2016-07-05 14:26

元祖マキャベリストは良い奴だった その12

 ローマ法皇レオーネ十世(在位1513~1521年)の強かな外交で保たれていたイタリア半島の安定は、法皇の死と共に終わりました。

 レオーネ十世の死後、レオーネ十世とは対照的なひたすら敬虔オランダ人ハドリアヌス六世(1522~1523年)が即位しましたが、ローマでは超不人気なまま一年で崩御しました。

 そして今度はまたメディチ家の法皇クレメンテ七世(1523~1534年)が即位しました。

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 この人、レオーネ十世の従弟で、枢機卿時代はレオーネ十世に居を受けてフィレンツェを支配していた人です。 その10でマキャベリの弟子達が暗殺を企てた人です。

 そしてマキャベリはクレメンテ七世の第一の側近だったフランチェスコ・グィチャルディーニと親友になりました。

 このフランチェスコ・グィチャルディーニと言う人は、マキャベリより14歳若いのですが、フィレンツェ有数の名門の生まれで、複数の大学の学位を持つ超高学歴で、非常に有能で、しかし大変な野心家です。

 「我が友マキャベリ」の中で塩野さんが描く彼を見ていると、我々庶民が抱く高級官僚のイメージそのままの人です。

 だから愛国心もあり仕事熱心でもありますが、しかし仕事や国家への情熱と同量の情熱を、保身と出世の為に費やしていたように思えます。

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 因みに彼は自分の高級官僚としての処世術とその心得を「覚え書き」として子孫の為に書き残しました。

 なるほど・・・・と、思える事がいろいろ書かれています。
 しかしもしこんな事を現代の日本の財務相や官邸関わる官僚がツィートしたら大炎上するのでは?と思える事も沢山書いてあります。

 その意味ではマキャベリの「君主論」と共通しています。

 だから彼はこの「覚え書き」は絶対に外に出しませんでした。
 
 もし親友のマキャベリが近代政治学の祖として、ルネサンスを代表する天才として評価されていなければ、この「覚え書き」はきっと今もグィチャルディーニ家の書庫に眠り続けていたでしょう。

 このように完璧にポリティカルコレクトネスを心得ていた人でもあったわけです。

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 しかしこういう人ともマキャベリは強い友情を結びました。
 
 この頃になってもマキャベリは生活が苦しく、友人知人やフィレンツェ政庁から頼まれる雑用のような折衝を引き受けては、小遣い稼ぎをしていました。

 一方グィチャルディー二はローマ法皇の側近としてローマにいるか、総督として赴任していたボローニャにいるかでした。

 それで二人の間で取り交わされた書簡で、この頃のマキャベリの心情と生活状況を知る事ができます。

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 マキャベリの手紙は至ってあけすけで、旅先で年老いて恐ろしく醜くその上非常に不潔な娼婦を摑まされて、酷い目に遭った話まで書いています。

 この手紙は塩野さんの「我が友マキャベリ」の中で全編翻訳紹介されているのですが、しかし塩野さん淑女の身で良くこれを訳しましたね。

 これを人前で朗読しろと言われたらどうするんですか?

 しかしこんな事まで書いちゃうなんて・・・・。
 
 順風満帆に出世街道を進み、今は権勢を極める友と、小遣い銭にも不自由して、使い走り同然の雑用で生きる我が身を引き比べて、忸怩たるものはなかったのでしょうか?

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 でもこのマキャベリ手紙は、「活写する」とはこういう事かとでも言うしかない程、活き活きとしたリアルな描写と、類ないユーモアからイタリア文学史上高く評価されているのです。

 イタリア文学史上高く評価される程の手紙を書く相手なら、受け取った方は結局相手の才能に感服するしかないのでしょう。
 だから自分の成功で優越感に浸るどころではないのです。

 こんな手紙を思うままに書けるのは、もう天才特権としか言いようがありません。

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 それにしても思うのですが、マキャベリを取り巻くこうした数々の友情と、マキャベリ自身の開放的で明るい人柄は、「君主論」に描かれる人間性悪説からは、全く想像できません。

 「君主論」を読んでいれば、この本の著者はさぞかし冷酷で猜疑心が強く、友人は愚か妻子にさへ心を開かない人だと思ってしまいます。

 しかし現実のマキャベリは誰にも心を開き、誰とも友達になるホントに良い奴なのです。

 「君主論」の著者マキャベリと、大勢の友達に愛された良い奴マキャベリはどう整合するのだろうか?

