2016-06-16 22:09

北海道神宮祭 神楽と雅楽

 昨日は北海道に行きました。 
 北海道神宮祭だったのです。

041

 円山公園ではニセアカシアの花が散って、雪のようでした。

055

 今年は例年に比べて屋台が非常に少なくなっていました。

068

 どうやら屋台は皆中島公園の方に行かせてしまったようです。

072

 その為か人出も少ないです。

095

 しかし御神楽や雅楽などは例年通りやっていました。

2016y06m16d_202325561

 本殿に着いた頃に、丁度御神楽が始まった所でした。

162

 しかし空模様が心配なんですよね。

187

 人出が少ないのはそのせいもあるようです。

220

 神楽「五穀散」です。 

2016y06m16d_203121823

 農神が百姓に五穀を授けると言う神楽です。

234

 舞い終えると餅撒きをしたのですが、ワタシは拾えませんでした。

286

 御神楽が終わるって神門を出ると、少し天候が回復したようです。

296

 この後、雅楽があるので何とかこのまま降らないでほしいです。

297

 雅楽は午後5時からですが、今の季節まだ十分明るいです。

2016y06m16d_203706101

 そして雅楽が始まりました。

2016y06m16d_203753217

 舞も演奏も北海道神宮の職員です。

2016y06m16d_205724322

 ところで雅楽の装束はどうしているのでしょうか?
 ワタシはこれが気になってネットで調べた事があります。

 宮内庁の楽部には天平時代から続く楽家の人もいて、そういう人達は先祖伝来の文化財級の装束を持っているそうです。

 しかし明治にできた北海道神宮は、どこから装束を調達しているのでしょうか?
 
2016y06m16d_203923118

 それで「雅楽 装束」で検索すると、専門点が幾つもヒットします。

 因みに上の写真は「蘭陵王」と言う雅楽で、林邑国の僧侶仏哲が伝えた物です。
 
 この仏哲と言う人は、ベトナムの中部で生まれ、インドで仏教を学び、唐に滞在中に日本の僧侶に招かれて日本に来ました。
 そして密教と共に、舞楽も伝えました。

 で、この蘭陵王の装束はポリエステル製一式セット、消費税込みで971460円です。

 ポリエステル製の廉価版この値段ですから、本物の唐織で正絹の装束なら幾らするのでしょうか・・・・・。

 でもポリエステル製の廉価版商品を開発するだけの需要がある方に驚きます。
 つまり雅楽をする人が結構いると言う事でしょう?
 
 調べると流鏑馬の装束とか、烏帽子とかも専門店があり、やはり廉価版の商品が結構出ています。
 これも結構需要があると言う事でしょう。 

464

 雅楽の途中から雷が鳴りだし、いよいよ空が怪しくなってきました。
 そして光線の具合が悪くなって、ちゃんと写真が撮れなくなってきました。

468

 それでも家に帰り着くまで雨が降らなかったのは幸運でした。
 
 でも今日はまた午後から雨になりました。 本当は今日は神輿渡御があったのに・・・・。

  1. 札幌の四季
  2. TB(0)
  3. CM(6)

コメント

広島に住んでた時は秋祭りをはしごして神楽を見に行ってました。広島県の北部から、仕事をしながら稽古を積んで、祭りに呼ばれては車でやってくる。そういう団体がいくつもあり、それは見事な分厚い刺繍の美しいきんきらの衣装を着ていました。あれもポリエステルだったかも知れません。すごく汗をかきますから。
毎年同じ神楽団がきていたのですが、私が住んだ最後の年に、初めて子供達に新団員の募集をかけていました。県北部の町なのに、広島市で募集。もし応募したとしたら週末に親に連れて行ってもらうわけです。そんなに人が少ないのか…と寂しくなりました。神楽の衣装を作る職人さんだって少なくなってるでしょう。少子化の何が悪いの?日本は人が多すぎるという意見もありますが、都会にいたら多いと感じても、田舎にいるとほんっとうに少ないんですよね。職業選択の自由、結婚しない自由の代わりに、文化の継承は困難です。

