2015-10-11 13:37

更に奇怪なルーズベルト ウェデマイヤー回想録

 先日「ウェデマイヤー回想録 第二次大戦に勝者なし」を読みました。

 この著者アルバート・ウェデマイヤーはアメリカの陸軍参謀で、アメリカ陸軍参謀長マーシャル将軍の部下として、第二次大戦中アメリカ軍の作戦立案を行ってきた人物です。

 そういう立場の人ですから、アメリカ軍の作戦過程は勿論、同盟国イギリスやアメリカ政府首脳部を間近に見る事になりました。
 この回想録ではこれがつぶさに描かれているのです。

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 ウェデマイヤーが陸軍参謀長マーシャルに抜擢されて、参謀本部で働きだしたのは、ルーズベルト大統領就任直後でした。

 1940年11月ルーズベルトは大統領に就任した直後から、アメリカ参謀本部に銘じて、アメリカが日独と同時に戦争をした場合の作戦計画・勝利の計画の作成させます。

 この作成を担当したのが、ウェデマイヤーでした。 彼はこの戦争で必要とされる、膨大な戦略物資の量を概算して、それを生産する為の計画を立案します。

 この時彼は当時のアメリカの人口1億人の一割に当たる1000万人を徴兵する事を前提に、その労働力の穴埋めに女性を動員する計画も準備します。
 膨大な徴兵が生産能力の減少につながらないように、それどころか平時以上の生産を可能にするような計画を、開戦以前から準備していたのです。

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 しかしアメリカ軍がこのような作戦計画を作っている事が、新聞にすっぱ抜かれると、世論は騒然とします。

 なぜならルーズベルトの大統領選挙での公約は、「二度とアメリカの若者を戦場に送らない」だったのです。
 
 第二次世界大戦はルーズベルトが就任する2年前1939年9月1日、ドイツがポーランドに侵攻し、それ抗議したイギリスが9月3日にドイツに宣戦布告する事で始まりました。

 そしてイギリスは勇ましくヨーロッパ大陸に侵攻しましたが、しかしドイツの返り討ちに遭って、翌年1941年6月にはダンケルクから撤退、更には9月からはロンドンがドイツ軍に空爆される状態になりました。

 一方イギリスと同時にドイツに宣戦布告したフランスは同年6月にドイツに降伏してしまいます。

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 ヨーロッパの戦況がこのような状況なのですから、幾ら選挙公約で「若者を戦場に送らない」と言っても、最悪の事態に対する対応として、日独との戦争計画を作るのは、大統領としては必要な処置でしょう。 だからウェデマイヤーも軍人としてこの仕事に熱中したのです。

 しかしこのような状況だからこそ、一般アメリカ人からすれば、大統領がこのような計画を作っていた事はショッキングであり不気味に感じたのは当然でしょう。
 
 このような状況で「戦争をしない」と公約した大統領を支持すると言うのは、現在の日本で「戦争法案反対」と喚く政党を支持するのとは意味が違います。

 本当に戦争に巻き込まれる危険を感じて、「そんなこともう二度と嫌だ!! 第一次大戦の時みたいに、アメリカには何の意味のない戦争で、アメリカの若者が殺されるは絶対に嫌だ!!」と言う切実な恐怖が、ルーズベルトの大統領選挙当選の原動力になっていたのですから。

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 一方ウェデマイヤー等アメリカ軍の首脳達は、軍人としてこうした作戦計画は作っても、大統領に参戦の意思がないなら本当に戦争になるとは考えていませんでした。
 
 当時、アメリカの一部メディアはドイツ軍が南米から上陸して、アメリカに攻めてくるなどと言う話を繰り返し流していました。 しかしドイツの海軍力や国力から見て、「それは絶対あり得ない」と言うのが、軍人達の常識でした。

 最悪ドイツが全ヨーロッパを征服するような事態になれば、アメリカにとっても脅威なのですが、しかしドイツ軍がいかに快進撃を続けても、そう簡単にヨーロッパを征服するような事が出来るとは考えていませんでした。

 それはナポレオン戦争でナポレオンがほぼ全ヨーロッパを征服しても、イギリスとロシアを抑え込めなくては、結局敗退すると言う歴史を見ても明らかです。

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 しかし当時のウェデマイヤー等は知るよしもなかったのですが、ルーズベルトは当時既にチャーチルとの書簡で、参戦の約束をしていたのです。

 だからルーズベルトは大統領就任後、選挙公約とは裏腹に、繰り返しドイツを挑発します。 しかしアメリカの参戦で第一次大戦に敗れたドイツは、全くこれに乗ってきません。
 
 更にルーズベルトは日本の挑発します。 そして議会にも参謀本部にも知らせずに、日本への最後通牒と言うべき「ハルノート」を送りつけました。 
 戦後「ハルノート」を見たアメリカの軍人達は、皆「これでは日本が戦争に訴えるのは当然である」と言っています。
 
 そして「ハルノート」に驚いた日本側からの和平交渉要請は全部無視しました。

 ルーズベルトは自分の選挙公約など守る意思は全くなかったのです。 「戦争をしない」と言う公約を信じて投票した有権者を裏切る事には何のためらいもなかったと、言うより最初から戦争をするつもりで大統領になったのです。

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 だから暗号を解読して日本海軍連合艦隊の行動を相当に把握していたにもかかわらず、なぜかハワイの司令部だけには警告をしませんでした。

 戦後ウェデマイヤーはこうした事実を知って驚愕し、これをこの回想録に書いています。 だからこの本は実はあの「ルーズベルトの陰謀説」を唱えた最初の一冊になるのです。

 一方、イギリスのチャーチルは日本軍の真珠湾攻撃は、天の助けでした。 チャーチルは日記に「真珠湾攻撃の報せを聞いて、初めて安眠できた」と書いています。

 実際、ルーズベルトは真珠湾攻撃を受けると直ぐに、ドイツにも戦線布告したのです。

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 ??

 日本はアメリカに宣戦布告したのですから、アメリカが日本と戦うのはわかります。 しかしドイツは関係ないでしょう?
 そりゃ同盟国ではあったけれど、この段階で日本とドイツは別に軍事的な協力など一切していなかったのですから。

 そんな協力関係があったらヒトラーは必死で「絶対アメリカには手を出さないでくれ」と頼んだでしょう。

 しかしアメリカ人がこれでモードが変わったのか、ドイツへの戦線布告にも熱狂するのです。

 このあたりワタシは第二次湾岸戦争を思い出します。 9・11の後、オサマ・ビン・ラディンをかくまうアフガニスタンを攻撃するのはわかりますが、しかしその後完全な世俗政権でイスラム原理主義者とは敵対してはずのイラクのサダム・フセイン政権まで攻撃したのです。

 こういう感情に駆られた不合理な八つ当たりとでもいうべき行動は、アメリカ人の病気かも知れません。 しかし不合理な八つ当たりがロクな結果になるわけもありません。

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 だからウェデマイヤーは、このアメリカ軍のいきなりのドイツ戦線参戦に着いて根源的な疑問を持っていました。

 アメリカがドイツと戦うとしても、日本を先に片づけて、それからドイツ戦線に参戦した方が、結局戦争を早期に集結できたのでは?

