2015-08-10 10:38

愚者は経験に学ぶ 戦争体験者様

 終戦記念日が近づきました。 この季節になるとマスゴミに「戦争体験」が溢れてゲンナリします。
 だってマスゴミに溢れる戦争体験はもう筋の決まった猿芝居です。

 何処かの老人が出てきて、嘘かホントかわからない話をして、必ず最後には「戦争より恐ろしいモノはない。 戦争は絶対にしてはならない。」と言う事でまとめるのです。

 そしてこうしてマスゴミで活躍する戦争体験者様は、国防や安全保障に関する議論が起きる度に仰います。

 戦争を体験していないクセに!!
 戦争より恐ろしいモノはない!!
 こんな事を戦争になる!!
 戦争絶対反対!!

 今回の安保法制でもそうですね。 戦争を体験したと言う高齢作家やタレント、そして被爆者団体が、その体験を理由に安保法制に反対しています。

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 しかしこれは何ともバカバカしい話です。
 
 なるほど戦争が恐ろしい事、また戦争を防ぐべきと言う事にはワタシも完全に同意します。
 しかし戦争の被害者が戦争を防止する方法を知っている事にはなりません。

 これは全ての災難、津波や地震の被害者、交通事故の被害者、そしてワタシのような難病患者、皆同じです。
 不幸な体験を聞くことは、その不幸な人をサポートする政策などを考える上では絶対必要です。 しかしその不幸自体を防ぐ役には立ちません。

 津波の被害者の話を聞いても、津波を防ぐ方法はわからないし、難病患者の話を聞いても難病の防止はできないのです。

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 そういう災難を防ぐには、それを科学的に合理的に客観的に検証するしかないのです。 
 だからワタシのような超生意気な人間でも、自分の抱えている難病に関してはその専門家である医者の言うことを聞くのです。

 ところがマスゴミで活躍される戦争体験者様は違います。 
 この方々はご自分が戦争を体験なさったため、ご自分は戦争を防ぐ方法を知っていると信じていらっしゃるのです。

 災難を体験したらその災難を防ぐ方法がわかる? 
 凄いですね。

2015y08m10d_104156288

 で、この方々の仰る戦争を防ぐ方法とはつまり「憲法9条を守れ!!」です。
 
 この方々によれば「太平洋戦争は軍部が暴走して、日本がアジア侵略を始めたから起きた」そうです。
 だから日本が軍隊を持ちさえしなければ、戦争は起きないと言うのです。
 
 そしてこの論理から、日本が少しでも軍事に積極的になると「いつか来た道!!」「軍靴の音が聞こえる!!」「戦争になる!!」「徴兵制になる!!」と喚き叫ばれるのです。

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 おお、本当にそうなのでしょうか?
 太平洋戦争の理由が100%、これら戦争体験者様達の仰る通りと仮定しても、日本の戦争放棄で防げるの太平洋戦争だけではありませんか?

 歴史は繰り返すと言いますが、しかし歴史だって全く同じパターンで繰り返すわけではないのです。 
 歴史を学べばわかります。

 戦争が起きる理由はその時代、その時の国際情勢の変化によって、ドンドン変わるのです。
 
 それなのに前回の戦争での体験だけを元に、ひたすら前回の大戦を防ぐ方法だけを唱えても、戦争が防げるわけではないのです。

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 なるほど苛酷な体験をしたら、その体験で心身が深く傷つき、冷静な議論ができなくなったとすればそれは大お変気の毒です。
 しかし冷静な話の出来なくなった人が、国防や安全保障のような重要な問題に関する議論に加わる事は、本来冷静に理性的に行うべき議論を感情論で混乱させるだけで何の役にも立ちません。

 これら戦争体験者様のように自分の体験に囚われて、その体験のみで国防や安全保障を語る人々を見ていてワタシはこの言葉を思い出しました。

 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

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 「憲法9条を守れ!」「集団的自衛権反対!!」「安全保障法案で戦争になる!!」などと喚きつづける戦争体験者の方々は、つまりは自分の戦争体験だけを根拠にこれを喚いていらっしゃるのです。

 しかし前にも書きましたが、歴史を学べば戦争が起きる理由はその時の国際情勢や軍事バランスによって、変わってくるのです。
 また同じ太平洋戦争を考えても、そりゃ日本側からすれば、こちらが先制攻撃をして始まった戦争ですが、しかし連合国側から見ればどうですか?

 9条堅持、安全保障法案反対を喚かれる戦争体験者様によれば、アジア諸国は日本から一方的に侵略されたのではありませんか?
 
 つまり軍備を持たず戦争をする意思なんか欠片もなくても、戦争になる事は幾らでもあると言う事なのです。

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 しかし自分の体験だけでモノを考える人々には、こうした明明白白で簡単すぎる程簡単な事実さへ思い至らないのです。
 
 だから「愚者は経験にまなぶ」と言われるのでしょう。

 ちなみにアジアの国々は安全保障法案を強く支持しています。 9条堅持の戦争体験者様によれば、アジアの人々は日本に侵略されて苦しんだはずなのに・・・・・

 アジアだけでなく北米、ヨーロッパ、オセアニアの国々もこれを支持しています。
 戦争体験者様はこれをどう思っていらっしゃるのでしょうか?
  1. 戦後民主主義
  2. TB(0)
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コメント

昨日だったかNHKで、広島の悲惨な写真の被害者たちをCGで動かすという気味の悪い番組を見ました。助けられそうな人を回収するトラックがまわっていて、命の選別を行っていたとやってました。トラックに小さな女の子がかけよると、女子供は後だ!!と怒鳴られて、女の子は一人で燃え盛る街中に消えていったと。ああ日本人はなんて酷い、戦争いくないと証言したのがこの手の番組にしょっちゅう出てくる異常に眉毛を太く描いているおじいさんでした。私も3年前までなら信じてたかもしれないですけど、もう全部嘘に聞こえてしょうがありません。しょっちゅう出てくるわけで、ネタがつきて話というか記憶を作ってるんじゃないの?本当なら申し訳ないですが。
ああそれと、原爆直後の、皮がべろべろになってる、眼球をぶら下げて歩いてる人たちを目撃した被爆者が今元気にご存命ということと、福島の微量な放射線を恐れて避難している人たちや、検査済みの福島産農産物への風評被害の問題とリンクさせて欲しいですね。
  1. 2015-08-10 12:48
  2. URL
  3. こきち #97nXsu5.
  4. 編集

