2015-01-05 19:53

自称リベラリストの反知性主義について

 お正月もようやく終わりですが、しかしそれにしても新年の自称リベラル新聞の社説は「日本は侵略戦争を反省しろ!! 謝罪しろ!!」満でした。

 昨年は安倍政権が選挙で勝ち、更に朝日新聞が吉田証言を認めるところまで追い込まれて、自称リベラル勢力が危機感を募らせているからでしょうか?

 けれどこういう「謝罪と反省」社説が延々と続くのを見ていると、凄い違和感を感じます。

 ワタシも戦後生まれ(54年生まれ)で戦後民主主義の教育しか受けていませんから、戦争が良いものとも、戦争をして良かったとも思ってはいません。

 ワタシが子供の頃は、少年漫画全盛期でした。 ワタシが大好きだった少年漫画誌には必ず日本軍がヒーローとして活躍する漫画が連載されていました。
 ワタシはそれを楽しく読んで育ちました。

 でも中学生になって漫画を卒業した頃、世の中には反戦平和ムードが充満するようになりました。 そしていつの間にか軍国主義は絶対悪になっていました。 ワタシが軍国主義と言う言葉を知ったのは中学一年(1967年)の時です。

 ワタシだって「本物の戦争が戦争漫画みたいなわけはない。」とは思っていましたから、戦争が悲惨であり戦争に反対するのは当然だと言う事には同意できました。
 そして日本は結果として負けて沢山の人を死なせる事になったのですから、反省しなければならない事は沢山あると思いました。

 これは今もそう思っています。

 しかしそういう反戦平和論に段々疑問を持つようになったのは、80年代ぐらいからです。

 ワタシは超三流大学の工学部卒ですから、歴史学なんか全然勉強したことはありません。

 しかし普通に読書をしていればわかるのですが、近代の歴史学や政治学って、歴史上の事実を善と悪に分けて善を勧め悪を懲らしめるようなモノではありません。
 
 歴史上の事実を文献や遺跡等の資料を元にして追及する物です。

 歴史上の事実を短絡的に善と悪に分けるなど、講談や少年漫画の世界だけです。

 源平合戦や関ヶ原の戦いで、単純に善悪を論じるなど、当時の人々だってしませんでした。 平家物語など読んでみればわかりますが、平氏の事も源氏の事も実に淡々と冷静に描写しているのです。

 世界史でもペロポネソス戦争やナポレオン戦争、第一次大戦についての善悪論なんか見たこともないのです。

 ところが日本の自称リベラリスト達は、70年代から現代まで延々と40年余り「日本軍は極悪。 謝罪しろ! 反省しろ!!」とだけ言い続けているのです。

 なるほど少年漫画並みのノーテンキな「日本軍正義の味方」は困ります。
 しかし彼等が延々と40年引っ張り続ける日本軍極悪論には、少年漫画以上の論理性や合理性があるのかすこぶる疑問なのです。

 そもそも歴史を最初から善悪に分けようとしている発想からして、おおよそ近代的科学的歴史学を無視しているのですから。

 ところが自称リベラリスト達は、この前近代的歴史観を更に外交に持ち込むのです。
 中国や韓国が対日外交に「日本の歴史認識を!!」持ち込むと、彼等は何の疑問もなくこれに同調するのです。

 しかしこれって完全に狂っています。
 元来外交で歴史認識なんか論じる物ではありません。
 
 外交は条約と国際法で論じるのです。

 これは当然です。 民主主義国家では全て国民は思想宗教信条の自由と学問の自由を保障されています。 つまり歴史認識なんか個人の思想宗教信条によって違うし、歴史認識だって個人が好きに解釈する権利を持つのです。

 そういう国家が自国や他国に「歴史認識」を問う事などできるわけはないのです。 そんなことをすれば自国民や相手国民の思想心情宗教の自由や学問の自由を制限する事になってしまいます。 これはもう民主主義の否定ですから。

 イヤ民主主義国家でなくても普通の国なら、相手の精神の自由を侵害するような要求をして、要らざる混乱を避けのです。

 李氏朝鮮だって徳川幕府と日朝の国交正常化交渉をしたときに、日本の歴史認識なんか問題にしていません。 秀吉軍が連れ去った自国民の返還は要求しましたけど。

 これを思うと条約を締結してから何十年も経つのに、歴史問題を振り回す中国や韓国ってホントにヘンテコリンな国です。
 
 韓国は自国民の返還は要求しないで、歴史問題を振り回すのだから、李氏朝鮮よりも非民主的な国です。

 ところが日本の自称リベラリストは、これらのヘンテコリンな国々と完全に同調するばかりか、それらの国々を煽る事さえするのです。

 更に日本国民に「歴史の総括を!」などと言うのです。

 歴史をどう解釈するかなんか個人によって違うのに・・・・。
 そもそも自分が生まれる前に終わった事件を総括する事に何の意味があるのでしょうか?
 それだったら関ヶ原の合戦や源平合戦も総括するべきでしょう?