 実際幾らアメリカの兵力と工業力が膨大であっても、両方の戦線で十二分な戦力を投入する事はできなかったのです。 
 
 しかもヨーロッパ戦線はチャーチルの奇怪な行動に振り回されて、戦争の終結はウェデマイヤーが期待していたよりもドンドン遅れていきます。

 アメリカはイギリスなど同盟国と緊密な連携を取りながら戦ったのですが、そうするとイギリスが抜群の外交力を生かして、アメリカが軍を良いように利用するのです。

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 でもこれはオカシイ。
 だってイギリスは本土を空爆されるところまで追い込まれて、アメリカの助けなしには敗戦もあり得るような状態だったのです。

 それなのにその助けられている方がアメリカを振り回し、利用するって?
 幾らイギリスが強かな外交力を持つ国だからって、それはあんまりでしょう?

 しかしこんな事になってしまうのは、アメリカ側に外交力が欠けるからだけではありません。 そもそもアメリカ側には何のためにこの戦争をするのかと言うプランが全くなかったのです。

 アメリカ側はウェデマイヤーのような超高級参謀でさへ、この戦争の目的を「ファシズムに対する民主主義の戦い」と言う以上の意味を言いようがなく、戦後世界をどのようにするかと言うプランも、またこの戦争からどのようにアメリカの国益を導くかと言う計画も全くなかったのです。

 その為にアメリカは一国で同盟国の全てに膨大な物資と兵員を供給し、結局アメリカ一国がドイツと日本を倒しながら、しかし何の為にそれをやっているのか自分でもサッパリわからないのと言う有様です。
 これでは狡猾なチャーチルに利用されるしかないではありませんか?

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 それではアメリカ大統領ルーズベルトは何を考えていたのでしょうか?
 彼は選挙民を裏切って、陰謀まで行ってアメリカを参戦させたのです。 

 アメリカ大統領としてここまでやるからには、この戦争の勝利で余程アメリカの国益を期待していたはずです。 その国益とは一体何でしょうか?
 
 しかしこれが全く見えてきません。
 ルーズベルトの陰謀論でも、ルーズベルトがハルノートや真珠湾攻撃作戦を知りながら放置した事で、アメリカを参戦させようとしたことについては、随分詳しく説明されています。

 けれども戦争をした後で、日独に勝利する事で、一体何を得ようとしたのかについての合理的な説明・つまり「これなら有権者を裏切ったにせよ、アメリカの国益になる」と納得できる理由を提示しているモノはないのです。

 本当にルーズベルトは何を望んでいたのでしょうか?

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 ともあれルーズベルトとチャーチルは共に足並みを揃えて戦線を拡大し、その為戦争の終結は遅れます。 ワザワザ日独に「無条件降伏」などと言う降伏条件を突きつけて、降伏を難しくさせます。

 更に日本やドイツからの降伏の打診も無視します。

 そして本当に無条件降伏に追い込んだのです。
 
 ちなみにこのような英米の対応で大変な利益を得た国があります。 
 それはソ連です。

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 アメリカが参戦して半年後の1941年6月スターリングラードで独ソの死闘が始まります。 それまでソ連への快進撃を続けたドイツ軍は、ここで進撃を阻止されるのです。

 ナポレオン軍は取りあえずモスクワを陥落させたのですが、ドイツ軍がそのかなり手前でもう力尽きたのです。
 
 そしてここから巻き返しにかかったソ連軍は東欧諸国を次々と占領して、更にベルリンまで陥落させたのです。 勿論それにはアメリカからの莫大な物資援助がありました。

 さらにルーズベルト1945年2月のヤルタ協定で、ソ連に対日参戦を即するために、千島と南樺太の割譲や満州の鉄道や港湾のソ連の権益を認めました。

 満州の権益をソ連に??

 そもそも日本が国際連合を脱退するようなハメになったのは、満州国建国を巡って、満州の権益について英米と利害が対立したからでは?
 その満州の権益を気前よくソ連にくれてやるんですか?

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 ルーズベルトがソ連の参戦を即したのは、日本を一刻も早く降伏させて、戦争を終結させるためと言う事でした。 

 さすがにこの時期になるとチャーチルも戦争の早期終結を望むようになっており、同時期に行われた英米軍事会議で、日本の降伏条件緩和を提言しますが、ルーズベルトはこれを拒否しました。

 つまり日独の無条件降伏に本当に執着していたのはルーズベルトだったと言う事になります。
 
 しかしその為にソ連にここまで大盤振る舞いをする理由は何でしょうか?

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 ルーズベルトはヤルタ会談後間もなく1945年4月12日に脳卒中で突然死亡しました。 だからルーズベルトが本当に日本降伏後どのような政策をするつもりだったかはわかりません。

 けれども現実に行われたアメリカの占領政策を見る限り、「無条件降伏」と名前で日本人が恐れたような事態にはなっていないのです。 それなのに何で日本と現実的な降伏条件を話すよりも、ひたすらソ連の参戦を即したのか?

 ここはもう狂気とか、或いはコミンテルの陰謀でも持ち出さないと説明不能なのです。
 
 チャーチルも奇怪でしたが、ルーズベルトはもっと奇怪なのです。 チャーチルの行動は、第二次大戦に紛れてアメリカの褌を相撲を取ってイギリスの権益を拡大するために小細工を弄したと理解できます。

 しかしルーズベルトが本当に何を考えていたのかは全く理解不能なのです。
 チャーチルはあのヤルタの英米軍事会談で、それまでは組しやすく便利に利用できる奴と思っていた相手が、実は自分の想像を超えた狂人だったとわかり、慄然としたのかもしれません。

272

 ところで先日、「そこまで言って委員会」の動画を見ていたら、なんとこのルーズベルトの陰謀を取り上げていました。

 ちなみこの時番組では「ルーズベルトはスターリンと世界を二分しようといていた」と言う説を紹介していました。 確かにその後の冷戦はその通りになったのです。

 しかしねえ…・それはアメリカがひたすらソ連を助けたからそうなったのです。
 何もソ連なんか助ける必要はなかったでしょう?

 だってソ連はアメリカ助けなしでは、ここまでの勝利は得られなかったのですから。

 それにしても驚いたのは、この陰謀がテレビで堂々と取り上げられたことです。

 まだイロイロと困難はあるけれど、日本はルーズベルトの呪いから目覚めつつあるのではないでしょうか?
  1. 古本
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コメント

良い本をご紹介頂きました。

こんにちは。
今回の連載は、非常に面白いというか、ちょっと呆然としています。
今までNHK等に毒されていた私のイメージは、アメリカ合衆国は事前にオレンジ計画のような戦争遂行計画を作って日本を叩きのめした凄い国…というものでした。
そもそも、日本を叩く意味そのものがあやふやなままやっていたとは…
チャーチルの、国益拡大を図ってアメリカを使い倒した挙げ句、逆に多くの植民地権益を失ったというのも目からウロコでしたが、ルーズベルトになると本当に訳が分かりませんね。

勉強になります。ありがとうございました。
  1. 2015-10-11 14:34
  2. URL
  3. もらもら #Fldqm66o
  4. 編集

先に紹介させていただいた、徳富蘇峰翁の「勝利者の悲哀」には、ルーズベルトの急逝を、どこまで本気で書いたかはわかりませんが、
(ソ連の獲得した領土の重要さに気がついて)
「一たび冷静になって考えれば、とんだ事になったと気づかざる訳には参らなかったであろう。されば一般の風評では、ルーズベルトは自らその外交上の大失敗を悔いて、悶死したるものであると語っている」
とあり、1950年1月10日に書かれています。

また、貴文中の

>この作成を担当したのが、ウェデマイヤーでした。 彼はこの戦争で必要とされる、膨大な戦略物資の量を概算して、それを生産する為の計画を立案します。
この時彼は当時のアメリカの人口1億人の一割に当たる1000万人を徴兵する事を前提に、その労働力の穴埋めに女性を動員する計画も準備します

