2016-03-18 15:04

近代以前の数感覚 特亜の慰安婦数

 中国が慰安婦は40万人だと言いだしています。
 根拠は不明です。

 中国慰安婦研究の第一人者「慰安婦の被害者は40万人」

 中国では慰安婦も南京大虐殺の犠牲者も、また日中戦争の犠牲者も時代を追うごとの増殖しています。

 同様に韓国も相変わらず慰安婦20万人に執着しているし、更に朝鮮人労務者の強制連行は240万人と言っています。
 それどころか北朝鮮はなんと840万人と言っているのです。

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 840万人??

 1940年代の朝鮮半島の総人口は2500万人です。
 その中で840万人とは総人口の3分の1です。
 成人男性全員と言える数です。

 240万人でも総人口の1割、男性の2割ですから、青年と言える人を全部根こそぎにしたことになります。

 幾らなんでもこんな途方もない数を出しちゃうと、それだけ嘘だと考えるしかありません。

 しかし不思議なことに彼等は、日本から反論されればされる程、犠牲者数を嵩上げするのです。

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 戦争などで大量の犠牲者が出た場合、誇大な数を上げるのは中国や韓国だけではありません。

 ジンギスカンの軍隊が中央アジアへ侵攻し、サマルカンドやブハラが陥落した時、当時の中東の歴史家達はこの二つの都市でそれぞれ100万人が虐殺されたと記述しています。
 
 しかし現代ではこの記述は誇張であるとされています。
 なぜなら当時の世界にはそもそも100万都市と言うのは存在しないのです。
 
 江戸やロンドンが百万都市になるのは18世紀以降です。

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 けれどもこの時代の中東の歴史家達は、嘘を書いたつもりもなければ、犠牲者数を誇張する事で、ジンギスカン悪のプロパガンダする気もなかったのです。
 当時の人々にとっては、百万と言うのは数えきれない程多くの人と言うぐらいの意味なのです。
 
 そもそも当時の人々にはサマルカンドやブハラの人口を数える事はできなかったのです。
 
 「こんな大勢の人間を数えられるわけないだろう?」
 「とにかく大勢の人が殺されたんだから、100万人だよ!」

 1000人だろうと百万人だろうと、簡単に数えられない事では変わりありません。
 数えられない数である以上、数の正確さなどには最初から興味はなく、むしろ数字の多寡は純然る感情表現なのです。

 これが古代や中世の人々の数感覚なのです。

 日本だって古代から八百万の神々がいると言っていましたが、勿論神様の数を数えたわけではありません。 数えられるとも思っていません。
 八百万と言うのは、数えられない程沢山と言う意味です。

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 こうした数感覚が変わってくるのは近代からです。

 18世紀にラボアジエ等当時フランスの最高の科学者達が、共同でパリ市の人口を調べようとしました。
 しかし国勢調査のような大規模な調査は不可能だったので、直接的な方法以外で人口を推計するしかありませんでした。

 ラボアジエはパリ市内に持ち込まれる食糧品の量から、人口を推定する事にしました。
 
 当時はパリ市外から市内に商品を持ち込むには、関税がかかりました。
 しかもパリ市は城壁に囲まれていたので、城門に税関を置けば確実に関税が取れたのです。 

 さすがにこの時代でも税収は正確に集計します。 ラボアジエは稼業が徴税吏ですから、税に関する資料はゲットしやすかったのでしょう。

 税収がわかれば、市内に持ち込まれる食料品の量がわかります。 
 そして一人当たり平均消費量を調べて、総量をそれで割れば、人口がわかるのです。 

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 このようにこの時代から、数量が大きすぎて数えるのが難しい数も、何か正確なデータがあればそれを基礎にして、それに合理的な推論を加える事により、何とかそれを計数しようと言うチャレンジが始まりました。

 こうなって初めて20万、30万、100万と言った大きな数字も、「数えきれない程沢山」から20万、30万、100万がそれぞれ明確な意味のある数字に変わったのです。

 これこそ当に近代合理主義の思考そのモノなのです。

 ワタシ達日本人も今では殆どの人達は、こうした近代合理主義により思考をしています。
 勿論ワタシ達日本人にとっての数字は、それがどんなに大きな数字でも、合理的な意味のある数字なのです。

