2015-10-09 22:41

チャーチルの奇怪 ウェデマイヤー回想録

 先日「ウェデマイヤー回想録 第二次大戦に勝者なし」を読みました。

 著者のアルバート・ウェデマイヤーはアメリカ陸軍参謀長マーシャル将軍の直属の部下だった参謀で、1940年11月ルーズベルトが大統領に就任すると直ぐに、立案を命じ「勝利の計画」つまりアメリカが日本とドイツを相手に戦う場合の作戦計画の立案に当たった人物です。

 彼はこの計画で作戦遂行に必要な、膨大な戦略物資の調達計画や、その為の労働者の動員計画まで立案したのです。

 そして1941年12月8日日本の真珠湾攻撃で、アメリカが第二次大戦に参戦すると、直ぐにイギリスに派遣されて、イギリス軍と共にヨーロッパ戦線での作戦遂行に従事する事になりました。

 彼はこの任務で、イギリス軍のトップ等だけでなく、チャーチル始めイギリス政界のトップとも多くの折衝を重ねる事になります。

 このような立場の人の回想録なので、第二次大戦の英米の意思決定過程が、克明に描かれています。

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 しかし折衝を重ねながら見たイギリス側の対応は何も奇怪なモノでした。

 イギリスはアメリカが参戦する二年余り前、ドイツのポーランド侵攻に抗議して、1939年9月3日にドイツに宣戦を布告しました。 しかし勇ましく大陸に侵攻したイギリス軍はドイツ軍の返り討ちにあって、1940年5月末にはダンケルクからの撤退する事になりました。
 そしてその年の9月には、ドイツ軍によるロンドン空爆が始まります。

 1941年12月にアメリカが参戦し間もなく、ウェデマイヤーがイギリスに派遣されたときには、ロンドンは既に灯火管制が行われ、物資も欠乏し始めていました。
 
 ドイツ軍の空爆に対抗する高射砲には婦人部隊が配備されていました。 男性の兵士の多くは既に海外の戦線に送られていたのです。

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 このような状況でのアメリカの参戦はイギリスにとってまさに天の助けでした。
 チャーチルは真珠湾攻撃でアメリカが参戦する事を知って、初めて安眠できたと言います。

 こうした戦況で、ウェデマイヤーが用意した作戦は、英仏海峡を渡ってヨーロッパ大陸に大軍を送り込み、ドイツ本国を攻撃すると言うモノでした。 つまり後のノルマンディー上陸作戦の原型なのです。

 そしてその作戦の指揮はアイゼンハワー将軍がとる事も早々と決まっていました。

 ウェデマイヤーは実はこの作戦を、できるだけ早期に1942年中には遂行して、一期に戦争を終了させる計画だったのです。

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 ところがこの作戦にイギリス側は乗ってこないのです。 実行しようとすると様々な障害、例えば上陸用舟艇など物資の不足などの問題を言い立てて反対する。
 英米の軍人だけの会議で作戦遂行が決定しても、チャーチルが乗り出してアメリカの政界側に働きかけて打ち壊してしまう。

 こんな事が続くのです。

 そしてイギリス側が提案するのは、北アフリカ、トルコ、バルカンなど戦争の周辺部での作戦なのです。 そしてそういう作戦をやるとなると、なぜか不足しているはずの物資が全て調達できて、とんとん拍子で作戦遂行へ進み始めるのです。

 そしてこうした作戦を行うと、そちらに兵員と物資を取られて、大陸上陸作戦は更に延期される事になります。

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 勿論そういう作戦にだって一定の合理性はあるのです。 だからアメリカ側のそれに参加し、それどこか物資や兵員の多数はアメリカ側が提供するのですが、しかしこれでは戦争の早期終結にはならないのでは?

 「敵と戦う事は、相手の喉笛に食らいつく事だ」と考えていたウェデマイヤーには、こうしたイギリス側の対応は、すこぶる納得のできない奇怪なモノでした。

 ウェデマイヤーの回想録では、こうしたイギリスの意図について、個人的な憶測の記述は殆ど書いていません。 いかにも軍人らしく自分が体験した事実の記述だけを書くように務めています。

 しかしそれでもこうしたイギリスの意図について、「イギリス側はイギリスの権益を確保するのに有利な作戦にアメリカ軍を利用しっようとしているように見える」と書いているのです。

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 実際そうとでも思わないとこのチャーチルの対応は理解不能なのです。

