2015-12-08 21:23

戦後外務省の悪意 映画杉原千畝

 12月5日から「杉原千畝」と言う映画が上映されているようです。

 この映画の広告サイトも、また今までマスゴミが喧伝した杉原千畝とは、「日本政府の命令に反して、ナチスドイツからユダヤ人にビザを発行して彼等の命を救った」良心の外交官です。
 
 そして杉原の良心を強調する一方で、ユダヤ人へのビザ発給を拒否した外務省と日本政府は悪役になっています。

 しかしホントにそうでしょうか?

066

 ホントに当時の外務省が杉原のビザ発行を許さないなら、杉原のビザを持ったユダヤ人達が日本に入国できるわけはないのです。

 杉原が出したビザはオランダ領キュラソー島へ行くための通過ビザと言うものでした。 
 オランダ領キュラソー島って、カリブ海の小島です。
 そんなところへどうやっていくのですか? 現在でも日本から直通便はありません。

 このビザを持ったユダヤ人達が、ウラジオストークへ到着して日本行きの船に乗ろうとした時、さすがにこれは問題になりました。

 しかし当時のウラジオストークの日本領事代理根井三郎は、以下のように外務省を説得します。

073

「避難民ハ一旦當地ニ到着セル上ハ、事實上再ヒ引返スヲ得サル實情アル爲(・・・)帝國領事ノ査證ヲ有スル者ニテ遙々當地ニ辿リ着キ、單に第三國ノ査證カ中南米行トナル居ルトノ理由ニテ、一率檢印ヲ拒否スルハ帝國在外公館査證ノ威信ヨリ見ルモ面白カラス」

【現代語訳=逃げてきた人たちがここにまでやって来たからには、もう引き返すことができないというやむを得ない事情があります。日本の領事が出した通行許可書を持ってやっとの思いでたどりついたというのに、行先国が中南米になっているというだけの理由で一律に船に乗る許可を与えないのは、日本の外交機関が発給した公文書の威信をそこなうことになるのでまずいと思います】


076

 外務省はこの根井三郎領事代理の意見を入れて、彼等の入国を許可しました。

 しかし日本にたどり着いたユダヤ人は、次の難問にぶち当たります。

 杉原が出した通過ビザの日本滞在期限は10日間なのです。 つまり10以内にキュラソー島に向けて日本を出るしかないのです。
 
 途方に暮れたユダヤ人達はユダヤ協会を通じてユダヤ教研究者だった小辻節三にビザ延長に運動を依頼します。

 小辻は繰り返し外務省にビザ延長を要請しましたが、しかし聞き入れてもらえませんでした。 そこで彼は以前から親交のあった外務大臣松岡洋右に直訴しました。

 すると松岡洋右はこう答えたのです。 

 ビザ延長を決める権限は神戸の自治体にある。もし君が自治体を動かすことができれば、外務省は見て見ぬふりをすることを約束する。

078

 そこで小辻は神戸に行き、外国人の在留許可の発行権限を持っていた神戸警察署の幹部を説得し、ビザの延長を認めさせたのです。

 本来の通過ビザの期限は15日なのですが、期限が来たら延長を申請、また期限が来たらまた延長を申請すると言う方法で、結局ユダヤ人達は行先が見つかるまで日本に滞在できたのです。

 松岡洋右は元来ユダヤ人には大変好意的な人でした。 実は小辻節三にユダヤ教研究を薦めたのも彼です。

 「私は独・伊と同盟は結んだが、ユダヤ人を殺す約束まではしていない。」

 松岡はこういって、最後まで反ユダヤ政策への協力を要請するナチスドイツの圧力を跳ね返し続けました。

082

 一方杉原千畝は、その後もヨーロッパ勤務を続けました。 彼がこの件で処分を受けたと言う記録はありません。 戒告とか訓告とか減給とかそういう処分の記録もありません。

 1940年9月3日リトアニア領事館閉鎖でリトアニアを退去した杉原は、ドイツに行き1941年12月までドイツ勤務をします。 しかしここで彼が行った情報活動が問題になりドイツ退去を命じられて、ルーマニアのブカレスト勤務になります。