これって、日本の国家総動員とどう違うんですかね?
未遂とはいえ、近い状況になったと思いますが、日本が軍国主義だったら、同じではないかなと?
  1. 2015-10-11 19:03
  2. URL
  3. 二郎 #-
  4. 編集

Re: 良い本をご紹介頂きました。

> こんにちは。
> 今回の連載は、非常に面白いというか、ちょっと呆然としています。
> 今までNHK等に毒されていた私のイメージは、アメリカ合衆国は事前にオレンジ計画のような戦争遂行計画を作って日本を叩きのめした凄い国…というものでした。
> そもそも、日本を叩く意味そのものがあやふやなままやっていたとは…
> チャーチルの、国益拡大を図ってアメリカを使い倒した挙げ句、逆に多くの植民地権益を失ったというのも目からウロコでしたが、ルーズベルトになると本当に訳が分かりませんね。
>
> 勉強になります。ありがとうございました。

 どういたしまして、ワタシもこの本には驚いて読後感を自分で整理するためにこのエントリーをしているのです。

 それにしてもアメリカは確かに凄い国なのです。 日独への勝利の為の努力は実は日本人の想像を絶するレベルなのです。

 ところがおどろいた事に、勝利の後をどうするか?
 
 勿論これは一般市民ではなく、大統領が考えておくべき事なのですが、それは無かったのです。

 実際オレンジ計画等の話でも、「それでアメリカはどのような戦後を期待していたのか」と言う話が全くないでしょう?

 この戦争の終結で始まったのは米ソ冷戦なのです。 もしアメリカが本当に何等かの合理的プランを持っていれば、ドイツに潰されそうになっていた共産主義を育てて自分の敵にするなんてことはなかったはずです。
  1. 2015-10-11 19:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 先に紹介させていただいた、徳富蘇峰翁の「勝利者の悲哀」には、ルーズベルトの急逝を、どこまで本気で書いたかはわかりませんが、
> (ソ連の獲得した領土の重要さに気がついて)
> 「一たび冷静になって考えれば、とんだ事になったと気づかざる訳には参らなかったであろう。されば一般の風評では、ルーズベルトは自らその外交上の大失敗を悔いて、悶死したるものであると語っている」
> とあり、1950年1月10日に書かれています。

 なるほど最後の最後になってようやく正気を取り戻したわけですか?
 
 それにしてもドイツを半分とられた時点で気づけよ!!

 ルーズベルトはホントに大変なことをしたわけです。

 スターリンは実は北海道の東半分も取る気だったようです。 しかしねえ…そうなったら釧路港など太平洋岸の港をソ連が使用できることになるんですよね。 もしそうなっていたらアメリカにとってどれだけ大変なことか・・・・。

> また、貴文中の
>
> >この作成を担当したのが、ウェデマイヤーでした。 彼はこの戦争で必要とされる、膨大な戦略物資の量を概算して、それを生産する為の計画を立案します。
> この時彼は当時のアメリカの人口1億人の一割に当たる1000万人を徴兵する事を前提に、その労働力の穴埋めに女性を動員する計画も準備します
>
> これって、日本の国家総動員とどう違うんですかね?
> 未遂とはいえ、近い状況になったと思いますが、日本が軍国主義だったら、同じではないかなと?

 それどころかアメリカの軍国主義はもっとすごいのです。
 以前kazkさんがアメリカの動員に着いて書いて下さいました。

 印象で騙るな
 http://kkpowerful.exblog.jp/21320725/

 日本より遥かに徹底した国家総動員体制を敷いています。 
 ちなみにこの当時のアメリカの累進課税率って最高なんと95%です。

 それこそ大富豪から女工まで、徹底的に戦争に協力する体制にしていたのです。
  1. 2015-10-11 19:55
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

ルーズベルトは共産主義者か?

自分の知己の80歳を超える高齢でカトリックの神父をされている方なんですが、
ABCD包囲網なんかやりやがってた中でもう対米開戦はいつやるか?
だけが当時の日本国民の関心事であり、共有されていた空気であり、

生存の道を断たれたものが、故意かつ悪意に断った側を生きるために攻撃するのは幼稚園児以上の知能があれば誰でもわかることであり、

つまり言いたいのは真珠湾攻撃だまし討ちにあらず!!

という内容のお話しを知的かつ上品な言葉で仰っていました。

ここれへんのルーズベルト政府の動きは、

山岡荘八もラダビノート・パール博士も述べていますが、

不可解としか言いようがないですね。

ヨーロッパの内戦を機会にアメリカの覇権を確立する、
と思ってなかったわけではないでしょうが、

よもぎねこ様がご指摘されるように

あまりにも戦後のビジョンがなく計画性に欠けており、
かつ、
容共すぎるのです。


ルーズベルトは二重に国民を騙したのではあるますまいか?

戦争しないと言いつつ戦争準備をし、
ファシズムから民主主義を守ると言いつつ

コミンテルンの支配地域拡大
を実現した

と考えるとつじつまがあいます。

満州を朝鮮のおまけ付でくれてやっていたのもコミンテルンがそこをずっと欲しがっていたからですしね。

事実を追求するには至っていませんが、
コミンテルンと米英の奇妙な連携については、

山岡荘八の代表作のひとつ
小説太平洋戦争の1巻
開戦前の苦悩編



昭和12年ごろ少年倶楽部に連載された

海野十三著の近未来SF小説
浮かぶ飛行島(注)

山中峯太郎著の本格スパイアクション大作
亜細亜の曙
大東の鉄人

などに詳述されています。


※浮かぶ飛行島
;東シナ海に英国系ユダヤ資本が建設したメガフロート飛行島。

太平洋東部の航空機ネットワークの拠点という触れ込みだったが、
密かに潜入した海軍特務将校の主人公は、
飛行島が、
英国を牛耳りコミンテルンを背後から操るユダヤシンジケートが建設した日本攻撃用超巨大航空母艦であることを突き止める。

ついに動き出す飛行島とシンガポールから出撃してきた英国艦隊、

我が連合艦隊との決戦の火蓋がきられる。
  1. 2015-10-11 20:31
  2. URL
  3. ガンダム #iL.3UmOo
  4. 編集

いつも丁重な返信ありがとうございます。

ルーズベルトの悶死というのは、あくまで当時の風評を蘇峰翁が表現しただけで、あくまで風評と思われます。

しかし、一般アメリカ人は良くも悪くも単純な国民性とよく言われますが、政治色なしに自国の歴史を研究する学者筋もそれなりにいると思うのですが、日本が被ったWGIPならぬ、WJIP(War Justification Information Program=戦争正当化プログラム)でも受けたんでしょうか(苦笑)
事実は愛国に負けるか?
そうでもなきゃ、航空母艦名にフランクリン・ルーズベルトとはつけませんわな。

KAZKさんのサイトはじめて拝見しました。
なるほどですねえ。
軍需物資が日本に比べ自国内に結構あったってだけで、天然ゴムなんかは、日本の金属供出みたいなこともやってますし、どこが違うのかしらん?
  1. 2015-10-11 20:50
  2. URL
  3. 二郎 #-
  4. 編集

「浮かぶ飛行島」か懐かしいな。今から30年位前に文庫で再刊されてますね。

まあルーズベルトが何を考えていたか、というよりまともな思考ができていたか、実はそれが謎なんです。彼はポリオの後遺症で1944年以降は相当にひどい状態だったはずです。それが米国の国益に大変な影響を与えたこと、ハリー・デクスター・ホワイトのようなソ連のエージェントが相当数入り込んでいたことは間違いない事実です。これは現在ベノナ文書で明らかになってます。