 このチャーチルの対応を見ていると、自国の首都が空爆されて、自力での戦争遂行も厳しくなっているのに、戦争の終結を急ぐよりも、戦争をしている間に精々アメリカ軍を利用して、北アフリカやトルコやバルカンへのイギリスの権益を広げたかったのでは?と思えてしまうのです。

 だから早期の戦争終結は望んでいない。 戦争が早期に終わればアメリカの褌を借りて相撲を取ることはできなくなってしまいますから。

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 そしてチャーチルとルーズベルトは、更に戦争の終結を遅らせる措置を取ります。
 1943年1月にチャーチルとルーズベルトはカサブランカで会談して、枢軸国に無条件降伏を要求する事を確認します。

 無条件降伏などと言う条件を付けられたら、敗戦した側はどんな目に遭わされるわからないので、最後の最後まで戦うしかありません。 こんな事をしたら益々戦争の終結は遅れるし、連合国側の被害も増えるのです。

 しかもウェデマイヤー等アメリカ軍の首脳には、戦争終結が遅れる事に対するもう一つの不安がありました。 それはスターリングラードの死闘以降、巻き返しかかったソ連軍の侵攻です。

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 英米は第二次大戦では敵の敵は味方と言う理論から、ソ連には膨大な支援をしていました。 その支援を梃にソ連軍は東欧を制覇しつつあったのです。 

 本当にこのままソ連を侵攻させ続けて良いのか?
 一刻も早くドイツを降伏させて、ソ連軍への援助も打ち切るべきでは?
 ソ連軍にドイツを征服させて良いのか?

 しかしチャーチルもルーズベルトもこうしたウェデマイヤー等の不安を無視しました。

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 冷戦時代のアメリカを知るモノとしては実に異様に思えるのですが、しかし第二次大戦中はアメリカではウェデマイヤーのような軍人でさへソ連の悪口を言うのははばかられたのです。 ソ連への不信や不安を大っぴらに言うと、周りから不信の目で見られてしまうようなムードがあって、ウェデマイヤーもこうした話をする時は、慎重に注意深くしなければならなかったと言います。

 けれどもソ連軍の侵攻をアメリカ以上に恐れていたのは実はドイツ軍の幹部たちでした。
 カサブランカ会談の頃には、ドイツの幹部達もドイツの敗戦を覚悟し始めていました。 その場合彼等が最も恐れたのは、ドイツがソ連に占領される事でした。

 だからこの頃からドイツ軍の一部から、英米の占領を条件にドイツの降伏を打診するようになります。 ソ連占領される前にクーデターを起こしてヒトラー政権を倒し、英米に降伏すると言う計画が練られるようになります。

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 しかしルーズベルト等はこうしたドイツ軍の動きを知りながら完全に無視します。

 こうして戦争の終結は遅れ続け、その間にソ連は東欧の占領地を広げて行きました。

 1944年6月にようやくノルマンディ上陸作戦が遂行されました。 
 ドイツが降伏したのその翌年1945年5月7日です。 しかしその5日前にソ連軍がベルリンを占領していました。

 そしてその頃になってようやくアメリカは、それまで自分達が援助し続けた相手の正体に疑念抱くようになるのです。

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 それにしてもこの戦争でチャーチルは何を得ようとしていたのでしょうか?

 ウェデマイヤーによればアメリカは最後までチャーチルに良いように振り回されたのです。 
 
 本来であれば、イギリスはアメリカのお助けなしでは、本国の存続も危うくなっているような有様で、一方アメリカはイギリスがドイツに降伏しても直接危険が及ぶわけでもありませんでした。

 そもそもアメリカが真珠湾攻撃でいきなりヨーロッパ戦線に参戦した事も奇怪な話だと言います。
 だって日本から宣戦布告されたのですから、日本と戦争するのはわかります。

 でもドイツはアメリカと戦う意思なんかありませんでした。 ドイツは第一次大戦でアメリカの工業力に敗れていますから、アメリカとの戦いはできる限り避けるつもりだったのです。

 だからルーズベルトがいろいろ挑発しても、ヒトラーは自重してアメリカとの戦争を避け続けたのです。

 それなのに日本から宣戦布告をされたら、なぜかいきなりアメリカからドイツに宣戦布告です。
 これってオカシイでしょう?