 杉原千畝と言う人はロシア語の達人で、情報活動に関してきわめて有能な人だったのです。
 ノンキャリアーで語学の達人で情報活動の専門家と言うとラスプーチンこと佐藤優を思い出しますが、戦前の事ですからもっと徹底的にやっていたのでしょうね。

 この間戦況は刻々と変化しました。

 1941年6月22日、ドイツ軍は突然独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵攻しました。 スターリンはヒトラーを信じ切っていたので、ソ連軍は大混乱に陥り敗退を重ねます。

 そしてその半年後の1941年12月8日遂に日本が真珠湾攻撃を行い、第二次大戦に参戦してしまいました。

 杉原はこの頃ルーマニア勤務になったわけです。 

083

 1945年8月15日、日本が降伏した2日後、ブカレストの公使館で杉原は家族と一緒にソ連に拘束されました。 そしてブカレストの捕虜収容所に収容されました。 その後オデッサ、ナホトカなどソ連の強制収容所を転々とさせられて苛酷な日々を送る事になります。

 杉原一家が日本に帰国できたのは、1947年4月です。

 それにしても酷い話です。 杉原自身はスパイ活動までしていたのですから、外交官特権を無視した扱いも受けるのもまた覚悟の上でしょう。 
 しかし彼の妻や、幼い子供達まで強制収容所にぶち込むなんて・・・・・。

 そのような苛酷な生活を生き延びて日本に帰国した杉原を待ち受けていたのは、しかし更に苛酷な扱いでした。

 外務省は帰国して外務省に出頭した杉原を、アッサリ解雇したのです。

085

 敗戦で国家主権を失った日本は、もう外務省などと言うモノは必要ありませんでした。 その為に外務省では大規模なリストラが行われました。

 杉原の解雇はこの一環だったのか?
 それともあのビザ発行の報復だったのか?

 杉原のビザで入国したユダヤ人達を助けてくれた外務大臣松岡洋右は、杉原帰国の一年弱前1946年6月27日にA級戦犯として訴追されたまま獄死していました。

 もしも報復であったのなら、それは外務省内で松岡洋右に悪意を持っていた人達によるものでしょう。

087

 しかしその後外務省は杉原に対して実に不可解な嫌がらせをするのです。

 外務省を解雇された杉原は語学力を生かした仕事で生きていきます。

 一方杉原に助けられたユダヤ人達は、戦争が終わり生活の目途が立つようになった頃から、自分達の恩人杉原リトアニア領事を探し始めました。

 アメリカ在住のユダヤ人達の中には、日本が主権を回復した後には、センポ・スギハラを駐米日本大使に任命して欲しいと言う人達までいました。

 ところが彼等が何度、日本の外務省に問い合わせても「センポ・スギハラなる外交官が日本外務省に勤務した事実はない」と言う返事を繰り返すのです。

 杉原千畝は「ちうね」と言う名前が外国人に発音しづらいため、海外では千畝を音読みにして「センポ・スギハラ」と名乗っていました。 
 
 しかし1940年9月3日までリトアニア領事をしていた人間は他にはいないのです。 
 それなのに何でこんな奇妙な回答を続けたのでしょうか?

088

 ノンキャリアーの杉原がユダヤ人の英雄になったのが面白くないとか、彼を解雇した事で色々言われるのがなどと言う、小役人根性からでしょうか?
 
 佐藤優の著書など読んでいると、有能なノンキャリヤーに対する無能なキャリヤーの陰湿な嫉妬や嫌がらせは何となくわかる気はするのですが・・・・。

 或いはそれ以上に何か隠蔽したい事があったのでしょうか?

 杉原の存在を認めて彼が英雄になると、松岡洋右等、杉原のビザを事後承諾してユダヤ人を助けた人達もまた英雄になります。 

 こうなるとユダヤ人が感謝すべきは杉原個人ではなく、当時の日本政府ではありませんか?

 これが不味いのでしょうか?

095

 ワタシはこれもありだと思います。 だって外務省も奇妙ですが、ユダヤ人の方も奇妙です。
 
 このユダヤ人達の中には杉原のビザを、その後も大切に持っていた人達がいます。 そのビザには杉原の名前が漢字で書かれています。 

 普通ならそれを日本の外務省側に見せて「私はこのビザをリトアニア領事からもらって、日本に入国した。」と言うはずです。

 それで解らないわけはないでしょう?

