2016-01-25 12:55

多文化共存を唱えるリベラリストについて

 夕べブロゴスで難民の話(メルケル首相「多文化主義は完全に失敗」ー今この発言に注目すべき理由)を読んでいたら、こんなコメントが出ていました。

 実態としては多文化共存が難しいのでは無くて、「リベラル」が困難な隘路にぶつかっているんだと思います。移民を排除した世界でこそ通用する「進歩主義的理念」が移民を混ぜた途端軋轢のタネになるんですからね。スウェーデンでは女子の割礼が発覚すると両親は本国に強制送還ですが、異文化共存の困難さの大元がどこにあるか象徴していると思います。お互い無視して容認すれば共存可能なのに、「女性の人権が~」という単一主義が発動しておのずから困難にしてしまいます。

 スウェーデンのサイトで女児の割礼問題について、コメントしたところ荒れました。人類学的な文化の相対性に鑑みて、少しでも容認するような意見は絶対ダメでした。(ユダヤ教徒の男児の割礼は良いのかとかとても切り出せません)


033

 女児割礼は中東やアフリカ諸の風習で、女性の陰核を幼児期或いは初潮が始まる頃までに切除します。

 やり方は部族や地域によって色々違うようですが、いずれにせよ非常な苦痛を伴うし、また衛生状態の悪い方法で行うと感染症の原因になり、命を落とす場合もあります。

 だからこうした風習のない地域の感覚からすれば、何とも恐ろしい奇習です。 そして女性の権利意識の強い欧米では、絶対悪と言う事になっています。
 また国連もこれを止めさせようとしています。

 しかしこれは中東や北アフリカでは、紀元もわからない程古くから守られていた習慣であり、この習慣を守る人々にとっては非常に重要な儀礼です。
 
 だから「民族の伝統や文化は尊重されるべき」と言うなら、これを強制的に禁止するのは大変な問題です。

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 ところが人権先進国、移民受け入れ推進で世界を率先してきたスウェーデンでは、とにかく女児割礼は犯罪とされています。
 そばかりかこれに関しれは「民族の伝統を尊重せよ」と言う観点からの議論差へできない状況なのです。

 そしてこのコメントを書いた方が指摘しているように、こうした現実の問題、現実の移民が「リベラル」を困難な隘路に追い込んでいるのです。

 つまり日本だけでなく欧米でも「多文化共存」などを唱えている人達は、皆熱烈な人権派で、女性差別反対、人種差別反対、宗教差別反対を叫び、こうした理念に少しでも違うと自国の伝統文化も攻撃してきました。

 そしてその理念により移民や難民を大歓迎したのです。

 でも現実に入ってきた難民や移民は、彼等リベラリストとは全く理念を共有できな人々なのです。

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 今回スウェーデンに雪崩れ込んだ北アフリカや中東地域では、女性蔑視は根強く、女児割礼の習慣も厳守してます。 またイスラム教の信仰を絶対視して、他宗教への迫害が続いています。

 これは中東や北アフリカでは別にIS戦闘員など特別な人だけの意識ではなく、ISから逃れてきた普通の人々も同様なのです。

 実はこれは西欧社会が近世以降現代まで苦労して克服してきた問題なのです。
 でも中東や北アフリカの社会は、実はヨーロッパで言えば中世中期程度、良くって近世初頭のような社会なので、こうした問題の克服はまだまだ先の話です。

 勿論北アフリカや中東がこうした社会であることを指摘して、これらの国々から大量の移民を入れる事に懸念を示した人々もいます。

 しかしそれを全部「人種差別!!」「排外主義者!!」として封殺して、移民・難民を入れたのはリベラリスト達です。
 そしてこうして入れた移民・難民との「多文化共存」を推進したのも、リベラリスト達なのです。

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 ところがそのリベラリスト達は、女児割礼のような現実の問題に対しては、全然多文化共存をする意思はないのです。

 他民族や多民族の文化も、自国の文化同様に尊重するべきと言うのは多文化共存のはずですが、しかし他民族の重要な文化を「非人道的」「女性蔑視」として徹底弾圧ってどういう事でしょうか?

 そもそも女性蔑視が伝統に組み込まれている文化を持つ民族を自国に取り込んだ挙句に、その文化を禁止するのでは多文化共存ではないでしょう?

 こうした混乱を見ると、そもそもこれら多文化共存を唱えたリベラリスト達は、実は異なる文化を持つ民族や社会の現実を全く見て来なかったと言う事でしょう。

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 民族が違い文化が違うと言うのは、衣装や音楽や料理が違うだけでは済まないのです。 時に倫理観念の根幹が全く違う場合があるのです。
 だから民族摩擦が起き、再々流血に至るのです。

 けれども美しい理想に生きるリベラリスト達は、実はこうした深刻な問題は完全に無視しているのです。
 彼等の夢見た多文化社会は、きっと万国博覧会の会場のような物で、様々な民族衣装を着た人々が、それぞれの民族音楽や舞踏を披露して、民族料理を楽しみながらそれを見物するような社会でしょう。

 そしてどんな国のどんな民族であれ、自分達の国に来たからには、民需主義や人権、女性の権利擁護と言った理念を、何の抵抗もなく受け入れると考えていたのでしょう。

 もし移民は難民がそれを受けれないのであれば、それは国内で彼等を差別する人間が悪いからだ!!
 オマイラ、差別主義を止めて移民や難民を受け入れる努力努力をするんだ!!

 実際このエントリーの最初にあげた記事の本文はそう書いているのです。

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 しかし現実にEUに出現している多文化社会では、中東・北アフリカの移民・難民の多くはそもそもリベラリスト達の理想なんぞ糞喰らえ!!
 多文化主義なんて言われなくても、最初からヨーロッパ式の女性の権利や、宗教の自由なんて尊重する意思は欠片もないのです。 

 だから移民・難民による強姦事件が多発し、更にはシナゴークやユダヤ博物館への襲撃などを、ドンドンやっているのです。

 実に気の毒なのはユダヤ人のリベラリストです。
 彼等はひたすら人種差別や宗教差別に反対して、ヨーロッパをよりオープンな社会にしようと努力したのです。 彼等はそれによって自分達ユダヤ人の居心地が良くなると言う計算もあったのでしょう。

 しかしそれのよって押し寄せたのは、今も反ユダヤ主義に燃え盛るイスラム圏から大量の移民・難民でした。 お蔭で戦後ヨーロッパは何とか封印してきたユダヤ人迫害がまた復活してしまいました。

 極右による反ユダヤにはヒステリックに反応した非ユダヤ人のリベラリスト達も、移民や難民による反ユダヤ暴力にはきわめて寛容でです。 移民や難民を非難するのは人種差別だと信じている人達だから当然です。

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 しかしここまでなら、タダ愚かな人々の愚かな話です。
 けれどもタダ愚かな人々と言えない事態が起きているのではないでしょうか?

 スェーデンで昨年8月に野外コンサート会場で、中東・北アフリカ系とみられる人々による女性への集団性犯罪が起きました。
 しかし驚いた事にこれが公表されたのは、年明けなのです。

 ケルンの集団性犯罪事件の公表がきっかけで、明るみに出たようですが、しかしこんな事件が4ヶ月も隠蔽されるって、民主主義国家でそんなのありですか?

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 ケルンの事件ではメルケルの支持率が激洛しました。 
 当然ですがこうした事件が明るみに出れば、移民・難民受け入れ政策を推進した現政権への支持率は落ち、逆にこれに反対する政党の支持率は上がります。

 移民・難民による事件隠蔽の理由は、表向きは「移民や難民への差別や偏見を助長しないため」とのことでした。
 しかし本当は現政権の権力維持ではありませんか?

