2016-07-08 20:05

元祖マキャベリストは良い奴だった その14

 なぜ、サッコ・デ・ローマ(ローマ略奪)のような凄惨な事件が起きてしまったのか?

 それはともかくマキャベリは、親友のグィチャルディーニの傍らでこれが起きる過程を、見続けるハメになります。

 勿論只、傍観していたわけではありません。 対カルロス軍に必要な措置を提言したのです。

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 最初は1524年、パヴィアの戦いの直後です。

 マキャベリはこの頃、「フィレンツェ史」を書き終えて、これをローマ法皇クレメンテ七世に捧げたのです。 この時、クレメンテ七世の側近だった友人達の運動もあって、直接法皇に面会できました。

 法皇はこれを大変気に入り、「今後続きを書く」と言う名目で、マキャベリに年100ディカートの報酬を与える事を約束しました。
 
 マキャベリがフィレンツェ共和国政庁の書記官だった頃の給与が年135ディカートですから、年100ディカートと言うのはマキャベリにとっては大変嬉しい額です。

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 しかしローマ法皇の前に出た彼は、そんなことはお構いなしに、国防に関する持論「徴兵制を実施して、愛国心で戦う軍隊を作るべき」を述べたのです。

 ローマ法皇はこれに興味を示したのですが、親友グィチャルディーニは裏でこれに反対したので、没になりました。

 反対の理由は、時間がない。
 そして「徴兵と言う形で、民衆に武器を持たせたら、反乱の原因になる。」です。

 グィチャルディーニのような高級官僚型の人からすれば、当然の理由です。

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 因みに少し脱線しますが、元来独裁者は徴兵制は好みません。
 理由はグィチャルディーニが言うように「徴兵と言う形で、民衆に武器を持たせたら、反乱の原因になる。」からです。
 
 実際、ギリシャやローマの時代から大正デモクラシーまで、徴兵された民衆が祖国の為に戦い勝利したら、参政権を要求するのです。

 命を懸けて国を守る義務があるのだから、国家の運命を決める権利を要求するのは当然なのです。

 そして兵役を通じて戦う事と戦い方を覚えた人達を、弾圧する事は殆ど不可能なのです。
 
 逆に言えば、自分の生命や財産の保護を他人に委ねている限り、何も言う権利はないのです。
 
 徴兵制は民主主義の根幹なのです。

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 だからマキャベリが、フィレンツェ共和国の官僚だった時代に結成したフィレンツェ共和国正規軍も、メディチ家の復帰後、解散させられています。

 と言うわけでマキャベリのプランが、法皇庁に採用されるわけもないのです。
 だって法皇領は法皇が統治するのであって、民主制などあり得ないのですから。

 そしてグィチャルディーニはこの法皇領の中でも特に統治が難しいと言われたボローニャ地域の総督でもあったのです。

 彼はここを見事に統治した事で、その能力を高く評価されたのですが、その経験から照らせば「こんなところの民衆を武装させるなんて、トンデモナイ!!」と言う事なのです。

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 しかしその後、対カルロス同盟軍が編成される頃、マキャベリはグィチャルディーニに、全軍の指揮権を「黒隊のジョバンニ」と呼ばれたジョバンニ・デ・メディチに委ねる事を提案します。

 このジョバンニ・デ・メディチはイタリア最高の武人と評価されていた傭兵隊長です。

 そして名前から解るようにメディチ家の出身で、ローマ法皇クレメンテ七世とは親戚です。

 しかしこれも没になります。

 理由はジョバンニ・デ・メディチを指揮官にすると、「カルロス軍を刺激する」と言う物です。

 けれども幾ら刺激を避けても、カルロス軍をコントロールする術はないのです。

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 これも脱線ですが、こういう形で相手の「刺激」を避けると言うのは、意味があるのでしょうか?

 個人で考えてもわかるでしょう?

 相手が幾ら怒りっぽい人でも、暴力的な人でも、格別な悪意を持っていなければ、気を付けて刺激を避けて腫物を扱うようにしていれば、何とか喧嘩は避けられるでしょう。

 でも最初から悪意を持って害をなそうとしている相手に対して、こんな気遣いをすることに意味があるのでしょうか?

