているとすると、宗教戦争の火種がドンドン大きく成っていっていつか大惨事になりますね。ポリコレ違反を恐れて現実逃避しながら移民難民を受け入れる寛大な欧州の解決策は、やれるものなら欧州ごとイスラム国家になるしかないと思います。

 民主主義の制度のままイスラム教徒の人口が増えて多数派になると、イスラム教徒は数の力で簡単に憲法その他を変える事ができるのです。

 しかも難民を大量に受け入れており、イスラム教徒の出生率の高さを考えれば、このまま行けば数十年でイスラム教徒が多数派になる国は、結構出てくるのです。
 そうなるとEUの枠組み自体がオカシクなります。
>  
>  何しろ欧州のリベラルの当たり前は、日本人から見てもソドムとゴモラみたいに乱れているようなので到底ムスリムの方々は受け入れられないと思います。下記の記事はとんでもない内容で、もし日本でそんなイベントをするなら戦ってでも止めないといけない位です。ムスリムの方々からしたら、地獄に堕ちた人達に見えると思います。確かに、否定はできません。
>
> 【飲酒と性行為が当たり前のノルウェー高校生ルス 驚きの卒業儀式100のルールとは?】
> http://bylines.news.yahoo.co.jp/abumiasaki/20160517-00057753/

 イスラム教徒とそのイスラム教徒を歓迎するヨーロッパリベラリストの意識の乖離が、余りと言えば余りに大きいのです。

 イスラム教徒にしてみればヨーロッパのリベラリストの意識ってホントに地獄の人間、ソドムとゴモラなのです。 だからそういう連中に歓迎されても、全然感謝して、ヨーロッパの価値観を学ぶどころではないでしょう。

 ところがヨーロッパエリートはその現実を完全に無視しているのです。

>  バチカンの歴史を見るとかなり政治的な動きをしているので、キリスト教が政教分離しているとは気が付きませんでした。軍隊を持たずに各国を操っていることが政教分離を表しているということでしょうか?
>
> >最初から精神世界の救済だけを目的にしているので、極めて極めて純粋で、しかし極めて非現実的な理想に特化しているわけです。

 近代までバチカンは世俗の権力を確保しようと、世俗の支配者と血みどろの抗争を繰り広げたのです。 そしてマキャベリの話でも書いたように、繰り返し外患誘致もやらかしたのです。

 その意味では政教分離なんかしたくないのです。

 しかし考えてみれば自前の軍隊も持った事はないし、法皇領を自分が任命した代官達の私領にされても、手も足も出ないような状況だったのです。

 これはサラセン帝国を支配したイスラム教と比べれば、実に立派に政教分離状態です。

 だから比較の問題なんですよね。
 
>  上記のよもぎねこさんの見解は、共産主義の本質でもあるような気がします。キリスト教も共産主義も、存在しない理想世界をあるものとしてそれを実現しようとしているところに無理が生じて戦争を引き起こしてきたと思います。そして、現在はリベラル教が社会を歪めてしまい、それが難民問題や米国で頻発する白人警官と黒人の悲惨な事件の原因になっていると思います。
>
>  純粋過ぎる原理主義者は迷惑ですね。わたしは、マキャベリのような人間らしい現実主義者がいっぱいいる社会に住みたいと思います。

 キリスト教は精神世界だけに特化したので、幾らでも美しい理想を謳う事ができたのです。 イスラム教は良くも悪くも現実に国家を支配したので、当時としてはそれなりに現実的だったのでしょう。

 しかしそれが現代社会で通用するかは非常に疑問です。

 現実主義を装う理想主義って結構厄介なんですよね。

 共産主義も「科学的」などを謳って合理性を主張したので、宗教への狂信以上の厄災をもたらしました。

>  ところで植村隆の逆恨みした生霊に・・・というのは、なんとなく違うような気がします。それよりも、マキャベリが池内さんの講義を聞きたくてよもぎねこさんに憑依したという気がしてなりません。そして、イスラムについてポリコレに囚われない自由闊達な議論をしたかったのだと思います。私も聞いてみたいです。

