2016-06-30 12:50

元祖マキャベリストは良い奴だった その8

 塩野七生さんの「我が友マキャベリ」は、フィレンツェからマキャベリが失業後暮らした彼の山荘への交通事情の描写から始まります。

 それによれば、どの道を通っても、距離にして10キロ余り、車なら20分もかからないかも知れません。

 しかし徒歩なら2~3時間、メールも電話もない時代です。 現代の日本で言えば、霞が関の官僚官舎にいた人が、関東を出て東北にでも移り住んだようなものでしょう。

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 この「山荘」と言うのは、マキャベリの母親が結婚するときに持参金に持ってきたもので、近隣の農地が付属しています。

 その農地を小作に出していたのですが、この小作農の集落と教会と居酒屋が近くにあります。

 これまではこの小作料やここでできた葡萄酒や作物が、マキャベリ一家の副収入したが、これからはここからの収入だけでやって行かなければならないのです。

 因みにこの山荘は今もマキャベリの子孫が所有していて、マキャベリ博物館になっています。

 そしてこの農地で採れた葡萄で造ったキャンティワインにマキャベリの横顔の商標を付けてい売っています。 この辺り高級キャンティワインの産地なのです。

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 当時参政権を持つフィレンツェ市民と言われる人達は、大体皆このような農園とそれに付属する山荘をもっていたようです。

 マキャベリの山荘はこうした山荘のうちでは、むしろかなり貧相な方です。

 少し余裕のある市民ならこうした農園からの収入だけでも、十二分にフィレンツェ市内での都市生活を楽しめるのですから。

 その6でフィレンツェの名門市民達はマキャベリ等が活躍するソデリーニ政権を「平民政権」と憎み、これを崩壊させた顛末を書きました。

 当時の民主制を支えた「平民」とはこのような階級だったわけです。

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 余裕のない市民であるマキャベリは、失業者になったらここで地主としての生活を始めるしかありませんでした。
 ここなら取りあえず食べる物にだけは困りません。

 彼が田園生活を楽しめる人なら、権謀術策渦巻く政治の世界を逃れて、美しいトスカーナの田園での倹しい生活だって悪くなかったでしょう。

 しかし彼は出世欲も、金銭欲もないくせに、権謀術策の渦巻く政治の世界への思いを断ちきれませんでした。

 それで彼は村の居酒屋に毎日のように顔を出して、旅人を捕まえは外の世界の情報を聞き出し、夜になるとまたその居酒屋へ行って、小博打に興じて、その寂寥を紛らわせました。

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 マキャベリの小博打の相手はいつも村の粉屋と肉屋と二人の煉瓦職人でした。 そして僅かの金額の勝ち負けに皆で大声を上げて騒ぐのです。

 しかしこういうの見ると、このマキャベリと言う人はホントに人を差別しないんですよね。

 この人は元大統領補佐官まで務めたのです。 フランス王やローマ法皇とも折衝した事があるのです。
 そして今だって地主様なのです。

 そういう人が幾ら失業したからって、こんな文字通りの庶民達と小博打を打って一緒に騒ぐなんて・・・・・。

 反差別が絶対正義になっている現代だって、元高級官僚や元外交官なら、煉瓦職人と付き合うのなんか絶対拒否する人は少なくないでしょうに。

 もしイギリス労働党議員やEU官僚が、時々でも良いから、マキャベリを見習って、こんな風に庶民と直接触れて彼等の本心を確認していれば、今回の離脱騒動なんて起きなかったんじゃまいか?

 しかもマキャベリの時代は、前述のとおり民主主義国家フィレンツェと雖も厳然たる階級制の時代でした。 同じ市民でも名門であればそうでない市民を「平民」と蔑んだ時代なのです。

 要するにこのマキャベリと言う人は、驚くほど開放的な人柄で、人と付き合うのが大好きなのです。 だから誰とでも分け隔てなく付き合う事を楽しむのです。

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 しかしマキャベリが幾ら人を差別しなくても、やはり粉屋や肉屋や煉瓦職人相手に、彼の最大関心事である国家と政治を語る事はできませんでした。

 だって彼等は自分の稼業に忙しい身ですし、参政権さへないのですから、政治に関心があるわけもないのです。

 だからマキャベリはひとしきり博打で騒ぐと、家に戻り祖国と政治への思いを、纏め書きとどめる事にしました。

 彼はこれによって生きようとしたのです。
 著作の中に、現実の世界では奪われた自分の精神と才能の住処を求めたのです。

 このようにして生まれたのが「君主論」です。

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 この頃、マキャベリはこうした日々を友人への手紙につづっています。

 この友人フランチェスコ・ヴェットーリは、メディチ家とも縁故のある名門出身なので、メディチ家が復帰した後も、フィレンツェ共和国駐ローマ大使の要職に就いていました。

 そして投獄されていたマキャベリの釈放を法皇に頼みん込んでくれた人の一人です。

 この二人の往復書簡で当時のマキャベリの心境がわかるのです。
 しかしマキャベリがこの山荘での日々をつづった手紙は、書簡としてイタリア文学史上の傑作です。

 そしてこの手紙のお蔭でマキャベリが「君主論」を書くに至った心境を知る事ができるのです。
 
 この手紙の訳文も塩野七生さんの「我が友マキャベリ」に掲載されていますが、本当に切々と胸を打つ文章です。

 塩野さんって美文名文は苦手な人なのに、それでも元文が良いとやはり胸を打つ文章になるのです。

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 マキャベリと一緒にフィレンツェ政庁を解雇された元部下で親友のピアジオ・ブオナコルシは、「君主論」に感動して何部も書写してくれました。

