2016-03-19 19:15

無謀な戦争 英・仏・ポーランド

 先日、ある方からハミルトン・フィッシュの「ルーズベルトの開戦責任」を頂きました。  ワタシは昨年年末、同じくハミルトン・フィッシュ著の「日米開戦の悲劇」を読みました。 

 「ルーズベルトの開戦責任」を読んでみると、内容は「日米開戦の悲劇」は殆ど同じでした。
 しかし「ルーズベルトの開戦責任」は「日米開戦の悲劇」より後に書かれたせいか、同じ内容でもよりわかりやすく整理されていました。

 それで「日米開戦の悲劇」を読んだ時には、何だかモヤモヤしていたことのかなりが整理された気がします。

 この二つの著書で、著者フィッシュは第二次大戦は必然的な戦争ではなく、ルーズベルトの策動がなければ回避できたと述べています。

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 第二次世界大戦はドイツ軍のポーランド侵攻で始まります。 
 1939年9月1日ドイツ軍がポーランドに侵攻し、これに対して9月2日英仏はドイツに最後通牒を突きつけ、翌9月3日には宣戦布告したのです。

 何でドイツはポーランドに侵攻したのか?

 ドイツのポーランド侵攻に先立って、ドイツはポーランドに対してタンツィヒ回廊(ポーランド回廊)の返還を要求し続けていました。
 
 ポーランドの北部の都市ダンツィヒとその周辺は、第一次大戦までドイツ領でした。  ポーランドは第一次大戦後1918年に独立した後、ベルサイユ条約でダンツィヒがポーランド領に編入されました。 

 しかしダンツィヒの人口の90%はドイツ人であり、ダンツィヒがポーランド領になったことで、その東側にある東プロイセンがドイツ本土から切り離された飛び地になってしまったのです。

096

 そこでヒトラーは何としてもダンツィヒをドイツに返還するように、ポーランドに要求したのです。

 ところがポーランドは実に強硬にこれを拒否します。
 勿論歴史を遡ってダンツィヒの領有権の正当性を問えばきりがありません。 ヨーロッパの領土問題ってものすごく複雑で、竹島や尖閣なんかとは比べものにはならないのです。

 しかしそれにしても独立後間もないポーランドに、ドイツと戦ってダンツィヒを守る力があるのか?
 殆どドイツ人しか住んでいないダンツィヒを守る為に、ドイツを敵に回すのは得策なのか?

 けれどもポーランドは強硬にドイツの要求を拒否しました。

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 ポーランドにはイギリスとフランスと言う後ろ盾があったのです。 実際イギリスのチェンバレン首相はポーランドの独立を保障していたのです。

 しかし何でイギリスやフランスが、ポーランド領を守る為にそれほど積極的になるのか?
 そもそもイギリスやフランスには、ドイツと戦ってポーランドを守る力はあるのか?

 無い!!

 ドイツに戦いを挑んだイギリス・フランス・ポーランドのうちで、最強なのはイギリスです。
 
 しかしフィッシュは書いています。 
 
 「イギリスが動員できる陸軍兵力は2~3個師団程度だった」と。

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 ??
 マジですか?
 
 当時のイギリスはアジア・アフリカに広大な植民地を持つ日の没する事のない世界最大の帝国でした。
 それが動員できる陸軍兵力は2~3個師団?

 しかし当時の主要国のGDP、人口、軍事費等をまとめたサイトがありましたので見てください。

 1930~1940世界主要大国の経済力

  軍事支出
 ※フランスは省略
 1位:米国 - 3380億ドル
 2位:ドイツ - 2930億ドル
 3位:ソ連 - 1920億ドル
 4位:イギリス - 1250億ドル
 5位:日本 - 720億ドル


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 イギリスの軍事費はドイツの3分の1です。 それで世界最高規模の海軍を維持して、その上広大な植民地の守備もしなければなりません。
 これじゃイギリス本土にいる陸軍兵力、つまり対独戦に動員できる兵力が貧弱であるのは、当然なのです。  
 しかしドイツと戦争するのにこの陸軍兵力じゃ不味いでしょう?