 マキャベリはウフィツィ美術館にいるから、池内先生じゃなくてもイスラム教に詳しい人やイスラム教徒にも幾らでも知り合いがいると思います。
  1. 2016-07-13 21:44
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

塩野七生氏は、「男の肖像」の中で織田信長の比叡山焼き討ちや石山本願寺攻めを、「日本人に与えた最大の贈り物」とし、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」を実践しているのは信長の大掃除のおかげと書いています。政教分離の伝統化ですね。信長は宗教を嫌ったのではなく、宗教が政治に介入することを嫌ったのであり、石山本願寺と講和を結び、宗教弾圧も行っています。比叡山と信長の子孫も若いが成立しています。
徳川幕府もキリシタンを禁止したのは、背後にある原理主義の危険性を見抜いていたからでしょう。教会で讃美歌を歌ったり、聖書の朗読会だけやっているだけなら目を吊り上げる必要もなかったでしょうが、キリシタン信者が神社仏閣を破壊しまくっているのを見れば、政教分離と信仰の自由を認めていた多神教の日本人からみれば、国体を破壊する危険集団と写ったのは当然と思われます。
結局キリスト教が日本に入るには、宗教改革を経験して無害化するまでまたなければならなかったのです。

そして、現在宗教改革を経験したキリスト教世界に、イスラム法を頂くイスラム移民が入ってきているわけです。更に疎外されたが故に移民の二世、三世がイスラム原理主義に走り、対立を引き起こし、イスラム移民の増加と共に先鋭化、巨大化しているわけです。
こうした中移民、特に西欧的価値観を否定するイスラム移民を大量に入れているのは、意図的に対立構造を作りだしているように私には見えるのです。

まだ、読んでいないのですが日本人が知らない「最先端の世界史(祥伝社)」という本が最近出版されました。著者の福井義高氏は、複数の外国語に堪能で青山大学で教鞭を取りながら、近現代史を研究なさっている方です。
書評によりますと、氏は多文化主義とは、共産主義の隠れ蓑だと断じているのです。
「欧州では旧ユーゴスラビアを除き、殆ど白人キリスト教徒しかいなかったのに、多文化共生を国民に強制するかのように、欧州各区に政府は、冷戦終結直後から、第三世界とくにイスラム圏からの大量移民受け入れを拡大し、その勢いは止まらないどころか、むしろ加速している。ポストマルクス主義左翼の知的覇権下、欧州国民の大多数が反対する大量移民受け入れを維持推進するためには、ヘイトスピーチ規制に名を借りた、国家による言論の統制が不可避なことは容易に理解できる」と書かれています。多文化主義に反対する者にファシストの烙印を押し、大衆を扇動して多文化主義を推進すれば、待っているのは混乱や対立です。
かつて毛沢東が共産主義に同調しない勢力、日本軍と蒋介石国民党軍を対立、疲弊させ勢力を拡大させたように、これは共産主義者の伝統的な手口です。
国内に移民を大量に入れ、宗教や民族の対立を煽り、社会秩序を崩壊させた状態にする。これは暴力革命を起こすうえで理想的な環境です。
陰謀論に組するのは好きではありませんが、昨今の現実を無視した政策が進められている現状を見ていると、単に安い労働力がほしいといった経済的な思惑以外に何ものか意志が働いているように思うのです。