ここまで8月の報道が一方的で酷いことになってきたのは、平成になってからくらいですかねえ。
私もうんざりして、ほとんど見ませんけどね(苦笑)
体験者談ってのは、ほんと胡散臭いものです。
戦災被害者でも出征軍人でも体験や印象は千差万別のはず。
メディアのシナリオ通りに話してくれる人しか見たことないのは私だけ?(笑)
中には、堂々と、
「次は必ず仇をとり、やりかえしてやる! 待ってろ、アメ公!」くらい言ってる元気な爺さんも少しはいると思うんですけどねえ(対米報復を望んでいるわけではありません-念のため)。
  1. 2015-08-10 13:39
  2. URL
  3. 二郎 #-
  4. 編集

今まで戦時中の出来事について、常識的な事を言っていた八千草薫さんが毎日の一面で「安保、何故急ぐのでしょう?」と述べていてビックリしました。美輪明宏さんも様々なメデイアで同じくで、もしこの発言を親しかった三島由紀夫が聞いたらどう思うか考えたら恥ずかしくて仕方がないのではと思います。

そして70年談話を断固阻止の反日勢力は、NHKが談話に「お詫び」「植民地」てんこ盛りが決定なんて報道していますが、産経はバンドン会議のように未来志向だと報道し、読売はまだ記事が出ません。どうもNHKや朝日が、情報を人民日報の社説通りに誘導しようとしている感じです。

常軌を逸していると思うのは、これで安倍総理と日本国民に負けたら後がないような戦い方をしていることです。何を考えているのでしょう?

戦争体験は、とても大事にしなくてはならないでも個人の記憶です。それと、国家の国防・外交とは別です。そこを勘違いしてしまうと、道を誤ると思います。
  1. 2015-08-10 17:20
  2. URL
  3. 都民です。 #-
  4. 編集

戦争はしないのが一番は当たり前

日本の平和憲法を楯に取って戦争反対を叫んでいる人が、残念な人々であるのは、『戦争反対』が行動の帰結であり、平和を齎す行動の始発点にはなっていないからです。口先だけの行動で平和が齎されるなら、先ず日本国内に、刑法や民法が存在する謂れがありません。どういう形であれ、相手を損なうことは好くないからです。
憲法9条信者にも微妙な変化が生じています。この間までは、日本が『戦争を起こす国』だったはずの認識が、今は、日本が『戦争に巻き込まれない国』に主張が変わっています。
アメリカが作った平和憲法死守を掲げながら、集団的自衛権反対を叫ぶのは、反米、嫌米、憎米を主張していることだと云う矛盾には気付かないのでしょうか。
  1. 2015-08-10 19:10
  2. URL
  3. chengguang #DibDBv7k
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当時はアジア諸国に憲法9条がなかったから日本に侵略された?

こんばんは。
第2次世界大戦経験者から最近の「若者」に至るリベラル勢力の皆様は「当時はアジア諸国に憲法9条のようなものがなかったから日本に侵略されたのだ。戦争と侵略を反省した日本人は『日本国憲法』を作った。そして憲法9条は第2次世界大戦の犠牲となった何百万の人々の命と引き換えに人類が手に入れた遺産と言えよう」と言いたいのでしょうねぇ。それで「日本国憲法はアメリカ製ではないのか」と問うと、「明らかに日本人の手によるもの。GHQ案は鈴木安蔵氏の案がベースである。ネットで少し調べただけでわかることだ」と一蹴されるようです。

例えばこれ。ネットにはこのような記事が枚挙に暇がありません。
http://www.magazine9.jp/juku/043/043.html

また、「それなら『日本国憲法』を隣国に薦めたらどうか」と問えば、「それは内政干渉。庶民の仕事でもない。だから『第9条』のノーベル平和賞受賞を実現させるのが第1歩と言えるだろう」との返答。返す言葉がありません。


終戦(敗戦)記念日が近づくにつれ、メディアでは文化人、知識人、芸能人、作家、ジャーナリストらの「憲法守れ」、「戦争法案(安保法案)反対」、「若者を戦場に送るな」、「SEALDsの行動は多くの若者による自発的なもの」、「アベ政治を許さない。人の痛みが分からぬアベは辞任せよ」との声が日増しに強くなって辟易しております。

これはmixiの記事ですが、facebookにも中村哲氏の同様のインタビュー記事が多数シェアされている模様です。
http://open.mixi.jp/user/63099165/diary/1938677591

facebookを開いて友達の記事を読んでいたら「アンチ安倍」、「戦争法案反対」、「9条守れ」という内容のものが目立ち、そこにはおびただしいほどの「いいね」とシェアの数。本当にどうなるのか、心配でたまりません。
  1. 2015-08-10 21:19
  2. URL
  3. rakuhoku367 #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 昨日だったかNHKで、広島の悲惨な写真の被害者たちをCGで動かすという気味の悪い番組を見ました。助けられそうな人を回収するトラックがまわっていて、命の選別を行っていたとやってました。トラックに小さな女の子がかけよると、女子供は後だ!!と怒鳴られて、女の子は一人で燃え盛る街中に消えていったと。ああ日本人はなんて酷い、戦争いくないと証言したのがこの手の番組にしょっちゅう出てくる異常に眉毛を太く描いているおじいさんでした。私も3年前までなら信じてたかもしれないですけど、もう全部嘘に聞こえてしょうがありません。しょっちゅう出てくるわけで、ネタがつきて話というか記憶を作ってるんじゃないの?本当なら申し訳ないですが。

 実は妹もその番組を見たらしく怒っていました。
 それで今日ワタシに電話を掛けてきたのです。
 ホントにこんな奇妙なセンチメンタリズムで妄想平和主義を煽り続けるのは、オカシイですよね。

> ああそれと、原爆直後の、皮がべろべろになってる、眼球をぶら下げて歩いてる人たちを目撃した被爆者が今元気にご存命ということと、福島の微量な放射線を恐れて避難している人たちや、検査済みの福島産農産物への風評被害の問題とリンクさせて欲しいですね。

 そうなんですよね。 ワタシが放射脳に疑問を持ったのは、母の友人に被爆者がいたからです。
 その方は子供の時に長崎で被爆して、原爆症になって髪の毛が全部抜けたのだそうです。

 でもその後元気になって、結婚して立派な息子さんを2人も産んでいるのです。

 だったら福島原発事故で放射能被害が出るわけはないのです。
 
  1. 2015-08-10 21:45
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> ここまで8月の報道が一方的で酷いことになってきたのは、平成になってからくらいですかねえ。
> 私もうんざりして、ほとんど見ませんけどね(苦笑)
> 体験者談ってのは、ほんと胡散臭いものです。
> 戦災被害者でも出征軍人でも体験や印象は千差万別のはず。
> メディアのシナリオ通りに話してくれる人しか見たことないのは私だけ?(笑)
> 中には、堂々と、
> 「次は必ず仇をとり、やりかえしてやる! 待ってろ、アメ公!」くらい言ってる元気な爺さんも少しはいると思うんですけどねえ(対米報復を望んでいるわけではありません-念のため)。