ことにこのホワイトがハル・ノートの原案を作ったと言われています。なんとか米国を戦争に持って行こうとスターリンが焦っていたことは明白です。このホワイトが戦後IMF体制を作ったのですからどこがそうなってるのやらさっぱり分かりません。

日本としても戦争に打って出る前に対米交渉の内容を全部公開し、ハル・ノートを公開すべきでした。これは当時の感覚でいっても非常識なものです。これで米国世論に楔を打つべきだったのです。

あの戦争に関して言うならばアメリカ人が熱くなりすぎてしまったことが最大の問題でした。ああいう連中が自分が正義だと思えばやることに際限がありません。ここだけは完全に日本のミスでありましょう。

満州問題も触れられていますが、スターリンが満州を蒋介石に返還してるのですがこれも戦後の最大の謎の1つです。これは現在のロシアでもスターリン最大のミスだったという論評が多いのです。


バートランド・ラッセルは第一次大戦には反対しましたが第2次大戦には反対しませんでした。第二次大戦は第一次大戦の後始末だからだということでした。冷戦は第二次大戦の後始末と言わねばならないでしょう。戦後世界はまだその精算を終わってません。
  1. 2015-10-11 23:15
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
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 フランクリン・ルーズベルトの周囲に共産主義者が大勢いたから、ソ連を利するようなことをしたのかも知れないというのはそうだと思います。しかしそれだけではあの日本人の移民排斥から始まって、戦争へ踏み切らせるための執拗な挑発や開戦後の民間人を狙った無差別攻撃など異様な行動の説明がつきません。


・・・日露戦争後は艦隊(グレート・ホワイト・フリート)を日本に寄港させ強大化しつつある日本を牽制した。いわゆる排日移民法の端緒も彼の時代である。・・・引用終わり
https://ja.wikipedia.org/wiki/セオドア・ルーズベルト


 セオドアは日本に造詣が深く親日的でしたが、日露戦争後からガラッと警戒心を強くしたそうです。結局は人種差別になりますが、劣ったアジア人(日本)が優秀な白人(ロシア)に勝ったことがどうしても許せなかったのではないでしょうか?そしてフランクリンも、それが根っこにある上に恐らく共産主義者に籠絡されていたので日本に酷く、ソ連・中国に非常に対しては宥和政策をとったのだと思います。

 でも白人が有色人種に負けたと言えば、モンゴルやオスマントルコにずっと負けてましたよね?そして強くなった白人が、世界中で有色人種にどれだけ酷い事をしたか。そう考えれば、特に人種は関係なくその時々の発展度合で力関係は変わるのだとは、思えないのでしょうね。

 前回教えて頂いたウェデマイヤーの表紙を見たら、とてもハンサムさんでした。心なしか二人のルーズベルトのドロドロした雰囲気とは対照的で、気持ちのまっすぐな方の様子に好感が持てました。 
  1. 2015-10-12 00:09
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

Re: ルーズベルトは共産主義者か?

> 自分の知己の80歳を超える高齢でカトリックの神父をされている方なんですが、
> ABCD包囲網なんかやりやがってた中でもう対米開戦はいつやるか?
> だけが当時の日本国民の関心事であり、共有されていた空気であり、
>
> 生存の道を断たれたものが、故意かつ悪意に断った側を生きるために攻撃するのは幼稚園児以上の知能があれば誰でもわかることであり、
>
> つまり言いたいのは真珠湾攻撃だまし討ちにあらず!!
>
> という内容のお話しを知的かつ上品な言葉で仰っていました。

 これはむしろ日本人よりアメリカ人が怒る問題でしょうね。 だってアメリカが暗号解読の結果を日本に報せる義務はありませんが、しかしルーズベルトは大統領としてアメリカ兵の命を守る為に最善を尽くす義務はあったのです。

 そして何よりも大統領選挙時の公約を守る義務があったのです。 だからハルノートのようなモノを日本に突きつけて戦争に追い込むなどと言うのはアメリカ国民への裏切りです。

 しかしここで問題なのは、日本側の対応です。 本当に日本側が戦争を避けたいなら、ハルノート始めアメリカからの挑発があった時に、これをアメリカ議会と国民に明かして「ルーズベルトはこんなモノ出してきたけれど、これでは日本は生きる為に戦争せざるを得ない。 アメリカは日本との戦争を望んでいるのか?」と問えば良かったのです。

 ところが日本はそのようなことはしていません。 ハルノートの存在をアメリカ人が知ったのは戦後の事です。
 これでは日本の本当に戦争を止める意思はなかった。 

 実は日本側にも戦争をしたくて堪らない連中が一杯いて、ハルノートはその連中にはラッキーだったとしか居ません。

> ここれへんのルーズベルト政府の動きは、
>
> 山岡荘八もラダビノート・パール博士も述べていますが、
>
> 不可解としか言いようがないですね。
>
> ヨーロッパの内戦を機会にアメリカの覇権を確立する、
> と思ってなかったわけではないでしょうが、

 アメリカの覇権を確立したいと言うなら、参戦を遅らせて、ソ連もドイツもイギリスも疲弊するのを待った方が賢いのです。
 ナポレオン戦争時のイギリスのようにね。

 だから急いで参戦して、ソ連にまでやたら気前の良い援助をしたことや、その為に日本を挑発した事は意味不明なのです。 
 
> よもぎねこ様がご指摘されるように
>
> あまりにも戦後のビジョンがなく計画性に欠けており、
> かつ、
> 容共すぎるのです。

 そうなんです。 アメリカがこの戦争に勝つための努力は大変なモノで、日本など足元にも及ばない程の国家総動員体制を敷き、全アメリカ国民も良くこれに応えています。

 しかしこのような体制を敷きながら、結局戦後体制について何もプランがなく、意味不明だったのです。

 そう言えば第二次湾岸戦争やアフガン攻撃もそうでしたよね。

> ルーズベルトは二重に国民を騙したのではあるますまいか?
>
> 戦争しないと言いつつ戦争準備をし、
> ファシズムから民主主義を守ると言いつつ
>
> コミンテルンの支配地域拡大
> を実現した
>
> と考えるとつじつまがあいます。

 完全に騙しました。 ルーズベルトが公約を守る気なら、日本もドイツも挑発するべきではありませんでした。
 本当に公約を守る気なら、ヨーロッパ戦線には一切手を出さず、ハルノートを出した後でも日本とは和平交渉をするべきでした。

> 満州を朝鮮のおまけ付でくれてやっていたのもコミンテルンがそこをずっと欲しがっていたからですしね。
>
> 事実を追求するには至っていませんが、
> コミンテルンと米英の奇妙な連携については

> 山岡荘八の代表作のひとつ
> 小説太平洋戦争の1巻
> 開戦前の苦悩編
>
> や
>
> 昭和12年ごろ少年倶楽部に連載された
>
> 海野十三著の近未来SF小説
> 浮かぶ飛行島(注)
>
> 山中峯太郎著の本格スパイアクション大作
> 亜細亜の曙
> 大東の鉄人
>
> などに詳述されています。

 結果を見るとこの戦争で最大の利益を得たのはソ連なのです。
 だからコミンテルの陰謀論が説得力を持つのです。

 尤も意図的に戦争を始めたにすれば、もし陰謀に失敗したらソ連がドイツに負けて共産主義政権滅亡もあり得たので、本当に全部陰謀と言うのも無理があるように思います。

 しかしいずれにせよこの戦争の中で、終戦後の世界にに明快なプランを持って、ひたすらそれに向かって行動し続けた人間は、スターリン一人だったのでしょう。
 だからこの戦争の勝利者はスターリンになったのです。

