2016-07-10 11:30

元祖マキャベリストは良い奴だった エピローグ

 2002年に人生二度目の海外旅行をしたとき、ワタシはウフィツィ美術館に行きました。

 ホントはドイツとオーストリアを回るつもりだったのですが、しかしドイツであまりにも冷たい雨が続いたので、辟易してイタリアに逃げ出したのです。

 ウフィツィ美術館は大変な人出で、入館に1時間余り順番待ちです。

 ボッチェチェリの「プリマ・ヴェーラ」のある部屋など、何処の満員電車?とでもいう程の人出で、絵に近づくのにこれまた順番待ちでした。

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 しかし人が溢れているのは、こうした超有名絵画のある一部の部屋だけでした。

 こうした部屋を少し離れると、もう全く人影がなくなります。

 コシモ大公が作らせたマニエリスムの傑作と言われる部屋も、殆ど見学者はいませんでした。 

 この美術館は元々フィレンツェ市庁舎でした。

 しかしその後、フィレンツェ共和国ががトスカーナ大公国となってからは、大公宮殿を兼ねるようになり、その為の増築がされたのです。

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 それで美術館内は大変広く、人のいない部屋が次から次へと迷路のように続きます。
 
 部屋から部屋へと歩いているうちに、窓から射し込む光が、金色に変わってきました。
 
 夏至の頃でしたが、高緯度で日が馬鹿長いドイツと違って、フィレンツェは札幌とほぼ同緯度なので、常識的な時間に日が暮れるのです。

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 しかしそうなると増々人影は減り、ワタシは一人で部屋から部屋へと彷徨う事になりました。

 バロック以前の建築の常で、どの部屋の窓も小さく、日暮れの気配と共に部屋の中は、ドンドン暗くなってきました。

 そしてそれまで余りに沢山の部屋を通り貫けてきたため、自分が美術館のどのあたりにいるのかさへ、わからなくなってきました。

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 それでも何とか順路に沿って進み始めた時です。 後ろから誰かに見られているような気がしました。
 誰か知っている人が・・・・・。
 
 ギョッとして振り向くと、そこにはマキャベリの木像が立っていました。 彼の像は美術館の案内用のモニターと一緒に並んでいました。 
 
 等身大よりやや小さく、しかし何ともばつの悪そうな、「なんでオレがこんな像に?」とでも言いたいような顔をしていました。

 ウフィツィ美術館にマキャベリの像がある事は知っていたのですが、しかしここにあったのです。

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 ワタシはその後、ローマまで足を延ばしたのですが、またオーストリアの方へ戻って、予定どおりの観光を続けて帰国しました。

 帰国して暫くしてからです。 偶然、ヨーロッパの幽霊譚を集めた本を読みました。

 それによるとウフィツィ美術館には幽霊が出るそうです。 

 その幽霊は閉館前の黄昏時に出てきて、イタリア語が話せる知的な外国人を見かけると、国際情勢やその国の政治についてあれこれ聞くのだそうです。

 そういう性格と風体から、この幽霊はマキャベリではないかと言われているのだそうです。

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 ああ、そう。

 ワタシはイタリア語なんかできないし、そもそも知的ではないので、木像でギョッとしただけだったけれど、知的でイタリア語の出来る人なら、幽霊とは言えマキャベリ本人に会う事ができたわけです。
 
 それじゃ、日本人でこの幽霊とお話しをした人はいるんでしょうか?

 おお、塩野七生さんなら絶対に、マキャベリの幽霊とお話ししたでしょう。
 
 申し分なく知的で、イタリア語も完璧で、しかも日本女性。
 「我が友マキャベリ」を書いていた頃は、彼女はフィレンツェ在住で、しかもまだ30代の魅力的な人妻でした。

 因みにマキャベリは結構女好きです。 申し分なく貞淑で、深く夫を愛している妻がありながら、他の女性に無関心ではいられなかったのです。

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 シニョリーナ、最前のご様子ではイタリア語が大層お上手で。
 失礼ですが、お国はどちら?

 おお、日本!!
 それは素晴らしい!!
 かの国の女性の評判は、私もかねてより存じあげてております。
 イタリア語を話せる日本女性がいらっしゃれば、是非ともお近づきになりたいと願っておりました。 
 
 それにしてもシニョリーナのような美しい方が、イタリア語を学んで下さるとは、何と嬉しい!!
 