 そうですね、酷くなったのは80年代以降でしょうね。
 それ以前はもう少し現実的な話が出ていて、結構見る価値はあったんですけどね。

 結局時が経つにつれて、成人として本当にちゃんと戦時の記憶のある人がドンドン減って、戦時中幼児だったような人ばかりが戦争体験を語るようになったからでしょう。
 
 それを戦後教育やベトナム反戦運動などで妄想平和主義を信奉する人々が、政治利用するようになったからこんなオカシナ事になったのでしょう。
  1. 2015-08-10 21:50
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 今まで戦時中の出来事について、常識的な事を言っていた八千草薫さんが毎日の一面で「安保、何故急ぐのでしょう?」と述べていてビックリしました。美輪明宏さんも様々なメデイアで同じくで、もしこの発言を親しかった三島由紀夫が聞いたらどう思うか考えたら恥ずかしくて仕方がないのではと思います。
>
> そして70年談話を断固阻止の反日勢力は、NHKが談話に「お詫び」「植民地」てんこ盛りが決定なんて報道していますが、産経はバンドン会議のように未来志向だと報道し、読売はまだ記事が出ません。どうもNHKや朝日が、情報を人民日報の社説通りに誘導しようとしている感じです。
>
> 常軌を逸していると思うのは、これで安倍総理と日本国民に負けたら後がないような戦い方をしていることです。何を考えているのでしょう?
>
> 戦争体験は、とても大事にしなくてはならないでも個人の記憶です。それと、国家の国防・外交とは別です。そこを勘違いしてしまうと、道を誤ると思います。

 60年安保条約改定の時に、ソ連が日本に対して安保反対の為に、凄い宣伝工作をやったそうです。 その宣伝工作に全面的に協力したのが、社会党や朝日新聞、毎日新聞などの新聞でした。 そしてそれに載せられて反対したのが学生だった田原総一郎等です。
 
 だから今回は中国が日本に宣伝工作をしているのでしょう。
 
 中国もソ連もそうですが、現実性はないけれど言葉だけは綺麗な話を煽るのです。 すると芸能人などは簡単に載せられるのでしょう。 そして新聞はそうやって安直に載せられた芸能人を担いで反対工作をするのです。
  1. 2015-08-10 21:58
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: 戦争はしないのが一番は当たり前

> 日本の平和憲法を楯に取って戦争反対を叫んでいる人が、残念な人々であるのは、『戦争反対』が行動の帰結であり、平和を齎す行動の始発点にはなっていないからです。口先だけの行動で平和が齎されるなら、先ず日本国内に、刑法や民法が存在する謂れがありません。どういう形であれ、相手を損なうことは好くないからです。
> 憲法9条信者にも微妙な変化が生じています。この間までは、日本が『戦争を起こす国』だったはずの認識が、今は、日本が『戦争に巻き込まれない国』に主張が変わっています。
> アメリカが作った平和憲法死守を掲げながら、集団的自衛権反対を叫ぶのは、反米、嫌米、憎米を主張していることだと云う矛盾には気付かないのでしょうか。

 その通りなのです。
 
 実はこの前の土曜日に近所の商店街の近くで、安全保障法案反対の署名を集めているグループがいたので、何で反対するか聞いたのです。 そしたらやはり「アメリカは最悪の侵略国家だ」と言うのです。

 そんな侵略国家の作った憲法は疑うべきなんですけどね。

 しかしそれができない所がカルトなのでしょう。

  1. 2015-08-10 22:01
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 当時はアジア諸国に憲法9条がなかったから日本に侵略された?

> こんばんは。
> 第2次世界大戦経験者から最近の「若者」に至るリベラル勢力の皆様は「当時はアジア諸国に憲法9条のようなものがなかったから日本に侵略されたのだ。戦争と侵略を反省した日本人は『日本国憲法』を作った。そして憲法9条は第2次世界大戦の犠牲となった何百万の人々の命と引き換えに人類が手に入れた遺産と言えよう」と言いたいのでしょうねぇ。それで「日本国憲法はアメリカ製ではないのか」と問うと、「明らかに日本人の手によるもの。GHQ案は鈴木安蔵氏の案がベースである。ネットで少し調べただけでわかることだ」と一蹴されるようです。
>
> 例えばこれ。ネットにはこのような記事が枚挙に暇がありません。
> http://www.magazine9.jp/juku/043/043.html
>
> また、「それなら『日本国憲法』を隣国に薦めたらどうか」と問えば、「それは内政干渉。庶民の仕事でもない。だから『第9条』のノーベル平和賞受賞を実現させるのが第1歩と言えるだろう」との返答。返す言葉がありません。
>
>
> 終戦(敗戦)記念日が近づくにつれ、メディアでは文化人、知識人、芸能人、作家、ジャーナリストらの「憲法守れ」、「戦争法案(安保法案)反対」、「若者を戦場に送るな」、「SEALDsの行動は多くの若者による自発的なもの」、「アベ政治を許さない。人の痛みが分からぬアベは辞任せよ」との声が日増しに強くなって辟易しております。
>
> これはmixiの記事ですが、facebookにも中村哲氏の同様のインタビュー記事が多数シェアされている模様です。
> http://open.mixi.jp/user/63099165/diary/1938677591
>
> facebookを開いて友達の記事を読んでいたら「アンチ安倍」、「戦争法案反対」、「9条守れ」という内容のものが目立ち、そこにはおびただしいほどの「いいね」とシェアの数。本当にどうなるのか、心配でたまりません。

 でもきっとネット全体としてはそれは少数派だと思いますよ。 だってどこの政治ブログランキングを見ても、反安倍派や反安保法制派のブログなんか殆ど上位にはないですから。

 
 そしてマスゴミが散々持ち上げたデモも参加者は、反原発デモと比べても、反フジテレビデモと比べても格段に少いのです。
 
 これはマスゴミが騒ぐから世論調査などでは、なんとなく反対とかく人は増えても、本当に反対する気のある人は僅少だと言う事でしょう。
 だから焦らな方が良いと思います。
  1. 2015-08-10 22:07
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