 それに1940年の駐リトアニア日本領事の事など、当時リトアニアと国交のあった国なら、全て公式な記録が残っているはずです。
 それらの国々に問い合わせればわかるはずです。

 ユダヤ人にこのぐらいの知恵が無かったとは思えないのです。

098

 理由はともかく、こうして長い間、幻の人になっていた杉原千畝と、彼のビザで救われたユダヤ人達が再会したのは1968年の事です。 

 仕事も軌道に乗り生活に余裕のできた杉原は、嘗て自分がビザを出したユダヤ人達の消息を求めて、駐日イスラエル大使館に連絡先したのです。

 そして駐日イスラエル大使館に勤務する事になったイスラエル外交官の一人が、杉原のビザで生き延びた一人だったのです。

 彼が杉原のビザで日本に向かってから28年が経っていました。

099

 以降杉原千畝の「命のビザ」の物語をマスゴミが喧伝し始めたのです。

 ワタシはこの自分の職を賭してもユダヤ人の命を救おうとした杉原の勇気と決断力には、心から感動し尊敬します。
 
 しかし一方で杉原の物語を脚色したいためか、或いは日本と日本人への悪意の為か、杉原のビザを生かす為に努力した人々を隠蔽し、更には貶める人々には非常な違和感を覚えます。

 そして杉原の命のビザの物語で再認識するのは、当時に日本政府の公正な人種政策です。

101

 松岡洋右始め戦犯として処刑された当時の日本政府要人達の政治家として軍人としての能力については様々な議論があるでしょう。

 しかし彼等の行った人種政策は当時で最も公正で人道的なモノでした。
 民主主義国家としてあるべき、国籍と国民の意味にそって、人種差別を排除し、法の下の平等を徹底したモノでした。

 この当時東条英機や松岡洋右等が行った人種政策や難民政策は、現在の基準でもなお100満点と言ってよいレベルでした。
、現在の基準でもなお100点満点と言えるモノだったのです。
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コメント

大日本帝国軍悪玉論、ナチスドイツは皆悪い論、そしてユダヤ人の
「自分たちだけ」ジェノサイド被害者アピール。
本当にうんざりしますね。
件の映画もDVDで出ることでしょうから、同居人氏は同作のAmazonレビュー投稿をオススメします。

それにしても。
シリア人はなぜイスラエルに難民として逃れないのでしょう?
難民の気持ちが良くわかってるはずのイスラエルが難民をうけいれず、
「ヒトラーの子孫」と非難し続ける国であるはずのドイツに逃げる。

まぁ皆ユダヤ人のプロパガンダを見抜いているからでしょうね。
  1. 2015-12-08 21:50
  2. URL
  3. Spring-moto #-
  4. 編集

杉原の件についてはこちらが詳しいですよ。
結構いろいろ考えてやってたことがよく分かります。

http://www.kcc.zaq.ne.jp/kids_clinic/coffee_sugihara.html

戦後は松岡は完全に悪者ですからその業績はすべて消すという形だったんでしょう。このHPでもあるのですが、日本の受入が結構スムーズだったのでユダヤ人は日本政府が受け入れてくれたのだと、認識してた節があります。

これを見れば確実に戦後の外務省の悪意でしょう。まさに害務省です。
杉原の件は15年に1回くらいのブームになるようです。

でも全く反省がないんですよね。

1939年当時、ユダヤ人に対して欧米がどれだけ冷たかったかは1977年の映画「さすらいの航海」で日本人の多くは初めて知ったと思います。今じゃ殆ど記憶にもないでしょうけどね。

当時だってこのことをネタにして欧米に揺さぶりをかけることだって出来たはずです。当時のナチスについても多くの誤解があります。連中はユダヤ人の居ない欧州を考えていただけで、将来的には欧州以外の別の土地へ隔離することを考えていたのです。当初はマダガスカル、後から南ロシアの一部を考えていたのではないかと言われています。

考えていればいい、強制収容などは銭がかかるのです。
もし処分するというなら問答無用の殺せばいいのです。鉛弾一発で殺せるのですから…だって日本軍は1ヶ月位で20万殺したんでしょう?南京では…600万殺すんだってそんなに時間はかかりませんよ、やる気になりゃね。