 ワタシは実はこのブログでマキャベリについて延々と書きながら、ずうっと考え続けました。

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 そしてグィチャルディーニを登場させた所で、漸く思い至りました。

 マキャベリがこのような友情を守り続ける事ができたのは、つまりは彼が人間性悪説を信じ、全面的に受け入れているからではないのかと・・・・・。

 人間の利己心を十二分にわきまえながら、それも含めて愛する事の出来た人だからと思ったのです。

 それはまた自分自身を客観視して、自分も利己的で性悪な人間だと認識していたと言う事でもあります。

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 無私無欲な美しい友情。
 例えば「走れメロス」で描かれるような友情を信じていたら、現実の社会で友人を得る事など絶対に不可能でしょう。

 実際作者の太宰治は、ひたすら他人が自分の期待している事をしてくれないと、責め続けるだけの人だったではありませんか?
 
 限りなく美し人間像を描くと言うのは、自分自身の利己心を認識していないと言う事でしょう。

 だから自分の事は棚に上げて、周りの人間には自分に対する無私無欲で無限の奉仕や献身を期待するのです。 
 そしてその期待が叶えられないと、今度はその人達を冷酷無情と、恨み続ける事になります。

 マキャベリはそういう人ではなかったのです。
 
 人間は極めて利己的な動物であり、例え肉親であっても愛情には限界があるし、他人への奉仕や献身など、相応の利益なしにはできないと考えていました。

 だからこそ他人の利己心を咎めることはなく、友情を守り続けたられたのです。

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 マキャベリの親友グィチャルディーニは、政治外交での重要な問題について、再々マキャベリのアドバイスを求めました。

 それに対する回答を書いたマキャベリの手紙を、時にはクレメンテ七生の前で読み上げる事さへありました。
 
 しかしこれほどマキャベリの能力を評価しながら、マキャベリの再就職は一切援助していません。
 これはその8で紹介したフランチェスコ・ヴィットーリも同様です。

 でもマキャベリは一切彼等を恨んでいません。

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 エッ? オレの再就職?
 そりゃ再就職はしたいよ。
 再就職できたら死んでもいいよ。

 でもグィチャルディーニ君に、そんな面倒を掛けるなんて・・・・・。
 
 アイツは今の地位を得る為には大変な努力をしたんだ。
 結婚からして出世に有利な相手を選んだ奴なんだぜ。
 今の地位を守るのにだって、オレなんかには到底想像もできないような苦労をしているようだしな。

 でもあれだけ仕事ができるんだから、能力相応のポストが欲しいのは当然だろう?

 それなのにオレの就職なんかに構っていられるわけはないだろう?
 
 それでもアイツはイタリアの為に、フィレンツェの為に本気で仕事をしているんだ。

 そしてオレの話を本当に理解してくれるんだ。
 だから忙しい身なのにせっせと手紙を書いてくる。

 これ以上何を望めと言うんだい?

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 「私はグィチャルディーニ殿を愛す。 我が魂より祖国を愛す。」

 マキャベリはヴィットーリへの手紙に書いています。

 しかし二人がこうして友情を育んでいる間に、イタリア半島は破滅坂を転がり落ちていたのです。

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オマケ

 ホントに長々続いていしまいました。 でもこうして書き続けた事で、マキャベリの個人に人柄と、「君主論」をつなぐ糸がようやく見えたような気がします。

 見た事も聞いた事も、考え纏める事をしない限り「シエンツァ(サイエンス)」にはならないから。

 マキャベリが「君主論」を書くにあたって手紙でヴィットーリに述べた一文の意味が体験できた気がします。

 あともう少しで終わりますから、ご安心を。
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コメント

 マキャベリが自分と他人の中にあるどす黒いものをひっくるめた丸ごとの人間が好きだとしたら、本当に三国一の幸せ者ですね。よもぎねこさんのお話を聞いていると、出世やお金よりも祖国の為に考え抜いた政策や老いた娼婦にがっかりしたという様々ことを率直に話し、それを友人が聞いてくれるのが嬉しくて嬉しくて堪らない人に見えてきました。

 続きを、お願いします。
  1. 2016-07-05 17:13
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

すごく

面白く、
酷暑のお昼のそうめんの如くスルスルっと入ってくれて かといって翌日になったら忘れるわけでもなく、
文初を見ただけで内容まではっきり思い出せて、実際読んでも、やっぱりしっかり憶えているので素晴らしいシリーズだと思います。

お書きになられるご苦労は本当に大変かと思います。ですが、毎日心待ちにしているヤツもいます。
どうか、御無理はなされずお心ゆくまでお書きになってくださいませ。


  1. 2016-07-05 19:39
  2. URL
  3. lion #-
  4. 編集

よもさん、クレメンテ7世な。

おそらくよもさん、PCに最初からついてるマイクロソフトのIME使ってるんだろうと思うけど、あれは変換が弱いな。

おそらく塩野七生さんのななみが変換できなくて、ななせい=七生で変換してんだろうと思う。ところが今度はクレメンテ七世になったらその変換が裏目に出てんだろうと思われます。