 マキャベリはこれをローマ法皇レオーネ十世の弟であるジュリアーノ・デ・メディチに捧げようとしました。

 再就職への儚い希望をつないで・・・・・。

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 オマケ

 なんかもう、いつになったら終わるんだろう?
 ホントは2~3話で終わらせるつもりだったのに・・・・・。

 皆さん、飽きませんか?
 大丈夫ですか?
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コメント

また憑依されたようで・・・

 これは恐らくですが、マキャベリがよもぎねこさんの手を借りて私達に何かを伝えたいのだと思わざるをえません。

 マキャベリが満足されるまで書くしかありません。もちろん読者と致しましては、面白い上にお勉強になるので依存のあろうはずはござりませぬ。
  1. 2016-06-30 14:09
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  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: また憑依されたようで・・・

>  これは恐らくですが、マキャベリがよもぎねこさんの手を借りて私達に何かを伝えたいのだと思わざるをえません。
>
>  マキャベリが満足されるまで書くしかありません。もちろん読者と致しましては、面白い上にお勉強になるので依存のあろうはずはござりませぬ。

 マキャベリは塩野さんのお友達なので、ワタシに憑依なんかしないと思うんですけどね。

 でも楽しんで頂けてうれしいです。
 なんかあんまり長々続くので気が引けるんですよね。
  1. 2016-06-30 14:26
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

是非、続けて下さい。

佳境に入った感じですね。ご無理でなければ是非、お続けください。楽しみにしております。いま、ダンテの『神曲』を読み直しております。むかし、購入した平川祐弘訳『神曲』(河出書房、昭和43年版)です。ダンテからマキャベリまで興味が尽きないところです。ダンテはルネッサンスの走りのような評価がありますが、個人的には、ルネッサンスが古代ギリシャ世界とキリスト教をごちゃまぜしたような違和感がいつもあります。キリスト教(旧約を含めて)には、神話学的にはとても興味はありますが、どうも好きになれませんが。
  1. 2016-06-30 20:22
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  3. 酔っ払い爺さん #-
  4. 編集

Re: 是非、続けて下さい。

> 佳境に入った感じですね。ご無理でなければ是非、お続けください。楽しみにしております。

 有難う御座います。
 後3~4回で終わると思いますが、それまで頑張ります。

>いま、ダンテの『神曲』を読み直しております。むかし、購入した平川祐弘訳『神曲』(河出書房、昭和43年版)です。ダンテからマキャベリまで興味が尽きないところです。ダンテはルネッサンスの走りのような評価がありますが、個人的には、ルネッサンスが古代ギリシャ世界とキリスト教をごちゃまぜしたような違和感がいつもあります。キリスト教(旧約を含めて)には、神話学的にはとても興味はありますが、どうも好きになれませんが。

 ワタシはダンテの神曲は読みかけたけど途中でギブアップしました。

 あれもダンテが地獄で出会う人物達について一定の知識がないと楽しめないんですよね。 ところがあれは中世初頭からダンテの時代までイタリア史の重要人物と、古代ギリシャ・ローマの人物がゾロゾロ出てくるので、お手上げです。
  1. 2016-06-30 20:48
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  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

>塩野さんって美文名文は苦手な人なのに
ぷっと吹き出してしまいました。
意味を取り違えているかもしれませんが、

塩野さんの文章って、よもぎねこさんの文章と違って、苦く読みにくいです。
しかし苦労して?読むと、何とも言えない味が出て、はっとさせられます。
これはよもぎねこさんの文章と同じですが。

>皆さん、飽きませんか?
飽きません。少なくとも私は。

>マキャベリの小博打の相手はいつも村の粉屋と肉屋と二人の煉瓦職人
山荘にこもったマキャベリが近くの職人と遊んでいる姿を紹介されると、「マキャベリはいいやつだった」ということがよくわかります。
  1. 2016-07-01 11:57
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  3. 道草人 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >塩野さんって美文名文は苦手な人なのに
> ぷっと吹き出してしまいました。
> 意味を取り違えているかもしれませんが、
>
> 塩野さんの文章って、よもぎねこさんの文章と違って、苦く読みにくいです。

 恐縮です。

> しかし苦労して?読むと、何とも言えない味が出て、はっとさせられます。
> これはよもぎねこさんの文章と同じですが。

 塩野さんの文章は大変明晰で分かりやすい文章なのですが、しかし文章にリズムがなくて情感が乏しいのです。
 これは塩野さんが若い時からイタリアに留学して、そのまま暮らしている事に関係しているのかもしれません。

 イタリア文学って何か日本人にはシックリこなくて読みづらいです。
 ワタシはマンゾーニに何度か読みかけて途中でギブアップしています。

 でもワタシは塩野さんの文章好きなんですけどね。
>
> >皆さん、飽きませんか?
> 飽きません。少なくとも私は。
>
> >マキャベリの小博打の相手はいつも村の粉屋と肉屋と二人の煉瓦職人
> 山荘にこもったマキャベリが近くの職人と遊んでいる姿を紹介されると、「マキャベリはいいやつだった」ということがよくわかります。

 これは実はマキャベリがローマ大使ヴェットーリに書いた手紙の中に出てくる話です。 しかしこうした話をリストラされた身で、順調に出世している元同僚に普通に書くことができる。

 こういう所がこの人の人柄の凄さでしょう。
 しかもイタリア文学史上に残るような名文で書いちゃうのですから、凄いです。
  1. 2016-07-01 12:55
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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