2016-04-03 21:05

スペルマン枢機卿の証言 ルーズベルト

 先月、ある方からハミルトン・フィッシュの「ルーズベルトの開戦責任」と言う本を頂きました。

 この本の中でスペルマン枢機卿の証言が紹介されています。

 スペルマン枢機卿はルーズベルトの支持者であり、友人でもあった人です。 単に個人的な友人と言うだけでなく、ルーズベルトの名代として南米を視察したりもしていた人です。

 1943年9月3日、このスペルマン枢機卿(当時は大司教)がルーズベルトに会った時に、ルーズベルトは彼に自分の考える戦後のプランを話しました。

 この時の話は、スペルマン枢機卿の伝記「スペルマン枢機卿物語」の中に描かれていた物です。 それをフィッシュが引用しているのです。

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 「スターリンはバルト三国、フィンランド、ポーランドの東半分とベッサラビアを取るであろう。 東ポーランドの住民は概ねロシア人になる事を望んでいる。

 またルーズベルトの計画では世界は四大強国によって分割される事になっていました。

 「中国が極東地域を、アメリカが太平洋地域を取り、イギリスとロシアがヨーロッパとアフリカを分割する。  英国が世界に植民地を確保しているところに鑑みると、ロシアがヨーロッパの殆どを勢力下におくであろう。

 「もちろン希望的観測と言われるかも知れないが、ロシアの勢力下にあってもその支配のやり方は穏健になるだろう。 共産主義の勢いは今後とも強まるであろう。 フランスについて言えばレオン・ブルムが政権を取っていれば、共産主義者はそれで十分だと考える可能性がある。」

 「ロシア経済が見せた驚くべき躍進は見逃す事ができない。 ロシアの財政は健全である。 ロシアの勢力下に入るヨーロッパ諸国はロシア的システムに舵を切るのに激しい変革が必要になるだろう。 ヨーロッパ諸国はつまりフランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、ノルウェーに加えて現在の敵国ドイツとイタリアも含むのであるが、ロシアの影響下で生きる事に耐えなければならない。 十年イヤ二十年経てばロシアと上手くやれることを期待しながら頑張らねばならない。

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 この青字部分がフィッシュの本に出ているルーズベルト発言の全部ですが、読んでいて腰が抜けるでしょう?

 スペルマン枢機卿も腰が抜けそうになったと思います。 彼はアメリカのカソリック聖職者の最高位者なのです。 当然、アメリカの国益と共に或いはそれ以上にカソリックの利益を守る義務があります。

 そのカソリック代表を前にルーズベルトはヨーロッパの主要カソリック国を全て、ソ連の支配下に置く計画を告白したのですから。 イタリアがソ連の支配下に置かれたらバチカンはどうなるのでしょうか?

 しかもこの時期はドイツ、イタリア、フィンランド以外の国々は、アメリカの同盟国としてドイツと戦っているのです。 

 これらの国の人々、いや首脳達は勝利の暁には祖国がソ連の支配下に置かれる事を想定していたのでしょうか?

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 実はこの話は、同じフィッシュの著書「日米開戦の悲劇」にも出てきました。 しかしワタシは「日米開戦の悲劇」で初めてこの話を読んだ時は、余りにも途方もない話なので、訳がわからず三回ぐらい読み直したのです。

 「日米開戦の悲劇」でも「ルーズベルトの開戦責任」でも、フィッシュは第二次大戦前からルーズベルトの死までの彼の外交内政政策に対する知見や、フィッシュ自身の体験を元に第二次大戦はルーズベルトがイギリスやフランスを焚きつけて起こした戦争であると主張しています。

 このフィッシュは正しいと思うのですが、しかしそれでは一体何の為にルーズベルトは戦争を起こしたのか?どのような戦後を想定したのか?と言う点については、フィッシュ自身は殆ど何も書いていません。
 彼はこれらの本を書くにあたって極力断定できる事実だけを取り上げ、自分の憶測や推定は書かないようにしていたのです。

 ルーズベルトの戦争目的と彼が作ろうとした戦後世界像を唯一明確に描いているのが、このスペルマン枢機卿の証言なのです。

 それがこの通り余りと言えば余りに途方もない話なのです。 

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 フィッシュはルーズベルトがこのような途方もない終戦処理プランを作ったのは、ルーズベルトの側近の共産主義者達の影響だろうと言います。
 またルーズベルトはド・ゴール将軍を非常に嫌っていたのですが、ルーズベルトと言う男は実はこうした個人的な好悪を政治に持ち込み、嫌って相手は実に執念深く追い込む性格だったからとも言います。

 ルーズベルトは1945年4月12日に死にます。 アメリカ史上空前絶後の4選目の途中の死でした。 
 もし彼が死なずにアメリカ大統領として戦後処理をしたら世界はどうなっていたのでしょうか?