 こうして移民・難民への差別や偏見の助長禁止を理由に、報道管制や更にはネットの監視まで行うのであれば、これはもう中国と同じ独裁国家になってしまいます。

 実はドイツでは既にネットが監視されていると言います。

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 遂に隠し切れなくなったヨーロッパのモスレム暴挙、ドイツメディアがマルケル首相の移民痴漢行為隠蔽を批判

このようなひどい事件が報道されるまで三日もかかった理由は、ドイツには情報規制があるからで、大本営報道局に成り下がっているドイツ主流メディアは政府に批判的な報道はしない。特に今問題とされている移民問題に関しては政策の妨げになるような移民による犯罪事件には沈黙を守るのが常となっていた。一般市民でもドイツでは政府の移民政策を批判すると罰金を課されたり禁固刑になる。「イスラム教移民は強制送還すべきだ!」などとフェイスブックに書いたりすると「ヘイトスピーチだ!」といって罰せられる可能性があるのだ。

その主流メディアが三日もかかったとはいうものの、遂に事件の真相を報道し、事件を隠蔽しようとした警察や政府までもを批判するようになったということは特筆の価値ありである。


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 それならスウェーデンでもしていたのでは? 
 そうでなければこのネット社会で、大きな事件が4ヶ月も表に出ない事の説明できません。

 もし日本でコンサート会場で大規模な集団性犯罪事件なんてことが起きたら、ネットに山のように動画や写真が貼られて、それがそのまま世界中に拡散されますから。

 だからこのスウェーデンの話は実は凄く怖いです。

 だって人権大国が実は人権の名のもとに、政権による国民監視社会になってしまっていたわけですから。

084

 そしてこのように独善的・独裁的な人々が、「多文化共存」を唱えるのは実に奇妙な話なのです。 

 自分達の理念の為には、自国民の言論さへ弾圧して、自己の権力を保持しようとする。
 自分達の理念の為には、民主主義社会の最重要な権利である言論の自由も弾圧する。
 そして自分達と理念の異なる人々とは、一切話し合いをする意思はなく、その存在や人権も認めない。

 このような人々が本当に「多文化共存」などできるのでしょうか?

 これは日本でヘイトスピーチ反対を喚いている人々の背後には、北朝鮮や韓国、そして共産党がいます。 いずれも言論の自由など封殺したい勢力です。

 欧米で多文化共存を喚く人々の背後には何がいるのでしょうか?
  1. レイシスト
  2. TB(0)
  3. CM(22)

コメント

>しかしこんな事件が4ヶ月も隠蔽されるって、民主主義国家でそんなのありですか?

4ヶ月で済んだならいいじゃないですか?北朝鮮の日本人拉致なんて20数年以上隠蔽されていたんですよ?
1985年に北朝鮮の大物工作員、シン・ガンスが韓国警察に逮捕され、原タダアキさん拉致が発覚。
以前から日本海側の住民や左翼ではない北ウォッチャーの
間では知る人ぞ知るだった北朝鮮の人さらい疑惑がついに
満天下に晒された出来事でした。

工作員たちが打ち合わせに使った喫茶店まで明らかに
なっていたんですが、日本マスゴミはシカト。
土井たか子や菅チョクトはシンの救援活動まで始める始末。

ものすごく手前ミソで恐縮なのですが、私、大学生の自分から昔から北朝鮮に関心があり拉致にまつわる噂も知っていたのですが、当時(80年代後半)にそんな話をしたら
親からも友人からも変わり者扱いされました・・。
欧州どころではない狂いっぷりですよ。

私が「ネトウヨ」化し反メディアになった理由の一つでも
あります。

>実はドイツでは既にネットが監視されていると言います。

「国境なき記者団」(だったっけ?)などなどの報道の自由度調査でドイツや北欧はいつも自由度で上位。日本は韓国以下の順位だったりしますけど、アレ何が基準なんでしょうねぇ?実感と全然合っていなくてさっぱりわからんんのです。
  1. 2016-01-25 14:27
  2. URL
  3. prijon #-
  4. 編集

全くの余談ですが、こんな楽しい記事が・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000022-cnippou-kr

「言いたいことを我慢して目立つことを避けようとする韓国人」(by 中央日報)

いやぁ、今年最初の月にええギャグ聞かせていただきました・・。
  1. 2016-01-25 14:31
  2. URL
  3. prijon #-
  4. 編集

リベラル()の理想

他の文化を尊重しあえるのは理想ですけど、一緒に暮らすからには価値観の衝突はどうしても起こります。法を守れない事態が多発して、人口比がマジョリティに近づいてきたら、法改正を迫られるのは存外直ぐ起こりそうです。女性は肌を出すなと主張されたらヨーロッパ人はどういう選択を?結局居住地域を分けなければいけなくなって別の国化してしまったり。

もうすでに受け入れてますが更に移民をどんどん受け入れることにしたら、日本は中国人と韓国人比率が突出するでしょうね。リベラルの言うように、韓国の痛みに配慮して永遠の謝罪をすることにしたら、教科書を韓国色に染め、旭日旗を排除して、もしかしたら日の丸も変え、君が代も皇室も廃止、神社は全て打ち壊し…

タイトルは忘れましたが未来を描いた映画の予告編、人も髪も服もインテリアもしろーい世界なんです。色は差別を生むからダメだということで、そんな息苦しい完全に管理された社会から逃げ出したら…みたいな話でした。ありそうありそうーと唸ってたら、小学生息子になんで?なんで?と聞かれました。小学生相手には説明が難しいですこの気持ち悪さ。
  1. 2016-01-25 15:57
  2. URL
  3. こきち #97nXsu5.
  4. 編集

リベラリストは、難民は違う文化を持ち良い面も悪い面も併せ持つ生きた人間だと分らないみたいです。それとも、分っていても自分は被害に遭わないから大丈夫だと自身があるのかも知れません。

ただ欧州の先進国の今と中東の今は違う時代なのだと本当に理解できていないから、こういう事件がこれからも起こり続けて犠牲者が増えてだんだんリベラルのお面の下の本音が出てくるのだと思うと欧州は宗教戦争をまた始めてしまったようでどれだけ解決に時間がかかるのか想像も出来ません。。

ドイツでケルンの事件が報じられなかったのは、ホロコーストのタブーのせいだと思います。欧州在住の人のブログを読んでも、なぜか暴行被害にあった女性への労りや同情よりも、「でも難民のすべてが悪いわけじゃない。」という意見を前面に出していて不愉快な位です。この気味の悪いまるで独裁者の支配下のような空気は何なのだろうと思っていたら 、Forbes JAPAN の記事にケルンの事件関連の投稿のなかに過激なものが多いためにフェイスブックから削除することになったとあり、その根拠は1994年ドイツで施行された『反ナチスと反犯罪法』でドイツ当局がSNSも監視してナチス関連を削除したり、刑罰を与えたりした為に引き起こされているのだと腑に落ちました。

【フェイスブック 過激発言への対策を開始】
http://forbesjapan.com/articles/detail/11010

学生時代にネオナチや過激派の取締の為に、ドイツ警察が公衆トイレのマジックミラーの裏に警官が見張っているというニュースをみてそこまでやるのかと思いました。完璧主義って、良くないです。

それから、BBCがスウェーデン警察が事件を隠蔽していた件を報道していますが、警察は言い訳をしているようで市民を守るより移民・難民を守りたいようです。当局は自分の家族が被害にあっても同じようなことをするのか、聞いてみたいです。

【Swedish police probe 'cover-up of migrant sex assaults'】
http://www.bbc.com/news/world-europe-35285086

去年よもぎねこさんが記事にされた英国の少女たちがパキスタン系の移民に長年性的虐待を受けていた件について、この件が放置されたのは被害者の少女たちが低所得者の階級だからではないかと疑問を呈しています。でも今更です。去年これは発覚していたのに、英国在住のこの女性は記事にしていませんでした。この女性だけでなく、本来なら英国や欧州のリベラリストが大問題として欧州全体で対策を講じていれば、今回の各国での女性や子供が犠牲者になる事はなかったかもしれないと思います。