> ※浮かぶ飛行島
> ;東シナ海に英国系ユダヤ資本が建設したメガフロート飛行島。
>
> 太平洋東部の航空機ネットワークの拠点という触れ込みだったが、
> 密かに潜入した海軍特務将校の主人公は、
> 飛行島が、
> 英国を牛耳りコミンテルンを背後から操るユダヤシンジケートが建設した日本攻撃用超巨大航空母艦であることを突き止める。
>
> ついに動き出す飛行島とシンガポールから出撃してきた英国艦隊、
>
> 我が連合艦隊との決戦の火蓋がきられる。

 凄い小説ですね。 しかし日本軍の上層部にも志位正二のようなコミンテルのスパイがいた事を考えると、不気味なプロパガンダとも思えます。
  1. 2015-10-12 12:09
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> いつも丁重な返信ありがとうございます。
>
> ルーズベルトの悶死というのは、あくまで当時の風評を蘇峰翁が表現しただけで、あくまで風評と思われます。

 なるほど。 ルーズベルトについては本当にわからないです。 彼は死の直前にアメリカ大統領ではあり得ない4選を果たしています。 だから本来なら生きて自分で戦後処理をする気満々だったのでしょう。

 しかし死んでしまったので、ルーズベルトの戦後プランと言うのは永遠の謎になってしまいました。

> しかし、一般アメリカ人は良くも悪くも単純な国民性とよく言われますが、政治色なしに自国の歴史を研究する学者筋もそれなりにいると思うのですが、日本が被ったWGIPならぬ、WJIP(War Justification Information Program=戦争正当化プログラム)でも受けたんでしょうか(苦笑)
> 事実は愛国に負けるか?
> そうでもなきゃ、航空母艦名にフランクリン・ルーズベルトとはつけませんわな。

 だって大統領が国民を騙して戦争をしたなどと言う事になっては、ルーズベルト個人の問題ではなくアメリカの民主主義そのものの権威が崩壊してしまいます。
 
 少なくともこれを冷静に見るには後100年はかかるんじゃないでしょうか?

 今はまだ無理でしょう。 
 今はまだ真珠湾で戦死した人達の近親者が生きています。 そういう人達に「アナタのお兄さんを殺したのは実は日本軍ではなく、ルーズベルト大統領だ。」なんて言えませんもの。

> KAZKさんのサイトはじめて拝見しました。
> なるほどですねえ。
> 軍需物資が日本に比べ自国内に結構あったってだけで、天然ゴムなんかは、日本の金属供出みたいなこともやってますし、どこが違うのかしらん?

 日本との違いと言えば、日本より遥かに徹底した総動員体制、軍国主義だったことでしょうね。
 そして国民もまたそれに応えた事でしょう。

 だって学生は学徒出陣が始まる前から自発的に軍に志願して大学が空になるし、女性はドンドン婦人部隊に志願したり、勤労動員に出て、出征した男性の穴を埋めるのです。

 日本は軍が動員するまでこんな事はありませんでした。

 物資だって元来アメリカは資源は豊で工業力は強大で、その上イギリスなどの広大な植民地を持つ国と同盟関係にあったので、資源の心配も工業生産の心配もありませんでした。

 それでも資源が枯渇した場合の鉄製品の供出体制も作っていたのです。

 それに比べたら日本はノンキなモノでした。

 そして国民の戦意も至って低いです。 だって学生は兵員が枯渇する42年まで大学にいて、学徒出陣となると愁嘆場を演じるし、女性の動員も最後の最後です。

 勿論戦争前から物資の供給計画を立てるなんてこともなかったのです。 これじゃ負けて当然です。
  1. 2015-10-12 12:27
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 「浮かぶ飛行島」か懐かしいな。今から30年位前に文庫で再刊されてますね。
>
> まあルーズベルトが何を考えていたか、というよりまともな思考ができていたか、実はそれが謎なんです。彼はポリオの後遺症で1944年以降は相当にひどい状態だったはずです。それが米国の国益に大変な影響を与えたこと、ハリー・デクスター・ホワイトのようなソ連のエージェントが相当数入り込んでいたことは間違いない事実です。これは現在ベノナ文書で明らかになってます。

 アメリカにソ連のスパイが沢山入り込んでいたことはわかるし、ルーズベルトが最後は病気で判断力を失っていた事はわかるのですが、しかしそれでも開戦前からの意図はやはりわからないのですよね。

> ことにこのホワイトがハル・ノートの原案を作ったと言われています。なんとか米国を戦争に持って行こうとスターリンが焦っていたことは明白です。このホワイトが戦後IMF体制を作ったのですからどこがそうなってるのやらさっぱり分かりません。
>
> 日本としても戦争に打って出る前に対米交渉の内容を全部公開し、ハル・ノートを公開すべきでした。これは当時の感覚でいっても非常識なものです。これで米国世論に楔を打つべきだったのです。

 そうです。 これは渡邊昇一先生も言っていました。
 
 そもそも議会にも知らせずこんなモノ出していればそれだけで大問題でしょう。

 それをしなかったと言うのは、つまりは日本側にも戦争したい連中が沢山いて、逆にハルノートを戦争の機会ととらえていたのかも知れません。
 
> あの戦争に関して言うならばアメリカ人が熱くなりすぎてしまったことが最大の問題でした。ああいう連中が自分が正義だと思えばやることに際限がありません。ここだけは完全に日本のミスでありましょう。

 アメリカは同じ失敗をアフガニスタン攻撃でも第一次湾岸戦争でもやっているのです。
 アタマに来てぶちのめしたはよいけれど、その後どうするか全然考えないのです。

> 満州問題も触れられていますが、スターリンが満州を蒋介石に返還してるのですがこれも戦後の最大の謎の1つです。これは現在のロシアでもスターリン最大のミスだったという論評が多いのです。

 おお、ソ連が蒋介石に満州を譲ったのですか?
 ワタシはてっきり毛沢東が奪ったとばかり思っていました。

 それにしてもこれまたホントに不思議な話です。

> バートランド・ラッセルは第一次大戦には反対しましたが第2次大戦には反対しませんでした。第二次大戦は第一次大戦の後始末だからだということでした。冷戦は第二次大戦の後始末と言わねばならないでしょう。戦後世界はまだその精算を終わってません。

 そうなると今は冷戦の後始末をやっているわけですね。 確かに現在起きている色々な問題の多くは冷戦時に始まっていますからね。

 ちなみにヨーロッパの文学を読むと、第二次大戦寄り、第一次大戦の方が精神的な傷は深いというか、第一次大戦で古き良きヨーロッパは崩壊して、第二次大戦でそれをダメ押しした感はあります。

 第一次大戦は日本人には印象の薄い大戦なのですが。
  1. 2015-10-12 13:11
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

>  フランクリン・ルーズベルトの周囲に共産主義者が大勢いたから、ソ連を利するようなことをしたのかも知れないというのはそうだと思います。しかしそれだけではあの日本人の移民排斥から始まって、戦争へ踏み切らせるための執拗な挑発や開戦後の民間人を狙った無差別攻撃など異様な行動の説明がつきません。
>
>
> ・・・日露戦争後は艦隊(グレート・ホワイト・フリート)を日本に寄港させ強大化しつつある日本を牽制した。いわゆる排日移民法の端緒も彼の時代である。・・・引用終わり
> https://ja.wikipedia.org/wiki/セオドア・ルーズベルト