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 ついでに言うとドイツはイギリスとも戦争する気はなかったのです。 ヒトラーは純然たるナチス式の人種論から、ドイツ人とは人種的にきわめて近いイギリスにヘンな片思いがありました。 そしてドイツ軍の戦争目的は、チェコはポーランドなど東欧の支配でしたから、イギリスに手を出す意思はなかったのです。

 ウェデマイヤーはこうした状況で早々とドイツに宣戦布告をしたイギリスの判断を愚かだと言います。 勿論イギリスの尻馬に乗って飛び出したルーズベルトにも強い不信も持つようになります。

 ナポレオン戦争時のイギリス首相ピットなら、こんな判断はしなかっただろう。
 ナポレオン戦争時、イギリスは海軍で海洋封鎖はしたけれど、ヨーロッパ大陸での戦いには最後の最後になって、戦争の帰趨が決まる頃までは手を出しませんでした。

 そうする事でヨーロッパ大陸の国々が、ナポレオン側も反ナポレオン側も双方戦いで疲弊させて置いて、自分はその間にこれらの国々の海外植民地をかっぱらったりしていたのです。

 そして最後にフランスにヨーロッパ大陸に陸軍を送り込んで、イギリスの手でフランスに留めを刺したのです。
 これでイギリスは最小の犠牲で最大の成果を得たのです。
 
 しかし第二次大戦でのチャーチルの対応は、このようなイギリスの伝統的外交からほど遠いお粗末さでした。

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 イヤ、チャーチルだって有能なんですよ。 実際アメリカ軍を思いっきり利用しまくって、自分のやりたいようにヨーロッパ戦線を仕切ったのですから。 
 その老獪さにアメリカ側は手の足も出なかったのです。

 しかし結局チャーチルの大活躍の結果、イギリスは戦勝国にはなったけれど、植民地を全部失って日の没する事のない超大国から、タダの国に没落したのです。

 ちなみにチャーチルはトコトン日本を舐めていたようですね。 だって「日本の真珠湾攻撃を聞いて初めて安眠できた」って?

 アンタそんなこと言ってるから、イギリスの植民地が全部独立しちゃったんだよ。
 わかってるの?

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 でも全然わからなかったのでしょう。 日本が降伏した後、イギリスは日本軍に奪われた植民地を再度奪還しようとします。 更にタイのように元々イギリスの植民地でなかった所にまで手を出そうとします。

 しかし新しい植民地を得るどころか、インドのように日本軍が進駐しなかった所まで全部独立するハメになったのです。

 それでもイギリス人とすればチャーチルを英雄と言う事にするしかないのでしょう。
 だってチャーチルを否定したら、イギリスの勝利が余りと言えば余りに惨めになるではありませんか? 

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 幾ら歴史を直視するべきと言われても、こんな歴史を直視できる程タフな民族はそうはいないのですから。
  1. 古本
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コメント

英国もソ連に謀略で蝕まれていたのでは?

 ヴェノナ暗号解読プロジェクトによって、当時の米国上層部がソ連シンパに操られていたということが判明していますが、イギリスも似たり寄ったりの状況だったのではないかという疑いが出てきますね。いや、これは何の物的証拠もない憶測にしか過ぎませんが、研究していくとどうなるのでしょうね?
  1. 2015-10-10 00:57
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  3. 凍え馬 #-
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門番の猫はウェデマイヤー猫?
  1. 2015-10-10 07:56
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  3. #LkZag.iM
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Re: 英国もソ連に謀略で蝕まれていたのでは?

>  ヴェノナ暗号解読プロジェクトによって、当時の米国上層部がソ連シンパに操られていたということが判明していますが、イギリスも似たり寄ったりの状況だったのではないかという疑いが出てきますね。いや、これは何の物的証拠もない憶測にしか過ぎませんが、研究していくとどうなるのでしょうね?

 そういう可能性はあるでしょう。
 
 しかしウェデマイヤーの回想を読んでいると、イギリス軍参謀や高級官僚達は、チャーチルの指揮のもとに実に見事に一致団結してアメリカに対応しており、それに比べてアメリカ側にはそうした団結が無かったと言うのです。

 アメリカ側は軍も官僚も「ファシズムに勝つ」と言う一般国民にされたのと同様の目的だけしかなく、それ以上に「この戦争をどのように国益に結び付けるか?」「戦後にはどのような体制を作りたいのか?」と言った事には、何のプランもなかったと言うのです。

 だからそれを描いていたチャーチルに振り回される事になったのです。

 軍事力では第二次大戦勝利はアメリカの力なのに、しかしながら当のアメリカには勝利以降のプランは何もなく、その為それを持った連中にアメリカの力を利用されただけに終わったと言うのです。

  1. 2015-10-10 10:50
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 門番の猫はウェデマイヤー猫?