 ああ、この服装? 確かに随分と流行遅れですが、しかし私は怪しい者ではありません。
 元々ここの職員だった者です。

 外国人のお方に、ここを案内するボランティアなどしているわけで・・・・・、よろしかったら私に案内させてください。
 
 それにお国のお話など、聞かせて頂けると大変有難いのですが・・・・・。

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 近代政治学の祖にしては軽い?

 だってコイツイタリア人なんですよ。
 しかも凄くイタリア人らしいイタリア人ですから。

 マキャベリはフィレンツェ政庁への再就職失敗の落胆から、死亡しました。

 でもホントはそんなに落胆するような話じゃなかったでしょう。

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 なぜならローマ陥落直後にできたフィレンツェの民主制はすぐに崩壊しました。
 だからあの時、再就職できていても、直ぐにまた失業したのです。

 そしてスペインをバックにしてメディチ家の支配が復活しました。

 しかしそれは今までのメディチ支配のように、形式だけは完全に民主制を整えた上で、後ろでメディチ家が支配するようなモノではなく、トスカーナ大公として封建君主となっての支配でした。

 これでフィレンツェの民主制は完全に終わりました。

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 そしてスペインの支配はヴェネツィアを除く全イタリアに及びます。

 スペインの支配下で、イタリア全土が反宗教改革に呑みこまれて、イタリアルネサンスは終焉しました。

 その為1532年に刊行された「君主論」も、1556年には「不道徳の書」として禁書になりました。

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 マキャベリは「目を開けて生まれた男」と言われてます。
 彼の天才は卓抜した現実洞察能力に寄りました。

 しかし彼が生涯、目を開けて見なければならなかったのは「我が魂より」愛した祖国の没落でした。
 
 それは名医が、愛する人の病を知り、それに対する処方を持ちながら、しかしその処方箋を愛する人が受け入れないために、死んでいくのを見守るしかない、と言う辛さだとでも言うべきでしょう。

 天才とは言え何と辛い才能を授かったものか・・・・・。
 
 だから彼が成仏?出来ないのは仕方がありません。

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 しかし根がホントに良い奴だし、それに元来楽天家なので、幽霊なっても人に憑りついて害をなすとか、いつまでも過去の恨み言を言い続けるなんてことはできっこないのです。

 それに彼の本性から言っても、天国なんぞに行って天使や聖人の間で肩身の狭い思いをするよりも、嘗ての職場を徘徊して、観光客相手に最大の情熱である政治について語る方が余程楽しいでしょう。

 幸いウフィツィ美術館には、彼の山荘の近くの居酒屋よりは、余程多彩な客が来るのですから。

 塩野七生さんがマキャベリの伝記を「我が友マキャベリ」と題した理由は、この本の中に書かれています。

 しかしワタシはマキャベリの幽霊と、ホントに友達になったから「我が友」としたのだと思っています。 
 或いは友達以上に・・・・・・。

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 ところで最近、塩野さんは韓国の公敵になったそうです。


 二人はこれに大爆笑しているんじゃないでしょうか?

  1. 古本
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コメント

シモネッタ・ヴェスプッチの肖像

よもぎねこさんお疲れ様でした。大長編マキャベリのおかげで遥か遠いヨーロッパに思いをはせる事が出来、深く感謝して居ります。

さて、名作揃いのルネッサンス芸術の中でも、私にとってイタリア・ルネッサンスを象徴する絵画はピエロ・ディ・コシモが描いたシモネッタなのですが、この絵画はイタリアの美術館では無くパリ近郊シャンティイのコンデ美術館に収蔵されています。カトリーヌ~マリア・デ・メジチとブルボン家に嫁いだ両家の蜜月関係を象徴するように感じています。

この絵画のモデル シモネッタは1476年に23歳でなくなっていますが、ジュリアーノ・デ・メジチの愛人として知られ、ボッティチェルリがヴィーナスの誕生のモデルとした事でも有名なルネッサンス期のフィレンツェを代表する美女です。多くの画家が彼女をモデルにしたいが為にフィレンツェに集まってきました。