 人種差別的な面は凄くあったとは思います。 当時の欧米で人種差別が悪いなんて発想をする人はゼロだし。 それに黄禍論が横溢していました。
 
 日本など黄禍そのモノと考える白人は沢山いたでしょう。(今もいるでしょう)

>  セオドアは日本に造詣が深く親日的でしたが、日露戦争後からガラッと警戒心を強くしたそうです。結局は人種差別になりますが、劣ったアジア人(日本)が優秀な白人(ロシア)に勝ったことがどうしても許せなかったのではないでしょうか?そしてフランクリンも、それが根っこにある上に恐らく共産主義者に籠絡されていたので日本に酷く、ソ連・中国に非常に対しては宥和政策をとったのだと思います。
>
>  でも白人が有色人種に負けたと言えば、モンゴルやオスマントルコにずっと負けてましたよね?そして強くなった白人が、世界中で有色人種にどれだけ酷い事をしたか。そう考えれば、特に人種は関係なくその時々の発展度合で力関係は変わるのだとは、思えないのでしょうね。

 白人の優位が確立したのは、18世紀後半、或いはアヘン戦争以降でしょう。
 この頃になって白人国家は東洋でもアフリカでも向かう所敵なしになり、経済力でも技術でも東洋を圧倒する事になりましたから。

>  前回教えて頂いたウェデマイヤーの表紙を見たら、とてもハンサムさんでした。心なしか二人のルーズベルトのドロドロした雰囲気とは対照的で、気持ちのまっすぐな方の様子に好感が持てました。 

 
 そうなんですよね。 ワタシはこの本を読むと気いつも表紙のハンサムな顔を見ちゃうので点数が甘くなったのです。
  1. 2015-10-12 13:22
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  3. よもぎねこ #-
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日本国は無条件降伏ではなく有条件降伏でしたよね?

無条件降伏したのは、日本の軍隊で。

当時のアメリカ国務省も同様の認識で、日本軍が無条件降伏してアメリカが日本を占領した途端に、「おまえらは、無条件降伏したのであり、何をされても文句はいえねー」とマッカーサーあたりがほざいたと。
  1. 2015-10-12 14:48
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  3. 大ファンの一人 #yjwl.vYI
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第一次大戦の人的損害

ああー四方さんほどの人でも欧州における大戦の被害が分かりませんか…

実は英国はその人的損害は第一次大戦のほうが絶対値において多いのです。
Wikiではありますが

WWI 人口4540万 戦没者約99.6万 人口比2.19%
WW2 人口4760万 戦没者約45.1万 人口比0.94%
です。これは英本国のみ、民間人を含む数字です。コモンウェルズ各国を含むとWW1で120万なんて数字があります。

細かい数字はそちらを見ていただくとしてフランスは人口比で4.29%ドイツは3.82%です。フランスはこのため戦後たちあがれません。このために長期の人口停滞に陥りその傷は癒えていないともいえます。ドイツ人はこれだけの損害がありながら第2次大戦に打って出て人口比10%以上の損害を出しています。

だから英国の戦没者追悼式典は第一次大戦の終戦に合わせて11月に行われています。ちなみに大日本帝国の大東亜戦争における損害は人口7140万で戦没者310万人口比4.37%です。まあ我が国やドイツから見たら甘ったれるな!という数字だという気はしますがどうでしょうか。

問題はその辺りではなく英国の場合エリート層が率先して戦争に参加して大量の戦死を遂げています。これが戦間期には国力の低下を招いたと言われるほどの人的資源の枯渇になります。この時のエリート層の枯渇が第二次大戦後の英国の没落の大きな原因の1つです。これは長続きするし影響が大きいのです。
階級社会はこんな時に脆いのです。そのため戦後大学生の質が低下しアカどもが跳梁する原因になったとも言います。

ちなみにもう一つ数字を出しておきましょう。WW1に使われた軍用機は6万機と言われています。これがWW2では22万機です。これは全世界の数字ですがWW1ではこれが殆ど英独国境の狭い地域に集中しました。第一次大戦は欧州諸国にとってはとんでもない損害だったのです。

これは日本人には見落としがちな問題点です。まあ。英仏の事情が特殊だともいえますがね。
  1. 2015-10-12 16:32
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: タイトルなし

> 日本国は無条件降伏ではなく有条件降伏でしたよね?
>
> 無条件降伏したのは、日本の軍隊で。
>
> 当時のアメリカ国務省も同様の認識で、日本軍が無条件降伏してアメリカが日本を占領した途端に、「おまえらは、無条件降伏したのであり、何をされても文句はいえねー」とマッカーサーあたりがほざいたと。

 厳密に言うとその通りです。

 でもこれは凄く誤解されていますよね。 しかしその誤解を広げたのは日本側のマスゴミや言論人でもあるのです。

 一方カサブランカ会談ではルーズベルトとチャーチルは、日独に無条件降伏させることを確認しています。

 軍隊にだけ無条件降伏を要求するなら、もっと早く戦争は終結していたでしょうに。 しかしなぜかこんな条件を明言して戦争終結を遅らせたのです。

 
  1. 2015-10-12 18:19
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  3. よもぎねこ #-
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やはり、よもぎねこさまもご存じだったのですね。
わりと最近になるまで、「日本国は無条件降伏した」がまかり通ってましたよね?ネットの発達でだんだんとそれが是正されて今に至る感じで。昔、辞書で無条件降伏を引くと「相手の条件を無条件に飲むこと」なんてのっていて、戦後日本の歪みがでてるなーwと笑ったもんです。
  1. 2015-10-12 18:31
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  3. 大ファンの一人 #yjwl.vYI
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Re: 第一次大戦の人的損害

> ああー四方さんほどの人でも欧州における大戦の被害が分かりませんか…

 存じませんでした。

> 実は英国はその人的損害は第一次大戦のほうが絶対値において多いのです。
> Wikiではありますが
>
> WWI 人口4540万 戦没者約99.6万 人口比2.19%
> WW2 人口4760万 戦没者約45.1万 人口比0.94%
> です。これは英本国のみ、民間人を含む数字です。コモンウェルズ各国を含むとWW1で120万なんて数字があります。

 これは凄いですねえ。 第一次大戦の頃の兵器って、第二次大戦の頃のそれに比べたらまだまだ牧歌的ともいえるレベルなのに、それで第二次大戦よりも大量の人が死んだなんて・・・・。

 全く考えた事もありませんでした。

> 細かい数字はそちらを見ていただくとしてフランスは人口比で4.29%ドイツは3.82%です。フランスはこのため戦後たちあがれません。このために長期の人口停滞に陥りその傷は癒えていないともいえます。ドイツ人はこれだけの損害がありながら第2次大戦に打って出て人口比10%以上の損害を出しています。
>
> だから英国の戦没者追悼式典は第一次大戦の終戦に合わせて11月に行われています。ちなみに大日本帝国の大東亜戦争における損害は人口7140万で戦没者310万人口比4.37%です。まあ我が国やドイツから見たら甘ったれるな!という数字だという気はしますがどうでしょうか。

 そうですね。 沖縄戦で県民の一割が死んだと言われていますが、ドイツの場合は全土で沖縄戦をやったのだから当然の数字と言えば言えるのでしょうが、それにしても悲惨です。

 ちなみに人口比で最大の被害を出したポーランドは人口の2割が死んだそうですが、あれは言ってみれば往復ビンタで、ドイツが進撃する時と撤退するときと二回やられているから二割と言う事になるんでしょうね。

