2016-04-22 19:51

差別反対を喚く人々へ

 ワタシの記憶では、「差別」と言う言葉がマスコミに溢れるようになったのは、1960年代末からです。

 これは当時、アメリカでマーチン・ルーサー・キング牧師等による公民権運動と、ウーマンリブ運動が盛んになっていたからです。

 ワタシは公民権運動は全く正当な運動だと思いました。 なぜなら民主主義国家は何処でも、つまりアメリカでも全て国民に法の下の平等を保障しています。

 しかし黒人であると言う理由で、公民権のようなモノを制限されると言うのは、明らかにこれに反しているのです。

062

 一方ウーマンリブの方は馬鹿馬鹿しいと思っていました。 なぜなら日本では女性の法の下の平等は、既に確定しているのです。

 当時はまだ女性への就職差別など大変厳しかったです。
 その頃ワタシは学生だったのですが、「女子学生の就職は絶対に面倒を見ない。」と公言する教授がいたほどです。

 しかし教授個人の就職斡旋の姿勢や、民間企業の採用条件のようなモノに対して、「法の下の平等」を振り回しても意味はないでしょう?

 民間企業もこの教授も「法」ではないのですから。

 学生の就職の面倒を見るのは、教授の公式の仕事ではないのです。 教授は自分のコネで学生の就職を斡旋していたのです。

 因みにワタシの父も完全な男尊女卑論者でしたが、これだって父個人の考えです。 民主主義国家が、個人が異性をどう評価するか問題に介入できるわけはないのです。

 一方ウーマンリブ運動はそんなことよりも、女性の性の解放なんぞを喚いて、「ブラジャーは女性の抑圧」などと真顔で言っていたのです。

2016y04m22d_211409225

 そして暫くすると、公民権運動は実を結びました。

 80年代に米谷ふみ子氏のエッセイで「アメリカで最も人種差別がない組織は軍隊。 人種差別が最も厳しいのは出版業界。」と書いていたのを覚えています。

 実際第一次湾岸戦争のニュースで、パウエル統合参謀本部議長を見た時は、米谷ふみ子さんの言う通りだと思いました。 パウエル統合参謀本部議長の年齢を逆算したら、彼は丁度公民権運動が成果を上げた頃に軍人になって、その後順調に出世して第一次湾岸戦争時には統合参謀本部議長まで上り詰めた事になりますから。

 だから法の下の平等が保障されると直ぐに、軍隊での人種差別は解消されたと考えられるのです。

 軍隊に差別がなく、出版業界が差別社会。

2016y04m22d_230654235

 これはマスコミの作るイメージとは真逆です。 しかし考えてみれば、軍隊は100%国家組織で国家の命令によって動く組織です。
 国家の法が軍の人事に人種差別を禁じれば、軍隊としてはそれを止めるしかないのです。

 一方出版業界は完全に民間企業です。 しかも国家や法が大嫌いな人達が多いのです。 法が人種差別を禁止しても、それどころか自分達の出版物でいかに人種差別を非難しても、実際に黒人が求人に応募したら「能力がない」事にして採用拒否しても、完全に無問題です。

 だからでしょうか?
 未だにアメリカ人の有名ジャーナリストや言論人に黒人は見かけません。 
 黒人にとっては大統領になるより、リベラルメディアの記者になる方が難しいのでしょう。
 
 しかし民主主義社会では民間出版社の人事に国家が介入して良いわけはないので、仕方がありません。

2016y04m22d_211440991

 けれどもそのリベラルメディアは未だに差別反対を喚き続けているのです。
 
 彼等が要求しているのは、結果平等と全ての個人に「差別」を禁止する事なのです。

 しかしこんな事はそもそも実現可能でしょうか?

 法の下の平等なら、至ってシンプルです。 公民権を全ての人種に平等に与え、法によって運営が規定される組織である軍や官庁の人事に関して、人種差別を禁止すれば良いのです。
 だから90年代に既に達成されたのです。

 けれども個人に対しても「差別」を禁止するとなると、そもそも「差別」の定義自体が意味不明になってきます。

136

 これはフランスの例ですが、フェミニストはイスラム教の女性がベールを被り、肌を隠す衣類を着る事を「女性の抑圧」「女性差別」と言います。

 しかし女性にも宗教の自由があるし、自分の信じる宗教の戒律に従うのはその人の自由のはずです。

 「女性は自分の信仰する宗教の戒律を守るな。」
 「女性だから宗教よりもフェミニズムを優先せよ。」と言うなら、それこそ女性差別です。 

 何よりイスラム教徒に言わせれば、イスラム教の戒律を「女性差別」「女性の抑圧」と言うなど、イスラム教への差別そのモノです。

249

 また北欧諸国では女子割礼を禁止しています。 女子割礼は女性の性器の一部を切除するもので、アフリカ諸国に古くからある習慣です。

 女史割礼は女性を傷つけるので、女性への人権侵害、差別と言うのが禁止の理由です。

 しかしこれだって女子割礼の習慣を持つ民族に言わせれば、自分達が先祖代々引き継いで来た重要な文化を、このように否定されると言うのは、民族文化の否定であり、許し難い差別です。

 女性差別とイスラム差別のどちらが問題なのか?
 女性差別と民族差別のどちらが問題なのか?