 それで改めて気づいたけれど、ヨーロッパ列強式の植民地っていくら持っていても戦力に寄与しないのです。 だって植民地がどんなに大人口を抱えていても、彼等は支配されるだけの存在なので、戦争が起きても兵力として動員できないのです。 
 それどころか植民地防衛に兵力を割かなければならないのです。

 これじゃオスマン・トルコ帝国の方がマシです。 オスマン・トルコ帝国の皇帝は必要があれば、支配下の国々に軍隊を供出させることができましたから。

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 しかも経済力にもそれほど寄与していません。

 経済規模:GDP(戦争勃発直前、1939年基準)
 ※1990年基準ドル表示物価に換算したもの
 1位:米国 - 8800億ドル
 2位:ドイツ - 4240億ドル
 3位:ソ連 - 2920億ドル
 4位:イギリス - 2870億ドル
 5位:フランス - 1990億ドル
 6位:イタリア - 1710億ドル
 7位:日本 - 1640億ドル


 結局貧しい植民地から搾るだけと言う経済構造だと、国民全部が働いて稼ぐドイツやアメリカには全く敵わないのです。
 
 これだもの第一次大戦の時から、既にドイツに苦戦しているのです。
 アメリカの助けでやっと勝ったのです。
 
 戦費だってアメリカからの借金です。 第一次大戦でイギリスもフランスもアメリカに莫大な借金をしてしまうのです。 第二次大戦勃発時もこの借金をまだ返し終えていないのです。

 こんなんで戦争しちゃダメでしょう?

118
 
 それでもこれら三国がドイツに対して驚くべき強硬姿勢を続けて、遂に戦争に至ったのは、つまりはルーズベルトがこれらの国々を教唆して戦争を煽ったからだ。

 フィッシュは当時の駐仏アメリカ大使やルーズベルトの対応からなどの傍証も含めて、こう主張しているのです。

 実際ルーズベルトは国民には「戦争しない」と言いながら、ドイツには驚く程強硬の姿勢で臨み、更にイギリスやフランスにも同様の姿勢を取らせるようにしました。 そして対独戦に対するアメリカの協力を確約しています。

 イギリスもフランスもアメリカに借金があって逆らいにくい事もあり、また対独戦になればアメリカの参戦を期待できるので、ルーズベルトの薦める対独強硬路線を貫いたと言うのです。

123

 でもやっぱりこんな戦争したら不味いでしょう?

 だって幾らアメリカが応援してくれると言っても、これらの国々は戦争を始めたら自国が戦場になるのです。
 そうなったら勝ったとしても、国民がどれほどの悲惨さを蒙る事か・・・・・。

 そしてポーランドについて言えば、敵はドイツだけでなかったのです。 ソ連もまたポーランド侵略を狙う恐ろしい敵だったのです。
 そんな状況でドイツと戦争して良いの?

 そもそも戦争を回避する方法はなかったのでしょうか?

134

 ハミルトン・フィッシュはポーランドはダンツィヒ回廊をドイツに返還すれば良かったのだと言います。 そうすれば「ポーランドもイギリスもフランスもドイツと戦う必要はなかった。」と。
 
 しかしドイツに譲歩したら、ドイツはその後ドンドン要求をエスカレートさせて手に負えなくなるのでは?

 フィッシュは「ダンツィヒ回廊さへ譲れば、ドイツの敵は英仏やポーランドではなく、ソ連になっただろう。」と言います。 

 ダンツィヒ回廊の問題が最悪化するまで、ドイツは英仏にはきわめて融和的でした。 一方共産主義には徹底的に敵対していました。
 
 ところがダンツィヒ回廊の問題で英仏と対立したドイツは、何とソ連と手を結んでしまったのです。
 そして独ソ両国は密約を結んで、西と東からそれぞれ侵略戦争を始めたのです。

 ドイツがポーランドに侵攻した二週間後の9月17日、ソ連はポーランドに侵攻しました。

 ポーランドはドイツとソ連の両側から侵略されました。 
 国土は全て戦場になり、国民の5分の1が死にました。 そしてソ連崩壊までソ連の支配下に置かれるようになりました。

135

 侵略戦争を始めたのはドイツもソ連も同様です。
 イギリスとフランスがドイツに宣戦布告したのは、ドイツの侵略戦争を許さない為です。

 しかしイギリスもフランスも、そしてこの後参戦したアメリカも、ソ連の侵略戦争は黙認しました。
 それどころか結果的には全面的に協力する事になるのです。
 
 そしてポーランドはソ連の支配を受けて共産化されたのです。

146

 フィッシュは言うのです。
 「もしポーランドがダンツィヒ回廊をドイツに変換し、ドイツとの友好関係を維持していれば、ドイツがソ連と戦争になってもポーランドは何の心配もないばかりか、上手く行けば幾ばくかの領土を獲得する事だってできただろうに」と。

 そしてアメリカは勿論、イギリスやフランスの国民達は、ナチス対共産主義の戦いをラジオで聞いていれば済んだのだと。
 
 敵同士を戦わせ潰し合わせる。
 本来こうした外交はイギリスの得意技だったはずです。 

 ところがイギリスは第二次大戦では、自分から火の中に飛び込んでしまったのです。
 そして植民地をすべて失い、世界最大の帝国からタダの国に転落しました。

 同様フランスも全て植民地を喪いましまいた。

 そして経済覇権は完全にアメリカに握られたのです。

 この結末を見るとルーズベルトとその側近達が、イギリスやフランスを戦争に追い込んだのは、実はヨーロッパを潰してアメリカの覇権を確立するためだったのではないか?とさへ思え来ます。