そういえば流鏑馬といえば、流鏑馬の源流マサヒとかいう新しい文化が出来たみたいですね。馬がいて弓矢があれば世界各地で自然発生したでしょうし、もちろん韓国の古代壁画にあった競技はあったのでしょう。それを韓国が想像で適当に復元して韓国でやる分にはご勝手なんですけど、日本で何回かマサヒ大会をなんでやるのか。あの人たち必ず上段からきますから、それを喜んで日本人が手伝ってくれるのはやはり文化を与えたニダの裏付けとなってしまいますよね。韓国の村に立ってる気持ち悪いトーテムポールとか貰って立ててるんですよね。よく知らないけど半島から奈良時代にやって来たのならトーテムの文化はなかったのでは…日本人が見たらぎょっとする見覚えのない意匠ですもの。
  1. 2016-06-17 13:40
  2. URL
  3. こきち #97nXsu5.
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 広島に住んでた時は秋祭りをはしごして神楽を見に行ってました。広島県の北部から、仕事をしながら稽古を積んで、祭りに呼ばれては車でやってくる。そういう団体がいくつもあり、それは見事な分厚い刺繍の美しいきんきらの衣装を着ていました。あれもポリエステルだったかも知れません。すごく汗をかきますから。
> 毎年同じ神楽団がきていたのですが、私が住んだ最後の年に、初めて子供達に新団員の募集をかけていました。県北部の町なのに、広島市で募集。もし応募したとしたら週末に親に連れて行ってもらうわけです。そんなに人が少ないのか…と寂しくなりました。神楽の衣装を作る職人さんだって少なくなってるでしょう。少子化の何が悪いの?日本は人が多すぎるという意見もありますが、都会にいたら多いと感じても、田舎にいるとほんっとうに少ないんですよね。職業選択の自由、結婚しない自由の代わりに、文化の継承は困難です。

 少子化だけでなく過疎化も問題なのでしょう。
 戦後一貫して都市への人口集中が続いていますから。

 しかしこれ以上人口が都市に集中すると、文化の継承の問題だけでなく、災害時などに極めて危険です。 だから何とか対策を取るべきなんですけどね。

> そういえば流鏑馬といえば、流鏑馬の源流マサヒとかいう新しい文化が出来たみたいですね。馬がいて弓矢があれば世界各地で自然発生したでしょうし、もちろん韓国の古代壁画にあった競技はあったのでしょう。それを韓国が想像で適当に復元して韓国でやる分にはご勝手なんですけど、日本で何回かマサヒ大会をなんでやるのか。あの人たち必ず上段からきますから、それを喜んで日本人が手伝ってくれるのはやはり文化を与えたニダの裏付けとなってしまいますよね。韓国の村に立ってる気持ち悪いトーテムポールとか貰って立ててるんですよね。よく知らないけど半島から奈良時代にやって来たのならトーテムの文化はなかったのでは…日本人が見たらぎょっとする見覚えのない意匠ですもの。

 ホントに気持ち悪いですね。

 因みに雅楽には高麗楽物があります。 ブログ本文で紹介した「蘭陵王」など、林邑国の僧侶仏哲が伝え舞曲は、林邑楽と呼ばれているのと同様、高麗から伝わったモノは高麗楽と呼んでいるのです。

 だから朝鮮から伝わったモノはちゃんとそれを明記した上で今も伝えているのです。

 それなのに根拠のない韓国起源ってホントと気持ち悪いですね。

 こんな事ばかりするから嫌われるのです。
  1. 2016-06-17 15:38
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

むかしむかし、雅楽を少しかじりました。

>でもポリエステル製の廉価版商品を開発するだけの需要がある方に驚きます。
> つまり雅楽をする人が結構いると言う事でしょう?
理由はわかりませんが、天理教で非常に盛んなようです。
こういう装束は、神道の装束や仏教の法衣を扱うお店経由でもたやすく入手可能です。
販売数の多くない、特殊な品物なので、受注生産に近いものではあるでしょうが。

ご掲載の写真では、農神が登場するのはお神楽(里神楽)のようで、北海道にそのようなものはなかったはずで、本土のどこかの地方のものか、新作したのでしょう。
女性の舞は、昭和初期に全国の神社で演奏するために作られたお神楽です。これらは雅楽ではありません。
なお、主に宮中の祭祀に演奏されるものに御神楽(みかぐら)というものがあり、これは雅楽の中で最も大切なものとされています。

ついでに...
雅楽って、他の邦楽とは少し趣が異なっています。
まず家元がありません。明治になって専門家はみんな宮内省に奉職する国家公務員になり、伝承されてきた楽曲も一元的に国のものとなり、著作権フリーのような状態になりました。もちろん、明治から昭和初期にかけてしばらくは、「お前、空気読めよな」的な暗黙の了解もあったでしょうが、いまでは日本人誰もが自由になんでもできます。