 最初からこちらを殺そうと付け狙っている相手に対して、刺激する事を避けるだけ身を守れるのでしょうか?

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 そもそもホントにカルロス軍を刺激したくないなら、反カルロス同盟なんか結成しなければ良かったのです。

 カルロスからすればローマ法皇が反カルロス同盟を作った時点で、法皇は自分に敵対していると考えざるを得ないのですから。

 このようにクレメンテ七世の対応は、須らくちぐはぐなのです。

 カルロス側と和解する意思も示さないけれど、防衛には及び腰。
 法皇は最後の最後までこの対応に終始したのです。

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 それでもマキャベリは、更にフィンレンツェ共和国の市の城壁の強化を進言しました。
 そしてこれだけは聞き届けられます。

 更にマキャベリはこの城壁強化の仕事を担当を任されました。

 「頭の中は城塞で一杯」

 マキェベリはグィチャルディーニにこう書いています。 そして建築家達を指揮して、城塞強化に熱中しました。

 彼はこの頃、城塞に関する論文まで書いています。 それが現代の土木工学から言っても、結構合理的だと言うのです。

 しかしこれも間もなく中断しました。 クレメンテ七世の気が変わったのです。
 それで城塞強化の予算も出なくなってしまったのです。

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 こういう上司の下では、グィチャルディーニも苦労したとは思います。

 この頃からマキャベリは常に彼の傍らに居て、視察や折衝、更には法皇を前にした会議への出席までするようになります。

 但し正式なポストはありません。

 それでもこうして能力を認められて活躍できる事だけで、大満足していたようです。

 そもそも仕事に熱中するあまり、自分のポストなんて考えていなかったようなのです。

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 しかしその間にも危機は進行していたのです。

 カルロスは1万2千のランツクネヒトを召集して、イタリア遠征軍に加えてのです。

 ランツクネヒトとはドイツ人傭兵です。
 彼等は元々その凶暴さで知られていたのですが、ローマ法皇にとって恐ろしいのは、彼等の多くがプロテスタントだった事です。

 マルチン・ルターの宗教改革は、これに先立つ10年弱前、レオーネ十世の時代に始まりました。

 でもたったそれだけの間に、プロテスタントが傭兵になるような層に、大きく広がっていたと言う事でしょう。

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 レオーネ十世は図太く強かにイタリアの安定を守り、そしてルネサンス文化の振興にも大きく貢献しましたことは、その11で書きました。

 しかしこうしたレオーネ十世のいかにもメディチ家らしい、自由で享楽的な散財の付けが、このような形で回ってきたのです。

 プロテスタントであるランツクネヒト達にすれば、法皇は悪の権化であり、ローマは腐敗と堕落の象徴なのです。

 カルロス軍はこのようなランツクネヒトを加えて更に勢力を増しながら、イタリア半島を南下し始めました。

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コメント

 このクレメンテ七世はあのメディチ家の人間なのに、戦うのか服従するのかはっきりしないグズグズした事ばかりして、部下の気持ちを思うと同情を禁じ得ません。でも枢機卿の時は良い人だったようですが、戦時下で優柔不断さを発揮されると、マキャベリやジョバンニ・デ・メディチみたいな優秀な人材がいてもどうにもならなくなるんですね。

 それに引き換え、レオーネ10世のお見事な駆け引きの手練手管は流石です。ルネサンスの原動力でもあったけれど、その反作用がプロテスタントのドイツ人傭兵を出現させたのは皮肉ですね。でも同じキリスト教徒なのに、プロテスタントがカソリックを憎むというのが実感としては良く分りません。宗教は難しいですね。

 嗚呼しかし、そんなドイツ人傭兵が軍靴の響きをさせつつローマに近づいているところで『続く』とは・・・・・・気になります。


  1. 2016-07-08 22:53
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  3. 都民です。 #-
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よもさん、12がダブってるぞ。
なぜ皆んな気が付かないんだ。
  1. 2016-07-09 01:30
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  3. kazk #-
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Re: タイトルなし