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 歴史にもしもはありません。
 だから「ダンツィヒ回廊問題でドイツに譲歩しおりさへすれば・・・・・」と言うフィッシュの予想が正しかったどうかを証明する事は不可能です。
 
 しかしこうしてみると、英・仏・ポーランドにとって第二次大戦ってホントに無謀な戦争だったと思います。 

 日本のマスコミは第二次大戦への日本参戦の話をする時には、枕詞のように「無謀な戦争」と言う語句を付けます。
 けれども日本は短期決戦を目指して、本土決戦など最後の最後まで避けた形で参戦しました。

 一方この三国は初戦から本土決戦は避けようもない地理的な条件にも拘らず、劣勢な兵力で参戦したのです。 コイツラの方が遥かに無謀でしょう。

 そして当然その結果も日本よりも遥かに無残だったのです。
 
 この余りと言えば余りに不合理で無残な結果を見ると、これらの国々はホントに自分の意思で対独戦を始めたのか?と言うフィッシュの疑問は当然すぎる程当然なのです。

152

 それにしてもこの「ルーズベルトの開戦責任」は色々と考えさせてくれる本でした。
 まだ他にも色々考えたのですが、一度には書ききれないので、今回はここまでとします。

2016y03m19d_205701422

 本をくださった方には心からお礼を申し上げます。

 本当に良い本でした。
 有難う御座います。
  1. 古本
  2. TB(0)
  3. CM(12)

コメント

カティンの森事件なんていうのもありましたしね。最初の調査からソ連が犯人とわかっていたのに、ルーズベルトは事実を隠ぺいしたとか。ポーランドにとっては踏んだり蹴ったりですね。
  1. 2016-03-19 20:00
  2. URL
  3. +++ #-
  4. 編集

戦勝国が植民地を手放さざるを得ない状況

私自身もそうですが、今の日本人は「植民地支配=絶対悪」というのを刷り込まれて、そこで思考停止しているため、「戦勝国がなぜ植民地を手放さなければならなくなったのか」がうまく理解できていないような気がします。
「植民地支配にはお金がかかる」「国力がないと植民地を維持することもできない」ということはわかるのですが、「戦勝国がなぜ植民地を手放さなければならなくなったのか説明しろ」と言われたら、私にはうまく説明できる自信がありません。

ただ、1998年からの東ティモール紛争で、国連が「施政権は旧宗主国のポルトガルにある」と言ったにも関わらず、ポルトガルは現地に人を派遣することもできなかったわけで、「国力が落ちるとはそういうことなんだなあ」と思ってはいますが。
  1. 2016-03-19 20:51
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
  4. 編集

ソ波戦争を知ってますか。

今はポーランドソビエト戦争と言われることが多いようですが、ダンチヒ回廊問題を考えるときにはこれは必須だと思ってます。ポーランド人が阿呆な戦争を起こしたことがこの後大問題となるのです。小生はこの戦争を起こした一点だけでポーランドを不幸な国とは思わぬことにしてます。

内容は他人任せですが、これと
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E6%88%A6%E4%BA%89
このビデオ
https://www.youtube.com/watch?v=YJKoTFiJCtk
https://www.youtube.com/watch?v=9YINkyRr6-k

を見ていただくとして、要はポーランドは西も東も敵だらけだった、という一事なんです。はっきり言って、棚から牡丹餅に近い独立だったのに大領土を夢見て火事場泥棒まがいのことをやり、ソ連軍のエラーで持って勝ちを拾ったのですがこれはポーランド領に多くのウクライナ人や白ロシア人を抱えることになり次の戦争の種を自ら抱え込むことになったのです。

だからフィッシュのような現実主義者から見れば放っといたらまた戦争なのだからポーランドは嫌でもドイツの側に立って利害を調整すべきだったということになるのです。ところがポーランドはソビエト戦勝利で物が見えなくなってたのだろうとしか言えないのです。

ダンチヒ回廊問題でポーランドが譲歩しないことを見てヒトラーはソ連を誘いポーランド分割に出ます。どうせ最後はぶつかるにしてもうまいところはお互いに食い合おうということです。こうなると愚かとしか言えません。

そしてこの独ソ不可侵条約はフランスを滅ぼすのです。これでソ連と準同盟国となったドイツは戦争資材の購入を(要は油です)ソビエトから行います。半年間のポニーウォーはこの準備期間だったのです。