 個人レベルの差別反対を追及すれば、こうした問題はワラワラ出てくるのです。

 その場合一体何を優先させるのか?
 優先されなかった方にすれば、優先されなかったこと自体が差別になります。

2016y04m22d_211753775

 こうした根源的な問題があるにもかかわらず、今の欧米やそしてそれに同調する日本の自称リベラリスト達の間では、差別反対は「絶対正義」になっています。

 そして自分達が差別主義者と決めた人間には、何をしても良いと考えています。
 そして実際にそのようにしているのです。

 その典型が大統領候補トランプへの選挙妨害です。
 
 ワタシは今までアメリカ大統領選挙で、他候補の集会を暴力的に妨害すると言う例は知りません。 

 アメリカの選挙では対立候補には、日本人には絶対に受け入れられないようなどぎついネガティブキャンペーンもやり合うのですが、しかしアメリカ人にとっては神聖な民主主義の儀式なのでしょう。

 対立候補を暴力で妨害するなんてことは絶対やらなかったのです。
 
 対立候補の選挙運動を暴力で妨害するんて事をやったのは、ナチの突撃隊ぐらいです。

 ところが驚いた事に、アメリカのマスコミも、またそれに同調する日本やヨーロッパのマスコミも、トランプ候補の選挙妨害を全く非難しないのです。

 それどころか選挙妨害に抗議したトランプ氏やその支持者の態度が悪いと非難するのです。

2016y04m22d_211906156

 反トランプのメディアや言論人は皆「トランプは差別主義者だから何をしても良い」と信じて疑わないのです。
 これは「ユダヤ人には何をしても良い」と信じていたナチと突撃隊と同じです。

 因みに何を根拠に彼等がトランプ氏を差別主義者と決めたのかはわかりません。
 ナチスドイツで人をユダヤ人と決めるには家系図などを示す必要があったそうです。

 しかし現在の欧米で人を差別主義者と決めるのには、そんなモノさへ必要ないのです。

 だって前記のように個人に対しても差別を禁じるとなると、そもそも何を差別と定義するのかは、実に難しい話しになります。

 だから結局、自分達が差別主義者だと思う人間を、勝手に差別主義者と決めているとしか言えません。

 つまり客観性を無視して、誰でも好きな相手を迫害できるのです。
 ここはナチのユダヤ人迫害と大いに違う所です。

2016y04m22d_212012399

 けれどもこれよりもっと深刻なのは、ヨーロッパの難民騒動です。
 ワタシはあれを見ていて本当に異様だと思いました。

 勿論、難民を助けるのは正義です。
 そしてドイツやスェーデンなどの手厚い難民保護政策は賞賛するべきです。

 けれどもこうした手厚い保護政策はあくまで難民の数が限られているからできた事だと言うのは、自明ではありませんか?

 自国の人口の1%を超えるような難民が押し寄せて、しかもそれでとどまる気配がないような状況では、こうした難民対応は根源的に考え直すしかないのです。

 そして民主主義国家ではこれは全て国民の問題ですから、国民が広く自由に議論するべきなのです。

213
 
 しかしドイツやスウェーデンなど、人権大国を名乗る国々が、難民受け入れに対する政府の姿勢に疑問を呈する言論を全て「差別」として封殺しているのです。

 つい数日前もペギータの代表が「差別を扇動した」として逮捕されました。

 なるほど難民排斥と言うのは、難民にとっては差別でしょう。
 
 しかし難民受け入れに反対するのを「差別」と言われたら、ドイツ国民はこの重要な政策に対して、一切メルケル政権に反対できない事になってしまいます。
 
 これではもう独裁国家でしょう?

2016y04m22d_230942736
 
 けれどもこれを全面的にバックアップしているのが、自称リベラリストやリベラルメディアです。

 ??
 リベラリストやリベラルメディアにとって言論の自由と言うのは、最も重要な価値だったのではありませんか?
 これなしでは民主主義は意味がないのでは?

 ところが今の欧米を見ていると、差別反対こそが至上の正義であり、その前には言論の自由など何の価値もない。
 それどころか彼等が差別主義者と決めた人間の言論活動など完全に禁止するべきである。
 その為には法を守る必要などない。
 イヤ差別主義者を投獄するために、ドンドン言論統制をする法を作るべきだ。

 こうした論調が多くのメディアの主流になっているのです。
 
 ワタシはこうした状況を見ていると凄く怖いです。 

201
 
 ワタシは以前は乏しい収入の中からペシャワール会に寄付をしていたような人間で、イスラム教徒に恨みがあるわけではありません。

 しかしその頃知ったアフガニスタン社会について思い出せば思い出すほど、彼等が男女平等や法治主義、民主主義と言うドイツの価値感とは、相容れない人達だと思うしかありません。

 それどころかある意味欧米の価値感とは極めて敵対的な人々と思うのです。

 こういう人達が大量に入れば、男女平等や宗教の自由など、欧米人が近世以降、血みどろの努力をして築いた現在の社会が崩壊するのではないかと思います。

 にも拘らず、ヨーロッパの政権と言論界はそういう現実を見る事を「差別」として封殺して、ひたすら彼等を受け入れようとしているのです。

 こんな事をやって、一体彼等は何を期待しているのでしょうか?

217

 なるほど全ての人が差別されない平等な社会と言うのは、理想です。

 しかしそれは元来人間に可能なのでしょうか?
 
 誰にだって好きな人と嫌いな人、尊敬する人と侮蔑する人、大切な人とどうでも良い人がいます。 そしてこの区分は極めて恣意的で他人に説明できるような合理性はありません。

 でもこれは人間の根源的な感情でしょう?

