2016-06-24 18:49

元祖マキャベリストは良い奴だった その2

 元祖マキャベリストは、29歳にして遂に就職します。
 フィレンツェ共和国、第二書記官長として。
 
 マキャベリがニートだった間、フィレンツェは大変動乱の時代でした。
 
 メディチ家は追放され、サヴォナローラは処刑されました。
 しかしこの動乱の末にフィレンツェ市民は遂に、念願の民主主義政権を手に入れたのです。

 そしてニートだった29歳のマキャベリが、この民主主義政権の外交の実務を仕切る官僚のトップになったのです。

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 両親は大喜びしたでしょうね。 だって幾ら動乱の時代だったとか言っても、息子が何年もの間、大学にも行かない就職もしないでは心配で堪らなかったでしょうから。

 しかしマキャベリの両親は安心しても、フィレンツェ共和国の置かれた状況は安心どころではありませんでした。

 だってフランス、スペイン、神聖ローマ帝国それにオスマン・トルコ帝国と言った大国が、イタリア半島侵略のチャンスを窺っていると言う状況は、これまでと全く変わらないのです。

 その上追放されたメディチ家も、何とかフィレンツェに復帰しようと画策を続けていました。

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 このような中、フィレンツェ共和国の大統領に選ばれたのは、方の人、正義の人でした。

 フィレンツェ共和国大統領となったソデリーニと言う人は、何よりも公正で民主的であることを重じる人だったのです。

 だから市民に支持されたのです。

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 ところで公正で民主的であると言う事は、どんな些細な事でもどんな緊急の場合でも、独断専行は避けて、何でもかんでも議会で議論し、市民達の合意を得てから実施すると言う事です。

 となると当然ですが、意思決定に大変時間がかかります。

 また多くの人の合意を得る為には、妥協に妥協を重ねる事になるので、全ての決定が中途半端になります。

 そして大変ケチになります。
 なぜなら税金をできるだけ払いたくないと言う事では全ての市民の意見は一致します。
 
 だから「無駄を省く」「経費節減」と言う話は説明不用です。
 しかし必要な出費が必要であることを、理解してもらうには常に説得力のある説明が必要なのです。

 しかしどんなに説得しても反対する奴は最後まで反対します。 そういう連中と妥協しようとする出費を削るしかないのです。

 その為、民主制になったフィレンツェ政府は必要な出費の出し惜しみに励む事になったのです。

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 一方、イタリア半島を窺がう大国は皆君主制の独裁国家です。 しかも当時この4つの大国には、それぞれその後の歴史に残る名君達が君臨しているのです。

 彼等は面倒な手続きなど経ずに独断専行で素早く大胆な決定を下すし、必要な資金を惜しんだりしないのです。

 それなのにフィレンツェ共和国はこんなんで大丈夫ですか?

 勿論全然大丈夫どころじゃなありません。
 フィレンツェ共和国はこうした大国の思惑に翻弄されながら、危うい綱渡りのような外交を続けるのです。

 この外交の最前線に立たされたのがマキャベリでした。

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 しかし何しろ大統領がアレですから、彼がこうした大国との折衝の場で本国から命じられた事は、その場しのぎ、時間稼ぎ、要求された資金提供を値切ると言った事ばっかりでした。

 だってマキャベリは民主制国家の官僚ですから、幾ら自分が「これじゃ不味い」と思っても政治家に従うしかありません。
 
 マキャベリは「政略論」で「民主主義を守るためには、時には民主主義を抑制する事も必要だ。」と述べているのですが、しかし正義の人であったソデリーニ大統領もフィレンツェ市民も、そんなことは考えなかったのです。

 これってもう古今東西民主主義を信奉する人の病気みたいなモノですね。
 
 民主主義を振り回す人達の大多数は、民主主義=自分の意見が通る事と勘違いしていので、何よりも自分の意見を言い続ける事に固執するのです。

 だから国家の存続よりも「民主的」であることを重視するのです。

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 これだけでもフィレンツェ共和国は十分大変なのに、その上チェーザレ・ボルジアなんて奴が現れます。

 このチェーザレ・ボルジアと言う男は、ヒトラー出現以前の西洋では、極悪人ナンバーワンとされた人物なのです。

 「風と共に去りぬ」でスカーレットの最初の夫チャールズ・ハミルトンが、レット・バトラーの事を「ボルジア家の人間みたいな奴だ。」と言う場面があります。
 
 実際生まれからして悪魔的と言うか、この男はローマ法王アレッサンドロ6世の息子なのです。

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 ロ、ローマ法王が子供なんか作って良いの?