もしポーランドがダンチヒ回廊で妥協して居れば、そう遠くない第二次ソ波戦争についてドイツ軍の助力を期待できたはずです。というよりポーランドの自由通行を許せばそのまま独ソ戦だったはずです。まあ、ポーランドとしても売られた喧嘩を買うというのが体裁としてもよいですし、ドイツとすれば欧州防衛を通じて世界の敵、赤色ソビエト討伐という大義名分が出来ますのでこの方が良かったはずです。

ダンチヒ回廊問題のさなかにリトアニア領メーメルはドイツに復帰します。おそらくこの頃には独ソ不可侵条約の原案ができていたのかもしれません。スターリンは1939年の5月に日本にちょっかいを出しノモンハン事件を起こします。これは8月に収束を見ますがこれで東側で紛争を防止し9月のポーランド侵攻に備えていたのでしょう。

もし独ソ不可侵条約がなければ三国同盟の成立はもっと早くノモンハンもなかったかもしれません。日独対ソ連というある意味理想の姿があったかもしれないのです。まあこれ以上はやめましょうか。死んだ子の年を数えるようなものです。

ただ、スターリンは住民自治の重視を忘れてはいませんでした。敵性住民を置いたままでは同じことの繰り返しであることを悟って占領地からドイツ人の追放を決意します。その数は1650万とも言われ最終的には東プロイセンをはじめとする領土を全て失います。

そしてスターリンはドイツに東方国境をオーデルナイセラインに限定し、その東方の住民を追放させる形でポーランドに割譲させ自らはソ波戦争で失った領土をウクライナと白ロシアに取り戻しています。

この結果ポーランドは初めてほとんど自民族だけという国民国家となれたのです。戦後のポーランド国民が幸せであったか否かは知りませんが。

最後に各国のGDPを上げておきます。
カイカイ反応の数字の本当の出所は不明ですがこんな数字があります。OECDの数値です。
http://www.eurus.dti.ne.jp/freedom3/ww2-gdp-sai-axx.htm

計算法にもよりますが国力はほぼ同等ですが、英国は植民地からの上がりを計算できます。フランスあたりとここが違います。それを含んだ数値です。
http://www.geocities.jp/kingo_chuunagon/kikaku/kokuryoku.html

英国はインドからの上がりで戦争をやったと言われたものですがこの辺りは決して損ばかりしてるわけではありません。英国の国力はここは含まねばダメです。

フィッシュは英国が動員できる兵力は2-3個師団と入ってますがこれには注釈が必要です。戦時体制下にない国家が緊急に派遣できる兵力なんてどこでもそんなものです。英国が総動員をかけて1940年に大陸に送り込んだのは35万程度だったでしょうか。補給を考えればこの程度が限界です。

これがポーランドの直接支援となれば2-3個師団も怪しいでしょう。ここでも彼は間違いを言ってるわけではありません。

冷静に歴史を見るならばチェンバレンが間抜けでありチャーチルが救国の英雄であったなどとは決して言えないというのが正当な見方だったと思います。

  1. 2016-03-20 03:38
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

Re: 戦勝国が植民地を手放さざるを得ない状況

> 私自身もそうですが、今の日本人は「植民地支配=絶対悪」というのを刷り込まれて、そこで思考停止しているため、「戦勝国がなぜ植民地を手放さなければならなくなったのか」がうまく理解できていないような気がします。
> 「植民地支配にはお金がかかる」「国力がないと植民地を維持することもできない」ということはわかるのですが、「戦勝国がなぜ植民地を手放さなければならなくなったのか説明しろ」と言われたら、私にはうまく説明できる自信がありません。

 例えばイギリスの膨大な植民地はどこも、一対一でイギリスに反抗するなら到底敵いません。
 しかしアジアの植民地が全部一度に独立を要求したのでは、イギリスもどうしようもないのです。

 実イギリスは第二次大戦も戦費や軍事物資はアメリカにおんぶにだっこ状態での戦争でした。 イギリスとしてはしかし植民地に未練タラタラだったようです。 
 植民地を全然諦めないどころか、タイの植民地化まで画策します。

 しかしアメリカがノーと言いました。 
 スポンサーに拒否されてはどうしようもないですよね?

 アメリカにすればイギリスが植民地を維持して、それで市場と資源を囲い込むより、独立させてアメリカが参入できる方が有利です。 この点実は日本と利害が一致しているのです。
 
 しかしドイツとも日本とも戦わなかった国は別です。
 ポルトガルはスペインの西にあったので、ドイツ軍の侵攻は受けませんでした。 だから第二次大戦後も古典的な植民地を維持しました。

 それが東ティモールとアンゴラです。

> ただ、1998年からの東ティモール紛争で、国連が「施政権は旧宗主国のポルトガルにある」と言ったにも関わらず、ポルトガルは現地に人を派遣することもできなかったわけで、「国力が落ちるとはそういうことなんだなあ」と思ってはいますが。