 けれども自称リベラリスト達は、そうは思っていないのです。 日本政府の戦後処理や戦争への認識が彼等の希望とは違うので、何としても自分達の気に入るようにしてほしいのです。
 
 自分が生まれる前に親や祖父母がケリを付けた問題を、子や孫がグダグダ言うって馬鹿の極みなのですが、彼等はそれが理解できないのです。

 彼等の脳内にあるのは、彼等の正義だけで、その正義の前には民主主義国家のルールなんか糞喰らえです。

 だから近代裁判の常識を無視して怪しい証言だけを根拠に「慰安婦強制連行はあった。 謝罪しろ!! 賠償しろ!!」と言えちゃうのです。
 でもこの無茶苦茶を自称リベラリストの法学者や弁護士までやっているのです。

 こうなると彼等は一体何のために法律を学んだのか?心底疑問になってきます。

 結局こういう人間には知識も学問も何の役にも立たないのです。 彼等が欲するのは自分達の正義、根拠も客観性もない正義なのです。

 彼等がこんな正義に執着するようになったのは、きっと中学か高校で先生にこれが正義と教わったからかも知れません。 しかしその後先生の言った事について自分の頭で考える意思がなかったので、それがそのまま脳内で化石になっているのでしょう。

 反知性主義って、こういう事を言うのではありませんか?
 法学者や弁護士になっても反知性主義と言うのは救いがないのですが・・・・・。
  1. 戦後民主主義
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コメント

自称リベラリストは

反近代人、つまり中世以前の感性を持つ連中であるというのが小生の仮説です。
近代主義とは近代市民社会の自由、平等、独立の原理を確立しようとする思想的立場です。

これを見れば分かるような気がします。まず彼等は思想信条の自由、学問の自由を認めません。自分たちが正しいと信ずる立場のみを認めるというものです。そして彼等は特定の人々を非抑圧民として養護します。それが在であったり、童話であったリアイヌであったりしますがその特権保護には積極的です。そして彼等は今では支那様や半島様の前にひれ伏せと言っているのであり独立の精神を失ってます。

これはどういうことかといえば半島人や支那人と同じ感性の持ち主だということです。親和性があるのでしょう。こういう人々には知識や学問をどんなに入れてもダメなのでしょうね。

おそらく簡単にいえば古代人と一緒なのでしょう。ところが彼等は自分たちは一番の現代人だと信じてるようです。素晴らしい漫画であります。
  1. 2015-01-05 22:13
  2. URL
  3. kazk #cPv2SIBE
  4. 編集

私も正義の味方が悪を倒す「勧善懲悪」の漫画やTVドラマは大好きでした。しかし大人になり複雑な社会を目の当たりにすると、「正義と不正義」「善と悪」と簡単には割り切れない現実を理解し始めました。

http://awabi.open2ch.net/test/read.cgi/philo/1400168205/
25 :名無しさん@おーぷん :2014/10/03(金)14:31:05 ID:3kEiFAqbQ
自分にとって都合のいいものが善
悪いのが悪
27 :名無しさん@おーぷん :2014/10/04(土)10:19:19 ID:tapsgCvcY
>>25
宗教の世界で考えてみよう。
日本の神道を含む多神教では主神となる存在も有るが、それぞれの神が
ご利益を与えたり、祟りを行ったりで正に自分にとって都合のいいものが善、悪いのが悪という相対的なものになる。
神道では清浄なものが善で穢れたものが悪である。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教では本来絶対的な善であり、全知全能の神が有るだけだったのに、いつのまにか対立軸としての悪(悪魔)を想定する様になった。(ゾロアスター教の影響という説も有る)

多神教の古い神々を悪魔とし、さらに神の眷族である天使が堕落して悪魔の王(サタン、ルシファー)
になったとした。

一神教は形式論理学の発達に寄与したが、偏狭なドグマを生み出す元ともなった。


>「正」義とすると、各人がそれぞれで好きなように解釈してしまいますが、「義」ならば日本人なら分かり易い概念だと思います。

「義士」「忠義」「義侠心」「義理人情」その核となるものは誠実であるということでしょう。
  1. 2015-01-06 06:21
  2. URL
  3. taigen #-
  4. 編集

共産主義者ほど熱心な宗教者はいない

プサヨって、俺はこうしたい、俺はこう思う、という自らの意志とか信念ってのはないんですかね?。
全部だれかさんの意見を検証しないで盲信し、現実否定を企てます。
まともに現実と向き合って働いて生きてる人間からは遊離してしまい、自然に落伍者の僻みの恨み節になってしまいます。