 個人に対して全ての差別を禁止すると言うのは、この感情を完全に禁止するしかないのです。

 キリストのような人ならそれはこれは可能でしょう。
 しかしキリストは自分の母親に対して「女よ。 私はお前を知らない。」と言ったのです。

 そうですね。 キリストは母親と他人を、全く差別しなかったのです。

 こうした非現実的で非人間的(キリストは人間じゃないですから)な目標に向かって際限もない努力をする社会と言うのは、ワタシは恐ろしいと思います。

202

 当然ですが、ワタシも一般道徳として差別は悪い事だし、自分自身も差別はしないように努めています。

 しかし一般道徳として個人がそれを守ろうと言うのと、法や権力でそれを強制する、或いはその道徳に反する他人を暴力でおさへ込もうとする、と言うのは根源的に違うのです。

 そして哀しいけれど人間社会で、自由と平等を完全に両立させることは不可能なのです。

 だから一定の自由を確保したければ、平等はその分切り詰めるしかないのです。
 そうやって自由と平等のバランスを考えるしかないのです。

 嘗て共産主義国家は、経済の平等を暴力により追及しようとして結局破綻しました。

 共産主義者は人民から全ての自由を奪い、そして大量殺人まで行ったのです。
 しかしどんなに人を殺しても結局、共産主義の理想とする平等社会にはならなかったのです。

232

 ワタシは現在の反差別ファシズムを見ていると、これはヒョッとして共産主義者の巻き返しじゃないだろうか?と思ってしまいます。
 だって暴力性や独善性が共産主義者そのままです。
 
 そして日本共産党や有田ヨシフ参議院議員など、実際共産主義がこの反差別ファシズムを煽っているのですから。

 だからワタシは日本人もそして今反差別に煽られている欧米の人達も、もう一度民主主義国家のなかでの反差別を考え直すべきだと思うのです。
 
 つまり、民主主義国家で保障できる平等は、法の下の平等とそれによる機会の平等のみである。

 そしてそれ以上の反差別は個人の道徳の話であって、他人に強制できることではない。

 これを徹底するしかないのです。 
 民主主義国家での自由と平等のバランスを考える事なく、唯漫然と「反差別」「差別反対」の議論に引きずられて行くと、全ての自由を喪い、闇黒社会に生きる事になってしまいます。

  1. レイシスト
  2. TB(0)
  3. CM(16)

コメント

まったくおっしゃる通りだと思いますね。私もよもさんとほぼ同年代ですが、ベトナム反戦運動が華やかなりし頃のヒッピーやウーマンリブ、ラブアンドピース、学園紛争などの既成の概念を揺るがすような西側世界を覆ったムーブメントは出だしは違ってても、どこかで共産主義勢力に利用されてたような気がします。あの頃から違和感ありまくりでした。音楽は素直に受け入れましたけどね。でも歌詞は割と気持ち悪かったです・・・。
反トランプ運動も日本のしばき隊やシールズやらと同列に見えて、アメリカ大丈夫??と心配になります。

ところで、スコウクロフト将軍ですが、ひょっとしてパウエル統合参謀本部議長の間違いではないでしょうか? 文脈からだけの判断ですが・・・。
私の勘違いならすみません。
  1. 2016-04-22 21:56
  2. URL
  3. boku #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> まったくおっしゃる通りだと思いますね。私もよもさんとほぼ同年代ですが、ベトナム反戦運動が華やかなりし頃のヒッピーやウーマンリブ、ラブアンドピース、学園紛争などの既成の概念を揺るがすような西側世界を覆ったムーブメントは出だしは違ってても、どこかで共産主義勢力に利用されてたような気がします。あの頃から違和感ありまくりでした。音楽は素直に受け入れましたけどね。でも歌詞は割と気持ち悪かったです・・・。

 自由が確保された社会にいれば、後は平等を望むのでしょうね。
 だから簡単に共産主義者に利用されるのです。

 でもあの頃、共産主義者にシンパシーを抱いた連中が今も欧米や日本の言論界でのさばっているのだと思います。

> 反トランプ運動も日本のしばき隊やシールズやらと同列に見えて、アメリカ大丈夫??と心配になります。
>
> ところで、スコウクロフト将軍ですが、ひょっとしてパウエル統合参謀本部議長の間違いではないでしょうか? 文脈からだけの判断ですが・・・。
> 私の勘違いならすみません。

 有難う御座います。 ワタシの勘違いです。 スコウクロフトはデブの白人でした。

 訂正しておきます。
  1. 2016-04-22 22:26
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

>しかしキリストは自分の母親に対して「女よ。 私はお前を知らない。」と言ったのです。キリストは母親と他人を、全く差別しなかったのです。

 キリストの言葉は知っていましたが母親と他人を区別しないということであったとは、目から鱗か落ちました。これは、キリスト教・共産主義・リベラルなどの根源的な目標だと思います。それを現実の政策に落とすと下記のソ連が行った家族破壊になり、すべてのタブーを無くし家族ですら他人として扱うという恐ろしいことが書いてあります。

 江崎道郎さんの書かれた様に、ユネスコが世界の教職員組合に指示して反「日の丸」「君が代」闘争を仕掛けています。そしてソ連で失敗した家族破壊工作を、ウーマン・リブ・LGBT・夫婦別姓と名前を変えて子供達の学校や多文化共生を目指す団体やマスコミが日本各地で行政を巻き込み着々と実行しているようです。綺麗な目標を掲げてはいますが、いつのまにかユネスコ・スクールという学校が出来てました。

【ソ連の「革新」的な実験がもたらした大惨事 】
http://www.oct.zaq.ne.jp/poppo456/in/b_cobet.htm

https://ja.wikipedia.org/wiki/ユネスコ・スクール


>唯漫然と「反差別」「差別反対」の議論に引きずられて行くと、全ての自由を喪い、闇黒社会に生きる事になってしまいます。

これは保守にありがちな、サヨクの問題設定した土俵で闘うことへの警鐘ですね。日下公人さんが優位戦思考で闘うことが重要だと仰っておられますが、同じ姿勢を感じました。これは大事な視点だと思います。