 東ティモール独立に先立つ何十年も間、東ティモールでは独立運動と、それに対するポルトガルの苛酷な弾圧が続いていました。
 そしてついてポルトガルが力尽きて独立になるのです。

 そこでインドネシアによる併合やそれに対する反抗が起きるのですが、国連の介入はここからです。 
 だからポルトガルにはもう東ティモールに介入する力などなくなっていたのです。

 因みにヨーロッパ諸国で最後まで植民地を持っていたのは、ポルトガルです。
 他の国々は第二次世界大戦で、ドイツとの戦闘で力尽きて、植民地を手放すのですが、ポルトガルはスペインの西なのでドイツの侵攻をうけなかったのです。

 その為、古典的な植民地がそのまま残りました。 
 そして最後までそれを守ろうとしました。

 ポルトガルのもう一つの植民地はアンゴラです。 ここも独立運動に絡んで凄惨内戦状態になりました。

 こういうの見たら、ヒトラーが悪いw 日本が悪いwと思います。
 
 ヒトラーがもう少し足を延ばして、ポルトガルを占領していれば。
 日本がもうホンのチョッピリ頑張って東チモールも占領していれば。

 東チモールもアンゴラも、戦後直ぐに独立できたのです。 そうすれば戦後数十年に及ぶ凄惨な独立運度やそれに続く内戦もなかったのです。

 
  1. 2016-03-20 12:01
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: ソ波戦争を知ってますか。

> 今はポーランドソビエト戦争と言われることが多いようですが、ダンチヒ回廊問題を考えるときにはこれは必須だと思ってます。ポーランド人が阿呆な戦争を起こしたことがこの後大問題となるのです。小生はこの戦争を起こした一点だけでポーランドを不幸な国とは思わぬことにしてます。
>
> 内容は他人任せですが、これと
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E6%88%A6%E4%BA%89
> このビデオ
> https://www.youtube.com/watch?v=YJKoTFiJCtk
> https://www.youtube.com/watch?v=9YINkyRr6-k

 これは良い動画を有難う御座います。
 実はポーランド・ソ連戦争は全然知りませんでした。
 
 しかしこれを見るとこの戦争は完全な騎兵戦ですね。 ポーランドは元来騎兵国ですから、騎兵戦なら結構善戦するでしょう。

 でもドイツ機甲師団に太刀打ちできるはずもないのですが。
>
> を見ていただくとして、要はポーランドは西も東も敵だらけだった、という一事なんです。はっきり言って、棚から牡丹餅に近い独立だったのに大領土を夢見て火事場泥棒まがいのことをやり、ソ連軍のエラーで持って勝ちを拾ったのですがこれはポーランド領に多くのウクライナ人や白ロシア人を抱えることになり次の戦争の種を自ら抱え込むことになったのです。
>
> だからフィッシュのような現実主義者から見れば放っといたらまた戦争なのだからポーランドは嫌でもドイツの側に立って利害を調整すべきだったということになるのです。ところがポーランドはソビエト戦勝利で物が見えなくなってたのだろうとしか言えないのです。

 棚ボタで独立したばかりなのに、嘗てのポーランド領を取り戻すなんて、マジに妄想に近い話ですが、しかし独立したばかりだからこそそれをやってしまうのでしょうね。

 思うになん百年の他国に支配を受けていると、被害者意識だけが膨らむ一方、現実的な統治や外交のノウハウは失いますから。

 仰るようにフィッシュのようなリアリストから見たら「何やってるんだ?」としか言いようのない話です。
 しかしポーランド人の目にはそうした現実は見えなかったのでしょうね。

 実に無残です。
 
  1. 2016-03-20 13:48
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: ソ波戦争を知ってますか。

