強大な権力を持つ最高権力者であることは同じなのですが、その成り立ちは全く違います。
ローマの皇帝を表す言葉は、ラテン語ではインペラトール(Imperator)とカエサル( Caesar)があります。
カエサル(Caesar)はドイツ語の皇帝カイザーやロシアの皇帝ツァーリなどの元になった言葉ですが、これは元々ユリウス・カエサルの家族名カエサルから来ています。
ローマの名門生まれの人の名前は、家門名、家族名、個人名と3つあります。
歴史上ユリウス・カエサルとして知られる人の個人名はガイウスです。 ユリウスは家門名です。
源の朝臣徳川家康と比較すると、源がユリウス、徳川がカエサル、家康がガイウスです。
歴代ローマ皇帝は血縁に関係なく、カエサル姓を名乗る事が慣習になったので、カエサルが皇帝をさすようになったのです。
一方インペラトールは英語で皇帝を意味するエンペラーの語源となった言葉ですが、これは共和政ローマ時代からあった役職名です。
共和政ローマでは世襲で議席を持つ元老院と、一般市民による直接民主制である民会により国家意思を決定していました。
しかしこれでは意思決定に時間がかかり、戦争のような緊急事態に対応できません。
だから戦争が起きたりした場合は、元老院と民会の双方の合意で選んだ人にローマ全軍の最高指揮権と、政治上の最高権力も与えたのです。
この役職をインペラトールと言いました。
当然ですが最重要任務は、ローマ軍を率いて戦場に赴き戦う事です。 政治の最高責任者でもありますが、これは留守を守る執政官に戦争遂行に必要な命令ができると言う事です。
つまり戦時に限っては民主制を中止して、完全な独裁性になります。
こうする事で国家全体が機動的に、危機対応できるようにしたのです。
そして戦争が終わればインペラトールは直ちに解任されます。 解任されれば只の人です。
見事に敵を撃退したインペラトールは勿論国民的英雄になります。
しかしそれを利用して政治権力を得ようとするような場合、ローマ市民は強烈な忌避感を持ちました。
それでローマでは長く安定した共和政が続いたのです。
しかしローマが次第に勢力を広げ、更に二度のポエニ戦争に勝ち地中海の覇者となる頃から、この共和政が揺らいできます。
領土を広げ多くの奴隷を獲得する過程で、元老院階級は権力と元来持っていた資本を元に、更に所有地を広げ大農園を営むようになります。 また他の事業も始めて際限もなく富を増やしました。
しかし一般市民は加重な兵役負担、そして大資本との競争に負けて窮乏化しました。
また領土が広がり人口が増えた事で、直接民主制である民会が物理的に開催不能になってきます。
こうしてローマの民主主義は変質し、元老院が富と権力を独占する体制になっていきました。
当然これによりローマ不安定化したのです。
これに対して何度改革が試みられたのですが、一次凌ぎでおわりました。
そして遂に「共和政の維持は不可能」と見きったのがユリウス・カエサルです。
かれはこの時期続いた戦乱で、インペラトールに就任して、見事な勝利を収めます。 そしてそれにより大変な声望を得ます。
しかし彼はこの勝利の後も軍隊を解散せず、それを率いてローマに入りそのまま終身インペラトールとしてローマの支配者にな事を決意したのです。
カエサルには卓抜した軍事能力と政治センスがあり、元老院階級の支配下になって窮乏していた民衆や、兵士達からは絶大な支持を受けていたのです。
民衆からすれば、民会が機能しなくなった以上、権力を利用して超富裕層になり、それでも尚富を求めるようになった元老院階級から、自分達の利益を守ってくれるのは、カエサルのような独裁者しか期待できなくなっていたのです。
ローマの庶民にとって敵は独裁者ではなく、元老院階級等富裕層になっていたのです。
しかしこれは共和政ローマの法に照らせば完全な違法行為です。
民衆の絶大な支持を得た人間が、それを梃に法も議会も無視して独裁者になる。
実はこれは古代ギリシャでも、またこれ以降の中世の共和政国家でも何度もあった事です。(実は20世紀のドイツやイタリアでも)
しかしこのように形で独裁者になった人間は、古代ギリシャでもまた後の中世共和政都市でも「僭主」と呼ばれて、民主主義を破壊する者として国家の敵とされました。
民主制の倫理観念では絶対悪なのです。 例えばソクラテスも「僭主の魂は奴隷の魂と同じで、こうした魂を持つ人間は最も賤しい」としています。
だからカエサルの意図を知ったローマの元老院議員有志達は、元老院議会の会場でカエサルを暗殺したのです。
けれどもこれはカエサルを支持するローマの民衆を激昂させました。
そして暗殺者達は命からがらローマを逃げ出すハメになります。
こうしてローマは混乱状態なったのですが、結局この混乱を収めたのはカエサルの養子オクタビアヌスでした。
そして彼はその後、終身インペラトールの地位に就きました。 カエサルの養子ですから、当然カエサル姓を名乗りっています。
そして元老院もこの現実を認めて彼にアウグストス(Augustus)つまり「尊厳なる者)と言う称号を与えます。
ユリウス・カエサルが暗殺されたときオクタビアヌスはまだ18歳でした。 そしてその後の混乱を収めてインペラトールになったのは30前です。