日本ブログ村の政治・社会問題ブログランキングが心配

連投して申し訳ございません。
毎日のように閲覧させてもらっているブログを応援するためにランキングのところをクリックしているのですが、「人気ブログランキング」の政治のカテゴリーでは三橋貴明先生の「新世紀のビッグブラザー」以下、保守系のブログが上位を占めています。但し、最近の三橋先生は「アンチ安倍」に転じられたようで、「保守系」、「愛国・憂国系」とは言えないのかもしれませんが。
ところが、日本ブログ村の政治・社会問題ランキングでは「Everyone says I love you! 」という弁護士で元法科大学院教授の方のリベラル系のブログがダントツの1位。毎日のように「アンチ安倍」、「安保法案反対」、「反原発」などを主張されておられます。3位の「かっちの言い分」も「アンチ安倍」、「小沢一郎シンパ」であり、5位の「日本がアブナイ!」、6位の「営業せきやんの憂鬱」も「アンチ安倍」を公言。保守ブログとして有名な「私的憂国の書」や「依存症の独り言」が間に挟まれて苦戦されておられます。
http://politics.blogmura.com/politicalissue/

また、日本ブログ村の時事ニュースのランキングでも「まるこ姫の独り言」という「アンチ安倍」、「反安保法制」などを述べるブログが他を大きく引き離してトップに君臨しております。
http://news.blogmura.com/news_jiji/ranking.html

もちろん私のようにリベラル派の言い分をチェックしようと時おり閲覧する人がいるのでしょうが、アクセス数を鑑みると楽観視できないように思えます。
  1. 2015-08-11 00:20
  2. URL
  3. rakuhoku367 #-
  4. 編集

今の戦争経験者とは

結局大多数は、内地にいて空襲を経験した人にすぎないでしょう。もちろんその経験が戦争経験であるには違いないでしょうが、その人達が国防や安全保障で何か活動したとか意思表示したとかいう経験なんか殆ど無いはずです。

昔の戦争経験者は外地で戦ったとか、青年として実際当時の空気を知っていたとかいう人々でした。当時何が行われていたかを知っていた人々は、決して戦後の体制という物に肯定的ではなかったはずです。

愚者は体験に学ぶといいますが、子供は基本的に愚者ですから自分の体験を普遍化させてはいけなかったのです。これはある人の体験ですが、広島で父とともに被爆し父が今わの際に「これが噂に聞く新型爆弾に違いない。帝国もこのような爆弾を持たねば国の将来が危うい。お前は科学を勉強しこのような爆弾を作れ」と言われ原子物理学を志した、という話を聞いたことがあります。

当時、すでに核分裂反応による新型爆弾の可能性については国会でも議論されており、心ある国民はそれを知っていました。だからこういう話が出てくるのです。

愚者は経験に学ぶ、の反対は賢者は歴史に学ぶです。不戦の誓いとやらは戦争を防止したでしょうか?ブリアンケロッグ不戦条約というものがあります。一般的に不戦条約といいますが、当時主要国のほとんどがこれに賛同し侵略戦争を否定しました。しかし、それが戦争を防いだかは歴史が証明しています。

憲法9条で問題がなかったのはこれが米国に向けてのものであり米国が日本の安全保障に責任を持つと言っていたからです。これは究極的には米国の安全保障だったのですがオヤブン米国に力があり皆がそれを恐れていた時は問題がなかったわけです。どれがいいかげんになった時にいろいろ問題が出てくるわけです。

ここで個別的自衛権だけを考えるならば核武装を含めた広範な防衛力の構築を考えるか支那の冊封体制に入るかしか無いでしょう。これは歴史が教えてくれる所です。

9条を持ってればそれで他国は侵略してこない、こういうことをいう人は一体何を経験してきたのでしょうか。事実を自分が見たいように見ているのだ、としか言えません。

おそらくビスマルクはそういう人を愚者といったのでしょう。
  1. 2015-08-11 00:34
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

日本国憲法9条を推し進める方々には前文を暗誦して周辺の国に言い聞かせていただきたいものです。

曰く(抜粋)
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

ぶっちゃけ
「そっちが信義を見せないとこっちは準備するぞ」と。
戦争などしたくありませんが、あっちが着々と準備しているのですから。
  1. 2015-08-11 05:47
  2. URL
  3. koguma #-
  4. 編集

風化

戦争、原爆、9条・・・、以前は割と冷静に語られたものが段々ドラマチックに変化している印象です。台風接近を報道するアナウンサーが、海岸沿いの風雨の中で声を張り上げ中継するような。

「戦争」はもう風化したと思えます。戦争を語るマスコミは「王様よりも王統派」になっている。王様の心に成り代わり多数を握ったのでしょう。

別の意味で「アベを許さぬ」デモや「普天間デモ」で気勢を上げる善男善女も、他の王様の僕となり、慰霊祭等で原発再稼働反対を叫んでいます。

戦争は風化したのです。但し、応仁の乱の混乱を知らぬ我々は、風化を悪いこととは言えないです。
  1. 2015-08-11 07:40
  2. URL
  3. 相模 #-
  4. 編集

Re: 日本ブログ村の政治・社会問題ブログランキングが心配

> 連投して申し訳ございません。
> 毎日のように閲覧させてもらっているブログを応援するためにランキングのところをクリックしているのですが、「人気ブログランキング」の政治のカテゴリーでは三橋貴明先生の「新世紀のビッグブラザー」以下、保守系のブログが上位を占めています。但し、最近の三橋先生は「アンチ安倍」に転じられたようで、「保守系」、「愛国・憂国系」とは言えないのかもしれませんが。
> ところが、日本ブログ村の政治・社会問題ランキングでは「Everyone says I love you! 」という弁護士で元法科大学院教授の方のリベラル系のブログがダントツの1位。毎日のように「アンチ安倍」、「安保法案反対」、「反原発」などを主張されておられます。3位の「かっちの言い分」も「アンチ安倍」、「小沢一郎シンパ」であり、5位の「日本がアブナイ!」、6位の「営業せきやんの憂鬱」も「アンチ安倍」を公言。保守ブログとして有名な「私的憂国の書」や「依存症の独り言」が間に挟まれて苦戦されておられます。
> http://politics.blogmura.com/politicalissue/
>
> また、日本ブログ村の時事ニュースのランキングでも「まるこ姫の独り言」という「アンチ安倍」、「反安保法制」などを述べるブログが他を大きく引き離してトップに君臨しております。
> http://news.blogmura.com/news_jiji/ranking.html
>
> もちろん私のようにリベラル派の言い分をチェックしようと時おり閲覧する人がいるのでしょうが、アクセス数を鑑みると楽観視できないように思えます。