> ダンチヒ回廊問題でポーランドが譲歩しないことを見てヒトラーはソ連を誘いポーランド分割に出ます。どうせ最後はぶつかるにしてもうまいところはお互いに食い合おうということです。こうなると愚かとしか言えません。
>
> そしてこの独ソ不可侵条約はフランスを滅ぼすのです。これでソ連と準同盟国となったドイツは戦争資材の購入を(要は油です)ソビエトから行います。半年間のポニーウォーはこの準備期間だったのです。
>
> もしポーランドがダンチヒ回廊で妥協して居れば、そう遠くない第二次ソ波戦争についてドイツ軍の助力を期待できたはずです。というよりポーランドの自由通行を許せばそのまま独ソ戦だったはずです。まあ、ポーランドとしても売られた喧嘩を買うというのが体裁としてもよいですし、ドイツとすれば欧州防衛を通じて世界の敵、赤色ソビエト討伐という大義名分が出来ますのでこの方が良かったはずです。
>
> ダンチヒ回廊問題のさなかにリトアニア領メーメルはドイツに復帰します。おそらくこの頃には独ソ不可侵条約の原案ができていたのかもしれません。スターリンは1939年の5月に日本にちょっかいを出しノモンハン事件を起こします。これは8月に収束を見ますがこれで東側で紛争を防止し9月のポーランド侵攻に備えていたのでしょう。
>
> もし独ソ不可侵条約がなければ三国同盟の成立はもっと早くノモンハンもなかったかもしれません。日独対ソ連というある意味理想の姿があったかもしれないのです。まあこれ以上はやめましょうか。死んだ子の年を数えるようなものです。
>
> ただ、スターリンは住民自治の重視を忘れてはいませんでした。敵性住民を置いたままでは同じことの繰り返しであることを悟って占領地からドイツ人の追放を決意します。その数は1650万とも言われ最終的には東プロイセンをはじめとする領土を全て失います。
>
> そしてスターリンはドイツに東方国境をオーデルナイセラインに限定し、その東方の住民を追放させる形でポーランドに割譲させ自らはソ波戦争で失った領土をウクライナと白ロシアに取り戻しています。
>
> この結果ポーランドは初めてほとんど自民族だけという国民国家となれたのです。戦後のポーランド国民が幸せであったか否かは知りませんが。

 先日、国旗を掲げたポーランドの護憲デモについてエントリーしたときに、このポーランドの運命をかきたかったのです。
 日本で国旗国歌アレルギーがあるのは、第二次大戦の敗戦を国旗国歌に結び付けるからです。

 しかし国家が判断を間違って国民が悲惨な戦争に巻き込まれたから国旗・国歌反対なんて言ったら、ポーランドこそ最悪ですよね?
 全土で往復ビンタみたいに二度の本土決戦をやって、国民の2割が死んだのです。 沖縄戦は県民の1割ですから、その倍に割合で死んだのです。

 しかも戦後は事実上ソ連の属国になってしまった。

 これに比べたら日本の戦争被害何か目じゃないです。

 因みにワタシは父は生前「どうせ戦争するならドイツと組んでソ連を分け取りすれば良かった。」と言っていました。

 しかしなぜか日本はソ連は最後まで攻めていないのです。 
 だからコミンテルンの陰謀論に信憑性が出てくるのです。
  1. 2016-03-20 13:59
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: ソ波戦争を知ってますか。

> 最後に各国のGDPを上げておきます。
> カイカイ反応の数字の本当の出所は不明ですがこんな数字があります。OECDの数値です。
> http://www.eurus.dti.ne.jp/freedom3/ww2-gdp-sai-axx.htm
>
> 計算法にもよりますが国力はほぼ同等ですが、英国は植民地からの上がりを計算できます。フランスあたりとここが違います。それを含んだ数値です。
> http://www.geocities.jp/kingo_chuunagon/kikaku/kokuryoku.html
>
> 英国はインドからの上がりで戦争をやったと言われたものですがこの辺りは決して損ばかりしてるわけではありません。英国の国力はここは含まねばダメです。
>
> フィッシュは英国が動員できる兵力は2-3個師団と入ってますがこれには注釈が必要です。戦時体制下にない国家が緊急に派遣できる兵力なんてどこでもそんなものです。英国が総動員をかけて1940年に大陸に送り込んだのは35万程度だったでしょうか。補給を考えればこの程度が限界です。
>
> これがポーランドの直接支援となれば2-3個師団も怪しいでしょう。ここでも彼は間違いを言ってるわけではありません。
>
> 冷静に歴史を見るならばチェンバレンが間抜けでありチャーチルが救国の英雄であったなどとは決して言えないというのが正当な見方だったと思います。

 有難う御座います。 もう一度数字を良く見直します。

 しかしやはり軍事費がドイツの3分の1と言うのは、キツイですよね。 これで世界最大規模の海軍を持って、広大な植民地の各所に守備隊を置いているのですから、対独戦に割ける戦力が貧弱だったのは仕方がないです。

 実は日の没する事のない帝国のイメージから、ワタシはこれまでイギリス軍はドイツと同等のイメージがあったのですが、フィッシュの指摘で初めてイギリスの戦力に気付いたのです。

 フランスも兵士のかなりが本土の戦争に関係のないインドシナなんかで、遊んでいるウチに終戦を迎えています。

 こうしてみるとヨーロッパの植民地支配と言うは、戦力に寄与しない事だけは確かでしょう。 幾ら植民地が沢山あってリッチな生活ができても、本国の規模が小さいと戦争では苦戦するのですね。

 しかしこのあたりをチャーチルはどれだけ理解していたのか?
 ウェデマイヤー回想録なんかから見ても、「ホントにこの男何を考えいたの?」「コイツがイギリスを没落させた。」と思います。

 
  1. 2016-03-20 14:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> カティンの森事件なんていうのもありましたしね。最初の調査からソ連が犯人とわかっていたのに、ルーズベルトは事実を隠ぺいしたとか。ポーランドにとっては踏んだり蹴ったりですね。

 イギリスもアメリカもソ連を連合国に入れたので、ソ連の悪行は全て黙認したのです。
 
 それどころか、ソ連が東欧諸国を征服するのを認めたのです。

 何でここまで?ソ連に甘かったのか?