この専門家集団は当初は50数人体制でしたが、敗戦後の官庁縮小整理の際に20数人に削減されました。バブルの頃、元の定数とまで行かなくとも、せめて元の3/4くらいにまで枠の拡大が出来なかったのかと悔やまれます。

厚遇されているとは思えない国家公務員技能職、その上、皇室の祭式に忙殺されてかなりキツいのではないかと思われます。
それに加えて、戦後の価値観の急変、日本の家制度の崩壊と軌を一にしているのかもしれませんが、慢性的な後継者不足もあり、明治以前から雅楽を伝承してきた家の方はもうその20数人の中に殆どいらっしゃいません。

それはどういうことかと言うと、他の邦楽の家元やクラシックの演奏家のように幼い頃から技能継承のために厳しい習練を積んだ方は、ほとんどいらっしゃらないのではないかと思われます。
公式キャリアは、中高生からのトレーニング開始になっています。

特定の家が特定の曲の占有権のようなものを主張したり、その道その道の権威の中心として免許を発行したりするといったことがないのは風通しが良さそうに見えます。
しかしその反面、民間の愛好家、演奏家へのキチンとした裏付けのある質的担保がないということにもなります。
それに加えて、この分野に造詣が深い聴き手の絶対数が少なく、狭い世界ゆえに相互になんらかのしがらみがあって批判しづらいこともあるでしょう。
だから、民間ではやったもん勝ち、言ったもん勝ち、といった面があることも否定出来ないんですよね..
  1. 2016-06-17 22:41
  2. URL
  3. かたつむり #-
  4. 編集

林邑国

林邑とはベトナム中部から南部にあったチャンパですね。チャンパの遺跡はベトナム戦争で米軍の爆撃により被害を蒙り、ぼくが見たときはメルセデス・ベンツの財団が修復中でした。

チャンパの末裔はカンボジアからタイに多くいます。チャム人は目鼻立ちの造形が大きく、メキシコの遺跡にも似たような顔立ちが見られました。

バンコクに住んでいた頃、バスの運転手がチャム人顔。チャム人はイスラム教徒ですからバスの車内もイスラム関連の装飾です。公営の交通機関がこんなことでいいのかと疑問に思ったものの、乗客のだれも問題にしません。タイ人の政教分離にも感心させられました。

日本では少数派の顔立ちですが数百人に一人くらいはチャム人の末裔と思われる顔立ちのひとを見かけます。

飛鳥から奈良時代の日本は大陸から半島、さらにはベトナムからインドまで多くの人々が日本を目指して来たのだろうと思います。

当時の日本は、20世紀のアメリカのように、アジアの旧世界で居場所をなくした人々を受け入れていたのでしょう。

日本の将来はチベットやウイグルの独立を支援しアジアのリーダーであり続けることではないでしょうか。
  1. 2016-06-18 20:02
  2. URL
  3. gai-yaang #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> むかしむかし、雅楽を少しかじりました。
>
> >でもポリエステル製の廉価版商品を開発するだけの需要がある方に驚きます。
> > つまり雅楽をする人が結構いると言う事でしょう?
> 理由はわかりませんが、天理教で非常に盛んなようです。
> こういう装束は、神道の装束や仏教の法衣を扱うお店経由でもたやすく入手可能です。
> 販売数の多くない、特殊な品物なので、受注生産に近いものではあるでしょうが。
>
> ご掲載の写真では、農神が登場するのはお神楽(里神楽)のようで、北海道にそのようなものはなかったはずで、本土のどこかの地方のものか、新作したのでしょう。

 この農神の出る御神楽「五穀散」は三条神楽と言ういうそうです。
 いつできたのかわかりませんが、結構あちこちで上演されているようです。 ネットの動画や解説がいろいろ出ています。
 形式は地域により少しずつ違いますが、基本ストーリーは同じようです。

> 女性の舞は、昭和初期に全国の神社で演奏するために作られたお神楽です。これらは雅楽ではありません。
> なお、主に宮中の祭祀に演奏されるものに御神楽(みかぐら)というものがあり、これは雅楽の中で最も大切なものとされています。