【左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか】
http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160116-00053462/
  1. 2016-01-25 18:36
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

異文化なんて知れば知るほど嫌いになるのが普通です

>彼等の夢見た多文化社会は、きっと万国博覧会の会場のような物で、様々な民族衣装を着た人々が、それぞれの民族音楽や舞踏を披露して、民族料理を楽しみながらそれを見物するような社会でしょう。

かつて国際交流活動にのめり込んで日本語教師の資格まで取った者として、これはよくわかります。異文化交流で楽しいのはそのレベルまでです。
私は外国人から生活相談まで受けていたので大変でした。政治と宗教を抜きにしても、善悪の基準が全く違う人たちのとの共生は難しい、というかほとんど無理です。「まさかそんな事はしないでしょ」という日本人の常識を軽々と超えてきますから。

女子の割礼といえば、かつてヨーロッパは「祖国にいると割礼を受けさせられるから」という理由でアフリカ人女性の亡命を認めていたことがあります。
今はそういう話を聞かないので、割礼は亡命の理由にならなくなったのでしょう。そんな理由を認めていたらキリがないというのもあるでしょうが、嘘の申請も多かったのでしょうね。
日本でもこういう事例があるようです。

デイリー新潮
「ラーメンの味を守りたい」「“同性愛者で難民申請”も日本人妻と結婚」 トンデモ難民続出の認定現場(1)
http://www.dailyshincho.jp/article/2015/11120850/?all=1
「母国で不倫をしたから」「気分で宗派をコロコロ変えた」トンデモ難民続出の認定現場事情(2)
http://www.dailyshincho.jp/article/2015/11130845/?all=1

それにしてもリベラル派って、思考が全然リベラル(自由)じゃなくて教条主義的ですよね。「多文化共生」「脱原発」「死刑廃止」「野蛮な風習の禁止」など、一度決めると、たとえ矛盾があってもその方向にどこまでも突っ走るわけですから。
  1. 2016-01-25 19:27
  2. URL
  3. かんぱち #vF6NeGQU
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Re: タイトルなし

> >しかしこんな事件が4ヶ月も隠蔽されるって、民主主義国家でそんなのありですか?
>
> 4ヶ月で済んだならいいじゃないですか?北朝鮮の日本人拉致なんて20数年以上隠蔽されていたんですよ?
> 1985年に北朝鮮の大物工作員、シン・ガンスが韓国警察に逮捕され、原タダアキさん拉致が発覚。
> 以前から日本海側の住民や左翼ではない北ウォッチャーの
> 間では知る人ぞ知るだった北朝鮮の人さらい疑惑がついに
> 満天下に晒された出来事でした。
>
> 工作員たちが打ち合わせに使った喫茶店まで明らかに
> なっていたんですが、日本マスゴミはシカト。
> 土井たか子や菅チョクトはシンの救援活動まで始める始末。
>
> ものすごく手前ミソで恐縮なのですが、私、大学生の自分から昔から北朝鮮に関心があり拉致にまつわる噂も知っていたのですが、当時(80年代後半)にそんな話をしたら
> 親からも友人からも変わり者扱いされました・・。
> 欧州どころではない狂いっぷりですよ。
>
> 私が「ネトウヨ」化し反メディアになった理由の一つでも
> あります。

 ワタシは実は拉致被害者帰国まで北朝鮮の拉致は信じていませんでした。 なぜならワタシは元来全くノンポリで政治関係のニュースには無関心だったし、またそれまで拉致に関する情報は一般のマスコミに殆ど出ていなかったからです。

 そして何よりも「何のために国家が中学生を拉致するのか?」と言うのが不可解でした。

 ネットができるまでは、こうした情報を他人に伝えるのって、随分大変だったでしょう。 余りにも途方もない話であるうえに、口伝では証拠となりそうな文献などを人に示すのが不可能だからです。

 慰安婦強制連行の捏造だって、朝日新聞が吉田証言を使って捏造を始めた頃は、実際に当時を知る人達がまだ60代で健在だったにもかかわらず、一旦マスゴミで煽られると、それがいかにもホントであるかのように捏造されてしまいました。

 ネットのない時代、マスゴミと個人の発信力の違いは竹槍とB29どころか、マッチ棒とB52でした。 それが戦後の異常な政治の根源でしょう。
  
> >実はドイツでは既にネットが監視されていると言います。
>
> 「国境なき記者団」(だったっけ?)などなどの報道の自由度調査でドイツや北欧はいつも自由度で上位。日本は韓国以下の順位だったりしますけど、アレ何が基準なんでしょうねぇ?実感と全然合っていなくてさっぱりわからんんのです。

 ワタシもわかりません。
  1. 2016-01-25 20:15
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 全くの余談ですが、こんな楽しい記事が・・
>
> http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000022-cnippou-kr
>
> 「言いたいことを我慢して目立つことを避けようとする韓国人」(by 中央日報)
>
> いやぁ、今年最初の月にええギャグ聞かせていただきました・・。

 ハハハ、韓国人としては今の10倍ぐらい言いたい事があるんでしょうね。
  1. 2016-01-25 20:16
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

リベラル(の顔をしたファシズム)の無謀。

 社会秩序というのは、国民の倫理観がそれなりに統一されていなければ安定しません。多文化国家においてもこれは同じことで、文化こそ違えど社会秩序に対する意識というのはそれなりに共通でなければ国家として成り立たないはずです。つまり、これが失われると国家が瓦解するということです。

 法治国家で、難民には基本的な法律すら適用しないというような、横暴をするならば、もはや法治国家としての基本的な価値観を放棄することと同義です。難民にも法治がなされないのだとしたら、その国は基本的な価値観を失います。このままでは、ドイツ社会は早晩にして崩壊するでしょうね。
 それか、フランスみたいに極右政党(といっても、本当に「極右か」といいたくなるほど穏健的な「極右」ですが)が台頭して、国民第一主義が実力を持ち始めるということもありうるでしょう。いずれにしても、間違いなく、今のような人権ファシズムは維持できないでしょう。とはいっても、まともな価値観が復活するまでには、相当の犠牲が生じるだろうと思いますが。
  1. 2016-01-25 20:18
  2. URL
  3. 凍え馬 #-
  4. 編集

Re: リベラル()の理想

> 他の文化を尊重しあえるのは理想ですけど、一緒に暮らすからには価値観の衝突はどうしても起こります。法を守れない事態が多発して、人口比がマジョリティに近づいてきたら、法改正を迫られるのは存外直ぐ起こりそうです。女性は肌を出すなと主張されたらヨーロッパ人はどういう選択を?結局居住地域を分けなければいけなくなって別の国化してしまったり。

 その通りだと思います。 いずれヨーロッパがイスラム化して、教会が破壊されたり、バッハやモーツアルトの宗教音楽が禁止されたりする日が来るかもしれません。

> もうすでに受け入れてますが更に移民をどんどん受け入れることにしたら、日本は中国人と韓国人比率が突出するでしょうね。リベラルの言うように、韓国の痛みに配慮して永遠の謝罪をすることにしたら、教科書を韓国色に染め、旭日旗を排除して、もしかしたら日の丸も変え、君が代も皇室も廃止、神社は全て打ち壊し…

 彼等はそれを夢見て東アジア共同体などと言っているのです。

> タイトルは忘れましたが未来を描いた映画の予告編、人も髪も服もインテリアもしろーい世界なんです。色は差別を生むからダメだということで、そんな息苦しい完全に管理された社会から逃げ出したら…みたいな話でした。ありそうありそうーと唸ってたら、小学生息子になんで?なんで?と聞かれました。小学生相手には説明が難しいですこの気持ち悪さ。

 思うに差別禁止って共産主義者の運動の一つかもしれません。 だって差別禁止を名目にすれば、言論弾圧でも思想弾圧でもやりたい放題ですから。
  1. 2016-01-25 20:27
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> リベラリストは、難民は違う文化を持ち良い面も悪い面も併せ持つ生きた人間だと分らないみたいです。それとも、分っていても自分は被害に遭わないから大丈夫だと自身があるのかも知れません。