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 因みにこのルーズベルトのプランにスペルマン枢機卿がどうコメントしたかは、出典の「スペルマン枢機卿物語」にも書かれていないそうです。

 しかしきっとバチカンにはスペルマン枢機卿からの報告書は保存されていると思います。
 だってこれはヨーロッパのカソリック界の命運の掛かった情報です。

 スペルマン枢機卿の報告書を元に、法王以下バチカンが総力を挙げて対策を練ったのだと思います。  そしてこの時の議事録なども完全に保存されているでしょう。
 いずれそれらが公開されたときには、ルーズベルが第二次大戦を推進した真意がより明確になるかも知れません。
  1. 古本
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コメント

連日の力作お疲れ様です!

フィッシュは知ってましたが、スペルマン枢機卿という人は初耳でした。ですので、これがどの程度の真実か論じることはできませんが、全くの与太話とも思えないのがFルーズベルトだからでしょうか?

そもそも歴史の流れってなんなのでしょう?
歴史にIfはないとか(本来の意味ではない使い方だそうですが)、ればたら言ってもしょうがないとかいう人達もいますが、ならば歴史って必然的に決定される? 歴史の教訓って何? マルクス主義者や運命論者じゃないのですから、歴史を教訓に未来を選択することは当然だと思います。ま、あまりやりすぎると死んだ子の歳をかぞえることになるとはKazkさんの名言でした。

少なくとも現代をまた我々の将来を考える上で、20世紀以降の歴史にはもっとスポットライトが照てられるべきだし、議論する際にも最低限の知識は必要でしょう。

歴史の因果関係も知らず、戦争や平和を論ずるなんて言語道断の所業でしょう・・・と思わずにはいられません。
戦争絶対だめ!!ていうやつらに限って、戦争のことを何も知りませんから。

しかし、ルーズベルト、チャーチル、ヒトラー、スターリン、蒋介石、毛沢東、大日本帝国(誰にすればいいのか?)いずれにせよ戦争の結末や戦後の世界が思いどおりになったのはいないのも歴史の教訓でしょう。
ん、毛沢東は? どうなんでしょう・・・。
  1. 2016-04-03 23:01
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  3. boku #-
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 「ルーズベルトの夢」は、ユーラシア大陸をスターリンに捧げて共産主義陣営にすることでしいたか。この発言を読むと、今まではルーズベルトの周辺が共産主義者に囲まれたいたせいだとか、米国の覇権の為にあえて日・独を戦争に追い込んだという説が馬鹿らしくなるくらい明らかに共産主義者ですね。

 近年相次いで各国政府の機密文書が開示されて、今まで陰謀論だとか荒唐無稽だと否定されてきた事の裏付けが出て来てますが、バチカンの文書も開示されないでしょうか?きっともの凄い情報が沢山あると思います。

 第二次政界大戦をはさんで、ピウス11世・12世そしてスペルマン枢機卿も反共産主義者として戦っていたようです。両法王のドイツへのある種の共感や日本の敗戦交渉を助けようとしたりしたのは、あの戦争が共産主義との闘いだったとの認識があったからだと、このスペルマン枢機卿の言葉で確信しました。もう少しルーズベルトが長生きしていたら、世界同時革命は達成されていたと思うとこれお程恐ろしいことはありません。

 共産主義は帝政ロシアの特権階級から感染して、現実の共産主義国家を持ちそしてアメリカに浸透してその国力を世界同時革命の為に使ったわけですが、このやり方は中国共産党も踏襲していて上手にコントロールしていました。最近はあまり上手くいっていないようですが、巻き返しを虎視眈々と狙っているはずです。

 通名「リベラル」で本名「共産主義」、もしくは「共産主義」に背乗りされた「リベラル」がいまだに国連・ユニセフ・NGOを使って、我が国でも多文化共生の名のもとに日夜日本破壊工作に努めていると妄想するのは陰謀脳のせいかもしれません。でもこの多文化”強制”が欧州での難民・移民特権を作り、彼らの犯罪は報道しない自由を駆使するというまるで我が国と同じ事が行われています。

 サヨク繋がりで、この間から日教組について検索していたら、日教組のHPには掲載されていない(サヨクが世界的な組合と連動しているのは隠したい?)ユネスコと世界教育者団体総連合について「コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾―迫り来る反日包囲網の正体を暴く」などで有名な江崎 道朗さんの有意義な記事がありました。ユネスコって、多文化”強制”の世界機関みたいです。

・・・・・・ユネスコは1974年、「国際理解、協力および平和のための教育、ならびに人権および基本的自由に関する教育のための勧告」を採択し、国際理解という名のアンチ・ナショナリズム、平和という名の反戦平和・軍縮教育、人権という名の反差別・平等主義・少数民族保護教育を各国に推進するよう要求した。ユネスコは1980年には「人権教育七ヵ年推進プラン」を可決した。これが、同和問題や在日に関する反差別教育を推進する根拠となり、日教組は、反日・反「日の丸」「君が代」闘争を繰り広げることになったのである。・・・・・・
https://www.facebook.com/michio.ezaki/posts/882619038521261
  1. 2016-04-04 08:03
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  3. 都民です。 #-
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Re: タイトルなし

> 連日の力作お疲れ様です!