花の都フローレンス(フィレンツェ)は現代に至るまで不思議な魅力に溢れています。重厚な趣のミラノ、歴史の証人ローマ、デザインの王国ヴェネッチア、パドヴァやフェラーラそしてナポリ等とも違った明るさを持ち落ち着きを感じさせながら華やかな色彩に溢れています。何処からともなく音楽が流れてきて、流行の先端を走るミラノの人々と違った華やかなファッションで着飾った女性たちが闊歩して行くのを眺めながらトスカーナの美食に舌鼓を打てる街。そんな街に生まれ育ち愛し愛されたマキャヴェッリは不遇な生涯ではあっても充実した人生を過ごしたのかも知れません。

其れから余談ですが、私はミラノのホテルで就寝中バロック風の幽霊にラテン語(中世ヨーロッパ公用語)で話しかけられ難渋した事が有りますが、フィレンツェでは出会った事が有りません。マキャヴェッリが出てきて話し相手になって呉れるなら、コッレ・ベレートのキャンティかスーパー・トスカンでも用意して待っていたいですね。
  1. 2016-07-10 18:00
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  3. 真夜中の散歩 改めエピキュリアン #-
  4. 編集

Re: シモネッタ・ヴェスプッチの肖像

> よもぎねこさんお疲れ様でした。大長編マキャベリのおかげで遥か遠いヨーロッパに思いをはせる事が出来、深く感謝して居ります。

 恐縮です。
 楽しんで頂いて嬉しいです。

> さて、名作揃いのルネッサンス芸術の中でも、私にとってイタリア・ルネッサンスを象徴する絵画はピエロ・ディ・コシモが描いたシモネッタなのですが、この絵画はイタリアの美術館では無くパリ近郊シャンティイのコンデ美術館に収蔵されています。カトリーヌ~マリア・デ・メジチとブルボン家に嫁いだ両家の蜜月関係を象徴するように感じています。
>
> この絵画のモデル シモネッタは1476年に23歳でなくなっていますが、ジュリアーノ・デ・メジチの愛人として知られ、ボッティチェルリがヴィーナスの誕生のモデルとした事でも有名なルネッサンス期のフィレンツェを代表する美女です。多くの画家が彼女をモデルにしたいが為にフィレンツェに集まってきました。

 いかにもルネサンスらしい美しい絵ですね。
 
> 花の都フローレンス(フィレンツェ)は現代に至るまで不思議な魅力に溢れています。重厚な趣のミラノ、歴史の証人ローマ、デザインの王国ヴェネッチア、パドヴァやフェラーラそしてナポリ等とも違った明るさを持ち落ち着きを感じさせながら華やかな色彩に溢れています。何処からともなく音楽が流れてきて、流行の先端を走るミラノの人々と違った華やかなファッションで着飾った女性たちが闊歩して行くのを眺めながらトスカーナの美食に舌鼓を打てる街。そんな街に生まれ育ち愛し愛されたマキャヴェッリは不遇な生涯ではあっても充実した人生を過ごしたのかも知れません。

 確かに充実した人生でしょう。
 それに彼は典型的なフィレンツェ人です。
 この街が生んだ他の天才同様、イヤそれ以上に、フィレンツェでなければ生まれない天才でした。

 だから色々不遇ではあっても、ここに生まれた事は幸いだったのです。

> 其れから余談ですが、私はミラノのホテルで就寝中バロック風の幽霊にラテン語(中世ヨーロッパ公用語)で話しかけられ難渋した事が有りますが、フィレンツェでは出会った事が有りません。マキャヴェッリが出てきて話し相手になって呉れるなら、コッレ・ベレートのキャンティかスーパー・トスカンでも用意して待っていたいですね。

 ウワァ~、ミラノの幽霊ですか?
 ヨーロッパの旧市街のホテルは、恐ろしく古い建物をそのまま使っているので、出るんでしょうね。
 しかしラテン語を使う所を見れば、その幽霊はなかなかの教養人だったのでしょう?