最後に「男の肖像」から気に入った一文を掲載させて頂きます。「おたがいに守備範囲を守って生きるぐらい、相手の存在理由の尊重につながるものはない。」
  1. 2016-07-14 00:52
  2. URL
  3. 名無しの権兵衛 #yjwl.vYI
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 塩野七生氏は、「男の肖像」の中で織田信長の比叡山焼き討ちや石山本願寺攻めを、「日本人に与えた最大の贈り物」とし、「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に」を実践しているのは信長の大掃除のおかげと書いています。政教分離の伝統化ですね。信長は宗教を嫌ったのではなく、宗教が政治に介入することを嫌ったのであり、石山本願寺と講和を結び、宗教弾圧も行っています。比叡山と信長の子孫も若いが成立しています。
> 徳川幕府もキリシタンを禁止したのは、背後にある原理主義の危険性を見抜いていたからでしょう。教会で讃美歌を歌ったり、聖書の朗読会だけやっているだけなら目を吊り上げる必要もなかったでしょうが、キリシタン信者が神社仏閣を破壊しまくっているのを見れば、政教分離と信仰の自由を認めていた多神教の日本人からみれば、国体を破壊する危険集団と写ったのは当然と思われます。
> 結局キリスト教が日本に入るには、宗教改革を経験して無害化するまでまたなければならなかったのです。

 これは全くその通りですね。 政教分離が近代の基礎ですから。

> そして、現在宗教改革を経験したキリスト教世界に、イスラム法を頂くイスラム移民が入ってきているわけです。更に疎外されたが故に移民の二世、三世がイスラム原理主義に走り、対立を引き起こし、イスラム移民の増加と共に先鋭化、巨大化しているわけです。
> こうした中移民、特に西欧的価値観を否定するイスラム移民を大量に入れているのは、意図的に対立構造を作りだしているように私には見えるのです。

 意図的か無意識かは判別不能ですが、しかし何としても難民を入れようと人達の発言など見ていると確かにホントに異様ですよね。

 パスポートさへ持たない、本当の出身国の判定さへ難しい人達を受け入れながら「テロリストは入らない」などと強弁しているのですから。

> まだ、読んでいないのですが日本人が知らない「最先端の世界史(祥伝社)」という本が最近出版されました。著者の福井義高氏は、複数の外国語に堪能で青山大学で教鞭を取りながら、近現代史を研究なさっている方です。
> 書評によりますと、氏は多文化主義とは、共産主義の隠れ蓑だと断じているのです。
> 「欧州では旧ユーゴスラビアを除き、殆ど白人キリスト教徒しかいなかったのに、多文化共生を国民に強制するかのように、欧州各区に政府は、冷戦終結直後から、第三世界とくにイスラム圏からの大量移民受け入れを拡大し、その勢いは止まらないどころか、むしろ加速している。ポストマルクス主義左翼の知的覇権下、欧州国民の大多数が反対する大量移民受け入れを維持推進するためには、ヘイトスピーチ規制に名を借りた、国家による言論の統制が不可避なことは容易に理解できる」と書かれています。多文化主義に反対する者にファシストの烙印を押し、大衆を扇動して多文化主義を推進すれば、待っているのは混乱や対立です。
> かつて毛沢東が共産主義に同調しない勢力、日本軍と蒋介石国民党軍を対立、疲弊させ勢力を拡大させたように、これは共産主義者の伝統的な手口です。
> 国内に移民を大量に入れ、宗教や民族の対立を煽り、社会秩序を崩壊させた状態にする。これは暴力革命を起こすうえで理想的な環境です。
> 陰謀論に組するのは好きではありませんが、昨今の現実を無視した政策が進められている現状を見ていると、単に安い労働力がほしいといった経済的な思惑以外に何ものか意志が働いているように思うのです。