【「優位戦思考」で強い日本を取り戻せ】
http://shuchi.php.co.jp/article/1896
  1. 2016-04-23 09:28
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >しかしキリストは自分の母親に対して「女よ。 私はお前を知らない。」と言ったのです。キリストは母親と他人を、全く差別しなかったのです。
>
>  キリストの言葉は知っていましたが母親と他人を区別しないということであったとは、目から鱗か落ちました。これは、キリスト教・共産主義・リベラルなどの根源的な目標だと思います。それを現実の政策に落とすと下記のソ連が行った家族破壊になり、すべてのタブーを無くし家族ですら他人として扱うという恐ろしいことが書いてあります。

 イエス・キリストは成人してから暫く、父の稼業を継いで大工をしていたのですが、しかしやがて生家を出て、神の言葉を伝える為に活動するようになりました。
 
 でもそれは母親マリアにしてみれば、それで息子の行方もわからなったわけで、大変心配だったのでしょう。

 しかしやがてキリストの起こした奇跡やその言葉に感動して、キリストを慕う人々が増えて行きました。 そしてキリストの噂は母マリアの所にも届いたのです。

 そこでマリアはキリストの居場所を見つけ、我が子に会いに行くことができました。 しかし母マリアがキリストに会った時に、キリストが言った言葉は「女よ。 私はお前を知らない。」でした。

 全ての人類の父となっていたキリストにすれば、実母だからと言って特別な存在ではなくなっていたです。
 
 キリストは全ての人を平等に愛するのですから、実母だけを特別に愛する事はないのです。 だからこの言葉を発したのです。

 ワタシはこの言葉は、小学校2年か3年の頃、日曜学校で聞いて以来覚えているのですが、しかし全ての人を差別せずに平等に愛すると言うのは、こういう事だと思います。

 人を全て平等に扱うと言うのは、ある意味極めて非人間的なことなのです。

 因みにカソリックの神父は結婚はできません。 なぜなら神父と言うのは、全ての人の父である為に、実子を作ってはイケナイからです。

 神父は所詮人間ですから、実子ができれば、実子の父であることが他の全ての人の父であることに優先してしまうのです。
 
 つまり全ての人を差別せずに平等に扱うって、人間にとって実に大変なことなのです。

>  江崎道郎さんの書かれた様に、ユネスコが世界の教職員組合に指示して反「日の丸」「君が代」闘争を仕掛けています。そしてソ連で失敗した家族破壊工作を、ウーマン・リブ・LGBT・夫婦別姓と名前を変えて子供達の学校や多文化共生を目指す団体やマスコミが日本各地で行政を巻き込み着々と実行しているようです。綺麗な目標を掲げてはいますが、いつのまにかユネスコ・スクールという学校が出来てました。
>
> 【ソ連の「革新」的な実験がもたらした大惨事 】
> http://www.oct.zaq.ne.jp/poppo456/in/b_cobet.htm
>
> https://ja.wikipedia.org/wiki/ユネスコ・スクール

 共産主義者が家族を壊したいのは当然でしょう。 家族がいる限り、人間は自分の家族を優先し、他人を差別します。 
 だから家族をなくして、子供は国家で育てる事で、平等社会を実現しようとしたのです。

> >唯漫然と「反差別」「差別反対」の議論に引きずられて行くと、全ての自由を喪い、闇黒社会に生きる事になってしまいます。
>
> これは保守にありがちな、サヨクの問題設定した土俵で闘うことへの警鐘ですね。日下公人さんが優位戦思考で闘うことが重要だと仰っておられますが、同じ姿勢を感じました。これは大事な視点だと思います。
>
> 【「優位戦思考」で強い日本を取り戻せ】
> http://shuchi.php.co.jp/article/1896

 自民党の「ヘイトスピーチ規制法」など完全に左翼に引きずられて出て来たの物でしょう。 こういう対応だから、戦後ずるずると左翼に引きずられて、憲法改正もできないままなのです。
  1. 2016-04-23 10:40
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

悪平等

自由・平等
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1060330.html
自由は平等と両立するのか
https://www.nagaitoshiya.com/ja/2000/freedom-equality-libertarianism-egalitarianism/
保守主義の哲学---「平等」という虚構---人間は生まれながらにして“不平等”である
http://burke-conservatism.blog.so-net.ne.jp/2010-04-20
鳥取県の徒競走の同時ゴール!?★子供の才能をつぶすだけの狂育!
http://ameblo.jp/ki-cosmic/entry-11478784571.html

>悪平等が蔓延すれば社会は衰退するだけです。大事なのは徒競走でどんじりになっても、なにくそ、勉強ではあいつらにまけないぞというように思ったり、親や教育者もその様に導いてあげる事でしょう。

TVのCMで「これしか出来ない。これなら負けない。」というのが有りましたが、各人のそういった長所を見出すというのが教育というものの有るべき姿だと思います。
  1. 2016-04-23 11:06
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

Re: 悪平等

> 自由・平等
> http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1060330.html
> 自由は平等と両立するのか
> https://www.nagaitoshiya.com/ja/2000/freedom-equality-libertarianism-egalitarianism/
> 保守主義の哲学---「平等」という虚構---人間は生まれながらにして“不平等”である
> http://burke-conservatism.blog.so-net.ne.jp/2010-04-20
> 鳥取県の徒競走の同時ゴール!?★子供の才能をつぶすだけの狂育!
> http://ameblo.jp/ki-cosmic/entry-11478784571.html
>
> >悪平等が蔓延すれば社会は衰退するだけです。大事なのは徒競走でどんじりになっても、なにくそ、勉強ではあいつらにまけないぞというように思ったり、親や教育者もその様に導いてあげる事でしょう。
>
> TVのCMで「これしか出来ない。これなら負けない。」というのが有りましたが、各人のそういった長所を見出すというのが教育というものの有るべき姿だと思います。

 その通りです。 平等って難しのです。

 だって人間には個性がありますから。 一人一人違いますから。

 そして同様に民族にも個性があります。 個人個人の個性とは別に、言語や習慣などを共有する事に生まれる個性と言う物があるのです。
 だから民族を守り、民族文化を尊重する事に意味があるのでしょう?