 この子は散歩中に会った子です。 二匹は兄弟らしく同じお宅の周りで遊んでいました。 
 可愛い子ですよね。
  1. 2015-10-10 10:51
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  3. よもぎねこ #-
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この辺の戦中戦後史は、徳富蘇峰翁の「勝利者の悲哀」(昭和27年初版講談社)という小著に詳しく書かれています。
明治初期からの大ジャーナリストの最晩年の著ですが、同時代評論として、今読んでも非常に読み応えがあります。
何度か再版もされており、今でも廉価で容易に入手できるようなので、もし未読であればお薦めいたします。

蘇峰翁は、外交駆け引きの多い国(狡猾な国?)として、1にソ連、2に中国、3に英国をあげています。
この辺は今も変わらないかもしれませんねえ(苦笑)
  1. 2015-10-10 14:08
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  3. 二郎 #-
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 英米など海外から見た近現代の本は、学生時代から少し興味があり図書館で探したりしましたがWGIPかプレスコードのせいか、第二次世界大戦を書いたものはあまり見つけられませんでした。なんだか情報封鎖されてたみたいで、まさに「閉ざされた言語空間」です。

 「ウェデマイヤー回想録」の記事を読んでいて、米国の理想的な軍人の視点がとても好ましいと思いました。そしてチャーチルの複雑怪奇な動きは、想像も出来ませんがきっと英国の国益になる何かの為に悪企みを実行したのではと思います。どうもアングロサクソンは、転んでもタダでは起きないような感じがしてしまいます。

 あの大戦中に英国から米国へと覇権が移行しつつあり、裏で熾烈な戦いがあったそうです。それも関係しているのかどうか、アングロサクソンの外交は非常に分りにくいですが面白いです。

 記事の続編を楽しみにしています。
  1. 2015-10-10 14:34
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  3. 都民です。 #-
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思い当たることばかりです

面白い本の紹介、ありがとうございます。
第二次大戦の実像が、徐々に明らかになってきます。
紹介いただいている事項、思い当たることばかりです。

>チャーチルとルーズベルトはカサブランカで会談して、
>枢軸国に無条件降伏を要求する事を確認します。

チャーチルは、エジプトでの権益を守ること、そのため地中海の制海権確保が至上命題であり、ヨーロッパ大陸への侵攻など関心がなかったのでしょう。
北アフリカの戦いやトーチ作戦(アルジェリアなどへの上陸)に熱心だったようです。
無条件降伏しか認めないことも、ルーズベルトがゴリ押ししたものだと言われています。

>ヒトラーは自重してアメリカとの戦争を避け続けた
>なぜかいきなりアメリカからドイツに宣戦布告

ルーズベルトが参戦したかったことはよく言われています。
日本の真珠湾攻撃は絶好の機会だったはずです。

それでもドイツと戦争するのは名分に困っていたが、幸いドイツの方から宣戦布告してきた。
と、ある戦争記録番組で解説していました。
真偽は不明ですが、三国同盟の関係から、ありうることです。
いずれにしても、ドイツはいやいやながら、アメリカは好戦的だったことはわかります。
  1. 2015-10-10 18:48
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  3. 道草人 #-
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Re: タイトルなし

> この辺の戦中戦後史は、徳富蘇峰翁の「勝利者の悲哀」(昭和27年初版講談社)という小著に詳しく書かれています。
> 明治初期からの大ジャーナリストの最晩年の著ですが、同時代評論として、今読んでも非常に読み応えがあります。
> 何度か再版もされており、今でも廉価で容易に入手できるようなので、もし未読であればお薦めいたします。

 有難う御座います。 取りあえず図書館を検索して、なければ買おうと思います。

> 蘇峰翁は、外交駆け引きの多い国(狡猾な国?)として、1にソ連、2に中国、3に英国をあげています。
> この辺は今も変わらないかもしれませんねえ(苦笑)

 第二次大戦の関しては全くこの順序になりましたね。 

 アメリカは強大な軍事力を持ち、更に暗号解読等でも十分な情報を得ていながら、なぜ完全にこれらの同盟国に利用されてしまいました。 
 そうなると、ルーズベルトの参戦の意図が益々不可解なのです。
  1. 2015-10-10 20:16
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  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