 それは知りませんでした。
 しかし奇妙ですね。 楽天のブログランキングやこのFC2のアクセスランキングでも、上位50位までは殆ど保守系が占めています。 上位には反日系は殆どいません。

 何でブログ村だけそうなっているんでしょうね? チョッとオカシイのでは?
  1. 2015-08-11 09:35
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 今の戦争経験者とは

> 結局大多数は、内地にいて空襲を経験した人にすぎないでしょう。もちろんその経験が戦争経験であるには違いないでしょうが、その人達が国防や安全保障で何か活動したとか意思表示したとかいう経験なんか殆ど無いはずです。
>
> 昔の戦争経験者は外地で戦ったとか、青年として実際当時の空気を知っていたとかいう人々でした。当時何が行われていたかを知っていた人々は、決して戦後の体制という物に肯定的ではなかったはずです。
>
> 愚者は体験に学ぶといいますが、子供は基本的に愚者ですから自分の体験を普遍化させてはいけなかったのです。これはある人の体験ですが、広島で父とともに被爆し父が今わの際に「これが噂に聞く新型爆弾に違いない。帝国もこのような爆弾を持たねば国の将来が危うい。お前は科学を勉強しこのような爆弾を作れ」と言われ原子物理学を志した、という話を聞いたことがあります。
>
> 当時、すでに核分裂反応による新型爆弾の可能性については国会でも議論されており、心ある国民はそれを知っていました。だからこういう話が出てくるのです。
>
> 愚者は経験に学ぶ、の反対は賢者は歴史に学ぶです。不戦の誓いとやらは戦争を防止したでしょうか?ブリアンケロッグ不戦条約というものがあります。一般的に不戦条約といいますが、当時主要国のほとんどがこれに賛同し侵略戦争を否定しました。しかし、それが戦争を防いだかは歴史が証明しています。
>
> 憲法9条で問題がなかったのはこれが米国に向けてのものであり米国が日本の安全保障に責任を持つと言っていたからです。これは究極的には米国の安全保障だったのですがオヤブン米国に力があり皆がそれを恐れていた時は問題がなかったわけです。どれがいいかげんになった時にいろいろ問題が出てくるわけです。
>
> ここで個別的自衛権だけを考えるならば核武装を含めた広範な防衛力の構築を考えるか支那の冊封体制に入るかしか無いでしょう。これは歴史が教えてくれる所です。
>
> 9条を持ってればそれで他国は侵略してこない、こういうことをいう人は一体何を経験してきたのでしょうか。事実を自分が見たいように見ているのだ、としか言えません。
>
> おそらくビスマルクはそういう人を愚者といったのでしょう。

 ワタシの記憶ではテレビの戦争体験の番組が劣化し始めたのは80年代ぐらいからです。 それまで結構マトモな番組があって見応えがありました。

 これはkazkさんが仰る通り、年月が過ぎて成人として戦争を体験した人々がドンドン死んでいき、今ではこうした体験を語る人の殆どが幼児期に戦争を体験した人々だけになったからです。

 幼児期の体験ですから、「怖い」「ひもじい」は記憶していても、なぜ戦争になったか? などは全く知らないのです。 そういう人々の幼児期の苦痛の体験を、9条妄想のプロパガンダに利用しているのが、現在の戦争体験番組なのです。

 そしてこのプロパガンダに都合の悪い体験者は、こうした番組から排除されています。 

 この状況で「体験」と言うキーワードだけが利用されているのです。

 ワタシは人間は体験を人に伝えるのは不可能だと思います。 だって人間には自分が昨日食べた料理の味さへ、正確に伝える事はできないのです。

 だから「体験に学ぶ」とは実はインチキなのです。
 
 まして70年前の体験など意味はないのです。 人間は生まれる前の事や幼児期の事は、歴史として学ぶしかないのです。
 
 
  1. 2015-08-11 09:49
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: タイトルなし

> 日本国憲法9条を推し進める方々には前文を暗誦して周辺の国に言い聞かせていただきたいものです。
>
> 曰く(抜粋)
> 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
>
> ぶっちゃけ
> 「そっちが信義を見せないとこっちは準備するぞ」と。
> 戦争などしたくありませんが、あっちが着々と準備しているのですから。

 そうですね。 憲法前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」のですから、平和を愛せず戦争を仕掛ける諸国民に対してはどうするか書いていません。
 
 習近平は人民解放軍に「戦争の準備をせよ」と言っているのです。
 こんな隣国は信頼する必要はないのです。
  1. 2015-08-11 09:52
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  3. よもぎねこ #-
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Re: 風化

> 戦争、原爆、9条・・・、以前は割と冷静に語られたものが段々ドラマチックに変化している印象です。台風接近を報道するアナウンサーが、海岸沿いの風雨の中で声を張り上げ中継するような。
>
> 「戦争」はもう風化したと思えます。戦争を語るマスコミは「王様よりも王統派」になっている。王様の心に成り代わり多数を握ったのでしょう。
>
> 別の意味で「アベを許さぬ」デモや「普天間デモ」で気勢を上げる善男善女も、他の王様の僕となり、慰霊祭等で原発再稼働反対を叫んでいます。
>
> 戦争は風化したのです。但し、応仁の乱の混乱を知らぬ我々は、風化を悪いこととは言えないです。

 ワタシも戦争は完全に風化したと思います。 
 だから慰安婦強制連行とか朝鮮人強制連行のような荒唐無稽な話が、大真面目に新聞やテレビで報道されるのです。

 社会の中心を戦争体験者が占めていた70年代ぐらいまでは、幾ら朝日新聞が捏造したくても、こんな荒唐無稽な話は掲載できませんでした。 韓国が幾ら反日でも、やはりこんな荒唐無稽な話はできませんでした。

 人間は自分の体験を完全に人に伝える事はできません。 人間は自分が夕べ食べた料理の味だって正確に人に伝える事はできないのです。

 だから過ぎ去った事は歴史として伝えるしかないのです。
  1. 2015-08-11 09:57
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  3. よもぎねこ #-
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>八千草薫さんが毎日の一面で「安保、何故急ぐのでしょう?」と述べていて

八千草薫さんは大好きだったので少しショックです。
なぜ急ぐか?それはもう戦争は始まっているから。遅すぎたのを取り戻そうとしているので急いでるように見えるだけです。

マスコミがあんなに必死にネガティブキャンペーンをしても、騙されない層は増えています。ソースは自分としか言えないですが。私も少し前まであんまり考えない、でも考えてるつもりのリベラルもどきでした。吉永さゆりや美輪あきひろや宮崎駿や渡辺謙の存在は苦々しいですが、それでももう保守の流れは堰を切っていると思います。