マルクス様はこうおっしゃった
レーニン様はこうおっしゃった
まではまだソビエト崩壊までは一応説得力があったかもしれませんが、
今は
シナチク様はこうおっしゃった
バカチョン様はこうおっしゃった

とにかく現実逃避して赤い楽園?を夢想しているのでしょうが、
引用元が劣化しすぎてますね。
シナチクチョンに従いたいのはよほどの馬鹿しかいません。

まあ、断末魔とはこういうものでしょう。


( ´∀`)
  1. 2015-01-06 11:16
  2. URL
  3. ガンダム #iL.3UmOo
  4. 編集

Re: 自称リベラリストは

> 反近代人、つまり中世以前の感性を持つ連中であるというのが小生の仮説です。
> 近代主義とは近代市民社会の自由、平等、独立の原理を確立しようとする思想的立場です。
>
> これを見れば分かるような気がします。まず彼等は思想信条の自由、学問の自由を認めません。自分たちが正しいと信ずる立場のみを認めるというものです。そして彼等は特定の人々を非抑圧民として養護します。それが在であったり、童話であったリアイヌであったりしますがその特権保護には積極的です。そして彼等は今では支那様や半島様の前にひれ伏せと言っているのであり独立の精神を失ってます。
>
> これはどういうことかといえば半島人や支那人と同じ感性の持ち主だということです。親和性があるのでしょう。こういう人々には知識や学問をどんなに入れてもダメなのでしょうね。
>
> おそらく簡単にいえば古代人と一緒なのでしょう。ところが彼等は自分たちは一番の現代人だと信じてるようです。素晴らしい漫画であります。

 ワタシはいつもこの自称リベラリスト達を見ると中世の異端審問官や魔女裁判官を思い出します。

 彼等は実は非常に高学歴なのです。 彼等は皆大学で神学・哲学・法学・教会法などの幾つもの学位を取っているのです。
 幾ら信心深く信者に尊敬されていても普通の教会で司祭をやっているよう聖職者とは、桁違いのエリートなのです。

 しかし結局こうした学位と合理的思考は一切関係ないのです。 最初に「魔女は存在する」と信じて、それを合理化するために理論を組み立てる事に熱中するので、研究をすればするほど「魔女の実在」を確信するのです。

 慰安婦強制連行で今も必死に慰安婦強制連行を喚いている連中なんかと同じなんです。

 古代人でもアテネ人やローマ人は普通の合理主義者で、学問の自由や思想宗教信条の自由は自明であると考えていたのですが、けれども同じ古代人も中国人やユダヤ人などはこうした発想は全然なかったのです。

 だからこれは時代と言うより、個人の人格によるので、幾ら大学で民主主義国家での法学を学んでも民主主義を理解できない人間は居ると考えるしかありません。

 そもそも自己中、特に幼児的自己中の人間には、自由・平等・独立なんか無理なのです。
 自分が正しい他人が悪いしかないのです。

 こういう人間永遠の中世的蒙昧主義に生きるしかないと思います。

 
 
  1. 2015-01-06 13:05
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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Re: タイトルなし

> 私も正義の味方が悪を倒す「勧善懲悪」の漫画やTVドラマは大好きでした。しかし大人になり複雑な社会を目の当たりにすると、「正義と不正義」「善と悪」と簡単には割り切れない現実を理解し始めました。

 勧善懲悪のドラマは見ていると楽しいのですよね。 だからいつも人気があるのです。
 でも中には大人になって自分をヒーローと勘違いする痛い人がいるのです。

> http://awabi.open2ch.net/test/read.cgi/philo/1400168205/
> 25 :名無しさん@おーぷん :2014/10/03(金)14:31:05 ID:3kEiFAqbQ
> 自分にとって都合のいいものが善
> 悪いのが悪
> 27 :名無しさん@おーぷん :2014/10/04(土)10:19:19 ID:tapsgCvcY
> >>25
> 宗教の世界で考えてみよう。
> 日本の神道を含む多神教では主神となる存在も有るが、それぞれの神が
> ご利益を与えたり、祟りを行ったりで正に自分にとって都合のいいものが善、悪いのが悪という相対的なものになる。
> 神道では清浄なものが善で穢れたものが悪である。
>
> ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった一神教では本来絶対的な善であり、全知全能の神が有るだけだったのに、いつのまにか対立軸としての悪(悪魔)を想定する様になった。(ゾロアスター教の影響という説も有る)
>
> 多神教の古い神々を悪魔とし、さらに神の眷族である天使が堕落して悪魔の王(サタン、ルシファー)
> になったとした。
>
> 一神教は形式論理学の発達に寄与したが、偏狭なドグマを生み出す元ともなった。