 しかしそうなると民族によって所得や大学進学率に格差はでるのです。

 それを差別と言って、強制的平等化を図ると言うのは、オカシイのです。
 
 
  1. 2016-04-23 13:04
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

こちらの主張は至ってシンプル

差別問題については、日本における韓国・朝鮮人と、ヨーロッパにおけるイスラム教徒(特にアラブ人)が、とてもよく似た行動を取っていますよね。
だって、モスク(イスラム寺院)の中でイマーム(イスラム教指導者)が「キリスト教社会を憎め」という説教をしているのって、朝鮮学校で日本憎悪教育をしているのと同じでしょう?

そもそも、こちらを憎んでいる人たちとなぜ共存しなければいけないのか?ということですよね。
フランスのヒジャブ論争だって、フランス左翼は「女性への抑圧だ」とか言って話をややこしくするけど、単純に「フランスの価値観を共有しろ」というだけのことですよね。

フランスやベルギーでのテロ事件を受けて、欧米のリベラルメディアには、また穏健なイスラム教徒たちが登場して「イスラム教徒が全てテロリストだとは思わないでください」「イスラム教は平和的な宗教です」と言っていましたが、私でさえ「これで何度目だよ?」と思いましたよ。

「韓国人がみんな反日なわけじゃない」「良い韓国人もいる」と同じ理屈ですから、ウンザリしているヨーロッパの人たちの気持ちがよくわかります。
靖国神社爆破テロが韓国の反日教育と関係ないわけがないし、欧米でのイスラム教徒によるテロが、モスクで行われている「欧米を憎悪しろ」という説教と関係ないわけがないのです。

すでに日本やヨーロッパは、彼らのために最大限の寛大な措置を取っています。変わらなければいけないのは、韓国・朝鮮人コミュニティーやイスラムコミュニティーのほうです。「それができないなら来るな、出て行け。」という、ただそれだけのことです。
  1. 2016-04-23 19:37
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

Re: こちらの主張は至ってシンプル

> 差別問題については、日本における韓国・朝鮮人と、ヨーロッパにおけるイスラム教徒(特にアラブ人)が、とてもよく似た行動を取っていますよね。
> だって、モスク(イスラム寺院)の中でイマーム(イスラム教指導者)が「キリスト教社会を憎め」という説教をしているのって、朝鮮学校で日本憎悪教育をしているのと同じでしょう?
>
> そもそも、こちらを憎んでいる人たちとなぜ共存しなければいけないのか?ということですよね。
> フランスのヒジャブ論争だって、フランス左翼は「女性への抑圧だ」とか言って話をややこしくするけど、単純に「フランスの価値観を共有しろ」というだけのことですよね。
>
> フランスやベルギーでのテロ事件を受けて、欧米のリベラルメディアには、また穏健なイスラム教徒たちが登場して「イスラム教徒が全てテロリストだとは思わないでください」「イスラム教は平和的な宗教です」と言っていましたが、私でさえ「これで何度目だよ?」と思いましたよ。
>
> 「韓国人がみんな反日なわけじゃない」「良い韓国人もいる」と同じ理屈ですから、ウンザリしているヨーロッパの人たちの気持ちがよくわかります。
> 靖国神社爆破テロが韓国の反日教育と関係ないわけがないし、欧米でのイスラム教徒によるテロが、モスクで行われている「欧米を憎悪しろ」という説教と関係ないわけがないのです。
>
> すでに日本やヨーロッパは、彼らのために最大限の寛大な措置を取っています。変わらなければいけないのは、韓国・朝鮮人コミュニティーやイスラムコミュニティーのほうです。「それができないなら来るな、出て行け。」という、ただそれだけのことです。

 欧米や日本の自称リベラリストは凄い勘違いをしているのです。

 彼等は男女平等や人権などは、人類の普遍的な価値観なので、これさへ唱えれば誰でも無条件に共存できると思っているのです。

 しかしイスラム世界や韓国や北朝鮮では、そんなモノは殆ど意味がないのです。 イスラム教徒にとってはイスラム教を信じる事が宗教の自由であり人間性そのモノなのです。

 そしてイスラム教の教えを、「女性の抑圧」などと批判するなど、これ以上にはあり得ないような敵対行為なのです。 だからイスラム教徒からすれば、ヨーロッパ人が自分達に強烈な敵意を持っていると考えるのです。

 どうように韓国人や北朝鮮人にすれば、日本は戦犯国家ですから、永遠に謝罪と賠償を続けなければならないのです。
 それをしないのは完全に敵対行為なのです。

 こういう風に価値感が根源的に違うのだから、同じ国に暮らせば揉め事が起きるのは当然なのです。

 そしてそういう場合は、相手を憎むのです。

 同化がすすまず差別がなくならないのは、実は「差別されている」側が、自分達の優越性を確信しているからなのです。 優越していると思うから、自分達の価値感を捨てないのです。

 そう言う人達であることを無視して、「イスラム教徒を差別してはいけない」「在日コリアンを差別してはイケナイ」、「差別をするから彼等が敵対するのだ」などと言うのは、は非常に滑稽でナンセンスなのです。