 自国領での地上戦の悲惨さを思い知る数字ですね。
 
> 問題はその辺りではなく英国の場合エリート層が率先して戦争に参加して大量の戦死を遂げています。これが戦間期には国力の低下を招いたと言われるほどの人的資源の枯渇になります。この時のエリート層の枯渇が第二次大戦後の英国の没落の大きな原因の1つです。これは長続きするし影響が大きいのです。
> 階級社会はこんな時に脆いのです。そのため戦後大学生の質が低下しアカどもが跳梁する原因になったとも言います。

 なるほどね。
 第一次大戦と第二次大戦の間は30年程ですからね。 人口が回復する暇がないと言うか、親の代と息子の代で、エリート層がごっそり減るわけですね。

 そう言えば数か月前イギリスのドラマで「ブライスヘッド再び」と言うのを見たのです。

 イギリスの上流階級を舞台にした青春ドラマなのですが、第一次大戦直後から第二次大戦の話ですが、連中戦時になると実に自然に何の衒いもなく軍隊に志願するんですよね。

 日本のドラマなら徴兵されるタイヘンだあ~~!! 大悲劇!! となるような感じの連中が、戦争だから志願するね。 言ってらっしゃい。 なんですよね。

 凄い!! と思うけど、これじゃ戦争が続けばホントにたちまち階級消滅になるでしょう。

> ちなみにもう一つ数字を出しておきましょう。WW1に使われた軍用機は6万機と言われています。これがWW2では22万機です。これは全世界の数字ですがWW1ではこれが殆ど英独国境の狭い地域に集中しました。第一次大戦は欧州諸国にとってはとんでもない損害だったのです。
>
> これは日本人には見落としがちな問題点です。まあ。英仏の事情が特殊だともいえますがね。

 なるほどね。 第一次大戦の頃は飛行機自体少ないのに、それが全部英独に集中って、つまり主戦場がそこだったと言う事でしょう?
 
 なるほど第一次大戦の傷が深いわけです。 
 
 そして第一次大戦で日本が余り英仏と助けなかった事が、後々対日感情を害するようになったのもわかりました。
  1. 2015-10-12 18:39
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> やはり、よもぎねこさまもご存じだったのですね。
> わりと最近になるまで、「日本国は無条件降伏した」がまかり通ってましたよね?

 これってアメリカと言うより、日本側のマスゴミや言論人が宣伝したからでしょうね。

 だって格別関心を持って調べる気がなく新聞やテレビだけ見ていれば、普通に「無条件降伏」とだけ言われたら、軍隊だけなんてわからないでしょう?

 それを敢えて解説しなければ、普通は皆「ああ、日本は国家として無条件降伏した」と思い込むのは当然なのです。

>ネットの発達でだんだんとそれが是正されて今に至る感じで。昔、辞書で無条件降伏を引くと「相手の条件を無条件に飲むこと」なんてのっていて、戦後日本の歪みがでてるなーwと笑ったもんです。

 未だにその歪みに執着している連中が今もマスゴミを仕切っていますから。
  1. 2015-10-12 18:45
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  3. よもぎねこ #-
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ルーズベルトの呪いを解く時です

興味深い話有難うございます。また皆さん良くご存知ですね。
所でこの件で私の知る事など。
最初にルーズベルトの死の原因ですが、最近ある医師が医学的観点から調査した本が出版されました。そこでの新事実から死因は多分皮膚がんが転移し、心臓発作に至ったんだろうと推定しています(ルーズベルトの市の秘密~三陽社刊)。
特に重要な事実はルーズベルトは本心を語るほど信用していたのは愛人のルーシーと遠縁のイトコのマーガレットだけだった事が分かった事でした。そんな事でルーズベルトの不可解な部分は多分その周りの女性たち、そしてその周りの共産主義者たち、こんな風に見るべきかなあと思っています。
特に妻のエレノアは共産主義者と言われ(wikiでは違うと書いてありますが)、戦後国連大使などをしています。今も人気が高いのですが、エレノアの思想を受け継いだのが多分ユネスコだろうと見ています。未だに日本を困らせています。
それからもう一人の重要人物は母親のサラ・デラノです。デラノ家は中国とのアヘン貿易で財を成した、サラはだから中国で生まれました。その後日清戦争で日本が勝ったのですが、日本がアヘンを何とかやめさせようとしていた事なんかが多分デラノ家には金儲けの邪魔をする憎い日本というイメージを作ったのでしょう。
だからルーズベルトは子供の頃は学校に入っていません(家庭教師だけ)ので、母親の影響が非常に強かったと思います。
つまりルーズベルトの反日は母親譲り、社会主義思想は妻から、こんな風に見えます。
こんな事を踏まえて戦後70年、やっとルーズベルトの呪いを解く時が来たように思っています。
  1. 2015-10-12 18:56
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  3. 短足おじさん二世 #-
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チャーチルについて

ノルマンディー上陸作戦だと英国人の被害が大きく成るのでもしくは英国の権益を守る為に、バルカン半島やアフリカの戦線を優先させたという説があります。ただこの戦略は、失敗だったと言われているそうです。

よもぎねこさんの記事に触発されて「チャーチルの愛した日本」著:関榮次 を読んでいます。題名は感傷的ですが、外交文書などを参考に書いていて、そのなかで次の二点が目につきました。

①1933年チャーチルからボールドウイン首相宛の書簡より P150~151

「日本は世界の果てにあるのです。日本が我々の死活的な安全を脅かすことはありません。日本との戦争で唯一戦う価値のあるものは、豪州への侵略を防ぐものです。そのような戦争は、我々や我々の子供たちが予見しなければならない遠い将来でもあり得ないことは確かでしょう。。そこで私は日本との戦争は、合理的な考えの政府が検討すべき可能性ではないと確信します。」*引用終わり

英国人が合理的に考えたら上記のようなものになるのは、納得できます。ただ、いざ対独戦が始まってから、米国を引き込むのに真珠湾攻撃を喜んだというのも現実的な考えだと思います。

②英国の公式対日戦記より P183

・・・戦争の最重要な結果は、日本に代わり共産中国が台頭し、西欧植民地が暫時消滅したことであり、さらに、日本は南方支配と大東亜共栄圏の樹立には失敗したが、西欧植民地国家をアジアから退場させるのに成功した事であると結論している。*引用終わり

正確に分析しているのは、流石です。これだから、英国は面白いです。

そして、戦争の裏でポンドからドルへと覇権をめぐって、英米は熾烈な通貨戦争をしていたそうです。英国はケインズを擁していましたが、ブレトン・ウッズ協定及び国際通貨基金 の発足にあたって、イギリスのケインズ案とアメリカのホワイト案が英米両国の間で討議されましたが、IMFはホワイト案に近いものとなり、以後世界ではドルが基軸通貨となりました。

谷口智彦さんの「通貨燃ゆ」によると、ホワイトは米国の国力を背景に「ハル・ノート」のような苛烈な要求を叩きつけ、英国は加我の国力を冷静に判断しそれを呑んだそうです。そしてこの戦いのあとケインズはほどなく亡くなりました。まさに、英国の覇権を賭けた戦いの末の戦死だと思います。

この本を読むまで、英米の関係は仲良しこよしだと勘違いをしていました。上辺は綺麗に見せていても、裏ではいろいろ大人の事情があるのだと勉強致しました。

短足おじさんのコメントの、ルーズベルトの母サラ・デラノが中国生まれであり妻は社会主義者というのも凄いことですね。日本の戦後は、このルーズベルトの政策が随分影響しているみたいで興味深いです。
  1. 2015-10-13 09:44
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  3. 都民です。 #-
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Re: ルーズベルトの呪いを解く時です