 ワタシも多文化共存は反差別ファシズムは、共産主義者の陰謀のように思います。
 
 と言うか自分達の先祖が作ってきた伝統的な社会を、完全に壊したいと人達がこれを推進しているのでしょう。

> 最後に「男の肖像」から気に入った一文を掲載させて頂きます。「おたがいに守備範囲を守って生きるぐらい、相手の存在理由の尊重につながるものはない。」

 なるほど良い言葉ですね。
  1. 2016-07-14 10:44
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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マホメットはメッカにいるときは10年以上かかっても信者を150人程度しか増やせなかったそうですが、メディーナへ行ってから死ぬまでの10年弱で広大な領土を征服します。だからイスラム歴の元年はマホメットが開祖した年ではなく、メディーナ移住の年になっているのです。マホメットは商人で、旅の途中にユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教などの教えを聞き、それらを融合してイスラム教を作りました。だからイスラム教からすれば、ユダヤ教やキリスト教はイスラム教への発展段階にある未完成の宗教となるわけです。なぜメディーナへ行ってからそれほど征服できたのかといえば、当時メッカは多神教の共通の聖地であり、イスラム教はその一つに過ぎず、伸びしろがなかったのが一つ。もう一つはジハードという概念を生み出したことです。心理学でいえば、人を動かす最も強い動機は恐怖だそうです。最大の恐怖を死ぬこととすれば、ジハードをすれば天国へ行けるというのは魅力です。一般の信徒は死んだら埋葬され、土の中で最後の審判を待たねばなりません。しかしジハードすればそれを飛び越えて天国へ行けるのです。しかも家族特典とかいうものもあり、家族の中で一人がジハードすれば、家族全員が天国へ行けるのです。だから母親はたくさん子供を産み、そのうちの一人がジハードするのを望むのです。ジハードをしたものは殉教者として認定されますが、これがイスラム教徒にとっては大変な名誉とされます。テロとジハードは同じと考えられていますが、これ自体が間違いです。ジハードとは「イスラム教を広めるための活動をすること」であり、その手段は問わないとされていて、欺罔、詐欺も認められます。もう一つはイスラムによる統治を容易にしたズィンミー(二級市民)という概念です。イスラム教へ改宗はしないが、重い徴税など不利な条件をのんでイスラム社会で生きるキリスト教徒などがズィンミーです。この制度により、他宗教者の労働力や技能を得ることができ、かつ彼らは劣ったグループであると植え付けることで、統治をしやすくしたのです。他宗教者でイスラムを学ぶ者は、しばしばイスラムに迎合しすぎて、「ズィンミーのような態度」をとることがあります。多くの欧州エリート達がこの魔法にかかっているようです。
  1. 2016-07-16 11:09
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5ムスリムはオイルマネーという大金を持っていて、それだけでも魅力ですが、一方で貧しい移民は大きな集票力を持っていて、これも政治家にとっては魅力です。欧州では難民関連業務従事者は名誉職とされ、「人権派」ともてはやされるので、それも魅力なのでしょうね。これは日本でも同じですが、難民認定をするということに非常に誇りを感じるようです。その難民たちは本国では我々よりよほどいい暮らしをしているんですけどね。
  1. 2016-07-16 11:17
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Re: タイトルなし

> マホメットはメッカにいるときは10年以上かかっても信者を150人程度しか増やせなかったそうですが、メディーナへ行ってから死ぬまでの10年弱で広大な領土を征服します。だからイスラム歴の元年はマホメットが開祖した年ではなく、メディーナ移住の年になっているのです。マホメットは商人で、旅の途中にユダヤ教、キリスト教、ゾロアスター教などの教えを聞き、それらを融合してイスラム教を作りました。だからイスラム教からすれば、ユダヤ教やキリスト教はイスラム教への発展段階にある未完成の宗教となるわけです。なぜメディーナへ行ってからそれほど征服できたのかといえば、当時メッカは多神教の共通の聖地であり、イスラム教はその一つに過ぎず、伸びしろがなかったのが一つ。もう一つはジハードという概念を生み出したことです。心理学でいえば、人を動かす最も強い動機は恐怖だそうです。最大の恐怖を死ぬこととすれば、ジハードをすれば天国へ行けるというのは魅力です。一般の信徒は死んだら埋葬され、土の中で最後の審判を待たねばなりません。しかしジハードすればそれを飛び越えて天国へ行けるのです。しかも家族特典とかいうものもあり、家族の中で一人がジハードすれば、家族全員が天国へ行けるのです。だから母親はたくさん子供を産み、そのうちの一人がジハードするのを望むのです。ジハードをしたものは殉教者として認定されますが、これがイスラム教徒にとっては大変な名誉とされます。テロとジハードは同じと考えられていますが、これ自体が間違いです。ジハードとは「イスラム教を広めるための活動をすること」であり、その手段は問わないとされていて、欺罔、詐欺も認められます。もう一つはイスラムによる統治を容易にしたズィンミー(二級市民)という概念です。イスラム教へ改宗はしないが、重い徴税など不利な条件をのんでイスラム社会で生きるキリスト教徒などがズィンミーです。この制度により、他宗教者の労働力や技能を得ることができ、かつ彼らは劣ったグループであると植え付けることで、統治をしやすくしたのです。他宗教者でイスラムを学ぶ者は、しばしばイスラムに迎合しすぎて、「ズィンミーのような態度」をとることがあります。多くの欧州エリート達がこの魔法にかかっているようです。