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 しかし特亜は未だに近代合理主義による数感覚で生きてはいないようです。

 彼等にとって数字は、ジンギスカン時代の中東の歴史家同様、感情表現の一つなのです。

 李白は自分の哀しみ、人生の苦悩を「白髪三千丈」と言う言葉に込めて表現しました。

 合理的に考えれば、悲しいからと言って白髪が伸びるわけもないし、まして3000丈=9キロメートルはあり得ないのです。

 しかしこの李白の詩、秋浦歌で「白髪三千丈」を読んで李白を「嘘吐き」「ホラ吹き」とは言えません。

 李白の時代と現在の日本人とでは、数字に込める意味が違うのです。

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 李白は8世紀初頭の人です。
 だから近代合理主義的な発想で数字を使うわけもないのです。

 そして中国人は今も、中国人だけではなく韓国人や北朝鮮人は、今も李白同様、近代合理主義的は思考は受け付けないのです。

 だから自分達の怒りや悲しみが大きい事をアピールするためには、客観的事実なんかには一切関係なく数字を膨らませます。
 数字が大きければ大きい程良いのです。

 そういう人達に、客観的根拠を上げて「当時南京市には20万人しかいなかった」とか、慰安婦は2万人程度などと言っても、「ウリがこんなに悲しんでいるのに何言うニダ!!」「オマイ、我をバカにするアルか?」と言う反応しか期待できません。

 「白髪三千丈は嘘だ」と言って李白を責めたら、李白は詩文を訂正すると思いますか?

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 近代合理主義と言うのは、感情や理念や宗教ではなく、全ての人が客観的に納得できる事実と理論を組み合わせて、物事を考えて行こうと言う発想です。

 しかしそれを言ったら、実は日本人や欧米人にも、そうした思考のできない奴は結構いるのです。

 実際朝日新聞や毎日新聞は、せっかく航空写真を撮っても、デモ隊や集会の参加者数を正確に計数できません。 こうした大群衆を数えるにはそれの写真をマス目に仕切り、そのマス目の一つの中の人数を数えて、升目の数を掛ければ良いのです。
 これは小学校の算数で習うレベルの計数法です。
 
 けれども彼等は計数以前に、「反安倍デモは膨大な人数が集まるべき」と言う理念を優先するのです。 だから高学歴を誇りながら、こんな小学生並みの計数もできないのです。

 こうした中世或いは古代に生きる人々に支えられて、慰安婦や南京大虐殺の犠牲者は増殖し続けるのです。
  1. 特亜
  2. TB(0)
  3. CM(7)

コメント

確か、この国民徴用令に因る動員については実数が把握されてるはずです。更には徴用によらない民間の雇用を通じた移動も把握されてます。
男女老弱問わず概数400万、そのうち半島内部の移動260万、内地に来た者140万、終戦時の半島出身者概数200万、それが占領軍の指導で140万が帰国というのが史実のはずです。統計がないところが多いですがこれと大きく乖離があることはないはずです。
全部政府の関与ならばおそらく一桁まで正確に出るのですがまあ、連中には理解できないでしょうね。

数字というもののが保つ意味はこんな所にもありましたね。
確かベネチア共和国が先進国であることをレパントの海戦での戦死者数で表したエントリーがあったと思います。他の参戦国が概数であるのに対してベネチアのみは一桁までの実数だったことを先進国としての証だとされてたはずです。

こういう実数での計量はおそらく相当にきちんとした統治機構がないと無理な話だということなのでしょう。

実はあまり知られていないのですが支那の人口統計は漢代が一番正確だと言われていますこの当時の記録は戸数と実数について一桁まで表しています。その後については言わなくともよいでしょう。現代に至るまでまともな数字はないのですから。

因みに我が国はどうか。
実は聖武天皇の時代に作られた戸籍は一桁までの完全な実数となっています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E4%BB%A5%E5%89%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88

物知り顔の学者は結構これを根拠が無い数字とか、男女比が可怪しいとか何とか論評してますが、注意すべき点は現代の推定と大きな乖離がない数字が結構散見されるのです。この内の一分は確実に戸籍が把握してる数字の記載のはずです。

