この本は第二次大戦はファシズムから民主主義を守る為の正義の戦いと言う、アメリカの公式史観に疑義を投げかける本です。
所謂ルーズベルトの陰謀説を最初に告発した本の一冊でもあります。
しかし著者のウェデマイヤーは怪しい人ではなく、マーシャル将軍の部下のアメリカ陸軍の高級参謀(除隊時に少将)で、1941年11月にルーズベルトがアメリカ大統領に就任した直後から、ルーズベルトの命令で作成を始めた「勝利の計画」つまり、アメリカが日本とドイツとを相手に戦争をした場合に、勝利するために必要な作戦の作成の中心になった人です。 またノルマンディー上陸作戦の基本プランを作ったのも彼です。

そう言う立場だったので、ウェデマイヤーは第二次大戦のアメリカ軍の作戦が、立案実行する過程、その過程でのイギリスなど同盟国との関係、アメリカ政府最上層部の意思決定過程などを具に見る事ができました。
この回想録はそれを克明に描いているのです。
それでこの本を読んでいるとアメリカ軍から見た第二次大戦と言うのが見えてきます。
しかしこの中でウェデマイヤーは軍人として、つまり戦争に勝つ為の作戦の専門家として、ルーズベルトとチャーチル、そして当時のアメリカの一部世論に、疑いの目を向けざるを得なくなっていくのです。
これを全部書くと物凄く長大になって、一回のエントリーでは書ききれません。 だから今回は取りあえずこの回想録の最後の部分について紹介します。

ルーズベルトとチャーチルに反対意見を言い続けた為でしょうか?
第二次大戦終結間近になって、ウェデマイヤーは東南アジアの作戦本部へ左遷されてしまいます。
その為、対日戦争を指揮する立場になり、終戦まで蒋介石軍を支援する立場になります。
問題は終戦後です。
第二次大戦が終結しても、中国では蒋介石軍と中国共産党軍の戦いは続きました。
アメリカはこれにどのように対応するべきか?
戦時中から中国戦線を指揮していて、中国の国内状況にも詳しいウェデマイヤーは、この調査を命じられました。
そこで彼は調査の結果「アメリカは蒋介石軍を支援するべし。 さもないと中国は共産主義者の手に落ちる。」と言う内容のレポートを書き提出しました。

ウェデマイヤーはこのレポートに大変自信があり、これがワシントンを動かす事を期待しました。
ところがこのレポートには全く反応がありませんでした。 いぶかしく思ったウェデマイヤーが調べてみると、何と彼の上司マーシャル将軍が、このレポートを閲覧禁止にしてしまっていたのです。
彼はこのマーシャル将軍を非常に尊敬し信頼していたので大変なショックを受けます。 そして結局それから程なく除隊しました。
それにしてもマーシャルは何でそんなことをしたのか?

ワタシのように冷戦時とその後のアメリカしか知らない人間には、もうビックリするしかない事ですが、しかし第二次大戦中、アメリカは実は共産主義に対して実に甘い対応をしていました。
第二次大戦中、アメリカは同盟国としてソ連に莫大な支援を続けました。
ソ連のベルリン占領で、ようやくソビエト共産党はヤバイ!!との認識が出てきたのですが、しかしそれでもなを中国共産党には、甘い認識を変えなかったのです。
だからウェデマイヤーがマーシャル将軍にレポートを提出した当時、アメリカでは蒋介石政権と中国共産党政権を和解させて連立政権を作らせようと言うプランが主流になっていたのです。
その為、マーシャルもこのプランを全否定するウェデマイヤーのレポートを閲覧禁止にしたのです。

それにしても共産党と国民党の連立政権って?
そんなのあり得ないでしょう?
何でそんな馬鹿なことを??
実はアメリカでは当時「毛沢東等は農地改革主義者で、共産主義者ではない。」などと言う意見が政界や言論界で主流になっていたのです。
そしてアメリカのジャーナリスト達は、蒋介石政権の抑圧振りや独裁や腐敗を厳しく摘発する一方、毛沢東側の清廉さを絶賛していました。
なるほど・・・・これでワタシも凄く納得できるのです。

だってこれって蒋介石と毛沢東だけでなく、朴正煕政権と北朝鮮、南ベトナムと北ベトナムなど、共産主義政権と反共政権の対立があるごとに、日本でも繰り返された報道姿勢です。
中国で文化大革命が始まった頃、ワタシは中学生なって「もう中学生なんだら新聞を読まなくちゃ!!」と決意したのですが、その新聞には連日ひたすら中国を賞賛する記事が書かれていました。
何でこんな報道姿勢になるのか?
勿論これには、これには当時のアメリカにも、同様戦後の日本にも、ソ連のスパイが沢山入り込んでいて、共産主義に有利な宣伝を繰り返したと言う理由もあるでしょう。
しかし根源的な理由は「見ぬモノ清し」と言う人間の弱点ではないでしょうか?