 人間は元来利己的な動物なので、正義の追及なんて考えると、自分は正義・他人は悪の究極の自己中になってしまうのです。

> >「正」義とすると、各人がそれぞれで好きなように解釈してしまいますが、「義」ならば日本人なら分かり易い概念だと思います。
>
> 「義士」「忠義」「義侠心」「義理人情」その核となるものは誠実であるということでしょう。

 そうかもしれません。 「正」を中心にすると正に反する相手には何をしても良い事になって、「正」を唱えながらドンドン倫理道徳を打ち壊す事になるのです。
 今ISISなんかがその状態なのですが。
  1. 2015-01-06 13:11
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
  4. 編集

Re: 共産主義者ほど熱心な宗教者はいない

> プサヨって、俺はこうしたい、俺はこう思う、という自らの意志とか信念ってのはないんですかね?。
> 全部だれかさんの意見を検証しないで盲信し、現実否定を企てます。
> まともに現実と向き合って働いて生きてる人間からは遊離してしまい、自然に落伍者の僻みの恨み節になってしまいます。

 先日yuyuさんが「運の悪い人」の行動パターンをアップされていました。

 http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4189.html#comment

 自称リベラリスト達、それから韓国の外交姿勢にそのままあてはまるんですよね。

> マルクス様はこうおっしゃった
> レーニン様はこうおっしゃった
> まではまだソビエト崩壊までは一応説得力があったかもしれませんが、
> 今は
> シナチク様はこうおっしゃった
> バカチョン様はこうおっしゃった

 そうですね。 自称リベラリストって権威大好きです。
 反権力を標榜しながら、権威にはコロリと参るのです。 惨めな人々です。

> とにかく現実逃避して赤い楽園?を夢想しているのでしょうが、
> 引用元が劣化しすぎてますね。
> シナチクチョンに従いたいのはよほどの馬鹿しかいません。
>
> まあ、断末魔とはこういうものでしょう。

 そうですね。 この正月の自称リベラル紙の社説を読んでいると、けたたましい悲鳴が聞こえるようです。
>
>
> ( ´∀`)
  1. 2015-01-06 13:17
  2. URL
  3. よもぎねこ #-
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法律家の思考方法

 憲法を学んでいますと、どうも法律学の思考というのは「自分が妥当だと思う結論を正当化するプロセス」を考えるためのものではないのだろうかという気がするのです。左巻憲法学者の頭の中では「八月革命」とかいう空想上の革命が1945年8月15日に起こり、それまでの立憲秩序が滅び、そして日本国憲法の制定によって新たに立憲秩序が構成されたとかいうストーリーが正しいとされているのです。どうもコイツらは、本当に革命が起こった暁には流血の惨劇になるということが理解できていないらしく、それゆえに軽い気持ちで革命という言葉を使えるのでしょう。
 連中は日本国憲法と大日本帝国憲法には連続性はないという結論を正当化するがためにこういうことを平気で主張するわけですが、仮に法律学とはその程度のものだとするならば、全く別の解釈体系を作り出して正当化することは普通に可能ですし、主流の学説の立場もその程度のものでしかないと言うほかないでしょうね。そして、ある思想を絶対正義だと捉えている法律家の立場も、磐石なものではないということです。
  1. 2015-01-07 01:54
  2. URL
  3. 凍え馬 #-
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Re: 法律家の思考方法

>  憲法を学んでいますと、どうも法律学の思考というのは「自分が妥当だと思う結論を正当化するプロセス」を考えるためのものではないのだろうかという気がするのです。左巻憲法学者の頭の中では「八月革命」とかいう空想上の革命が1945年8月15日に起こり、それまでの立憲秩序が滅び、そして日本国憲法の制定によって新たに立憲秩序が構成されたとかいうストーリーが正しいとされているのです。どうもコイツらは、本当に革命が起こった暁には流血の惨劇になるということが理解できていないらしく、それゆえに軽い気持ちで革命という言葉を使えるのでしょう。
>  連中は日本国憲法と大日本帝国憲法には連続性はないという結論を正当化するがためにこういうことを平気で主張するわけですが、仮に法律学とはその程度のものだとするならば、全く別の解釈体系を作り出して正当化することは普通に可能ですし、主流の学説の立場もその程度のものでしかないと言うほかないでしょうね。そして、ある思想を絶対正義だと捉えている法律家の立場も、磐石なものではないということです。

 そうでしょうね。 法律家と言えば当然法律を尊重すると思うけれど、むしろ彼等は法律は自分の都合で利用するモノと信じているようです。

 昔バラモンの神官達が「自分達が神を操るのだ」と嘯いた事があると言いますが、それと同じ感覚なのでしょう。

 法律家になったことで、自分達は法を操り、法に支配されない特権を得たような錯覚を持っているのだと思います。

 
  1. 2015-01-07 12:56
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  3. よもぎねこ #-
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