>  英米など海外から見た近現代の本は、学生時代から少し興味があり図書館で探したりしましたがWGIPかプレスコードのせいか、第二次世界大戦を書いたものはあまり見つけられませんでした。なんだか情報封鎖されてたみたいで、まさに「閉ざされた言語空間」です。

 この本は図書館で借りました。 都民さんも図書館の蔵書検索をするとでると思います。

 第二次大戦に勝者なし〈上〉ウェデマイヤー回想録 (講談社学術文庫) 文庫 – 1997/6
 http://www.amazon.co.jp/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AB%E5%8B%9D%E8%80%85%E3%81%AA%E3%81%97%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%87%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC%E5%9B%9E%E6%83%B3%E9%8C%B2-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBC-%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%87%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC/dp/4061592866 

>  「ウェデマイヤー回想録」の記事を読んでいて、米国の理想的な軍人の視点がとても好ましいと思いました。そしてチャーチルの複雑怪奇な動きは、想像も出来ませんがきっと英国の国益になる何かの為に悪企みを実行したのではと思います。どうもアングロサクソンは、転んでもタダでは起きないような感じがしてしまいます。

 そうです。 読んでいてこの著者ウェデマイヤーの人柄に惹かれます。 高級軍人の資質ってこういうモノか?って思うような所がいろいろ出てそれも興味深いです。

 その上表紙にこのウェデマイヤーの写真が使われているのですが、この人凄くハンサムなんです。

 ちなみに彼は父方ドイツ系母方アイルランドですからアングロサクソンではないのです。 アメリカって実はドイツ系凄く多いのです。

>  あの大戦中に英国から米国へと覇権が移行しつつあり、裏で熾烈な戦いがあったそうです。それも関係しているのかどうか、アングロサクソンの外交は非常に分りにくいですが面白いです。

 ホントの所チャーチルがどんな策を持っていたかはよくわかりません。 しかし散々策を弄して、戦争の引き伸ばしをやっている間に、日本軍はイギリス植民地から「白人は絶対的に強く逆らえない」と言う幻想を壊していったのです。 そして現地の人達を官僚や軍人になるべく教育していったのです。

 もし戦争の終結は早ければ、植民地の独立は不可能だったでしょう。

>  記事の続編を楽しみにしています。

 有難う御座います。 まだ書きたい事があるので書きます。
  1. 2015-10-10 20:26
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 思い当たることばかりです

> 面白い本の紹介、ありがとうございます。
> 第二次大戦の実像が、徐々に明らかになってきます。
> 紹介いただいている事項、思い当たることばかりです。
>
> >チャーチルとルーズベルトはカサブランカで会談して、
> >枢軸国に無条件降伏を要求する事を確認します。
>
> チャーチルは、エジプトでの権益を守ること、そのため地中海の制海権確保が至上命題であり、ヨーロッパ大陸への侵攻など関心がなかったのでしょう。
> 北アフリカの戦いやトーチ作戦(アルジェリアなどへの上陸)に熱心だったようです。
> 無条件降伏しか認めないことも、ルーズベルトがゴリ押ししたものだと言われています。

 真面目に考えればできるだけ早い戦争の終結を望むべき2人が、こうしてひたすら戦争の引き伸ばしを図っているのですから、実に異様な話なんですね。

 チャーチルがこんな小細工に熱中している間に、日本軍はアジアで植民地独立の闘士達を育てていたのに。

> >ヒトラーは自重してアメリカとの戦争を避け続けた
> >なぜかいきなりアメリカからドイツに宣戦布告
>
> ルーズベルトが参戦したかったことはよく言われています。
> 日本の真珠湾攻撃は絶好の機会だったはずです。
>
> それでもドイツと戦争するのは名分に困っていたが、幸いドイツの方から宣戦布告してきた。
> と、ある戦争記録番組で解説していました。
> 真偽は不明ですが、三国同盟の関係から、ありうることです。
> いずれにしても、ドイツはいやいやながら、アメリカは好戦的だったことはわかります。

 これワタシの読み違いかも知れません。

 しかしウェデマイヤーによれば、アメリカは日本との戦争に専心して、ドイツとの戦争は日本に勝ってからでも良かったので入っています。
 
 いかにアメリカと雖も、二正面作戦をやると物資も兵力も十二分には供給できないので、日本を片付けてから、ドイツにかかった方が結局戦争の終結は早かったのでは? と言うのです。