 なるほどそう言われると欧州エリートの不可解なイスラム迎合は理解できます。
 
 しかし仰る所と池内先生の講義など合わせると、やはりイスラム教はキリスト教など比べて遥かに政治性が強いと言うか、布教や統治に関して現実的で強力なシステムと意思を持っているのがわかりますね。

 これだとどうしてもイスラム教徒を大量に移民させると、現在の民主主義国家で言う「宗教の自由」を保障するだけで済まないと思います。

 多数派になれば、イスラムによる統治を目指すでしょう。

 またこうして宗教であれば、文化摩擦も当然でしょう。
  1. 2016-07-16 11:58
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Re: タイトルなし

> 5ムスリムはオイルマネーという大金を持っていて、それだけでも魅力ですが、一方で貧しい移民は大きな集票力を持っていて、これも政治家にとっては魅力です。欧州では難民関連業務従事者は名誉職とされ、「人権派」ともてはやされるので、それも魅力なのでしょうね。これは日本でも同じですが、難民認定をするということに非常に誇りを感じるようです。その難民たちは本国では我々よりよほどいい暮らしをしているんですけどね。

 なるほどそういう面があるんですね。
 
 自分の懐を痛めずに偽善をできて、名誉になるなら人権派がワラワラと湧いて出るのは当然でしょう。

 しかしこの付けは高く付きますよ。
  1. 2016-07-16 12:00
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  3. よもぎねこ #-
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太平洋戦争の考察

連投澄みません。面白い考察を発見したので紹介させて下さい。http://pathfind.motion.ne.jp/pow.htm
太平洋戦争の盲点とその戦略的回答と云うタイトルです。

机上の空論にすぎませんが、太平洋戦争において勝てないまでも有利に講和する事が出来た可能性を考察してあります。私は此れを読んで二つの事を考えました。

一つは補給線の重要性。現代だとシーレーンですが、例えば南シナ海を抑えられてしまえば日本は干上がってしまう。南シナ海問題は日本にとって他人事では無く、生命線ともいえる問題だという事。

二つ目はタブーです。アレルギーと云っても良いかも知れません。戦後日本では第二次世界大戦を詳しく考察する事はタブーに近いものが有りました(現在でも)。純軍事的に防衛庁や一部の個人において戦略もしくは戦闘や軍備(兵器など)を考察する事が有っても、学術的に考察される事は有りませんでした。
又第二次世界大戦どころか、何故満州事変が起こったのかさえ詳しく論考されていません。日本が悪かった、軍部が独走した、東京裁判が正しい、と言われる事は有っても、そこに至る過程はネット上でしか議論されません。