9条守れとベビーカーを押して出てきたママもいますが、私が保守派に転じたのは子供の世代のためです。このままでは自分の子供が大人になった時、今よりもっと韓国に足蹴にされてしまう。あんな連中に道徳的に劣った日本を叱りつけるとかやられるのが耐えられないし申し訳ないというのが動機です。実際今小学生の息子が大人になる頃にはまだまだ改善されていないとは思いますが、せめて孫世代にはマシにというのが願いです。少しずつです。押し返されても投げ出さなければいいのです。

10歳のバカ息子にはテレビで戦争反対♪とやってる映像に、「このお兄ちゃんたちはね、アメリカに頼ってるくせに自分たちだけはいい子でいたいっていう我がままな人たちなんよ」と解説をつけています。息子の学校には人権なんたらいうPTA活動があり、ぴょん先生という教員がその担当であり、息子の担任は北朝鮮に渡航歴があり、男子もさんづけという大変香ばしい学校です。頑張ります。

20世紀は戦争の世紀と言われましたが(それ以前もずっと戦争の世紀じゃないの?とは思うけど)、21世紀はリベラルが猖獗を極める世紀だと思います。
  1. 2015-08-11 11:01
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  3. こきち #97nXsu5.
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Re: タイトルなし

> >八千草薫さんが毎日の一面で「安保、何故急ぐのでしょう?」と述べていて
>
> 八千草薫さんは大好きだったので少しショックです。
> なぜ急ぐか?それはもう戦争は始まっているから。遅すぎたのを取り戻そうとしているので急いでるように見えるだけです。
>
> マスコミがあんなに必死にネガティブキャンペーンをしても、騙されない層は増えています。ソースは自分としか言えないですが。私も少し前まであんまり考えない、でも考えてるつもりのリベラルもどきでした。吉永さゆりや美輪あきひろや宮崎駿や渡辺謙の存在は苦々しいですが、それでももう保守の流れは堰を切っていると思います。
>
> 9条守れとベビーカーを押して出てきたママもいますが、私が保守派に転じたのは子供の世代のためです。このままでは自分の子供が大人になった時、今よりもっと韓国に足蹴にされてしまう。あんな連中に道徳的に劣った日本を叱りつけるとかやられるのが耐えられないし申し訳ないというのが動機です。実際今小学生の息子が大人になる頃にはまだまだ改善されていないとは思いますが、せめて孫世代にはマシにというのが願いです。少しずつです。押し返されても投げ出さなければいいのです。

 仰る通りです。
 「なぜ今安保法制」と言うより、今でも遅すぎるぐらいです。
 そして残念だけれどこの安保法制は「ないよりマシ」程度で、今後更なる改正をしないと、中国の膨張侵略主義には対応できません。
 
 むしろもっと早く日本が憲法を改正して、チャンとアジアの安定に寄与していれば、中国が南シナ海を埋め立てるなどと言う事も、尖閣諸島の領有権を主張するような事もなかったのです。

 しかし今からでもできる事はするしかありません。

> 10歳のバカ息子にはテレビで戦争反対♪とやってる映像に、「このお兄ちゃんたちはね、アメリカに頼ってるくせに自分たちだけはいい子でいたいっていう我がままな人たちなんよ」と解説をつけています。息子の学校には人権なんたらいうPTA活動があり、ぴょん先生という教員がその担当であり、息子の担任は北朝鮮に渡航歴があり、男子もさんづけという大変香ばしい学校です。頑張ります。

 おお、是非その先生に拉致問題と拉致に協力した朝鮮学校と朝鮮総連をどう思うか聞いてみたいです。
 だって最悪の人権侵害ですからね。

 それにしても立派な息子さんをお持ちですね。

> 20世紀は戦争の世紀と言われましたが(それ以前もずっと戦争の世紀じゃないの?とは思うけど)、21世紀はリベラルが猖獗を極める世紀だと思います。

 ワタシは21世紀は中国のような遅れてきた帝国主義の時代だと思います。 この帝国主義をどうするか?
 これが最大の課題になると思います。
  1. 2015-08-12 09:44
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  3. よもぎねこ #-
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戦争を止める方法なんてないんです。ただ、目には目を、という対応をこれから日本がしていくならば、いつか泥沼化してしまう。 それを経験者はわかっている。ばかにしてはいけない。身近な経験者に話をきいたことがないのでは?
  1. 2015-09-20 10:53
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  3. #-
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>戦争を止める方法なんてないんです。ただ、目には目を、という対応をこれから日本がしていくならば、いつか泥沼化してしまう。 それを経験者はわかっている。ばかにしてはいけない。身近な経験者に話をきいたことがないのでは?

 ワタシの両親は戦中派世代ですから、戦争の話は散々聞きました。
 父は昭和16年から応召して終戦までインドシナを転戦しました。

 だからその話も随分聞きました。

 それで父の世代、成人として戦争を経験した人達は、日本が侵略戦争をしたとか、何もしなければ戦争は防げたなどと言うナンセンスな歴史観は持ってません。

 戦争が起きるまでの過程も正確に記憶していますから。

 「日本が悪い」「何もしなければ平和」と言うナンセンスな歴史観が横溢するようになったのは、90年代以降です。

 貴方は真面目に戦後史を勉強する意思もないし、また本当に戦争を体験した人々の話も聞いた事はないのでしょう。

 9条教の教理ばかり学んでいないで、少しは真面目に歴史を勉強されては?
  1. 2015-09-20 18:36
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  3. #-
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兵隊としての父の思い出話