>  このクレメンテ七世はあのメディチ家の人間なのに、戦うのか服従するのかはっきりしないグズグズした事ばかりして、部下の気持ちを思うと同情を禁じ得ません。でも枢機卿の時は良い人だったようですが、戦時下で優柔不断さを発揮されると、マキャベリやジョバンニ・デ・メディチみたいな優秀な人材がいてもどうにもならなくなるんですね。

 そうなんですよね。 
 グィチャルディーニがマキャベリと一緒に、対カルロス軍の所にいる間に、法皇はローマで勝手にカルロス側の言いなりに、軍を引くとか、兵を解散させると言うような、トンデモな事を決めてしまうのです。

 高級官僚型のグィチャルディーニはこういう時は、結局黙って従ってしまうのです。
 これでは幾ら優秀な頭脳が傍に居てもどうしようもないのです。
>
>  それに引き換え、レオーネ10世のお見事な駆け引きの手練手管は流石です。ルネサンスの原動力でもあったけれど、その反作用がプロテスタントのドイツ人傭兵を出現させたのは皮肉ですね。でも同じキリスト教徒なのに、プロテスタントがカソリックを憎むというのが実感としては良く分りません。宗教は難しいですね。

 ルネサンスと言うのは、結局カソリックの信仰から逃れて自由な発想の時代へと移ると言う事ですからね。
 そしてカソリックへの信仰と言うのは、結局ローマ法皇を信じ従うと言う事です。

 そのローマ法皇が自らルネサンス人では、どうにもならないでしょう。

 だから宗教改革と言うのは、ルネサンスの帰結だと思います。 

>  嗚呼しかし、そんなドイツ人傭兵が軍靴の響きをさせつつローマに近づいているところで『続く』とは・・・・・・気になります。

 済みません。 ワタシがこのサッコ・デ・ローマを納得できないので、延々と書いてしまうのです。
  1. 2016-07-09 10:12
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> よもさん、12がダブってるぞ。
> なぜ皆んな気が付かないんだ。

 済みません訂正します。
  1. 2016-07-09 10:18
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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リコルディ

グイチャルディーニのリコルディが和訳されて出ています。(講談社学術文庫)最も印象に残った言葉は「勝った側にいつも我が身を置くことになるように神に祈るように」というものです。別のところで同じことを繰り返していますから、子孫に残す言葉として強調したかったことなのでしょう。でもこれを読むと、彼は個人の力量など全く信用してなかったことが分かります。具言っちゃルディーに家という、フィレンツェでかなりの影響力を持った一族の力も信用してなかったのだろうと思います。今の日本のインテリで共感する人は多いのではないでしょうか。
  1. 2016-07-09 12:17
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  3. 北向きの窓際 #-
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Re: リコルディ

> グイチャルディーニのリコルディが和訳されて出ています。(講談社学術文庫)最も印象に残った言葉は「勝った側にいつも我が身を置くことになるように神に祈るように」というものです。別のところで同じことを繰り返していますから、子孫に残す言葉として強調したかったことなのでしょう。でもこれを読むと、彼は個人の力量など全く信用してなかったことが分かります。具言っちゃルディーに家という、フィレンツェでかなりの影響力を持った一族の力も信用してなかったのだろうと思います。今の日本のインテリで共感する人は多いのではないでしょうか。

 「神に祈りたまえ。 君が勝者と共にあらんことを。」

 この台詞は塩野さんも何度も引用しています。
 ワタシもしみじみ真実だと思います。

 きっと日本の高級官僚でも、このグィチャルディーニの覚え書きを座右の書にしている人は多いでしょうね。

 マキャベリと言う人は、自分自身に関してはこうした冷静な計算ができないんですよね。

 マキャベリが出世できなかったのは、マキャベリ家がグィチャルデーニ家程の名門じゃなかったのもあるけれど、こういう自身の為の計算ができなかったことも大きいのではないかと思います。 
  1. 2016-07-09 14:34
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  3. よもぎねこ #-
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