 どんな人物だか知りたいです。

 でもマキャベリに会えるなら、ワタシだって高給ワインか、それとも獺祭ぐらい用意するんですけどね。
 

 
  1. 2016-07-10 18:46
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

 30年近く前にウフィツイ美術館に行きました。何とか迷いながら、修復前のややくすんだボッティチェリの『ラ・プリマベーラ』は見ることができましたが、マキャベリの像は見つけられませんでした。イタリア語が出来ないだけじゃなく、当時は国際政治にも興味が薄かったので出て来てくれなかったのでしょう。行く前に上手くするとマキャベリの霊に出会えるかもと言われていたので、とても残念でした。

 よもぎねこさんのお話を聞いていると、マキャベリが生き生きと仕事をしたり友人とお酒を飲んで議論したりしている姿が見える様な気がしてきました。そうすると何だか、映画『アマデウス』のモーツァルトが、作曲を始めるとその世界に没頭して一気に交響曲を書き上げてしまうような天才なのに天真爛漫なところがマキャベリと似ているようで、もしかすると自分たちの肉体が朽ち果てたのに気が付かずに今でも仕事をしたり女性を口説いたりしていそうです。

 鈴置さんの『「塩野七生」は韓国の公敵になった』を読んだ時に、すぐによもぎねこさんの感想を伺いたくなりました。このハンギョレの記者は、本当に塩野さんの本を読破したと思われますか?どうも書いていることが頓珍漢な感じがします。

 このフィレンチェやローマの悲劇は、自分達で国を守る気概を無くして文化や経済のみが成熟してしまったことだと思います。昔のお話は、今こそ必要で参考にしないといけないですね。とても面白くて色々考える切っ掛けになりました。ありがとうございました。でもきっとまたマキャベリは、よもぎねこさんに話をしたくて堪らなくなって憑依してくると思います。楽しみです。
  1. 2016-07-10 20:34
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  3. 都民です。 #-
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Re: タイトルなし

>  30年近く前にウフィツイ美術館に行きました。何とか迷いながら、修復前のややくすんだボッティチェリの『ラ・プリマベーラ』は見ることができましたが、マキャベリの像は見つけられませんでした。イタリア語が出来ないだけじゃなく、当時は国際政治にも興味が薄かったので出て来てくれなかったのでしょう。行く前に上手くするとマキャベリの霊に出会えるかもと言われていたので、とても残念でした。

 ワタシも会いたかったです。
 でも彼の霊に会いたい人は山ほどいるので、そうそう誰にでもあっているわけにも行かないのでしょう。

>  よもぎねこさんのお話を聞いていると、マキャベリが生き生きと仕事をしたり友人とお酒を飲んで議論したりしている姿が見える様な気がしてきました。そうすると何だか、映画『アマデウス』のモーツァルトが、作曲を始めるとその世界に没頭して一気に交響曲を書き上げてしまうような天才なのに天真爛漫なところがマキャベリと似ているようで、もしかすると自分たちの肉体が朽ち果てたのに気が付かずに今でも仕事をしたり女性を口説いたりしていそうです。

 ワタシは彼は勝手にフィレンツェ政庁のパソコンを使って、勝手にツィッターやブログもやっていると思います。
 
 ウフィツィ美術館の一部は今も市役所として使われているので、その仕事用のパソコンも置いてあるでしょうから。
 彼のような人にとっては、好き放題情報を採れて、また情報発信できるネットは、最高のツールでしょうから。

>  鈴置さんの『「塩野七生」は韓国の公敵になった』を読んだ時に、すぐによもぎねこさんの感想を伺いたくなりました。このハンギョレの記者は、本当に塩野さんの本を読破したと思われますか?どうも書いていることが頓珍漢な感じがします。

 ワタシがこの「元祖マキャベリストは良い奴だった」を書く気になったのは、実はこれを読んだからです。 前々から書きたかったのではありますけれどね。

 しかしこれで朝日新聞画なんであんなインタビューを載せたのかわかりました。 
 朝日新聞は塩野さんに安倍総理を叱って欲しかったのですね。

 それにしても韓国人記者と言い、朝日新聞の記者と言い何で、こんな馬鹿なことを期待したのか理解不能です。

 でもマキャベリの弟子達だって、トンデモ陰謀を起こして自滅していますからね。 同じ本を読んだからと言って、同じように学ぶわけもないのでしょう。

>  このフィレンチェやローマの悲劇は、自分達で国を守る気概を無くして文化や経済のみが成熟してしまったことだと思います。昔のお話は、今こそ必要で参考にしないといけないですね。とても面白くて色々考える切っ掛けになりました。ありがとうございました。でもきっとまたマキャベリは、よもぎねこさんに話をしたくて堪らなくなって憑依してくると思います。楽しみです。