 
  1. 2016-04-23 20:43
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

ポリティカル・コレクトの行き先

 リベラルが本義としていた命題である「特定の価値観を個人に押し付けてはならない」という考え方に従えば、ポリティカル・コレクトネスの名の下にリベラル的価値観を個人にすら強要するというのは徹底的に批判されるべきことです。
 彼らの目的は自分たちが道徳を作り上げるのだという、極めて傲慢で独善的な思想を持っているのです。

 ポリティカル・コレクトネスというのは、「悪臭のする液体の入った容器に蓋をする」ということです。特にヨーロッパでの反移民派への弾圧については、「バーナーで加熱しているフラスコに蓋をする」ようなものでしょう。現実に移民の受け入れによって歪みが生じつつあるのに、それを全て「政治的に間違っている」として不満をやり込めてしまえば、いつかその不満が爆発して社会が崩壊します。

 さて、イスラム勢力に乗っ取られるのをヨーロッパ人が黙ってみているのでしょうかね。完全にイスラム化する前にヨーロッパで暴動が吹き荒れることになるのではないかと思います。少なくとも、政府に対する不信はさらに高まっていくでしょうね。そうなれば、一触即発の極めて危険な状態にしかならないでしょう。
  1. 2016-04-24 10:06
  2. URL
  3. 凍え馬 #-
  4. 編集

Re: ポリティカル・コレクトの行き先

>  リベラルが本義としていた命題である「特定の価値観を個人に押し付けてはならない」という考え方に従えば、ポリティカル・コレクトネスの名の下にリベラル的価値観を個人にすら強要するというのは徹底的に批判されるべきことです。
>  彼らの目的は自分たちが道徳を作り上げるのだという、極めて傲慢で独善的な思想を持っているのです。

 彼等は自分達が独善的であることを自覚できないほど独善的なのです。 だから全ての人間が自分達の正義に従うのは当然と考えているのです。

 それにしてもポリティカル・コレクトネスなんて、まるでソ連のような話じゃないですか?
 ソ連では「政治的正しい」事は党が決めていました。 それを間違えると強制収容所行きでした。

 しかし自由を信条とするリベラリストの世界で「政治的に正しい」事が当人に考えに関係なく決まる時代が来るなんて・・・・・。
 これだけでもう十分オカシイのです。

>  ポリティカル・コレクトネスというのは、「悪臭のする液体の入った容器に蓋をする」ということです。特にヨーロッパでの反移民派への弾圧については、「バーナーで加熱しているフラスコに蓋をする」ようなものでしょう。現実に移民の受け入れによって歪みが生じつつあるのに、それを全て「政治的に間違っている」として不満をやり込めてしまえば、いつかその不満が爆発して社会が崩壊します。
 
 加熱されて悪臭が酷くなったので、蓋をしているのでしょうね。
 
>  さて、イスラム勢力に乗っ取られるのをヨーロッパ人が黙ってみているのでしょうかね。完全にイスラム化する前にヨーロッパで暴動が吹き荒れることになるのではないかと思います。少なくとも、政府に対する不信はさらに高まっていくでしょうね。そうなれば、一触即発の極めて危険な状態にしかならないでしょう。

 ワタシもこのまだとヨーロッパでまた宗教戦争が起きると思います。 
 
  1. 2016-04-24 10:57
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

示唆に富む内容です

よもぎねこさんのブログは、自分が考える道標になることが多く、毎日拝読しています。とりわけこのエントリーは示唆に富むものです。

>アメリカ大統領選挙で、他候補の集会を暴力的に妨害すると言う例
>アメリカ大統領選挙は神聖な民主主義の儀式

そうなんですネ。
一見無駄なお祭りのような、延々と続く大統領選挙は、「神聖な民主主義の儀式」なのです。
他候補の集会を暴力的に妨害することが、いかに民主主義を冒涜することであるか、知るべきだと思います。

>キリストは母親と他人を、全く差別しなかった、と言う話
いいお話です。
度を過ぎた肉親愛をいさめた意味、あるいは立場をわきまえる教え、なのかと。
また仰るように、平等ということの限界を示す意味もあるかと。

>非現実的で非人間的な目標に向かって際限もない努力をする社会は、恐ろしい
>共産主義者が家族を壊したい

これは私も痛切に感じます。
昔、民主党の誰かが座談会で「現代は、子供は親ではなく、社会が育てるべきなんですよ」と発言していました。

私はポルポトが子供を親から取り上げて、集団生活をさせて国家に奉仕させようとした政策を思い出して、空恐ろしくなりました。
この民主党の馬鹿はそうした黒歴史を知らずに、きれいごとを言っただけなのでしょうが、人間性を抑える行動は危険だと肝に銘じるべきでしょう。
  1. 2016-04-24 14:06
  2. URL
  3. 道草人 #-
  4. 編集

Re: 示唆に富む内容です

> よもぎねこさんのブログは、自分が考える道標になることが多く、毎日拝読しています。とりわけこのエントリーは示唆に富むものです。
>
> >アメリカ大統領選挙で、他候補の集会を暴力的に妨害すると言う例
> >アメリカ大統領選挙は神聖な民主主義の儀式
>
> そうなんですネ。
> 一見無駄なお祭りのような、延々と続く大統領選挙は、「神聖な民主主義の儀式」なのです。
> 他候補の集会を暴力的に妨害することが、いかに民主主義を冒涜することであるか、知るべきだと思います。
>
> >キリストは母親と他人を、全く差別しなかった、と言う話
> いいお話です。
> 度を過ぎた肉親愛をいさめた意味、あるいは立場をわきまえる教え、なのかと。
> また仰るように、平等ということの限界を示す意味もあるかと。
>
> >非現実的で非人間的な目標に向かって際限もない努力をする社会は、恐ろしい
> >共産主義者が家族を壊したい
>
> これは私も痛切に感じます。
> 昔、民主党の誰かが座談会で「現代は、子供は親ではなく、社会が育てるべきなんですよ」と発言していました。
>
> 私はポルポトが子供を親から取り上げて、集団生活をさせて国家に奉仕させようとした政策を思い出して、空恐ろしくなりました。
> この民主党の馬鹿はそうした黒歴史を知らずに、きれいごとを言っただけなのでしょうが、人間性を抑える行動は危険だと肝に銘じるべきでしょう。