普通に考えれば明らかですが、民主主義を経験した事のない国で、いきなり民主主義を尊重する政治家が力を持てるわけはないのです。
だって民主主義のリーダーと言うのは、国民の支持を得なければなりませんが、しかし自分達が経験した事のない政体を、支持する国民なんかそんなに大勢いるわけはないのです。
民主主義を経験した事のない国で民主主義を支持する人達は、所謂知識層で海外の知識として民主主義を学んだ人達ぐらいです。 国民の圧倒的多数が文盲と言う国で、そんな人は極少数です。
ところがアメリカの一般国民は親米政権については、アメリカと同様の基準で民主主義を要求するのです。
この基準だと途上国の政権は殆ど全部落第点しか付きません。

さらに言うと親米政権は民主主義は落第でも、資本主義は堅持します。
ところがこれだと、共産主義社会のような情報統制はできません。 資本主義を続ける限り普通に商売をするのですから、国民側にも海外情報は絶対必要だし、また貿易や観光での外国人の入国も阻止できません。
そうするとどうしたって腐敗や汚職、貧困や抑圧など、アメリカ人が見たら絶対許せない問題の情報もドンドン出ちゃうのです。
一方、共産主義政権なら完全に情報を管理できます。
だから金日成時代の北朝鮮や、スターリン時代のソ連、そして文化大革命時の中国みたいに、政権側が招待した外国人にだけ素晴らしい共産主義社会を演じてみせる事ができるのです。

少し考えれば、幾ら美しい共産主義社会を見せられても「しかしこんなに素晴らしい国なんだから、ドンドン観光客呼べばよいのに、何でそうしないのか?」「何で自分達の視察先が全部向こうの都合で決まり、自由に街を見物もできないのか? こんなに治安が良くて、国民は皆親切なんだから迷子になっても安心なのに。」とか、色々疑問は出るはずです。
でも70年代まで、サルトル始め欧米や日本の大碩学が、皆コロリと騙されていたのです。
だからウェデマイヤーがレポートを書いた当時の、アメリカ人だって皆綺麗に騙されていたのでしょう。 マーシャル将軍始め上層部が何処まで騙されていたかはわかりません。
しかしホントは全く騙されなくても、民主主義の社会のトップ達としては、ジャーナリズムがこぞって賞賛する政権を、「アイツ等はトンデモナイ悪党だ!!」などと言うのは、大変言いにくいのでしょう。

ともあれこのようなアメリカ世論の中で、ウェデマイヤー・レポートは埋もれてしまい、アメリカは蒋介石政権への支援を止めてしまいます。
結果はウェデマイヤーの予想通り、蒋介石政権の敗北、毛沢東政権の成立です。
アメリカが毛沢東の本性に気付いたのは朝鮮戦争からでしょうか?
それからアメリカは慌てて反共政策に乗り出し、共産主義との長く厳しい戦いを始めたのです。
しかし本当の意味でこの時犯した失敗は学んでいないではないでしょうか?

だってイラクやシリアやアフガニスタンへの介入なども結局、これと同じパターンでの失敗でしょう?
アメリカはイラクやシリアやアフガニスタンなど、民主主義政権成立が難しい国に、アメリカ基準の民主主義を要求して、結局その国を混乱状態にしてしまい、アメリカもまたその混乱に巻き込まれて散々苦労するハメになっているのですから。
これは結局アメリカが民主主義国家であり、国民の意思が政治を決めると言う政体と、そしてその政治を決めるアメリカ人達が、自分達が日常的にアメリカ政府に要求する正義を、そのまま短絡的に途上国の親米政権にもとめてしまうと言う状況が、実はウェデマイヤー・レポートが隠蔽された当時と、全く変わっていないからでしょう。
イヤ別にアメリカ人だけの問題ではないのです。 日本人だって実は同様に「見ぬモノ清し」を続けて、愚かしい政治判断に執着している人達は一杯いるのですから。