 有難う御座います。 実は書きたい事は沢山あるのですが、それを全部は書けないので、毎日少しずつ書いています。

> フィッシュは知ってましたが、スペルマン枢機卿という人は初耳でした。ですので、これがどの程度の真実か論じることはできませんが、全くの与太話とも思えないのがFルーズベルトだからでしょうか?

 このスペルマン証言そのモノは全く真実でしょう。 枢機卿と言う立場で嘘や冗談で書くには事が重大すぎます。
 またアメリカの軍事行動や戦時中のルーズベルトの外交策を想い合わせると、結構このプランに沿うのです。

 だからこれはヨタでは済まない話だと思うのです。

> そもそも歴史の流れってなんなのでしょう?
> 歴史にIfはないとか(本来の意味ではない使い方だそうですが)、ればたら言ってもしょうがないとかいう人達もいますが、ならば歴史って必然的に決定される? 歴史の教訓って何? マルクス主義者や運命論者じゃないのですから、歴史を教訓に未来を選択することは当然だと思います。ま、あまりやりすぎると死んだ子の歳をかぞえることになるとはKazkさんの名言でした。
>
> 少なくとも現代をまた我々の将来を考える上で、20世紀以降の歴史にはもっとスポットライトが照てられるべきだし、議論する際にも最低限の知識は必要でしょう。
>
> 歴史の因果関係も知らず、戦争や平和を論ずるなんて言語道断の所業でしょう・・・と思わずにはいられません。
> 戦争絶対だめ!!ていうやつらに限って、戦争のことを何も知りませんから。
>
> しかし、ルーズベルト、チャーチル、ヒトラー、スターリン、蒋介石、毛沢東、大日本帝国(誰にすればいいのか?)いずれにせよ戦争の結末や戦後の世界が思いどおりになったのはいないのも歴史の教訓でしょう。
> ん、毛沢東は? どうなんでしょう・・・。

 そうなのです。 やはり戦争を防ぐためには、なぜ戦争が起きたかを知るべきなのです。

 それにしてもこのフィッシュの本を読んでいると思うのですが、日本人は(ワタシは特に)第二次大戦について知らないと言う事です。

 そもそも第二次大戦のメインはヨーロッパ戦線で、太平洋戦線じゃないのです。 日本はルーズベルトの対独開戦工作に利用されただけなのです。

 こうした立ち位置をまず知らなかったわけです。

 しかしそうした位置を知らないと、第二次大戦の全容はわからないし、そうすると原因だってわからないのです。
 
 だからこれから勉強していきたいと思います。
 
  1. 2016-04-04 11:53
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  3. よもぎねこ #-
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大変すばらしいエントリー、有難うございます。
スペルマン枢機卿(当時は大司教)も驚いたでしょうね。
その頃のヨーロッパの認識はロシアなどド田舎の土人国同然位に思っていたのが、西欧を全部ロシアに譲り渡そうとしたんだから。

この件ではフィッシュも歴史修正主義と糾弾されていますが、とにかくルーズベルトの問題点指摘は必ず歴史修正主義と言われます。
しかしその闇の世界が徐々に明るみに出てくる気配、良い事です。

私はFDRの問題には二人の女性が深くかかわっていると見ています。
1人は妻エレノア、エレノアが隠れ共産主義者だった事は徐々に明るみに出ていますが、もっと大物がいる。
それがFDRの母、サラ・デラノ・ルーズベルトです。サラは子供の頃上海に3年ほどいましたので中国に親近観を持ていたらしい。
そしてサラの実家デラノ家はアヘンで財を成した家で、そのアヘン撲滅(台湾で)に取り組んでいた日本は多分目の敵だったんでしょう。
FDRの常軌を逸した反日は私はサラが日頃から焚きつけたものと見ています。
こんな歴史観の所にエレノアの共産主義思想が入り込んだ。
トンデモナイものです。

それから話は変わりますが、都民ですさんのコメントで紹介されている江崎 道朗さんの記事。
大変興味深いので私も引用させていただこうかと思います。
宜しくお願いします。
私は70年代~80年代、反日・反国旗・反国歌が燎原之火の如く広がったのはベトナム戦争との絡みがあるとは気が付いていましたが、こんな所に有ったんですね。此れもコミンテルンの謀略の一環だった、良く分かりました。
  1. 2016-04-04 11:55
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  3. 短足おじさん二世 #-
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Re: タイトルなし

>  「ルーズベルトの夢」は、ユーラシア大陸をスターリンに捧げて共産主義陣営にすることでしいたか。この発言を読むと、今まではルーズベルトの周辺が共産主義者に囲まれたいたせいだとか、米国の覇権の為にあえて日・独を戦争に追い込んだという説が馬鹿らしくなるくらい明らかに共産主義者ですね。