よもぎねこさん、今晩は! 突然失礼します。
 私の父もベトナムに駐留していました。父は希望したビルマの最前線に行く予定だったのですが、本隊が引き上げてくると言うことで、ベトナムにとどまりました。初年兵であった父は、びんたの度に、どんなに歯を食いしばっても床に倒れてしまったことを、懐かしく語っていました。それが一年経つと、強烈なびんたでも平然として立っている自分に驚きながらも、先輩たちと同じような強い兵隊になれたと感謝したと、懐かしく語っていました。今はびんたが苛めのように言われるが、びんたで倒れるような兵隊は、真っ先に死んでしまう、新兵を死なせないように強靱な身体をつくり、その証明としてのびんたは、有効であったと、語っていました。ベトナムのハノイの空港で、高射砲の傍で低空で滑走路を爆撃する敵機を機関砲で撃墜する任務に就いていました。射撃の名手だったそうです。敵機を打ち落としたかった父ですが、高射砲もとどかない上空から爆弾を落として、ベトナムの田んぼにため池を作っただけだったそうです。終戦まで、滑走路には爆弾は落ちなかったそうです。
 父は、新聞の隅から隅を見て、ベトナム戦争での世界の警察官というアメリカを笑っていました。ベトナムは独立できると確信していました。
 それは、ベトナム人の独立心を垣間見たからです。夜になると父の空港にベトコンが現れてドラム缶の石油を盗むのです。大東和共栄圏のもと、ベトナムを解放するために来た父たちは、戸惑いました。殺してはいけない、ケガをさせてもいけないと言われていた父たちは、戸惑いました。考えついた結果が、びんたでした。軍隊では当たり前のことでした。それによって、男たちは盗みにこなくなりました。ところが、ベトナム人のしたたかさに驚かされました。女性が、ドラム缶を転がして川に放り込むと片手でドラム缶を支え片手で泳ぎながら遙か彼方に消えてしまったのです。父親たちは、感動してしまいました。おんなが独立のために危険なことを率先してする国はどんなことがあってもフランスから独立できると確信したそうです。その時、ベトナムの女性の強さと故郷の母親の強さとダブったそうです。しかしながら、今の左翼の女どもの情けなさよ。亡き父親たちは悲しんでいるのではないかと思います。
 よもぎねこさんのお父さんもベトナムに居たということを以前から知っていましたが、父の思い出話をこのブログに載せて良いかと迷いましたが、書くことにしました。虐殺も暴行もしなかった日本の兵隊の名誉のためにも、父の思い出話を書くことにしました。
 武装解除された後の話もあるのですが、今夜はここまで、失礼します。
  1. 2015-09-20 23:16
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  3. asa #-
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Re 兵隊としての父の思い出話

 おお、asaさんのお父様のベトナムにいらしたのですね。 ワタシの父は最後まで二等兵だった人で、全然兵隊向きではなかったのですが、それでも軍隊生活の思い出は色々話てくれました。

 今にして思うと大変貴重な話も沢山あったので、もっとよく聞いておくべきでした。 でも84年に65歳で他界してしまいました。 
 
 ワタシもそろそろ父が他界した年に近づいているのですが、しかし何かあると心の中で「お父さん助けて」と思ってしまいます。 
  1. 2015-09-21 11:03
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  3. よもぎねこ #-
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武装解除

また、失礼します。
 一兵卒であった父でも、先の大戦は侵略戦争ではなかったと言っていました。ABCD包囲網で経済活動ができなくなって、やむにやまれず南進したと言っていました。ベトナムをフランスから独立させるのが使命だと感じていました。
フランス軍を降伏させた日は、全軍に戦闘準備をさせていて、昼間は日仏両軍の将校たちがテニスを楽しみ、夜間に日本軍得意の夜戦であっという間に降伏させてしまったと、日時分まで正確に記憶して話していました。フランス軍が抵抗という抵抗もせず降伏をしてしまったことに非常に驚いたと言っていました。
 父が上陸して一年後の新兵はというと、輸送船が沖で沈められて、着の身着のまま命からがら上陸してきたそうです。アメリカの潜水艦により制海権をとられ始めていたそうです。戦闘機も補充が少なくなり、陸揚げされた戦闘機は、まともに飛ぶモノは一機もなかったそうです。整備員が整備してやっと飛べるような粗雑なモノしか作れないようになっている内地を、非常に心配したらしいです。ベトナムでは負けていないが、無視するように高高度で飛ぶアメリカの飛行戦隊を見ながら、内地はひどいことになっていると思うと悔しくて仕方がなかったらしいです。
 さて、武装解除のことです。天皇陛下の命によって武装解除を始めた父たちですが、誰も負けた気がせず徹底抗戦を叫ぶ者たちもいました。父は天皇陛下の命は絶対的だから従うと言いましたが、大学卒の実戦経験もない上官が、「徹底抗戦をするから、ジャングルに立てこもる。ついてこい」と、天皇陛下の命に背いてとんでもないことを言うので、「一人で行け」と父がいうと、銃を向けたので大騒ぎになることを避けて従うことにしたが、脱走で軍法会議にかけられる事は明白だった。
 一週間も経つと食糧も尽きかけ、衣服も不潔になってくる。父は、「食糧が尽きると、ベトナム人に銃を突きつけて略奪するのか!衣服は? やがて銃撃戦になり死傷者が出る。我々は解放しにきたのではないのか! このままでは夜盗に成り下がる。俺は本隊に戻る。ついてくる者はついてこい。撃ちたかったら撃て」と、将校に背を向けて部下を連れて本隊に戻った。将校と止まる者もいた。
 戻ってみると、本隊はすでに出発しており、憲兵もいない状態で、少ない兵隊が武器をシナ軍に引き渡すために残っていた。父親たちは軍法会議にもかけられず、ビールを飲んだりして優雅な生活をひととき送ったそうだ。暇だから人は色々考える。
 何で、バカなシナ兵に武器をくれてやらなければならないのだ? 顔見知りのベトコンが街を闊歩しているのに。そこで、命令に背いてベトコンにプレゼントすることに決めた。シナ軍がもうそこまで来ているという情報が飛び交っていたので、それまでに山と積まれた兵器をひとつひとつ壊す作業に、みんなで取りかかった。壊さずにバカなシナ兵に壊れたと思わす程度の作業を慎重に行った。やまのように積まれた兵器は、みんなの努力もあってシナ兵にだけ壊れているように、した。翌日にシナの部隊が現れた。冷や汗モンだ。
「ファイラ!」壊れていると父が言うと、嘘をついていると言うので、父が弾を込めて撃てというと、アッサリとためらいもなく撃ってきた。弾が出ない。シナ兵は次から次と銃を取り出しては父を撃つ。数えられないほど父は撃たれた、でも不死身だ。シナ兵は諦めて去って行った。
 シナ兵が去って行ったのを確認して、ベトコンには一緒に修理と整備を教えながら、ゲリラ戦を継続することを勧めた。制服軍靴は止めてそのままで戦うこと、追いかけたとき裸足で田んぼをミズスマシのように飛び跳ねて逃げ去るお前たちを、軍靴が泥濘にとられて身動きがとれない俺たちは幾度悔しい思いをしたことか。そんな思い出話をしながら、楽しい時間を過ごした。勿論ビールを飲みながら。
 父たちは独立戦争のために、止まることを懇願された。中には意気に感じ残る者や現地の女性と離れられない関係になって止まる者もいたが、「内地に許嫁がいるので、帰らなければならない」と言って去ったのだが、許嫁などはいなくて、現地で長男の名前が決まっていたので、その名前を是非付けたかっただけだ。 その名前の主が、私です。
 私が生まれてしばらくして、街頭テレビだったと思うのですが、舞鶴港に引き揚げ船が着いて、タラップから降りてくる二人を指さして、「ジャングルに将校と止まった二人だ。ワシが連れてこれなかったのが、いうまでも心残りだったが…」と、名前を呼びながら、生きていて良かった良かったと喜んでいたと、小学生の私に母が言っていました。
 まだ、平和行進でちりちびがまにいって、左翼にひんしゅくを買った話があるのですが、今日は、これで失礼します。長々とすみません。
  1. 2015-09-23 19:03
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  3. asa #-
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Re: 武装解除