戸籍に男女比を誤魔化すのは徴税逃れのためですが実数自体はかなり正確に把握してたのではないかと今は思ってます。実は文化的な成熟は別個にして、平安時代以降はこの手の行政権の全国把握力が格段に落ちる時代となります。結局これが取り戻されるのは江戸期に入ってからです。

こういう国家の国力というか行政力というものはもうそろそろ時代の進歩とか何とかでなく実態ごとに見る必要があると本当に感じますね。後最も大きなのはいわゆる民度でしょうか。

小生も「トルコのもう一つの顔」を読みましたが経済上の損失を覚悟してまで1日国民の移動を禁止してセンサスを行うという件がありました。まあ、国家がアホな前提で政策を決定し国民が反目するという過程があることが大きいですが、続編の「漂流するトルコ」を合わせて読むと国は近代化しても国民は幸せになったのか疑問としかいえません。

下手なことをやらぬほうが幸せな国というのはあるのかと最近はとみに思います。
  1. 2016-03-19 16:18
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> 確か、この国民徴用令に因る動員については実数が把握されてるはずです。更には徴用によらない民間の雇用を通じた移動も把握されてます。
> 男女老弱問わず概数400万、そのうち半島内部の移動260万、内地に来た者140万、終戦時の半島出身者概数200万、それが占領軍の指導で140万が帰国というのが史実のはずです。統計がないところが多いですがこれと大きく乖離があることはないはずです。
> 全部政府の関与ならばおそらく一桁まで正確に出るのですがまあ、連中には理解できないでしょうね。

 何しろ記録する事、管理する事ができない国ですからね。
 自分ができない事を他国ができるとは思っていないのでしょう。

> 数字というもののが保つ意味はこんな所にもありましたね。
> 確かベネチア共和国が先進国であることをレパントの海戦での戦死者数で表したエントリーがあったと思います。他の参戦国が概数であるのに対してベネチアのみは一桁までの実数だったことを先進国としての証だとされてたはずです。
>
> こういう実数での計量はおそらく相当にきちんとした統治機構がないと無理な話だということなのでしょう。

 ベネツィアは当時としてはあり得ない程精緻な行政機構を持っていましたからね。
 レパントの海戦の戦死者や戦傷者には年金を出しているし、捕虜になってトルコで奴隷に売られた兵隊は、出来る限り捜索して買い戻しています。

 もう現代の米軍並みの事をやっているのです。
 
 これに比べたら強制徴募なんて野蛮なことをやっていたナポレオン戦争時のイギリス海軍なんか、お話にならない後進国振りです。

> 実はあまり知られていないのですが支那の人口統計は漢代が一番正確だと言われていますこの当時の記録は戸数と実数について一桁まで表しています。その後については言わなくともよいでしょう。現代に至るまでまともな数字はないのですから。

 おお、それは凄い!! 
 しかしなんとなくわかります。

 マジに今の中国より漢代の方が遥かに洗練されているように思える事が沢山ありますから。

> 因みに我が国はどうか。
> 実は聖武天皇の時代に作られた戸籍は一桁までの完全な実数となっています。
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E4%BB%A5%E5%89%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88
>
> 物知り顔の学者は結構これを根拠が無い数字とか、男女比が可怪しいとか何とか論評してますが、注意すべき点は現代の推定と大きな乖離がない数字が結構散見されるのです。この内の一分は確実に戸籍が把握してる数字の記載のはずです。

 これは凄い!!
 しかし考えると、この当時は班田収授の法で農地と国民の管理をしているのでしょう? だったら正確な戸籍の管理が絶対必要なのです。

 実は中国やソ連の共産主義の何が不思議って、両国共にこうした事務処理能力の凄く怪しい国だったことです。
 
 共産主義って等しく分けるのが原則でしょう?
 でも分け前にあずかる人間の数を正確に数える事の出来ない国が、どうやって等しく分ける制度を運営しているのか?