> 興味深い話有難うございます。また皆さん良くご存知ですね。

 本当によくご存知です。 いつもコメントで勉強させてもらっています。

> 所でこの件で私の知る事など。
> 最初にルーズベルトの死の原因ですが、最近ある医師が医学的観点から調査した本が出版されました。そこでの新事実から死因は多分皮膚がんが転移し、心臓発作に至ったんだろうと推定しています(ルーズベルトの市の秘密~三陽社刊)。
> 特に重要な事実はルーズベルトは本心を語るほど信用していたのは愛人のルーシーと遠縁のイトコのマーガレットだけだった事が分かった事でした。そんな事でルーズベルトの不可解な部分は多分その周りの女性たち、そしてその周りの共産主義者たち、こんな風に見るべきかなあと思っています。
> 特に妻のエレノアは共産主義者と言われ(wikiでは違うと書いてありますが)、戦後国連大使などをしています。今も人気が高いのですが、エレノアの思想を受け継いだのが多分ユネスコだろうと見ています。未だに日本を困らせています。
> それからもう一人の重要人物は母親のサラ・デラノです。デラノ家は中国とのアヘン貿易で財を成した、サラはだから中国で生まれました。その後日清戦争で日本が勝ったのですが、日本がアヘンを何とかやめさせようとしていた事なんかが多分デラノ家には金儲けの邪魔をする憎い日本というイメージを作ったのでしょう。
> だからルーズベルトは子供の頃は学校に入っていません(家庭教師だけ)ので、母親の影響が非常に強かったと思います。
> つまりルーズベルトの反日は母親譲り、社会主義思想は妻から、こんな風に見えます。
> こんな事を踏まえて戦後70年、やっとルーズベルトの呪いを解く時が来たように思っています。

 なるほどね。

 本当にルーズベルトのやったことは、アメリカの国益から考えると理解不能です。

 アメリカの国益の為に有権者を騙して戦争をしたと思えるモノがあれば理解しやすいのですが、しかしそういうモノは殆ど見当たらずむしろこの戦争一番利益を得たのはソ連と中国共産党なのですから。

 ウェデマイヤーはこの本を書いた理由も、こうした第二次大戦に対する反省からです。

 結局ルーズベルトの行動を説明するには、短足おじさんが仰るように、彼が共産主義者に非常なシンパシーを持っていたとか、日本やドイツに政治的な合理性を超えた憎悪、ヒトラーのユダヤ人への憎悪と同類の憎悪を持っていたぐらいしかないのです。

 そうなると仰るようにルーズベルトの呪いと言うのは、実に恐ろしいモノではありませんか?

 
  1. 2015-10-13 11:27
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  3. よもぎねこ #-
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Re: チャーチルについて

> ノルマンディー上陸作戦だと英国人の被害が大きく成るのでもしくは英国の権益を守る為に、バルカン半島やアフリカの戦線を優先させたという説があります。ただこの戦略は、失敗だったと言われているそうです。

 ホントに大失敗です。 
 こんな事で時間を潰して間に日本は植民地の独立軍を育てていたのですから。 イギリスが植民地を失った責任はチャーチルにあるのです。

> よもぎねこさんの記事に触発されて「チャーチルの愛した日本」著:関榮次 を読んでいます。題名は感傷的ですが、外交文書などを参考に書いていて、そのなかで次の二点が目につきました。
>
> ①1933年チャーチルからボールドウイン首相宛の書簡より P150~151
>
> 「日本は世界の果てにあるのです。日本が我々の死活的な安全を脅かすことはありません。日本との戦争で唯一戦う価値のあるものは、豪州への侵略を防ぐものです。そのような戦争は、我々や我々の子供たちが予見しなければならない遠い将来でもあり得ないことは確かでしょう。。そこで私は日本との戦争は、合理的な考えの政府が検討すべき可能性ではないと確信します。」*引用終わり
>
> 英国人が合理的に考えたら上記のようなものになるのは、納得できます。ただ、いざ対独戦が始まってから、米国を引き込むのに真珠湾攻撃を喜んだというのも現実的な考えだと思います。

 なるほどそれなりに合理的な発想をもっていたのですね。
 しかしアメリカと一緒になって日本を挑発したりするから、植民地を失うハメになったのです。 本来なら何とか日本を対独戦に引っ張り込むように努力したらよかったのに。

> ②英国の公式対日戦記より P183
>
> ・・・戦争の最重要な結果は、日本に代わり共産中国が台頭し、西欧植民地が暫時消滅したことであり、さらに、日本は南方支配と大東亜共栄圏の樹立には失敗したが、西欧植民地国家をアジアから退場させるのに成功した事であると結論している。*引用終わり
>
> 正確に分析しているのは、流石です。これだから、英国は面白いです。

 おお、さすがですね。 全くその通りですものね。

 ついでに言えば日本の戦争目的を考えたら別にイギリスの植民地を奪う必要はないのです。 植民地が独立して独自外交が可能になれば、もうブロック経済体制を作って日本を締め出すなんてことはできなくなります。

 それで十分なのです。

 実際そうなったので、日本は戦後思う存分アジア市場に進出できたのです。 そして経済発展できたのです。

> そして、戦争の裏でポンドからドルへと覇権をめぐって、英米は熾烈な通貨戦争をしていたそうです。英国はケインズを擁していましたが、ブレトン・ウッズ協定及び国際通貨基金 の発足にあたって、イギリスのケインズ案とアメリカのホワイト案が英米両国の間で討議されましたが、IMFはホワイト案に近いものとなり、以後世界ではドルが基軸通貨となりました。
>
> 谷口智彦さんの「通貨燃ゆ」によると、ホワイトは米国の国力を背景に「ハル・ノート」のような苛烈な要求を叩きつけ、英国は加我の国力を冷静に判断しそれを呑んだそうです。そしてこの戦いのあとケインズはほどなく亡くなりました。まさに、英国の覇権を賭けた戦いの末の戦死だと思います。

 これは興味深いです。 ワタシもこの本探してみます。

> この本を読むまで、英米の関係は仲良しこよしだと勘違いをしていました。上辺は綺麗に見せていても、裏ではいろいろ大人の事情があるのだと勉強致しました。

 そうなのです。 「イギリス紳士達はユーモアのセンスと教養に満ちて高潔で非常に魅力的な人達なのですが、しかしことイギリスの国益に関しては、一致団結して同盟国を騙す事に何のためらいもなかった。」とウェデマイヤーも書いています。

 彼はこれで何度もこのイギリス紳士達に臍を噛まされているのです。

 こういう事を考えたら日米同盟だって安易に友好だけで済むはずもないのですよね。

> 短足おじさんのコメントの、ルーズベルトの母サラ・デラノが中国生まれであり妻は社会主義者というのも凄いことですね。日本の戦後は、このルーズベルトの政策が随分影響しているみたいで興味深いです。

 そうでしょう。 実はGHQには実に沢山の共産主義者がいたそうです。 そして日本占領の最初の5年間、GHQと日本共産党は蜜月と言える程甘い関係でした。

 だから日本共産党がGHQ史観を墨守し続け、志位和夫がポツダム宣言を振りかざすのも当然なのです。

 そしてこの時期GHQが日本に労働組合を作り、その時組合の幹部として日本共産党が入り込んでいるのです。 

 これが正にルーズベルトの呪いでしょう。
  1. 2015-10-13 11:43
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

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