ナチスはユダヤ人の財産没収、新しい土地の確保までの社会との隔離、労働動員
等のために強制収容しました。彼らのかなりが人造石油プラントで働かされたという記録はあります。

だから日本が樺太あたりを開放し「ユダヤ人いらっしゃ~い」とやれば良かったのです。河豚計画なんていうのが実際あったくらいですからね。

戦後にしたって日本はこんなこともやったんだぞと、欧米に発信したらどうだったでしょうか。遥かに評判は変わったでしょうにね。この辺りも本当に害務省です。

閑話休題

戦後のユダヤ人のやったことの評価は全く別ですがね。これは皆が迷惑している以外の何物でもないのですがね。

  1. 2015-12-08 22:20
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

また不正投稿とやらです。

そっち行ってるはずなんで復活させてください。
  1. 2015-12-08 22:24
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

杉原はKGBでしょう。
  1. 2015-12-08 23:37
  2. URL
  3. NINJA300 #KyOwEUhE
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 大日本帝国軍悪玉論、ナチスドイツは皆悪い論、そしてユダヤ人の
> 「自分たちだけ」ジェノサイド被害者アピール。
> 本当にうんざりしますね。
> 件の映画もDVDで出ることでしょうから、同居人氏は同作のAmazonレビュー投稿をオススメします。

 イスラエルはナチの迫害を最大限プロパガンダに利用して、パレスチナ人迫害をやり続けましたからね。
 こういう事をやるから嫌われちゃうのですよね。

 自分に関係のない話でも、人間は自分の不幸ばかり言い立てる人間って嫌いなのです。 ユダヤ人はそれを理解しているんでしょうか?

> それにしても。
> シリア人はなぜイスラエルに難民として逃れないのでしょう?
> 難民の気持ちが良くわかってるはずのイスラエルが難民をうけいれず、
> 「ヒトラーの子孫」と非難し続ける国であるはずのドイツに逃げる。
>
> まぁ皆ユダヤ人のプロパガンダを見抜いているからでしょうね。

 全くその通りです。

 ちなみに今の中東情勢ってイスラエルには理想です。 周辺国は皆混乱状態になって、何処もイスラエル攻撃どころじゃないですから。
  1. 2015-12-09 11:25
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

東京裁判で被告となった東郷重徳の主治医は亡命ユダヤ人でした。彼の婚約者がポーランドにいるが、欧州を脱出させようにも術がありません。彼の境遇に深く同情したのが、東郷の妻であるドイツ人エディータでした。東郷の尽力で婚約者は来日し、そのユダヤ人医師と結婚したのです。そのことがきっかけで東郷一家の主治医を務めることになったのです。
ユダヤ人医師は、その女性とは後に離婚しますが、終生日本に留まり医療活動を続け、日本で没しました。
東郷重徳の主治医がユダヤ人だったことや、彼の婚約者を亡命させたことを誰も咎めなかったし、東条内閣の外務大臣に就任する際も問題にならなかったのです。
絞首刑になった広田弘毅も亡命ユダヤ人一家を保護しましたが、全く問題になっていません。
ユダヤ人を差別せず公平に扱うのが、日本の国策であり、それ国策にしたが、やはり絞首刑になった板垣征四郎でした。
これは、渡部昇一先生がおっしゃっていましたが、「東京裁判の被告達がユダヤ人を助けと事を口にしたら、東京裁判そのものが成立しなかったのではないか?」というものです。
もし東京裁判が成立しなければ、「連合国側の正義」も成立しがたくなるわけで、ナチスドイツ=大日本帝国ではなくてはならない、勢力にとっては都合がわるいわけです。