 今の欧米ではこうした「差別反対絶対正義」問い状況に対して疑問を持つと「差別主義者」と言われるようです。

 しかしワタシはこれはオカシイと思うのです。

 差別のない平等な社会は理想ですが、しかし自由と平等は双方を適当に切り詰めないと両立しないのです。 これは民主主義国家が成立した時から自明の話です。

 ところが今はマスゴミが「差別反対絶対正義」を煽り、差別反対=平等は程々にしないと、自由を喪うと言う事実を指摘する事も出来なくなっているのです。

 

 
  1. 2016-04-24 19:00
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

>私はポルポトが子供を親から取り上げて、集団生活をさせて国家に奉仕させようとした政策を思い出して、空恐ろしくなりました。
この民主党の馬鹿はそうした黒歴史を知らずに、きれいごとを言っただけなのでしょうが、人間性を抑える行動は危険だと肝に銘じるべきでしょう。

これを実際にやったのがナチスドイツでした。選抜した男女を交配させ、生まれた子供を国家が育て、優秀人種として育て上げる計画。
そうして生まれた子供達はどうなったかというと、言語障害や発育障害を起こし、成人しても社会に適応できず、様々な問題を起こすようになったのです。
こうした子供たちを赤ん坊時代から成人に達するまで追跡調査をした研究者は、「赤ちゃんにとって、一番必要なのは温かい家庭の存在であるということを、このおぞましい実験は示しています」と結論づけました。
ソ連の例もそうですが、家庭や家族の存在を否定することが如何に危険かは、既に答えが出ているのであって、同じことを繰り返す必要性は全くありません。
社会の最小単位が家族であり、いわば家族は一個のレンガのようなものです。そのレンガが豆腐のようにフニャフニャなら、そうしたレンガで社会という建物を建設しても、風が吹いただけでも崩壊するでしょう。
社会の崩壊こそ、共産主義者が暴力革命を行う上で、最も理想的な環境といえます。
彼らは、男女平等や多様な価値観など、誰にも逆らえない絶対正義を看板に掲げて、既存の家族文化を破壊しようとしますから、私達は強い警戒心を持たなくてはなりません。
  1. 2016-04-24 23:19
  2. URL
  3. 名無しの権兵衛 #7oBtXADM
  4. 編集

自称リベラリストって、重要な点を見落としているのですよ。それは「価値観が逆転した社会環境で育って人間に対して、こちら側の価値観を基準に道理を説いても通じない」ということです。
大晦日のケルンの事件や公共のプールで起きている痴漢行為や暴動も、実際にやっている当人達は罪の意識も罪悪感も感じていないと思います。
何故なら、肌を露出した女は「恥知らずな女」であり、「だから」「触っても問題ない」と考えている。
そして、法律よりイスラムの教えが優先する。
思考回路や価値観が根本的に違うのであり、かれらにしてみたら「常識」に従って行動しているのにすぎない以上、ドイツがドイツの男女平等の意識やドイツの常識を説いても、話が噛みあわない、「え?何がいけないの?」と返されるだけだと思うのですよ。
別に馬鹿にしているのではなく、幾ら言語を駆使しても、前提としている価値観や常識意識、道徳観念について想像を超えた断絶が存在する以上、理屈が通じるわけがないのです。
こうした真逆の価値観を持つ者達が同じ場所に混住し、多文化主義の名の下に「互いの価値観を尊重せよ」ということになれば、価値観の押しつけ合戦に発展してしまうと思うのです。
一方が「女が人前で肌をさらしてはいけない。これが俺たちの価値観だから尊重しろ。それが多文化主義だ」と主張すれば、もう一方は「そんなのは時代遅れだ。女は人前で肌をさらしていい。それが俺たちの価値観だ。お前達こそ俺たちの価値観を尊重しろ。多文化主義なんだから」となるでしょう。こうした価値観の対立が激化すれば最悪の場合戦争へと発展することになりますから、回避策として距離を置いて、相互不干渉を徹底するしかないのですが、多文化共生だと躍らせれたリベラリストが混ぜてしまい、国時代を導火線にしているのが、ドイツを中心とした欧州の状況といえるでしょう。
大晦日のケルンの事件は象徴的です。ケルン大聖堂は、東方三博士の遺骨が納められ、信仰心の篤い人々の巡礼地となっている、いわば聖地です。
その聖地のおひざ元で、ムスリムが蛮行を繰り広げたのですから、宗教的に宣戦布告にも等しい(メッカで、キリスト教徒が同様のことをした場合どうなりますか?)。
既に後戻りができない宗教対立が確定した以上、暴発は時間の問題であり、最早被害を如何にして最小限に食い止めるかを考えるしかないと思います。
  1. 2016-04-25 00:57
  2. URL
  3. 名無しの権兵衛 #9IoQVocY
  4. 編集