> また、失礼します。
>  一兵卒であった父でも、先の大戦は侵略戦争ではなかったと言っていました。ABCD包囲網で経済活動ができなくなって、やむにやまれず南進したと言っていました。ベトナムをフランスから独立させるのが使命だと感じていました。
> フランス軍を降伏させた日は、全軍に戦闘準備をさせていて、昼間は日仏両軍の将校たちがテニスを楽しみ、夜間に日本軍得意の夜戦であっという間に降伏させてしまったと、日時分まで正確に記憶して話していました。フランス軍が抵抗という抵抗もせず降伏をしてしまったことに非常に驚いたと言っていました。
>  父が上陸して一年後の新兵はというと、輸送船が沖で沈められて、着の身着のまま命からがら上陸してきたそうです。アメリカの潜水艦により制海権をとられ始めていたそうです。戦闘機も補充が少なくなり、陸揚げされた戦闘機は、まともに飛ぶモノは一機もなかったそうです。整備員が整備してやっと飛べるような粗雑なモノしか作れないようになっている内地を、非常に心配したらしいです。ベトナムでは負けていないが、無視するように高高度で飛ぶアメリカの飛行戦隊を見ながら、内地はひどいことになっていると思うと悔しくて仕方がなかったらしいです。
>  さて、武装解除のことです。天皇陛下の命によって武装解除を始めた父たちですが、誰も負けた気がせず徹底抗戦を叫ぶ者たちもいました。父は天皇陛下の命は絶対的だから従うと言いましたが、大学卒の実戦経験もない上官が、「徹底抗戦をするから、ジャングルに立てこもる。ついてこい」と、天皇陛下の命に背いてとんでもないことを言うので、「一人で行け」と父がいうと、銃を向けたので大騒ぎになることを避けて従うことにしたが、脱走で軍法会議にかけられる事は明白だった。
>  一週間も経つと食糧も尽きかけ、衣服も不潔になってくる。父は、「食糧が尽きると、ベトナム人に銃を突きつけて略奪するのか!衣服は? やがて銃撃戦になり死傷者が出る。我々は解放しにきたのではないのか! このままでは夜盗に成り下がる。俺は本隊に戻る。ついてくる者はついてこい。撃ちたかったら撃て」と、将校に背を向けて部下を連れて本隊に戻った。将校と止まる者もいた。
>  戻ってみると、本隊はすでに出発しており、憲兵もいない状態で、少ない兵隊が武器をシナ軍に引き渡すために残っていた。父親たちは軍法会議にもかけられず、ビールを飲んだりして優雅な生活をひととき送ったそうだ。暇だから人は色々考える。
>  何で、バカなシナ兵に武器をくれてやらなければならないのだ? 顔見知りのベトコンが街を闊歩しているのに。そこで、命令に背いてベトコンにプレゼントすることに決めた。シナ軍がもうそこまで来ているという情報が飛び交っていたので、それまでに山と積まれた兵器をひとつひとつ壊す作業に、みんなで取りかかった。壊さずにバカなシナ兵に壊れたと思わす程度の作業を慎重に行った。やまのように積まれた兵器は、みんなの努力もあってシナ兵にだけ壊れているように、した。翌日にシナの部隊が現れた。冷や汗モンだ。
> 「ファイラ!」壊れていると父が言うと、嘘をついていると言うので、父が弾を込めて撃てというと、アッサリとためらいもなく撃ってきた。弾が出ない。シナ兵は次から次と銃を取り出しては父を撃つ。数えられないほど父は撃たれた、でも不死身だ。シナ兵は諦めて去って行った。
>  シナ兵が去って行ったのを確認して、ベトコンには一緒に修理と整備を教えながら、ゲリラ戦を継続することを勧めた。制服軍靴は止めてそのままで戦うこと、追いかけたとき裸足で田んぼをミズスマシのように飛び跳ねて逃げ去るお前たちを、軍靴が泥濘にとられて身動きがとれない俺たちは幾度悔しい思いをしたことか。そんな思い出話をしながら、楽しい時間を過ごした。勿論ビールを飲みながら。
>  父たちは独立戦争のために、止まることを懇願された。中には意気に感じ残る者や現地の女性と離れられない関係になって止まる者もいたが、「内地に許嫁がいるので、帰らなければならない」と言って去ったのだが、許嫁などはいなくて、現地で長男の名前が決まっていたので、その名前を是非付けたかっただけだ。 その名前の主が、私です。
>  私が生まれてしばらくして、街頭テレビだったと思うのですが、舞鶴港に引き揚げ船が着いて、タラップから降りてくる二人を指さして、「ジャングルに将校と止まった二人だ。ワシが連れてこれなかったのが、いうまでも心残りだったが…」と、名前を呼びながら、生きていて良かった良かったと喜んでいたと、小学生の私に母が言っていました。
>  まだ、平和行進でちりちびがまにいって、左翼にひんしゅくを買っいた話があるのですが、今日は、これで失礼します。長々とすみません。

おお、お父上の歴史認識はワタシの父のそれと同じですね。 父も生前一度も太平洋戦争が日本の侵略戦争だなどと言った事はありませんでした。 田母神さんなんかと全く同じことを言っていました。 しかしあれは父の世代、つまり日本軍の兵士として戦った人々の圧倒的多数が共有する歴史認識でしょう。

自虐史観や日本兵被害者史観が出てきたのは、70年代以降の話でそれを作ったのも戦後世代です。

父もやはり終戦後帰国せず、ベトナムに残った日本兵がいたことを話していました。 残った日本兵に依って日本正義が守られたわけですが、軍法上は彼等は脱走兵ですから、軍人恩給もなく苦しい戦後を送る事になったようです。

しかしこうした話も含めてもっと色々父に聞いておけばよかったと思っています。
  1. 2015-09-23 20:06
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  3. よもぎねこ #-
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