一度騙されたと思ってGoogle IME使ってみな。勝手に変換候補を出してくれるから何の問題もないよ。何しろ、しおのと入れたら変換候補に塩野七生が出てくるし、くれめんてななと入れればクレメンテ7世を出してくれる。そしてこちらが書いた以前の文章を憶えてくれてるから物によっては少し入力するだけで勝手に以前のフレーズが出てくる。

鬱陶しいと思う御仁もいるかもしれんがこれは便利だと思う。おそらくこの変換機能の馬鹿さ加減には呆れてるだろうと思う。一度やってみるのを勧めますよ。
  1. 2016-07-05 21:03
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  3. kazk #cPv2SIBE
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今読んでいる本に「安東省庵」という人の話で「人よく己(おのれ)を虚(むなし)うせば、善を人にとる」とあって、解説に大河や海はおのれをむなしゅうしているからすべてを飲み込める、海のような男になれ、とありました。田中角栄にもそんな要素があるようで、東西時代は違うが似通ったところは面白いですね。
  1. 2016-07-06 06:40
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  3. #LkZag.iM
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Re: タイトルなし

>  マキャベリが自分と他人の中にあるどす黒いものをひっくるめた丸ごとの人間が好きだとしたら、本当に三国一の幸せ者ですね。よもぎねこさんのお話を聞いていると、出世やお金よりも祖国の為に考え抜いた政策や老いた娼婦にがっかりしたという様々ことを率直に話し、それを友人が聞いてくれるのが嬉しくて嬉しくて堪らない人に見えてきました。

 そうですね。 友人に聞いて貰える事が、それだけで嬉しいのでしょう。
 ホントに友達付き合い好きなんですよ。

 「君主は孤独であれ」なんて君主論に書いているくせに。
 
 オレは君主じゃなから。
 タダの公務員だから。

 って思って書いたのでしょうね。
>
>  続きを、お願いします。

 有難う御座います。
  1. 2016-07-06 09:31
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: すごく

> 面白く、
> 酷暑のお昼のそうめんの如くスルスルっと入ってくれて かといって翌日になったら忘れるわけでもなく、
> 文初を見ただけで内容まではっきり思い出せて、実際読んでも、やっぱりしっかり憶えているので素晴らしいシリーズだと思います。

 お恥ずかしいです。 でも楽しんで頂けて本当にうれしいです。
 自分の中のマキャベリ観を纏めたくて書いているのではありますが、しかし人に読んでもらえると書いて行く甲斐があります。

 思うに人は他人に話し、書くことで自分の考えを纏め整理する事ができるのです。

> お書きになられるご苦労は本当に大変かと思います。ですが、毎日心待ちにしているヤツもいます。
> どうか、御無理はなされずお心ゆくまでお書きになってくださいませ。

 有難う御座います。 楽しんで書いてますからご心配なく。
  1. 2016-07-06 09:35
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> よもさん、クレメンテ7世な。

 有難う御座います。 訂正します。
>
> おそらくよもさん、PCに最初からついてるマイクロソフトのIME使ってるんだろうと思うけど、あれは変換が弱いな。
>
> おそらく塩野七生さんのななみが変換できなくて、ななせい=七生で変換してんだろうと思う。ところが今度はクレメンテ七世になったらその変換が裏目に出てんだろうと思われます。
>
> 一度騙されたと思ってGoogle IME使ってみな。勝手に変換候補を出してくれるから何の問題もないよ。何しろ、しおのと入れたら変換候補に塩野七生が出てくるし、くれめんてななと入れればクレメンテ7世を出してくれる。そしてこちらが書いた以前の文章を憶えてくれてるから物によっては少し入力するだけで勝手に以前のフレーズが出てくる。
>
> 鬱陶しいと思う御仁もいるかもしれんがこれは便利だと思う。おそらくこの変換機能の馬鹿さ加減には呆れてるだろうと思う。一度やってみるのを勧めますよ。

 有難う御座います。 考えてみます。
  1. 2016-07-06 09:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 今読んでいる本に「安東省庵」という人の話で「人よく己(おのれ)を虚(むなし)うせば、善を人にとる」とあって、解説に大河や海はおのれをむなしゅうしているからすべてを飲み込める、海のような男になれ、とありました。田中角栄にもそんな要素があるようで、東西時代は違うが似通ったところは面白いですね。

 マキャベリはルネサンス文化人ですから「己を虚しうする」などと言う事は考えた事もないでしょう。 そもそも哲学などには全く興味はなかったようですし。

 だから彼の性格は生まれつきでしょう。
 でも政治と権力と言うある意味哲学や宗教が最も忌み嫌うモノに熱中しながら、実はこういう天真爛漫とでもいうべき人間になたのは実に奇跡のような話です。
  1. 2016-07-06 09:42
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  3. よもぎねこ #-
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