日本の神戸に到着したユダヤ人難民達を漫画家の手塚治虫の父親が撮影し、手塚治虫の弟とユダヤ人女性が一緒にうつっている写真が残されています。手塚治虫は、その当時の体験を元に「アドルフに告ぐ」という作品を描きました。この漫画の英語版の書評を読んだことがあるのですが、私が気になったのは「この漫画では、戦時中の日本でユダヤ人が安全に生活できたという興味深い事実に光が当てられている」というものでした。
そうなのです。「ユダヤ人が、日本で安全に生活できたこと」は、西洋人にとって「興味深い事実」なのです。
なぜなら大日本帝国はナチスドイツと同じであり、東京裁判の被告達はナチス幹部と同じくらい邪悪な存在でなくはならない以上、日本も反ユダヤ主義国家であるはずべきだ、という考えがあるからです。
しかし、実際に日本政府はユダヤ人を公平に扱いました。これでナチスドイツ=大日本帝国の図式は成立しませんが、それでは連合国側の正義が崩壊するので、ことさら杉浦千畝氏を「日本政府の方針に逆らった英雄」として強調することで、ナチスドイツ=大日本帝国の図式を維持し、「連合国側の正義」を固定化しようとする意図が働いているのではないか?と、私は考えしまうのです。
そうなると、今回の映画は連合国側の正義のための宣伝工作の色合いが濃くなっているように思うのです。映画を見ていないので断言はできませんが。
しかし、杉浦氏をこれでもかとばかり英雄視する記事や言説を見受けられても、ユダヤ人を助けた東京裁判の被告達や、ドイツから在日ユダヤ人の殺害計画提案を拒絶した日本政府の対応については、全くといいほどの無視されている状況は、私に取って随分不公平であり、不可解である思わざる得ないのです。
  1. 2015-12-09 12:03
  2. URL
  3. 名無しの権兵衛 #ExKs7N9I
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 杉原の件についてはこちらが詳しいですよ。
> 結構いろいろ考えてやってたことがよく分かります。
>
> http://www.kcc.zaq.ne.jp/kids_clinic/coffee_sugihara.html
>
> 戦後は松岡は完全に悪者ですからその業績はすべて消すという形だったんでしょう。このHPでもあるのですが、日本の受入が結構スムーズだったのでユダヤ人は日本政府が受け入れてくれたのだと、認識してた節があります。

 それは当然でしょうね。 だって杉原個人の独断なら、あんなビザで入国してもビザの期限の10日を超えたらソ連蚊ポーランドに強制送還されて当然でしょう。

 それにしても杉原の解雇はやはりビザのせいではないでしょう?
 
 ホントにそれで解雇されるなら、直後に解雇されていますよ。 
 それに解雇までの間に訓告とか戒告とか減給などの処分もないと言うのもオカシイでしょう。
 
> これを見れば確実に戦後の外務省の悪意でしょう。まさに害務省です。
> 杉原の件は15年に1回くらいのブームになるようです。
>
> でも全く反省がないんですよね。

 だって誰も追及しませんから。

> 1939年当時、ユダヤ人に対して欧米がどれだけ冷たかったかは1977年の映画「さすらいの航海」で日本人の多くは初めて知ったと思います。今じゃ殆ど記憶にもないでしょうけどね。

 ワタシもあの映画は見ました。 本も持っています。

 あれは大変な衝撃でした。 当時の連合国があそこまでユダヤ人に冷たいとは知りませんでしたから。

> 当時だってこのことをネタにして欧米に揺さぶりをかけることだって出来たはずです。当時のナチスについても多くの誤解があります。連中はユダヤ人の居ない欧州を考えていただけで、将来的には欧州以外の別の土地へ隔離することを考えていたのです。当初はマダガスカル、後から南ロシアの一部を考えていたのではないかと言われています。
>
> 考えていればいい、強制収容などは銭がかかるのです。
> もし処分するというなら問答無用の殺せばいいのです。鉛弾一発で殺せるのですから…だって日本軍は1ヶ月位で20万殺したんでしょう?南京では…600万殺すんだってそんなに時間はかかりませんよ、やる気になりゃね。
>
> ナチスはユダヤ人の財産没収、新しい土地の確保までの社会との隔離、労働動員
> 等のために強制収容しました。彼らのかなりが人造石油プラントで働かされたという記録はあります。
>
> だから日本が樺太あたりを開放し「ユダヤ人いらっしゃ~い」とやれば良かったのです。河豚計画なんていうのが実際あったくらいですからね。