 勿論、ホントはダメです。
 カソリックの聖職者は結婚は絶対禁止です。
 そしてカソリックでは結婚以外の性交渉は「悪魔によるもの」とされていました。

 少し脱線するけど、欧米の同性愛差別や非嫡出子差別の根源は、こういうキリスト教の教理から来ているのです。

 でも当時は修道士が買春するのも、また少し金回りの良い高位聖職者が愛人を囲うのも当然と思われていました。
 
 だからそれで聖職者の愛人が子供を産んでも、特に非難もされなかったのです。
 但しこうして生まれた子供は当然非嫡出子です。 カソリックによれば「悪魔の子」なのです。

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 しかしアレッサンドロ6世は、「悪魔の子」チェーザレ・ボルジアを教会軍総司令官に任命して、彼にローマ法王領内の小君主国の討伐に当たらせたのです。

 法王庁はイタリア半島の中部を占めるローマ法王領を、小分けにして代官に支配させていました。

 しかし時代を経るにつれてこの代官達が、自分の職務を世襲化し、事実上の封建領主になってしまったのです。

 自前の軍事力のない法王庁にはこれをどうする事もできませんでした。 

 けれどもアレッサンドロ6世はフランス国王から軍隊を借り、息子をその司令官にして、これらの代官達を討伐して法皇の直轄支配に戻すと宣言したのです。

 そしてチェーザレ・ボルジアは無類の軍事的才能と、これまた無類の政治的才能を発揮して、この事業を進めて行きました。

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 元来法王領である地域を、法王の支配に戻すと言うのですから、これに正面から反対する事は誰にもできません。

 しかしチェーザレ・ボルジアの苛烈で急進的な軍事行動は、イタリア半島全体のパワーバランスを大きく崩します。

 そしてこれらの小君主国と複雑な利害関係を維持してきたイタリア諸国も混乱に巻き込まれます。

 そもそもチェーザレ・ボルジアの野望は、法王領回復だけで終わるのだろうか?

 イタリアの小国の全てが、戦々恐々としてチェーザレ・ボルジアの行動を見守る事になります。

 そしてフィレンツェ共和国は、この梟雄との折衝にマキャベリを派遣したのです。 

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 追伸

 なんか予定を超えて随分長くなりそうなんですが、まだ続けるべきでしょうか?
  1. 古本
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コメント

もっと続けて下さい。

続編有難うございます。大変、参考になりました。この時代、いつも気になるのは、キリスト教的に考えれば、理解できないわけでもない”サヴォナローラ”について、どの本の記述が極めて冷たいことです。本当はそうだったのでしょうか?それから、もう一つ、気になるのは、この時代、ルネッサンスの時代風潮により、例えば、ボッティチェリの絵画のように古代ギリシャの神話に基づく極めて近代的な絵画が描かれました。ボッティチェリが悩んだことは想像できますが、どうして古代ギリシャ神話とキリスト教世界がこの時代ん混在できたのか、お考えがあればお聞かせしていただければ幸いです。
  1. 2016-06-24 20:17
  2. URL
  3. 酔っ払い爺さん #-
  4. 編集

 優秀過ぎるチェーザレがイタリアのパワーバランスを壊して、その反動が・・・このような論考は、現在の世界情勢を地政学的に読み解くためにも必要です。何しろ、キャメちゃんが英国の主権回復の為に辞任すると発表し、このEU離脱の影響がどこまで広がるのか分らない混迷した今こそ続きを聞かせて頂きたいです。

 でもお疲れでしたら、無理はなさらないでください。よもちゃんが心配するといけません。
  1. 2016-06-24 20:39
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: もっと続けて下さい。

> 続編有難うございます。大変、参考になりました。この時代、いつも気になるのは、キリスト教的に考えれば、理解できないわけでもない”サヴォナローラ”について、どの本の記述が極めて冷たいことです。本当はそうだったのでしょうか?それから、もう一つ、気になるのは、この時代、ルネッサンスの時代風潮により、例えば、ボッティチェリの絵画のように古代ギリシャの神話に基づく極めて近代的な絵画が描かれました。ボッティチェリが悩んだことは想像できますが、どうして古代ギリシャ神話とキリスト教世界がこの時代ん混在できたのか、お考えがあればお聞かせしていただければ幸いです。

 サヴォナローラについては「宗教改革の先駆者」と言う評価があります。
 しかし法王庁からは異端者として処刑された男だし、宗教改革側の中心となったドイツやイギリスから見れば縁遠い外国人です。

 その意味ではキリスト教徒内では評価されにくいのかもしれません。

 しかし不思議なのですが、フィレンツェのサン・マルコ修道院には今も彼が修道院長だった時に使っていた修道院長室が保存されて展示されています。

 また彼の出身地フェラーラには像が立っています。

 そしてフィレンツェ政庁前の彼が処刑された場所には、マンホールのような丸い石碑があって、「ローマ法皇庁による不当な裁判で処刑された。」と書かれているのです。

 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-634.html

 サヴォナローラ大人気!!
 
 勿論マキャベリのような近代合理主義そのもののような人は、サヴォナローラとその信奉者については「嘘吐き」「偽善者」と罵倒しています。
 ニートだったマキャベリは完全な反サヴォナローラ派だったようです。 だから就職ができなかったのかも?