 彼等の頭の中には生身の人間ではなく抽象概念としての人権が断片的に存在するのでしょうね。
 
 だからあれほどヒステリックに女性の権利擁護を叫んでいたのに、ケルンの集団性犯罪のような事件が起きると、

 難民様の権利>>>>>>女性の権利

 になって、女性の権利が全部ネグレクトされてしまうのです。

 実は難民関係の支援団体の職員やボランティアの女性が難民に強姦される事件は随分起きているようです。 しかしその手の団体は被害者の女性を擁護せずに、事件を隠蔽するように強要しているようです。

 凄い人権団体ですよね。

> ただ欧州の先進国の今と中東の今は違う時代なのだと本当に理解できていないから、こういう事件がこれからも起こり続けて犠牲者が増えてだんだんリベラルのお面の下の本音が出てくるのだと思うと欧州は宗教戦争をまた始めてしまったようでどれだけ解決に時間がかかるのか想像も出来ません。。

 数百年かかるでしょう。

> ドイツでケルンの事件が報じられなかったのは、ホロコーストのタブーのせいだと思います。欧州在住の人のブログを読んでも、なぜか暴行被害にあった女性への労りや同情よりも、「でも難民のすべてが悪いわけじゃない。」という意見を前面に出していて不愉快な位です。この気味の悪いまるで独裁者の支配下のような空気は何なのだろうと思っていたら 、Forbes JAPAN の記事にケルンの事件関連の投稿のなかに過激なものが多いためにフェイスブックから削除することになったとあり、その根拠は1994年ドイツで施行された『反ナチスと反犯罪法』でドイツ当局がSNSも監視してナチス関連を削除したり、刑罰を与えたりした為に引き起こされているのだと腑に落ちました。

 何とも凄い発想ですね。

 大勢の人が広場に出て皆でカウントダウンをするのが習慣のドイツの大晦日の広場で、強姦されたのです。 普通に考えたら全く被害者に落ち度はありません。

 それでも被害者に同情もしないって・・・。

> 【フェイスブック 過激発言への対策を開始】
> http://forbesjapan.com/articles/detail/11010
>
> 学生時代にネオナチや過激派の取締の為に、ドイツ警察が公衆トイレのマジックミラーの裏に警官が見張っているというニュースをみてそこまでやるのかと思いました。完璧主義って、良くないです。

 ゲシュタポ復活じゃないですか?

> それから、BBCがスウェーデン警察が事件を隠蔽していた件を報道していますが、警察は言い訳をしているようで市民を守るより移民・難民を守りたいようです。当局は自分の家族が被害にあっても同じようなことをするのか、聞いてみたいです。
>
> 【Swedish police probe 'cover-up of migrant sex assaults'】
> http://www.bbc.com/news/world-europe-35285086

 誰の為の警察だかね。

> 去年よもぎねこさんが記事にされた英国の少女たちがパキスタン系の移民に長年性的虐待を受けていた件について、この件が放置されたのは被害者の少女たちが低所得者の階級だからではないかと疑問を呈しています。でも今更です。去年これは発覚していたのに、英国在住のこの女性は記事にしていませんでした。この女性だけでなく、本来なら英国や欧州のリベラリストが大問題として欧州全体で対策を講じていれば、今回の各国での女性や子供が犠牲者になる事はなかったかもしれないと思います。
>
> 【左派はなぜケルンの集団性的暴行について語らないのか】
> http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160116-00053462/

 実は20008年にワタシはこの手の話をネットで見ました。

 イスラム教ギャングに乗っ取られたイギリスの町、何千と言う少女たちが十数年に渡って強姦され続けている! 
 http://biglizards.net/strawberryblog/archives/2015/05/scary_british_muslim_rape_gang.html#comments

 この時、イギリス人の個人ブロガーがこれを告発するブログを書いていたら、イギリスの人権擁護法案で逮捕されてしまったのです。

 それで人権擁護法案と言う物も恐ろしさを知ったのです。 因みにこのブロガーが告発したのは別の街での同様な犯罪です。 だから実は同じ事がイギリスでは他にも沢山起きているのでしょう。

 それにしても紹介して頂いた記事の中のリベラリスト記者の言ってる事、ホントにぶっ飛んでいますね。 結局彼等が見事なぐらい現実を見ずに、自分の理想だけに執着していたと言う事でしょう。


 

 
  1. 2016-01-25 21:32
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 異文化なんて知れば知るほど嫌いになるのが普通です

> >彼等の夢見た多文化社会は、きっと万国博覧会の会場のような物で、様々な民族衣装を着た人々が、それぞれの民族音楽や舞踏を披露して、民族料理を楽しみながらそれを見物するような社会でしょう。
>
> かつて国際交流活動にのめり込んで日本語教師の資格まで取った者として、これはよくわかります。異文化交流で楽しいのはそのレベルまでです。
> 私は外国人から生活相談まで受けていたので大変でした。政治と宗教を抜きにしても、善悪の基準が全く違う人たちのとの共生は難しい、というかほとんど無理です。「まさかそんな事はしないでしょ」という日本人の常識を軽々と超えてきますから。

 それは大変でしたね。

 ワタシは本の世界では、外国の話を読むの大好きなんですが、しかし現実にこれだけ文化の違う人達と一緒に暮らすのは、容易なことではない事だけは理解できました。

> 女子の割礼といえば、かつてヨーロッパは「祖国にいると割礼を受けさせられるから」という理由でアフリカ人女性の亡命を認めていたことがあります。
> 今はそういう話を聞かないので、割礼は亡命の理由にならなくなったのでしょう。そんな理由を認めていたらキリがないというのもあるでしょうが、嘘の申請も多かったのでしょうね。

 女児割礼を理由に亡命を認めたら、それこそ中東や北アフリカの女性なら誰でも亡命できますからね。

> 日本でもこういう事例があるようです。
>
> デイリー新潮
> 「ラーメンの味を守りたい」「“同性愛者で難民申請”も日本人妻と結婚」 トンデモ難民続出の認定現場(1)
> http://www.dailyshincho.jp/article/2015/11120850/?all=1
> 「母国で不倫をしたから」「気分で宗派をコロコロ変えた」トンデモ難民続出の認定現場事情(2)
> http://www.dailyshincho.jp/article/2015/11130845/?all=1

 これ民主党の法改正の責任です。
 難民申請すれば日本に残留して仕事もできるようにしたので、難民申請が不法就労のツールになったのです。

> それにしてもリベラル派って、思考が全然リベラル(自由)じゃなくて教条主義的ですよね。「多文化共生」「脱原発」「死刑廃止」「野蛮な風習の禁止」など、一度決めると、たとえ矛盾があってもその方向にどこまでも突っ走るわけですから。

 そうなのです。
 本来人権と言うのは他人の人権とのぶつかり合いなので、全ての人の人権を公平に守る為には、それぞれ適当に我慢し合うようにするしかないのです。

 ところがリベラルってそういう発想はなく、特定の権利だけを断片的に振り回すので、全体にはいう事に全く整合性がなくなるのですが、でも自分自身ではそれを理解できないのです。

 しかし彼等の目的が実は只社会をかく乱する事だとすれば、理解できます。
  1. 2016-01-25 21:39
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  3. よもぎねこ #-
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Re: リベラル(の顔をしたファシズム)の無謀。

>  社会秩序というのは、国民の倫理観がそれなりに統一されていなければ安定しません。多文化国家においてもこれは同じことで、文化こそ違えど社会秩序に対する意識というのはそれなりに共通でなければ国家として成り立たないはずです。つまり、これが失われると国家が瓦解するということです。