 これが第二次大戦の最大の謎のひとつです。
  1. 2016-03-20 18:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

戦後の太平洋戦争のイメージとしては、圧倒的な経済力・工業力を誇る米国に東洋の貧乏国家日本が無謀にも挑んだ
・・というものですが、スレ主さんが挙げておられる史料、つまり第二次大戦前の主要各国の経済関連のデータをみて驚くのは、日本経済の水準が決して低くない・・どころか戦前から「経済大国」だったこと・・なのですよね。

戦後の「史観」ですとGHQとマッカーサー様の行った
改革と民主化がすべてを良き方向に変えた・・みたいに
言われますが・・。

高度経済成長は戦後になって突如始まったのではなく
戦前からで戦争で一時中断しただけ・・という
のが実態だと思うのですが(実際、そうでないと日清、日露戦争に勝てないし、第二次大戦の太平洋戦線に米国が出張ることもないわけで)、昭和初期の戦前期といえば、暗い、貧しい部分ばかりが語られ、なぜかその辺があまり語られないのは不思議。
逆にいえば、戦後の日本の経済高度成長は「奇跡」でも
なんでもないのですよね。

確かに戦前期日本には富裕層と貧困層、都市部と田舎に現代では考えられない格差があったり、様々な問題を抱えていましたが、それは他の「先進国」とされる国家だって同じで、今回のエントリをみると日本「だけ」が「無謀な戦い」を挑んでいたわけではないことがよくわかりました。


  1. 2016-03-21 10:30
  2. URL
  3. prijon #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 戦後の太平洋戦争のイメージとしては、圧倒的な経済力・工業力を誇る米国に東洋の貧乏国家日本が無謀にも挑んだ
> ・・というものですが、スレ主さんが挙げておられる史料、つまり第二次大戦前の主要各国の経済関連のデータをみて驚くのは、日本経済の水準が決して低くない・・どころか戦前から「経済大国」だったこと・・なのですよね。

 アメリカやドイツに比べれば随分見劣りはするのですが、しかし結構なモノですよね。

> 戦後の「史観」ですとGHQとマッカーサー様の行った
> 改革と民主化がすべてを良き方向に変えた・・みたいに
> 言われますが・・。

 民主主義にせよ経済成長にせよ、基礎は戦前に確立しているのです。 

> 高度経済成長は戦後になって突如始まったのではなく
> 戦前からで戦争で一時中断しただけ・・という
> のが実態だと思うのですが(実際、そうでないと日清、日露戦争に勝てないし、第二次大戦の太平洋戦線に米国が出張ることもないわけで)、昭和初期の戦前期といえば、暗い、貧しい部分ばかりが語られ、なぜかその辺があまり語られないのは不思議。
> 逆にいえば、戦後の日本の経済高度成長は「奇跡」でも
> なんでもないのですよね。

 そうです。 しかし戦後になって英仏の植民地が皆独立したので、日本とすればこうした国々との貿易が至ってやりやすくなったとなどの理由はあるでしょうね。
 ブロック経済政策なんてことは絶対されなくなりましたからね。

> 確かに戦前期日本には富裕層と貧困層、都市部と田舎に現代では考えられない格差があったり、様々な問題を抱えていましたが、それは他の「先進国」とされる国家だって同じで、今回のエントリをみると日本「だけ」が「無謀な戦い」を挑んでいたわけではないことがよくわかりました。

 これはその通りです。
 あれほど広大な植民地を抱えていたイギリスでも、庶民の生活は日本とさして変わらないほど貧しい物でした。
 
 それを思えば日本だけが特に後進的だったわけでもないのです。
  1. 2016-03-21 13:29
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  3. よもぎねこ #-
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戦争で利益を得る者

米国の立場で考えると欧州に戦乱を巻き起こすことは実に好都合。将来のライバル、ドイツを叩き潰し、英国から覇権を奪う。大恐慌で打撃をうけた銀行・大資本は戦争経済で復活する。もっとも米独の大資本は結託して資本・資産を隠匿しています。

世界のユダヤ人にとってユダヤ人を迫害するドイツは許せない。世界中のメディアで反ドイツ世論を作り上げていく。ルーズベルトの側近の多くは共産主義者かつユダヤ人、必然的にソ連には融和的となりました。