 全くその通りだと思います。
 フィレンツェなど皆民主制大好きなんですが、しかし現実には自分で国を守る気概はなく、全部外患頼みなんですよね。
 これではいくら小知恵を巡らせても、結局破綻するしかないでしょう。
  1. 2016-07-10 21:35
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2016-07-10 23:48
  2. #
  3. 編集

楽しまさせていただきました

マキャベリの一代記、楽しまさせていただきました。

マキャベリの波乱の人生は、あっけない幕切れだったわけですネ。
これじゃ、ウフィツィ美術館に幽霊となって出るのも、アリです。
「幽霊となって出る」というのは、「出てほしい」という人びとの願望でもあると思います。

「塩野七生は韓国の公敵になった」というのは面白いです。
塩野さんを読んでいくと、こういうことをしないといけない、こういうことをしてはいけない、ということがよくわかりますが、振り返って考えると韓国はその正反対のことばかりしています。
まるで反面教師です。
いかに鈍感な韓国でも、自分が批判されていることに、いずれ気が付くはずだと思っていました。

ご隠居さんのブログで、「(朝鮮は日本に)無視されたことに気づいてしまったようで」という言葉がありましたが、まさしく「批判されていることに、気づいてしまった」ということでしょう。

「塩野七生は韓国の公敵になった」を読んでいると、朝鮮と日本は「総論一致、各論反対」ではなく、総論も違うようです。

  1. 2016-07-11 11:12
  2. URL
  3. 道草人 #-
  4. 編集

Re: 楽しまさせていただきました

> マキャベリの一代記、楽しまさせていただきました。
>
> マキャベリの波乱の人生は、あっけない幕切れだったわけですネ。
> これじゃ、ウフィツィ美術館に幽霊となって出るのも、アリです。
> 「幽霊となって出る」というのは、「出てほしい」という人びとの願望でもあると思います。

 マキャベリの死は、イタリアの死、イタリアルネサンスの死と同じ時期ですからね。 その意味では我が魂より愛した祖国と運命を共にしたのです。

 しかし後世の人間としては、もう少し長生きしてサッコ・デ・ローマについて何か書き残して欲しかったんですけどね。
 そうした願望もあって、マキャベリの幽霊がウフィツィ美術館に出るのでしょう。
>
> 「塩野七生は韓国の公敵になった」というのは面白いです。
> 塩野さんを読んでいくと、こういうことをしないといけない、こういうことをしてはいけない、ということがよくわかりますが、振り返って考えると韓国はその正反対のことばかりしています。
> まるで反面教師です。
> いかに鈍感な韓国でも、自分が批判されていることに、いずれ気が付くはずだと思っていました。
>
> ご隠居さんのブログで、「(朝鮮は日本に)無視されたことに気づいてしまったようで」という言葉がありましたが、まさしく「批判されていることに、気づいてしまった」ということでしょう。

 真に全ての意味で反面教師です。 ワタシも随分学ばせてもらいました。

 最も感謝しているのは、利己主義とか自己中がどういう物かを、完璧に体現してくれることです。
 
 これは日本のパヨクと共通するのですが、彼等は自分の正義で頭がパンパンで、それ以外何も見えないのです。 これじゃ外交なんかできるわけはないのです。

> 「塩野七生は韓国の公敵になった」を読んでいると、朝鮮と日本は「総論一致、各論反対」ではなく、総論も違うようです。

 ホントに根源的な違いを感じます。
  1. 2016-07-11 12:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

88888888!!!

88888888(⬅︎拍手)ブラボー!!!

連載、お疲れ様でした。マッキャベリの人生をよく知れて、大変ためになりました。『君主論』は遠い昔読んだのですが、もう一度読み直して、自分のブログのネタにできない物かと、思案しています。無駄かもしれませんが、、、。
  1. 2016-07-11 19:37
  2. URL
  3. tna6310147 or ベヒモス #-
  4. 編集

Re: 88888888!!!