平和と云う物は念仏を唱えるだけでは実現できません。戦争を避けるためには、過去において何故戦争に至ったかを考えなくてはいけません。同時に主権とか国家と云うものも深く考える必要が有ります。
21世紀の現代パクス・アメリカーナの御威光は失われつつあります。歴史において祇園精舎の鐘が鳴らなっかた事は有りません。すべての覇権国家は新しい勢力に取って代わられます。

然しながら、中華人民共和国(以下チャイナ)を新しい覇権国と認め、ゆだねる訳にはいきません。チャイナには人権と云う物が無いからです。巨大な人治国家でしかないチャイナが覇権を握ってしまえば世界は渾沌とした闇に包まれるでしょう。前期中世ヨーロッパの様な暗黒の時代の幕開けです。

そうならない様にする為には軍備を整え侵略を防ぎ、世界の世論を反チャイナにしなければなりません。又経済で圧力をかけ、法治と主権在民を求め続けなければなりません。世界中で国民投票を広く行うのも、それを広く宣伝するのも効果的だと考えます。
  1. 2016-07-19 17:13
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  3. エピキュリアン #-
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Re: 太平洋戦争の考察

> 連投澄みません。面白い考察を発見したので紹介させて下さい。http://pathfind.motion.ne.jp/pow.htm
> 太平洋戦争の盲点とその戦略的回答と云うタイトルです。
>
> 机上の空論にすぎませんが、太平洋戦争において勝てないまでも有利に講和する事が出来た可能性を考察してあります。私は此れを読んで二つの事を考えました。
>
> 一つは補給線の重要性。現代だとシーレーンですが、例えば南シナ海を抑えられてしまえば日本は干上がってしまう。南シナ海問題は日本にとって他人事では無く、生命線ともいえる問題だという事。
>
> 二つ目はタブーです。アレルギーと云っても良いかも知れません。戦後日本では第二次世界大戦を詳しく考察する事はタブーに近いものが有りました(現在でも)。純軍事的に防衛庁や一部の個人において戦略もしくは戦闘や軍備(兵器など)を考察する事が有っても、学術的に考察される事は有りませんでした。
> 又第二次世界大戦どころか、何故満州事変が起こったのかさえ詳しく論考されていません。日本が悪かった、軍部が独走した、東京裁判が正しい、と言われる事は有っても、そこに至る過程はネット上でしか議論されません。

 それは全くその通りですね。 少し調べると単純な軍部独走論なんかインチキだと思うのですが。
>
> 平和と云う物は念仏を唱えるだけでは実現できません。戦争を避けるためには、過去において何故戦争に至ったかを考えなくてはいけません。同時に主権とか国家と云うものも深く考える必要が有ります。
> 21世紀の現代パクス・アメリカーナの御威光は失われつつあります。歴史において祇園精舎の鐘が鳴らなっかた事は有りません。すべての覇権国家は新しい勢力に取って代わられます。

 アメリカはそう簡単にヘタレないのでは?
 嘗てのように世界にGDPの半分をアメリカが占めると言う事はないでしょうが、それでも今のレベルは相当長期間維持するでしょう。

> 然しながら、中華人民共和国(以下チャイナ)を新しい覇権国と認め、ゆだねる訳にはいきません。チャイナには人権と云う物が無いからです。巨大な人治国家でしかないチャイナが覇権を握ってしまえば世界は渾沌とした闇に包まれるでしょう。前期中世ヨーロッパの様な暗黒の時代の幕開けです。
>
> そうならない様にする為には軍備を整え侵略を防ぎ、世界の世論を反チャイナにしなければなりません。又経済で圧力をかけ、法治と主権在民を求め続けなければなりません。世界中で国民投票を広く行うのも、それを広く宣伝するのも効果的だと考えます。

 対中防衛は絶対必要でしょう。
 しかし人治主義であの巨大な国を統治する事の限界はもう見えてきたと思います。
 
 だから当面、第二義和団事件が起きるまで、戦争をさせないように抑え込むしかありません。
  1. 2016-07-20 11:41
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