 このあたりの所は欧米では研究すると投獄されちゃうので、真相を調べるのホントに難しいでしょうね。

> 戦後にしたって日本はこんなこともやったんだぞと、欧米に発信したらどうだったでしょうか。遥かに評判は変わったでしょうにね。この辺りも本当に害務省です。

 戦後外務省で出世した人達にすれば、松岡等を完全に抹殺したかったのでしょうね。

> 閑話休題
>
> 戦後のユダヤ人のやったことの評価は全く別ですがね。これは皆が迷惑している以外の何物でもないのですがね。

 なぜ嫌わるのかわかるようになっちゃいましたからね。
  1. 2015-12-09 12:09
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 東京裁判で被告となった東郷重徳の主治医は亡命ユダヤ人でした。彼の婚約者がポーランドにいるが、欧州を脱出させようにも術がありません。彼の境遇に深く同情したのが、東郷の妻であるドイツ人エディータでした。東郷の尽力で婚約者は来日し、そのユダヤ人医師と結婚したのです。そのことがきっかけで東郷一家の主治医を務めることになったのです。
> ユダヤ人医師は、その女性とは後に離婚しますが、終生日本に留まり医療活動を続け、日本で没しました。
> 東郷重徳の主治医がユダヤ人だったことや、彼の婚約者を亡命させたことを誰も咎めなかったし、東条内閣の外務大臣に就任する際も問題にならなかったのです。
> 絞首刑になった広田弘毅も亡命ユダヤ人一家を保護しましたが、全く問題になっていません。
> ユダヤ人を差別せず公平に扱うのが、日本の国策であり、それ国策にしたが、やはり絞首刑になった板垣征四郎でした。
> これは、渡部昇一先生がおっしゃっていましたが、「東京裁判の被告達がユダヤ人を助けと事を口にしたら、東京裁判そのものが成立しなかったのではないか?」というものです。
> もし東京裁判が成立しなければ、「連合国側の正義」も成立しがたくなるわけで、ナチスドイツ=大日本帝国ではなくてはならない、勢力にとっては都合がわるいわけです。

 東京裁判の正義だけが連合国の対日政策を正当化する唯一の理由ですからね。

> 日本の神戸に到着したユダヤ人難民達を漫画家の手塚治虫の父親が撮影し、手塚治虫の弟とユダヤ人女性が一緒にうつっている写真が残されています。手塚治虫は、その当時の体験を元に「アドルフに告ぐ」という作品を描きました。この漫画の英語版の書評を読んだことがあるのですが、私が気になったのは「この漫画では、戦時中の日本でユダヤ人が安全に生活できたという興味深い事実に光が当てられている」というものでした。

 当時の事情を知らない人間が驚くのは当然でしょうね。
 
 連合国側だってユダヤ人には冷酷極まる対応をしてるのに、ナチの同盟国日本がユダヤ人迫害に加担しなかったなど想像もしなかったでしょうから。

> そうなのです。「ユダヤ人が、日本で安全に生活できたこと」は、西洋人にとって「興味深い事実」なのです。
> なぜなら大日本帝国はナチスドイツと同じであり、東京裁判の被告達はナチス幹部と同じくらい邪悪な存在でなくはならない以上、日本も反ユダヤ主義国家であるはずべきだ、という考えがあるからです。
> しかし、実際に日本政府はユダヤ人を公平に扱いました。これでナチスドイツ=大日本帝国の図式は成立しませんが、それでは連合国側の正義が崩壊するので、ことさら杉浦千畝氏を「日本政府の方針に逆らった英雄」として強調することで、ナチスドイツ=大日本帝国の図式を維持し、「連合国側の正義」を固定化しようとする意図が働いているのではないか?と、私は考えしまうのです。

 ワタシもそう思います。

> そうなると、今回の映画は連合国側の正義のための宣伝工作の色合いが濃くなっているように思うのです。映画を見ていないので断言はできませんが。
> しかし、杉浦氏をこれでもかとばかり英雄視する記事や言説を見受けられても、ユダヤ人を助けた東京裁判の被告達や、ドイツから在日ユダヤ人の殺害計画提案を拒絶した日本政府の対応については、全くといいほどの無視されている状況は、私に取って随分不公平であり、不可解である思わざる得ないのです。

 そうです。
 
 しかし真面目に考えるとリトアニアには他の国の領事館もあったのに、何でナチの同盟国日本の領事館に縋りついたか?
 