それではなぜユダヤの難民が英米で追い返されたのか。シオニストユダヤにとってはパレスチナにユダヤ人を集めたい。そのためドイツのユダヤ人をナチスの協力のもとで一定の資産とともに出国させ、その資産でドイツ製品を購入しました。そのパレスチナ移送の責任者がアイヒマン、戦後の裁判で死刑にしたのはナチスとの協力関係を秘匿するための口封じだったとの説もあります。
また武装組織はファシスト党のもとで訓練を受けたりしており、戦後の対英国テロではキング・デイビッド・ホテルの爆破事件では91名死亡の大惨事で、その後の英国によるパレスチナ統治の放棄につながります。

話がそれました。結局のところ1918年にウィルソンを信じて休戦・講和に応じたドイツは翌年のパリ会議で過酷な扱いを受けました。国民の十分の一と国土の八分の一を失い、人工国家チェコスロバキアでは700万人のチェコ人、250万人のスロバキア人に対し、350万人のドイツ人は圧迫されます。チェコスロバキアには他にもハンガリー人が80万人、50万人のルテニア人、15万人のポーランド人など多民族国家でした。

ベルサイユ条約は民族自決の原則が守られず、米国代表のアーチボルド・クーリッジは大失敗と酷評したといいます。
軍備を制限されたドイツはソ連に秘密基地と工場を作り兵器を共同開発、それが中国に輸出され日本軍相手に実戦使用、南京大虐殺など国民党とドイツの武器商人の合作による捏造です。

戦争というのは指導者の野望とともに、民族主義・国家主義で大局が見えなくなることでも起きるのがわかります。

  1. 2016-03-21 18:27
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  3. gai-yaang #-
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Re: 戦争で利益を得る者

> 米国の立場で考えると欧州に戦乱を巻き起こすことは実に好都合。将来のライバル、ドイツを叩き潰し、英国から覇権を奪う。大恐慌で打撃をうけた銀行・大資本は戦争経済で復活する。もっとも米独の大資本は結託して資本・資産を隠匿しています。
>
> 世界のユダヤ人にとってユダヤ人を迫害するドイツは許せない。世界中のメディアで反ドイツ世論を作り上げていく。ルーズベルトの側近の多くは共産主義者かつユダヤ人、必然的にソ連には融和的となりました。
>
> それではなぜユダヤの難民が英米で追い返されたのか。シオニストユダヤにとってはパレスチナにユダヤ人を集めたい。そのためドイツのユダヤ人をナチスの協力のもとで一定の資産とともに出国させ、その資産でドイツ製品を購入しました。そのパレスチナ移送の責任者がアイヒマン、戦後の裁判で死刑にしたのはナチスとの協力関係を秘匿するための口封じだったとの説もあります。
> また武装組織はファシスト党のもとで訓練を受けたりしており、戦後の対英国テロではキング・デイビッド・ホテルの爆破事件では91名死亡の大惨事で、その後の英国によるパレスチナ統治の放棄につながります。
>
> 話がそれました。結局のところ1918年にウィルソンを信じて休戦・講和に応じたドイツは翌年のパリ会議で過酷な扱いを受けました。国民の十分の一と国土の八分の一を失い、人工国家チェコスロバキアでは700万人のチェコ人、250万人のスロバキア人に対し、350万人のドイツ人は圧迫されます。チェコスロバキアには他にもハンガリー人が80万人、50万人のルテニア人、15万人のポーランド人など多民族国家でした。
>
> ベルサイユ条約は民族自決の原則が守られず、米国代表のアーチボルド・クーリッジは大失敗と酷評したといいます。
> 軍備を制限されたドイツはソ連に秘密基地と工場を作り兵器を共同開発、それが中国に輸出され日本軍相手に実戦使用、南京大虐殺など国民党とドイツの武器商人の合作による捏造です。
>
> 戦争というのは指導者の野望とともに、民族主義・国家主義で大局が見えなくなることでも起きるのがわかります。

 民族自決なんて不可能なんですよ。

 イギリスやフランスだって他民族国家です。 
 スコットランド、ウェールズ、イングランドはそれぞれ民族が違うし、言語が違います。
 フランスもアルザスやプロヴァンスやコルシカなど違う民族を強権的に同化して国家にしたのです。

 東欧諸国は更に多数の民族が入り混じって住んでいる国で、特定の地域に一つの民族が固まって住んでいるわけでもなく、同じ都市や村に幾つも民族が暮らしていたり、或いは草原や田園地帯に、様々の民族の集落が散在していたりと言う国なのです。

 こういう状態の地域で、全ての民族が自分の国を作って自決するって不可能なのです。

 これはしかし中東やアフリカも同様です。

 民族自決で一つの民族が団結して国家を作るって理想ですが、殆どの国では実現不能な理想です。
  1. 2016-03-21 19:26
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  3. よもぎねこ #-
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