 ルーズベルトが共産主義者だったと言う確定証拠はないのですが、しかし実際にアメリカが第二次大戦中にやったことは、ソ連への膨大な援助と、戦争を長引かせる事でした。
 
 これは両方共ソ連の支配権拡張に絶対的に有利なのです。 だからこの「ルーズベルトの夢」はあながち妄想でもないのです。

>  近年相次いで各国政府の機密文書が開示されて、今まで陰謀論だとか荒唐無稽だと否定されてきた事の裏付けが出て来てますが、バチカンの文書も開示されないでしょうか?きっともの凄い情報が沢山あると思います。

 但し開示が遅いんですよね。 秀吉のキリシタン弾圧に前後の報告書が10年ほど前に開示とか・・・・。
 だから凄く興味深いのですが、一体いつになったら公開される事か・・・。

>  第二次政界大戦をはさんで、ピウス11世・12世そしてスペルマン枢機卿も反共産主義者として戦っていたようです。両法王のドイツへのある種の共感や日本の敗戦交渉を助けようとしたりしたのは、あの戦争が共産主義との闘いだったとの認識があったからだと、このスペルマン枢機卿の言葉で確信しました。もう少しルーズベルトが長生きしていたら、世界同時革命は達成されていたと思うとこれお程恐ろしいことはありません。

 スペルマン枢機卿はルーズベルトの支持者で友人でした。 そしてアメリカカソリック界の最高指導者と言う立場ですから、アメリカのカソリック教徒に対する影響は絶大でしょう。
 だからルーズベルトもこんな凄い話を戦時中にスペルマン枢機卿に明かしたのです。
 
 その彼がどういう心算で主戦論のルーズベルトを支持していたのかわかりません。 ルーズベルトが主戦論者だと言う事を見抜けない程愚かだったとは思えません。 カソリックの高位聖職者って皆抜群の政治センスがありますから。
 
 しかしいずれにせよ、このルーズベルトの告白は、腰が抜ける程ショッキングだったと思います。
 
>  共産主義は帝政ロシアの特権階級から感染して、現実の共産主義国家を持ちそしてアメリカに浸透してその国力を世界同時革命の為に使ったわけですが、このやり方は中国共産党も踏襲していて上手にコントロールしていました。最近はあまり上手くいっていないようですが、巻き返しを虎視眈々と狙っているはずです。
>
>  通名「リベラル」で本名「共産主義」、もしくは「共産主義」に背乗りされた「リベラル」がいまだに国連・ユニセフ・NGOを使って、我が国でも多文化共生の名のもとに日夜日本破壊工作に努めていると妄想するのは陰謀脳のせいかもしれません。でもこの多文化”強制”が欧州での難民・移民特権を作り、彼らの犯罪は報道しない自由を駆使するというまるで我が国と同じ事が行われています。
>
>  サヨク繋がりで、この間から日教組について検索していたら、日教組のHPには掲載されていない(サヨクが世界的な組合と連動しているのは隠したい?)ユネスコと世界教育者団体総連合について「コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾―迫り来る反日包囲網の正体を暴く」などで有名な江崎 道朗さんの有意義な記事がありました。ユネスコって、多文化”強制”の世界機関みたいです。
>
> ・・・・・・ユネスコは1974年、「国際理解、協力および平和のための教育、ならびに人権および基本的自由に関する教育のための勧告」を採択し、国際理解という名のアンチ・ナショナリズム、平和という名の反戦平和・軍縮教育、人権という名の反差別・平等主義・少数民族保護教育を各国に推進するよう要求した。ユネスコは1980年には「人権教育七ヵ年推進プラン」を可決した。これが、同和問題や在日に関する反差別教育を推進する根拠となり、日教組は、反日・反「日の丸」「君が代」闘争を繰り広げることになったのである。・・・・・・
> https://www.facebook.com/michio.ezaki/posts/882619038521261

 ワタシは実は今世界に溢れている反差別ファシズムは共産主義者達が煽っているのだと思います。

 暴力的に平等を追うと言う点では同じですから。 そして反差別を梃に言論弾圧が可能ですから。
  1. 2016-04-04 12:23
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 大変すばらしいエントリー、有難うございます。
> スペルマン枢機卿(当時は大司教)も驚いたでしょうね。
> その頃のヨーロッパの認識はロシアなどド田舎の土人国同然位に思っていたのが、西欧を全部ロシアに譲り渡そうとしたんだから。

 タダの田舎者ならともかく共産主義国家ですからね。 ソ連が宗教をどのように扱ったか?
 ウペシンスキー大聖堂を爆破したソ連がイタリアを支配すれば、今度はバチカンを爆破するでしょう。
 枢機卿は青ざめたと思います。