Re: タイトルなし

> >私はポルポトが子供を親から取り上げて、集団生活をさせて国家に奉仕させようとした政策を思い出して、空恐ろしくなりました。
> この民主党の馬鹿はそうした黒歴史を知らずに、きれいごとを言っただけなのでしょうが、人間性を抑える行動は危険だと肝に銘じるべきでしょう。
>
> これを実際にやったのがナチスドイツでした。選抜した男女を交配させ、生まれた子供を国家が育て、優秀人種として育て上げる計画。
> そうして生まれた子供達はどうなったかというと、言語障害や発育障害を起こし、成人しても社会に適応できず、様々な問題を起こすようになったのです。
> こうした子供たちを赤ん坊時代から成人に達するまで追跡調査をした研究者は、「赤ちゃんにとって、一番必要なのは温かい家庭の存在であるということを、このおぞましい実験は示しています」と結論づけました。
> ソ連の例もそうですが、家庭や家族の存在を否定することが如何に危険かは、既に答えが出ているのであって、同じことを繰り返す必要性は全くありません。
> 社会の最小単位が家族であり、いわば家族は一個のレンガのようなものです。そのレンガが豆腐のようにフニャフニャなら、そうしたレンガで社会という建物を建設しても、風が吹いただけでも崩壊するでしょう。
> 社会の崩壊こそ、共産主義者が暴力革命を行う上で、最も理想的な環境といえます。
> 彼らは、男女平等や多様な価値観など、誰にも逆らえない絶対正義を看板に掲げて、既存の家族文化を破壊しようとしますから、私達は強い警戒心を持たなくてはなりません。

 「子供は親ではなく社会が育てるべき」などと言う人は、きっと人間ではなく、蟻か蜜蜂なのでしょう。
 蟻や蜜蜂なら実際に子供は巣全体=社会が育てていますから。

 でも人間は哺乳類なのです。 哺乳類は皆親が子供を育てるのです。 ウチの猫だって6匹の子猫を産んだ時はかいがいしく育てました。

 「子供を社会が育てる」なんて哺乳類としての生物の根幹を捨てて、「昆虫に成れ」と言う話ですからね。 
 
 こういう事を言う人達は、結局究極の全体主義者でしょう。 
  1. 2016-04-25 10:14
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 自称リベラリストって、重要な点を見落としているのですよ。それは「価値観が逆転した社会環境で育って人間に対して、こちら側の価値観を基準に道理を説いても通じない」ということです。
> 大晦日のケルンの事件や公共のプールで起きている痴漢行為や暴動も、実際にやっている当人達は罪の意識も罪悪感も感じていないと思います。
> 何故なら、肌を露出した女は「恥知らずな女」であり、「だから」「触っても問題ない」と考えている。
> そして、法律よりイスラムの教えが優先する。
> 思考回路や価値観が根本的に違うのであり、かれらにしてみたら「常識」に従って行動しているのにすぎない以上、ドイツがドイツの男女平等の意識やドイツの常識を説いても、話が噛みあわない、「え?何がいけないの?」と返されるだけだと思うのですよ。
> 別に馬鹿にしているのではなく、幾ら言語を駆使しても、前提としている価値観や常識意識、道徳観念について想像を超えた断絶が存在する以上、理屈が通じるわけがないのです。
> こうした真逆の価値観を持つ者達が同じ場所に混住し、多文化主義の名の下に「互いの価値観を尊重せよ」ということになれば、価値観の押しつけ合戦に発展してしまうと思うのです。
> 一方が「女が人前で肌をさらしてはいけない。これが俺たちの価値観だから尊重しろ。それが多文化主義だ」と主張すれば、もう一方は「そんなのは時代遅れだ。女は人前で肌をさらしていい。それが俺たちの価値観だ。お前達こそ俺たちの価値観を尊重しろ。多文化主義なんだから」となるでしょう。こうした価値観の対立が激化すれば最悪の場合戦争へと発展することになりますから、回避策として距離を置いて、相互不干渉を徹底するしかないのですが、多文化共生だと躍らせれたリベラリストが混ぜてしまい、国時代を導火線にしているのが、ドイツを中心とした欧州の状況といえるでしょう。
> 大晦日のケルンの事件は象徴的です。ケルン大聖堂は、東方三博士の遺骨が納められ、信仰心の篤い人々の巡礼地となっている、いわば聖地です。
> その聖地のおひざ元で、ムスリムが蛮行を繰り広げたのですから、宗教的に宣戦布告にも等しい(メッカで、キリスト教徒が同様のことをした場合どうなりますか?)。
> 既に後戻りができない宗教対立が確定した以上、暴発は時間の問題であり、最早被害を如何にして最小限に食い止めるかを考えるしかないと思います。

 現代の欧米先進国や日本のような多神教の人間には想像できないけれど、本当に一神教に生きる人達は、法が宗教に優先するとか、自分の宗教を信じていない他人を尊重するとか言う発想はないです。

 ユダヤ教徒はそれでローマ帝国に反抗し続けたし、そのローマ帝国はキリスト教によって崩壊しました。

 イスラム教徒だって同じです。

 現在の欧米人は、キリスト教より法を優先するようになりましたが、これだってルネサンス以降500年かけて血みどろの戦いの末に勝ち取ったモノです。

 同じドイツ人でも、500年前の人間に「キリスト教の教えより、法を優先しろ。 男女は平等だ。」などと言っても通用しません。

 それを彼等は綺麗に忘れちゃったようですね。

 宗教戦争なんて別にこちら側が仕掛けなくても始まります。
 
 自分はそれなりに相手の宗教を尊重して共存する気でも、相手側は自分達の宗教以外の存在を認める意思がないのですから。
 
 十字軍や黒人奴隷制、インディアンの虐殺などは、そういう事で気楽にやっていたのです。

 そういう深刻さを理解していない人達が「多文化共存」などと言えるのです。
  1. 2016-04-25 10:29
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する