 これが不思議でたまらなかったのです。

> 戸籍に男女比を誤魔化すのは徴税逃れのためですが実数自体はかなり正確に把握してたのではないかと今は思ってます。実は文化的な成熟は別個にして、平安時代以降はこの手の行政権の全国把握力が格段に落ちる時代となります。結局これが取り戻されるのは江戸期に入ってからです。
>
> こういう国家の国力というか行政力というものはもうそろそろ時代の進歩とか何とかでなく実態ごとに見る必要があると本当に感じますね。後最も大きなのはいわゆる民度でしょうか。

 なるほどね。
 こういう基礎的な行政能力の差が、国力の差になっていくのでしょうね。
>
> 小生も「トルコのもう一つの顔」を読みましたが経済上の損失を覚悟してまで1日国民の移動を禁止してセンサスを行うという件がありました。まあ、国家がアホな前提で政策を決定し国民が反目するという過程があることが大きいですが、続編の「漂流するトルコ」を合わせて読むと国は近代化しても国民は幸せになったのか疑問としかいえません。
>
> 下手なことをやらぬほうが幸せな国というのはあるのかと最近はとみに思います。

 トルコ共和国の建国は、オスマン・トルコ帝国解体後、何とか植民地化を免れた部分がいかに生き延びるかと言う悪戦苦闘の結果ですから。

 確かに近代化する事で様々な問題を抱え込んだのですが、しかし近代化しないと植民地にされると言う時代の結果生まれた国ですからね。

 それでも中東の国家の中では、トルコがまだ一番安定して平和な状態を保っているのですから、国際社会を生き抜くって楽じゃないって事ですね。
  1. 2016-03-19 17:13
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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特亜人の歴史観は日本史のトレース

最近、YouTubeで外国人向けに日本の歴史や文化を紹介する動画を見ていたら複数の人が「Japan is true China.」というコメントをしているのを見ました。
たしかに、古代支那の文化をいちばんよく保存しているのは日本でしょう。

日本というのは「日本国の領土」「日本人(大和民族)が住んでいる地域」「日本語が話されている地域」の3つが一致して、歴史的にもこれらの地域がほとんど変わっていないという珍しい場所です。
だから日本史では「日本列島の地域史」と「日本人(大和民族)の民族史」を区別する必要がありません。しかし、これは世界の中では例外中の例外です。

中国人や韓国人が考える歴史は、この日本の歴史観をトレースしていますね。支那の歴史というのは地域史であって民族史ではありません。「元」はモンゴル族の国だし「清」は満州族の国です。「唐」の都「長安」にはトルコ系やペルシャ系の民族がいたこともわかっています。
中国メディアをウォッチしていると「中華民族の歴史」「中華民族の文明」という言葉がよく出てくるのですが、もちろん「中華民族」などという民族は存在しません。しかし、今の若い中国人は「中華民族」という中国政府のプロパガンダを信じているようですね。私が以前に出会った中国人留学生は、中国の学校の歴史の授業で「元寇」について習った時に、「台風が来なければ日本を倒せたのに」と思ったそうです。ちなみにその留学生は漢族でした。

最近、満州の歴史について調べたんですが、日本は朝鮮にしたのと同じように、満州にも莫大なお金・人員・労力を使って、あの不毛の地を近代化したんですね。
「改革開放」が始まるまでは、東北三省(遼寧省・吉林省・黒龍江省=旧満州)が中国最大の工業地帯だったそうです。今、あの地域に1億人以上が住めるのも日本人が整備したインフラがあるからなのでした。

中国東北部 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%9D%B1%E5%8C%97%E9%83%A8
  1. 2016-03-19 19:58
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
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満州国関連
http://www.youtube.com/playlist?list=PLA5B074B23C6659C9

こういう記録映像は前からあったわけですが、「日帝のプロパガンダだ」とされてきました。しかし、慰安婦問題を見てもわかるように、先進国で日本人ほどプロパガンダが下手な国民はいないでしょう。

ちなみに、日本人が残したインフラが今でも使われていることがわかる動画もあります。

大陸に残る大日本「満州」
http://www.youtube.com/watch?v=d_VYjOXG5K0
旧満州への旅
http://www.youtube.com/watch?v=wZ6uIWpCMss

上の動画では、コメント欄で日帝の残虐性を挙げて罵る中国人がいたり、中共の残虐性を批判する中国人がいたりして荒れています。
  1. 2016-03-19 20:15
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
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Re: 特亜人の歴史観は日本史のトレース

> 最近、YouTubeで外国人向けに日本の歴史や文化を紹介する動画を見ていたら複数の人が「Japan is true China.」というコメントをしているのを見ました。
> たしかに、古代支那の文化をいちばんよく保存しているのは日本でしょう。