> この件ではフィッシュも歴史修正主義と糾弾されていますが、とにかくルーズベルトの問題点指摘は必ず歴史修正主義と言われます。
> しかしその闇の世界が徐々に明るみに出てくる気配、良い事です。
>
> 私はFDRの問題には二人の女性が深くかかわっていると見ています。
> 1人は妻エレノア、エレノアが隠れ共産主義者だった事は徐々に明るみに出ていますが、もっと大物がいる。
> それがFDRの母、サラ・デラノ・ルーズベルトです。サラは子供の頃上海に3年ほどいましたので中国に親近観を持ていたらしい。
> そしてサラの実家デラノ家はアヘンで財を成した家で、そのアヘン撲滅(台湾で)に取り組んでいた日本は多分目の敵だったんでしょう。
> FDRの常軌を逸した反日は私はサラが日頃から焚きつけたものと見ています。
> こんな歴史観の所にエレノアの共産主義思想が入り込んだ。
> トンデモナイものです。

 ルーズベルトの本心はわかりません。 しかしルーズベルトの政策が全てソ連の勢力拡張に大変な貢献をしたのは事実です。
 それを思い返すと、このスペルマン枢機卿の証言は、間違いなく当時のルーズベルト政権の戦後プランだったのだと思います。

> それから話は変わりますが、都民ですさんのコメントで紹介されている江崎 道朗さんの記事。
> 大変興味深いので私も引用させていただこうかと思います。
> 宜しくお願いします。
> 私は70年代~80年代、反日・反国旗・反国歌が燎原之火の如く広がったのはベトナム戦争との絡みがあるとは気が付いていましたが、こんな所に有ったんですね。此れもコミンテルンの謀略の一環だった、良く分かりました。

 そうですね。 これでワタシも70年代にワラワラと反戦運動が広がり、反国旗、反国歌になったかわかりました。
  1. 2016-04-04 12:34
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  3. よもぎねこ #-
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共産主義が輝いて見えた時代

私は「○○年に△△で××が起きた」というような歴史は苦手なのですが、それぞれの時代の雰囲気はどうであったかという事にはとても興味があります。

この時代、プロテスタントの国であるアメリカやイギリスとカトリックの総本山であるバチカンは今ほど仲が良くありませんでした。というか険悪な仲でした。
アメリカ国内では、たとえ白人であってもカトリックであるイタリア系やアイルランド系は差別されていました。「白人=プロテスタント」という時代です。
英国国教会がバチカンと和解したのは、エリザベス女王がイギリスの国家元首として初めてバチカンを公式訪問した1980年です。

また、この時代は世界恐慌があったため「資本主義の限界」「資本主義から共産主義に移行することは歴史の必然である」という言説がとても説得力を持ってただろうと思います。
共産主義ほど実態を隠して良いイメージをふりまくのに成功した思想や運動はないでしょう。
第三世界では、共産主義革命さえ起こせば「古い慣習の打破」「近代化」「民族自決」「植民地支配からの脱却」「産業化」「経済発展」などが一度に手に入る魔法の杖のように思われていましたし、先進国でもインテリは「革命」を肯定的に捉えていました。
有名なところでは画家のピカソがフランス共産党の党員でしたし、ビートルズの歌にも「Revolution」という曲がありました。今でも「○○革命」という言い方をよくしますから、インテリにとって「革命」は今でも良いイメージなのでしょう。

ちなみに、1948年に建国されたイスラエルも、当初は「キブツ」という、ソ連の「コルホーズ」や中国の「人民公社」なのようなものを作って、社会主義国のようなことをしていました。

キブツ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%96%E3%83%84

ルーズベルト大統領はニューディール政策など左寄りの経済政策を行っていますし、カトリックより共産主義にシンパシーを持っていたとしても不思議ではありません。
よもぎねこさんは過去記事で「宗教には必ずカルトの部分がある」と書いておられましたが、それは政治思想にも言えるんだと思います。「リベラル思想」のカルトの部分が「共産主義思想」なのではないでしょうか。
ルーズベルト大統領が現代のリベラル派と違うところは、黒人や日系人に対してはバリバリの人種差別政策を行ったことでしょうか。

また、ルーズベルトに限らずアメリカは歴史上、しばしば「真の敵を見誤る」ということをしています。
アフガニスタン紛争の時に、ソ連と戦わせるためにアメリカが支援したムジャヒディン(イスラム聖戦士)が、後にタリバン、アルカイダ、ISになりましたし、サダム・フセインを排除したためにイラクは大混乱に陥って、現在まで続く中東の混乱の一因になりました。
朝鮮戦争も、今にしてみれば韓国なんかのためにあれほどの犠牲を払う必要があったのか疑問です。マッカーサーが朝鮮戦争で原爆を使おうとしたのは、絶対に李承晩・韓国軍・韓国国民のふるまいに対する絶望と怒りがあったのだろうと思います。
第二次世界大戦アジア戦線では、中華民国の言うことを鵜呑みにして日本を「悪」とみなしたことが、アメリカの大きな誤りだったのだろうと思います。