> 88888888(⬅︎拍手)ブラボー!!!
>
> 連載、お疲れ様でした。マッキャベリの人生をよく知れて、大変ためになりました。『君主論』は遠い昔読んだのですが、もう一度読み直して、自分のブログのネタにできない物かと、思案しています。無駄かもしれませんが、、、。

 お恥ずかしです。

 でもベヒモスさんに褒めて頂いて一安心です。 なんか完全に一人でハマり続けたので、皆さんがどう思っていらっしゃるか、凄く心配だったのです。
  1. 2016-07-11 21:21
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

なるほど、塩野女史はマキャベリと話してたのか…じゃああの面白さは当然だよなあ。小生は塩野さんの主な著作は全部読みましたがマキャベリ関係とルネッサンスの女たちとチェーザレボルジアだけは20年くらい積読でした。45過ぎてからですね、読めたのは…だからこういう読み物があることはいいことなのです。

どうやらよもさんは少し憑依してるようだから君主論の疑問について質問してみよう。マキャベリさん願いします。

君主論はその各論の不道徳さばかりが有名ですが、その前に君主のヴィルトゥということを嫌になるくらい強調します。フォルトゥーナを引き寄せるだけのヴィルトゥがなきゃあいかん、といった書き方です。まずこのヴィルトゥとフォルトゥーナがわからない。徳とか運とか言ってるがよく分かりませんね。ヴィルトゥーゾと言ったら権威とか楽器の名人とかを表す言葉なんだがはっきりしない、いろいろ考えたがどうやら器量だと気が付きました。フォルトゥーナも単なる運ではない、天運だということでしょう。これなら意味は通じる。ただここで疑問です。これほどの器量の男なら物事はその胆力で成し遂げられると思います。つまり、権謀術数は不要だということです。論じる意味があるんだろうか。

次に歴史はフォルトゥーナを持った奴が変えていくんだという気がします。フォルトゥーナに恵まれた奴がヴィルトゥを伸ばしていくんだということじゃあなかろうか、という気がしてなりません。いや、本当はヴィルトゥなんか不要なんだとも思えます。例えばイタリア統一を成し遂げたサルディーニヤ王国の君主たちにしてもそんな極端なヴィルトゥの持ち主とは思えません。

却って歴史というものはかかるファルトゥーナの持ち主がそれをコントロールできるヴィルトゥを持てず、自己や国を破滅させていくというパターンのほうが多いという気がしてなりません(ヒトラーやスターリンを考えてください)。この辺りはどう思われますか?

よろしくお願いしま~~す。
  1. 2016-07-11 22:06
  2. URL
  3. kazk #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> なるほど、塩野女史はマキャベリと話してたのか…じゃああの面白さは当然だよなあ。小生は塩野さんの主な著作は全部読みましたがマキャベリ関係とルネッサンスの女たちとチェーザレボルジアだけは20年くらい積読でした。45過ぎてからですね、読めたのは…だからこういう読み物があることはいいことなのです。
>
> どうやらよもさんは少し憑依してるようだから君主論の疑問について質問してみよう。マキャベリさん願いします。
>
> 君主論はその各論の不道徳さばかりが有名ですが、その前に君主のヴィルトゥということを嫌になるくらい強調します。フォルトゥーナを引き寄せるだけのヴィルトゥがなきゃあいかん、といった書き方です。まずこのヴィルトゥとフォルトゥーナがわからない。徳とか運とか言ってるがよく分かりませんね。ヴィルトゥーゾと言ったら権威とか楽器の名人とかを表す言葉なんだがはっきりしない、いろいろ考えたがどうやら器量だと気が付きました。フォルトゥーナも単なる運ではない、天運だということでしょう。これなら意味は通じる。ただここで疑問です。これほどの器量の男なら物事はその胆力で成し遂げられると思います。つまり、権謀術数は不要だということです。論じる意味があるんだろうか。
>
> 次に歴史はフォルトゥーナを持った奴が変えていくんだという気がします。フォルトゥーナに恵まれた奴がヴィルトゥを伸ばしていくんだということじゃあなかろうか、という気がしてなりません。いや、本当はヴィルトゥなんか不要なんだとも思えます。例えばイタリア統一を成し遂げたサルディーニヤ王国の君主たちにしてもそんな極端なヴィルトゥの持ち主とは思えません。
>
> 却って歴史というものはかかるファルトゥーナの持ち主がそれをコントロールできるヴィルトゥを持てず、自己や国を破滅させていくというパターンのほうが多いという気がしてなりません(ヒトラーやスターリンを考えてください)。この辺りはどう思われますか?
>
> よろしくお願いしま~~す。

 確かにこの世にはフォルトーナに恵まれて不道徳なことや権謀術策と無縁で君主として成功した人もいるのですよね。
 例えばオスマントルコのスレイマン大帝や、アラブの英雄サラディンなんかもそうです。

 しかしマキャベリとしては、イタリアの現状を救う為には、こうした別格のフォルトーナの持ち主の出現を待つ訳にも行かなかったのでしょう。

 だからチェーザレ・ボルジアなんかを全面的に支持したのでしょう。

 だって周りの小国が皆生き延びるのに権謀術数に明け暮れていて、しかもその中でも一番腹黒いのが本来倫理道徳の卸元であるローマ法皇と枢機卿など高位聖職者達と言う時代です。

 そういう現実を思えば、権謀術数を上手く使うのも、ヴィトゥの内と考えるしかないのでは?