 全くその通りなのです。 根本的な倫理観念の違う民族が一緒に暮らすって、一つのコートでサッカーと野球をしているようなモノで、大混乱しか起きないのです。

>  法治国家で、難民には基本的な法律すら適用しないというような、横暴をするならば、もはや法治国家としての基本的な価値観を放棄することと同義です。難民にも法治がなされないのだとしたら、その国は基本的な価値観を失います。このままでは、ドイツ社会は早晩にして崩壊するでしょうね。
>  それか、フランスみたいに極右政党(といっても、本当に「極右か」といいたくなるほど穏健的な「極右」ですが)が台頭して、国民第一主義が実力を持ち始めるということもありうるでしょう。いずれにしても、間違いなく、今のような人権ファシズムは維持できないでしょう。とはいっても、まともな価値観が復活するまでには、相当の犠牲が生じるだろうと思いますが。

 そうですね。
 マジに人権ファシズムと言うか反差別ファシズムと言うか、ヨーロッは本当に異常な社会になってしまいましたね。
  1. 2016-01-25 21:46
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  3. よもぎねこ #-
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移民難民問題の本質は何かというと、入ってくる側の閉鎖性、排他性、不寛容性、異文化への無知、無理解に尽きると思うのです。
多くの移民難民がドイツへ殺到していますが、別に彼らはドイツが好きではないのです。ドイツの文化にも興味がないし、ドイツ人になりたいわけでもない。
彼らが求めているのは、ドイツへ行けば得られるであろう快適な環境と手厚い社会保障であり、ドイツやドイツ人への愛情や忠誠心、貢献しようという意識はひとかけらも持ち合わせてはいないのです。
もしドイツが、どうしようもない貧乏国家だったりしたら、見向きもしないでしょう。
だからこそ単なる経済的事情から住みついた移民難民は移先々で同化するも気もなく、自分達だけで閉鎖的な共同体を形成し、国家の中に一種の国家を作りだすことになるわけです。
そして、多文化共生や寛容精神の美名の元、移民難民達は、自分達の文化や価値観を持ちこみ、受け入れ先の国に強制するわけです。「俺たちの文化を理解し、尊重しろ。でなければ、お前らは差別主義者だ、排外主義者だ」というわけです。
一度差別主義者、排外主義者の烙印を押さられると社会的に殺害されたのに等しいですから、受け入れた国や国民は口を閉ざされ、首根っこを押さえられ、移民難民が凶悪な犯罪をやらかしても、報道に規制がかかることになります。
http://roruchan777.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html#comment-form
このドイツ人は日本語でブログを書いていますが、彼によると、ドイツでは犯罪者の国籍や出自が報じられない、つまり外国人や移民難民の犯罪は隠蔽されるということが何年か前からの方針だそうです。しかし、大晦日のケルンで起きた集団性犯罪は、被害者の数が多すぎたので隠しきれなくなったので報じられたのと事です。
海外在住の日本人のブログを読んでみますと、やはり状況に差はあっても、ドイツと似たような状況だそうです。多文化共生の名の下に完全に口がふさがれてしまっているわけです。
私は、以前から多文化共生社会なるものに、ある種のうさん臭さを感じていました。以前「多文化共生フェステイバル」なるもののチラシが郵便受けに入り、様々な民族衣装を着た人達が、一緒に民族楽器を奏でている絵が描かれていましたが、その時感じた疑問は、なぜ異文化を混ぜなくてはならないか?というものです。
自分達の文化規範に従って生活をしたいのなら、自分の国に住めばいいし、国とは本来文化防衛のための装置だと思っていたからです。
自分なり得た結論としては、多文化共生なるものは、他人の作った快適な環境に異文化を持った外国人が寄生して利益をという血液を吸い上げる体のいい口実に過ぎないのではないかということです。そうなってくると在日が、日本に寄生するために多文化共生政策なるものに熱心なのも納得できるわけです。
しかし、多文化共生の名の下、他人の縄張りで自分達の文化を持ちこまれたら、持ちこまれた側にとっては単なる負担であり、結局は精神的共感や仲間意識を永久に持ってはもらえないでしょう。
移民達が疎外感を感じていることを受け入れ先に責任を転嫁していますが、移民を本当に疎外させているのは当の移民自身であり、受け入れてもらいたければ、受け入れ先の国の文化を知り、理解し、尊重し、精神的、文化的に同化する覚悟が必要であり、それは並大抵の努力ではないという自覚しなくてはなりません。
日系アメリカ人が、アメリカ人として受け入れられ、尊敬と信頼を得るために、どれほどの努力をしてきたことかを考えれば、多文化共生の名の下移民難民が受け入れ先に、要求ばかりしている現状では、社会統合など到底不可能でしょう。

  1. 2016-01-25 23:08
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  3. 名無しの権兵衛 #xaAWA3BQ
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移民難民問題において、私が注目している国があります。ご存知の通り、この国はアパルトヘイト政策によって、長年世界中から非難を浴びてきました。
しかし、私はアパルトヘイト=人種差別政策と単純には考えてはいません。
それは次の文章を読んだことがあるからです。
「アパルトヘイトは平和思想です。同じ場所で異なる民族が集まれば、人間というものは愚かだから、絶対に民族ごとに分かれてしまって争いが起こる。世界中におこっている紛争の数々をごらんなさい。ほとんどが民族紛争だ。それを防ぐために聖書ではアパルトヘイトが支持されているのです」これは、「アザニアの赤い薔薇」という本で、南アフリカの白人神父が作者に語った言葉です。
南アフリカは、言ってしまえば部族社会であり、白人同士、黒人同士でいくつもの部族に分かれ、抗争を長年続けてきた歴史を持っています。そこへきて、インド人、中国人などが加わり、更にカトリックとプロテスタント、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などの宗教も多様(それぞれ宗派があります)であり、これだけ異なる背景を持った部族集団を一ヵ所に混住させることは混乱以外もたらしません。
南アフリカ政府が到達した結論は、「異なる文化を持つ民族は、同じ場所では共存できない」という平凡な真理でした。アパルトヘイトの本来の意味は「分離した状態」であり、各部族を混ぜるのではなく、居住区域を設定し、地域別に住み分けさせようとしたというのです。距離を置いて分離すれば、争いも起きないし、お互いの文化や価値観を侵さずに共存可能になるという考えでした。
しかし、理想と現実がうまくいかないのは世のならいで、結局は世界中から非難を浴び、アパルトヘイトは頓挫しましたが、実施方法は間違っていても、「各民族を地域別に住み分けさせる」という分離主義に基づく考え方自体は、間違っていなかった思います。
相容れない文化、相容れない価値観や風習を持つ人々が共存しようと思ったら、縄張りを決め、お互いに干渉しあわない以外ないのではないでしょうか?
「お前らの文化や習慣や生活様式は嫌いだし、到底受け入れることはできないが、存在そのものは容認する。だから、我々の縄張りに入ってこないでくれ。」とするべきだと思います。
摩擦や軋轢とは接触することで発生するものですから、接触しないことでしか摩擦や軋轢の防止はできないのに、強引に混ぜようとするから、混乱が生じます。
私達は、何の為に国境なるものが生まれ、国という枠組みが作られたのか再考する時期に来ていると思います。
古代人達は、民族間の果てのない殺しあいに疲れ果て、垣根を作って互いの縄張り侵さない、干渉しあわないと取り決める一種の不可侵条約を結ぶことで、平和的に共存可能になると気づいたのかもしれません。
昨今の民族紛争、移民難民問題における混乱を見るにつけ、国境こそ、平和のための発明だったのでは?そして、南アフリカの白人神父が語ったように、アパルトヘイト(分離した状態)を作りだすことこそ、民族問題の解決への糸口なのではないかという考えが、最近は強まっているのです。
  1. 2016-01-25 23:38
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  3. 名無しの権兵衛 #BELRx6uE
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多分化共存は不可能ではない

これ冗談じゃありません。ある条件のもとでは可能だろうということです。
小生はマルクス主義者じゃあありませんが、中世人や古代人のエートスと近現代人のエートスは明確に異なります。