 しかしこの時代、マキャベリのような人は極めて例外的で、多くのフィレンツェ市民は基本は敬虔なキリスト教徒でした。 ガリレオだってそうですから。

 それにイタリアって今でもカソリック国です。 だから今も離婚はできません。

 こういうの見るとルネサンス時代のギリシャ文化へ憧れは、完全に知性と芸術の領域だけで、当時の人々の心の支えはやはりキリスト教だったのだと思います。
  1. 2016-06-24 21:29
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

>  優秀過ぎるチェーザレがイタリアのパワーバランスを壊して、その反動が・・・このような論考は、現在の世界情勢を地政学的に読み解くためにも必要です。何しろ、キャメちゃんが英国の主権回復の為に辞任すると発表し、このEU離脱の影響がどこまで広がるのか分らない混迷した今こそ続きを聞かせて頂きたいです。

 おお、離脱派は勝利しましたね。

 だってあの労働党議員暗殺についての報道を見ていたら、彼女を移民を守る天使のように報道していたのですよね。

 報道している方は彼女の人格を絶賛して、彼女を殺した離脱派を非難するつもりだったのでしょうが、しかしこれじゃ移民流入に不安を募らせる人達は、絶対離脱に投票するだろうと思いました。


 自分の善意が絶対正義と思う人間は、往々こういうことをやってしまうんですよね。 
 
 オマイラの善意が問題なんだよ!!

>  でもお疲れでしたら、無理はなさらないでください。よもちゃんが心配するといけません。

 有難う御座います。 よもちゃんは勝手に遊びまわっています。 さっき心配になって猫探知機で探し出して連れて帰りました。
  1. 2016-06-24 21:37
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

行きがかり上

再度コメントしときますね。

>なんか予定を超えて随分長くなりそうなんですが、

まったくまったく!

>まだ続けるべきでしょうか?

もちろんもちろん♪
  1. 2016-06-25 04:52
  2. URL
  3. にゃんこ #w2VY/Wec
  4. 編集

Re: 行きがかり上

> 再度コメントしときますね。
>
> >なんか予定を超えて随分長くなりそうなんですが、
>
> まったくまったく!
>
> >まだ続けるべきでしょうか?
>
> もちろんもちろん♪

 有難う御座います。 それでは頑張ります。
 一度書きたかったんですよね。
  1. 2016-06-25 09:43
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

続編、ありがとうございます

続編、ありがとうございます。

民主主義と独裁
確かに、どちらがいいか断定できないですネ。
「民主主義=自分の意見が通る事と勘違い」する人間が横行していると、民主主義に疑念を持たざるをえません。民主主義の危機なのでしょう。

その当時周りの大国には、名君がいたことは、指摘されると面白い偶然ですネ。

「風と共に去りぬ」の中で「ボルジア家の人間みたいな奴だ。」と言う場面があるとは、意外でした。アメリカの南部社会で、こういう話が知れ渡っていたということですか。
ボルジア家の悪名がこんなに有名だったとは。
こういう話は、よもぎねこさんからでしか聞けない話です。

  1. 2016-06-25 15:08
  2. URL
  3. 道草人 #-
  4. 編集

Re: 続編、ありがとうございます

> 続編、ありがとうございます。
>
> 民主主義と独裁
> 確かに、どちらがいいか断定できないですネ。
> 「民主主義=自分の意見が通る事と勘違い」する人間が横行していると、民主主義に疑念を持たざるをえません。民主主義の危機なのでしょう。

 でも古代ギリシャの時代から民主主義国家には常にこの手の人達がいたのです。
 しかし人々が本当に国家の危機を感じ立ち上がる時は、民主主義国家程強い国もないのです。

 それは古代ギリシャの小国群が団結して超大国ペルシャ帝国に勝った、ペルシャ戦役を見てもわかります。 また日清、日露戦争もそうです。

 でもこうした危機感と愛国心があやふやな場合は、ひたすら混乱するハメになります。 フィレンツェ共和国はその例になってしまいました。

> その当時周りの大国には、名君がいたことは、指摘されると面白い偶然ですネ。

 マキャベリの現役時代は、神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン一世、スペイン王フェルディナンド、フランス王フランソワ一世、そしてオスマントルコ帝国のスレイマン大帝です。

 これだけでも大変です。

 ところがマキャベリがリストラされた後に、神聖ローマ帝国のマクシミリアンの娘とスペインの王子が結婚して生まれた息子カルロスが、スペインと神聖ローマ帝国の両方を相続してしまいました。

 そしてイギリスではヘンリー八世が即位します。

 イタリア半島は小国分裂状態なのに、近隣大国は名君そろい踏みです。

 これではもうどうしようもないのです。
>
> 「風と共に去りぬ」の中で「ボルジア家の人間みたいな奴だ。」と言う場面があるとは、意外でした。アメリカの南部社会で、こういう話が知れ渡っていたということですか。
> ボルジア家の悪名がこんなに有名だったとは。
> こういう話は、よもぎねこさんからでしか聞けない話です。

 ボルジア家の悪行については、色々な伝説があって欧米の知識人なら、誰でも一定の知識はあったようです。 チャールズ・ハミルトンは教養があるので、当然知っているのです。

 しかしスカーレットは読書嫌い勉強嫌いの16歳ですから、そんなの全然知りません。

 それで「あら、ボルジア家ってどのあたり居るの?」と答えて、無教養を晒しちゃうのです。 でも結局チャールズ・ハミルトンはスカーレットに求婚するのですが。
  1. 2016-06-25 19:56
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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