 この写真の女性の舞は、昭和に造られた舞楽だそうです。
 
> ついでに...
> 雅楽って、他の邦楽とは少し趣が異なっています。
> まず家元がありません。明治になって専門家はみんな宮内省に奉職する国家公務員になり、伝承されてきた楽曲も一元的に国のものとなり、著作権フリーのような状態になりました。もちろん、明治から昭和初期にかけてしばらくは、「お前、空気読めよな」的な暗黙の了解もあったでしょうが、いまでは日本人誰もが自由になんでもできます。
>
> この専門家集団は当初は50数人体制でしたが、敗戦後の官庁縮小整理の際に20数人に削減されました。バブルの頃、元の定数とまで行かなくとも、せめて元の3/4くらいにまで枠の拡大が出来なかったのかと悔やまれます。
>
> 厚遇されているとは思えない国家公務員技能職、その上、皇室の祭式に忙殺されてかなりキツいのではないかと思われます。
> それに加えて、戦後の価値観の急変、日本の家制度の崩壊と軌を一にしているのかもしれませんが、慢性的な後継者不足もあり、明治以前から雅楽を伝承してきた家の方はもうその20数人の中に殆どいらっしゃいません。
>
> それはどういうことかと言うと、他の邦楽の家元やクラシックの演奏家のように幼い頃から技能継承のために厳しい習練を積んだ方は、ほとんどいらっしゃらないのではないかと思われます。
> 公式キャリアは、中高生からのトレーニング開始になっています。
>
> 特定の家が特定の曲の占有権のようなものを主張したり、その道その道の権威の中心として免許を発行したりするといったことがないのは風通しが良さそうに見えます。
> しかしその反面、民間の愛好家、演奏家へのキチンとした裏付けのある質的担保がないということにもなります。
> それに加えて、この分野に造詣が深い聴き手の絶対数が少なく、狭い世界ゆえに相互になんらかのしがらみがあって批判しづらいこともあるでしょう。
> だから、民間ではやったもん勝ち、言ったもん勝ち、といった面があることも否定出来ないんですよね.

 なるほど大変ですね。

 この北海道神宮の雅楽演奏と舞曲上演には、宮内庁楽部の人が指導してくれたのだそうです。 どう言う風に指導しているかはわかりませんが、北海道神宮まで指導するのは大変だろうと思います。
 
 舞楽も雅楽も天平時代から伝わる物が沢山あります。 林邑楽、高麗楽などもうその起源になった国自体滅亡して、本国には全く残っていない物です。

 だから文化遺産として大変貴重なモノです。

 何とか宮内庁は予算を増やして、楽部の人員を増やしてこうした舞楽や雅楽を残してほしいですね。


 
  1. 2016-06-18 21:40
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 林邑国

> 林邑とはベトナム中部から南部にあったチャンパですね。チャンパの遺跡はベトナム戦争で米軍の爆撃により被害を蒙り、ぼくが見たときはメルセデス・ベンツの財団が修復中でした。
>
> チャンパの末裔はカンボジアからタイに多くいます。チャム人は目鼻立ちの造形が大きく、メキシコの遺跡にも似たような顔立ちが見られました。
>
> バンコクに住んでいた頃、バスの運転手がチャム人顔。チャム人はイスラム教徒ですからバスの車内もイスラム関連の装飾です。公営の交通機関がこんなことでいいのかと疑問に思ったものの、乗客のだれも問題にしません。タイ人の政教分離にも感心させられました。

 あらら、運転手が勝手にバスを装飾するのでしょうか?

 札幌の市バスの中古車が随分ベトナムに行きました。
 あれもイスラム装飾でベトナムの街を走っているのでしょうか?

> 日本では少数派の顔立ちですが数百人に一人くらいはチャム人の末裔と思われる顔立ちのひとを見かけます。
>
> 飛鳥から奈良時代の日本は大陸から半島、さらにはベトナムからインドまで多くの人々が日本を目指して来たのだろうと思います。
>
> 当時の日本は、20世紀のアメリカのように、アジアの旧世界で居場所をなくした人々を受け入れていたのでしょう。
>
> 日本の将来はチベットやウイグルの独立を支援しアジアのリーダーであり続けることではないでしょうか。

 日本人の性格としてアジアのリーダーを気取るのは好きじゃないでしょう。

 しかし今の中国の侵略などを見ていると、好むと好まざると日本がリーダーになるしかないでしょう。 そのつもりで覚悟を決めて行動するべきでしょうね。
  1. 2016-06-18 21:54
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する