だから中世人や古代人同士ならばその共存は可能だったのでしょう。古代ローマにおいては多人種多分方民族が共存してました。エートスが同じだからです。そしてそれを統合するものとして法律を持ってくる、という合理的極まりないことをやるわけです。古代のローマ人を現代に連れてくればやはり相当な軋轢を生じたはずです。ただ中世の人間よりは合理的でしょうから中世人よりはマシでしょうが…

EUというのは基本的にこのようなまともな現代人の連合だったはずです。現代人ならばその行動規範が予想範囲内ですから問題がなかったはずです。ドイツ人がフランスで住んだり英国人がイタリアで住んだりしても極端な問題は生じなかったはずです。宗教が異なってもそんなことが問題にならない人々だからです。

これは本来ならイスラム教徒との間も成り立ちうるはずです。ただ中東という世界ではまず間違いなく近代人のエートスを持ち得ないのですよね。社会が中世そのものだからです。これは文化の問題ではなく生きてる時代の違いでしか無いだろうということです。

特ア人やユダヤ人、ムスリムにしても、すべて同じでしょう。このレベルを超えないことには近代社会に住めないのです。支那人にしても半島人にしてもそのエートスは古代人そのものだからです。まだ支那人は家族主義者でありある意味究極の個人主義者ですから人によっては可能かもしれませんが…

リベラリストというのは自由主義者じゃないのです。自分の理想以外の思考についてはこれを認めない人々です。多文化が共存できるという自己の理想以外は認めぬわけです。それ以外は認めないというわけです。それがリベラリストのエートスですからそれ以外の存在は認めないことになります。
サヨクとかアカとかいう連中も同じでしょう。他者の思考を認めないのですからどうしようもありません。

まあ、はっきり言ってたんる馬鹿ですがこういう連中は頭の良い馬鹿だから困るのです。社会的に指導的地位に立つ連中が多いですからね。頭の良さと人としても行動規範は全く異なるわけです。
ある意味現代人と異なるエートスというのは古代人と通じるものがあるのでしょうか。

  1. 2016-01-25 23:53
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  3. kazk #GRujSirs
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曽野綾子さんの言うとおり

価値観が違う人たちとはいっしょに暮らせない例として、こんな事例を紹介していました。アフリカのある都市のアパートでは白人住民の一家四人世帯の設備で作られている。そこへ黒人が住み着くと一部屋に十人以上住み着いて水道はたちまち空になってしまい白人は逃げ出してしまう。居住地は分けるしかないという結論です。

日本でも中国人に部屋を貸したらキッチンが油まみれというのはまだマシで、大声で夜中まで騒ぐ、部屋を又貸しする、家賃滞納でいきなり引っ越しというトラブルはよく聞きます。

インド系もお香やらスパイスやらで近隣住民とのトラブルが起きやすい。ジャイナ教徒に部屋を貸したら虫を殺さないという信条のためゴキブリその他がウジャウジャという悲惨な例もある。

中国とインドは似たところがあり食堂の床も道路も同じレベルでポイ捨てのゴミだらけ。中国人に占領された団地が悲惨な状況なのはよく聞きますが、近年インド人も急速に増えています。日本の価値観を守れない外国人はお断りです。
  1. 2016-01-26 01:29
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  3. gai-yaang #-
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Re: タイトルなし

> 移民難民問題の本質は何かというと、入ってくる側の閉鎖性、排他性、不寛容性、異文化への無知、無理解に尽きると思うのです。
> 多くの移民難民がドイツへ殺到していますが、別に彼らはドイツが好きではないのです。ドイツの文化にも興味がないし、ドイツ人になりたいわけでもない。
> 彼らが求めているのは、ドイツへ行けば得られるであろう快適な環境と手厚い社会保障であり、ドイツやドイツ人への愛情や忠誠心、貢献しようという意識はひとかけらも持ち合わせてはいないのです。
> もしドイツが、どうしようもない貧乏国家だったりしたら、見向きもしないでしょう。
> だからこそ単なる経済的事情から住みついた移民難民は移先々で同化するも気もなく、自分達だけで閉鎖的な共同体を形成し、国家の中に一種の国家を作りだすことになるわけです。
> そして、多文化共生や寛容精神の美名の元、移民難民達は、自分達の文化や価値観を持ちこみ、受け入れ先の国に強制するわけです。「俺たちの文化を理解し、尊重しろ。でなければ、お前らは差別主義者だ、排外主義者だ」というわけです。

 これは全くその通りでしょうね。
 今の状況は貧しい移民が努力して移民先で居場所を作ると言うのとは全く違ってきました。

> 一度差別主義者、排外主義者の烙印を押さられると社会的に殺害されたのに等しいですから、受け入れた国や国民は口を閉ざされ、首根っこを押さえられ、移民難民が凶悪な犯罪をやらかしても、報道に規制がかかることになります。
> http://roruchan777.blogspot.jp/2016/01/blog-post.html#comment-form
> このドイツ人は日本語でブログを書いていますが、彼によると、ドイツでは犯罪者の国籍や出自が報じられない、つまり外国人や移民難民の犯罪は隠蔽されるということが何年か前からの方針だそうです。しかし、大晦日のケルンで起きた集団性犯罪は、被害者の数が多すぎたので隠しきれなくなったので報じられたのと事です。
> 海外在住の日本人のブログを読んでみますと、やはり状況に差はあっても、ドイツと似たような状況だそうです。多文化共生の名の下に完全に口がふさがれてしまっているわけです。

 これは2008年ワタシがネットを始めた頃から欧米で始まって、日本でも人権擁護法案の成立が危惧されました。
 所が欧米ではこの状況は全然変わっていないようですね。

> 私は、以前から多文化共生社会なるものに、ある種のうさん臭さを感じていました。以前「多文化共生フェステイバル」なるもののチラシが郵便受けに入り、様々な民族衣装を着た人達が、一緒に民族楽器を奏でている絵が描かれていましたが、その時感じた疑問は、なぜ異文化を混ぜなくてはならないか?というものです。
> 自分達の文化規範に従って生活をしたいのなら、自分の国に住めばいいし、国とは本来文化防衛のための装置だと思っていたからです。
> 自分なり得た結論としては、多文化共生なるものは、他人の作った快適な環境に異文化を持った外国人が寄生して利益をという血液を吸い上げる体のいい口実に過ぎないのではないかということです。そうなってくると在日が、日本に寄生するために多文化共生政策なるものに熱心なのも納得できるわけです。
> しかし、多文化共生の名の下、他人の縄張りで自分達の文化を持ちこまれたら、持ちこまれた側にとっては単なる負担であり、結局は精神的共感や仲間意識を永久に持ってはもらえないでしょう。
> 移民達が疎外感を感じていることを受け入れ先に責任を転嫁していますが、移民を本当に疎外させているのは当の移民自身であり、受け入れてもらいたければ、受け入れ先の国の文化を知り、理解し、尊重し、精神的、文化的に同化する覚悟が必要であり、それは並大抵の努力ではないという自覚しなくてはなりません。
> 日系アメリカ人が、アメリカ人として受け入れられ、尊敬と信頼を得るために、どれほどの努力をしてきたことかを考えれば、多文化共生の名の下移民難民が受け入れ先に、要求ばかりしている現状では、社会統合など到底不可能でしょう。

 ワタシも多文化共生には反対です。
 
 多文化社会って元来部族社会なのです。 オスマントルコ帝国など典型なのですが、文字通り国中国が沢山あり、国中国の中ではそれぞれの部族の習慣に従って生活し、皇帝は納税をして国防に協力する限り、こうした国中国の内部には干渉しない。
 そして部族間のトラブルは皇帝が仲裁する。