戦後、日本ではすぐに高度経済成長が起きて社会に活気が戻りましたが、欧米では長らく停滞が続きました。左翼運動が盛んでストライキが頻発し、たびたび経済活動がストップしていました。
興味深いのは、ソ連を崩壊させたレーガン大統領は、政治面において反共主義者だっただけでなく、経済においてもバリバリの新自由主義者だったことです。イギリスのサッチャー首相もそうでした。サッチャー首相は露骨に労組つぶし・左翼つぶしに動きましたし、「レーガノミクス」「サッチャリズム」とは「ゆりかごから墓場まで」といわれたリベラルな経済政策の否定でした。

都民です。さんが貼ってくださった江崎道朗氏の文章はとても興味深いです。ユネスコはフランス共産党の学者によって作られて、アメリカはレーガン大統領の時代に脱退したんですか。
「新自由主義思想」が「左翼リベラル思想」へのアンチテーゼであることがよくわかるエピソードですね。

よもぎねこさんの今回の記事を読んでルーズベルトについてググったら、思いがけず近現代思想史のようなものが見えてきたので興奮してしまいました。
私は人文系のくせに歴史音痴なので、もし間違いがありましたら御指摘のほどよろしくお願い致します。<m(__)m>
  1. 2016-04-04 18:09
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  3. かんぱち #vF6NeGQU
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Re: 共産主義が輝いて見えた時代

> 私は「○○年に△△で××が起きた」というような歴史は苦手なのですが、それぞれの時代の雰囲気はどうであったかという事にはとても興味があります。
>
> この時代、プロテスタントの国であるアメリカやイギリスとカトリックの総本山であるバチカンは今ほど仲が良くありませんでした。というか険悪な仲でした。
> アメリカ国内では、たとえ白人であってもカトリックであるイタリア系やアイルランド系は差別されていました。「白人=プロテスタント」という時代です。
> 英国国教会がバチカンと和解したのは、エリザベス女王がイギリスの国家元首として初めてバチカンを公式訪問した1980年です。
>
> また、この時代は世界恐慌があったため「資本主義の限界」「資本主義から共産主義に移行することは歴史の必然である」という言説がとても説得力を持ってただろうと思います。
> 共産主義ほど実態を隠して良いイメージをふりまくのに成功した思想や運動はないでしょう。
> 第三世界では、共産主義革命さえ起こせば「古い慣習の打破」「近代化」「民族自決」「植民地支配からの脱却」「産業化」「経済発展」などが一度に手に入る魔法の杖のように思われていましたし、先進国でもインテリは「革命」を肯定的に捉えていました。
> 有名なところでは画家のピカソがフランス共産党の党員でしたし、ビートルズの歌にも「Revolution」という曲がありました。今でも「○○革命」という言い方をよくしますから、インテリにとって「革命」は今でも良いイメージなのでしょう。
>
> ちなみに、1948年に建国されたイスラエルも、当初は「キブツ」という、ソ連の「コルホーズ」や中国の「人民公社」なのようなものを作って、社会主義国のようなことをしていました。
>
> キブツ - Wikipedia
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%96%E3%83%84
>
> ルーズベルト大統領はニューディール政策など左寄りの経済政策を行っていますし、カトリックより共産主義にシンパシーを持っていたとしても不思議ではありません。
> よもぎねこさんは過去記事で「宗教には必ずカルトの部分がある」と書いておられましたが、それは政治思想にも言えるんだと思います。「リベラル思想」のカルトの部分が「共産主義思想」なのではないでしょうか。
> ルーズベルト大統領が現代のリベラル派と違うところは、黒人や日系人に対してはバリバリの人種差別政策を行ったことでしょうか。
>
> また、ルーズベルトに限らずアメリカは歴史上、しばしば「真の敵を見誤る」ということをしています。
> アフガニスタン紛争の時に、ソ連と戦わせるためにアメリカが支援したムジャヒディン(イスラム聖戦士)が、後にタリバン、アルカイダ、ISになりましたし、サダム・フセインを排除したためにイラクは大混乱に陥って、現在まで続く中東の混乱の一因になりました。
> 朝鮮戦争も、今にしてみれば韓国なんかのためにあれほどの犠牲を払う必要があったのか疑問です。マッカーサーが朝鮮戦争で原爆を使おうとしたのは、絶対に李承晩・韓国軍・韓国国民のふるまいに対する絶望と怒りがあったのだろうと思います。
> 第二次世界大戦アジア戦線では、中華民国の言うことを鵜呑みにして日本を「悪」とみなしたことが、アメリカの大きな誤りだったのだろうと思います。
>
> 戦後、日本ではすぐに高度経済成長が起きて社会に活気が戻りましたが、欧米では長らく停滞が続きました。左翼運動が盛んでストライキが頻発し、たびたび経済活動がストップしていました。
> 興味深いのは、ソ連を崩壊させたレーガン大統領は、政治面において反共主義者だっただけでなく、経済においてもバリバリの新自由主義者だったことです。イギリスのサッチャー首相もそうでした。サッチャー首相は露骨に労組つぶし・左翼つぶしに動きましたし、「レーガノミクス」「サッチャリズム」とは「ゆりかごから墓場まで」といわれたリベラルな経済政策の否定でした。
>
> 都民です。さんが貼ってくださった江崎道朗氏の文章はとても興味深いです。ユネスコはフランス共産党の学者によって作られて、アメリカはレーガン大統領の時代に脱退したんですか。
> 「新自由主義思想」が「左翼リベラル思想」へのアンチテーゼであることがよくわかるエピソードですね。
>
> よもぎねこさんの今回の記事を読んでルーズベルトについてググったら、思いがけず近現代思想史のようなものが見えてきたので興奮してしまいました。
> 私は人文系のくせに歴史音痴なので、もし間違いがありましたら御指摘のほどよろしくお願い致します。<m(__)m>