 そういう事を考える能力のある人なら、こうした日本の政策への説明を無視した杉原礼賛に違和感を持つのです。

 逆に何も考えずに乗せられる人だけがプロパガンダに乗り、日本悪いを喚き続けるのでしょうね。
  1. 2015-12-09 13:08
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

>外務省も奇妙ですが、ユダヤ人の方も奇妙です。

 杉原さんのwikiによると、「難民たちの消息を気にかけていた千畝が、以前イスラエル大使館に足を運び自分の住所を教えていたため、ニシュリは千畝を探し出すことができた。」という所に違和感があります。イスラエル大使館と杉原さんが連絡を取っていたのなら、我が国の外務省に問い合わせる必要がありません。

 以前 李香蘭さんが満州時代のユダヤ人の友人を何十年も探して見つからなかったのに、ユダヤ人の組織に頼んだらすぐにソ連に居ると分ったそうです。ユダヤ人のネットワークは、凄いです。ましてや、イスラエル大使館が知っていたのにおかしいですね。

 我が国の外務省の奇妙な対応ですが、よもぎねこさんの書かれたように、戦犯が実はユダヤ人を助けたという不都合な事実を公表出来なかったからだと思います。

 今回初めて知りましたが、杉原さんが戦後ソ連に拘束されたのに無事に帰国できたのは、不思議です。ソ連は日本の共産主義者でも簡単に処刑しているのに、、諜報員である杉原さんが処刑されなかったことと、戦後もソ連で暮らしているのも何とも言えない話です。

 そして欧州でユダヤ人にビザをかいた日本人は他にもいたのに、なぜ杉原さんだけにスポットライトを当てたのかがこれも気になりました。
  1. 2015-12-10 08:00
  2. URL
  3. 都民です。 #-
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Re: タイトルなし

> >外務省も奇妙ですが、ユダヤ人の方も奇妙です。
>
>  杉原さんのwikiによると、「難民たちの消息を気にかけていた千畝が、以前イスラエル大使館に足を運び自分の住所を教えていたため、ニシュリは千畝を探し出すことができた。」という所に違和感があります。イスラエル大使館と杉原さんが連絡を取っていたのなら、我が国の外務省に問い合わせる必要がありません。

 杉原氏がイスラエル大使館に連絡を取ったのは、随分後の話で、杉原氏が年を取って仕事を引退するころの事だったそうです。

 しかしリトアニア領事の事など、イスラエル外務省でも簡単に調べる事ができるはずです。 「自分達にビザを出したリトアニア領事に会いたい」と言えば済む事ですから。

 だから日本の外務省がらの返事がオカシイならそれを調べなおす事が不可能だったとは思えません。

>  以前 李香蘭さんが満州時代のユダヤ人の友人を何十年も探して見つからなかったのに、ユダヤ人の組織に頼んだらすぐにソ連に居ると分ったそうです。ユダヤ人のネットワークは、凄いです。ましてや、イスラエル大使館が知っていたのにおかしいですね。
>
>  我が国の外務省の奇妙な対応ですが、よもぎねこさんの書かれたように、戦犯が実はユダヤ人を助けたという不都合な事実を公表出来なかったからだと思います。

 そもそもユダヤ人が杉原千畝氏にしか感謝しないってヘンでしょう?

 だってビザを出した事は杉原氏の勇気と決断力だったには違いありませんが、しかし滞在期限10日のビザで長期滞在を認めたのは、結局松岡洋右等当時の日本政府の親ユダヤ政策の結果ですから。

>  今回初めて知りましたが、杉原さんが戦後ソ連に拘束されたのに無事に帰国できたのは、不思議です。ソ連は日本の共産主義者でも簡単に処刑しているのに、、諜報員である杉原さんが処刑されなかったことと、戦後もソ連で暮らしているのも何とも言えない話です。

 正規の外交官だったことが大きいでしょう。
 
 尤もこのコメント欄にも「杉原千畝はKGB]などと書いている人もいますから、疑念を持とうと思えば幾らでも湧いてきます。

 逆に外務省の杉原解雇だって、戦後に力を得た共産主義者・親ソ勢力の嫌がらせだった可能性もあります。


>  そして欧州でユダヤ人にビザをかいた日本人は他にもいたのに、なぜ杉原さんだけにスポットライトを当てたのかがこれも気になりました。

 人数の多さとドラマチックなストーリーが受けるのだと思います。 
  1. 2015-12-10 11:53
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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