 近世以降のシナって、満州文化ですからね。
 だからシナの政治家が民族衣装が着られないのです。

> 日本というのは「日本国の領土」「日本人(大和民族)が住んでいる地域」「日本語が話されている地域」の3つが一致して、歴史的にもこれらの地域がほとんど変わっていないという珍しい場所です。
> だから日本史では「日本列島の地域史」と「日本人(大和民族)の民族史」を区別する必要がありません。しかし、これは世界の中では例外中の例外です。
>
> 中国人や韓国人が考える歴史は、この日本の歴史観をトレースしていますね。支那の歴史というのは地域史であって民族史ではありません。「元」はモンゴル族の国だし「清」は満州族の国です。「唐」の都「長安」にはトルコ系やペルシャ系の民族がいたこともわかっています。
> 中国メディアをウォッチしていると「中華民族の歴史」「中華民族の文明」という言葉がよく出てくるのですが、もちろん「中華民族」などという民族は存在しません。しかし、今の若い中国人は「中華民族」という中国政府のプロパガンダを信じているようですね。私が以前に出会った中国人留学生は、中国の学校の歴史の授業で「元寇」について習った時に、「台風が来なければ日本を倒せたのに」と思ったそうです。ちなみにその留学生は漢族でした。

 だって連中は日本をモデルに国民国家、近代国家を作ろうとしたのですから、仕方ありません。
 これは例えばトルコ共和国がフランスをモデルに国民国家を作ろうとしたのと同じです。

 しかし基本条件が違うのです。
 
 唯民族の定義と言うのは実は至って曖昧で、先祖が違っても自分達が同じ民族だと思えば同じになるし、同じ先祖でも自分達が違うと思えば違打民族になるのです。

 台湾人は自分達は中華民族じゃないと思い始めているのでは?

> 最近、満州の歴史について調べたんですが、日本は朝鮮にしたのと同じように、満州にも莫大なお金・人員・労力を使って、あの不毛の地を近代化したんですね。
> 「改革開放」が始まるまでは、東北三省(遼寧省・吉林省・黒龍江省=旧満州)が中国最大の工業地帯だったそうです。今、あの地域に1億人以上が住めるのも日本人が整備したインフラがあるからなのでした。
>
> 中国東北部 - Wikipedia
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%9D%B1%E5%8C%97%E9%83%A8

 凄い話ですよね。
 毛沢東はスターリンから満州をゲットするんですが、しかしこれで全シナを相手に戦う工業力を得るのです。
 
 それにしても勿体ないことしましたよね。
 この資本を国内に投資しておれば・・・・・。
  1. 2016-03-20 11:41
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  3. よもぎねこ #-
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漢代

> 実はあまり知られていないのですが支那の人口統計は漢代が一番正確だと言われています

 これの物的証拠は、たぶんニヤや敦煌近辺で出土した木簡文書なんでしょう。駐屯地の公文書ですが、兵士の数、勤務評定、物資の数量を嫌になるほど不必要にみえるほど細かく1桁まで記録しています。

 こういうところから推定して、「正確だろう」という推論がなされているのでしょう。


  1. 2016-04-21 08:27
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  3. 山科 #-
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Re: 漢代

> > 実はあまり知られていないのですが支那の人口統計は漢代が一番正確だと言われています
>
>  これの物的証拠は、たぶんニヤや敦煌近辺で出土した木簡文書なんでしょう。駐屯地の公文書ですが、兵士の数、勤務評定、物資の数量を嫌になるほど不必要にみえるほど細かく1桁まで記録しています。
>
>  こういうところから推定して、「正確だろう」という推論がなされているのでしょう。

 なるほど。
 
 ワタシはそんなに中国史は知らないのですが、しかし現在の中国と古代の中国を比べると、古代の方が余程洗練され手いると思ってしまいます。

 中国では明代や清代になっても、皇帝が巨大墳墓を作っていたりして、社会の感覚が古代のままなのですが、時代が下がってもスケールが大きくなるだけで、結局古代のままで、スケールが大きくなる分雑になっているとしか思えない部分があります。
  1. 2016-04-21 10:48
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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