しかし彼は当時しては大変な長寿と言われる70代まで生きて、安定した治世を維持しました。
そして死後は彼の養子(妻の連れ子)だったティベリウスにインペラトールを引き継がせます。
ティベリウスは当時の記述では大変な暴君とされていたのですが、しかしその後の研究によればこれはティベリウスの家庭内ない問題などを誇張したモノで、政治そのものは極めて安定した優れた物だったと言われています。
そして彼も大変長寿でした。
このようにローマではオクタビアヌスの時代から長期安定政権が続いたのです。
そしてこれで帝政が完全に定着します。
つまり本来は緊急時だけの臨時の役職だった、インペラトールが終身になり、しかも世襲も可になるのです。
それでティベリウスの死後、子供のいなかったティベリウスの大甥であるカリギュラがインペラトールになります。
このカリギュラは明らかに頭がオカシイくて、政治とは言えない程の無茶苦茶をやった挙句暗殺されたのですが、しかしもう帝政そのモノを止めようと言う話にはならず、今度はカリギュラの叔父にあたるクラウディウスがインペラトールになります。
クラウディウスの死後、その養子だったネロ(有名な暴君ネロですが)が継ぎ、このネロが暗殺された後、ローマは次のインペラトールの継承を巡って内戦状態になります。
そしてそれを終結させた人間がまたインペラトールとして、安定した帝政を続けます。
ローマ帝国ではこの後も何度か大きな内乱や政変が起きますが、しかしもう帝政そのモノを止めると言う話は一切ありません。
またネロの死後はカエサル家の血縁は勿論養子もいなくなりました。
しかしその後インペラトールを引き継いだ人間は、皆カエサルを名乗るようになります。
元来個人の家族名だったカエサルが、インペラトールの地位とセットで定着するのです。 だから後にカエサルが皇帝を表す言葉として使われるようになるのです。
一方こうして帝政が定着しても、元老院は残りました。 帝政になってインペラトールの支配が定着しても、ローマは法治国家であることを止めたわけではなく、立法機関としての機能は残ります。
また属州総督や軍団の司令官、インペラトールの下で政治を司る執政官など、ローマ帝国の政治を支える人材も元老院議員から選出されていました。
インペラトールからすると色々面倒な人たちだけれど、プロの政治集団としての元老院はローマの政治を運営するには欠かせないと言う認識なのです。
これはアメリカの大統領と議会のような関係でしょう。 と言うよりそもそも現在の民主主義国家の政治システムのルーツはローマ帝国ですから。
つまりローマが共和政から帝政になったことの違いは、緊急事態の臨時の役職だったインペラトールが、終身になったことに尽きるのです。
だから帝政になっても、ローマ人にとってインペラトールは、ローマを守る為に自分達が選んだ人間であって、神でも神によって権威を与えられた人間でもありません。
そしてインペラトールの役割は、何よりローマ軍を率いて外敵を撃退して、ローマを守る事です。
これも共和政時代と全く変わりません。
だから障碍者だったクラウディウス帝も、また哲人皇帝マルクス・アウレリウス・アントニウス帝も、戦争になればローマ軍を率いて遠征するのです。
このような帝政でローマの政治は安定を取り戻して、大いに栄えるのです。
ローマ帝国の最盛期、五賢帝時代のローマ市民の平均寿命と体格は、20世紀初頭のイタリア人と同等でした。
上下水道や公衆浴場の完備などの、完璧な公衆衛生管理と、豊かな食生活が、ローマ庶民に健康と長寿を保障したのです。
しかし五賢帝時代の終わりと共に、繁栄にも陰りが出てきます。
この頃から帝国周辺部へのゲルマン人の侵攻が常態化してきます。
ゲルマン人は統一国家は持たない原始的な民族だったので、大軍で押し寄せるわけではないのですが、しかしローマの防衛ラインの手薄な所を狙っては、侵入して町や村を襲って金品を略奪して、住民を奴隷にして拉致すると言う事を繰り返すのです。
そしてローマ軍が駆けつけると、森の中に逃げてしまいます。 この当時ゲルマン人の住処だった、ライン西岸やドナウ北岸は恐ろしい程深く暗い森で覆われていました。
このような森の奥に隠れてしまえば、ローマ軍にも手が出せないのです。
だからまるで国境周辺全部ベトナム戦争みたいになってしまうのです。
このような戦いが続く間、インペラトールは国境に貼りついて戦争指揮に追われる事になります。 もうこうなると首都に戻って政治を取るなんてことは、全くできなくなってしまいます。
インペラトールが要求する戦費さへ送れば、政治は元老院が好きにやると言う状態になるのです。
一方前線では終わりの見えない戦いが続く中、兵士達のストレスが極限まで増大するのでしょう。
インペラトールの暗殺が頻発します。
戦場で最高指揮官が死亡すると、軍は統一行動がとれず極めて危険な状況になりますから、その場でまた兵士達が新しいインペラトールを選らんで戦いを続ける事になります。
その場合選ばれるのは、軍人ばかりと言う事になります。 だってこんな場合では、兵士達の身近にいて彼等に人望のある人間以外に選択肢はないでしょう?