 ルーズベルト時代からソ連崩壊までの共産主義に対する認識は全く仰る通りだと思います。

 ルーズベルトの時代、欧米や日本の政治家の多くは、共産主義の大勢転覆思想を警戒していました。 しかし所謂インテリと言われる人達の多くが、共産主義に共感を持っていました。

 掲げる理想は美しいですから、現実的に物事を考えずに、理念だけを追う立場の人々が、共産主義に共鳴するのは当然だと思います。

 そして何より資本主義社会に暮らしていれば資本主義の問題点は否応なしに見えるのですが、共産主義社会の現実は見えないのです。
 文字通り「見ぬ物浄」です。

 だから日本でもソ連崩壊までは「共産主義は実現には問題はあるけれど、しかしその理想を無碍に否定するべきではない。」と言うのが、自称インテリの基本姿勢でした。

 ルーズベルトもアメリカを共産化する事まで考えていたかどうかはわかりませんが、しかし共産主義や共産主義国家に対して、悪いイメージは全くなかったのだと思います。

 そしてそれはルーズベルトだけではなく、アメリカのインテリ達の一般的な立場だったのでしょう。 それがこのような途方もない戦後プランの根源だったのだと思います。
  1. 2016-04-04 18:34
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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だからバチカンが消したのですよ。
おそらく戦後の赤狩りも裏でバチカンが動いていたはずです。

ルーズベルトがくたばったお陰で、バールボロ公爵の末裔は自分を取り戻したんでしょう。鉄のカーテンという演説はその回心の現れです。

栄光学園は神奈川の神学校として有名ですがカソリック系の学校です。この学校は昭和21年の入学式に日の丸掲揚、君が代斉唱を行ってます。GHQは何も言わなかったそうです。
  1. 2016-04-04 21:36
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  3. kazk #cPv2SIBE
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加瀬英明他共著「日米戦争を起こしたのは誰か」ハーバートフーバー大統領回顧録にも同じような記載がありますね。
彼は1941年6月にラジオで演説して「我々が参戦したらスターリンが勝利を収めるのに手を貸して、我々の犠牲においてスターリンがヨーロッパの大部分を飲み込むだろう。そうなれば大きな悲劇だ。」と言っている。
分かる人は当時も居たのだが無力だったのが残念だ。
  1. 2016-04-05 08:44
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  3. #LkZag.iM
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Re: タイトルなし

> だからバチカンが消したのですよ。
> おそらく戦後の赤狩りも裏でバチカンが動いていたはずです。

 ルーズベルトが病気で倒れるのはこの直後からですからね。

> ルーズベルトがくたばったお陰で、バールボロ公爵の末裔は自分を取り戻したんでしょう。鉄のカーテンという演説はその回心の現れです。
>
> 栄光学園は神奈川の神学校として有名ですがカソリック系の学校です。この学校は昭和21年の入学式に日の丸掲揚、君が代斉唱を行ってます。GHQは何も言わなかったそうです。

 共産主義の侵略を防ぐには、全てのそれぞれの国家がシッカリとその国を守るしかないと言う事ですね。
  1. 2016-04-05 10:43
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 加瀬英明他共著「日米戦争を起こしたのは誰か」ハーバートフーバー大統領回顧録にも同じような記載がありますね。
> 彼は1941年6月にラジオで演説して「我々が参戦したらスターリンが勝利を収めるのに手を貸して、我々の犠牲においてスターリンがヨーロッパの大部分を飲み込むだろう。そうなれば大きな悲劇だ。」と言っている。
> 分かる人は当時も居たのだが無力だったのが残念だ。

 おお、フーバー大統領も結果を予想していたのですね。

 実はフィッシュの著書でもフーバーが「ドイツとソ連に戦争をさせておいて、ドイツが負けそうになったらドイツを、ソ連が負けそうになったらソ連を支援したらよい」と言っていたと書いています。