 これはその後の中東の独裁国家も同様です。
 沢山の民族が蝟集する国ではこれ以外の統治法はないのです。

 しかし何でそれを日本に持ち込む必要があるのか?
 実に奇怪です。

  1. 2016-01-26 11:15
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 移民難民問題において、私が注目している国があります。ご存知の通り、この国はアパルトヘイト政策によって、長年世界中から非難を浴びてきました。
> しかし、私はアパルトヘイト=人種差別政策と単純には考えてはいません。
> それは次の文章を読んだことがあるからです。
> 「アパルトヘイトは平和思想です。同じ場所で異なる民族が集まれば、人間というものは愚かだから、絶対に民族ごとに分かれてしまって争いが起こる。世界中におこっている紛争の数々をごらんなさい。ほとんどが民族紛争だ。それを防ぐために聖書ではアパルトヘイトが支持されているのです」これは、「アザニアの赤い薔薇」という本で、南アフリカの白人神父が作者に語った言葉です。
> 南アフリカは、言ってしまえば部族社会であり、白人同士、黒人同士でいくつもの部族に分かれ、抗争を長年続けてきた歴史を持っています。そこへきて、インド人、中国人などが加わり、更にカトリックとプロテスタント、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などの宗教も多様(それぞれ宗派があります)であり、これだけ異なる背景を持った部族集団を一ヵ所に混住させることは混乱以外もたらしません。
> 南アフリカ政府が到達した結論は、「異なる文化を持つ民族は、同じ場所では共存できない」という平凡な真理でした。アパルトヘイトの本来の意味は「分離した状態」であり、各部族を混ぜるのではなく、居住区域を設定し、地域別に住み分けさせようとしたというのです。距離を置いて分離すれば、争いも起きないし、お互いの文化や価値観を侵さずに共存可能になるという考えでした。
> しかし、理想と現実がうまくいかないのは世のならいで、結局は世界中から非難を浴び、アパルトヘイトは頓挫しましたが、実施方法は間違っていても、「各民族を地域別に住み分けさせる」という分離主義に基づく考え方自体は、間違っていなかった思います。
> 相容れない文化、相容れない価値観や風習を持つ人々が共存しようと思ったら、縄張りを決め、お互いに干渉しあわない以外ないのではないでしょうか?
> 「お前らの文化や習慣や生活様式は嫌いだし、到底受け入れることはできないが、存在そのものは容認する。だから、我々の縄張りに入ってこないでくれ。」とするべきだと思います。
> 摩擦や軋轢とは接触することで発生するものですから、接触しないことでしか摩擦や軋轢の防止はできないのに、強引に混ぜようとするから、混乱が生じます。
> 私達は、何の為に国境なるものが生まれ、国という枠組みが作られたのか再考する時期に来ていると思います。
> 古代人達は、民族間の果てのない殺しあいに疲れ果て、垣根を作って互いの縄張り侵さない、干渉しあわないと取り決める一種の不可侵条約を結ぶことで、平和的に共存可能になると気づいたのかもしれません。
> 昨今の民族紛争、移民難民問題における混乱を見るにつけ、国境こそ、平和のための発明だったのでは?そして、南アフリカの白人神父が語ったように、アパルトヘイト(分離した状態)を作りだすことこそ、民族問題の解決への糸口なのではないかという考えが、最近は強まっているのです。

 アパルトテイトのように強権的な人種分離策が良いかどうかは別として、根源的に価値感や倫理観の違う文化の民族同志が揉めないで共存するためには、必要以上に干渉し合わない事が絶対必要条件なのです。

 だから古代から多文化国家だった国は皆、それぞれの民族毎にテリトリーを決めて、そこの族長などに一定の権限を与えてテリトリー内ではその民族の習慣に従って生きるようにさせていました。

 ワタシは現在の国家と言うのが、地球的にはアパルトヘイトで、国家毎に主権を持って自分達の習慣や意思に従って政策をして、他の国民は限定的にしか入れない事で秩序を守ってきたのです。

 ところが今の先進国の移民政策は自らこれを破壊しようとしているのです。
  1. 2016-01-26 11:21
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 多分化共存は不可能ではない

> これ冗談じゃありません。ある条件のもとでは可能だろうということです。
> 小生はマルクス主義者じゃあありませんが、中世人や古代人のエートスと近現代人のエートスは明確に異なります。
>
> だから中世人や古代人同士ならばその共存は可能だったのでしょう。古代ローマにおいては多人種多分方民族が共存してました。エートスが同じだからです。そしてそれを統合するものとして法律を持ってくる、という合理的極まりないことをやるわけです。古代のローマ人を現代に連れてくればやはり相当な軋轢を生じたはずです。ただ中世の人間よりは合理的でしょうから中世人よりはマシでしょうが…
>
> EUというのは基本的にこのようなまともな現代人の連合だったはずです。現代人ならばその行動規範が予想範囲内ですから問題がなかったはずです。ドイツ人がフランスで住んだり英国人がイタリアで住んだりしても極端な問題は生じなかったはずです。宗教が異なってもそんなことが問題にならない人々だからです。

 その通りEUって元来白人、キリスト教、民主主義と言う価値観を同じくする国々が、超国家を作るつもりで集まったはずです。

 それでトルコは長い間加盟申請をしても、結局入れて貰えませんでした。これにトルコには相当な不満を持っています。
 一方ソ連崩壊後民主化した東欧諸国はドンドンは言っているのです。

 ところが一方でトルコよりも更に後進的、近代国家とは程遠い国々の人達は「難民」としてドンドン入れているのです。
 これは根源的な矛盾ですよね。 

> これは本来ならイスラム教徒との間も成り立ちうるはずです。ただ中東という世界ではまず間違いなく近代人のエートスを持ち得ないのですよね。社会が中世そのものだからです。これは文化の問題ではなく生きてる時代の違いでしか無いだろうということです。
>
> 特ア人やユダヤ人、ムスリムにしても、すべて同じでしょう。このレベルを超えないことには近代社会に住めないのです。支那人にしても半島人にしてもそのエートスは古代人そのものだからです。まだ支那人は家族主義者でありある意味究極の個人主義者ですから人によっては可能かもしれませんが…
>
> リベラリストというのは自由主義者じゃないのです。自分の理想以外の思考についてはこれを認めない人々です。多文化が共存できるという自己の理想以外は認めぬわけです。それ以外は認めないというわけです。それがリベラリストのエートスですからそれ以外の存在は認めないことになります。
> サヨクとかアカとかいう連中も同じでしょう。他者の思考を認めないのですからどうしようもありません。

> まあ、はっきり言ってたんる馬鹿ですがこういう連中は頭の良い馬鹿だから困るのです。社会的に指導的地位に立つ連中が多いですからね。頭の良さと人としても行動規範は全く異なるわけです。
> ある意味現代人と異なるエートスというのは古代人と通じるものがあるのでしょうか。


 そうですね。 彼等は自分の理想に執着するだけで、現実にも他人の話にも全く興味がないのです。
 実に始末の悪い馬鹿です。
  1. 2016-01-26 11:31
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 曽野綾子さんの言うとおり

> 価値観が違う人たちとはいっしょに暮らせない例として、こんな事例を紹介していました。アフリカのある都市のアパートでは白人住民の一家四人世帯の設備で作られている。そこへ黒人が住み着くと一部屋に十人以上住み着いて水道はたちまち空になってしまい白人は逃げ出してしまう。居住地は分けるしかないという結論です。
>
> 日本でも中国人に部屋を貸したらキッチンが油まみれというのはまだマシで、大声で夜中まで騒ぐ、部屋を又貸しする、家賃滞納でいきなり引っ越しというトラブルはよく聞きます。
>
> インド系もお香やらスパイスやらで近隣住民とのトラブルが起きやすい。ジャイナ教徒に部屋を貸したら虫を殺さないという信条のためゴキブリその他がウジャウジャという悲惨な例もある。
>
> 中国とインドは似たところがあり食堂の床も道路も同じレベルでポイ捨てのゴミだらけ。中国人に占領された団地が悲惨な状況なのはよく聞きますが、近年インド人も急速に増えています。日本の価値観を守れない外国人はお断りです。