 イタリア統一戦争で担がれたサルディニア王なんか、純然たる御神輿ですから、これはもうマキャベリの評価の対象外では?

 そしてスターリンやヒトラーはマキャベリに言わせれば、サヴォナローラの同類では?

 共産主義もナチズムも明らかに狂信の同類で、マキャベリにとっては絶対許せない「狂人」「詐欺師」でしょう。
 狂信でフィレンツェを6年間支配したサヴォナローラについては、ひたすら嫌悪していたようですから。
  1. 2016-07-11 22:49
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

だからマキャベリは全く理解されていない人だと思うんですよ。著作を一通り読めばその多くは言ってることはごくまっとうなことなんです。おそらく彼の時代にはファルトゥーナに恵まれすぎてる人なんて見ることはなかったでしょうから…

まともな器量を持ち自分の天運を国家や国民の幸運に変えられるような指導者が必要なんだというある意味無い物ねだりをしてる本だと思うんです。天の時というのは怖いもので同じような性格の基地外が同時に現れます。そして多くのリーダーはヴィルトゥを持ってるわけがない。

我々現代人だって、ファルトゥーナに溢れてる人物をリーダーに選ぶことは出来るのでしょうが(というより勝手になるのですが)ヴィルトゥについては本当にどうしようもない。そこに尽きるのでしょうか。

民主制下においてファルトゥーナあふれる基地外共が跋扈する時代を見たら敬愛するニコロ君はなんというか聞いてみたい気がします。
  1. 2016-07-12 01:34
  2. URL
  3. kazk #-
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Re: タイトルなし

> だからマキャベリは全く理解されていない人だと思うんですよ。著作を一通り読めばその多くは言ってることはごくまっとうなことなんです。おそらく彼の時代にはファルトゥーナに恵まれすぎてる人なんて見ることはなかったでしょうから…
>
> まともな器量を持ち自分の天運を国家や国民の幸運に変えられるような指導者が必要なんだというある意味無い物ねだりをしてる本だと思うんです。天の時というのは怖いもので同じような性格の基地外が同時に現れます。そして多くのリーダーはヴィルトゥを持ってるわけがない。>

 そうです。
 スレイマン大帝は同時代人だったのですが、敵側ですからね。 そしてカルロス一世もそうです。 
 そういうフォルトゥーナに恵まれた人を、生む土壌はイタリアにはなかったのです。 
 
 小国同士がお互いに敵対して、外部の大国から侵略を受けるイタリアとしてたら、権謀術策でも何でも使って生き延びるしかないのです。

 だからマキャベリとしてはそういう権謀術策をうまくやる場合それを「アルテ」と讃えたわけです。

 それを不道徳、反倫理と言うのは簡単ですが、しかし現実に国家が破綻したら、一番苦しむのは国民ですから。

> 我々現代人だって、ファルトゥーナに溢れてる人物をリーダーに選ぶことは出来るのでしょうが(というより勝手になるのですが)ヴィルトゥについては本当にどうしようもない。そこに尽きるのでしょうか。
>
> 民主制下においてファルトゥーナあふれる基地外共が跋扈する時代を見たら敬愛するニコロ君はなんというか聞いてみたい気がします。

 ニコロ君はこういう民主主義の問題も結構研究したようです。

 だから常に一般国民を説得する事も考えていたのでしょう。 フィレンツェ正規軍を作る時も、何度も何度も広場でパレードをしては、一般住民の賛同を得て、それを梃にしていますから。
 
 幾ら有能でもこうした説得力抜きに民主主義国家のリーダーは動けないと言う事でしょうね。

 勿論フォルトゥーナに恵まれて政権が転がり込んでも、自ら放棄してしまう人間も沢山見ています。 
  1. 2016-07-12 09:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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