 独ソ戦をトコトンやらせて双方が弱り切ったところで、最後の勝利をアメリカが収めると言うプランでした。 

 実際こうした声が無視されたのは残念です。
  1. 2016-04-05 10:51
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  3. よもぎねこ #-
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スペルマン枢機卿

 スペルマン枢機卿メモについては、あまりにとほうもないものなので、翻訳の問題があるかもしれないので、英文を検索しましたが、やはり真実だったようです。
 Cardinal Spellman Roosevelt で、、

1943年9月8日、一時間半のルーズベルトとスペルマン会談でのメモ
です。

 なお、ルーズベルトの死因ですがメラノーマが脳に入った脳腫瘍ではないか?と推察されています。脳が冒された大統領が戦争指揮をやりヤルタで醜態を演じたわけです。

  1. 2016-04-17 11:41
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  3. 山科 #-
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Re: スペルマン枢機卿

>  スペルマン枢機卿メモについては、あまりにとほうもないものなので、翻訳の問題があるかもしれないので、英文を検索しましたが、やはり真実だったようです。
>  Cardinal Spellman Roosevelt で、、
>
> 1943年9月8日、一時間半のルーズベルトとスペルマン会談でのメモ
> です。

 ワタシもこれを始め読んだ時には、余りに途方もないので、にわかに信じられなかったのですが、しかし考えてみるとこれは真実だと思います。

 ルーズベルトがこの話をスペルマン枢機卿に話たのも間違いないのですが、それだけなくこの頃までルーズベルトはこの戦後プランが実現するようにアメリカ軍の作戦行動を指揮していたと思えるのです。

 それはつまりアメリカ軍のヨーロッパ本土への上陸をできる限り避けると共に、ソ連を全面的に支援して、ソ連の支配地域を広げさせる事です。
 その為には戦争の終結はできる限り遅らせる事です。

 少なくともルーズベルトが発病するころまでは、この通りのプランで進んでいるのです。

>  なお、ルーズベルトの死因ですがメラノーマが脳に入った脳腫瘍ではないか?と推察されています。脳が冒された大統領が戦争指揮をやりヤルタで醜態を演じたわけです。

 しかしソ連の支配地を広げたいと言うのがルーズベルトの意思なら、これは極めて合理的な対応なんですよね。
 だから彼は最後の最後まで頑張ったとも言えます。
  1. 2016-04-17 13:13
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  3. よもぎねこ #-
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バチカン

 そういえば、先代教皇のライティンガー聖下は、すごみのある御尊顔でしたが、ナチスのユーゲントだった方だそうです。

 ベルリン陥落前後のナチス幹部の(主に南米への)逃亡に、アロイス・フーダル司教を中心としたカトリック組織が大変な援助をしたのは有名な事実です。おそらく法王庁のいろいろな秘密をナチス党員経由で共産党に知られたくなかったためではないでしょうか。裏切ってもよかったんですからね。

 スペルマン大司教のご注進を受けた法王庁では、このルーズベルト=スターリン プランの実現を妨げるための活動を行ったことは間違いないでしょうね。存続の危機ですからね。
 昔のSFで「聖リーボウッツ賛歌」(by Walter Miller Jr.)
というのがあって、核戦争後にアメリカにニューローマというのができていて、教皇と修道院制度があるというストーリーがありましたが、下手するとそうなっていたかもしれないな。


  1. 2016-04-17 17:20
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  3. 山科 #-
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Re: バチカン

>  そういえば、先代教皇のライティンガー聖下は、すごみのある御尊顔でしたが、ナチスのユーゲントだった方だそうです。
>
>  ベルリン陥落前後のナチス幹部の(主に南米への)逃亡に、アロイス・フーダル司教を中心としたカトリック組織が大変な援助をしたのは有名な事実です。おそらく法王庁のいろいろな秘密をナチス党員経由で共産党に知られたくなかったためではないでしょうか。裏切ってもよかったんですからね。

 そもそもナチの政権自体にバチカンが肩入れして可能性もあります。 だって共産党とナチが争ってれば、バチカンとしてはナチを選ぶでしょう?

>  スペルマン大司教のご注進を受けた法王庁では、このルーズベルト=スターリン プランの実現を妨げるための活動を行ったことは間違いないでしょうね。存続の危機ですからね。
>  昔のSFで「聖リーボウッツ賛歌」(by Walter Miller Jr.)
> というのがあって、核戦争後にアメリカにニューローマというのができていて、教皇と修道院制度があるというストーリーがありましたが、下手するとそうなっていたかもしれないな。

 法王庁がこのスペルマン枢機卿の報告に対してどう対応したか?

 この当時の文章が開示されたら、ルーズベルトの本心も明らかになり、第二次大戦の評価も決定的変わるかも知れません。

 タダそれがいつのことになるのか?

 秀吉がキリシタン迫害を始めた前後の日本からのイエズス会の報告書が開示されたのは、2000年前後でしたから。
  1. 2016-04-17 22:10
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  3. よもぎねこ #-
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