 いずれにせよドイツの自重を吹き飛ばしたのが実は日本の真珠湾攻撃だったのです。 自慢になりません。
  1. 2015-10-10 20:39
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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先を見通せない鈍感

山岡荘八は著書小説太平洋戦争の中で、
戦争の背後にうごめくコミンテルンなどの陰謀について感じていたことをかなり詳しく書いていました。

真珠湾攻撃を大義名分にやられたら全方位やり返す式にプロパガンダを煽ったアメリカ、

植民地権益の拡大を夢見たイギリス

とあったと思いますが、日本とドイツがなくなれば東西反共防波堤がなくなるのだ、というシンプルな事実を巧みに隠蔽したコミンテルンが最も利益を得た勢力でしょう。
戦後、赤狩りをやらなければならなかったほどアメリカにもコミンテルンのスパイが多数入り込んでいたわけですが、

民主主義の弱点をつかれて敵のスパイに国内で跳梁されるアメリカの構造は今も変わっていないですね。

政府筋ではシナチクに買収されたアメリカ要人をプロチャイナと呼ぶそうです。

よい著書のご使用ありがとうございます。
  1. 2015-10-10 21:58
  2. URL
  3. ガンダム #iL.3UmOo
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Re: 先を見通せない鈍感

> 山岡荘八は著書小説太平洋戦争の中で、
> 戦争の背後にうごめくコミンテルンなどの陰謀について感じていたことをかなり詳しく書いていました。
>
> 真珠湾攻撃を大義名分にやられたら全方位やり返す式にプロパガンダを煽ったアメリカ、
>
> 植民地権益の拡大を夢見たイギリス
>
> とあったと思いますが、日本とドイツがなくなれば東西反共防波堤がなくなるのだ、というシンプルな事実を巧みに隠蔽したコミンテルンが最も利益を得た勢力でしょう。
> 戦後、赤狩りをやらなければならなかったほどアメリカにもコミンテルンのスパイが多数入り込んでいたわけですが、
>
> 民主主義の弱点をつかれて敵のスパイに国内で跳梁されるアメリカの構造は今も変わっていないですね。

 山岡壮八がそんな小説を書いていたのですか。 
 
 これ当にウェデマイヤーが描く第二次大戦そのモノですね。

 実際国際社会では敵は一つではないので、目の前の敵との戦いに熱中する間に、別の敵が漁夫の利を得ている、更に目の前の敵を倒した事で別の敵への防波堤を壊してしまうと言うのは、よくある事なのです。

 イギリスは嘗ては地理的位置をフルに生かして、大陸の敵同志が戦い続けて疲弊する間に、漁夫の利を得ると言う外交をやりまくってあの広大な植民地を得たのです。

 ところが第二次大戦では、自分がドイツとの死闘に飛び込んで、ソ連を強大化させたばかりか、植民地も全部失うと言う体たらくでした。
 
 全く先が見えていなかったのです。

> 政府筋ではシナチクに買収されたアメリカ要人をプロチャイナと呼ぶそうです。

 ピッタリの呼び名ですね。

> よい著書のご使用ありがとうございます。

 どういたしまして。 本当に良い本でした。 
 この本は実は結構作戦や軍事に着いても詳しく書いています。 だから本当はガンダムさんのように軍事詳しい方が読むともっと面白いのでは?
  1. 2015-10-11 11:55
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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米国の参戦日付

日本は米国時間の1941.12/7に対米宣戦布告をし米国は12/8に参戦しています。
これに対してドイツは12/11対米参戦義務がないにもかかわらず戦線を布告します。
同日中に米国はドイツに宣戦を布告、形式的には売られた喧嘩を買ったという形になってます。

これは今日に至るまで第二次大戦の最大の謎とされています。まあいろいろ後知恵で言われていますがもし日本がドイツに対して対米参戦は無用と言われたら米国はものすごく苦しんだはずです。まさにチャーチルの描いたプランが画餅に帰す事になりかねなかったからです。