ローマの元老院は、これを追認するしかありません。
エッまた暗殺?
で次は誰?
〇〇〇〇ス?
聞いた事のない奴だけれど、まあいいや。 どうせローマには来ないだろうし、それに直ぐまた暗殺されるんだろうし。
これが所謂軍人皇帝時代なんですね。
実はワタシは高校世界史で、この軍人皇帝時代と言う言葉を知った時から、凄く不可解だったのですが、実体はこういう事なのです。
これじゃ不味い!
こんなにコロコロを数年でインペラトールが暗殺されたんじゃ、ローマを立て直す事は愚か、軍事的優位だって失われるばかりだ。
何とか簡単にインペラトールが暗殺されないような体制に変えなきゃ。
そう思ったのがデオグレツィアヌス帝です。
そこで彼はインペラトールを役職から権威に変える事を考えるのです。
インペラトールの暗殺がなぜ異様に多いのか?
それはインペラトールは、「能力」を期待して選ばれて役職に就いた人間であって、中国の皇帝やその他の君主のような神秘的な権威は持たないからです。
これはアメリカの大統領と同じなのです。
もし大統領が終身になったら?
現大統領の政策に不満を持つ人間は、当然暗殺を考えるでしょう?
「こんな無能な大統領を放置したら、国が亡びる!」
これまでだって暗殺者達は愛国心を理由に、何ら良心に疾しい思いもなく大統領を暗殺していたのです。 それが終身で任期が無いとなれば、どれだけ暗殺が増える事か・・・・・。
それを防ぐ為にデオグレツィアヌス帝は、インペラトールに神秘的な権威を持たせる演出を始めたのです。 それは豪華な冠を被り豪華なマントを着るとか、出歩くときはお共をゾロゾロ連れて行くとか、至って単純なモノでした。
でもそれ以上は無理です。 これ以上インペラトールに権威を持たせるには、ローマの歴史と国体を打ち壊す事になりますから。
しかしそれでも大分暗殺の頻度は減りました。
そうやってその後も多くのインペラトール達が、政権を安定化させてローマ防衛の努力を続けました。
けれども結局ローマは遂に滅亡してしまいました。
まあ、軍人皇帝以降は何だか国民も元老院も、なんかもうエライ無気力で無責任だもんね。
ローマ帝国が滅亡した事で、ローマの庶民には良い事なんか一つもなかったんだから、もう少し頑張れよ!と思うけど、どうしようもないんでしょうね。
ともあれこれでローマの皇帝と言うのが、中国の皇帝とは根源的に違うのがわかるでしょう?
まして日本の天皇陛下とは、全く別物なのです。
天皇では英語ではエンペラー、ドイツ語ではカイザーですが。
そしてローマ法王庁がデッチアゲタ紛い物のインペラトールが神聖ローマ帝国皇帝です。
これは終身ですが七選帝侯と言われる、7人の封建領主による選挙で選ばれます。
皇帝が選挙で選ばれる??
これは凄い違和感があるのですが、しかし元祖インペラトールの意味を考えればこれは当然なのです。
こうしてみると日本人(ワタシは)はエンペラーやカイザーの意味を理解していなかったのだとわかります。
逆に言えば欧米人には、天皇の意味は理解できないのでしょう。
だからエンペラー・ヒロヒトは、カイザー・ウィルヘルム二世同様に強大な権力を持っていると思ってしまうでしょう。
似て非なるモノって厄介ですね。
因みにこのエントリーは以前読んだ塩野七生の「ローマ人の物語」の記憶だけで適当に書きました。 だから間違っていたらゴメンナサイ。
ホントは人様に読ませるようなモノじゃないのですが、書くと自分の頭が整理されるのです。