 もう一つ問題なのは、日本の価値感や習慣を学ぶ意思があるかないかです。

 遠い国から来た人が日本の価値感や社会常識を知らないのは仕方がないのです。 しかしそれを学んで日本社会に馴染もうとする意思があるかないかは致命的です。

 在日コリアンなど全くそれがないのです。 
  1. 2016-01-26 11:36
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  3. よもぎねこ #-
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南アフリカが、アパルトヘイト政策を打ち出した時、基盤となったのは、実は「分離発展」という理論でした。
それぞれ異なる歴史的、文化的背景を持つ部族、民族を混住させるのではなく、共通の帰属意識を持つ民族、部族に領土を持たせ、地域的に分離し、自治権を与え、各民族の伝統、文化、習慣に従って、個別的、自律的に発展させるというものだったそうです。
A部族は、A部族の領土に住み、A部族の政治はA部族に決めさせ、A部族の習慣や伝統に従って発展する。B部族は、B部族の領土に住み、B部族の政治はB部族に決めさせ、B部族の習慣や伝統に従って発展させるといった具合に。
そして、原則お互いに干渉しあわないことで、各部族、民族の文化や価値観を尊重し、民族自決原則を実現させる。
「南アフリカをいくつもの民族国家によって構成させ、いわば小さなヨーロッパにするのがアパルトヘイトの構想だった」と、最後の白人大統領であるデクラーク氏は語っています。
実施方法に数多くの問題があったにせよ、多種多様な民族、部族から成る南アフリカでは、結局地域別に住み分けさせ、自治権を与える以外に平和的な共存方法はないと考えたのでしょう。
民族の伝統や文化を重視した、「分離発展」という理念事態は、間違っていなかったと思います。

埼玉大学の長谷川三千子教授は、「ホントは怖い多文化共生」という論説の中の一文を引用させて頂きます。
「生物たちはそれぞれ違った場所に適応し、棲み分けて、無用の争いや競争をさけているということなのです。実は人間たちも(カゲロウのように体形自体を変えることはできなくとも)多種多様な文化によって地球上のさまざまの地に適応し、棲み分けてきました。
それぞれの土地に合った文化をはぐくみ、そこに根づいて暮らす−これが人間なりの 棲み分けシステムなのです。ところがいま、この平和共存のシステムは世界中で破壊されつつあります。日本に外国人定住者が増加しつつあるのも、そのあらわれの一つに他なりません。この事態の恐ろしさを見ようともせず、喜々として多文化共生を唱えるのは、偽善と言うほかないでしょう。」
http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/36094438.html

長谷川教授は、住み分けによって平和共存のシステムを築いてきたのに、それが世界各地で破壊されつつあり、棲み分け回復が必要だと説いています。
私も同意見です。
南アフリカがアパルトヘイト(分離した状態)によって、文化による民族住み分けの平和共存を試みたように、地球的規模で、棲み分けの回復が求められていると思います。
ところが、移民難民の大量流入、国際化、グローバル化、多文化共生社会の美名の下に、こうした棲み分けが否定、破壊され、非常に危険な状況に向かっていると思われます。
移民難民の受け入れや多文化共生思想に反対しなくてはならないのは、これらが住み分けによる平和共存のシステムを破壊され、様々な戦争や紛争の導火線につながるかもしれないからです。
差別主義者、排外主義者の烙印を押されることを恐れずに、我々は平和のために移民難民、多文化主義に反対し、棲み分けによる共存を訴えていかなくてはなりません。
  1. 2016-01-27 01:48
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  3. 名無しの権兵衛 #BmocNHcg
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Re: タイトルなし

> 南アフリカが、アパルトヘイト政策を打ち出した時、基盤となったのは、実は「分離発展」という理論でした。
> それぞれ異なる歴史的、文化的背景を持つ部族、民族を混住させるのではなく、共通の帰属意識を持つ民族、部族に領土を持たせ、地域的に分離し、自治権を与え、各民族の伝統、文化、習慣に従って、個別的、自律的に発展させるというものだったそうです。
> A部族は、A部族の領土に住み、A部族の政治はA部族に決めさせ、A部族の習慣や伝統に従って発展する。B部族は、B部族の領土に住み、B部族の政治はB部族に決めさせ、B部族の習慣や伝統に従って発展させるといった具合に。
> そして、原則お互いに干渉しあわないことで、各部族、民族の文化や価値観を尊重し、民族自決原則を実現させる。
> 「南アフリカをいくつもの民族国家によって構成させ、いわば小さなヨーロッパにするのがアパルトヘイトの構想だった」と、最後の白人大統領であるデクラーク氏は語っています。
> 実施方法に数多くの問題があったにせよ、多種多様な民族、部族から成る南アフリカでは、結局地域別に住み分けさせ、自治権を与える以外に平和的な共存方法はないと考えたのでしょう。
> 民族の伝統や文化を重視した、「分離発展」という理念事態は、間違っていなかったと思います。
>
> 埼玉大学の長谷川三千子教授は、「ホントは怖い多文化共生」という論説の中の一文を引用させて頂きます。
> 「生物たちはそれぞれ違った場所に適応し、棲み分けて、無用の争いや競争をさけているということなのです。実は人間たちも(カゲロウのように体形自体を変えることはできなくとも)多種多様な文化によって地球上のさまざまの地に適応し、棲み分けてきました。
> それぞれの土地に合った文化をはぐくみ、そこに根づいて暮らす−これが人間なりの 棲み分けシステムなのです。ところがいま、この平和共存のシステムは世界中で破壊されつつあります。日本に外国人定住者が増加しつつあるのも、そのあらわれの一つに他なりません。この事態の恐ろしさを見ようともせず、喜々として多文化共生を唱えるのは、偽善と言うほかないでしょう。」
> http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/36094438.html
>
> 長谷川教授は、住み分けによって平和共存のシステムを築いてきたのに、それが世界各地で破壊されつつあり、棲み分け回復が必要だと説いています。
> 私も同意見です。
> 南アフリカがアパルトヘイト(分離した状態)によって、文化による民族住み分けの平和共存を試みたように、地球的規模で、棲み分けの回復が求められていると思います。
> ところが、移民難民の大量流入、国際化、グローバル化、多文化共生社会の美名の下に、こうした棲み分けが否定、破壊され、非常に危険な状況に向かっていると思われます。
> 移民難民の受け入れや多文化共生思想に反対しなくてはならないのは、これらが住み分けによる平和共存のシステムを破壊され、様々な戦争や紛争の導火線につながるかもしれないからです。
> 差別主義者、排外主義者の烙印を押されることを恐れずに、我々は平和のために移民難民、多文化主義に反対し、棲み分けによる共存を訴えていかなくてはなりません。

 ワタシは多文化主義ってつまり部族社会だと思うのです。 そして国民国家以外の国は全て多文化主義国家でした。
  
 例えばオスマントルコ帝国とかハプスブルグ帝国などが典型です。

 これらの国々には元々多数の民族がいて。これらの民族を同化して一つの国民として統合するのは到底不可能なので、多文化国家にならざるを得ないのです。

 アパルトヘイトのような強権的な形ではなくとも、それぞれの民族にはそれぞれの居住域を定めて、その中ではその民族の好きなように暮す事を認めるのです。 そして帝国に反抗したり、他の民族とトラブルを起こしたときは、皇帝が仲裁あるいは懲罰をするのです。

 しかしこのタイプの国家は国民の団結と言う意味では脆弱で、結局一定の規模を持つ国民国家には勝てません。
 そしてこのタイプの国家では民主主義は不可能です。

 多文化国家の結末
 http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-4728.html

 一体何の為に?
 ワタシはだから日本を多文化国家にするのは反対です。
  1. 2016-01-27 12:01
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  3. よもぎねこ #-
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