まあこれをやった所で米国鳩から無理やり参戦したでしょうがそのあ立ち上がりは遅れたでしょうし対日戦争で米国が一本にまとまるのは相当困難だったはずです。

チャーチルに関して言えばまさに米国の力を利用し、大英帝国の存続を図るということをやりました。しかしこれは後から大変なしっぺ返しを喰らいます。当時の対英レンドリース総額は現在の価額にして4000億ドルを超えています。これらは結局返済されませんでしたが、1945年9月にレンドリースが打ち切りとなった後に英国に届いた分以降は返済義務が生じます。これで当時で10億7000万ポンドですがこれが金利2%で50年年賦、返済は2006年までかかってます。
だから戦後英国は大変な戦後不況に見舞われます。もし北海油田が見つからなければ英国は大変なことになっていたはずです。ジョージ・オーウェルは「1984」で未来の悲惨な社会主義下の英国を描いていますが、あれは実際の1948年の英国の姿だったといいます。

チャーチルの心にうちは分かりませんが本音は戦争を長引かせ独露の共倒れを狙ったともいいますが結局失敗だったと言わざるおえません。

大日本帝国とするならば、1940年中に対ソ参戦、これを片付けてから対英蘭参戦、米国がしびれを切らしてけんかを売ってきたらそれを買うという形にするのが一番良かったはずです。やってることがマリにナイーブだったと言わざるおえません。
  1. 2015-10-11 22:26
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  3. kazk #cPv2SIBE
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Re: 米国の参戦日付

> 日本は米国時間の1941.12/7に対米宣戦布告をし米国は12/8に参戦しています。
> これに対してドイツは12/11対米参戦義務がないにもかかわらず戦線を布告します。
> 同日中に米国はドイツに宣戦を布告、形式的には売られた喧嘩を買ったという形になってます。
>
> これは今日に至るまで第二次大戦の最大の謎とされています。まあいろいろ後知恵で言われていますがもし日本がドイツに対して対米参戦は無用と言われたら米国はものすごく苦しんだはずです。まさにチャーチルの描いたプランが画餅に帰す事になりかねなかったからです。

 有難う御座います。 
 
 それではワタシが間違っていたのですね。
 しかし本当に不思議ですね。 何でドイツはワザワザ宣戦布告をしたのでしょう?

 それまでルーズベルトの挑発をすべてシカトしたのに。 第二次大戦最大の謎とされるのも当然ですね。
 
> まあこれをやった所で米国鳩から無理やり参戦したでしょうがそのあ立ち上がりは遅れたでしょうし対日戦争で米国が一本にまとまるのは相当困難だったはずです。

 そうでしょうね。 アメリカには実はドイツ系は凄く多くて、しかも日系人と違って社会的地位は高かったのです。 ドイツ系の人々などドイツとの戦争は望んでいなかったと言います。
 それを米国から宣戦布告すれば結構厄介なことになっていたでしょう。

> チャーチルに関して言えばまさに米国の力を利用し、大英帝国の存続を図るということをやりました。しかしこれは後から大変なしっぺ返しを喰らいます。当時の対英レンドリース総額は現在の価額にして4000億ドルを超えています。これらは結局返済されませんでしたが、1945年9月にレンドリースが打ち切りとなった後に英国に届いた分以降は返済義務が生じます。これで当時で10億7000万ポンドですがこれが金利2%で50年年賦、返済は2006年までかかってます。
> だから戦後英国は大変な戦後不況に見舞われます。もし北海油田が見つからなければ英国は大変なことになっていたはずです。ジョージ・オーウェルは「1984」で未来の悲惨な社会主義下の英国を描いていますが、あれは実際の1948年の英国の姿だったといいます。
 
 おお、そんな借金をしょい込む事になったのですか?
 さすがにアメリカのそんなに気前が良くなかったのですね。 

> チャーチルの心にうちは分かりませんが本音は戦争を長引かせ独露の共倒れを狙ったともいいますが結局失敗だったと言わざるおえません。

 そこが凄く奇妙です。 独ソ共倒れを期待するなあ、イギリスは急いで参戦する必要はないし、参戦してもナポレオン戦争時に倣って大陸封鎖に留めれば良いのですけどね。

 所が早々と参戦して返り討ちに遭い、アメリカに助けを求めて、ソ連に援助させる。
 これでは支離滅裂です。

> 大日本帝国とするならば、1940年中に対ソ参戦、これを片付けてから対英蘭参戦、米国がしびれを切らしてけんかを売ってきたらそれを買うという形にするのが一番良かったはずです。やってることがマリにナイーブだったと言わざるおえません。

 そもそも日本は最後までソ連の参戦を信じていなかったぐらいですからね。 このあたりはナイーブと言うより異様です。
 これだからコミンテルの陰謀論が出てくるのでしょう。
  1. 2015-10-12 12:45
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